モノクマの座る玉座の後ろ、ドデカいモニターにスロットが映し出された。シルクハットに燕尾服なんてふざけた格好をしたモノクマの飾りがチカチカ光って、俺たちの顔が模様になってるスロットが目まぐるしく回り出す。徐々にスピードが落ちてきて、三つの回転盤が左から順番に止まる。有栖川の顔が一列に並ぶと、『GUILTY』の文字と共に大量のメダルがスロットから流れ出てきた。
「うっひょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!だいせいかーーーーーーーーーーーーーーいっ!!!」
投票が終わってその結果が出ると、モノクマは待ってましたとばかりにテンションを上げて叫んだ。その表情は、なんとなく満足げな気がした。
「今回、“超高校級の冒険家”飯出条治くんを殺したクロは、ななななんと!“超高校級の裁縫師”有栖川薔薇さんだったのでしたーーーーーーーーーー!!オマエラよく見破ったね!」
「ち・・・ちがう・・・!」
「そ、そ、そそ、そんなあ・・・!こんなん・・・ウ、ウソや・・・!」
「ウソじゃないよ!ボクがこの円らでラブリーな眼ではっきりと見てたもん!有栖川さんが飯出くんをメッタメッタ刺しにしてるのをさ!」
「見てた・・・だと?」
「さ、殺人が起きてるのを・・・ただ見てたって・・・!?」
「なんだよ、その目と言い方は?当たり前でしょ、ボクはこの合宿の責任者なんだから。オマエラの生活はあんなとこからこんなとこまで全部丸見え特捜部だよ!」
「ひどい・・・・・・こんなことまでさせて・・・!」
「ひどいぃ?」
嬉しそうに発表するモノクマの面を今すぐぶん殴りたい。耳障りだ、目障りだ、存在がうっとうしい。あのふざけた声も仕草も全てが邪魔だ。だがそれはできない。それをしたところで、俺がどうなるかなんて分かり切ってる。
「よく言うよなオマエラ!そんなこと言うオマエラの方がよっぽどひどいじゃないか!」
「な、なにいってんだ!おまえみてーなわるいクマよりわるいやつなんかいるか!」
「うぷぷぷぷ、あーやだやだ。そんな綺麗事ばっかり言って、オマエラ全員、有栖川さんに投票してるじゃないか!」
「・・・っ!」
もう黙れ、黙ってくれ。これ以上ムダに俺をイラつかせるな。お前が口を開くとそれだけで頭が痛くなる。
「あ、全員じゃないか。二人だけ、違う人に投票してるよね」
「二人?」
「有栖川さんと、晴柳院さんの二人だよ!クロの有栖川さんはともかく、クロでも共犯者でもない晴柳院さんが自分に入れるなんて、イミワカンナーーーイッ!!」
「!?」
「はわあっ!?あ、あの、そそ、それはぁ・・・!」
自分に投票だと?そんなことして何の意味がある?この裁判のルールだと、一番多く票を集めた奴は確実に死ぬんだぞ。なのに・・・どういうことだ。
「おいチビ・・・なんのつもりだ。それで結果が変わってたらどう責任とるつもりだったんだよ!」
「ひいいいっ!!ご、ごめんなさいぃ・・・!」
「落ち着け、清水翔。晴柳院命に怒鳴っても意味がない」
「み、みこっちゃん・・・なんで・・・?」
何考えてんだこのチビ。テメエ一人の投票が答えを変えてたらどうするつもりだったんだ。
自分に投票するなんてマネ、有栖川も予想外だったらしく、驚いた顔を上げた。こんなバカなこと、どんな理由があっても普通はしねえ。ほとんど自殺行為だ。
「だ、だ、だって・・・うちは・・・!あ、有栖川さんが人を殺したなんて・・・信じたくなかったから・・・!」
「なに?」
「うちは・・・おお、陰陽師やから・・・!信じて、祈って、願えば・・・・・・その通りになるって思ったから・・・!」
「そ、それだけ?たったそれだけの理由で、自分に?」
「有栖川さんが人殺しなんてうちは認めない!!だからうちは、有栖川さんに投票なんて・・・絶対、絶対にしたなかったんです・・・!!」
晴柳院は辛そうに、悲しそうに、涙を零しながら言った。テーブルに手を突いて、生気の完全に抜けた顔をした有栖川に向かって、怒りとも哀れみとも悔やみともとれるような、そんな叫びをぶつけた。
それが、晴柳院の理由か?有栖川が人殺しをしたって事実を認めたくなかったって、それだけの理由か?答えを間違えることは、テメエだけじゃなく俺ら全員の命が消えるってことだぞ。そんな無茶苦茶な理由で、たった一人のために、あり得ない奇跡を願って間違えたってのか?
