ダンガンロンパQQ   作:じゃん@論破

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(非)日常編3

 名前:飯出条治

 性別:男

 才能:超高校級の冒険家

 『袴田千恵』の件に関わっている。異性に対し偏執的な好意を持つ傾向あり。

 有栖川薔薇との和解を以て『可』とする。

 

 名前:有栖川薔薇

 性別:女

 才能:超高校級の裁縫師

 『袴田千恵』と親交の深かった生徒。事件に関する情報を探っているため要注意。

 飯出条治との和解を以て『可』とする。

 

 名前:(仮名)アンジェリーナ・フォールデンス

 性別:女

 才能:超高校級のバリスタ

 本名及び基本的個人情報の多くが不明。

 生徒名簿資料の全項目の記入を以て『可』とする。

 

 名前:石川彼方

 性別:女

 才能:超高校級のコレクター

 窃盗、詐欺などの前科多数。蒐集品に強く執着し、衝動制御障害とみられる行動あり。

 衝動制御障害の完治の確認を以て『可』とする。

 

 名前:古部来竜馬

 性別:男

 才能:超高校級の棋士

 生活態度及びコミュニケーション能力に大いに問題あり。協調性を伸長する必要あり。

 生活態度の是正、協調性の十分な発育を以て『可』とする。

 

 名前:滝山大王

 性別:男

 才能:超高校級の野生児

 著しい社会性の欠如がみられる。精神的未熟さによるトラブルに注意。

 一般常識と基礎学力の定着、十分な社会性の発育を以て『可』とする。

 

 名前:屋良井照矢

 性別:男

 才能:超高校級の爆弾魔

 テロリスト『もぐら』として活動中。異常な自己顕示欲を持つ。

 学園への従属と破壊活動を禁止する誓約を以て『可』とする。

 

 

 

 

 

 モノクマが『動機』として提示した希望ヶ峰学園の内部資料には、既に死亡した生徒らの顔写真と情報が記載されていた。これを管理していたのが所謂『裏切り者』ならば、ここに記載のない者が『裏切り者』なのではないかと考えたが、やはりその程度のミスはモノクマはしていなかった。

 全員に問題児たる所以と改善の指標があるということは、少なくとも今までの死亡者の中に『裏切り者』は存在しなかった、ということが判明した。が、現状に変化はない。空白の八ページが、未だ『裏切り者』が生存している何よりの証拠だ。

 

 「ふむ」

 

 鳥木平助や他の者たちが主張するように、『裏切り者』がその他の生徒にとって有害な存在である確証は得られていない。一方で穂谷円加が主張するように、この合宿場で行われている非人道的な生活を希望ヶ峰学園が『裏切り者』を通して認知している可能性は否定できない。

 いずれにせよ、モノクマの存在が不明瞭だ。この資料内の記述から『裏切り者』は希望ヶ峰学園生徒会の役員であると言えるが、モノクマと『裏切り者』、モノクマと希望ヶ峰学園の繋がりが判然としない。仮に希望ヶ峰学園が私たち全員を秘密裏に抹殺しようとすれば、コロシアイ合宿生活などと不確実で時間がかかる手段を執る理由がない。

 

 「『裏切り者』・・・か」

 

 思えば、なぜモノクマはその監視役を『裏切り者』と呼称したのだろう?始めから私たちとは立場が異なるのであれば、裏切りという表現は適切とは言えない。潜伏者又はスパイといったようなニュアンスを持つ呼称の方が妥当だ。ただ単に私たちが監視者に対して警戒心を抱くように、意味深な表現をしたに過ぎないのだろうか。そう仮定しても、『裏切り者』という言葉は何か異なる意味を含んでいる気がしてならない。『裏切り者』が裏切ったのは私たちだと考えていたが、それを改める必要があるのだろうか。だとすれば、『裏切り者』は一体誰を裏切って、誰の元に就いたのだ?

 考え得る可能性は少ない。この合宿場で起きていることに関わる主体は片手で数える程だ。各場合について考察すれば、少しは真実に近付くことができるのではないだろうか。だがその前に、一つすべきことがある。

 

 「モノクマ」

 

 私は静かな資料館で、さもそこに誰かいるかのように呟いた。しかしそれは断じて独り言ではない。呼ばれた時には既に、そう呼ばれた者はそこに出現するからだ。見たところ、少し顔面を紅潮させて両手を振り回し牙を剥き出しにしている。怒りのポーズだな。

 

 「なんだよコンニャロー!!てやんでぃべらぼうめぃ!!」

 「・・・一体何に激昂しているのだ?」

 「ない胸に手ェ当てて考えてみろ!オマエラはボクのことなんだと思ってんだ!大した用もないのに呼びつけやがって!呼んだらすぐ来る都合いい女か!セ〇レなのか!」

 「生物でないお前とセッ〇スフレンドになることができる生物は存在しないと思うが」

 「怖い物なしかテメエエエッ!!規制かけなきゃいけなくなるだろ!!一般公開できなくなるだろ!!」

 

