「ーーーーっ!!!!」
それは叫びというにはあまりに乱雑で。どこでもない場所から。だけど確実に俺の内側から。俺じゃない誰かの悲鳴のように聞こえて。俺の意思とは無関係に。俺から出て行くように。発掘場を満たすほどに。生み出されるように。俺は絶叫した。
「な、なんだよこれ・・・!!なんで・・・!!?」
なんでこんな所で?なんでこの時間に?なんでこんなに血を流して?なんでこいつが・・・?
疑問は答えを得られないまま、次々と浮かんで消えないまま頭を埋め尽くす。慣れたと思ってた。三度も目の当たりにして、すっかり慣れた気でいた。だが違う。他人事だっただけだ。俺にとってどうでもいい奴らばかりだったから、なんとか冷静でいられただけだ。本当のそれは・・・本物は、こんなにもおぞましい。
「どうなってやがる!!テメエさっきまで・・・なんでこんなことになってんだよォ!!!なんでなんだよおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
分からない。分からない。何も。なんで。どうして。これは夢か。夢じゃない。痛え。頭が。脳が揺れる。なんなんだ。どうすれば・・・。
「どうなさいましたか!大丈夫ですか!清水君!」
「清水うううううううううううっ!!!!さては板を踏み抜いたな!!だからあれほど散々言ったじゃろうが!!わしの大事な化石になんちゅうことをしてくれるんじゃ!!」
どれくらいの時間、そこで尻餅をついたままだったのか。自分じゃ分からねえ。だがさっき俺から出て行った叫びを聞きつけた鳥木たちが到着するくらいの時間は、そこに居続けてたらしい。急いでも数分はかかるはずだ。時間を忘れるってのはこういうことか。
やっぱり山道側からじゃそれは見えないらしく、俺に駆け寄ってテーブルの反対側に回り込んだ奴から順番に、驚いたり顔を青くしたりしてる。まず鳥木、次に明尾、その次に笹戸、それから屋良井、穂谷、滝山。結構な数が来たが、なんとなく少ねえ気がする。ああ、こいつと俺を含めればそれくらいだったっけ。
「そっ・・・・・・曽根崎君・・・!?」
「な、な、なんちゅう・・・なんちゅうことじゃああああああああっ!!!古部来に続いて曽根崎までもがああああああああっ!!!」
「ウソだろ!!マジで死んでんのかよ!!?なんでだよ!!二人目なんておかしいだろ!!ふざけんなよおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
「・・・?みなさん、お静かに」
駆けつけた奴らが、曽根崎の無惨な姿を目撃して悲鳴をあげる。当たり前だ。それが普通だ。だから穂谷みてえに、少し顔をしかめて怪訝そうにするだけなんてリアクションの薄い奴の方がおかしいんだ。その上、この状況で静かにしろとか言ってきやがる。
「しずかになんてできねえよお!!なんで・・・なんでまたしんでんだよ・・・・・・。も、もうおれいやだよぉ・・・たすけてくれよぉ!!」
「黙りなさいッ!!」
「!」
泣き崩れる滝山に、穂谷が一喝する。すると滝山は縮こまって口を塞いだ。しゃくり上げてるが、さっきより大分静かにはなった。絶叫の次に訪れた静寂は、不気味で不自然で不可解なほど冷たかった。しばらくしてから、穂谷が口を開いた。
「・・・死体発見アナウンスが聞こえません」
「えっ?」
「三人以上の人間が死体を発見すると、モノクマさんのアナウンスが流れるはずです。私たちが発見してもそれが放送されないということは、曽根崎君はまだ・・・」
「生きてんのかよぉ!!?マジか!!?」
生きてる?曽根崎が?こんなに血を流してんのにか?だが、穂谷の言う通り、モノクマのあのクソ声は聞こえてこねえ。“超高校級の歌姫”の耳を以てして聞こえねえなら、たぶんマジで放送はされてねえんだろう。ってことは、マジで、曽根崎が生きてるってことなのか?
「ええっとおおお・・・こ、こういう時はまず落ち着くためにフィボナッチ数をじゃな!」
「今すぐ医務室からタオルと包帯と担架、キッチンからキレイな水を盥に入れて持って来て!急いで!」
「は、はい!畏まりました!」
「滝山君、お願いします」
「おれかよお!!いきゃいいんだろいきゃあよお!!」
役に立たねえ明尾を突き飛ばして、笹戸が鳥木たちに命令した。鳥木は一心不乱に、滝山は泣きながら、あっという間に発掘場を飛び出して行った。屋良井と笹戸は曽根崎を広い場所にそっと移動させ、笹戸は曽根崎を仰向けにすると、テーブルからバターナイフを持ってきて自分のハンカチに穴を開け、それを曽根崎の顔にかけた。
「笹戸君?何をしてるのですか?」
「まだ曽根崎生きてるっつってんだろ!それじゃ死んだみてえだぞ!」
「いいから!二人とも、何か敷くもの持ってきて!」
「し、敷くもの?曽根崎の上にか?」
「下だよ!なんでもいいから!」
「べ、ベニヤ板なら余ったのを隅に置いてあるはずじゃぞ・・・」
「それでいいよ!」
いつになく声を荒げる笹戸は、一定のリズムで曽根崎の胸に当てた手を押し込んでる。体が小せえくせに、なんとなく迫力がすごくて、穂谷ですら少し尻込みしてる。屋良井と明尾が発掘場の隅からベニヤ板を数枚持ってくると、その上に曽根崎を移して笹戸はまた同じ事を始めた。そして深くため息を吐くと、意を決したように息を吸い込んで・・・。
「なっ!?」
「ぬおっ!!?」
「まあ」
「・・・っぷは!はあ・・・はあ・・・ふうっ!」
心臓マッサージからの人工呼吸。それって溺れた奴にやるやつじゃなかったか?けど笹戸は一生懸命、それを曽根崎に繰り返した。どれくらいの時間が過ぎたか、けど滝山も鳥木も戻ってないってことは、そんなに大した時間じゃねえんだろう。
「・・・・・・・・・うぅ」
「あっ!」
「うっ・・・ゲホッ!ぐっ・・・・・・うあ・・・?」
「まさか・・・本当にまだ亡くなってなかったのですか」
「曽根崎が目を覚ましたぞおおおおおおおおおおおおっ!!!ようやった笹戸ォッ!!!」
「うるせえよ!!」
「よかった・・・!喋らなくていいから!じっとしてて!気をしっかり持って!」
小さな嗚咽と咳をこぼして、曽根崎は意識を取り戻した。テメエで言っといて穂谷は意外そうに呟き、明尾は大声で歓喜し、笹戸は一瞬安堵の表情を浮かべると、すぐに真剣な目つきに戻って次の手当に移った。そして、鳥木と滝山は戻ってきた。二人が持ってきた水やタオルを受け取ると、今度は曽根崎を横向きにして、後ろ頭に水を染み込ませたタオルを当てて手当しだした。
「な、なにやってんだ・・・?」
「止血。それから、もう一個タオル出して。包帯巻くから手伝って」
「滝山君、ここは私が」
