ダンガンロンパQQ   作:じゃん@論破

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(非)日常編2

 新しく開放されたのは、湖のど真ん中に建てられた和風な造りの大浴場だった。内装まで微妙にこだわってたりいい加減だったりして、昭和の銭湯をそのまま持ってきて所々に強引なアレンジを加えたって感じだ。おまけにモノクマがそこに新しい動機を隠すなんて少しだけ手の込んだことをしたせいで、探索っつうより動機探しになっちまった。

 そしてようやく見つけた動機は、テーブルの上でその正体を俺たち全員に明かした。だがそれが意味することを俺たちが動機として理解するのは、もう少し後のことだ。

 

 「なんだこれは・・・?」

 

 希望ヶ峰学園のシンボルがあしらわれたファイルを開いて1ページ目には、厳つい字体の『秘』の判子が朱で捺されていて、その下には堅苦しい黒い文字が並んでいた。

 

 ーー“超高校級の問題児たち”修正・改善プロジェクトーー

 

 「“超高校級の問題児たち”って・・・僕たちのことだよね・・・?」

 「初日にモノクマさんからそのように説明されましたね。修正・改善というのは?」

 「問題児ことボクら自身がそれぞれ抱えてる問題のことだろうね。でも・・・」

 

 “超高校級の問題児たち”ってのは、この合宿場に集められた16人の生徒たち、つまり俺たちのことだ。それの修正・改善プロジェクトってことは、察するに俺たちの問題を解決するために学園が何か計画を進めてたってことだな。となるとこのファイルはそれに関する資料か。

 

 「学園の内部資料といったところか。わしらのような一介の生徒には滅多にお目にかかれるものではあるまいのう」

 「で、それがなんだってんだよ」

 「続きがある」

 

 物々しい『秘』の判子が、この資料が本来ならこんなところに無造作に放置されるべきものじゃねえってことを表している。これが本物だとしたら、やっぱり動機は俺たち自身に関することか。だが希望ヶ峰学園が作ったはずの資料に、人を殺す理由が載ってるとは思えねえ。有名なだけに色々と悪い噂は絶えねえが、流石にそこまでえげつねえ場所じゃねえはずだ。

 とはいえ不安と言えば不安だ。モノクマが動機として提示するくらいだから、それなりの内容なんだろうな。六浜がゆっくりと次のページを開く。そこには、『目的』と題されたしち面倒くさそうな文章が書かれてた。

 

 ーーこのプロジェクトは、いわゆる“超高校級の問題児たち”と呼ばれている生徒たちを指導し更正させ、他の生徒たちと共同学園生活を送るにあたっての障害を取り除くためのものであり、またこれを以て希望ヶ峰学園の教育、生活指導に関する参考とする。このプロジェクトは、当該生徒及び職員以外の者には、生徒、学内職員、その他関係者に依らず厳重に秘すること。ーー

 

 「実に形式張った堅苦しい文章だな。要するに、“超高校級の問題児たち”を一般生徒と同化させようというのだろう」

 「堅苦しいとかお前が言うな。つうかそんなプロジェクト知らねえぞ。ここに書かれてる通りなら、俺たちはこれを知っててもおかしくねえんじゃねえか?」

 「うるさいお口ですね。無益なことしか言えないのなら噤んでいなさい」

 「あ?」

 「まあまあ、一回全部読もうよ」

 

 六浜が読むその内容は、特におかしなところはなかった。前にモノクマが言ってたこととほぼ一致するからだ。希望ヶ峰学園は俺たちのことを問題児と呼んで厄介者扱いしてた。それに今まで死んでった奴らの抱えてた『問題』から考えるに、それをなんとか改善しようとするのは当然だろう。次に六浜がページをめくると、そのプロジェクトの概要が記されていた。

 

 ーー希望ヶ峰学園が所有する第一合宿場(○○県××群)にて、“超高校級の問題児たち”に共同生活を送らせる。この共同生活は、彼らの抱える問題や障害を自覚させ、解消させることを主な目的とする。必要となる食糧やインフラの供給は学園側が行い、原則として彼らの生活に学園は干渉しない。また、更正及び希望ヶ峰学園に対する帰属意識の確認のため一ヶ月ごとに彼らに対し個別面接を行い、実行委員会の承認を得た生徒は翌日から一週間ほどのリハビリテーション期間を経たのち、学園生活に戻ることとする。ーー

 

