ダンガンロンパQQ   作:じゃん@論破

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第四章『鼠の嘘から出た犠牲』
(非)日常編1


 俺は自分の部屋で寝てた、肢体を投げ出した無防備な姿勢で。掛け布団は床にずり落ちて、枕は端に押しのけられて全く意味がない。そんな惰眠から俺を目覚めさせたのは、乱暴に部屋のドアを叩く音だった。

 

 「おい清水!起きろ!」

 

 どっかで聞いた暑苦しい声。こんな風に叩き起こされるのは大っ嫌いなはずなのに、俺はひとあくびすると起き上がってドアに近付いて行った。無視してればいいのに、律儀にドアを開いた。その向こうにいたのは、朝っぱらからうっとうしいくらいの目力を向けてくる奴と、無駄にスタイルがいいポニテの女だった。

 

 「ったく、これで十日連続寝坊だぞ!いい加減に気ぃ引き締めねえか!」

 「みんな朝ご飯待ってんのよ。早くしてよ」

 「・・・おう」

 

 勝手に起こしに来てやかましくするこいつらに、まともに取り合う筋合いなんてねえ。なのに俺は無視するどころか肯定の返事をした。体が勝手に動く。寝間着から普段着に着替えて、また一つあくびをしながら部屋を出た。

 廊下は薄黄色の照明に照らされて、留まっていた眠気を飛ばすように明るい。ガラス戸の向こうの空はほどよく雲が漂う快晴で、涼しい風が木を揺らしてざわざわと小さいながら壮大な音を奏でていた。俺は迷うことなく渡り廊下から食堂への扉を開いた。中にはさっき俺を呼びに来た二人を含めて15人が、食卓に着いていた。

 

 「おっ!やっと来たな!」

 「おせーぞしみず!はらへったー!メシくわせろー!」

 「グッモーニン、カケル。ミルクとシュガーは入れておいたわ。今日はいつもとブレンドを変えてみたのよ」

 

 さっきの赤目が俺を見て声を出すと、図体のデケえ半裸の奴がガキみてえに騒ぎ、コーヒーサーバーを持った黒人が俺に湯気立つコーヒーカップを差し出す。食卓に並んだ朝食は、良い感じに焦げ目がついたトーストにバターが一欠片とろけていて、彩りのいいサラダとソーセージが添えられた目玉焼き、フルーツがたっぷり入ったヨーグルトと、朝から食欲をそそられる。

 

 「無為に惰眠を貪って俺たちの時間を浪費させるな、馬鹿が」

 「アンタだって寝坊してるでしょ。治しなさいよ」

 「馬鹿の寝坊と俺の寝坊は性質が違う」

 「寝坊って認めてんじゃねーかよ」

 「いいからはーーやーーくーー!!メシーーー!!」

 「朝からおっきい声出すな!口縫いつけんぞ!」

 

 あちこちから色んな奴の言葉が聞こえてくる。どれもこれも聞いたことあるし見たことある。そいつがどんな奴なのかだって分かる。なのに、なんでか俺には、そいつらが俺とは違う場所にいるような気がした。すぐ近くにいるはずなのに、そこにはどうやっても超えられない隔たりがあるような。

 

 「どうしたの清水クン?」

 「っ!」

 

 何がどうなってんだか、ただ声をかけられただけなのに俺は身を固くした。緑のそいつはいつもの胡散臭い笑顔のままこっちを見てきてて、違和感はない。まだ寝ぼけてんのか?

 

 「清水クンは特に頑張らなくちゃでしょ。次こそは希望ヶ峰学園に帰りたいじゃん?」

 「・・・は?」

 「でももう二回もやって誰も『卒業』できてないし、今度もダメかなあ」

 「な、なに言ってんだよ・・・?」

 

 いつも意味不明なことばっか言う奴だけど、これはとびきりに意味が分からねえ。希望ヶ峰に帰る?『卒業』?何の事だ?もう二回もやったって、何をやったんだ?

 

 「ボクの予想ではね、一番『卒業』に近いのは・・・キミじゃないかな、清水クン」

 「えっ?」

 

 何言ってんだこいつ?俺が『卒業』に一番近い?意味が分からねえ。そもそもこの状況も、何か違和感がある。なんで俺はこんなところにいるんだ。いや、俺だけじゃない。あいつらがああやって普通に喋ってるのは絶対におかしい。だってあそこにいる奴らはもう・・・。

 歪んで混ざり合っていく視界の中でそいつは笑う。目だと思ってるところが口に、口だと思ってるところが耳に。世界がぼやける。どろどろにほぐれていく。形を失い、色を失い、意味を失い・・・やがて奇異な黒一色に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・ちっ」

 

 夢の中と同じ姿勢で目覚めた。けどドアを叩くやかましい音は聞こえない。ああ、こっちは現実か。

 妙な夢だ。この合宿場に来てからもう何日経ったか分からねえが、あんな風に全員が集まって和気藹々としてた日なんてなかった。そしてこれからも、もうそんな日は絶対に来ない。あそこにいた奴らの内、半分近くはもういねえんだ。

 朝からやかましく声を張る飯出も、晴柳院にベタベタする有栖川も、コーヒーのことになるとうるさいアニーも、やたらと俺に突っかかってくる石川も、頑固で協調性のない古部来も、ガキみてえにはしゃぐ滝山も、いい加減でテキトーな屋良井も。みんな死んだんだ。俺の目の前で。

 

 「・・・ふんっ」

 

 死んだ。言うのは簡単だし、ここに来るまで特に深く考えたことなかった。冗談でも言うし、本気で思ってもマジで殺そうなんてまで考えるわけねえ。それが普通で、日常だったから。

 けどここでは、それは他のどんな言葉よりも重みを持って聞こえる。死は実感を伴って目の前に横たわる。殺しは息を潜めて後ろから忍び寄る。いつ誰がその一線を越えてもおかしくない状況では、余計にあの夢が馬鹿馬鹿しく思えてきた。

 

 「しーみーずーくーん」

 「帰れ」

 「ブランチだよブランチ。もう正午も過ぎてるんだから、お腹減ったでしょ」

 「行ってろ」

 

 ドアの向こうから曽根崎の声が聞こえてきた。こいつはまだ生きてたな。よく分かんねえこと言ってるが、取りあえず腹は減ったから起き上がった。

 確かあの学級裁判が終わったのが二時か三時くらいだっけか。にしても寝たなあ。相当俺らの体に疲れが溜まってたんだな。着替えて一つ伸びをしてから、俺は食堂に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂には見慣れた面子がいた。もう三回もあんなこと繰り返してりゃ、残ってる奴らなんか印象に残るに決まってる。俺を入れて九人、最初の十六人に比べるとずいぶん少なくなった。それをこいつらも察してんのか、なんとなく空気は重い。

 

 「おはよう、清水」

 「おう」

 「これで全員・・・だよね」

 「ずいぶん減ったなあ。さすがに三回もあんなことやると物寂しくなるね」

 

 言葉とは裏腹に、曽根崎は重苦しい空気を気にしてないように笑顔を見せる。すっかりこの食堂も広くなった。元から十六人が座っても余裕があるような広さだったのにそこから七人も減って、今じゃ一人で椅子二つ使ってもまだまだ余裕だ。だからって何も得した気にならねえ。その椅子はつい最近まで誰かが座ってた椅子だ。

 

 「それにしてもこの前の裁判はファンタスティックだったね!テロリスト『もぐら』の素性や背景、それに信条から最期の瞬間!もうしばらくはネタに困らないよ。帰ったらすぐ号外刷って特集組んで・・・こりゃあ忙しくなるぞ!」

 「口を慎め、曽根崎」

 「へむっ!」

 

