夢幻転生   作:アルパカ度数38%

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その9:憎悪の輪2

「――きたっ!」

 

 喜びの声をなのはがあげると同時、青色の閃光が縦に昇る。

先行するなのはの後ろから、ユーノを肩に載せた恭也が地面を疾走していた。

苦い顔でなのはを追う恭也を尻目に、なのはは喜色を顕にしながら突き進む。

やがて青い閃光の元、ジュエルシードまで障害物の無い位置に到着したなのはは、白い靴で空中を踏みつけた。

レイジングハートが即座に呼応、桃色の円形魔法陣によってなのはの位置を固定。

桃色の光球を杖の先端に構成、短いチャージ時間が発生する。

 

 その数瞬の間、なのはは思わず過去を回想していた。

なのははユーノに頼み込み、温泉旅行に着ていた人間全員に魔法の事をばらした。

憶えている限りの事を、なのはは自分がフェイトに激烈な憎悪を抱いた事を除き全て話したのだ。

反応は様々であった。

アリサとすずかはなのはに泣きつき、高町家の面々は知らず御神流の理念を守っていたなのはを静かに労った。

そしてなのはがTを助けたい、その為に知恵と力を借りたいと言い出した所、全員が賛成してくれたのだった。

 

 知恵に関しては、そもそも交渉のテーブルについてすらいない現状、あまり即効性のある事は無かった。

それでもいずれ来ると言う時空管理局への有利な交渉の準備や、フェイトの言動から黒幕が別に居るかもしれない事が分かったのである。

なのははそれを聞いて、密かにその黒幕にも腹腔渦巻く憎悪の対象に入れた。

勿論、だからといってフェイトを矛先から外すつもりは無かったが。

 

 力に関しては、意外にも難航した。

どうやらなのはは気づかぬうちに恐ろしいまでに強くなっていたらしく、飛行魔法をありにすれば士郎と恭也と美由希を相手に低空戦闘をしてさえ互角以上の戦いをしてみせた。

流石に地上戦では家族の剣士達に及ぶべくもなかったのだが、それでも魔力の覚醒が運動神経に良い影響を与えたらしく、ド底辺だった運動神経もかなり良好になっていたのであった。

それでも明らかに遠距離戦闘に向いているなのはは得意を伸ばす事にし、レイジングハートの組む地獄のメニューに尽力する事になる。

 

 閑話休題、兎も角遠距離攻撃力に乏しい剣士単体では、空戦魔導師に勝つ事はできない。

しかしユーノの見立てでは、ユーノの強化魔法を受ければジュエルシードのモンスター達には勝てるぐらいだと言う。

万が一の場合を備え、なのはには恭也が同行する事になった。

士郎は鈍った勘のままでは足手まといになる可能性があるため、美由希はまだ未熟であるための除外である。

 

 3人となったなのはら一行は、学校を休んで毎日のようにジュエルシードを集め始めた。

アリサとすずかは応援しかできぬ我が身に不甲斐なさを感じつつも、毎日のようになのはと連絡して励ましの言葉をやっている。

それを心の栄養としながら、なのははジュエルシードを探し続けた。

そして今日、ジュエルシードを町中で強制発動させるフェイトらに出会ったのである。

 

「――封印っ!」

 

 最早詠唱省略をしても可能になった封印魔法を発動。

なのははレイジングハートの杖先から極太の桃色光線を発射し、ジュエルシードに命中させるも、それは別方向から放たれた黄金の光線と同時であった。

二重の封印魔法によって強烈に封印されたジュエルシードが、大きな十字路の中心に浮かぶ。

なのはは念話でユーノに敵の近接を告げ、一人見晴らしの良い上空に待機する。

万能型のフェイトと違い遠距離専門であるなのはにとって、遮蔽物は邪魔にしかならない。

するとすぐさま、黄金の魔力光に身を包んだ少女が視界に。

 

「……見つけた」

 

 言ってから、なのはは自分でもゾッとするような声だったな、と思った。

しかし不思議と改善する気には欠片もならず、むしろ憎悪が憎悪を呼びまだ足りないと叫ぶ有様であった。

なのでなのはは、お目付け役でもある恭也の目の届かない上空、口元で三日月を作る。

レイジングハートを構え、ディバインバスターのチャージを開始。

直後、なのははフェイトに向かって急降下を始める。

サーチャーを送らねば未だに超遠距離砲撃のできないなのはにとって、不意打ちを成すには射程距離まで近づく必要があったのだ。

 