 先にその発言をしたのはモノクマなのだがな。何を公開するのかは今ひとつ得心しないが、興味も無いので追及はしない。モノクマはどうやら私に呼び出されたことに腹を立てているようだが、仮にもこの合宿場の所長であるならばその程度のことで立腹していては精神的負荷が止まないだろう。

 

 「で、何の用?ボクだって暇じゃないんだからね!」

 「曽根崎弥一郎がどこにいるか教えてくれないか」

 「は?曽根崎くん?」

 「聞きたいことがある」

 「あっそう、曽根崎くんならさっき・・・って知らねーよ!!なんだよそれ!!そんなん自分で探しゃいいだろうが!!わざわざボクを呼びつけるほどの用事か!!」

 「私が一人で捜索するより、合宿場全体を監視しているお前に尋ねた方が効率的と考えたのだが」

 「あのねえ、ボクはオマエラのために監視してるわけじゃないんだよ!用があるなら自分で探せ!もし次も下らない用なんかで呼びつけたりしたら、罰を与えるんだからね!」

 「処刑か?」

 「え?いや、それじゃ面白くないから・・・そうだなあ、ま、後で考えとくよ!っていうかボクの迷惑も考えろっつってんだよ!いいか!?いいな!」

 

 ぎゃあぎゃあと喚き立てながら、モノクマはテーブルの下に消えてそのまま消滅した。この仕組みだけは何度見ても解明できる気がしない。この手のトリックには目が利きそうな鳥木平助ですら首を捻っているのだから、考えるだけでは解明しないのだろう。モノクマの行動の謎や違和感は今に始まったことではないが、困ったことに曽根崎弥一郎の現在位置は不明なままだ。

 なるほど。クロにもシロにも公平な立場であるというモノクマのスタンスからしても、殺人中のクロの居場所を教えるようなことは避けたいはずだ。つまりどんな場合であっても、特定の人物の居場所をモノクマが他言することはないということだ。罰則規定はないようだが、覚えておこう。

 はて、そう言えば私は何をしようとしていたのだったかな。

 

 「そうだ。六浜童琉に夜の天気を訊かねば」

 

 ガラスの窓を叩く数多の水滴に、今夜の空模様が気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここに来てからはあまり天気が荒れたことはなかったのじゃが、今日は生憎の雨じゃ。せっかく発掘場があるのに、これではツルハシを振るうこともできん。大浴場のゲームもメダルがなくては遊べんし、年甲斐もなく外ではしゃいで風邪を引いてはつまらんから、大人しく部屋の中に引っ込んでおくことにしよう。丁度良い機会じゃから、部屋に寝かしてある化石をたっぷりと可愛がってやるか。ワインと化石は寝かせるほど味が出ると言うからの。

 

 「どれから手を付けてやろうかのぅ。うむ、まずはこの間掘り起こした化石の整理をせんと・・・ああ、そう言えば骨格復元が途中じゃったな。ぬあっ!これは失くしたと思っていた三葉虫!とっさにベッドの下に隠したままになっておったか・・・おおそうかそうか、よしよし、寂しい思いをさせたのうすまんすまん。いま削って磨いて飾ってやるからの」

 

 箱に収まった幾つもの化石たちの早う磨いてくれと口々に呼ぶ声が聞こえるようじゃ。中途半端なまま放置された骨格標本が仕上げてくれと何度も頼む声が胸を締め付ける。長い間忘れ去られていた三葉虫の化石からすすり泣く声が耳から離れん。どうやらやることは山積みなようじゃ。これでは全て終わらせる前に雨があがってしまう。流石のわしでも一人では無理があるのう。それに、この部屋は狭い。

 

 「よし、場所を移すぞお前たち。今日は徹底的にお前たちの世話をしてやるからのう!」

 

 どこからともなく歓声が聞こえてくる。年を重ねれば耳は遠くなっていくが、反比例して化石の声は段々はっきりと聞こえてくるようになった。これに共感する者とは未だに巡り会っておらんが、それはつまりわしが化石にとって特別な存在であるということにもなる。共感を得られぬ物寂しさはあるが、特別という響きに悪い気はせんな。

 ひとまずこの化石を移動させなくてはな。手当たり次第に箱に詰め、余ったものはポケットに詰め、それでも余ったものは・・・どうしようかのう。ああ、そうじゃ。丁度良いものを持っている丁度良い奴がおったな。思い立ったが吉秒、早速わしは寄宿舎の反対側の廊下まで飛んでいき、その部屋のインターホンを鳴らした。やはり此奴も外に行く用がなく部屋で時間を持て余していたようじゃ。

 

 「はーい。やあ、明尾さん。どうしたの?」

 

 ドアを開けて出て来た笹戸は、どうやら自慢の竿の手入れをしているようじゃった。この雨では釣りもできるまいに、部屋にいても釣りのことばかり考えておるとは、変わり映えのない奴じゃのう。しかし好きなことに一途というのは感心じゃ。若いもんは飽きっぽくすぐに浮気をするからの。感心感心。

 

 「笹戸よ、お前はいま暇か?」

 「え・・・う、うん。特に用事は・・・ないけど?」

 「よしよし!ではお前に頼みがある!手伝ってくれ!」

 「手伝うって・・・今日は発掘ができる天気じゃないと思うけど」

 「んははは!土を掘るばかりが考古学ではないわ!掘った化石を復元し、太古の世界に思いを馳せるのもよいものじゃぞ!」

 

 これじゃから素人は、考古学が発掘ばかりと思うておる。なぜかわしが会う者は特にそう考えている者が多いが、ものを知らないとは悲しいものじゃのう。妄想を膨らませイロイロなことを考えるのも悪くないぞ。これはロマンじゃ、人類のロマンじゃ!トランク一つだけでイン・ザ・スカイできるほどのロマンなのじゃ!