 誰がつぐめっつったんだよ、慎めっつったんだアホ。わざとかなんなのか分からねえふざけ方をする曽根崎を冷たく睨んで、諌言した六浜はため息を吐いた。一気に三人も人が死んだってのに、こいつはそれを面白がるようなこと言いやがる。妙な奴だなんてこと今更だが、少なくともあのクソパンダモドキみてえに殺し合いや死を侮辱するようなことは言わなかったはずだ。

 

 「屋良井の本性がどうあれ、奴は罰を受けた。悪として死のうが正義として死のうが、故人の冒涜は許されない」

 「あら、彼は古部来君を殺害し、貴女をも手にかけようとしたのですよ。随分と大きな方ですこと」

 「古部来と滝山、だ。私は情で人を差別したりしない」

 

 曽根崎を諫める六浜に、また穂谷が無駄に突っかかる。どうせ最後の一言も皮肉なんだろ。言い方で分かる。それに対する六浜の返しもなんとなく棘があって、食堂の雰囲気が悪くなる。起き抜けになんでこんなギスギスしたとこにいなきゃならねえんだ。元はと言えば余計なこと言った曽根崎のせいだ。後で一発殴る。

 

 「う、うむ!なんにせよ、大きいことは良いことじゃ!というわけで今日の昼はわし特性のジャンボハンバーグじゃ!たんと食らえ!」

 「寝起きでハンバーグかよ・・・」

 「脂の多いものは口に合いません。量も不必要に多いですし、私は結構です」

 「そう仰ると思いまして、別の御膳をご用意いたしております。挽肉に豆腐を混ぜてカロリーと脂を抑え、彩りにビタミンの豊富な野菜を添えました」

 「明らかにそっちの方が豪勢やと思うんですけど・・・」

 「なら貴方もご自分で作ればよろしいでしょう」

 「いや、穂谷さん自分で作ってないよね?」

 

 明尾がテーブルの真ん中に置かれたドーム型の蓋を取ると、まるで大食い選手権で出てくるような、デカいハンバーグが何枚も積み重なった山が姿を現した。途端に肉と脂の香ばしい匂いが広がり、肉汁が深めの皿の底にたまってタレみたくなってる。申し訳程度に千切ったレタスが添えられてるが、ついさっき起きてきた口にこんな脂っこいもんはしんどい。美味そうは美味そうだけどな。

 

 「すごいや明尾サン!こりゃフードファイターもインド人も世界的ゴリラもびっくりだね!」

 「野菜ジュース飲もうかな・・・」

 「うちもいただいときますぅ。一応」

 「ありがとう明尾。では、いただこう」

 「皆様、お皿をこちらへ。私が取り分けますので」

 「ボク一番おっきいのがいい!」

 

 どんな状況でも、人間自分の欲求には正直なんだな。確か屋良井もそんなようなことを言ってた。あん時は胸糞悪いふざけた言葉だと思ってたが、こんな状況だとそれもそうかと思える。ひとまず嫌な雰囲気も、飯にすると言った途端に解れた気がする。相変わらず穂谷だけは少し離れた場所で、鳥木が作った別の料理を食べてる。『女王様』はこんな時でも良い身分だな、まったく。

 

 「おぅっ・・・ふぅ。あ〜、クソ。朝っぱらから重てえな」

 「既に正午を過ぎている。朝とは言えない時間帯だが」

 「黙って食え」

 「お味はよろしいですか、穂谷さん」

 「ええ。さすが、と言っておきましょう」

 「勿体ないお言葉、恐縮です」

 

 美味そうだとは思ったが、やっぱり胃袋はいきなりのハンバーグにびっくりして食道に押し戻してくる。それを水で流し込んでムリヤリ消化を始めさせる。ったく、こんなんじゃ一日中胃もたれすんぞ。高校生だからってなんでも食えるわけじゃねえんだ、その辺若いからっつって勘違いするあたり、マジで明尾は脳みそだけ老化が激しいみてえだな。

 

 「すっかり穂谷の執事じゃのう、鳥木の奴」

 「本人たちがいいならいいんじゃないかな?別に僕たちに何かあるってわけじゃないし」

 「残りの人数も少なくなってきたしね。清水クンと望月サン、鳥木クンと穂谷サンってなると、あと男子はボクと笹戸クンだけか。いや〜、ほぼ一対一となると『こうどなじょうほうせん』ってやつになってくるかな!」

 「な、なんの話をしてはるんですか?」

 「何ってそりゃあ・・・ねえ?年頃の男女がこうしてクローズドサークルの中ですることと言えば二つしかないでしょ!一つはもうやってきたわけだし、そろそろもう一つも」

 「だ、だから何の話してるんだってば!」

 「いやあ、若いのう。わしも燃えてきたぞ!まだまだ現役、いや生涯現役じゃ!しかし残念じゃのう、お前さんたちでは若すぎて相手にできんわい。頭が白くなったら相手してやるぞ」

 

 カオスな空間だな。さっきまでの空気はなんだったんだ。さらっと俺と望月をペアにしてる辺りには、もう突っ込むだけ火に油を注ぐことになるから無視することにした。別にこいつと気まずい空気になることなんてねえし、なったとしても何の問題もねえからだ。

 ふと、こんな話題に一番デカく反応しそうな奴が静かなことに気付いた。いつもなら顔を真っ赤にして曽根崎の言葉にオーバーリアクションするはずのあいつをちらっと見ると、黙々とハンバーグを食べていた。今の会話が聞こえてないわけねえんだが。

 

 「ろ、六浜さん・・・?」

 「・・・」

 「おい、六浜」

 「んっ?な、なんだ?すまない、少し考え事をしていた」

 「別に何ってわけじゃねえけど・・・こんな時にお前が黙ってるなんて珍しいと思っただけだ」

 「こんな時・・・か。確かにそうだな。すまんな清水、こういう時こそ私がしっかりしなくてはならないというのに、考え事をして立ち止まっている場合ではないな」

 「違うそうじゃない」

 

 妙な勘違いをされたらしいが、別にこいつが落ち込んでようが気張ってようが、俺に迷惑にならなきゃどうだっていい。でもま、案外どいつもこいつも普段通りなんだな。つい数時間前には命のやり取りをして、その結果も見届けたってのに。この極端に狂った環境に適応してきたってことか?人としてヤバい方向に進んでるような気がするな。

 そんな風に呑気に考えながらハンバーグ食える俺も、もう既に取り返しのつかないところまで来てんのかも知れねえな。

 

 「皆、食べながらでいい。聞いてくれ」

 

 なんだか知らねえが六浜はいきなり立ち上がると、全員に向けてしゃべり出した。どうせ話すことは決まってる。

 

 「この後、もう一度合宿場を探索する。全員でだ」

 「探索ですか?なぜ今になってそんなことをする必要が?」

 「ここから脱出し、希望ヶ峰学園に帰るためだ」

 

 またか。そりゃここから出られるなら出てえが、あいつがそんなこと許すはずがない。それにもう一回探索して出口が見つかるようなら、最初の探索の時に見つかってる。山は険しくて高電圧鉄条網が囲っていて、湖は泳ぐにしては広すぎて船もない。救助どころかこの合宿場の上空を飛行機やヘリが飛んだところなんて見たことない。ここが外界と完全に隔離されてるなんてことは、今までで嫌と言うほど分からされてきたはずだ。

 

 「仲間を喪い落ち込む気持ちはあろう。三度もあんなことを繰り返し、状況に絶望してしまいそうになっている者もいよう。だがそれこそ黒幕の思う壺だ。張り詰めていた緊張を誰かが破り、連鎖するように次々と小さな争いの火種が大きく燃え盛り、身を滅ぼしていく。我々がそうなってしまうことが、黒幕の目的だ。だが、ここにいる皆はそれに耐えることができると私は信じている。奴の言葉に惑わされず、踊らされず、しっかりと仲間と協力することができるはずだ。だからこそ、ここにいるのだ。去って行った仲間のためにも、我々は今一度奮起して」