「狂ってやがる・・・!」
「狂いもするさ。こんなこと・・・正気の沙汰じゃない」
俺のつぶやきに曽根崎が返した。それは晴柳院のことを言ってんのか、有栖川のことを言ってんのか、この状況の全てを言ってんのか。たぶん、その全部だろう。
「認めたくない、だと?ふん、甘ったれたことを」
「!」
「お、おい!古部来!」
「貴様が認めようが認めまいが、有栖川が飯出を殺したのは事実。俺たちはそれを明らかにするために命を懸けた。だのに、貴様ごときたった一人の小娘の私情に振り回されるとは・・・こんな屈辱はない。くだらん情を信じて死ぬのは勝手だが、それに俺を巻き込むな。死ぬなら一人で死ね」
「ちょっ!ちょっと!アンタ酷過ぎるわよ!」
「そうですよ!晴柳院さんは何も悪いことはしていません!彼女はただ・・・有栖川さんを救いたいと思っただけです!」
「こいつに俺たちを惑わせるほどの力がなかったのは幸いだ。だが、事実を知りながら犯人を庇うことが、ただ思っただけで済まされるのか?」
「ううう・・・はあああぁぁぁ・・・!」
「もういいよ・・・。みこっちゃんは悪くない。やったのは全部・・・アタシなんだから・・・!」
古部来の言葉に反論する奴が何人かいる。だが、そいつの言うことは正しい。晴柳院の行動は勝手以外の何物でもない。それにずっと有栖川と一緒にいた晴柳院なら、俺らより早い段階で気付いてたはずだ。有栖川が犯人だってことに。だからこそ、俺が有栖川を追及した時にあんな必死に弁護しようとしたんだろう。
執拗なほど古部来に責められて焦る晴柳院を、項垂れてた有栖川が助けた。そうだ、やったのはこいつだ。晴柳院のしたことは問題だが、もっとデカい問題を持つ奴がいる。
「そうだな。貴様が飯出を殺さなければ、こんなくだらん議論をすることもなかった。俺たちが命を懸ける必要もなかった。貴様はただ、貴様自身の弱さのために一線を越えた、身勝手な人殺しだ」
「古部来!!」
今度は有栖川に直接暴言を吐く古部来を、六浜がたった一言で戒めた。だが何も間違いじゃない。有栖川は人殺しだ。こんな奴に同情なんかする意味がない。
冷たく、軽蔑の目で有栖川を睨む。だが有栖川は、古部来の言葉にキレたのか、わなわな体を震わせて口を開いた。
「・・・アタシが・・・・・・身勝手な人殺し・・・?」
「違うのか?」
「ちっ・・・・・・!ちっ・・・!!ちがうわあっ!!ちがうに決まってんだろォ!!アタシが人殺しだったらあいつは・・・飯出は一体なんなんだ!!何も知らねえくせに!!」
「飯出がなんだと言うのだ?」
「アンタらは何も分かってない・・・!!あいつの正体を・・・知らねえんだよ!!」
「飯出の正体だと?・・・有栖川。お前、一体何を知っている?お前と飯出の間に何があった」
意外にも、有栖川はまだこんなにデケえ声で怒鳴る元気が残ってた。犯行を暴かれて廃人にでもなったかと思ってたが、まだしっかりと意識は保ってた。だがそれよりも気になるのは、有栖川の言った内容だ。これじゃまるで、まだ俺たちが知らない飯出のことを有栖川が知ってるみてえだ。何があったんだ?飯出の正体ってなんだ?
「あいつだってアタシと同じだ・・・!!あいつは・・・あいつはアタシの友達を・・・!!千恵を殺したんだ!!」
「はあ!!?い、飯出が殺し!!?」
「なんですかそれは?故人をデタラメに誹謗するつもりですか?」
「デタラメなもんか!!アタシは知ってる!!あいつも千恵を殺したんだ!!アタシが人殺しなら、あいつだって人殺しだ!!」
なに言ってんだ?飯出が人殺しだと?あんな馬鹿みてえに他人を信用して、結束がどうの争いはどうの言ってた奴がか?
到底信じられねえ。いまさら有栖川がデタラメを言って飯出を貶めてなんの意味があるってんだ。その場にいたほとんどの奴が理解できずにいたら、アニーが有栖川の言葉尻に反応した。
「ローズ。チエってもしかして・・・ハカマダチエのこと?」
「っ!?な、なんでアンタが・・・!?」
「は!?お前なんか知ってんのかよアニー!?」
「うわさで聞いただけだけなんだけど・・・確か、フラワーアレンジメントのお家の娘だったかしら」
「“超高校級の華道家”、
「そ、そねざきも!?」
アニーに続いて曽根崎も声を上げた。袴田千恵なんて名前、聞いたことねえ。だが二人が口を揃えて同じ名前を言ってるってことは、有栖川の言ってることはデタラメじゃねえのかもしれん。もしかしたら、マジで飯出はそいつを殺したのか?
「なんでアンタたちが千恵のことを知ってんだよ・・・!アンタらまさか・・・あのことに関わってんじゃねえだろうな!!」
「あのこと?」
「裏の取れてない話をするのは気が進まないんだけど、有名なうわさがあるのは事実だよ」
「うわさとはなんだ?」
メモ帳を見ながら曽根崎が言いにくそうに言葉を濁す。こんな奴が言いよどむってどんなことなんだ。その袴田って奴と有栖川と飯出の間に何があったんだ。それが、有栖川が飯出を殺した理由なのか?
「彼女、ボクらがここに来る三ヶ月くらい前から、ずっと学園に顔を出してないんだ」
「学園に?それがうわさか?」
「うん。それにその前には何日も部屋に閉じこもって出て来なかったりすることもあったみたいで、うわさじゃ友達と喧嘩してから疎遠になって、それから勉強もふるわず退学になったっていう・・・」
「ちがう!!」
「えっ」
曽根崎が言ううわさに、有栖川が強く言い放った。希望ヶ峰を退学だと?そんなことが許されんのか?いや、そんなわけがねえ。だって、もしそうなら俺はとっくにそうしてる。学園側からにせよ生徒側からにせよ、希望ヶ峰学園に退学なんて制度が存在するはずがねえんだ。
だが、じゃあ袴田って奴はどこに行ったんだ?マジで飯出に殺されたってのか?