 「・・・どういうことだ。これは一体?」

 「合宿場とか共同生活とか・・・それってさあ・・・」

 「まさに今の状況と合致しているな」

 「つ、つまりその・・・今ここで行われていることは・・・学園が関与しているっちゅうことなんかあ!!?」

 「・・・」

 

 長ったらしい文章の意味はハンパにしか分からねえが、その内容が今の状況とかなり似通ってるってのは理解できた。“超高校級の問題児たち”って呼び名も、生徒だけの共同生活も、その共同生活の目的も、初日にモノクマが俺たちに説明した内容と一致している。新しい情報と言えば、この合宿場はどうやら希望ヶ峰学園の所有物らしいってことだ。

 

 「ここが学園の所有地なんだったら、資料館のシンボルマークのことも納得だね。むしろ何の不自然もない」

 「それどころではありませんよ・・・この資料が正式なものだとしたら、ここで行われていることを希望ヶ峰学園が知らないはずがありません。いえ、むしろこれでは・・・学園が主導しているような意味合いさえ感じられます」

 「こここ、こんなことをぉ・・・!?希望ヶ峰学園がぁ・・・!?」

 

 政府から特権的な扱いを受けてる希望ヶ峰学園は、ただでさえ教育機関としての枠を超えた権利や影響力を持ってる。それに教育機関として以外に研究機関としての顔を持つことも知ってる。金が足りねえから金を毟り取るだけの予備学科を設置してある、なんて噂もあったな。とにかくただの学園と呼ぶには色々と常識外れな、特別な場所だった。だからこそ卒業するだけで成功したも同然なんて都市伝説が生まれたりしたんだろうが。

 だが、だからと言って、所詮は民間の機関だ。高校生を一箇所に集めて共同生活までならまだしも、コロシアイなんてことをさせて警察や世間が黙ってるわけがねえ。それにここに書いてある文章によると、コロシアイなんて言葉は一つも出て来ねえ。どういうことだ?希望ヶ峰学園の敷地で、希望ヶ峰学園の施設を使って、希望ヶ峰学園の生徒にこんなトチ狂ったことをさせてる奴の正体がまた分からなくなった。

 後ろで聞いてた奴らがざわめき立つのを無視して、六浜と穂谷は不自然なくらい落ち着いてた。あと曽根崎もだな。望月でさえ少しだけいつもと表情が違うような気がした。そして六浜は次のページを読む。

 

 ーーまた、この共同生活内における“超高校級の問題児たち”の生活態度や協調性をより詳細に監視し、生活内で起こりうるトラブルを未然に防ぎ、学園に経過を逐次報告することを目的とした監視役を設置する。ーー

 

 「監視役・・・?」

 

 ーー監視役は、より生徒に密着した指導及び問題解消の手ほどきをする役割もあるため、問題児たち同様に希望ヶ峰学園の生徒から、信頼のおける生徒を希望ヶ峰学園生徒会より一名選出する。またこの資料は、共同生活中は当該生徒が保有・管理すること。次頁に、“超高校級の問題児たち”、15名に関する資料を載せる。ーー

 

 「15名?私たち16名が“超高校級の問題児たち”なのではないのですか?」

 「・・・ただの書き間違え、というわけではなさそうだな」

 

 一通りの文章を読み終わった六浜が呟いた。15名ってなんだ?最初にこの合宿場にいたのは、モノクマを外して16人だ。モノクマは確かに言ったはずだ、『オマエラは“超高校級の問題児たち”と呼ばれている』って。どっちかが間違ってるってことだよな?けどモノクマが間違ってるとしたら、あの中に問題児じゃない奴がいたってことか?

 

 「な、なんじゃ・・・?監視役?生徒?何がなんだか分からんぞ!誰か整理してくれ!」

 「信頼のおける生徒を生徒会から選出・・・そしてこのファイルはその生徒の持ち物だってことだよね。ってことは・・・」

 「私たちが知らされていないとなると、この場所や共同生活の目的を知ることができたのは、その監視役だけというわけですね」

 「え?え?ちょっと待って。一気に色々ありすぎてわけがわからないよ・・・どういうこと?」

 

 共同生活がどうの、“超高校級の問題児たち”がどうの、監視役がどうの、分からなかったことが分かりすぎて、分からねえことがまた増えて、何が分かってて何が分からねえのか、それすらもごちゃごちゃになって何が確かなことなのかもあやふやになってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うぷぷぷぷッ!!こんがらがってるね!!脳みそがふにゃふにゃにとろけて自分という存在が曖昧になって世界が溶けて一つになるような感覚!!これぞイッツアスモールワールド!!世界は小さくて一つなんだ!!」