 

 「ど、どうしたの明尾さん?僕に何を聞かせたいのさ」

 「おっと、声が出てしまっていたか。まあとにかく、今日のわしは化石を磨くことにしたんじゃ」

 「へえ、がんばってね」

 「そこでお前さんに手伝ってもらおうと思ってな」

 「え゛」

 

 露骨に嫌そうな顔をしてすぐに元に戻した笹戸の変化を、わしは見逃さんかった。こっそりドアを閉めようとするがわしは一度決めたらしつこいぞ!

 

 「よいではないかよいではないかああああっ!!暇なんじゃろ!?どうせ暇してたんじゃろおおおっ!!?」

 「ぼ、僕だって『渦潮』たちの手入れしてあげなきゃいけないから!悪いけどお断りだよっ・・・!」

 「いだだだだだッ!!挟まっとる挟まっとる!!指がつまる!!ホールまで化石を運ぶだけでええんじゃ!!バケツ持っとるじゃろ!!?」

 「絶対それだけじゃ済まないよ!なんだかんだで最後まで付き合わすでしょ!」

 「おのれェ・・・!年寄りには優しくするものじゃぞおお・・・!!」

 「同い年でしょ!!」

 

 いつもはこれくらい強引に誘えば付き従うのじゃが、今日はやけに粘りおる。笹戸のくせに生意気な!こうなりゃわしも意地じゃ!この部屋から笹戸を引きずり出してくれる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多目的ホールに着くまでにえらく体力を消費した気がするが、まあよかろう。これから楽しいことがあるんじゃからな。

 

 「強引過ぎるよ明尾さん・・・部屋に居座られるか手伝うかなんて・・・」

 「明日の朝食にゆで卵一個付けると約束したろう。それに話し相手が欲しいんじゃ」

 「だったら曽根崎くんの方が適役だと思うけど」

 

 雨の中では荷物の移動も一苦労じゃから、若いもんの力が必要なんじゃ。両手に化石、頭上に傘で往復するのはホネじゃからな。

 寄宿舎から草原に出て医務室を過ぎ、多目的ホールまでの道を足早に行く。その途中、自然と踏み固められた轍道から外れた草原のど真ん中に、ぽつねんと佇む人影を見つけた。こんな雨の日にあんなところで何をしとるのか、物好きな奴もいたもんじゃ。どれ、一つ声をかけてやろう。

 

 「おーい!そこの!そんなところで何をしとるんじゃ!」

 「っ!」

 

 わしが声をかけると、番傘の人物はこちらを向いた。なんじゃ、ただの晴柳院ではないか。こんなところで何をしてるのかと思えば、手には何やら短冊らしきものが握られておった。また儀式やお祓いの類の何かでもしておったんじゃな。

 

 「明尾さん、笹戸さん・・・どうしたんですか?雨の日にそんな大荷物で」

 「雨で発掘ができん寂しさを慰めるために、古き友と共に過ごそうと思うてな」

 「それに付き合わされてるんだ。晴柳院さんこそ、何やってたの?」

 「うちは・・・・・・その、ちょっと考え事いうか・・・」

 

 はっきりと言わず口籠る様から、明らかにして何か思いつめていることが見て取れる。なるほど、雨というものは何かと妙な気分になるからの。思春期の女子ならば悩みの一つや二つあってもおかしくあるまい。そしてそれを知って左様かと去るは人道に非ず!

 

 「悩みがあるならば聞くぞ、晴柳院」

 「へ?」

 「悩んでるって顔に書いてあるよ。そんなとこ見ちゃったら放っとけないよ」

 「・・・相談してもいいですか?」

 「もちのろんじゃ!」

 「なにそれ」

 

 こんな雨の日に外に一人でいる晴柳院を放っておくことなどできるわけがあるまい。今はただでさえ気の立っている奴がおることじゃし、不審な動きは避けるべきじゃ。そして悩みがあるのならさっぱり解消せんことには、次のことを考えることなどできんしな。

 ひとまず多目的ホールに入ってから、舞台袖の倉庫からビニールシートを引っ張り出してきてそこに化石と釣り具と短冊を並べ、各自の作業環境を整えた。うむ、奇妙奇天烈極まりないが、不思議と壮観じゃ。まずは何から手を付けようかの。

 