「千恵は退学になったんじゃない・・・!!全部・・・全部飯出たちが悪いんだ!!あいつが千恵のことを追い込んだんだ!!」
有栖川は興奮して怒鳴る。全く意味が分からねえ。飯出がその袴田って奴と何の関係があるんだ。有栖川はなぜそのことをここまで根に持ってる。
曽根崎が話したうわさを否定して、有栖川は自分の口で語り始めた。
「千恵は・・・アタシの親友だった。アタシと千恵は、希望ヶ峰に入学してすぐの時からずっと・・・ずっと一緒だった。大人しくて優しくて、アタシは千恵のことが大好きだった・・・いや、今だってそうだ。だから・・・だからあいつが許せなかったんだ!!」
ーーーーー
千恵はいつだって優しかった。アタシが宿題忘れたり授業聞かないでぬいぐるみ作ってたりしたら助けてくれたし、気が短いアタシがキレそうになったら代わりに怒ってアタシを守ってくれた。落ち込んだ時には慰めてくれたしいきなり部屋に行っても喜んで話を聞いてくれた。
可愛くて優しくて大人しくて、アタシは何度も千恵に救われた。アタシは千恵のことを親友だと思ってたし、千恵もアタシのことを親友だって言ってくれた。だからアタシたちはずっと一緒にいようって、希望ヶ峰学園にいる間も、卒業してからもずっと、一緒にいようって決めた。
「ローズさんの名前って、とても素敵な名前だと思います」
「うん?どしたの急に」
「しょうびの花・・・花言葉は愛情、美。西洋では純粋な愛の意味もあります。女性的で淑やかで、ローズさんにぴったりなお花だと思います」
「・・・っはは!冗談!むしろアタシより千恵の方が似合うっしょ!」
「うふふ・・・」
千恵はいつもそうやってアタシの名前を褒めてくれた。アタシがぬいぐるみを作るとそれを可愛いって言ってくれたし、アタシは千恵のことが大好きだった。アタシが作ってあげたぬいぐるみを丁寧に撫でる優しい指先も、さらさらしてて蛍光灯の下で光る髪も、何度見ても思わずどきっとする伏し目も、全部が好きだった。
だからこそ、アタシは一番最初に気付いた。いつも落ち着いた雰囲気の千恵が、近頃そわそわしてて様子がおかしいってことに。絶対何かあると思った。だからアタシは、千恵と二人きりで話した。
「千恵、アンタ今日おかしいよ」
「えっ・・・おかしい?そ、そうでしょうか?」
「そうだよ。なんかあった?っていうかなんかあったでしょ」
「い、いえ。大したことでは・・・」
「大したことないなら教えなさい。着物縫ってあげないよ」
「・・・」
この殺し文句を出せば千恵はだいたい言うことをきく。いつもはすぐ答えるんだけど、このときはちょっと言いづらそうに顔を伏せてた。やっぱり本当に言いにくいことなんだ。けどここで引き下がったら、千恵は絶対何も言わないで一人で抱え込む。それだけはダメ。
「えっと・・・実は最近、ちょっと眠れなくて・・・」
「寝れない?」
「夜中にずっと視線を感じてて、布団に入ってもなんだか落ち着かなくて・・・」
「なにそれ!?怖い話!?」
「あと、部屋に帰ったらポストに同じような手紙がたくさんあったり、お守りの入った封筒がいっぱい届けられたり、私が授業を休んだ次の日にはその日のノートが机に忍ばせてあったり・・・」
「超怖え!!っていかそれ完全にストーカーじゃん!!それマジなの!?」
「え、えぇ・・・で、ですがストーカーなんて・・・。お守りもノートも私のことを心配してくれての贈り物ですし、お手紙の内容からして・・・わ、私を好いてらっしゃるようですし・・・」
「それをストーカーって言うんだよ!千恵、それっていきなり?誰かに告られたりやたら声かけられたりとか、そういう感じのことは?」
「・・・・・・告白はされました」
意外どころの話じゃない、千恵がそんな大変なことに巻き込まれてるなんて初めて知った。っていうかアタシだっていつも千恵の部屋に来てるし一緒にいる。もしかしてずっと千恵はアタシに隠して、そのストーカーに怯えながら暮らしてたの?何考えてんの!
「で?その後は?」
「いきなり告白された上に初めてお目にかかる方でした。それに立場上、お付き合いは困りますがお友達にならとお答え差し上げました」
「つまりフったんだ。で、そのストーカーってのはいつから?」
「その次の日からでした」
「それもう答えじゃん!!絶対そいつが犯人だよ!!千恵、アンタそれ誰かに相談した?」
「いいえ、ローズさんが初めてです」
「はあ!?な、なんで!?なんでそんなこと誰にも言わないの!?先生とか警察とか相談しなよ!」
悩みとか不安とかあってもあんまり表に出さないで気丈に振る舞うタイプだってのは知ってたけど、こんなことまで一人で抱え込むなんて絶対おかしい。そのストーカーってのは誰なんだ。見つけ出してアタシが二度と千恵に近付けないようそいつのベッドと体縫い付けてやる!!