 「で、出たぁ!!」

 「モノクマ・・・これは一体どういうことだ。こんなもの、どこから持ってきた」

 「どこから?やだなあむつ浜さんったら、分かり切ってるくせに!」

 

 どいつもこいつも頭を抱える中、この混乱に輪をかけるようにモノクマが現れた。今はこんな奴の相手をしてる場合じゃねえ、こちとらテメエがよこした情報のせいでわけわかんなくなってんだよ。黙ってすっこんどけゴミ以下のくせに。

 

 「オマエラの中の誰かの部屋から持ってきたに決まってるじゃーーーん!!だってだって、これは“超高校級の問題児”以外の誰かが持ってるってことになってるでしょ?」

 「ウ、ウソをつけ!!お前さんが適当に作ったのじゃろう!!ここが希望ヶ峰学園の敷地なんじゃったら、学園がこんな外道なことをさせるわけがない!!縦しんば直接手が出せんとしても、何も行動を起こさぬわけがなかろう!!」

 「はううっ!?ま、まぶしい!まぶしいよ!オマエラの学園を信じるその気持ちが、心が、正直さが!!ボクにはまぶしくてまぶしくて・・・胸が痛いよ!!ボクは綿のハートのはずなのに・・・どうして涙が出るの・・・」

 「ふざけてないで質問に答えてよ」

 

 珍しく曽根崎が落ち着いた口調で、明らかに苛立って、モノクマに言った。戯けた調子で出てもねえ涙を拭ったモノクマは、にやにやと口角を釣り上げながら俺たちの顔を見回す。こいつがこういう感じの時は、ろくなことがなかった。今度も嫌な予感しかしねえ。しかもその予感は、バカみてえに命中する。

 

 「希望ヶ峰学園がこんなことするわけない、希望ヶ峰学園は自分たちを助けてくれるはずだ、希望ヶ峰学園は味方だ。そんな証拠がどこにあるの?今までのことを振り返っても、まだそんなこと胸張って言えるの?そうだとしたらオマエラ、相当な馬鹿正直だよねーーーッ!!」

 「なんだと・・・!?」

 「生徒の自殺の隠蔽!犯罪者の隠匿!都合が悪い生徒の疎外!問題児を隔離して共同生活させて、挙げ句の果てにそこの管理すら怠って、たった一人の生徒に丸投げする体たらく!こんなの教育機関どころか人としてどうなのさ!?オマエラはそんな奴らを信用するっていうの!?今までオマエラが目の当たりにしてきた紛れもない真実よりも、実体の無い曖昧な信頼をとるっていうの!?バッカじゃねーの!?」

 

 モノクマの口から飛び出したのは、希望ヶ峰学園の『闇』だった。有栖川が飯出を殺した原因の事件、石川と屋良井の経歴、そしてこの共同生活。特権的な学園だからこそなのか、だからといって見過ごせねえほどの闇を抱えてるってのは事実だ。それを俺たちは、まさにこの共同生活でイヤってほど目の当たりにしてきた。けどだからって、いくらなんでもコロシアイなんて、ぶっ飛びすぎてる。

 

 「仮に希望ヶ峰学園がここで行われていることを黙認しているとして・・・ならばお前がその監視役だということか?モノクマ」

 

 そんな状況でも六浜は冷静に質問する。仮にって、その前提からして既に俺たちには理解不能だ。もしその仮定が本当なんだとしたら、希望ヶ峰学園ってのは一体なんなんだ?こんなことして、学園に何の得があるってんだ?

 

 「あらら・・・流石のむつ浜さんも思考回路がショート寸前みたいだね。素直じゃなくてごめんねなのね。ボクが監視役なわけないでしょ?生徒会なんてクソめんどくさそうなことなんてゴメンだし!それにボクが監視役だったら、最初に多目的ホールに集まった『16人目』は一体誰なのってことになるじゃない!」

 「それはつまり・・・やっぱりそういうことなんだね?」

 

 モノクマは極めて自然に、流れるように喋ってたはずなのに、その『16人目』って言葉がやけに重く聞こえた。“超高校級の問題児たち”は全部で15人、だがそいつらを集めたはずのこの合宿場にいたのは16人。それが意味することは、もう多分俺以外の全員も理解してるはずだ。そして正解は、モノクマの口から告げられる。

 

 「オマエラの中の誰か一人が、希望ヶ峰学園が選出した『監視役』ってことだよ!もっと分かりやすく言うなら『裏切り者』ってわけ!」

 