「包帯巻いたら担架で医務室まで運ぶから、準備しといて」
「わ、分かった!清水!いつまでもそんなところで腰抜かしてる場合ではないぞ!」
「お、おう・・・」
明尾に言われて、俺はそれまで自分がずっとそこに座り込んでることに気付いた。急いで立ち上がって、滝山が持ってきた担架を広げて曽根崎の横に置いた。笹戸は鳥木に手伝ってもらいながら、頭にタオルを当てたまま曽根崎の頭に包帯を巻いた。一通りの手当が済むと、体のデケえ鳥木と滝山で曽根崎を担架に移して、大急ぎで山道を駆け下りた。俺たちは、一応医務室までそれに付き添った。そのままそこの捜査をしとくべきだったんだが、全員行くっつうから勢いで来ちまった。
医務室は前に来た時と変わらず落ち着いた雰囲気で、白いベッドや壁紙が清潔さを感じさせる。照明も床も白くて、担架で運ばれてきた曽根崎がその中で嫌に際立った。
「ひつ!?そ、曽根崎さん・・・ああうう・・・な、なんでこんなことに・・・」
「大丈夫、まだ生きてる!ベッドに寝かせて、タオルを取り替えるよ!」
「う、うん・・・・・・ごめんね・・・てまかけさせて・・・・・・・・・」
「いらん心配をするな!怪我人は黙って治療されるもんじゃぞ!」
「っていうかタオルさっき付けたばっかだろ?もう取り替えんのか」
「僕ができるのは応急手当だけだから・・・少しでも清潔な状態を維持しないと!」
「ですが、応急手当だけで助かればドクターは要りませんよ」
医務室では、晴柳院が待ってた。六浜は気を持ち直して、捜査を始めたらしい。こいつがいてもあたふたして邪魔なだけだ。
そして慌ただしく指示する笹戸に、穂谷が冷徹な言葉を投げた。言った瞬間に笹戸の顔が強張り、他の奴らも、俺も、そのことに気付いて愕然とした。そりゃそうだ。あれだけの怪我を素人に治せたら苦労しねえ。このままじゃいくら手当したところで、結果は同じだ。
「無駄だってのかよ」
「奇跡、もあるかも知れません。まさに奇跡的な確率でですが」
「そんなことをしていたら捜査時間が終わってしまう!こんな状態でアレをやれっちゅうんか!」
「な、な、な、なんでだよ!ささど!そねざきたすかるんじゃねえのかよ!」
「・・・僕は・・・僕は、医者じゃないッ!」
命が懸かってる、だからこそ冷静にならなきゃいけない。だが穂谷は冷静過ぎだ。これが全部無駄かも知れねえなんて、今の今まで誰も考えなかったはずだ。考えないようにしてた。ここで人が死ぬっていうのは、それだけで全員の命が脅かされるってことなんだ。そんな絶望的な沈黙を、違う絶望の塊がぶち殺した。
「うぷぷぷぷ♫いやー、大変なことになってきましたねえ。オマエラ、どうですか!この絶望を満喫してますか!」
「こんな時に・・・!何の用だ!」
「いやいや、オマエラの絶望してる顔をもっと近くで見ようと思ってね。だからボクの目はこんなに円らでキューティーなんだよ!ちなみに口が大きいのは、オマエラを食べるためなんだぞー!ガオーッ!」
「ぎゃあああああっ!!た、たすけてえ!!」
「テメエらの遊びに付き合ってる暇はねえんだ!!失せろ!!」
「おーこわこわ。でもさ、もし曽根崎くんが死んだら、またモノクマファイルを作らなきゃいけなくなるからさ。そのためにはしっかり間近で検死する必要があるんだよね。カメラ越しにじゃ、限界があるからね!」
「いい加減にしろクソ野郎!!曽根崎はまだ死んでねえ!!消えろ!!二度と出てくんじゃねえ!!」
どれだけ怒鳴っても、どれだけ喚いても、こんな時だけ感情のない機械みてえに、モノクマは平然として動じない。いつもは無駄に感情豊かなクセして、今はただのぬいぐるみに成り下がる。そして俺の息継ぎのタイミングを狙って、またクソ悪趣味なことを言いやがる。
だがその言葉に、また穂谷は冷静に言った。
「検死・・・ができるのですか?」
「はにゃ?ボクは勇者だよ。剣士なんて二番手キャラは、輝かしい魅力溢れるボクには役不足だよ!マリモにでもやらせときゃいーの!」
「お願いします!彼女の質問に答えてください!」
「ノリ悪いなあ。はい、できますよ。目を瞑りながらでもできますよ。絞殺と首吊りの痕の違いを間違えるなんてヘマはしませんよ」
「ということは、相応の医療知識と技術をお持ちなのですね?」
「あったりまえじゃーん!ボクは検死から水汲みまで何でもできる未来のクマ型ロボ・・・ってコラーーーッ!夢を壊すようなこと言わせるな!」
「では曽根崎君を治すこともできますね?」
「へ?」
冷静に、落ち着いて、論理的に、穂谷はモノクマに言った。モノクマはきょとんとして、しばらく考え込んでから、できるよ、と答えた。
「そりゃあまあね。病死なんてされちゃ、学級裁判が盛り上がらないからね。治したり感染させたり、手術だってできるよ。人をロボやぬいぐるみにしたりね!」
「はうう・・・!」
いらねえところで不意に、モノクマはまた有栖川の死を侮辱した。だが、曽根崎を治せると聞いた今はそんなこと大して気にならねえ。
「だったら治せ!!今すぐ曽根崎を助けろ!!」
「え?なんで?」
「はっ?なんでって・・・?」
「だって、曽根崎くんを治してボクにメリットがあるの?ボクに曽根崎くんを治す理由があるの?」
「り、理由とかメリットとかそんなこと必要ない!命を助けるのに理由が必要なのか!」
「必要だよ。オマエラお肉食べたことないの?家畜の動物たちはオマエラに食べられるために生まれて、殺されてるんだよ。死刑囚が殺されるのは、オマエラの平和な暮らしを守るためなんだよ。ホラ、命を奪うのには色んな理由が要るでしょ?だから命を救うのにだって、理由は必要なんだよ。命は平等なんだから、奪う命も救う命も平等に扱わなきゃね」
「いやいやいや!それとこれとはまるで話が違うではないか!屁理屈じゃ!」
なんなんだその理屈は。そりゃ曽根崎の命と豚や牛の命が同じだって言ってんのか。全然違えだろ!こんな時にまでふざけてる場合じゃねえんだ!そう俺たちが抗議しても、モノクマはあっけらかんとしてる。そう言えばそうだ。こいつにとっちゃ俺たちが生きるのも死ぬのも大した問題じゃねえ。でなきゃハナからこんな狂ったコロシアイなんてさせるわけがねえ。
だったらもう、諦めるしかねえのかよ。このまま曽根崎が死んでいくのを、指くわえて見てるだけだってのかよ。
「・・・・・・・・・きみは・・・・・・ボクをたすけるさ・・・・・・・・・モノクマ」
「う〜ん?」
「そ、そねざき!」
ニヤニヤしながら、曽根崎が事切れるのを今か今かと待ち構えるモノクマ。だがその静寂に、微かな、弱々しい、危うくしたら聞き逃しちまうくらい細々とした声が広がった。ベッドに横になっている曽根崎が、瞼を僅かに開きながら、ぼそぼそと呟く。隙間から覗く眼に瞳はなく、そこには虚無しかなかった。これが、瀕死の人間の目なのか。