「そ、それは・・・できないんです」
「できない?なんで?」
「・・・実は、詳細はお話ししていないんですが、両親にお電話差し上げたんです。悩みがあるのですが、先生方に相談すべきかどうか」
「なんでそんなことわざわざ・・・っていうか、親に相談すりゃよかったじゃん」
「母も祖母も、他流派のお家の方々とのお話し合いや袴田流のご指導でお忙しいので、私のためにお時間を頂くなんてとても・・・。母のお答えは、相談すべきではない、とのことでした」
「な、なんで!?」
「先ほども申しましたが、袴田流をはじめ華道の流派は数多ございまして、それぞれの流派では諍いや合併などが起きています。そんな中、私が学園で問題に巻き込まれたとなれば、ますます母方は多忙になります。大事になって問題と共に私の名前が広がれば、袴田流の衰退に繋がりかねないとのことで」
「そ、それって千恵の悩みより家の面目の方が大事ってこと?」
「・・・」
なんだよそれ。自分の娘がストーカーされてるってのに、家の名前がどうの流派がどうのって言って相談にも乗らず相談もさせないって・・・それが親の態度なのかよ。そいつらにとって千恵はなんなんだよ。娘じゃねえのかよ!
「そんなの・・・そんなの絶対おかしいって!千恵!アンタの家に電話させて!」
「えっ!?ダ、ダメです!こんな時間になんて!それに、これ以上私のことで迷惑をかけるわけには」
「迷惑かけて何が悪い!!千恵は自分一人で背負い込みすぎ!!」
「ロ、ローズさん・・・?」
「千恵はなんでもかんでも自分の中にためこんで、周りのこと気遣い過ぎ!アンタのそういうところ、アタシ大好きだけど、もう限界!放っておけないよ!」
「で、ですがまた家に電話してしまえば、これは私だけの問題ではなくなってしまいます」
「それが分かってんなら電話しようよ!もっとアタシや周りに迷惑かけてよ!友達も親も、困らせてナンボっしょ!そんなんじゃいつかマジつぶれちゃうよ!?アンタ家と自分とどっちが大事なの!流派がうんぬんの前に、アンタは『袴田千恵』なんでしょ!?」
「違います!私は『袴田千恵』である前に、袴田流華道の跡取りなんです!私情に流されて家の名に泥を塗るなど決して許されません!!」
千恵とこんなに大声でケンカするなんてこと、今までなかった。千恵がこんなに追い詰められた顔で誰かに怒鳴るなんて見たことない。だけど、なんでアタシが千恵のことを心配してるのに、千恵は家のことを心配してるの?アンタは自分のことなんかどうでもいいの?アンタ・・・一体だれなの?
「・・・失礼しました。部屋に戻ります」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!部屋に帰ったらまたストーカーが・・・」
「これはまだ私だけの問題です。申し訳ありませんが、ローズさんのお力をお借りするわけにはいきません」
「千恵!!」
千恵はさっきまでと違って、すごく冷静で落ち着いた声で言った。だけど部屋を出る時に少しだけ見えた顔は、ものすごく複雑そうだった。迷ってる、千恵は今、どうしたらいいか分からないで迷ってるんだ。アタシに言ってくれたのは嬉しい、だけどどうしてそれ以上甘えようとしないの。どうしてもっとアタシを頼ってくれないの。
親友だって言ったのはウソなの?
アタシと千恵がケンカした次の日は、なんとなく気まずくて、教室まで行くのも一人、お昼食べるのも一人、放課後に過ごすのも一人だった。相変わらず千恵はそわそわして、誰にも相談なんかしてないんだ。アタシはできる限り千恵を助けてあげようとした。仲直りしようって言って、ぬいぐるみを作ってあげた。その背中にポケットを付けて、中にごめんねって手紙も入れた。
なのに千恵は、それからもアタシを避けた。アタシと一緒にいると、甘えたくなるって、自分じゃ背負い込みきれない不安を打ち明けて、アタシに迷惑をかけるからって、そう書いた手紙を、ぬいぐるみのポケットに入れて返してきた。
そして、アタシたちのケンカから一ヶ月もしないうちに、千恵は姿を消した。
千恵の部屋は、いなくなる前と何も変わらなかった。キレイに片付けられた机、テーブルに置いてある活け花、シワ一つないベッドのシーツ。何もかも変わってない。ただ、ここに千恵がいないだけ。
「なんで・・・?なんで千恵がいないの!?どこに行ったんだよ!千恵に会わせろよ!」
アタシは教室でも廊下でも職員室でも、とにかく教師を見つけては問い質した。希望ヶ峰学園は絶対に何かを知ってるはず。千恵がいなくなった理由を。
だけど何回きいても何も教えてくれない。家の事情でとはぐらかされる。また家・・・どうして?千恵はアタシの親友じゃないの?この学園の生徒じゃないの?千恵はもう、袴田って名前から逃げられないの?