 それは、答え合わせという名の動機の提示。しかもその動機は、呆れるくらい純粋なものだ。外の世界に出ようなんて渇望でもなく、秘密をばらすなんて脅迫でもなく、単純に自分以外の誰もが怪しく見えてくるような、屈託の無い疑心暗鬼。今更になってそんなもんを出してくるなんて思わなかった。

 

 「うぷぷぷぷ!!どう?燃える展開でしょ!今まで当たり前に隣にいた奴が、急に怪しく思えるなんてさ!原点回帰って感じ?一周回って面白くなってきたってとこかな?」

 「い、いいえ!騙されてはいけません!裏切り者だなんて言い方をして不安を煽っているだけです。監視役という方がこの中にいらしたとしても、その方が我々に危害をお加えになるわけではありません」

 「た、確かにそうだ・・・そうだよね。ただ監視してるだけなんだったら、別に今に始まったことじゃないし・・・」

 「そうでしょうか?」

 

 動機に狼狽える俺たちを前に小躍りしながらモノクマが笑う。必死になって鳥木が正気を取り戻そうと諭そうとするが、それを否定したのは穂谷だった。なんだってんだこいつは。今朝から余計な不和をバラ撒きやがって。何がしてえんだ。

 

 「どんな形であれ、希望ヶ峰学園はこの合宿場と共同生活に関わっています。おそらく今までのことも知られているでしょう。そしてその『裏切り者』は、希望ヶ峰学園からここの監視を任されている。どんなにお粗末な頭で考えても、『裏切り者』がこの生活の根幹と関わっているという結論に至るはずですが?」

 「こ、この生活って・・・」

 「コロシアイ合宿生活にってことだよね。『裏切り者』がボクらの中に潜んでて、この共同生活を管理する側にいるとしたら、当然希望ヶ峰学園だけじゃなく・・・キミとも関係があるってことじゃないかな?」

 「うぷぷぷ!さあ〜て、どうだろうね!その辺もひっくるめてよ〜く考えな!本当に信じるべきはどっちなのか!そして誰が『裏切り者』なのか!ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!!あーっひゃっひゃっひゃっひゃ!!あ、それから規則をいくつか追加したから見といてね。第四章にもなって規則違反で退場なんてぶっちゃけアリエナーーイ!なんだからねッ!」

 

 曽根崎がモノクマに問う。だがモノクマは適当にはぐらかして、耳障りな笑い声を撒き散らしながら消えた。分かり切ってたことだ。モノクマが俺たちの質問にまともに答えるわけがねえ。いつもいつも、急に現れては意味深な言葉と不快な疑問だけを放り捨てて帰って行く。

 ファイルを見ることに賛成した時点で、確かに覚悟を決めたはずなのに、結局また俺たちは揺らがされてる。疑心暗鬼を煽られて、互いに対する信頼も協調も見失って、孤独に戸惑ってる。穂谷っつうイレギュラーはいたものの、ようやく同じ方向を向き始めたと思ったのに、いとも簡単にその結束はモノクマに乱された。

 

 「クソッ・・・なんだってんだよ・・・!!」

 

 思わずソファを蹴飛ばしたが、自分の足が痛くなるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モノクマから動機が発表された後、明尾さんと鳥木さんがそれぞれ一緒にお風呂入って気分を変えようって言うてくれはった。うちはもちろん皆さん賛成やったけど、穂谷さんがやっぱり断らはって一人で出て行ってしまいました。六浜さんは今は放っておけばええ言うてましたけど、うちはどうしても気になって後を追って資料館まで来てまいました。きっと穂谷さんは不安で仕方ないんです。可哀想に、『裏切り者』なんて動機に怯えてしまってるんです。

 『裏切り者』が誰かなんてこと、考えても分かるはずありませんし、そんな風に人を疑うてはいけません!きっとその『裏切り者』さんも、そのうち自分から言うてくれるはずです。これ以上、あんなことを繰り返すわけにはいきません。六浜さんを助けるためにも、うちが何かお手伝いをせんと。うち、がんばります!

 そう思うて来てみたはええけど、どうやって声をかけたらええんか・・・。い、いきなり難易度高すぎですって・・・。

 

 「何をしにいらしたのですか?」

 

 遠くからこっそり見てるはずやったんですけど、なんでか穂谷さんはうちに気付いてはったみたいでした。いきなり声をかけられて、思わず跳び上がって尻餅をついてまいました。資料館の中いっぱいに響いていたキレイな音楽はぴたりと止んで、現れた静けさがどうにも怖くて、何か言わんとと口をぱくぱくさせても、出るのは掠れた吐息ばかりで。

 変に間が空いてもうたから、今から何言うても変な感じになってまうような・・・かと言って黙ったままじゃ、穂谷さんを冷やかしに来たと思われてまいますし。なんとか会話を始めんことにはどうもこうもやし・・・!