 「やはり最初は、放ったらかしにしていた三葉虫じゃの。よぉし、今からお前さんの全身をブラシで撫で回して体の隅々までほじくってやるからのう。ふふふ・・・覚悟せい!」

 「ひとりで何言ってんの明尾さん・・・晴柳院さんの話聞くんじゃなかったの?」

 「じゃがわしもやることがあるでな、話は聞くから一方的に喋ってくれぃ」

 「まさかの態度だよ!?」

 「ええっと・・・う、うちは話すだけでも気が楽になる思いますから、それでもいいです」

 「ぼ、僕はちゃんと聞くよ晴柳院さん!うん、は、話してみて」

 

 化石を磨きながら相談を受ける程度のこともできんでどうする。かの聖徳太子は十人の話を一度に聞き、その全てを理解し適切な指示を与えたという。千年以上昔の人間にできて今の人間にできんわけがあるまい!生き物は時と共に進化し続けるのじゃからな!太古の進化していない生物の方が見た目は惹かれるがの。

 ブラシで丁寧に磨き、隙間にたまった埃や土をほじくり、脚が折れないように丁寧に塗料でコーティングしていく。これだけで一日が潰れそうな勢いじゃが、それは並の考古学者の話!わし専用の技術を以てすれば、通常の三倍の早さで可能じゃ!!

 

 「え、えっと・・・そのぉ、うち、ホンマに今の状況が嫌で・・・『裏切り者』を探るようなことしてるんがホンマに・・・なんだか、皆さんがどんどん敵になってくみたいで、なんとかせなって思うてるんです。それで、穂谷さんのとこに行って大丈夫やって安心させようと思うたんですけど・・・一蹴されてもうて」

 「いきなり最難関に挑むとはな。ありゃあわしでも説得できる気がせんわい。鳥木なら或いは・・・といったところじゃな」

 「穂谷さんだって不安なはずなんです。だから一人になって身を守ろうとしてはるんです。誰かが助けてあげんことには・・・このままじゃ穂谷さんが危ない目に遭うような気がして・・・」

 「確かに、一人になるのは一番安全かも知れないけど、裏を返せばすごく危険だよね。いざっていう時にはさ」

 

 まあ、仮に誰かが穂谷を殺そうと思えば、一人でいるのは危険じゃな。穂谷一人で自分の身を守れるとは思えんし、何より近くに人がおらんのは殺人にはうってつけじゃ。

 

 「だからなんとか励まして、説得して、安心させてあげたいんですけど・・・うちの力じゃそれもできんくて・・・。そ、それに穂谷さんは・・・」

 「うん?」

 「あ、あの・・・うちの家のこと知ってはって・・・そのことをすごく気に入ってへんようで」

 「晴柳院の家のこと?代々陰陽道の家系というのは聞いとるが、それがなぜ穂谷の気に触るんじゃ?」

 「あっ、そ、そこやなくて・・・えっと・・・・・・、お、お二人は、日青会って知ってます?」

 

 晴柳院は恐る恐る、といった調子で尋ねた。疑問系ではあったが、今時分で日青会を知らん者はおらんじゃろう。日本では有数の仏教系集団で全国に信者がおり、直属の大学を持ち、どこかの政党に資金援助をしているとも聞いた。終戦後に仏教の一派から独立し、戦後日本で徐々に規模を拡大して、いまや政治と経済に少なからぬ影響力を持つ一大宗教団体じゃ。

 しかしそれと晴柳院に何の関係があるんじゃ?

 

 「日青会・・・聞いたことはあるの。かなり大きな仏教系宗教団体じゃったか、良い噂はあまり聞かんな」

 「う、うちのお爺様・・・晴柳院義虎は、そこの会長なんです。それと、そこの幹部の晴柳院龍臣はうちの父で・・・」

 「えっ!?・・・そ、それって、晴柳院さんってもしかして、あの日青会の会長の孫なの!?」

 「うぅ・・・ほ、穂谷さんはうちが・・・お爺様の権力で希望ヶ峰に来られたと思てはって・・・それが気に入らないと」

 「ふむ、なるほどな。確かにあれだけの規模の団体なら、希望ヶ峰に圧力をかけることも可能か。噂じゃが、希望ヶ峰にも太いパイプを持っているとかなんとか」

 「そ、そんなすごいとこの会長の孫って、すごいじゃん晴柳院さん!」

 「しかしそれだけの後ろ盾があれば、妬み嫉みを受けるのも致し方ないと言うか、まあ自然じゃな」

 

 笹戸は興奮した様子で晴柳院に目を輝かせているが、実際は辛いこともあろう。晴柳院自身が日青会で一定の地位に就いているわけではなかろうが、それでも無視できるレベルのものではない。それにしてもこれは魂消たのう。由緒正しき家柄とは聞いていたが、まさかそこまでとは。正直それで箔がついても、晴柳院にはそれを笠に着ている様子はないが、なぜ穂谷はそれを毛嫌いするんじゃ?