 「仲間仲間と・・・もう耳にたこができるほど聞きました。ですがその言葉がどれほどの意味を持っているというのですか?」

 

 相変わらず六浜の演説は、励まそうという意気込みを感じながらもどこか焦っているように聞こえる。俺たちが二度とコロシアイなんてことをしないようにしつつ、だからといって無気力にならないように、全てを諦めてしまわないようにするために必死なんだ。コロシアイと学級裁判、処刑を経て緩んだ理性の箍を修復するのに神経をすり減らしてる。その箍が外れることを一番恐れてるのは、六浜自身なんだろう。

 そんな緊張しきった六浜の言葉を遮って、離れた席から穂谷が無神経な言葉を浴びせる。六浜は口を塞がれたように言葉を止めて、澄まし顔で水を飲む穂谷を見た。

 

 「ほ、穂谷さん・・・?」

 「有栖川さんが飯出君に殺意を抱いた時点で、仲間などという意識は既にこの合宿場から消えました。人の過去や欲望、感情は仲間を敵にします、いとも簡単に。それを三度も見てきて、まだそんな甘いことを仰るなんて、予言者のくせに見立てが甘いと言わざるを得ませんね」

 「私は予言はしない。お前の言うことも一理あるとは思う。だがそれに屈していては、また惨劇を繰り返すことになる。あんな残酷なこと、したくないだろう。そのためにはいま動かねばならない!」

 「私だって、したくてしてきたわけではありませんわ。そうせざるを得なかっただけです。結果の望めない博打をする気にはなれません」

 

 六浜にそれだけ言うと、穂谷は食器を片付けて食堂を出て行った。協調性がないとか態度が悪いとか以上の問題だ。あいつはここから出たくねえのか?『女王様』のわがままも随分つけあがったもんだ。

 

 「ほ、穂谷さん・・・どうしはったんでしょう・・・?」

 「過度に精神的負荷がかかる環境だ。社会性を喪失する個体が生じても何ら不自然ではない」

 「そういう問題ではない。古部来も難物だったが、穂谷もああいう奴だったと忘れていた。早急に奴を説得しなければ・・・」

 「ほっとけ。あんな調子乗りわがまま女」

 「そうはいかん。はっきり言うが、いま我々の団結は非常に不安定だ。僅かな綻びでさえ、モノクマは見逃さずに煽ってくるぞ。そうなれば」

 「グッドモーニングスチューデンツ!ハウアーユー!」

 「わあっ!?」

 

 出て行った穂谷のせいで食堂は微妙な雰囲気になっちまった。いらねえ置き土産しやがってあの女。頭を悩ませる六浜がぽろっと言った名前を聞き逃さず、笹戸の椅子の下からモノクマが飛び出した。テーブルに乗ったモノクマの後ろで笹戸の足がひっくり返って見える。

 

 「で、出たな!何の用じゃ!お呼びでないぞ!」

 「・・・」

 「いたた・・・な、なに黙ってんの?変なことしないよね・・・?」

 「・・・・・・しょぼ〜ん」

 「しょぼん?」

 

 咄嗟に俺たちは椅子から立ち上がって身構えた。こいつが俺たちに何の理由もなく危害を加えたことはねえが、それでも体が自然と防御反応を取っちまう。その様子を見たモノクマは、出てきた時の勢いはどこへやら、分かりやすくしょぼくれた。頭に青い線が入って見えるのは気のせいか?

 

 「すっかりオマエラには嫌われちゃったなあ。うん、仕方ない。先生っていうのはえてしてそういうもの・・・悲しき性なのです。ドラマのようにはいかないのです」

 「何しに来た。用がねえならとっとと失せろ。こちとらテメエ見てるだけでストレスなんだよ」

 「はううっ!なんという暴言!ボクの綿のハートが砕けて散りそうだよ!」

 「綿は砕けないと思いますが」

 

 テンション高えのか低いのか分かんねえな。落ち込んだり汗垂らしたり泣き真似したり、結局俺らをおちょくりに来たのか?

 

 「で、結局なに?」

 「うんとね、良いニュースと悪いニュースがあるんだけど、どっちから聞きたい?」

 「どうせどちらも悪いニュースだろう。どっちでもいい、両方話してくれ」

 「失礼な!じゃあ良いニュースから教えてあげるよ!まったくもう!聞いて驚け見て笑え!学級裁判を乗り切ったオマエラにご褒美として、また新しく建物を開放してやったんだよ!」

 「建物の開放・・・やはりか。資料館も倉庫と発掘場も、それぞれ学級裁判の次の日に開放されていた。褒美とは思えんがな」

 「今回は、オマエラお待ちかね、桟橋の先にある大浴場を開放してやったよ!」

 「なに!?大浴場!?本当か!」

 

 新しい建物の開放か。裁判の度に行けるところが増えてくからもしかしたらと思ったが、今回もそうか。桟橋の先のあれは大浴場だったのか。そう聞くと、あの場違いに和風っぽい造りや煙突もなんとなく分かるような気がした。そして大浴場という言葉に、なぜか明尾が反応してる。

 

 「疲れた体には熱いお湯、そして風呂上がりの冷たいビン牛乳!これ鉄板!」

 「うんうん!」

 「暖簾に木造ロッカーにタイル張りの富士山!これぞ古き良き日本の大衆浴場って感じだよね!」

 「おおおっ!お前さんなかなか分かっとるのおモノクマ!そんな場所を今まで閉鎖していたとは憎い奴め!よし!お前たち行くぞ!銭湯準備じゃ!」

 「うわあ、そんな使い古されたダジャレを・・・」

 「で、でも広いお風呂はいいですねえ・・・お部屋だとお湯溜めなあきませんし、うち一人で浴びるの毎日大変ですし」

 

 こいつのせいで俺たちここに閉じ込められて、挙句コロシアイさせられてんだぞ。デケエ風呂はいいが、呑気なこと言ってる場合じゃねえだろ。それにまだこいつの言う、悪いニュースってのが残ってんだ。

 

 「良いニュースは分かった。それで、悪いニュースとはなんだ?」

 「六浜さん、口を挟むようで恐縮ですが、そんなことを聞いても私たちに不都合なだけでは?」

 「不都合だからこそ聞くべきだ。良くないことは早めに知っておかねば、直前では対処しきれん場合がある」

 

 モノクマが持ってくる悪いニュースなんて、ろくでもないもんに決まってる。良いニュースってのも大して良いわけでもねえし、六浜の言うことも分かるが、実際のところ全く聞きたくねえ。俺たちの不安を煽るように、モノクマは含み笑いをして言った。

 

 「で、悪いニュースなんだけどねえ・・・うぷぷぷぷ♫」

 「なんだよ」

 「ボクは学んだんだよ。新しい動機を与えるのは早い方がいいってね。人の気持ちの揺れ動きは時に激流のように速く時にさざ波のように穏やかだからねえ、待ってちゃダメダメ迎えに行こうって思ったわけ!というわけで!新しい『動機』を、大浴場のある場所に隠しておきました!新エリア探索も兼ねて、他の人を出し抜けるようがんばりな!」

 「はあ・・・やはり動機か」

 

 新しい動機か。予想してただけ驚きは少ない。それでも、これでまたコロシアイを起こそうなんて馬鹿が出て来ねえとも限らねえ。しかも新しく開放した大浴場のどこかに隠したなんて回りくどいマネしやがって、何の意味があるんだそれに。

 

 「そんなこたあどうでもいいんじゃあ!!」

 

 早速頭を悩ませるモノクマの発言をものともせず、明尾がデケえ声で流れをぶった切った。いつの間に持ってきたのか、手にはタライと手拭いと石鹸と諸々が抱えられてる。マジでいつの間に用意したんだ、漫画みてえな奴だな。

 