 

 「あ、あ、あのぅ・・・きき、キレイな音楽だったから・・・」

 「貴女はウソが下手ですね」

 「ふぇっ!?あっ・・・いや・・・ご、ごめんなさい・・・」

 「何の用ですか。貴女がここにいると演奏の邪魔です。一刻も早く資料館を出て行ってくださらないこと?」

 「いやその・・・今朝から穂谷さんの様子がおかしかって・・・えっと、し、心配やったから・・・・・・」

 「心配?・・・貴女が?私を?」

 

 ウソではなかったんですけど、とっさに言うたことやったから指摘されて慌ててもうて、よく分からんかったけど謝ってまいました。穂谷さんは相変わらず怖い言い方をしてはって、はっきり喋れへんけどなんとか話を進めようとしたら、急に穂谷さんはうちを睨んできた。睨んだいうても表情にあんまり変化はなくて、なんとなく穂谷さんの纏気に陰色が差したいうか、言霊に邪があるというか・・・。

 

 「身の程を弁えなさい。貴女程度に心配されるほど私は落ちぶれておりません」

 「お、落ちぶれるて・・・?」

 「貴女が私を心配して何になるというのですか?私が危うい時に貴女が助けられるとでも?傲り高ぶり、身の程知らずも甚だしいことこの上なしです」

 「おごりなんて・・・う、うちはそんなつもりで言うてません・・・」

 「でしたらもっと質の悪いことですね。無自覚だなんて、流石に名家のお嬢様は違いますね」

 「ッ!」

 

 心配って言葉にこんなに反論されるなんて思ってもませんでした。穂谷さんは『女王様』なんて呼ばれてるほどの人で、それくらいプライドが高くて、だから・・・うちみたいなんに心配されること自体が嫌やったんや。なんとか釈明しようとしても、逆にもっと怒らせてもうたみたいで・・・。

 

 「お、お嬢様なんて・・・うちはそんなんちゃいます・・・」

 「まあいいでしょう、ですが覚えておきなさい。私は、貴女たちのような人が一番嫌いです。貴女たちの存在そのものが、私たちに対する侮辱に他なりません」

 「ぶ、侮辱って・・・」

 「血筋、伝統、権力、名声・・・そんなものの上に成り立つ栄光など虚栄でしかありません。そんなものが希望であるなど許しません。苦悩と挫折を知らない貴女に心配される筋合いなどありません。この私を誰だと思っているのですか」

 「ううぅ・・・」

 

 う、うちは別に・・・晴柳院の名の栄光に縋ってるつもりも、晴柳院の名を傘にしてるつもりもありませんでした。陰陽師として、家柄で評価されるのが正当とちゃうって思ってたから。だからここでなら、お爺様のことを知らない皆さんとだったら、普通のお友達として接することができると思うてたんやけど・・・いや、むしろこれが今のうちの限界?陰陽道どころか、友達の一人とろくに会話をすることもできひんちっぽけな・・・そんなんがうちの正体ってことなんやろか・・・。

 

 「それほどのコネと後ろ盾があれば、学園から『信頼のおける生徒』と見なされることもありましょう」

 「・・・へ?」

 「軽はずみに他人に干渉することは自身への疑いを深めることになりますよ。『裏切り者』なら、もっと慎重になるべきですね」

 「うっ・・・うらぎりって・・・!うちは・・・・・・うちはそんなんとちゃいます!」

 「どうでしょう。口ではなんとも言えます。まあ、貴女のような方に15人もの人間の監視を任せるというのも愚かしいお話ですが」

 

 心配してたことは事実やった。穂谷さんが皆さんから離れていくんを引き留めようとしてたんも事実や。せやけど、まともに説得もできんと、逆に穂谷さんに言われた言葉が胸に刺さって、うちは頭の中がこんがらがって・・・。何も考えられんと、穂谷さんがうちの横を通り過ぎるまで、ずっと床を見つめてた。

 

 「貴女は何も分かっていない・・・覚えておきなさい」

 

 すれ違いざまに穂谷さんに突きつけられた言葉が、耳の中で幾重にも響いた。

 

 「希望の裏には、必ず絶望があるということを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はふ〜〜〜・・・気持ちいいなあ」