 

 「しかし穂谷とてそれに劣らぬ名声を手に入れておろう。何しろ“超高校級”、世紀の歌姫じゃからな、世界規模で活躍しているのではなかったか?ならば日青会を忌避する理由はないように感じるが」

 「いや、穂谷さんが怒ってるのは、その名声で晴柳院さんが希望ヶ峰に入れたと思ってるからだよ。そんなわけないのに!」

 「で、でもお爺様がうちの知らん間に何かしてたり・・・それに、晴柳院の名前もきっと、学園は知ってたはずやし・・・」

 「だからって学園がそんな簡単に“超高校級”なんて呼ぶはずがないよ!!あり得ない!!」

 

 どうも晴柳院は、穂谷にそのことを指摘されて自信を失っておるようじゃ。自分の“才能”は本物なのか、ただ権力で入学できたに過ぎず、実際の自分は大した人間ではないのではないかと。元々自信を持てんような性格に、どストレートにそんなことを言われればそりゃ落ち込むか。

 これは難しい問題じゃな、と思っていたら、笹戸が急に大声を出した。晴柳院も驚いたようじゃが、わしも驚いた。

 

 「だって“超高校級”は、希望の証なんだよ?人類の未来を担う人にしか与えられないんだ!学園だって慎重になってるだろうし、晴柳院さんが学園に入れたのは、絶対に権力とかそんなんじゃない!そんなの、希望じゃない!」

 「ふ、ふえぇ・・・?」

 「晴柳院さんは自信がなさ過ぎるんだよ!心配性で神経質で打たれ弱すぎだよ!穂谷さんに何か言われたからって、どうして自分の全部を否定しちゃうのさ!」

 「ど、どうした笹戸?あ、あまり揺らすな。骨格標本が崩れるじゃろう」

 「僕は知ってるよ。晴柳院さんがここに来てからずっと、みんなのことを心配して気にかけてたの。コロシアイなんてひどいことさせないようにって、いつも頑張ってたことも。あれはなんだったの?最初の事件が起きた時に流した涙は、キミが悔しくて、悲しくて、辛かったから流したんじゃないの?」

 「おい笹戸!晴柳院を追い詰めるな!それにあの話はご法度ではなかったのか!」

 「晴柳院さんが僕らを心から気にかけてるなら、僕らだって心から返さないといけない。遠慮なんかしたら晴柳院さんに失礼だ!」

 

 どうもおかしい。なぜ笹戸はここまでムキになる。言っていることは分かるが、何も有栖川の件を引き合いに出さんでもよかろう。このままでは晴柳院を励ますどころか、より追い詰めてしまうことになるのではないか。

 

 「たとえ穂谷さんが晴柳院さんを信じなくたって、僕は信じてる。だって晴柳院さんは、この合宿場でまだ希望を信じてるから。みんなを希望に導こうとしてるから。有栖川さんの絶望を乗り越えて、前に進もうとしてるから。だから僕は、何があってもキミを信じてる!晴柳院さんは自信を持っていいんだ!希望を持ち続ける気持ちが、何よりの希望だから!キミはこの場所で一番、希望になれるから!」

 

 いつの間にかわしは手を止めて、晴柳院の肩を掴んで力説する笹戸に見入っていた。希望希望と連呼する笹戸の表情は真剣で、適当なことを言っているようには見えん。こいつは本気で、晴柳院を信じとる。リーダーの六浜を差し置いて一番希望に近いとは、随分と晴柳院を信頼しとるんじゃな。確かに裏表のなさそうな晴柳院なら、『裏切り者』でもあるまいに信じられるが・・・それにしても熱烈じゃ。わしが化石に向ける情熱に比肩する。

 

 「あ、あの・・・えっと、笹戸さん、肩・・・痛いです」

 「えっ・・・うわわっ!ご、ごめん!気付かなかった!つい力が入っちゃって!」

 「ふふふ、俺が信じるお前を信じろ、か。良い台詞じゃな。わしの中に眠る螺旋の力が目覚めそうじゃ」

 「え、ええっ!?僕そんな熱血アニキキャラ的な喋り方してた!?」

 「大意はそういうことじゃったぞ。お前さんもなかなか熱い奴よの。ただの釣りキチではなかったわけじゃ」

 「釣りバカのもう一個上の段階だと思われてたんだ・・・」

 

 釣りキチと釣りバカの優劣関係は分からんが、笹戸の言うことも一理ある。穂谷は元から言葉にトゲがある奴じゃ、そんな奴の言葉を馬鹿正直に受け止める必要もあるまい。やはり晴柳院は、気にしすぎじゃ。

 

 「と、とにかく、そういうことだから・・・元気出してよ。晴柳院さんが落ち込む必要なんてないからさ」

 「ふゆぅ・・・さ、笹戸さんが信じてくれるんは、ありがたいんですけど・・・・・・や、やっぱりうちは、みなさんを支えてあげんといけんくて」

 「よし、できた」

 

 少しずつでも、晴柳院が自分の中の不安や悩みを吐露していくのは良いことじゃ。こういうタイプの人間は、内に感情を溜め込みすぎるからの。なんでもかんでも吐き出せば楽になる、これは人類の経験則じゃ。そして笹戸の力説と晴柳院が未だ納得し倦ねている間に、三葉虫の化石を形にすることができた。そっと置くと、ギリギリの均衡の上に立つ姿にえも言われぬ恍惚を覚えた。うむ、素晴らしい。

 