「曽根崎君、しっかりしてください。なんとかします、必ず、必ず助かりますから!」
「おどす・・・のは・・・・・・きそくいはんだよね・・・・・・・・・。だから・・・・・・こ、これは・・・ボクのひとりごと・・・・・・・・・・・しにぞこない・・・の・・・・・・うわごと・・・」
「もうしゃべんなって!マジでお前死ぬぞ!」
「お待ちなさい。彼は何かを言おうとしています」
規則違反とか、独り言だとか、こんな状態になっても、曽根崎はまだ無駄に舌が回る。俺は今更ながら感心した。こいつは本物の、“超高校級の広報委員”だ。こんな状態で、こんな状況で、死にかけてるっつうのに、モノクマと、黒幕と口で駆け引きをしようとしてる。
「こ、このまま・・・・・・しぬくらいなら・・・ボクは・・・・・・・・・ボクは・・・・・・がっきゅうさいばんを・・・ぶっこわす・・・・・・!」
「はっ!?」
「学級裁判をぶっ壊すぅ?何言っちゃってんのかなあ?死んだら学級裁判には参加できないの!ゾンビにでもなる気?そんなB級スプラッター映画みたいな展開、誰も望んじゃいないんだよ!」
「はんにん・・・・・・・・・ボクをおそった・・・はんにんを・・・・・・みた・・・!」
「うぷ?」
なんだこれは。今ここで何が起きてるんだ?話してるのは、死にかけて譫言をぼそぼそと呟く曽根崎と、吊り上がった口角が少しだけ下がったモノクマ。そこに居合わせた俺たちは、何もできないままその場の緊張感に呑まれていた。
「・・・・・・だまってころされる・・・なんて・・・・・・・・・くやしい・・・から・・・・・・・・・・・・しぬ・・・・・・くらいなら・・・さいご・・・・・・・・・に・・・」
「も、もうやめてくださいぃ・・・!ほんまに曽根崎さんが死んでまいますよぉ!!」
「どーすんだよマジで!笹戸!お前なんとかしろよ!取りあえず応急処置はできるんだろ!?」
「これ以上は応急の域を超えてるよ!僕は・・・もう何もできない・・・!」
「・・・・・・あーあー!まったくもうこの死に損ないが!分かったよ!まさかそんな風にボクを強請るなんて思わなかったよ!」
「えっ?」
徐々に薄れていく曽根崎の意識が、短くなる息に表れる。時はマジで一刻を争う。するとモノクマは、乱暴にそう言った。あまりに唐突に、あまりに脈絡もなく、あまりに勝手に、モノクマは観念したんだ。そしてどこからともなく聴診器を取り出して耳にかけると、遠くの方から聞き慣れた音が聞こえてきた。このサイレンの音は、まさか・・・。
「ボクには学級裁判を公正に行う義務があるからね!分かったから命は助けてやるよ!」
その言葉が終わるが早いか、医務室の前でサイレンは止まった。ドア越しに、でっかい救急車みたいなもんが停まってるのが見える。なんなんだありゃ。医務室の前に救急車が来るって、これは今度はどこに行くんだ。
「緊急搬送!緊急搬送!至急、この患者を『モノクマ救命センター24時』に搬送します!あとは、殺人ドクターの異名を持つボクに任せて!」
「殺人ドクターって、どっちだよ!」
「任せて大丈夫なのですか?」
「ボクは言ったことには責任を持つよ。しょーがねーから、曽根崎くんの命は保証しましょう」
「マ、マジか!だったらはやく!そねざきをなおしてくれよぉ!!」
どっかで聞いたような台詞、どっかで見たような光景。モノクマはふざけた格好のまま、ベッドごと曽根崎を救急車に運ぶ。あの小せえ体のどこにそんな力があるんだって思ったが、そんなことで時間食わせるわけにもいかねえから、喉から出かけたところを飲み込んだ。
「うっ・・・・・・し・・・しみず・・・・・・・・・・・くん・・・・・・!」
「し、清水・・・?清水!曽根崎が呼んどるぞ!」
「は?」
明尾に言われて、俺はようやく曽根崎の声に気付いた。それくらいか細い声だった。そんなまともに声も出せない状態で、なんで俺のことなんか呼ぶんだ。運ばれる曽根崎に付き添うように、俺はその横についた。曽根崎は顔をぴくりとも動かさず、真上を向いたまま自分のポケットを弄って、何かを取り出した。
「こ・・・・・・これ・・・!」
「な、なんだよこれ?」
曽根崎が弱々しく震える手で俺に渡したのは、使い古された小汚え手帳だった。俺にも見覚えがある。曽根崎がいつも手に持ってる、見るだけで忌々しい手帳だ。こんなもんを他人に渡すなんて、こいつもいよいよまともな思考ができてねえらしい。
「・・・ぼくの・・・・・・・・・かわり・・・に・・・・・・・・・・・・きみが・・・・・・きみがやるんだ・・・!」
「や、やるって何を・・・俺が?」
「たのんだ・・・・・・よ・・・!」
それだけ言い残して、曽根崎はモノクマに搬送されていった。ばたん、と閉まる救急車の扉が、俺を混乱と困惑の中から現実に一気に引き戻し、その場で俺は去って行く赤いテールランプを見送った。置き土産の静けさは、それまでの緊張感がウソのように落ち着いていた。手元の手帳だけが、さっきまでの出来事が現実だったんだと証明してた。
「・・・い、行ってしまいましたね」
「あの救急車はどこに行ってしまったんじゃ?」
「ほ、ほんまに大丈夫なんやろか。モノクマなんかに任せてもうて」
「ああするしかなかったんだったらしょうがねえだろ?もう後は神のみぞ知る・・・いやモノクマ次第か」
「それが分かってらっしゃるのなら、さっさと捜査を再開した方がよろしいのではないですか?現状、ここにほとんどの方が集まってしまっていますよ」
救急車の後ろを、医務室にいた全員で呆然と見送った。穂谷に言われるまで忘れてたが、この状況で捜査をしてるのは望月と六浜だけだ。曽根崎が行動不能になって人手がまた減っちまったってのに、こんな所で油売ってる場合じゃねえ。
「そ、そうだよな・・・」
「ったくよぉ、古部来が殺された上に曽根崎までこんなことになるんじゃ、どんだけ捜査しても足りねえよ!時間来ちまう!」
「そう思うのなら屋良井君もキリキリ動いてください。私は医務室で休みますので、みなさん頑張ってくださいね」
「なんでお前休むんだよ!!」
ひとまず曽根崎が完全に一命を取り留めるところまでは、モノクマの気はそっちに向くはずだ。あれだけの大怪我だったらそれが今すぐってこともねえだろうし、しばらくはまだ余裕がある。俺以外の奴らは文句を言ったり心配そうにしながらも、散り散りに捜査を再開し出した。古部来と曽根崎に手をかけた犯人がいるってのに、これ以上ばらけて大丈夫なんだろうか。
獲得コトダマ
【曽根崎のメモ帳)