「――っ!?」

 

 声にならない悲鳴と共に、フェイトが空を仰ぎ見るのが見えた。

が、なのはは口元を左右非対称に歪めながら思う。

遅い。

 

『ディバインバスター』

 

 電子音声と共に、なのはの最大出力の破壊光線がフェイトへと降り注ぐ。

圧倒的威力を持つ光線は、フェイトごと背後のビルどころかその背後のビル郡まで貫通。

7つのビルが轟音を上げながら圧壊してゆくのを見つつ、なのははレイジングハートを油断なく構えながら、溜まった魔力煙を排出した。

視界の端では、恭也がユーノの強化魔法を受けてアルフと対峙している。

その近辺には無数の緑色の円形魔法陣が浮かんでおり、足場として使えるようになっていた。

恐ろしく燃費の悪い悪あがきではあるものの、空戦可能な使い魔に剣士と結界魔導師が対抗する為に必要な処理である。

 

「おぉおおぉぉっ!」

 

 絶叫と共に、フェイトが空へと自身を駆った。

恐るべき速度で向かってくるフェイトに、なのはは準備していたディバインシューターを発動。

6つもの桃色の小光球が変則的な軌道を描きつつフェイトへと迫る。

左右と正面やや背側からの誘導弾を、フェイトは加速した後にやや腹側に軌道を変換し避けた。

残る誘導弾が鳥籠型の檻のように一点で交わる軌道でフェイトへと接近、フェイトは更なる加速でそれを回避した。

 

「けど、終わりだ」

 

 が、直後なのはがマルチタスクで準備していた、レストリクトロックが発動。

誘導された位置に居るフェイトを拘束せんと桃色の輪が襲いかかるも、フェイトが呟く。

 

「それは、そっちも」

『ブリッツアクション』

 

 なのはの視界から、フェイトが消え去った。

直後、なのはが反射的に展開した防御魔法に、フェイトの魔力刃が激突。

鎌の刃と化した黄金の魔力光と、薄桃色の結界とが一瞬拮抗する。

なんとフェイトは、バインドの展開速度よりも早く用意していた高速移動魔法を発動、まだ広いバインドの隙間を縫ってなのはの背後を取ったのだ。

それはつまり、予めなのはの作戦を見切っていなければできない業である。

恐るべき速度と思考に目を見開くなのはだが、反射的に全方位に展開した防御では、フェイトの攻撃には敵わない。

一瞬後になのはの防御魔法が圧壊、振りぬかれる魔力刃になのははふっ飛ばされた。

 

「うあっ!?」

 

 鈍い悲鳴と共に辛うじて防御魔法を展開、ビルのコンクリに頭から突っ込むなのは。

なんとかダメージを最低限に抑えたものの、上空からなのはを追うフェイトの周りには、既に黄金の魔力スフィアが3つ浮いていた。

 

「フォトンランサー・マルチファイヤ」

 

 起伏の少ない声と同時、黄金の槍が計9本なのはを襲う。

コンクリから抜け出す途中だったなのはは舌打ちしラウンドシールドを発動、なんとか直射弾を凌ぎきるも、最早フェイトは目前であった。

だが、故になのははフェイトの不意をとれる。

 

『フラッシュムーブ』

 

 電子音声と共になのはは高速移動、フェイトが死神の鎌を振り払ったその背後に現れた。

 

「せぁぁぁあっ!」

 

 絶叫と同時振り下ろすレイジングハートが、辛うじて半回転したフェイトの刃と交錯。

近接魔法の練度自体はフェイトが上なものの、上方を取った上に、準備に魔力をそそげたなのはの方が込められた魔力は大きい。

自然拮抗状態となり、なのはとフェイトはその目を合わせた。

 

「いきなり、だね……! 急に態度は変わったのは、Tが大切だから!?」

 

 叫ぶフェイトに、なのはは鼻で笑いつつ皮肉を告げる。

 

「言わないよ。言っても、多分意味が無いから」

「そういうこと、言うんだ……」

 

 さすがに口元を引くつかせるフェイト。

なのははその姿に溜飲を下げつつも、まだだ、と内心が叫ぶのを感じた。

まだだ、もっとこの娘を苦しめなくちゃあ、気が済まない、と。

この娘の悔しがる所がみたい。

この娘が泣き出す所がみたい。

この娘が絶望する所がみたい、と。

 