 「どうじゃお前たち、この三葉虫の美しい姿。わしが今まで発掘した中で一番の出来じゃ!」

 「え・・・そ、そうですねぇ・・・」

 「さてと、次は骨格標本じゃな。体の内側から手取り足取りわし色に染めて・・・ぐふふふふ、たまらんのぅ!」

 「明尾さん。今の晴柳院さんの話聞いてた?っていうか、相談乗ってあげるんじゃなかったの?」

 「何を言う笹戸。わしはちゃんと聞いておったぞ」

 

 無粋な奴じゃのう、人の話は最後まできちんと聞かんと恥をかくぞ。それにわしはちょこちょこ相槌は打っていたろう。ひとまずは、幾星霜を超えて現代に見えたこの三葉虫に讃美の言葉を与え、命朽ちてなお凜々しくそそり立つこの姿に感嘆のため息の一つでも零すのが、この星に生きた大先輩に対する礼儀というものじゃろう。

 

 「時に笹戸よ、お前は今まで、狙った魚は全て釣ってきたか?そしてそこに、常に満足はあったか?」

 「え?狙った魚は・・・そりゃ何度も釣ってれば、逃げられたことも、釣るチャンスすらなかったこともあるよ。引き揚げたら思ってたより小さかったこともあるし、ずっと満足かって言われたら違うけど」

 「うむ。わしも同じようなものじゃ。土の下に何があるかなど誰にも解らん。じゃからこそロマンがあるのじゃが、ロマンは夢と徒労の重なり合いじゃ。ひたすらに土を掘って何も出なかったこともある。間違って化石や土器を粉々にしてしまったこともある。新種かと思って磨いたら、単なるわしの知識不足じゃったこともある。わしとて己のしてきたこと全てに満足しているわけではない。同じ事を六浜や鳥木や・・・穂谷に尋ねても、同じように答えることじゃろう」

 「そ、そうですね・・・」

 「やること全てが上手くいく者などおらん。失敗も挫折も苦難もなく生きてきた者なんぞおらんじゃろうし、わしはそんな奴は信用できん。わしらとは根本的に違う人間じゃからな」

 「はあ」

 

 今ひとつ晴柳院は解せんような顔をしておった。例えが違ったかの?野暮ったいが、もう少し分かりやすく言ってやるしかないか。格好がつかんのう。

 

 「人ならば失敗は当然する。いちいち気にして引きずっていてはキリが無いということじゃ。転ぶのが怖くて歩けるか!失敗の理由が分かっているならば、寧ろそれを次に活かす手段を考えた方が良いぞ」

 「失敗の理由って・・・そ、そんなのどうしようもないやないですか。うちが晴柳院家の人間やから穂谷さんはうちを嫌ってて、それをどうにかなんてどうしたって無理やないですか・・・」

 「いいや、それは違うぞ!」

 「へ?」

 

 思った通り、晴柳院はもはや自分が晴柳院家の人間である前提で物事を考えてしまっている。名前の支配から抜けだそうと足掻けば足掻くほど、その名前が強く引き留める。穂谷が晴柳院という大きな家柄の力を嫌うように、晴柳院自身もその名前に飲み込まれておる。晴柳院の名前に囚われ、そのことを自覚しながらもどうにもできずにいる。自らの名に抗う牙を乳歯のうちに折ってしまうのが、こういったドデカい権力の怖ろしいところじゃのう。

 

 「よいか?名前は本質ではない。お前は晴柳院の名前が強い権力を持っていて、そのせいで自分が色眼鏡で見られてしまうことが分かっておる。そしてそれが嫌ならば、名前など気にせず生きていけばいいではないか」

 「気にせんと生きるいうても・・・そんなこと無理です。うちはどうしたってお爺様の孫ですし、しきたりがある以上は直系の血縁があるうちが名前を継いでくことになるんです。だから・・・うちは晴柳院の名前からは」

 「そうではない!だから言っておろうが、名前など他人がお前を識別する標しでしかないんじゃ。晴柳院の名前を持つからと言って、なぜ仕来りに従う義務がある。お前が生まれてきたのは家の系譜を引き継ぐためか?千年以上の時の流れに寄り沿う、ほんの一部の中継役になるためか?違うじゃろう。お前は生まれるべくして生まれてきたんじゃ、古今東西のあらゆる命がそうであり、そうであったように」

 

 しきたりだの、ならわしだの、慣例だの、わしに言わせればそのほとんどは凝り固まった古い考え方じゃ。わしは古いものは好きじゃが、古い考え方は改めるべきと思うておる。所変われば品変わり、時が変われば常識も変わる。況んや秋の空の如く刻々と移り変わる人心を、千年前の仕来りで丸め込めようか。晴柳院家は神にでもなったつもりか、厚かましい!