場所:なし
詳細:曽根崎が愛用している革カバーのメモ帳。捜査の途中経過や発掘場でのパーティーの詳細な様子も記されている。
次に行くところなんて、悩むべくもない、決まりきってる。湖畔で古部来が殺された時と同じように、発掘場で曽根崎が倒れてたなら、そこをまず捜査すべきだ。
ーーー情報やニュースはなるはやで、新鮮なうちに調べておけばそれだけ取っ掛かりも増えるーーー
曽根崎のメモ帳にはそう書いてある。あいつの言うことに従うわけじゃねえが、それも一理ある。そういうわけで、俺はもう一度発掘場に向かった
暗い山道はやっぱり早足になって、照明が点きっぱなしの発掘場まで駆け上がった。そこは俺が曽根崎を見つけた時と同じでカレーの匂いが漂っていて、残った血の跡だけがさっきまでと違っていた。いや、さっきとは違って、滝山がそこに呆然と突っ立ってた。
「・・・?」
あまりに静かに、幽霊みてえにぽつねんと突っ立ってたもんだから、ちょっとビビった。それが望月とか晴柳院みてえな根暗だったらまだしも、いつもそれこそ猿みてえに喧しい奴がそんな調子だったから、余計に不気味だった。足音や臭いで山道を登ってくる奴が分かるっつうのに、俺が発掘場に来ても何のリアクションもねえ。
「お、おい。滝山、そこで何やってんだよ」
「・・・・・・」
返事がない。なんか気味が悪いからこっそり後ろに回りこんでみた。滝山が見つめてるのは、曽根崎が倒れてた場所。まだ独特のぬめやかな艶が残ってて、カレーの匂いで鉄臭さは感じねえものの、見てて気分が悪い。滝山の鼻だったら、血の臭いもはっきりと嗅ぎ取ってんじゃねえだろうか。
「おい・・・おい滝山!」
「ひっ!?・・・・・・・・・し、しみず・・・!い、いつのまに・・・!な、なな、なんだ・・・よ・・・・・・?」
「こんな所で何してんだよ。っつうか、俺に気付いてなかったのか?」
「う、うん・・・。いちおう・・・・・・そうさ・・・」
「ただぼーっと突っ立ってるだけで捜査になんかなるかよ。俺がやるからそこどけ」
「ご、ごめん・・・」
俺が少し強く言うと、滝山は擬態語が聞こえてきそうなくらいおろおろした調子でそこをどいた。俺だって本当はこんな所の捜査なんかしたくねえ。だが、犯人をはっきりさせなきゃ俺が死んじまう。見るだけで吐き気がするが、ちゃんとここの捜査はしなきゃならねえ。
「しかしまあ・・・よく生きてたな。マジであいつゴキブリ混ざってんじゃねえか?」
まだ芳しいカレーの香りが漂ってくるテーブルのすぐ横の地面に広がった、赤黒くてぬめぬめしい中途半端な溜まり。よく観察しようとしゃがんでみると、人間の血液の鉄臭さが鼻を突いた。マジでこれだけの量の出血でよく生きてたもんだ。笹戸の応急手当のお陰だけってわけじゃねえだろう。
変色した土は不気味で、夜中の山の中なんて場所で見ると冗談抜きで背筋が凍る。それを堪えてよく見てみると、生乾きの血溜まりの中に、明らかに血とは違う煌めきを持つ何かに気が付いた。それを手に取ろうとすると、鋭い痛みが指先に走った。
「いっ!なんだよガラスか・・・クソッ」
「だ、だいじょうぶかしみず?」
「なんてことねえよ、このくらい。ガキじゃあるめえし」
少し指を切った程度なら、唾でも付けときゃ治るだろ。しかし、なんでこんな所にガラスの破片が落ちてんだ?薄暗い中、血の染み込んだ土の上だと分かりづらい色をしてる。少し赤っぽい茶色のガラスか。どっかで見たような気がすんな。今は・・・思い出せねえ。
別にここで全ての答えを出さなきゃいけねえわけじゃねえ。後でいくらでも時間はとらされるんだ。今は手掛かりだな、他に何かねえか。
「そうだ。滝山、お前、曽根崎が見つかる前にここに来てたらしいな」
「・・・え?お・・・・・・おれが?」
「鳥木が言ってたんだよ。食堂で食い物探してからこっちに来たって。その時に誰かもういたりしたか?」
「え・・・えっと・・・」
「おいおい、しっかりしろよなぁ。お前は推理なんかカスほどもできねえんだから情報集めなきゃしょうがねえだろうが」
「で、でも・・・おれこんな・・・・・・こんなのイヤだよ・・・。みんなどんどん死んでって・・・・・・・・・あそこじゃこんなのいつものことだったのに・・・・・・ここだとすっげえこわくて・・・かなしくて・・・」
「なんの話してんだお前。テメエの樹海の話なんか誰も聞いてねえんだよ」
ダメだこりゃ。飯出の時は調子よく色んな証拠集めてきてたりしたけど、アニーの時といい今回といい、いい加減こいつもこの環境に限界を感じてきてんのか。一番そういうのとは縁遠い奴だと思ってたが、割とその辺は俺らと変わらねえらしい。
「だって・・・だって・・・」
「デケえ奴がガキみてえにメソメソしてんの見るといらいらすんだよ。しっかりしやがれ猿」
「うっ」
「いつもうるせえくらいに元気なくせに、こういう時だけ役に立たねえんじゃ、マジで喋る産廃じゃねえか。犬みてえに臭いで犯人当てるとか、テメエにしかできねえことあるんだからちゃんと働けや」
「・・・う、うん。ごめん」
俺よりもずっとデケえくせになよなよしやがって。当てつけかそりゃ、この忌々しい癖毛込みでもテメエに届かねえ俺への当てつけかコラ。ケツに一発蹴り入れると、滝山は気合い入ったのか、泣くのを止めて覚悟を決めたらしい。古部来の方も調べさせようかと思ったが、そっちは望月と六浜がいるから問題ねえか。
獲得コトダマ
【血溜まり)
場所:発掘場
詳細:曽根崎の血が半端に地面に染み込んだ跡。生々しく鈍い光沢を放っていて、強い血の臭いを漂わせている。
【粉々のガラス)
場所:湖畔、発掘場
詳細:古部来の周りに大量のガラスの破片が大量に落ちていた。古部来の体にもいくつか突き刺さっている。発掘場で倒れていた曽根崎の周辺にも散らばっていた。赤みがかった茶色をしている。
発掘場を後にした俺は、その足で資料館に向かった。事件と関係あるかどうかは分からねえが、曽根崎のメモ帳には、「資料館」とだけ書かれたページがあった。前後のページから、この事件の捜査中に書かれたもんだったから、あいつが何か手掛かりがあると踏んだ所なんだろう。調べといた方がいい、くらいの気持ちで行ってみた。
自動ドアが開いて、柔らかい灯りの点いた資料館に入った。何の変哲もない、前と変わらない光景しかない。
「チッ、あの野郎テキトーなこと書きやがって・・・何もねえじゃねえか」
いつもの静かな空間、すぐ隣の湖畔で事件が起きてるなんて微塵も感じさせねえ落ち着いた雰囲気、事件と関係ねえ場所なら当然なんだが、何とも言えねえ気まずさみてえなものを感じる。曽根崎はなんでこんな場所に目星を付けたんだ?