 「はしゃぐな明尾」

 「ここに来てから連日連夜、悲喜交々の大騒ぎ・・・老体に鞭打って突っ走り続けてきたが、やはり肉体的にも精神的にも疲労はたまる。加齢と共に新陳代謝も衰えるでのう、部屋のシャワーばかりでは満足できん体になってしもうたんじゃ。そんな折りに!大浴場を開放され!これがはしゃがらいれりろるれらいでかァ!!」

 「あはは・・・相当嬉しいんだね。言葉遣いおかしくなってる」

 「元からおかしいだろ頭が」

 

 またこいつの妙なスイッチが入っちまったみてえだ。相変わらず年寄り臭え言葉並べ立てやがって、こんな声のデケえ老いぼれいねえよ。

 

 「それにのう、六浜よ。裸の付き合いという言葉もあるじゃろう」

 「ッ!?な、なな・・・!!急に何を言い出す呆け者ォ!!そんな不埒な話を聞く耳は持ち合わせていない!!」

 「武器を放し、兜を脱ぎ、鎧を捨て、一糸まとわぬ無防備な姿で語らえば、どんな相手とも心を通わせることができるということじゃ。このような状況ではそれも必要だとは思わんか?」

 「?」

 

 突然真面目なトーンになったかと思ったら、明尾は深く頷きながら語り始めた。裸の付き合いって、それ普通は男が使う言葉じゃねえか?こいつにとっちゃそんなもんどうでもいいのかも知れねえな。っつうか女子力の欠片もねえ上に男よりもギラギラしてる奴だから、六浜にそんな説教できんのか。全く憧れねえ。

 

 「新しい動機が何かは知らん。穂谷が浮いていることも現状は仕方あるまい。じゃがまずはわしらが一丸となることじゃ。そのためには信頼が必要ではないか?心身共に互いの全てをさらけ出せば、わしらの結束は確実に今より強うなるぞ。それに休息も必要じゃ」

 「む・・・ま、まあ・・・・・・お前の言うことも理解できる」

 「大変なご高説でございます明尾さん!素晴らしい!確かに風呂場は誰にとっても憩いの場、邪な想いも和らぐことでしょう。我々男性陣もいかがでしょうか?」

 「一緒にお風呂入るってことだよね?うん、僕も賛成」

 「くだら」

 「清水クンも賛成だって!」

 「言い切ってからねじ曲げろ!」

 

 明尾に同調した鳥木のせいでなぜか俺まで風呂に入ることになった。クソしょうもねえが、よく考えたら昨日はパーティーでなんだかんだあって、最後にシャワー浴びたの一昨日だったな。どっちにしても風呂は入っといた方がいいか。わざわざ部屋で済むものを違う場所でなんて、クソかったりいけどな。

 

 「うぷぷぷぷ・・・動機が何かは見てのお楽しみだけど、ある資料だっていうことだけは伝えておくよ」

 「行くぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 「伝わってない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂を飛び出してった明尾の後を追うように、俺たちは桟橋に向かった。中央通りを通って、資料館の前を過ぎて、湖畔の側にある桟橋まで着いた。明尾はもう中に入ってるのか、姿がない。

 昨日まで封鎖されてたから寂れた印象しかないが、今は妙に瓦や壁なんかも手入れが行き届いてて、煙突からは灰色の煙がもくもくと立っている。今まさに湯を沸かしてるところってことか。銭湯どころかスーパー銭湯にも行ったことがねえから、こんな感じで正しいのかどうかも分からねえ。

 

 「う〜ん、あれ大浴場だったんだね。そうと分かると何となく、この橋渡るべからず的な、息を止めて渡る的なことを考えちゃいそうだよね」

 「そ、それより穂谷さんがいてへんのですけど・・・」

 「お部屋に伺ったのですが、興味がないとのことでした」

 「大方、大衆浴場などという下賤の者の老廃物が集う場所の空気など吸いたくもない、というようなことでも言ったのだろう?」

 「その通りです。流石でございます、六浜さん」

 「容赦ないよね・・・まあ、女王様が銭湯なんてのも似合わないけど」

 

 いつまで桟橋の前で話し込んでんだよ。あの女がどうしようが知ったこっちゃねえし、あんなのいても空気悪くなるだけだろ。

 

 「倉庫の魅力には敵わんが、こっちもなかなかのものじゃな。喩えるなら、倉庫は深い皺と整った髭をたくわえた厳格な米寿の老公、大浴場は還暦を迎え第二の人生をこれから歩まんと滾る好々爺といったところか」

 「なるほどわからん」

 「はっはっは!わしはどちらでもイケるぞ!どれ、大浴場の奥の奥までじっくり味わってやろうではないか!」

 「そろそろこいつ黙らせた方がいいんじゃねえか」

 

 わざわざ気色悪い言い回しをしながら、明尾は大浴場の扉を開いた。がらがらぴしゃん、と聞き慣れてるのに初めて聞いたような音を立てて開いた扉の向こうには、小学校にあるようなちゃちい下駄箱と外見から想像できるような木造のホールがあった。ずいぶんと広い。

 

 「うわ、本当に銭湯みたいだ・・・暖簾までちゃんとある」

 「ふむ・・・どうやら手分けして探索する必要があるようだな。私は暖簾の向こうを調べるが、他に行く者は?」

 「それ男女問わず?」

 「問うに決まっているだろ呆け者!!」

 「私が行こう。まずは最奥部をしっかりと確認したい」

 

 八人全員が立っても、まだまだ余裕があるくらいにこの大浴場は広い。たぶん、この倍の人数が使っても余裕だろう。けど探索なんかしなくても、大浴場で二つに分けられた暖簾の向こう側なんて分かり切ってる。それにその暖簾の奥とホール以外に部屋はないみてえだし、来ただけでここの探索は終わったようなもんだな。

 

 「まあ建物の構造はだいたい分かるけど、重要なのはそこじゃないよね」

 「・・・動機の件ですか」

 「モノクマが言うには大浴場のどこかに隠されてるってことだけど、少なくとも男女で仕切られる場所じゃないと思うんだよね」

 「なんで?」

 「だって動機のあるなしが性別で分かれちゃったら、いざ誰かが殺された時にそれだけで犯人候補が絞られちゃうじゃないか!そんなのモノクマが面白くないでしょ?」

 

 曽根崎の言うことはもっともだ。それはそれでモノクマの考えそうなことではあるんだが、言い方が気にくわねえ。まるでここにある動機とやらで、またコロシアイが起きるって言ってるみてえだ。そんなこと妙に明るく言うもんだから、余計にムカつく。

 

 「取りあえず探索はしてみるけど、動機見つけたら・・・言った方がいいかな?六浜サン」

 「そうだな。もし見つけた時は私を呼んでくれ」

 

 動機なんか無視しとけば、もうコロシアイが起きることもねえはずだ。見つけたその場で燃やすなりしまっとくなりしときゃあいいが、だからって誰かに任せんのは信用ならねえ。そいつがこっそり動機を知って、また殺しなんか企まねえとも限らねえ。クソが、めんどくせえマネさせやがってあの綿埃野郎。

 

 「じゃあ取りあえず、ボクらは男湯の方調べてみよっか、清水クン!」

 「は?なんで俺が」

 「いいからいいから!でなきゃ清水クン勝手に帰るでしょ!笹戸クンと鳥木クンはこのホールお願い」

 「畏まりました」

 「分かったから押すなバカ!!押すなって!!」

 「それ押せって意マゴッ!?」

 

 あんまりにもムカつくから、眉間に肘鉄入れた。すぐ大人しくなった。やっぱバカは力でもって黙らすのが一番だな。とにかく、妙なもんがあったらゆっくり風呂にも入れねえし、一応浴室は見ておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入口の正面に、向かって左側に男湯の青い暖簾、右側に女湯の赤い暖簾がかかってる。この辺は和風でガラス付きの引き戸になってるが、開けようとすると鍵がかかってるみてえだった。けど鍵なんか持ってねえし、鍵穴もない。それ以上に目を惹くのが、男湯と女湯の入口のちょうど真ん中の天井から下がってる、見るからにヤベえ機関銃だ。動く気配はねえが、だから余計に無機質で物々しい雰囲気を醸してる。