 

 湯船に浸かると、全身が熱めのお湯に包まれて、肌を通して熱が骨まで染みるような感覚がした。立ちこめる湯気がお湯の届かない顔にかかって、目を閉じるとなんだか暖かいお湯の中にゆっくりと寝てるような、うっかり寝ちゃいそうになる。規則なんかなくてもお風呂で寝るなんて危ないから、気を付けないと。

 

 「お風呂入ってると眠くなることあるでしょ?あれって寝るっていうより失神なんだって」

 「なんでいま言うのそんな知りたくない豆知識!?あれ!?っていうか僕いま口に出してた!?」

 「ううん、気持ちよさそうにしてたから眠くなってるんじゃないかな?って思っただけだけど」

 「ああ・・・そ、そっか」

 

 いきなり耳元でシャレにならないことを言われてびっくりした。曽根崎くんはヘラヘラしてるけど、こんなところで失神なんかしたら溺れちゃうよ。眠気は飛んだけど、できればそんなこと知りたくなかったなあ。

 驚いた勢いでお湯がちょっとこぼれたけど、湯船には新しいお湯が止めどなく流れ込んでくる。普通なら木や石でできた湯口から出てくるはずだけど、ここの温泉の湯口は金属でできたモノクマの口から出て来てる。割とざっくりしてるのになんでこんなところだけ細かいんだ。

 

 「響くから静かにしてろよ、うるせえな」

 「良いではありませんか、清水君。こうして共に入浴するのは日本の古き良き交流の形です。それに心身共にさっぱりとすれば、些細な諍いも減るはずです」

 「ああ分かった分かった、風呂でまでお前の説教なんか聞きたくねえよ」

 

 並んで頭を洗ってる清水くんと鳥木くんが、仲が良いんだか悪いんだか分からない会話をしてる。いつものオールバックを崩した鳥木くんの髪は意外と長くて、毛先までしっかりと洗って手入れしてるのは、さすが日本を代表するエンターテイナーって感じだ。細かな心配りができてる。隣の清水くんはろくに泡も立てずいい加減に洗ってる感じがするけど、トレードマークの癖毛だけは水にも負けず泡にも負けず、相変わらずビーンと立ってる。たぶん地雷だから触れないけど、笑いそうになった。

 

 「でもさ、こうやって一緒にお風呂に入れるってことは、お互いのこと信用してるって証拠でしょ?変な感じでずっといるよりよっぽどいいよ!後で背中の流し合いでもする?」

 「やんねえよアホか」

 「アホはキミのつむジャバウォック!!!」

 「うわああああああああああッ!!?曽根崎くうううううううううんッ!!?」

 

 全部言い切る前に曽根崎くんの口を塞ぐようにたらいが飛んできて、聞いたことない悲鳴をあげて曽根崎くんがお湯の中に沈んでった。後ろ向きのままこの反応速度で、隣に僕がいるのに正確に曽根崎くんの顔面にたらいを投げるなんて、清水くんの“才能”って本当に“超高校級の努力家”なのかな?

 

 「地雷って分かってて踏みに行くってどういうことなの!?」

 「手厳しいですね」

 「頭かち割られて死なねえんだからこれくらいで丁度良いだろ」

 「傷が開くよ!優しくしなきゃダメだって!」

 「けほっけほっ・・・いたた、容赦ないね清水クン」

 

 なんだろう、僕がおかしいのかな。清水くんも曽根崎くんも、鳥木くんさえも特に何のリアクションもしないで普通にしてた。でも考えてみれば、こんな風に清水くんが曽根崎くんに暴力を振るうのも、この合宿場では日常の光景だった。それがいいのかどうかは分かんないけど、きっとこれも一つの信頼の形なんだ。だからみんな普通の感じでいられるんだね。そう思うことにしておこう。

 

 「曽根崎くん、大丈夫?」

 「全然平気!このくらいでやられてちゃ広報委員なんてやってらんないよ!みんなが思ってる三倍はハードな仕事だからね!」

 「ならもう一発いっとくかコラ」

 「やめて!それとこれとは話が別!」

 「それにしても、未だに信じがたいですね。あれほどの怪我を負って、今こうして同じ湯に浸かっているなど、常識外れもここまでくると清々しいというか・・・」

 「ボクの悪運と、滝山クンの迷いと、モノクマの腕前のおかげだね」

 「そ、そうだね・・・・・・。滝山くん・・・やっぱり迷ってたんだよね・・・」

 