「はあ・・・やるっきゃねえか」
勝手に色んな所を調べてくれる目玉の虫を従えてるわけでも、有力な情報をわざとらしく教えてくれる小学生のガキがいるわけでもねえ。ただの凡人の俺にできることは、虱潰しに怪しいところを調べていくしかねえ。分かり切ってたことだが仕方ねえ、そんな不満をため息に乗せて吐き出して、俺は手始めに受付カウンターを調べることにした。
「そういや、このパソコンはあいつが解析してるんだったな」
カウンターの上に設置されてるパソコンは、誰もいねえのに勝手についてる。希望ヶ峰学園のシンボルを映し出して、微かなモーター音だけが少し聞こえる。検索機能といい文書作成ソフトといい、この資料館内でしか意味がねえ機能ばっかりだ。外と連絡が取れるかもと期待するだけ無意味だろうな。
カウンターには特に何もなかった。強いて言えば、引き出しの中に英語の資料がたくさんあったことぐらいだ。事件に関係あるとは思えねえけど、何が書いてあるか分からねえと妙に気になっちまう。
「引き出しにも何もなしか。ちっ、適当なこと書きやがってあの野郎・・・何にもねえじゃねえか」
メモ帳に書かれてた一言だけで無駄な時間を使わされるのは我慢ならねえ。もう一回メモ帳をめくって、あいつが調べようとしてた場所を洗い出そうとした。使い古されてるくせにやたら革が堅え。めくってる途中で押さえてる方が一気にめくれちまう。
「あっ・・・ん?」
一番最後のページの反対側のページ、定期券とかを挟んどくビニールのところに、堅え感触があった。明らかに革やプラスチックとは違う、金属の感触だ。見ると、銀色の小さな鍵が挟まってた。持ち手に彫られたのは希望ヶ峰学園のマーク、そして『ソネザキヤイチロウ』の名彫り。
「鍵か」
俺も見たことがある。この形といい大きさといい、あれしかねえ。希望ヶ峰学園が生徒に与えた勉強机の引き出しには、埋め込みの錠前が付いてる。一緒に支給される小せえ鍵で開けられるようになってて、盗難防止に個人の名前も彫られてる。これはきっと、あいつの部屋の引き出しの鍵だろ。
「見られたくなくても、抜かなかったあいつが悪いよな」
そんな言い訳めいた独り言を呟いて、俺は寄宿舎のあいつの部屋に行こうとした。だがそこで、視界の端に誰かが映った。
「・・・」
「ああ、六浜・・・か」
こっから資料館を更に捜査していっても有力な情報が出てくるとは思えねえ。っつうかさっきからどこ行ってもそんな気がする。やっぱり、いつも積極的に捜査してたあいつらがあんな調子だからなのか。その一人が、資料館のテーブルでぐじぐじしてるからだろうな。
「・・・大丈夫なのかよ」
気になって気になってしょうがねえ。黙って真剣に何かを書いてる。髪はぼさぼさに乱れて姿勢も悪く猫背になって憂鬱な雰囲気が漂ってる。これがあの六浜なのか?なんかクソ根暗でネガティブ思考の文章家みてえな感じだ。俺の呼びかけにもいまいち反応が薄い。
「お、おい、六浜?・・・なにやってんだ、こんなところで」
俺が声をかけても、六浜はいまいちいつもの覇気がなくて、ぼーっとした雰囲気で振り返った。さっきの滝山より、よっぽどこっちの方が幽霊みてえだ。
「・・・清水か。曽根崎は・・・どうした?」
「は?お前、知らねえのかよ」
「知らない・・・とはなんだ?」
虚ろな眼で、じっと俺を見つめてきたと思ったら、頓珍漢なことを言いだしやがった。マジで大丈夫なのかこいつ。古部来が殺された時から、ずっと様子がおかしい。さすがにリーダーとしての重圧が重すぎたか、しかも古部来はこいつが特に信用してた内の一人だったな。確かにありゃ参る。
「曽根崎は・・・犯人に殺されかけた」
「・・・・・・・・・は?」
「発掘場で血ぃ流してぶっ倒れてた。お前と望月以外の奴らは全員知ってる。それから、モノクマが治すっつって連れてった。どうなってたかは知らねえが、命だけは保証するらしいぜ」
「・・・そうか」
また取り乱すかと思ったが、案外落ち着いてた。もう暴れ回る元気もねえのか。ただ呟いて、手元のノートを眺めた。よく見たら、そのノートを持つ手は震えて、堅く握られてる。まだ感情をコントロールするぐらいの余裕はあるってことか。
「命あるなら何よりだ・・・奴のことだ、平然と戻ってくるだろう。帰ってくればまた・・・やり直せるだろう」
「・・・」
虚ろなまま、虚無に向かって言葉を漏らし続ける六浜の姿は、なんとなく胸が痛んだ。俺がこいつに対してそんな風に思うなんて、あり得ねえと思ってた。だがこいつの今の姿は、あまりに悲惨だった。これがあの六浜なのかって、自分の記憶が疑わしくなるくらいには。
「それで、お前は曽根崎から捜査を、ひいてはこの事件の真相を解き明かす使命を託されたといったところか」
「よく分かるな」
「・・・その手に持っているメモ帳、お前には珍しい単独での捜査、お前と曽根崎の関係。これだけ揃えばその程度の推測は容易い。では、私もこのノートはお前に託した方がよさそうだな」
「ノート?」
そう言って、六浜はそれまで握ってたノートを閉じて俺に手渡してきた。軽く胸に押し当てられたそのノートは、強く皺が付いて少し千切れてる。なんで、なんでこんなに見窄らしくなってるこいつに、俺は気圧されてんだ。その眼はどこも見てねえ、だが、俺にそのノートを開けろと訴えかけてくる。俺は自然と、それに従った。
見開きで書かれてたのは、簡単な地図と十個くらいの文字が書かれたマークみてえなもんだった。その中の一つだけ、『古』の字が書かれたマークだけが、片方のページでバツ印を付けられてた。それが何を意味してたかは、一目瞭然だった。
「これ・・・俺らか?」
「・・・奴が、古部来が殺される前後の全員の立ち位置を簡潔にまとめたものだ」
「こんなもん何の役に立つってんだよ」
「犯人はあの煙で全員の視界を奪った上で犯行に及んだ・・・事件前後の立ち位置に犯人を突き止める手掛かりがあるのではないかと・・・・・・曽根崎がな」
「あいつが?」
「事件前の図は奴が、事件後の図は私が描いたものだ。それぞれがそれぞれを記憶していたことと、捏造を防ぎ信憑性を高めるために、と言ってな。もちろんだが、ウソはない」
あいつが別々に捜査しようって言いだしたのは、これが目的だったのか?っつうかこれを頼んだ時、六浜はまだ古部来の死から立ち直ってねえ状況だったんじゃねえのか。あいつの図太さは相変わらずみてえだな。だがこれはかなり大事な証拠になり得る。見たところあんまし立ち位置が変わってる奴はいねえ、むしろ全員が少しずつ動いてる。だが、単純にあの時、古部来の近くにいた奴が分かるってのはデケえはずだ。
「・・・助かる」
