フェイトちゃんは兎に角生真面目で一生懸命な子だった。
例えばぼくが料理を教える時、「適当に」とか「適度に」とか言ったらそうかと納得するのではなく、その具体的な量を聞いてきたりする。
ぼくは不思議に思って感じた通りにやればいいんじゃないかと言ったけれども、すると彼女は真剣な瞳で、食材を無駄にする事は強力避けたい事だから、と言うのだ。
ぼくは適当な人間なのでそのぐらいどうでもいいじゃないかと思うのだけれども、彼女はそんな事は無いのである。
まるで真っ直ぐに伸びた結果、他の木々をぶち抜いて伸びてしまう大木のような子だった。
まぁ、ぼくは適度に彼女に合わせて、何時もの量を測定させて彼女に憶えてもらったのだけれども。
彼女とぼくが2人きりになった機会はあまりない。
ぼくが時の庭園に監禁されてから1日に1回戻ってくる事になったフェイトちゃんは、日に日に落ち込みようを深くしていった。
まるで彼女の周辺だけ重力が歪んでいるんじゃあないかと思うぐらいに彼女は落ち込んでおり、ぼくは重力の調査の為に彼女に近づこうとしたのだけれど、それはアルフさんが許さなかったのだ。
アルフさんはぼくにこう言った。
「あのクソババアも嫌な臭いがするけど、あんたはそれ以上だね」
「どんな臭いなんだい?」
とぼくが問うと、アルフさんはきょとんと目を丸くして、それから難しい顔になり、最後にはとびっきり苦いお茶を呑む時のぼくのような顔をする。
「嗅いだ事は無いけど、豚の肥溜めだってあんたよりいい臭いだろうよ。あんたからは、下衆以下のクソカスの臭いがしてくるのさ」
「なるほど、参考になったよ。ありがとうアルフさん」
「……は?」
と言うアルフさんは、もしかしたらぼくへの言葉には挑発の意味を込めていたのかもしれないけれど、ぼくはてっきりそれがアルフさんの率直な感想なのかと思い、素直に受け取ってしまった。
するとぼくは自分がなんだか馬鹿みたいで、困ったなぁと頬を指でかく事になる。
まるでキリギリスが冬も裕福に暮らしているのを見たアリみたいな気分だった。
アルフさんはそのままなんだか力が抜けたみたいになって、兎に角フェイトに近づくなと言って消えてしまった。
ぼくはアルフさんに逆らう理由が特に無かったので、コインを投げて思った物と逆だった為、フェイトちゃんに近づかないようにしようと決めたのだった。
とまぁ、そういう訳でぼくはフェイトちゃんと2人きりになる事は中々無かったのだ。
それでなくともプレシアさんがなるべくぼくと一緒に居るようにしているので、機会は余計に少なかった。
そんな折、プレシアさんが疲れて寝てしまった後、ノックの音と共に寝間着姿のフェイトちゃんがぼくに与えられた部屋に訪れた。
ぼくとしては、寝耳に水である。
前世で一回本当にやられた事があるが、本当にあれは心臓に悪い物で、つまるところフェイトちゃんの訪問もぼくの心臓に悪影響だった。
いつかぼくを食べる人が居たらハツが不味くて食えたもんじゃあないと言われるかもしれないと思い、思わずぼくはフェイトちゃんを睨みつけてしまったけれど、よく考えたらぼくは牛じゃあないので心臓をハツとは言わない。
なのでぼくはすぐに視線を柔らかい物にして、フェイトちゃんに椅子を薦めた。
フェイトちゃんはなんだか不思議そうにしていたけれど、すぐに落ち着いて口を開く。
「私、まだジュエルシードを1個しか見つけてないんだ……」
というフェイトちゃんは、どうやらぼく以前に1個ジュエルシードを見つけていたらしく、つまりここ数日1個もジュエルシードを見つけられていないのだそうだ。
その事で、プレシアさんのフェイトちゃんへの折角柔らかくなった態度も、時折ギスギスし始めてしまったらしい。
思い返せば、プレシアさんの目はぼくを見た後フェイトちゃんを見ると、まるで絹豆腐と木綿豆腐ぐらいに質感が変わってしまうのだ。