 なのはは、咄嗟に口内を噛み切った。

ともすればTの確保を捨て置きそうにさえなる自分を戒めたのだ。

そんななのはに、フェイト。

 

「……でも、確かにTを攫った私にはそれくらい言われるのが当たり前」

「そうだね、だから何?」

 

 問うなのはに、フェイトは視線を合わせた。

まるでちょっと前のなのは自身のような、心に折れぬ何かを持った目で、フェイトは言う。

 

「それでも、Tは渡せない」

 

 なのはは、思わずレイジングハートを持つ力を強くした。

それを即座に見切ったフェイトがレイジングハートを弾き、なのはは軽く距離を取って空中に陣取る。

フェイト相手では心臓に悪い距離だが、これ以上離れれば戦闘が再開してしまうだろう。

急ぎ策を練らねばならないなのはには、時間が必要だった。

 

「悪いことだっていうのは、分かっている。でも私には、Tが必要だって分かったから。Tが、母さんが居てくれて、初めて私は幸せになれるんだって分かったから」

「……で?」

「だから、ごめんなさい。Tは返さない」

 

 フェイトの身勝手な言葉に沸騰する思考とは別の冷静な思考で、なのはは現状を打破する案を次々に思案する。

同時、それを気付かれぬよう、沸騰する思考と言動との直結回路を開けたり閉じたりし、腹腔に渦巻く憎悪を吐き出した。

 

「なるほど、貴方には一切遠慮が要らないらしいっていうのが分かったの」

 

 作戦は一応考えついた。

僅かな光明を心に、なのははレイジングハートを構える。

対しフェイトもまた、バルディッシュをなのはに向けて構えた。

それから、ふと気付いたと言わんばかりにフェイトが言う。

 

「そういえば、貴方の名前は? Tは何となく予想できるって言ってたけれど、Tから貴方の名前は分かっていない」

「……なのは、高町なのは」

「私は、フェイト、フェイト・テスタロッサ」

 

 恐ろしく冷たい名前の交換を果たし、2人は再びにらみ合いに突入した。

遠くから聞こえる剣戟を耳に、2人が弾け出すような速度で動き出す。

逃げる側になったなのはに、フェイトは直射弾を次々に形成、できた端から放った。

正確に自分の行き先に突き刺さる直射弾に、なのはは内心舌打ちしつつ高速飛行で恭也らから遠ざかる方へ向かって飛び交う。

合流すれば飛べない恭也が狙い撃ちされる、その防御に回ればなのはらの敗北は明らかである。

ちょうど封印したジュエルシードの方に飛びつつ、なのはは誘導弾を次々に放った。

 

 直射弾の雨の中、桃色の小光球が縫うようにフェイトへと近づく。

フェイトがバルディッシュから魔力刃を発生、6つの誘導弾を切り払うのを尻目に、なのはは急降下。

地面にたどり着くと、フェイトへ向けてレイジングハートの杖先を構える。

なのはの至った考えの前半は、囲むように動かす誘導弾でフェイトを貼り付けにしつつ、足場の構成の必要がない地上からの高速砲撃であった。

軌道上にジュエルシードがあるが、そんなものは後で回収すればいい、となのははチャージし終わった砲撃を放つ。

 

「ディバインバスターっ!」

 

 直後、極太の桃色の光線がなのはの杖先から吐き出された。

が、すぐになのはは魔力の放出を辞め、直進する高速移動魔法を発動。

フェイトは砲撃と挟み撃ちに行く手を阻む誘導弾を避ける為に高速移動魔法でなのはに近づき、その限界距離の目前になのはが現れた事に目を見開く。

たった一度で、フェイトの高速移動魔法はその限界移動距離を見切られていたのだ。

ばかりか、高速移動魔法の使用タイミングと軌道まで。

なのはの考えの後半は、高速移動魔法の終わり際への攻撃であった。

一瞬早く、なのはの杖撃が振り上げられた。

が、降り始めから振り終わりまでの速さはフェイトの方が上、丁度2人のデバイスはその中間地点でぶつかり合う。

まさに、ジュエルシードのある場所でだ。

 

 世界が、ひび割れたかのような悲鳴をあげた。


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