 

 「なんでこんなもんが銭湯にあるんだよ・・・」

 「むっ、閉まっているな」

 「そっちも?鍵なんか持ってないし・・・どういうことなのかな?モノクマ」

 

 なんで誰も機関銃につっこまねえのか分からねえ。鍵なんかよりよっぽど目立つし気になるだろ。なんて呆れてたら、曽根崎の呼びかけに応じてモノクマがどこからともなく現れた。呼んだらすぐ来るのだけが取り柄のくせに、姿を見た瞬間にストレスしか感じねえからやっぱこいつはクソだ。

 

 「はいは〜い!呼ばれて飛び出てハイパープリチーマスコット、モノクマだよ!」

 「ここ鍵かかってるけど。開放されてないの?」

 「あぁン!?オマエラ馬鹿じゃねーの!この先は脱衣所と浴室なんだよ!?オマエラみてーな思春期連中が使うのに鍵かけないわけねーだろ!一夜の間違い起き放題じゃねーか!」

 「まっ!?ま、ままま、まま、まち、間違いなど・・・起きてたまるかアアァッ!!!」

 「それに鍵なかったらなかったでこうやってむつ浜さんがうるさいでしょ」

 「むつ浜ではない!六浜だ!」

 

 超うるせえ。でもモノクマの言うことも確かに分かるな。そうでなくても裸になって無防備になるんだから、鍵があった方が安心っちゃ安心か。ここにいる奴らでそんな間違いなんて起きそうにもねえけどな。

 

 「と、いうわけでこの入口の所にはそれぞれ、個室の鍵と同じように電子生徒手帳で開け閉めできる電子錠を設置しておきました!男湯の鍵は男子の生徒手帳、女湯の鍵は女子の生徒手帳で開けられるようになってます!でも、気を付けないとダメだよ?異性の方の鍵を開けようとするような不埒な輩は、天井のモノクママシンガンが成敗しちゃうからね!」

 「蜂の巣どころじゃ済みそうにないね・・・」

 「つまり異性の脱衣所には入れないようになっているのか。うむ、それなら安心だ」

 

 鍵はともかくマシンガンは絶対やり過ぎだろ。まあ覗きなんかで、ただでさえ張り詰めた空気を余計に険悪にするようなマネする馬鹿はいねえだろうし、命懸ける価値もねえ。

 

 「ではこういう場合はどうなる?例えば私が清水翔に私の電子生徒手帳を貸し、それを用いて清水翔が女湯の鍵を解錠した場合は、処罰の対象となる得るのか?」

 「な、なにぃ!?き、貴様ら風呂場で一体何をするつもりだ!!不埒な!!私は断じてそんな関係は認めんぞ!!」

 「人を勝手に引き合いに出すんじゃねえ。みろ、めんどくさい奴がめんどくさくなった」

 「んもうまったく!オマエラはここに来てからずっといちゃいちゃしやがって!見てるこっちの身にもなれってんだよ!そんなこと許すわけねーだろ!」

 「そりゃそうだよね」

 

 生徒手帳を貸し借りしてまで違う方に侵入する奴がいるとは思えねえが、確かに今モノクマが言ったルールにはそんな抜け穴がある。あるならあるで放っといた方が、後々こいつの裏をかけそうだったのにわざわざ言うとか、バカ真面目な奴だ。案の定モノクマは的外れな怒り方して、頭から湯気を出してる。こいつが機械ってことを考えると、あの湯気も本物の湯気なんじゃねえか、なんて呑気なことを考えられるくらいにはもう慣れた。

 

 「ったく!近頃の若え奴は根性がないくせに悪知恵ばっかり働きやがって!あとで規則を追加しとくから確認しとけよ!とにかく、異性の方の鍵を開けようとしたら即ミンチだからな!覚えとけ!」

 

 そう言ってモノクマは姿を消した。まためんどくせえ規則が増えるのか。最初っからこの程度のこと想定する頭はねえのか。まあとにかく、鍵の開け方と気を付けなきゃいけねえことは分かった。ここで余計な死人を出して、犯人のいねえ学級裁判なんかする羽目にならねえようにしとかねえとな。

 ポケットから電子生徒手帳を取り出して、男湯の入口横にある装置にかざしてみると、高い電子音と共に金具の外れる音がして、脱衣所の扉は簡単に開いた。

 

 「今ならルール違反にならずに、六浜サンや望月サンも男湯に入れるよね」

 「呆け者!!そ、そんなこと・・・!!」

 「だよねえ、危ない橋は渡らないに限る。やめといた方がいいね」

 「・・・・・・そ、そうだ!その通りだ!」

 「六浜童琉、早く行こう」

 

 もういいだろってくらい入口だけで六浜をイジり倒して、ようやく暖簾の向こう側に入ることができた。六浜と望月も同じように赤い暖簾の向こうに入っていった。どういう造りかは想像するしかねえが、たぶん左右対称な感じになってんだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暖簾の向こう側は、至って普通の大衆浴場って感じだ。入ったら右は壁、左は木製の仕切りに阻まれて、細い一本道になってる。真っ正面にはたぶん掃除用具とかを入れるためのだろう、ロッカーがあって、その手前は仕切りが途切れてる。そこを抜けると、服とか貴重品を入れるための小さいロッカー、デケえ鏡が置かれた洗面台、それから風呂場に通じる曇りガラスの扉がある。ホテルとかにある風呂場そのまんま持ってきたみてえだ。そんなに快適そうな感じもしねえが。洗面台にはドライヤーはもちろん、フェイスタオルとかクシとか霧吹き、あとポマードやらヘアアイロンなんてもんまである。こういう変なところ充実させてんのはモノクマの気遣いか?

 

 「う〜ん、こういう慣れ親しんだ脱衣所っていうのもいいけど、奇を衒った何かがないと面白味にかけるよね。倉庫は武器庫があったから調べ甲斐があったけどさ」

 「分かりやすくていいだろ」

 

 何かないかと好奇心丸出しの目で洗面台の引き出しを開けてる曽根崎に素っ気なく返しながら、ロッカーの方を調べた。これも至って普通のロッカーだ。特筆するところと言ったら、鍵がゴムバネの付いた金属製のもんじゃなくて、四角い木製ってところか。脱衣所の壁一面にあるから、一から十六まである。こんな古いタイプなのもあいつの趣味なんだろうか。一応中も見てみたが、全部空っぽだ。

 

 「どう、清水クン。何か見つかった?」

 「なんもねえよ」

 「そっかあ。じゃあ次はいよいよ浴室だね」

 「いよいよってほど期待してねえよ」

 

 なんだかんだ言いつつ楽しそうに髪をセットする曽根崎を殴りたい衝動を抑え込みながら、俺は浴場の方に入っていった。

 こっちも特に変わったところはねえな。鏡とシャワーとたらいと椅子と石鹸類一式、それが一つのセットになって壁に沿って六つ。そんでタイル張りの床を押しのけてデッカい風呂桶がどんとある。もう既に湯気が立ちこめてるから、すぐ入れるようにモノクマが湯を湧かしといたんだな。気が利くんだか利かねえんだか分からねえな。後はもう、それ以外には特に見るところもねえな。

 

 「清水ク〜ン、どんな感じ〜?」

 「こっちも特に変なところはねえな。外が見えねえってことぐらいだ」

 「え〜、じゃあ露天風呂ないの?」

 「ねえな。ここ以外は出入り口っつったら排水溝くらいだろ」

 「出られても入れないなあそこからは」

 「出れもしねえよ。っつかテメエで見に来いよ」

 「ダメだよ。メガネ曇っちゃうもん。ボク裸眼じゃ何にも見えなくなっちゃうんだよ」

 「そうかい」

 