「どうということはない。これも・・・犯人を白日の下にさらすため。奴への手向けのためだ」
獲得コトダマ
【資料館のパソコン)
場所:資料館一階
詳細:曽根崎が解析中の旧式パソコン。資料館専用のものとなっていて、資料検索や文書作成などの便利な機能もついている。
【略地図)
場所:なし
詳細:煙が発生する直前と死体発見時の全員の位置をまとめたもの。曽根崎と六浜が協力して書いた。
六浜は俺にノートを手渡すと、それまでの鬱蒼とした雰囲気が信じられないくらいに、勢いよく立ち上がった。ガタッ、という椅子の音が資料館に静かにこだまして、びっくりした。
「な、なんだよ」
「清水。私はこれから寄宿舎へ行って、古部来の部屋を捜査するつもりだ・・・ついて来てくれるか」
「はあ・・・?急にどうしたんだよ」
「真相を暴く上では、現場や被疑者のみならず被害者に関する捜査も重要だ。彼の連続殺人鬼の事件も、被害者が男性という共通点からの捜査が進んでいると聞く」
「だから古部来の部屋も調べるってか」
喋り方はいつもの六浜だ。だが見た目はどうも普段と雰囲気が違う。まるで、六浜の姿をした別の何か・・・いや、逆だな。六浜が乗り移った何かみてえな・・・そんな気までしてきた。一体なんだってんだこりゃ。
だがまあ、寄宿舎には俺もちょうど行くつもりだった。曽根崎のメモ帳に挟まってた鍵で、どんな情報が得られるのか、確かめるために。
「別にいいぞ」
「ありがとう。では行こうか」
たまたま行き先が被ったんだから、断る理由は特にない。今にも、またぶつんと支えを失って跪きそうに六浜が歩く。見てるだけでそわそわする。マジでこんな調子で捜査なんかできんのか。同行することは受け容れたが、介護までやるっつった覚えはねえぞ。
倒れそうな六浜に注意しながら、後ろからついていく。六浜が資料館の出入り口マットを踏んだ。微かな駆動音だけを響かせてガラスの自動ドアが開くと、外の空気が一気になだれ込んでくる。それを掻き分けて、六浜が一歩外へ踏み出した。
その先で、鈍い衝撃が待ち受けてるなんて思いもせずに。
「うあっ・・・!!?」
「なっ!?」
しゅっ、という空気を切る高い音が聞こえた。重く柔らかい物体に鈍器がぶつかる音と、ガラスが砕ける甲高い音が後に続く。後ろで見ていた俺にもその衝撃が伝わってくる。脳みそを突き抜ける重みが六浜の支えを真っ二つに折った。
「六浜ッ!!」
俺は思わず叫ぶ。六浜は返事もせず土と草の地面に倒れた。体が固くてデカい地面にぶつかって少し弾み、六浜はそこにうずくまった。
「ぐっ・・・あああっ・・・!?」
「クソがッ!だ、だれだッ・・・!!」
やっと絞り出した言葉は、何の意味もなさない。誰かがそれに答えるわけでもなく、倒れ込んだ俺は六浜に眼を奪われてた。思わず六浜の頭に回した手が、ぬるりと生暖かいものに触れた。
「うっ・・・!?」
「なんだよこれ・・・!!クソが!!」
反射的に引っ込めた手には、べっとりと赤い血が付いていた。六浜は苦しそうに一つ呻いて、そのまま息を切らせる。なんとか支えようと地面に膝をつくと、ちくりとした痛みが走った。
「いっ・・・!あ?」
膝に何かが刺さった。硬くて鋭い感触。手で払うと、からんと音を立ててそれは地面に落ちた。六浜の体に被さるように散らかったそれは、俺の頭の中に似た二つの光景をフラッシュバックさせた。
「ま、また・・・このガラスかッ・・・!!」
赤茶色いガラスの破片、湖畔の古部来の体に刺さってたものと、曽根崎の流した血溜まりに沈んでたものと同じ、ガラスの破片だ。なんでまた、これがこんなところにあるんだ。なんで・・・。
「はあ・・・はあ・・・!くっ・・・!」
「ッ!お、おい六浜!しっかりしろ!」
一瞬呆然としたが、苦しみ悶える六浜の呻き声で俺は正気に戻った。こんなガラスより今は、六浜をなんとかすることが先だ。俺は何も考えられず、とにかくなんとかしねえとと、六浜を負ぶった。なんで咄嗟にそんなことができたのか、自分でも分からねえ。でもとにかく、こいつを医務室に連れて行かなきゃ、と体が勝手に動き出した。
「ぬううぅ・・・!な、なにをする・・・・・・!おろせ、女子を背負うなど・・・ほうけものォ・・・!」
「こんな時にまでむつ浜出してんじゃねえアホ!!こっちだって好きで負ぶってんじゃねえんだよ!!」
幸か不幸か、六浜は抵抗する力も出せねえみてえだ。こんな時に暴れられたらたまったもんじゃねえ。とにかく、俺は六浜を負ぶったまま全速力で医務室までダッシュした。
「驚きました」
「俺の方が驚いた。なんでテメエがいる」
「夜中に外を土臭く動き回るなんて、私のキャラクターじゃありませんもの」
六浜を連れて医務室に来た俺は、すぐにそこにいた穂谷に六浜を任せた。俺じゃどうすりゃいいか全く分かんなかったし、穂谷にさせた方が六浜も無駄に暴れたりしねえだろ。その元気があるかは別だが。
なんでずっと穂谷が医務室にいたのかは分からねえが、俺としては一応助かった。血を流してる六浜の手当をして、笹戸と同じように頭に包帯を巻いた。穂谷が言うには、曽根崎と違って六浜は軽傷で済んだらしい。だからモノクマの手当も必要ねえらしい。それにしても、笹戸は分かるが穂谷もずいぶんと手当に慣れてたようだった。女王様ともあろう奴が、そんなことするのか?
「で、六浜はどんな状態なんだ」
「分かりません。ですけど、大丈夫なのではないですか?少し休めば回復するでしょう」
「テキトーだな」
「私は医者ではありませんし、彼女は家族でもなんでもありませんので、無意味に気に病むのは精神的にストレスになるだけです」
「冷てえな。どっちにしろ、捜査はできねえってことか。めんどくせえことになりやがったなぁ・・・」
俺は舌打ちして、ベッドで眠る六浜を見た。頭にぐるぐると包帯を巻いた姿は、なんとも痛々しい。このまま六浜は裁判までこうしておいた方がいいんなら、この後行こうとしてた古部来の部屋の捜査は俺一人でやらなきゃならねえってことか。ったくめんどくせえ。
「あ、そうだ。穂谷、お前捜査手伝え」
「お断りします」
「なんでだ」
「ここを離れたくありませんもの。六浜さんも心配ですし、調べることもありますので」
「さっき心配なんかしねえっつったばっかりだろ。ウソ吐くならもっと上手く吐け、捜査もろくにしやがらねえで」
「では、手掛かりが見つかった、と言ったら信じますか?」
こんな状況だってのに、穂谷は相変わらずマイペースに不敵に笑う。そして意外にも、医務室で何かを見つけたらしい。そんなことあんのか?こんなところに古部来殺しの事件と関係する何かがあるってのか?