ーーーーー
「アタシは自分で調べた・・・千恵の家のこと、千恵に付きまとってたストーカーのこと、千恵がどこに行ったのか・・・でも何一つ分からない!希望ヶ峰学園でいくら調べようとしても、学園に邪魔された!」
「情報規制・・・確かに希望ヶ峰学園には不明瞭な情報が多いね」
「だけど、アタシはあの映像を観て全てを知った!千恵がどうなったか・・・なんでそうなったか!!」
「あの映像って・・・まさか!モノクマが言ってた動機!?」
「そこに全部映ってたんだ・・・あいつらの薄汚え会話が・・・!」
有栖川がぽつぽつと辛そうに、だが流れるように語る。希望ヶ峰学園がそういう体質だってのは、俺は前から知ってる。地位と名誉、この二つが、希望ヶ峰学園の名を世界に轟かせてるもんだ。そのどちらかでも失うことは、学園の崩壊と同じだ。
そして有栖川が歯を食いしばるのを見て、モノクマは大きく欠伸をした。そしてどこからともなく妙なリモコンを取り出し、モニターにそれを向けた。
「ああもう長ったらしいなあ。早く終わらせてよ。口で言うより、見た方が早いよ!ほら」
「!」
退屈そうに言ってスイッチを押すと、モニターに二人の人間が向かい合って座る映像が映し出された。背景にでっかく飾られたシンボルマークは、希望ヶ峰学園のものだ。たぶん応接間だろう。年のいった女と向かい合うのは、俺らのよく知ってる学園長だ。
「学園長・・・!?なぜ学園長がこんな映像に・・・!?」
「いや、アングルからして盗撮って感じだな。たぶん二人ともカメラにゃ気付いてねえ」
さすがにこれには動揺する。なんで学園長がモノクマの用意した映像に出てる?しかも盗撮って、モノクマの正体がますます分からねえ。希望ヶ峰学園のセキュリティを、こんな簡単に破るなんて。
俺らのどよめきに関係なく、映像は進む。銀髪で着物を着た女が、紙袋を差し出して頭を下げた。
『お願い致します。どうか、どうか今回の一件は御内密に・・・!』
『し、しかし・・・これはとても看過できることではありません。学園としては、千恵さんの自殺の原因を調査して、再発防止に努める義務があります』
「・・・!」
『先生、お願いします。千恵のことを知られてしまえば、袴田流は廃れるのみです。千恵も、それを望んではおりません』
『ですが・・・』
自殺、という言葉に、有栖川がぴくりと反応した。自殺・・・つまり袴田はもう死んだのか?
『先生。こんなことを申し上げるのは大変不本意ですが、そちら様も私共と同じでありましょう?』
『同じ?何がですか?』
『千恵が亡くなる数週間前、本人から電話がありました。悩みがあると』
『それが何か?』
『ずいぶんと不安な様子でした。学園生活のことでひどく悩んでいるのに、学園は相談に乗ってくれないと』
『はっ?』
『このままでは希望ヶ峰学園にいられない、助けて欲しいという内容でした。そしてその後、千恵は自ら・・・』
『そ、それは本当ですか!?そんな話・・・私は一切・・・!』
『ご存知かどうかは問題ではありません。学園は千恵が心を病んでいるのを知りながら放置した、この事実が問題なんです』
「ウソだ・・・!!ウソだ!全部ウソだッ!!」
映像の女が妖しく笑う。それを殺すような目で睨んで有栖川は叫んだ。さっきの有栖川の話とは違う。袴田は学園に相談なんかしなかったはずだし、そうしないよう言ったのは親・・・たぶんこの女だ。
『ね?袴田流も希望ヶ峰学園も同じなんです。千恵の件が公になれば、名前に傷がつく。そうなったらどちらも・・・絶望しかないんです』
『・・・!』
最後に言い聞かせるように女は言った。学園長は冷や汗をたらし、少しの間頭を抱えて悩んだ挙句、その女に言った。分かりました、と。そこで映像は途絶え、後には灰色の砂嵐だけが映っていた。
「千恵は死んだ・・・殺されたんだ!ストーカーのことを誰にも相談できないで・・・悩むことも許されないで!!千恵を殺したのはあの家だ!!学園だ!!千恵の逃げ道を塞いだのはあいつらなんだ!!」
「そんな・・・バカな・・・!?希望ヶ峰学園が・・・生徒の自殺を隠蔽じゃと?」
「よくあることだ。名のある家柄と世界有数の進学校、ない方が不自然だ」
「うぷぷ!残念だけどこれ、本当なのよね。こういう体裁ばっかり気にした奴って、どこにでもいるんだねえ。しかもしかも希望ヶ峰学園は事件を隠蔽するために、この事件に関わってる飯出くんと有栖川さんを問題児として処理しようとしたんだよね!!ねえどんな気持ち?信じてた希望ヶ峰学園の裏側を知って今どんな気持ち?」
モノクマが含み笑いをして煽ってくる。それが飯出と有栖川の抱える問題ってやつなのか?それじゃあ“超高校級の問題児”なんて呼び方、学園が勝手に付けてるだけじゃねえか。それも、ただ自分たちの保身のために。
だがそれにムカついてる余裕もない。こんなことがあっていいのか。仮にも学校が、生徒の自殺を隠すなんて。自分の娘が自殺しても、家柄を気にして秘密にしろだなんて。薄汚えどころじゃねえ、こいつらイカレてやがる。
「アタシはあいつらに復讐してやるんだ!千恵の代わりに、希望ヶ峰学園とあの家に復讐して、千恵を追い込んだストーカーも一緒に殺してやろうと思った!!だけど、そのストーカーはもう目の前にいた・・・千恵のことを忘れて、もう他の女に同じことをしてやがった!!あんなクズ野郎、殺さないでいられっか!!」
「それが飯出を殺した動機か。なるほど、ただ意味もなく殺したというわけではないようだ」