そして木綿豆腐はだんだんともっと硬質になっていき、今日にはなんだか薄紫色のガラス片を思わせる視線になっていた。
「悔しいけど、Tの方が私よりも母さんと仲が良いみたい。勿論、私の方が母さんと長く接しているけど、Tだけが知っている母さんの顔があるんじゃあないか、って思って」
フェイトちゃんはなんだか今にもアイスみたいに溶けて無くなってしまいそうな顔をしながら、そんな事を言う。
ぼくは流石に数日と9年の差は大きいんじゃあないかなぁ、と思いつつも、口を開いた。
「プレシアさんは、野菜とか豆腐とか胃にやさしい物をよく食べるけど、好物なのは肉っぽいよね。多分豚が好きっぽい。フェイトちゃんには悪いけど、嫌いな色は黄色とか金色とかその辺みたい。逆に好きな色は黒みたいだね、ここはフェイトちゃんと一緒。絹みたいにつるっとした静かな空間が好きな人だから、多分音楽とかは聞かないか、クラシックの室内楽みたいのが好きかだと思う。あとは……」
と、ぼくが知るプレシアさんの事を、ぼくはテープレコーダーみたいにどっさりと吐き出す。
正直言ってここまで協力する義理は無かったのだけれども、ここ数日ぼくの頭の中はやたら視界に映るプレシアさんの情報でいっぱいになっていて、兎に角それを吐き出したかったのだ。
なのでこの場はフェイトちゃんとWIN-WINな関係になろうと思ってそんな風にしたのだけれども、フェイトちゃんはぼくの言葉が長くなるにつれどんどんと落ち込んでいった。
それはもう可哀想なぐらいの落ち込みかたで、マリオがジャンプする時に捨てられるヨッシーのように彼女のテンションはどこまでも落ちていく。
それに気づいてぼくは喋るのをやめると、フェイトちゃんは泣きそうな顔で言った。
「Tは、母さんの事、よく見ているんだね」
「ぼくは生き物や自然を見るのが好きなんだけど、此処ってプレシアさん以外の生き物ってあんまり居ないからなぁ」
というのは半分嘘で、ぼくは無機物萌えでもあるのだけれど、ぼくはフェイトちゃんのあんまりな落ち込みように思わずそんな事を言った。
そっか、と言って無言で俯くフェイトちゃん。
するとちょうどぼくの目の前にフェイトちゃんのつむじが来て、ツインテールに分かれた髪の毛の根本がなんだか整列した軍人を思わせたので、ぼくは咄嗟に手を伸ばして、それを抑えるようにする。
そしたらフェイトちゃんはビクッとぼくをみて上目遣いにぼくを見つめるのだけれど、すぐに我に返ってオニギリでも入れたみたいに頬を膨らませて、ぼくの手を振り払った。
「子供扱い、しないで」
「あぁ、うん、ごめんよ」
ぼくはそう言われてから、ぼくはフェイトちゃんを撫でるような格好になっていた事に気づき、反省した。
するとなんでかフェイトちゃんも傷ついたような顔をし、また俯いてしまった。
それがナイフでサクッと刺されたような傷つき方ではなく、まるでリバーブローを貰ったような傷つき方だったので、ぼくはそこに美しさを感じずなんだかグロテスクな感覚を受ける。
なのでそれを見たくなくって口を開こうとするけれど、フェイトちゃんが続きを告げる方が先だった。
「……ごめんT、心配してくれたのに変な事しちゃって」
「あぁ、うん」
とぼくは生返事を返すのだけれども、フェイトちゃんは沈み込んだまま。
なんとかして彼女を元気づけるか、此処から追い出すかしないと迷惑極まりないのだけれど、現実的に言って、彼女を追いだそうとしたらぼくはやっつけられてしまう。
なので仕方なくぼくは彼女を元気づける方法を考えた。
ぼくは例えば、となのちゃんだったらどんな風にすれば元気になってくれるか考えてみる。
けれど構ってあげればすぐに笑顔になるなのちゃんは、むしろ何をしても元気になりそうで、なんだか参考にならない感じだった。
という訳で、ボツ。
代わりに同じ金髪なのでアリサちゃんを例に考えてみると、彼女はプライドと理性を満足させてあげると笑顔になりやすいように思える。