 他愛もない話だったはずなのに、彼の名前が出て来た途端に自分で分かるくらいに気分が落ち込んだ。屋良井くんにとことん利用されて殺された滝山くんの顔が、お湯の波紋の中に浮かんで消える。笑顔も、泣き顔も、困った顔も・・・最期の顔も。同い年とは思えないくらい子供っぽくて無邪気で、でもとっても純粋で人を疑うことを知らなくて・・・曽根崎くんに怪我を負わせたけども、滝山くんだって辛かったんだ。本気で曽根崎くんを殺そうとしたんじゃない、屋良井くんに脅されて仕方なくやっただけなんだ。

 

 「笹戸君?」

 「んぇっ!?」

 「大丈夫ですか?なにやら放心していらっしゃいましたが、逆上せられたのでは?」

 「そ、そう?うん・・・じゃあちょっと休もうかな」

 

 逆上せてはなかったけど、あんまりみんなに心配かけさせちゃいけないから、取りあえず湯船の縁で半身浴することにした。清水くんも鳥木くんも気持ちよさそうに肩まで浸かって、つい昨日にあんなことがあったなんて信じられないくらいにのんびりとした顔をしてる。

 

 「いや〜、それにしてもさっきの鳥木クンにはびっくりしたよ。まさかキミがあんなんでテンション上がるキャラだったなんてさ!」

 「え、ああ、あのことですか。お見苦しいところを・・・」

 「ううん、そうじゃなくて、意外というか、イメージと違うというか。あそこにある駄菓子とか玩具ってどれもちゃちいよ?もしかしてレトロマニアとか?」

 「そういうわけではないのですが・・・幼い頃はああいったものに囲まれて育ったものですから、童心に返ったと言いますか、懐かしいと言いますか・・・よく兄弟と一緒に遊んだものです」

 「へー、鳥木クンって兄弟いたんだあ」

 「ええ。弟が三人と妹が二人」

 「予想外に多い!五人もいたの!?」

 

 なんとなく寛いだ空気から、自然と鳥木くんの身の上話が生まれた。みんなで大浴場を探索してる時に、駄菓子や玩具に興奮する鳥木くんには僕も驚いた。テレビで観た時の、華やかなステージの上に立って派手で奇抜なマジックをするマジシャンのイメージとはあまりにかけ離れていて、何が起きたか分かんなくなるくらいには度肝を抜かれた。大家族っていうことも、なんとなくイメージと違った。

 

 「なんだかイメージと違うなあ。別に具体的なイメージがあったわけじゃないけど、なんとなく鳥木クンって大家族って雰囲気じゃないよね。ね?清水クン」

 「そうでしょうか?」

 「なんで俺に聞くんだよ・・・けどま、そんだけ年下の兄弟がいりゃあ穂谷の世話続けられてんのも納得だな。普通は無理だろ」

 「そういえば、鳥木くんって料理上手いよね。マメだし器用だし、よく考えると生活感があるような」

 「思えば、マジックを始めたのも元々は弟たちを喜ばせるためでした。まさに今の私があるのは、家族のお陰ということですね。決して余裕があるわけではございませんが・・・」

 「またまたあ謙遜しちゃって!一時期はテレビ点ければ『Mr.Tricky』ってくらいに露出してたじゃん!ぶっちゃけこっちの方もたんまりと貰ってるんじゃないの?」

 

 穂谷さんの召使いみたいになってるところを初めて見た時は、あの『Mr.Tricky』がこうなるなんて、『女王様』って怖いなあ、って思った。けどよく考えてみたら、あの穂谷さんが召使いとして認めるスペックって並大抵の高校生が身につけてるものじゃないよなあ。深く考えたことはなかったけど、もしかして鳥木くんって僕が思ってる以上にすごい人なのかも。

 なんて感心してたら油断大敵、曽根崎くんがいきなりゲスい顔になって人差し指と親指で輪を作りながら、鳥木くんに耳打ちするポーズをとった。全然声を抑える気ないみたいで、僕らにもガッツリ聞こえてたけど。鳥木くんも流せばいいのに、律儀に答えるし。

 

 「実際、テレビというものの凄さを痛いほどに思い知りました・・・。希望ヶ峰学園に移る前は大道芸をしたり町内イベントなどに出演していたりしたのですが、その頃とは比べものにならないほどのギャランティが。初めて頂いた時の封筒の重みと厚みは今でも忘れられません」