つい、有栖川の言葉に納得しかけた。飯出のしたことに対する晴柳院のビビり方からして、その袴田って奴も相当精神的に参ってたんだろう。そして、親に逃げ道を塞がれ、死んでも悲しむどころか家と学園の名前を汚さないようなかったことにされる。こんなんで袴田が浮かばれるわけがねえ。
あの紙袋を持って笑うクソババアと、額に汗かきながら自分は悪くないと責任逃れするような目をした学園長。あいつらにムカつくのは事実だ。だから有栖川の言い分も分かる。だが、分かるだけだ。
「貴様の復讐心はもっともだが、そのために俺が命を捨てるのは御免だ。貴様は復讐に囚われて周りを顧みず、独り善がりに突き進み倒れただけの愚か者だ」
「なんなんだよ・・・!!アンタは一体なんなんだよ古部来!!」
「?」
そうだ。たとえ有栖川の復讐心も憎しみも理解できたところで、納得なんかできるわけがねえ。こいつは飯出を殺して、更に俺たち全員を踏み台にしようとしやがった。
そうして淡々と事実を言うだけの古部来に、有栖川がブチ切れて掴みかかった。テーブルを挟んで反対にいる古部来まで走って、襟首を千切らんほどに鷲掴みにした。
「アンタに心はねえのか!!アタシだってホントは殺しなんかしたくなかった!!アタシの勘違いだったらって・・・飯出はストーカーじゃなかったらって思った!!だけど千恵のことで問い詰めたら・・・飯出の奴が認めたから・・・!!だから・・・!!」
「だから殺意が湧き、殺したのか。入念に凶器や運動靴を用意しておいて何が本意ではなかっただ。都合が良いにもほどがある。何を言おうと、貴様は俺たちの命を踏み躙ろうとした愚かな殺人鬼だ」
「それは違います!!!」
掴みかかった勢いのまま捲し立て、だがすぐに力なくその場にへたり込んだ有栖川に古部来が更なる追い討ちをかける。こいつの言ってることは正論だ、だから反論なんてねえ。けどそんな俺の考えごと否定するように、弱々しい声が響いた。声の主は、晴柳院だ。
「あ、有栖川さんは・・・殺人鬼なんかやありません・・・!」
「まだ言っているのか。こいつは飯出を殺し、復讐のために俺たちの命をも捧げようとした。なんの躊躇いもなくな」
「いいえ・・・!!有栖川さんは・・・ずっと後悔してたはずです!!辛かったはずです!!」
「みこっちゃん・・・?」
「有栖川さんが本当に復讐のことしか考えてなかったら・・・・・・どうしてうちを庇ったりしたんですか」
「!」
古部来に睨まれてまたビビる晴柳院が、懸命に言った。有栖川も晴柳院も泣きじゃくって、崩れた顔でお互いを見た。
そう言えばそうだ。晴柳院が犯人って疑われた時、たった一人だけそれに異を唱えたのは、有栖川だった。あのまま裁判を終わらせてれば、こうはならなかったはずなのに。
「有栖川さんは・・・飯出さんを殺してしまったことを悔いてたはずです。自責の念に駆られて、苦しかったはずです。せやないと・・・うちのことを助けたりなんてするはずがないんです・・・!」
「みこっちゃん・・・」
「有栖川さん・・・ごめんなさい」
「えっ」
いきなり、晴柳院は有栖川に謝った。有栖川は意外って顔してそのまま固まり、晴柳院が頭を下げたまま続けた。
「うちが・・・うちが気付いてあげればこんなことにはなりませんでした・・・。うちが有栖川さんの苦しみを分かって、こうなる前に慰めてあげたら・・・」
「み、みこっちゃんは・・・悪くないでしょ。やったのはアタシなんだから・・・」
「うちじゃ、袴田さんの代わりになんてなれへんし・・・有栖川さんに優しくされてばっかりで頼りないし・・・」
「やめてよ・・・。もういいよ、やめて」
「だ、だけど・・・うち、有栖川さんのこと、大好きです」
「・・・そ、そんなの・・・・・・アタシだってそうだよ・・・!アタシは・・・みこっちゃんに全部押し付けて出て行くなんて・・・それだけはしたくなかっただけ。みこっちゃんは悪くないんだもん・・・。もしアタシが勝ってもみこっちゃんだけは・・・みこっちゃんだけは助けてもらえるって思ってた・・・・・・みこっちゃんと一緒にここを出られるって・・・」
晴柳院が責任を感じるのも、有栖川が晴柳院を庇った理由も、俺には到底理解できない。互いに懺悔するように泣きながら話す二人に、誰もかける言葉が見つからなくて黙ってた。その様子をずっとつまらなそうに見てたモノクマ以外は。
「なに、もう終わった?まったくもう、オマエラだけで勝手に盛り上がっちゃってさ!久々のボクが目立つチャンスを潰そうとしてんじゃないよ!」
「だ、だまれ!おまえまだなんかあるのかよ!ぜんぶおわったんだからもうどっかいけ!」
「うん?何言っちゃってんの?まだとっておきのメインイベントが残ってるじゃない!」
「なにっ?」
「うぷぷぷぷ!秩序を乱し人を殺したことがバレたクロに待ってるものといったら、おしおきに決まってるでしょ〜〜〜ッ!!」
「お、おしおきって・・・処刑!?本気なのか!?」
「本気も本気!チョー本気!ってなわけで、早速いっちゃいましょーーーぅ!!」
「ちょ、ちょっと待ってください!!有栖川さんは・・・有栖川さんはただ・・・!!」
「ただ、なんだよ?どんな事情があろうとね、やったものはやったの。ルールを破ったら罰する、それが社会の決まりでしょ」
極めて悪趣味に、冷徹に、モノクマが嗤う。一気に有栖川と晴柳院の顔色が青くなり、晴柳院のとっさの弁解も意味をなさなかった。