 

 「お前さんは晴柳院家の人間ではあるが、晴柳院家のやり方しかできんわけではあるまい。陰陽道を使えばわしらの心一つ掌握することなど容易いかも知れんが、それはお前の技術ではない。家柄の技術じゃ。仮にそんなもので穂谷を説得できたとしても、真にお前さんが穂谷を救うことになると思うか?」

 「そ、それは・・・」

 「お前さんの目的は、晴柳院として穂谷を説得することではないじゃろう?お前さんだからこそ、晴柳院家の誰でもない、お前さんが穂谷を説得することのはずじゃ。家柄の慣習を持ち出して説得すれば、それは穂谷とて良い気持ちはせんじゃろう。いらぬカウンセリングを受けさせられるようなものじゃからな」

 「た、確かにそれは苦痛だね」

 

 ただでさえ自信のない晴柳院は、既に功績のある家柄の力に頼りがちになってしまう。おどおどした態度では説得できるものもできんじゃろうし、その上に自分の言葉ではなく家系のやり方などされれば、そんなもの上手くいかなくて当然じゃ。自信をつけるために必要な『誰かからの信頼』は、笹戸が言ってくれた。じゃからわしは、自信を持った上で『自分で考える』ことを教えてやろう。

 

 「つまるところ、お前はお前のやりたいようにやればいい。家柄だの名前だのに囚われず、自由に、自分が一番真っ直ぐに相手とぶつかり合える方法で、説得すればいいんじゃ。分かったか?せい・・・いや、みことよ」

 「えっ・・・み、みことって」

 「ううむ、この流れで苗字で呼んでは説得力がなくなるからの。よいではないか!」

 「うん!僕もそっちで呼んだ方がいいと思う!みことさん!」

 「は、はいい!」

 

 今になって呼び方を変えるというのは、なんとなく気恥ずかしいものがあるが、わしが恥ずかしがっていてせい・・・みことが真剣になれるか!真剣と書いてマジと読むんじゃ!1000パーセントどころか2000パーセント、いや3000パーセントなんじゃ!!

 

 「うむ!あれこれと言葉を並べても、そう簡単に殻をぶち破ることはできんな!何よりも実践じゃ!体を動かし実感を得んことには始まらん!!」

 「え・・・?そ、それはどういう・・・」

 「今から穂谷のところへ行って、改めて説得するんじゃ!!みことのやり方でな!!」

 「えええええええええっ!!?い、今すぐですかあ!!?そ、そんな急に!!」

 「気持ちが冷めやらぬ内にいかねば後悔するぞ!思い立ったが吉秒!やらずに後悔するよりやって後悔!元気があれば何でもできる!タムラで金、タニで金、ママでも金じゃ!!」

 「ちょっと待って明尾さん色々と混ざりすぎ!!あとみことさん引きずっちゃダメだから!!」

 「だ、だれかたすけてええええ!!」

 

 なんじゃ、みことは思った以上に軽いのう。笹戸に言われるまで引きずっていることに気付かんかったわい。とにかく当たって砕けろじゃ!何度砕けようと、人の根幹の部分はそう簡単には崩れん!砕けて砕けて最後に残った部分が、本当にそいつを表すもの、そいつの本質じゃ!

 じゃからわしは言うぞ!若人よ!当たって砕けろ!!剥がれた欠片なんぞ放って何度でも立ち上がれ!!自分の本質を見つけるまで戦い続けるのじゃ!!わしも負けてはおれんな!!よォし!!あの夕陽に向かってダッシュじゃあああああああああああああああああああッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も一日が終わる。時間の流れは人の心などどこ吹く風とばかりに変わらず、冷酷かつ温和に刻まれていく。人類の最大の発明とも言える『時間』という概念は果たして我々にとって、責め苦なのか、癒やしなのか、それともここでは何の意味も持たないのだろうか。

 

 「・・・はあ」

 

 古部来が死んでしまい、『裏切り者』が現れたことで晴柳院も清水もより一層精神的に不安定になってしまった。あれ以来私たちは倉庫に行っていない。もうあそこで何を話そうと意味が無くなってしまった。私が今までしてきたことの一切が水泡に帰した。無力感などに打ち拉がれている場合ではないというのに、ため息は自然と出てくる。

 ふと時計をみた。そろそろ夕食の時間か。今日の当番は確か・・・穂谷だったな。ああして私たち全員に敵意を露わにした穂谷が、律儀に当番制を守るとは思えん。仕方の無い奴だ。

 

 「『裏切り者』か・・・」

 

 何のヒネりもない、それだけに予測が不可能で危険な動機。疑心はあらゆる不和の源だ。本当にいるかも分からない『裏切り者』に振り回されて乱されるなど馬鹿馬鹿しい、だが侮れん。ひとまずは小さな信頼から築き上げていくしかないか。私が穂谷に代わって美味いものでも振る舞ってやれば、多少はプラスに働くだろうか。そんなことをぼんやり考えながら冷蔵庫の中を漁っていたら、食堂のドアが開く音が聞こえてきた。鳥木か笹戸が手伝いに来たのだろうか。

 

 「あら。何をしてらっしゃるのですか」

 「んっ!?ほ、穂谷か!」

 「何か私に見られるとまずいことでもしていたのですか?」

 「いや・・・意外だな、お前のことだから食事当番は鳥木に任せて部屋か資料館にいるとばかり」

 「もう自分で作ったもの以外を口にできる状況ではありませんので。ああそれと、『裏切り者』の毒殺に利用されても困りますので、私は私自身の分しか作りませんので、あしからず」