 ってことは今度からこいつ黙らせるにはメガネ取り上げればいいって話か。いっそ叩き割るってのもありだな。脱衣所から中にいる俺に話しかけてメモ取ってるが、そう言えばこいつ風呂入る時メガネ外すよな?そん時になったらどうするつもりなんだか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 脱衣所と浴室の感じは大体分かった。モノクマが言ってた動機ってもんはなかったが、脱出の糸口とか、この合宿場についてのこととかも何も手掛かりはなかった。デケえ風呂が開放されたからまあよしとするか。後は玄関から暖簾までの間のホールだな。ずいぶんと広いが、鳥木と笹戸と明尾と晴柳院が四人がかりで探索してるはずだ。

 

 「こっちはみんなが探索してくれてるはずだよね。さて、まずはどこから聞きに行く?」

 

 ざっと見たところ、ホールは左右に寄せて色んなもんが置いてある。真ん中はだだっ広く何もねえ空間で、申し訳程度に観葉植物が置いてある。やっぱモノクマの趣味とか思考は分からねえ、気遣いとか気配りにムラがあり過ぎるんだよ。

 

 「こっちから見てくか」

 

 まずは暖簾を背にして左側だ。見たところデケえ棚やガラス張りの保冷器があって、そこに飲み物やスナック菓子、ちゃちい玩具なんかが並んでる。そこだけ絨毯が敷いてあって、カゴもあるし会計台もある。それから、寄宿舎にあったあのガチャガチャマシーンがここにもあった。

 こっちは笹戸と鳥木が調べてんだったな。で、何か見つかったんだろうか。鳥木の姿が見えねえが。

 

 「おい笹戸」

 「あ、二人とも。もうお風呂場の探索終わったの?」

 「うん、実際特に変わったところはなかったよ。使いやすくていいけどね。脱出とか、ボクらにとって有益な情報はなかったけど」

 「そっか・・・まあ、しょうがないよね」

 「で、ここはなんだ」

 「見ての通り売店だよ。一応お店みたいだけど、並んでる品物はなくなれば補充するから勝手に持って行っていいってモノクマが言ってたよ」

 「ずいぶん気前が良いな。カスほども喜べねえけどな」

 

 保冷器の中には、銭湯らしくビン牛乳が並んでる。普通の白い牛乳はもちろん、フルーツ牛乳、コーヒー牛乳、低脂肪牛乳、飲むヨーグルト、それ以外の基本的な飲み物まで揃ってる。菓子コーナーには袋入りのスナック菓子や、昔懐かしの駄菓子やアメもある。玩具もおまけ付き菓子のおまけレベルのものから、竹とんぼとかパチンコとかベーゴマとか・・・昭和時代かって言うようなラインナップだ。凝ってんなあ。

 

 「ところで鳥木クンは?一緒に探索してたんじゃないの?」

 「ああ、鳥木クンならそっちのソファで休んでるよ」

 「休んでるって・・・なんかしたの?」

 「ええっと・・・ちょっとはしゃぎすぎて」

 「はしゃぎすぎたぁ?」

 

 思いがけない笹戸の言葉に、俺と曽根崎は同時に疑問系で復唱した。はしゃぎすぎたってどういうことだよ。しかもあの鳥木がはしゃぐところなんて、いまいち想像できねえ。ここにいる面子の中じゃ、比較的まともな奴だと思ってたんだが。

 

 「なんか駄菓子とか玩具に興奮しててさ。すごいテンション上がってたから付き合ってたんだけど、急に落ち着いたと思ったら向こう行っちゃって」

 「そう。ま、別に鳥木クンはどうでもいいんだけどね。何か見つかった?」

 「いや・・・こっちも収穫無しだよ。モノクマメダルはあったけど。いる?」

 「いらん」

 

 ここまで俺たちを翻弄し続けたモノクマが、今更になってこんな所に手掛かりをうっかり残すなんて凡ミスはしねえだろうな。端っから期待なんかしちゃいねえから、収穫無しって結果に特にがっかりもしねえ。こんな時だと、そっちの方が精神衛生的にマシなんだろう。だから露骨に肩を落としてる笹戸がバカみてえだ。

 売店の方は後で見ればいいか。どうせあってもモノクマメダルぐらいだし、駄菓子なんて今あったってしょうがねえしな。一応、売店横にあるソファで休憩してる鳥木にも話を聞いておくことにした、曽根崎発の意見で。

 

 「やあやあ鳥木クン、珍しいね。そんなにぐったりして」

 「あっ・・・お二人とも戻られたのですか」

 「笹戸クンから聞いたよ。はしゃぎすぎたって、どうしたの?」

 「ああ、いえ、大したことではございません。実は私、あのような駄菓子や玩具の類に心躍るもので、つい探索を忘れてしまった次第でございます。ご心配くださりありがとうございます」

 「心配なんかしてねえよ」

 「はあ、左様でございますか」

 

 ソファに座った鳥木は、はしゃぎすぎたって割には涼しい顔をしてた。人前でそういうのを見せないようにしてんのか、それとももう落ち着いたのか。どっちでもいいが、気が済んだんならさっさと探索しろや。

 

 「でも意外だね。鳥木クンがはしゃぐなんて思ってなかったよ。それも駄菓子で」

 「あんなちゃちいもんではしゃげるなんて、安上がりだな」

 「仕事柄、お菓子や玩具の素晴らしいものは様々拝見して参りましたが、やはり私にとってはあれらこそが最上の嗜好品でございます。幼い頃からの憧れというものは強烈なものと実感しております」

 「なんか分かるなあ。紐の付いたクジになってるアメとか好きだったよ」

 「どうでもいい。っつうか呑気に世間話なんかしてんなよ。探索しねえのか」

 「あっ、そうでございました。休息も十分に頂きましたし、もう一度売店の周辺を探索いたします」

 「はしゃぎすぎないように気を付けてね」

 「ありがとうございます」

 

 鳥木の身の上話とか、曽根崎の好きな駄菓子とか、そんな最高にどうでも良い話で時間食ってる場合じゃねえだろうが。鳥木は俺と曽根崎に会釈して売店の方に戻っていったはしゃがねえように念を押したが、戻る鳥木の足取りはやたらと浮かれてるように見えた。

 こいつら、もしかしてこの状況に慣れだしてんじゃねえか。拉致監禁されて、もう七人も人が死んで、モノクマが新しい殺人の動機を与えようとしてるこの状況に。と言いつつ、俺自身もその状況に前みたいな危機感を抱いてるわけでもなく、動機なんか見つからなけりゃ殺人なんて起きねえ、なんて安易なことを考えてる。俺たちが仲間なんて反吐が出るが、少なくとも協力関係にあると思ってるこの考えは、穂谷の言うように甘っちょろいもんなんだろうか。

 

 「清水クン」

 

 自分でも気付かないうちに考え込んじまってたみてえで、曽根崎に名前を呼ばれて我に返った。考えてても仕方ねえかと、取りあえずそこで考えることは止めた。気分悪くなるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 売店エリアはもうこれ以上の発見はねえだろうな。暇つぶしの道具や駄菓子があるってのはまあ、悪くはねえな。だからって何の役にも立たねえし、あとあのクソ女がこんなもんで機嫌良くなるとも思えねえ。本当にただ鳥木がはしゃぐだけのコーナーかよ。

 

 「後はホールの反対側だけだね」

 

 建物自体は広いくせに大して探索するところがねえのは、本当にただ単なる大浴場だからか、それともモノクマが敢えて俺たちに何も教えまいと情報を隠してんのか。分からねえ。そういえばあいつが言ってた動機ってのはどこにあるんだ?女湯の方になかったとしたら、こっちの方にあるはずだが。

 

 「あっちが売店で・・・こっちはなんだろう。いかにも銭湯の娯楽スペースって感じだね」

 