こんな状況を作り上げ、こんな事件を起こさせ、こんな裁判をやらせて、おそらくおしおきってのも本気で有栖川を処刑するつもりだ。そんなこと、考えなくたって分かる。モノクマはいつでも本気だ。大きく開けた口に並ぶ牙の隙間から、悪意に満ちた笑い声が漏れ出す。
「今回は、“超高校級の裁縫師”有栖川薔薇さんのために!!スペシャルな、おしおきを、用意しましたッ!!」
「ま、待って・・・待ってください!!お願いします!!待って!!」
「もういいよ・・・みこっちゃん・・・」
げらげらと大口開けて笑い転げながら、モノクマは有栖川にじっくり言い聞かせるように言う。玉座の前の段が開き、真っ赤なボタンが小さいテーブルに乗ってせり上がってきた。
晴柳院は必死に止めようとするがモノクマは完全にそれを無視し、有栖川はふらふらした足取りで立ち上がって晴柳院の頭に手を置いた。
「こんなアタシのために泣いてくれて、ありがとう。いつもアタシのこと心配してくれてたのに、アタシからはなんにもできないままで・・・ごめんね」
「そんな・・・!そんなこと言わんといてください・・・!!有栖川さん・・・!!」
「それでは!!張り切っていきましょーーーぅ!!」
モノクマがピコピコハンマーを取り出した。目の前には怪しげなボタン。そしてハンマーを振りかぶるモノクマ。何をしようとしてるのかは一目瞭然だ。
晴柳院の頭を撫でて、有栖川は気丈に笑う。これから処刑されるってのに、なんでそんな顔ができるんだ。なんで晴柳院のことなんか考えてんだ。
「ごめんね・・・アタシが馬鹿だった。千恵のことばっかり考えてて・・・みこっちゃんのこと何にも考えてなかった・・・。ごめんね・・・!本当に・・・ごめんね・・・!」
「あ・・・あぁ・・・!!」
「おしおきターーーーーーーーーーーーーーーーイムッ!!!」
辛そうに、苦しそうに、有栖川は顔を歪めて泣いた。晴柳院を抱き締めて、捻り出すように謝罪した。そして謝罪の言葉を言い終わると、泣き崩れる晴柳院を離して距離をとった。これから起きることに晴柳院を巻き込まないよう備えたんだ。
モノクマの叫びとともに、ハンマーがボタンに叩きつけられた。ぴこっ、という軽い音とともに、モニターにあのドット絵と文字が表示された。
「有栖川さああああああああああああああああああああああああああああんっ!!!」
晴柳院の叫び声は、爆音で流れる古臭い音にかき消された。モニターに表示された有栖川の絵が、同じくドットのモノクマに引きづられて画面外に消えていく。残された文字が意味するものは、有栖川と晴柳院だけじゃなく、俺たちにとっても絶望に等しいものだった。
【GAME OVER】
アリスガワさんがクロにきまりました。
おしおきをかいしします。
円形の裁判場に並ぶ15人の高校生。その中に一つ混じる血色のバツ印が書かれた遺影。彼を殺したのはこの中の誰かだ。円の中心からの視線が、その15人をルーレットのごとく眺め、やがて一人に目を留めた。狙いが定まったのだ。
15人の中に潜んだ殺人犯、有栖川薔薇の後ろから鉄輪の付いた鎖が飛び出す。彼女を処刑場まで引きずる手のように、その細い首を、腕を、脚を、至る所を捕らえた。抵抗しようとする暇もなく、有栖川は鎖に連れられて壁の中に消えていった。
鎖が戻っていくのは、青白いドアの中。有栖川が引きずり込まれるとドアはばたん、と閉まり、「手術中」のランプが赤く光った。気付くと有栖川は、手術室の台の上で大の字に拘束されていた。横に立つのは、手術医の格好をしたモノクマだ。手に握られたメスが仄暗い灯りの下で不気味に煌めいた。
「ッ!!?ま・・・まさか・・・!!?」
「うぷぷぷ♫」
モノクマの意図を一瞬で察知した有栖川が思わず声を漏らす。無抵抗に身体をさらけている有栖川の顔は陶器のように蒼白となり、小刻みに震えて怯える有栖川を楽しむように、モノクマがにやりと笑った。
《可愛い可愛い♡薔薇乙女》
振り上げたメスが有栖川の脚に突き刺さる。一瞬で全身を突き抜ける激痛に有栖川の身体が強張る。吹き出る血飛沫など気にもせず、モノクマはもう片方の手にもメスを持ち逆の脚に刺す。強く見開かれた眼は焦点が合わず、苦しみの悲鳴が手術室の中に反響し八方から耳を劈く。
「ぅあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!」
激痛と恐怖に悶え苦しみながらも鎖に繋がれた腕と脚は固定されて身動きがとれず、切り刻まれた部位はもはや力を入れることすらかなわない。徐々に身体から抜けていく血の生温さから実感を伴った死を悟る。もはや正常な思考などできない脳はただ恐怖と絶望に侵食されていくのみだった。
つま先から大腿部までを切られ、徐々に腰、腹、胸、腕と施術部は移りゆく。喉に付けられた装置から流れる電流で痛みに気を失うこともできず、生きたまま有栖川は身体を弄ばれ徐々に蝕まれていく。そして有栖川は苦しみに瞼を閉じ、遠のく意識の中で微かに瞼が開いた。
「・・・・・・ッ!!」
眼を開くと、モノクマのメスは有栖川の額にあてがわれていた。次の瞬間、鋭い痛みとともに冷たい金属の感触が頭の中に入り込んでくるのを感じた。
「手術中」のランプが消えて青白い扉から現れたモノクマは、有栖川の激しい血飛沫で血塗れになった手術着を放り捨てた。中が見えないほどの暗がりからキャスター付きの担架がゆっくり出てくる。有栖川薔薇は、その担架に座っていた。