「なんだその手掛かりってのは。教えろ」
「・・・私への態度がなっていないことは、今は目を瞑りましょう。私の寛容さに感謝なさい」
「自分で言うか」
穂谷は不遜な態度のまま、薬品棚に近付いた。色んな色の色んなデカさの瓶がたくさん並んで、それぞれ説明書きやイラストが描いてあるが、一個も分からねえ。穂谷は、一番右の棚のガラス戸を開けた。一箇所だけ、瓶が抜き取られたように空間が空いている。
「この意味ありげなスペース、なんだと思います?」
「・・・もともとは瓶があったけど、誰かが持って行ったってことか」
「ええ。私はパーティーの準備の際にもこちらに足を運んでいるので、ここに瓶があったことははっきり覚えています。念のため、毎日チェックしていましたから」
「念のためって、どういう意味だ」
いちいちこいつは意味深な言い方をしたり、嫌みを言ったり、ストレスしか溜まらねえ。なんでこんな奴が世界中で歌姫なんて持て囃されてんだ。こんなに性格悪いんじゃ、どこ行ったって嫌われモンになるだけだろ。
「こちらの棚は全て、劇物または毒物です」
「毒・・・まあ、予想はしてたけどな」
「あら、意外です」
「けど毒がなくなってようが関係ねえ。古部来の死因は明らかに毒じゃねえだろ」
「・・・そうですね、古部来君ではありません」
ったくこの女、捜査もまともにやりやがらねえ。毒がなくなってたのは確かにヤベえことかも知れねえが、古部来の死因は毒ではあり得ねえ。この女はマジであの死体を見て毒死だとでも思ったのか?この前の裁判で死んでったあいつ並に馬鹿だな。
「あ〜、ちなみに聞くが、その瓶の色って覚えてっか?」
「こうした毒物は常温程度の熱や光を浴びることでも性質を変化させるものが多いのです。それを防ぐために、褐色の瓶に保存したり冷蔵したりします。この毒物も例に漏れず、褐色の瓶に入れてありました」
「無駄な尾ひれ付けやがって、曽根崎かテメエ」
「失礼、“無能”さんには少々難しかったでしょうか」
「そうだな。もう二度とテメエの話し相手になりたくねえって思うくらいには難しかった」
穂谷の嫌みには嫌みで返す。もうこいつの暴言は聞き飽きて、なんとも思わなくなってきた。呼吸をするように悪態をつくこいつは、たぶんその言葉にも何の感情も込めてないんだろう。まともに相手にするだけ無駄だ。
「そういえば、今回の事件と関係あるのでしょうか」
「あ?」
「モノクマさんが新しい規則を定めることとなった、張本人です。モノクマさん曰く、その方は自分以外の全員を殺害しようと企んでいたそうではないですか」
「んなこと言ってたっけか・・・じゃあ関係ねえんだろ。だったらあの煙ん中でもっと殺してる」
「そうでしょうか」
「は?」
ああもう、わけわかんねえ。やっぱりこいつとサシで話しててもイライラするだけだ。別段重要そうな手掛かりもねえみてえだし、さっさと古部来の部屋を捜査しに行った方が有意義だなこりゃ。まだ六浜が意識を戻さねえが、時間にはかえられねえ。俺は医務室を出た。
獲得コトダマ
【粉々のガラス)
場所:湖畔、発掘場、資料館
詳細:古部来の周りに大量のガラスの破片が大量に落ちていた。古部来の体にもいくつか突き刺さっている。発掘場で倒れていた曽根崎や、資料館の外で襲撃された六浜の周辺にも同じものが散らばっていた。赤みがかった茶色をしている。
【消えた毒の瓶)
場所:医務室
詳細:医務室の薬品棚から毒の瓶が一本持ち去られていた。パーティー準備中に穂谷が全て揃っているのを確認したため、それ以降に持ち出されたと考えられる。
【合宿場規則13)
場所:なし
詳細:規則13,『同一のクロが殺せるのは、一度に二人までとします。』
古部来の部屋と曽根崎の部屋、一人で二部屋も捜査しなきゃならねえってのはものすげえめんどくせえ。しかも、体感な上に曽根崎の件を考えねえ場合での話だが、もうそろそろ捜査時間も終わりだ。さっさとしねえとだ。
寄宿舎の扉を開いて、まずどっちにしようかと悩んだ。古部来の部屋と曽根崎の部屋。それは裁判場行きのエレベーターを挟んで別の廊下にある。クソめんどくせえ配置しやがって、どっちにするべきか。
「あっ・・・」
「あん?」
俺がしばらく入口の前で悩んでたら、廊下の陰から小さい声が聞こえた。前にもこんなことがあったなあ、そん時もこいつだった。いつもいつもウジウジしやがって、見ててムカつくんだよ。
「何やってんだチビ」
「あ、あのぅ・・・キレイな水を持って来よう思いまして・・・」
「水?」
「そのぉ・・・ここ、古部来さんのお部屋に禊ぎをせんとあかんくて。あそこ、ほんまにすごい念を感じます。だだ、だから・・・・・・古部来さんの魂が地縛してまう前に、念ごと成仏させたらんと・・・」
「はぁ・・・まだそんなこと言ってんのかよ。テメエがそんな風に余計なこと教えっから、笹戸まで捜査サボって魚の葬式するようになるんだろうが」
「へ?魚?」
晴柳院はまたわけの分からねえこと言ってる。んなもん塩撒いときゃ終わりだろ。っつか、こいつ古部来の部屋行ってたのかよ。俺や六浜より先に捜査・・・なのかどうかは微妙だが、古部来の部屋に行ってる奴がいるなら話が早え。
「おいチビ、お前古部来の部屋でなんか見つけたか。事件に関係ありそうなもんとか、証拠とか」
「ええ・・・そ、そんなものは見当たらなかったです・・・・・・。そ、それよりも古部来さんの・・・執念が恐ろしくて・・・」
「執念?」
「あ、あのですね・・・古部来さんの部屋に、夥しい数の棋譜が貼られてたんです」
「棋譜って、将棋の記録したやつか」
そりゃ、あいつは確か“超高校級の棋士”だったからな。将棋するしか能のねえ奴なんだったら、部屋に棋譜があったところで特におかしくもなんともねえだろ。俺は思った事をそのまま晴柳院に言った。だが晴柳院は、違うと言うように小さく首を横に振った。
「それが・・・そ、その棋譜、ほんまにあちこちに貼ってあるんです。入口の扉とか勉強机だけやなくて、タンスの引き出し開けたら服の仕切りに棋譜が貼ってあったり、トイレの蓋や扉の裏、あとベッドの上の天井にも・・・」
「は、はあ・・・なんだよそれ」
「し、し、し、しかもその棋譜・・・・・・・・・全部古部来さんが負けてるんです」
「は?」
想像して、純粋に気持ち悪いと思った。部屋の至る所に棋譜を貼るなんて、いくら棋士だとしてもマジでイッてる奴としか思えねえ。しかも、その全部があいつの負けた時の棋譜だと?どういうことなんだ。そんなもん貼ってどうしようってんだ?そん時の悔しさでも思い出してよがってんのか、Mだったのか。
「きっとあの部屋に漂ってた執念からして・・・古部来さんはずっと戦ってはったんやと思います」
「戦ってたって、棋譜とか?」
「ご自分と、です。負けた時の棋譜を身の回りに置いて、常に自分の敗因を研究して、盤の上で復讐する。きっと、そうしてはったんです」
「そりゃイタコ的な能力使って知ったのか」
「い、いえ!その・・・古部来さんなら、そうするかなって・・・」
なんだそりゃ、お前が古部来の何を知ってるっつうんだよ。別に俺も大して知らねえが。そんな異常な部屋、捜査したくもねえな。
「なんでもいい、ちょうどいいから、お前そのままあいつの部屋捜査しとけ」
「へ?ちょ、ちょうどってどういう・・・?」
「俺は曽根崎の部屋に用があるから、古部来の部屋の捜査はお前に任せる」
「ふえええっ!?う、うち一人でですかあ!?」
「当たり前だろ。それに・・・俺もお前も、古部来も、一応あそこにいたんだしな・・・。六浜が捜査を任せて一番納得すんのは、お前だろ」
「あ、あのう・・・六浜さんは大丈夫なんですか・・・?うち、もう平気や思うて離れてまいましたけど・・・」
「後悔してる時間が勿体ねえんだよ。いいから行け」
ったくめんどくせえ奴だな。古部来が殺されて曽根崎も六浜も行動不能、今俺らにゃ人手が足りねえし時間もねえんだ。うじうじしてる暇あったらさっさと行け。
戸惑う晴柳院に古部来の部屋は任せて、俺は曽根崎の部屋に向かった。後ろから小さく呼び止める声がしたが、聞こえないふりをした。
そういや、あいつはよく俺の部屋に来るけど、俺があいつの部屋に来たのは初めてだったな。内装は基本どの部屋も同じだが、あいつの部屋に入るといきなり何かを蹴った。それは、所狭しと並べられてる本立てだ。壁に寄せてあったり、キャスター付きで部屋中移動したり、店に置いてあるようなデカいやつまで。どんだけあんだよ。
「・・・あいつらしいな」
新聞や週刊誌、希望ヶ峰の同窓会の会報誌や、機内誌まである。どっから集めて来たんだこんなに。それから、一番高い棚、もはや神棚にも見える位置に並べられてるのは、あいつが編集長を務めてる、『HOPE』だ。初号から最新版まで勢揃いか。まあ、その最新版も三年前の最新版なんだが。
「万年筆にインクって・・・どこの文豪だよ」
勉強机の上に、きれいに整頓されてる色んな筆記具は、たぶん血以外の書けるものならなんでも揃ってる。あいつ、こんなにたくさんのペンを使い分けてたのか?何がどう違うのか、名前すら分からねえ俺にとってはガラクタも同然だな。
「・・・ここか」
俺は早速、曽根崎の手帳から鍵を取り出した。鍵が付いてる引き出しの位置は俺の部屋と同じ、机のすぐ下にある書類棚の一番上だ。
鍵はスムーズに挿し込まれて、軽くひねるとカチッという音がした。ただの引き出しだっつうのに、嫌に緊張する。別に悪いことしてるわけでもねえのに、やたらと背後が気になる。あいつが常に鍵を携帯して守ってた秘密を、見ようとしてるからか?もしかしたら、あいつの怖れてる秘密が、この中にあったりすんのか?