 ざっと見ただけでも、こっちの方にも大したものはなさそうだ。入口側の壁に沿って三つ金属製の安いロッカーが並んで、その前には卓球台が二台並んでる。ラケットやピンポン球はロッカーの中か。そして男湯の壁の方には、モノクマメダルで動くマッサージチェアが二台、それとバリバリ昭和の雰囲気がするアーケードゲーム機だ。平成生まれのはずなのに見ただけでなんとなく懐かしさを感じるのはなんでなんだろうな。案の定そのゲーム機に明尾が座ってて、横から晴柳院がそれを覗いてる。

 

 「ぐぬううっ!!何度やってもここでゲームオーバーになる!!どうすればいいんじゃ!!」

 「もう諦めて探索しましょうって・・・。メダルもありませんし・・・怒られますよぉ」

 「負けたままでは引き下がれん!!」

 「なに遊んでんだよ」

 「ひああっ!!し、清水さん!!あ、あのちゃうんです!!うちはちゃんと探索しようって言うてるんですけど・・・あ、明尾さんが夢中でゲームしてはって・・・!!」

 「見てたらだいたい分かったよ」

 

 声をかけたら晴柳院があからさまにビビった反応をした。予想はしてたが、なんか俺に対してビビってるような気もしないでもない。一方の明尾はポケットを弄ったりゲーム機の底を覗いたりしてメダルを探し始めた。どんだけこのゲームにハマってんだよ。

 

 「探索などせずとも、ここは一目見ればだいたい分かるじゃろう。卓球台にマッサージチェアにレトロゲーム、まさに銭湯そのものじゃ」

 「一昔前のね。そのゲーム何?」

 「モノクマメダル一枚でできるぞ。見た目はレトロじゃが、中身はずいぶんと進んどる」

 「ずっとしてはるんですよぉ」

 「サボってんじゃねえよ」

 「はあ・・・お前さんはちっとも分かっとらんのう清水よ。ここがどれほど恵まれた環境なのかということが」

 「あん?」

 

 俺は別に何も間違ったこと言ってねえと思うんだが、明尾は呆れたようにため息を吐いた。俺が全然分かってねえって、ここが銭湯でそれっぽいものはだいたい揃ってて、明尾がクソボケド変態だってことは分かってる。それ以外にこの状況で何か言うことがあんのか?

 

 「のびのびできる大きな浴槽、冷たいビン牛乳、卓球台にレトロゲームにマッサージチェア・・・これを前にして何もせんという方が馬鹿げた話!!据え膳食わぬは武士の恥というじゃろう!!相手がその気なんじゃから覚悟決めんか!!それでも男か!!」

 「途中から急に話が変わったね」

 「ともかく、これほど整った環境を用意されているのなら、楽しまねば損じゃ。ひいてはこの銭湯に失礼というものじゃ」

 「どうでもいいが、さっきから銭湯銭湯言ってっけどここ大浴場だぞ」

 「大欲情?はっはっは!六浜が聞いたらまた面倒になりそうじゃのう!!」

 「ダメだこいつ」

 

 まったく話が通じねえ。中身だけじゃなく耳まで老化してんのか。たかがこんだけの設備にどんだけテンション上がってんだよ。なんでもいいが、こんなところで油売ってたらそれはそれで六浜がうるさくなるだろうが。それに、モノクマが言ってた動機ってのもこの辺りにあるはずなんだ。それを見つけることが先だ。

 

 「このゲームが動機とか、そんなパターンはないよね?」

 「普通の射撃ゲームじゃ。幻夢的な音楽があるわけでも鬼のような弾幕があるわけでもない」

 「だったらもう、あそこしかねえだろ」

 

 あからさまに怪しい箇所が一つある。脱衣所や玄関にあるならまだしも、こんなところに不自然に置かれてるロッカーが何も意味を持たねえわけがねえ。

 明尾たちの反応を待たずに、俺はロッカーの方に近付いた。近付いても見た目は全く普通のロッカーだ。だからこそ逆に怪しいわけだ。

 

 「あ、あのう・・・開けるんやったら六浜さんとか呼んできてからの方が・・・」

 「知るか。動機を確認してから呼べばいいだろ」

 

 いちいち六浜の意見なんか求めなくていいんだよ。どんだけあいつが信用されてるかなんか俺に関係ねえし、俺は六浜のことを完全に信じてるわけじゃない。むしろあんな奴がプッツンした時の方がやべえんだ。

 ビビる晴柳院の意見なんか聞きもせず、俺はロッカーを開けた。中はほとんどがらんどうだった。元々は雑巾とか箒とかをしまうためのロッカーなんだろうが、今この中にあるのは、いかにもな雰囲気を漂わせてる黒いファイルだけだ。

 

 「・・・どんぴしゃだね」

 「ま、思った通りだから別に驚きゃしねえけど、読むのは後でいいな」

 「ろ、六浜さん呼んできますぅ!」

 

 焦った様子で晴柳院は女湯の暖簾の向こうに消えてった。ひとまずそれ以外のロッカーも全部開けたが、それ以外には何も入ってなかった。やっぱこれが動機か。中身も気になるが表紙はもっと気になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「しかしなぜこのファイル、希望ヶ峰学園のマークがあしらわれてるのじゃろうな?」

 「知るかよ」

 「資料館とパソコンにもシンボルがあったし・・・内容によっては、今までの考え方がひっくり返るかもね」

 「ど、どういうこと?」

 「モノクマの正体とか、この合宿場とかについてさ」

 

 ひとまず立ちっぱなしじゃしんどいから、売店コーナーの休憩スペースに移動して、ついでに笹戸と鳥木も呼んで、六浜と望月を連れて戻ってきた晴柳院も合わせて、八人でテーブルの上のファイルを囲んだ。

 いつになく真剣な面した曽根崎は、やっぱり意味深な言葉を吐くだけで、いまいち掴めない。六浜は険しい表情でファイルを手に取り、表紙のシンボルを撫でた。

 

 「あくまで私の推測・・・いや、ほとんど予感でしかないが、この中身は見ない方がいい気がする」

 「殺人の動機となり得る事実は関知しないに越したことはない。これを焼却処分なり裁断処分なりで消失させた方が、今後の安全を考えた時に有意義であることは明白だ」

 「そうではない。なぜかは分からんが・・・ここに書かれていることを知ってしまえば、我々はもう二度と戻れないような気がする」

 「・・・?なんだか矛盾を覚える言い方ですが、私もこのまま捨ててしまうことに賛成です」

 「そ、そうですよぉ・・・。こんなのは封印しておくんがうちらのためですってぇ」

 「むむむ・・・じゃが気にはならんか?なぜ希望ヶ峰学園のマークがついたファイルが動機になり得るのか・・・」

 「うーん、それはそうだけど・・・」

 「うんうん。まあただ見た目整えただけって可能性はあるけど、モノクマのことだからたぶんそれでも何かしらの意図があるはずだよ。なんにせよ、中を見ないことには判断できないけど」

 

 意見が分かれた。動機なんかハナから知らなきゃ、これ以上バカやろうとする奴なんていねえだろう。でも希望ヶ峰学園のマークがついたファイルが俺たちの動機になり得るってのもよく分からない。中に何が書いてあるか知らねえが、少なくとも俺たちにとって重要なことなのは間違いねえ。でなきゃ動機になんかならねえはずだ。

 自分に関することが、ここにはある。この合宿場についてか?まだ俺たちの知らないお互いの秘密か?学園や外の世界のことか?それとも黒幕についての何かか?考えれば考えるほど、ファイルの中にある情報が重みを増してくる。まだ何が書いてあるかなんか分からねえのに、もの凄く意味があることのような気がしてくる。

 

 「・・・清水、お前はどう思う?」

 「見る。こんなもんどう考えたって希望ヶ峰学園が関わってんじゃねえか。放っとけるわけねえだろ」

 