腕も脚も腹も、全身の至る所に雑な縫い跡が残り、一部の皮膚の隙間から赤黒い綿がはみ出ている。口は引きつった形に縫い付けられ、眼窩には眼球の代わりにビー玉が埋め込まれている。それは、間違いなく有栖川薔薇であった。血に塗れた不格好なぬいぐるみへと変わり果てて、再び全員の前に姿を現したのだった。
「うっひょーーーーーーーーーー!!エクストリィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッム!!!」
モノクマの悪趣味な笑い声が裁判場に響く。モニターにでかでかと映し出された有栖川のなれの果てを見て、アニメを見てるガキみてえに興奮してはしゃぎやがる。
これがおしおきか・・・これがモノクマの言う、公開処刑なのか。こんなもん見せられて、俺たちはどうしたらいいんだ。有栖川が飯出を殺したのは事実だ。でも、この仕打ちはあまりに残酷過ぎる。生きたままぬいぐるみに改造されるなんて、ただ殺されるよりずっと惨い。体の中がむかむかする、吐かないよう堪えるので精一杯だ。
「・・・あ・・・・・・あぁ・・・・・・・・・!!」
「うぅっ・・・!!なな、なんだ・・・・・・これ・・・!」
「・・・・・・」
「うあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
笑うモノクマなんかに誰も目もくれない。モニターを眺めて愕然とする奴、恐怖に眼を背けて震える奴、黙って不快感と絶望感に忍び耐える奴。誰もまともに声なんか出せる状態じゃなかった。だが一人だけ、晴柳院だけは感情が爆発したように叫んだ。
「いやあ良い仕事したあ。どう?素材の良さを活かした等身大ぬいぐるみ!ま、素材が人殺しじゃ良さなんてあるわけないけどねーーーッ!!」
「あああううぅっ!!!ああ・・・あ、ありすがわ・・・・・・さん・・・!!ああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
「貴様・・・これは一体どういうつもりだ・・・!!こんなことが許されると思っているのかッ!!!」
「うん?どしたの六浜さん?こんなんじゃまだヌルい?まあ安心してよ、まだ一つ目のおしおきなんだからさ。次からはもっとコーフンして全身の体毛が逆立つようなのを見せてあげるからさ!ああでも六浜さんが見られるとは限らないか!ぶひゃひゃひゃひゃ!!」
「ふざけるな!!こんな惨いこと・・・もうたくさんだ!!なぜ我々がこんな目に遭わなければならないのだ!!」
今にも掴みかかりそうな勢いで六浜がモノクマに詰め寄る。だが決して手は出さない。そうしたら、たったいま有栖川がされたことと同じ事をされると知っているからだ。こんなもん見せられて、モノクマの笑顔が更に邪悪な雰囲気を帯びて見えた。
「だからさあ、最初に言ったでしょ?この合宿はオマエラの抱える問題を解決するためのものなの。飯出くんと有栖川さんはその問題を解決できないままずるずる今まで生きてきたから、こんな形でツケを払うことになったの。殺されたりおしおきされるのが嫌なら、さっさと自分の問題を解決しちゃえばいいじゃーーーん!」
「そうじゃない!!飯出が殺されたのはお前が有栖川を焚きつけたからだ!!こんな場所に監禁してあんな映像を見せて、一体何が目的だ!!貴様は一体なんなんだあ!!!」
「うぷぷぷぷ・・・目的ねえ。そうだなあ、強いて言うなら・・・」
鬼気迫る形相でモノクマを怒鳴る六浜に、モノクマは一切怖じ気づくことなく返した。そして邪悪な笑顔をより一層深く歪ませて言った。
「『絶望』だよ!!うぷぷぷ・・・ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」
「待て!!」
ただそれだけ言い残して、モノクマは玉座を飛び降りて消えていった。陰湿な笑い声の反響だけを裁判場に残し、俺たちはその場に取り残された。晴柳院はもはや声も枯れ、静かにすすり泣きながら床に突っ伏していた。六浜はモノクマのいなくなった玉座の肘掛けを掴み、わなわなと体を震わせてやるかたない怒りに打ち拉がれていた。他の奴らは何も映らなくなったモニターを眺めて立ち尽くしたり、ただその場で重苦しい表情で佇んでいるばかりだった。俺はその中で、この胸の中のもやもやに思考を奪われていた。
なんなんだこの妙な感情は。飯出と有栖川はモノクマに弄ばれて死んだ。あいつらに親しみなんて持ってなかったはずだ。なのにこの虚しさはなんだ。俺たちが落ち込んだ時、喧しい声で強引に奮い立たせる奴はもういない。泣き崩れる晴柳院をそっと慰める奴もいない。あいつらがいなくなっただけで、こんな感情になるなんて、どうなってやがる。それに虚しさや恐怖感だけじゃない。ほんの少しだけ、どうしてこんな感情があるのか分からねえってもんが、その絶望の中で蠢いていた。
一体なんだってんだ。この清々しい達成感は。
『コロシアイ合宿生活』
生き残り人数:残り14人
清水翔 六浜童琉 晴柳院命 明尾奈美
望月藍 石川彼方 曽根崎弥一郎 笹戸優真
【有栖川薔薇】 穂谷円加 【飯出条治】 古部来竜馬
屋良井照矢 鳥木平助 滝山大王 アンジェリーナ
第一章はこれにて終了ですが、第二章はいつになるやら。なるべく早くやるようにしますけど、まだ日常パートの途中なので長くなることは確か。ま、気長にお待ちを