引き出しを引く手が重い。立て付けが悪いんじゃなくて、ただ俺が躊躇ってるんだ。なんで、あいつなんかのために緊張しなきゃならねえんだ。何を緊張する必要があるんだ。そう自分に言い聞かせて、俺は引き出しを開けた。
「・・・?」
決心すれば簡単なもんで、引き出しはすっと音もなく開いた。中にあったのはそう大層なもんじゃなく、原稿用紙の束だった。クリップで纏められて、一枚目の用紙には大きく、そのタイトルが書かれていた。
ーーー『希望ヶ峰学園スキャンダル集、超高校級の青春録』記事案ーーー
俺は全力でそれを床に叩きつけた。拍子でクリップが外れて紙が散ったが、軽いからいまいち勢いがなくて、これじゃ冷めやらない。
「なんっっっっだこれッ!!ふざけてんのかあの野郎ッ!!」
久し振りにマジであいつをぶん殴りたくなってきた。こんだけ期待持たせて、こんだけ時間使わせて、こんだけ緊張させといて蓋開けてみりゃこれかッ!!んな紛らわしいもん大事そうにしまってんじゃねえッ!!時間とページ返せボケッ!!
「クソがッ!!こんな時にまで踊らされて馬鹿みてえじゃねえか。こんなくだらねえもんのために・・・」
床に落ちたそれを仕舞おうと拾い上げた。何気なく、そこに書かれてることが目に入った。その時、俺の感情が全部リセットされた。
「・・・ん?」
妙な違和感。なんだ?こんな言葉、今のふざけたタイトルの記事に使うか?なんかおかしい。思わず、もう一枚拾い上げて、そこにも目を通した。その内容は、タイトルよりも、さっき読んだ内容の方に筋が通ってる。別のもまた別のも。
結局、表紙代わりにされてたあのムカつく原稿用紙以外は、全部一つのことに関して書かれてた。それは、タイトルとは全く関係ないことで、あんなもんよりよっぽど興味を惹く内容だった。
「な、なんだ・・・こりゃ・・・?」
俺はそれまでの怒りも時間も忘れて、その原稿用紙を読み進めていた。
獲得コトダマ
【曽根崎の原稿用紙)
場所:曽根崎の個室
詳細:曽根崎が独自に集めた情報をまとめたファイル。鍵付きの引き出しに仕舞って、表紙にフェイクを仕込むほど、曽根崎は隠そうとしていたようだ。
『ふい〜!一仕事終わった後の一杯はサイコーだよね!全身に水分が染み渡るこの潤いの感覚!やっぱり疲れた体には新鮮な生イカに限る!さ、そういうわけで、オマエラの疲れた体には学級裁判の緊張感がちょうどいいってわけ!寄宿舎の赤い扉の前にお集まりください!』
個室の中にまで、あいつの声が聞こえてくる。まだもう少し、あともうちょっとだけ、そんな気持ちのままこの放送を聞く奴もいるんだろう。俺も、もっとゆっくりこの資料を読んでいたい。だが、あいつはそんなもんお構いなしに、残酷に時が来たことを知らせる。もういちいち反応したり苛立つのも面倒くせえ。俺は手に持った資料を持って部屋を出た。
曽根崎の個室にいた分、他の奴らより少しだけ早く集まれたみたいだ。晴柳院もすぐに来たが、浮かない顔をしてるってことはたぶん大した手掛かりはなかったんだろう。その後から、いつものように不安そうな顔をした笹戸や明尾や屋良井、悩ましげな鳥木と六浜、六浜は頭に巻いた包帯が痛々しい。滝山はこんな時にまで何かをラッパ飲みしてやがる、能天気な奴だ。一番不気味なのは、こんな時でもいつもと表情が全く変わらない穂谷、それから何考えてっか分からねえ望月だ。この中に、古部来を殺した奴がいるってのか?それとも曽根崎が・・・。
「・・・ちっ」
考えてても分からねえ。全ての答えはこの扉の先にある。それが正解か不正解か、俺たちにとってはどちらであっても、絶望でしかない。絶望を辿る道を強いられてるこの状況こそが、一番の絶望なのかも知れない。
最後に望月が来ると、赤い扉はまた不快な音を立てて開く。真っ赤な口を開けて中に見えたのは、無機質な鉄の檻。一人ずつそれに乗り込むごとに、冷たい靴音や金属の軋む音が、深い深い穴に響く。
「六浜さん・・・そ、その包帯は?」
「・・・後で話す。早く、行こう」
「おいおい、曽根崎だけじゃなくむつ浜もかよ!マジどうなってんだって!」
「いいからさっさと乗れ。ここで話してても意味ねえだろ」
頭に包帯を巻いてる六浜に、俺と穂谷以外の奴らが目を丸くする。曽根崎はモノクマに搬送されてここにいねえが、あいつが襲われたことはもう全員に知れ渡ってた。だが六浜が襲われたのは、関わった二人以外は知らなかった。
そんなことをエレベーターの前で話し込んでても意味がねえ、どうせこれに乗って下に降りたら、それも含めた全部を明らかにしなきゃいけねえんだ。
「必ず・・・」
凛とした声で、そいつは呟いた。だがその声は、シャッターの閉まる金属音に掻き消されて、エレベーターは歪な騒音を巻き込みながら地下へと動き出した。
『コロシアイ合宿生活』
生き残り人数:残り11人
清水翔 六浜童琉 晴柳院命 明尾奈美
望月藍 【石川彼方】 曽根崎弥一郎 笹戸優真
【有栖川薔薇】 穂谷円加 【飯出条治】 【古部来竜馬】
屋良井照矢 鳥木平助 滝山大王 【アンジェリーナ】
第三章だから長くなってしまいました。第三章だからって原作と同じ展開とは限らないのですよ。
都合のいいところは根拠とし、都合が悪いところは反例とする。バカとハサミは使いようなのです