 自分でも驚くほどあっさり答えが出た。これは間違いなく俺の本心だが、それを躊躇う理由だってある。なのにそれを無視して口が勝手に動いた。だが言っちまった以上はもうそれで通すしかねえか。処分して希望ヶ峰学園の何かしらを見過ごすのも癪だし、見た方がいい。

 

 「そうか」

 

 六浜は俺の答えに、特に反論することも残念そうにすることもなくそう言った。この場にいる八人ではこれで見る派と見ない派でちょうど半分だ。わざわざ俺の意見を聞いたってことは多数決にでもしようと思ったんだろうが、これじゃ決まらねえ。

 

 「どうしたものか・・・」

 「見たい人だけ見ればいいんじゃないかな?」

 「いや、できるだけ我々は足並みを揃えるべきだ。なんであれ不平等は疑心暗鬼を招く」

 「ではどうする。生憎じゃが、わしは一度気になってしまったものをそのまま切り捨てられるほど素直な性格はしておらんぞ。こんな時では尚更じゃ」

 「う、うちかて動機なんてもの絶対見たくありませんてぇ!」

 

 八人の意見は真っ二つに割れた。動機と分かり切ってるものを前にして、余計な火種を得ることを避けようと拒む奴。希望ヶ峰学園のシンボルが意味することを知ろうと、覚悟してそれを受け入れようとする奴。こんな時だと、どっちも正論に聞こえる。だが俺たちは選択しなければならない。これをどうするのか。

 

 「一体何をしているのです」

 「っ!」

 

 その膠着は、いとも簡単に壊された。一人だけここの探索には参加していなかった、九人目によって。

 

 「ほ、穂谷さん・・・?お部屋に戻られたのではありませんでしたか?」

 「モノクマに呼ばれましたの。新しいエリアと動機を与えるから桟橋の先の建物に来いと。その様子ですと、そのファイルが動機で間違いないようですね」

 「お前さんも大浴場が気になったクチか穂谷よ!やはり大きな風呂の魅力にはさしもの女王様も勝てんか!」

 「私がこんな低俗で時代遅れな大衆浴場を使用するとでも?冗談はお顔だけにしてください。こんなところでは汚れを落とすどころか得体の知れない雑菌にまみれてしまいそうです」

 「それはさすがに言い過ぎだよ!?」

 

 いつものハイヒールと違って安物のスリッパを履いてると少しだけオーラが掠れたような気もするが、よく通る高い声はそれでも穂谷のふんぞり返った態度を表していた。相変わらず口を開けば毒を吐いて、二言目には暴言、発言の節々に罵詈雑言が顔を出す。よくこんなんで今まで大した問題も起こさず歌姫なんかやってられたな。この汚ささえなけりゃ素直に良い声だって言ってやれるのに。

 

 「私は動機とやらを確認しに来ただけです。施設の概要は外見で大凡分かっていましたから。それで、そこには何が書かれていたのですか?」

 「まだ確認していない」

 「はい?」

 

 望月の言葉に穂谷は短く威圧で返した。たった一言だけだが、そこに色んな意味が込められてることはすぐに分かった。なんでまだ見てねえんだクズ共って意味とか、わざわざ来てやったんだからさっさと見せろって意味とか、これ以上テメエらに付き合ってられねえよって意味とかだ。とにかく、悪意しかねえのは明らかだ。

 

 「穂谷よ。お前の言う通り、これはおそらくモノクマが用意した動機だ。だがそれをわざわざ見る必要があると思うか?新しく疑心暗鬼の種を拾うことになるのかも知れんのだぞ」

 「私は、私以外の全員が動機を得て、私だけがそれを知らないという状況を避けるために来たのです」

 「ではお前は、動機を見ないことに賛成なのか?」

 「いいえ」

 

 六浜が軽く今までの状況を説明して、ここで固まってる理由を説明した。そして穂谷は動機を見ることに賛成なのか反対なのか、それを問うと、びっくりするぐらいあっさりと答えが返ってきた。ほぼ即答だ。

 

 「そのファイルにある希望ヶ峰学園のシンボルも気になりますが・・・それ以上に、モノクマに逆らうのは危険です。動機を与えられたなら、それを確認してそれで終わりにすればいいことです」

 「ど、動機なんか見んかっても、モノクマさんは何もしませんて!」

 「そうとは言い切れないよね。あのモノクマのことだもん」

 

 モノクマに逆らう。モノクマに対する暴力や恐喝の禁止、学級裁判におしおきという名の処刑、そしてこの監禁されてる状況。あいつが圧倒的な力で俺たちを支配しているのは事実だ。あいつはいつだって俺たちを殺そうと思えば殺せる。それをせずこんな生活をさせてる理由は、俺たちにコロシアイをさせたいから。冗談じゃねえが、あいつは本気でそう言ってる。そしてコロシアイに必要なのが、この動機だ。

 

 「モノクマはどんな手を使っても、私たちにコロシアイをさせようとしてくるでしょう。このファイルを処分したところで、また別の手段を使ってくるだけです。エスカレートしたモノクマは何をしでかすか分かりません、もしかしたら、誰かを殺さなければ全員が処刑される、なんてことも言いだし兼ねません」

 「そ、そんな・・・!」

 「可能性としては低くない。むしろ十分にあり得る」

 「そうなってしまえば、もはや疑心暗鬼どころではありません。それは貴方の本意ではないでしょう、六浜さん」

 「・・・確かにそうだ。お前の言うことも正しい」

 

 もし動機を処分したらどうなるか。そんなの考えたこともなかった。モノクマは動機で俺たちに殺人のきっかけを与えようとしてる。それを無視して処分したら、モノクマは俺たちには手を出せねえが、新しく別の動機を用意してくるだろう。それも無視してって、そのやり取りの最後に待つのは直接的な命のやり取り。生きるために殺すか、何もせず殺されるか。そんな結末になりかねねえ。

 

 「無視するか受け入れるか、それを選べるうちに受け入れてしまった方が、結果として私たち自身のためになると思いますが?」

 「・・・それは・・・間違いない」

 「えっ、ろ、六浜さん!?見てしまうのですか!?」

 「いま穂谷が言ったことは正しい。それにモノクマが直接的にコロシアイを引き起こすような動機を用意することも十分に考えられる。そうなれば、ここを脱出するなどと考えることすらままならなくなる」

 「それはそうかも知れないけど・・・」

 「ここに何が書かれているかは分からない。だがとても嫌な予感がする。それでも我々は・・・見ないわけにはいかないようだ」

 

 口調は落ち着いていて、悲観的ながらも達観してるような感じだ。だがその表情は苦悶を極めてた。六浜本人がこのファイルから感じた予感と、これを捨てた先に予想される未来。どっちも不確実で、だが迷い続けることは結局全員にとって破滅の未来になることは目に見えていた。だからこそ六浜は、今この場で決断するしかなかったんだ。動機を新しく得るということを。

 

 「望月、鳥木、晴柳院。済まない。お前たちも辛いだろうが・・・分かってくれ。どうか、この動機を受け入れることを」

 

 苦い顔をした六浜は、言葉だけで反対派の三人に謝った。鳥木も晴柳院も不安そうにその背中を見つめ、意を決したように目を閉じたり拳を握ったりして覚悟を決めたみてえだ。望月だけはその状況をすんなり受け入れたのか、無表情のままファイルに目を遣る。全員に見えるようにテーブルの上に寝かせて、六浜がゆっくりとそのファイルを開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り9人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】 鳥木平助  【滝山大王】【アンジェリーナ】




あんまり進展はありませんね。取りあえず新エリア開放と新しい動機です。動機の詳しい内容は次回のお楽しみということで、予想してみるのも面白いんじゃないでしょうか。
近頃、キャラの“才能”をもっと活かしてやらねばと思い始めてきました。
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