 「と、鳥木くん・・・?そんな生々しいこと言わなくていいんだよ?」

 「ふむふむ、現金手渡しだったんだね。それでそれで?一番多く貰った番組は何で、いくら貰ったの?あと他に芸能界の裏話的なものとかも」

 「やめとけ」

 「あ、あまりその辺りのことはお話しないよう言いつけられておりまして・・・ですが、口にするだけでひっくり返るような金額だったとだけ」

 「お前、楽しそうだな。にやけてんぞ」

 「そ、そうでしょうか?失礼」

 

 ぐいぐい聞いてくる曽根崎くんに、鳥木くんは案外満更でもないような感じで答える。清水くんに指摘されるまで、口の端が少し上がってることに気付いてなかったみたいだった。なんだろう、どんどん鳥木くんのイメージが崩れていく。あんまりお金の話なんかしないけど、この話題でキャラが変わる人にろくな人はいないって聞いたことがあるような気がする。

 

 「希望ヶ峰学園に移ってから、テレビの仕事なんかも増えたわけだ。なるほどね、やっぱり希望ヶ峰のネームバリューってすごいんだなあ」

 「ゴホン・・・ま、まあ私も今や“超高校級”の称号を賜って、多くのお仕事を頂いているのは嬉しく存じます。ギャランティはあくまで対価であって、エンターテインメントとして皆様を笑顔にすることが私のマジックの真価でございます故、あまりお金の話はすべきではないと、エンターテイナーの先輩方からはご教授たまわりました」

 「強引に終わらせるなあ。本当は話したいくせに」

 「時には自制も必要でございます」

 「話してえことは話してえのか」

 「あはは、でもなんだか、鳥木くんのこと色々知れてよかったよ。なんか今まで、違う世界の人だと思ってたけど、なんていうか、人間味があって親近感が湧いたっていうか」

 「私はそんなに取っ付きにくい人間でしょうか・・・」

 「主に敬語のせいだと思うよ」

 

 そろそろ本当に逆上せてきそうだから、みんなであがることにした。ほんの少しだけ、他愛ない話をしただけだけど、すごく大切な時間だったような気がする。こうやって話ができるだけでも、僕たちはまだ大丈夫だっていうことの証明になる。たとえ希望ヶ峰学園に問題児と言われようとも、僕たちは希望なんだ。こんなところで諦めるわけにはいかない。

 希望は前に進むんだって、昔誰かが言っていた。今ほどこの言葉が頼もしく思えたことはない。みんなのためにも僕たちは、暗くなってちゃいけないんだ。だから僕らは希望を信じて、前を向いて行かなくちゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り9人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】 鳥木平助  【滝山大王】【アンジェリーナ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

規則一覧

1,生徒達は合宿場内だけで共同生活を行いましょう。共同生活の期限はありません。

2,夜10時から朝7時までを『夜時間』とします。『夜時間』は立ち入り禁止区域があるので、注意しましょう。

3,就寝は寄宿舎に設けられた個室でのみ可能です。他の部屋での故意の就寝は居眠りとみなし罰します。

4,ゴミのポイ捨てなど、合宿場の自然を破壊する行為を禁じます。ただし、発掘場を除きます。

5,施設長ことモノクマへの暴力や脅しを禁じます。監視カメラの破壊を禁じます。

6,仲間の誰かを殺した『クロ』は希望ヶ峰学園へ帰ることができますが、自分が『クロ』だと他の生徒に知られてはいけません。

7,合宿場について調べるのは自由です。特に行動に制限は課せられません。

8,モノクマが生徒に直接手を出すことはありませんが、規則違反があった場合は別です。

9,生徒内で殺人が起きた場合は、その一定時間後に、生徒全員参加が義務づけられる学級裁判が行われます。

10,学級裁判で正しいクロを指摘した場合は、クロだけが処刑されます。

11,学級裁判で正しいクロを指摘できなかった場合は、クロだけが卒業となり、残りの生徒は全員処刑です。

12,資料館内での飲食は禁止です。

13,同一のクロが殺せるのは、一度に二人までとします。

14,生徒間での電子生徒手帳の貸し借りを禁止します。

15,夜時間内の大浴場での入浴を禁止します。また、同時間内は浴場を施錠します。

16,鍵付きの扉及び鍵の破壊を禁止します。

17,『クロ』による殺害から学級裁判終了までの間、学級裁判を妨害する行為を禁止します。




いつもより文字数少なめですが、どうかお納め下さい。
日常編が日常編じゃなくなってる気がしますが、どうなんでしょうね。今になって舞台設定を間違えたかな〜なんて思ったり。ウソウソ
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