なので早速試してみた。
「地球の日本には、灯台下暗しって言う諺があってね。親しい人程見えない姿っていうのはある物なのさ」
「うん……ありがとう」
と言うフェイトちゃんの顔は、なんだか限界まで伸ばしたままの輪ゴムみたいな感じだった。
駄目だこりゃ、と思い、今度はすずかちゃんを例に考えてみる。
彼女と仲良くなった時の事を思い出すと、彼女はクラスに一人も居なかった読書仲間であるぼくを得た事で笑顔になった。
ではフェイトちゃんにとっての仲間とは何だろうか。
魔法仲間は無理。
女の子仲間も性転換手術が必要で、ちょっと今此処ではできそうもない。
家族仲間もフェイトちゃんと結婚しないと無理で、性格仲間も正反対な性格のぼくでは不可能だろう。
とすると、ぼくには残るは一つしか思い浮かばなかった。
「フェイトちゃん」
「なに、かな」
「友達にならないかい?」
「……え?」
フェイトちゃんは、目を鳥類みたいに丸くする。
それからゆっくりと言葉を飲み込み、オウム返しに言った。
「とも、だち?」
「あぁ、ぼくは何時までか分からないけど暫くは此処に居るし、地球に戻ってからも君からなら会いにこれるだろう?」
「えっと、簡単にはできないけど……」
「それならぼくが地球に戻るまでの間だけでいいから、期間限定の友達になろう。軽量級な友達って奴かな」
「いいの、かな……」
「いいもなにも、悪いことなんてあるのかな?」
「だって、私がTを此処にさらってきたんだよ?」
「そうじゃなければ、ジュエルシードを食べたぼくは大変な事になっていたかもしれないんだろう? ならいいことじゃあないか」
「だって、私悪い魔導師なんだよ?」
「ぼくは通信簿に毎回悪い子って書かれているさ」
「だって、私暗いし、うじうじした子だし……」
「ぼくは適当で普通な子さ」
と言うと、ぷっ、と風船に穴を開けたような音を出して、フェイトちゃんは吹き出した。
「てぃ、Tが普通って……く、くくっ」
「なんだよ、みんなぼくの事を普通じゃない普通じゃないって言うんだよなぁ」
「くすっ、Tは変な子だよ」
「やれやれ、君の目も牛乳瓶の底のように曇っているようだね」
と言いつつ、ぼくはフェイトちゃんに手を差し出した。
我ながら、スーツの裏ポケットから財布を取り出す時のように自然な仕草であった。
「……えっと?」
「ぼくら友達だろう? 握手ぐらいしとこうよ」
「あ、その、いいのかな……」
「勿論さ」
と言って笑みを浮かべると、フェイトちゃんは仄かに頬を赤くしながら、そっと手を伸ばす。
ぼくらは、まるで錠前のように強固に互いの手を握り、握手した。
なんだか宝石を見るみたいな目で握手を見ているフェイトちゃんを見るに、これで彼女も気分が良くなったようだ。
世話が焼けるなぁと思いつつ、ぼくは手を離し戻す。
あっ、と呟きながらぼくの手を視線で追った彼女に、ぼくはなんだか滑車の中で走るハムスターを見るような気分になって、ついでにこんな事を言った。
「さて、ぼくらは友達なのでいつでも握手できるけれど、物理的に遠く離れている時にはそうもいかない」
「そうだね」
「だから握手が必要になった時は、ぼくの名前を呼ぶといいよ。そうすれば、心の中に今の握手が浮かんでくる筈だ。不安な時とかに使うといいんじゃないかな」
「……T」
とぽつりと呟き、フェイトちゃんは目をつぶった。
ほんのり頬を赤くしている辺り、やはり握手の事を思い返しているのだろう。
それを生暖かく見守っていると、やがてフェイトちゃんが目を開いた。
「ありがとう、T」
フェイトちゃんの笑顔は切り取って保存したいぐらいに綺麗だったけれど、残念な事にぼくはハサミを持っていなかったので、代わりに笑顔で返しつつぼくは脳裏に彼女の笑顔を焼き付けるのであった。
寒い所為かまた体調が悪くなってきたので、明日更新を休んでいたら風邪で寝てるものだと思ってください。