 「当たらずしも遠からずではないか。相変わらず疑り深い奴だ、『裏切り者』が我々を殺そうとしているとも決まっていないだろう」

 「用心に越したことはないので」

 

 キッチンに現れたのは穂谷だった。意外な人物だったが、いつもと変わらない無表情な笑顔と素っ気ない態度で食材を選び出したその姿に、私はなぜか安堵していた。変に思い詰めたり挙動不審になっているよりはマシだが、ここまで普段と変わらないと不気味にすら思えてくる。そうした心の僅かな動きでさえ笑顔の仮面に隠してしまうのは、穂谷の“才能”の一部なのだろう。

 

 「お前が鳥木すら疑うとは、よほど徹底しているのだな」

 「彼なら食堂にいますが」

 「ん?」

 

 穂谷に言われて食堂を見てみると、確かに鳥木が律儀に直立不動で佇んでいた。私と目が合うと軽い会釈をして、近くの椅子に手のひらを向けて私を促した。出てきて座れ、ということか。ひとまず私は狭いキッチンを出た。

 

 「申し訳ございません、穂谷さんがご自分のお夕飯をお作りになると仰るので」

 「ああ、それは聞いた。なぜお前がいるのにやらせないのだ?疑っているなら連れてこないだろうし、信じているならやらせない理由が分からん」

 「念には念を、だそうです。因みに私は、ボディーガード代わりにと」

 「・・・本当に疑り深い奴だ」

 

 結局、一番心を許していると言える鳥木すら、信じているのか疑っているのか分からん状態ということか。ここまで人を振り回せるのも“才能”だとでも言うつもりなら、心底困った奴だ。

 

 「はあ・・・」

 「お疲れ様でございます、六浜さん。お夕飯は私が作りますので、お部屋で休まれていてはいかがですか?出来たら呼びに参ります」

 「いや結構だ。ありがとう。鳥木こそ、毎度毎度穂谷に付き合わされて疲れんのか?」

 「いえ、振り回されるのには慣れております。それに穂谷さんは慎重な性分でいらっしゃるだけで、皆様を攻撃する意図はございません。考えることの多い立場におられる方です、複雑な気持ちを抱くこともありましょう。少々不器用なところはあるかも知れませんが、真摯に接すれば決して」

 「鳥木君」

 「っ!」

 

 相変わらず鳥木は腰が低い。それに穂谷のフォローをしようといつもより言葉数が多くなって、なかなかの長広舌を披露し始めた。だがまだまだ続きそうな話を、穂谷の冷たい一言が唐突に断ち切った。ぴったりと止んだ鳥木の言葉は余韻も残さず、一瞬で静まり返る。穂谷の持つプレートにはごく簡単な夕食が並んでいた。

 

 「紳士は沈黙を語るものです」

 「し、失礼しました!」

 「キッチンが空きました。お先にいただきます」

 「穂谷さん。差し出がましいようですが、量も栄養バランスも適切ではないかと」

 「・・・」

 

 この短時間で拵えたものでは、大したものはできていないだろう。日頃から栄養や量、素材に特に気を遣っていた穂谷にしては、随分と等閑な夕食だ。鳥木の指摘にも耳を貸さず、穂谷は隅の席について一人で夕食を摂り始めた。

 それと同じようなタイミングで、食堂に明尾と笹戸と晴柳院、そして清水と曽根崎が入ってきた。望月を残して、勢揃いだ。

 

 「どぉこじゃああああああああああっ!!!穂谷ッ・・・いた!!穂谷!!」

 「あ、明尾さぁん!待って!ちょっと待ってくださいぃ!!」

 「おい穂谷!!やい穂谷!!ヘイ穂谷!!お前さんに用があったんじゃ!!みことが!!」

 「なになになにどうしたの?穂谷さんがなんかやった?やらかした?」

 

 入ってくるなり騒がしい。明尾は晴柳院と笹戸を引っ張って食事中の穂谷に詰め寄り、曽根崎はその騒動に意地汚い目で飛びつく。清水だけは黙って席についた。穂谷はほぼ密着状態の明尾から遠ざかるように仰け反って、目だけで威圧していた。明尾にそれが効くかは微妙なところだが。

 

 「む、なんじゃお前さんもう晩飯か!んん?パン一つにインスタントスープに塩を振ったキャベツの葉4枚・・・なんじゃこれは?繋ぎにしてもひどいもんじゃな」

 「ホントだね。『女王様』の食事とは程遠いや!」

 

 効いてなかった。曽根崎は敢えて無視しているのだろう。

 

 「貴女がいると余計に不味くなります。即刻この食堂から消えてください」

 「いやいや、そうもいかんのじゃ。お前さんにみことが用があっての。わしと笹戸は付き添いじゃ」

 「はい?」

 「ひえっ!ああうう・・・あ、あぁ・・・・・・あのぅ・・・」

 

 どうやら晴柳院が穂谷に話があるようだが、明尾のテンションについて行けていないのか、穂谷に怖じ気付いているのか、おそらく両方だろうが、とにかくとても話ができる状態ではない。

 

 「どうしたみことォ!大丈夫じゃ!わしと笹戸がついておるぞ!やりたいようにやり、言いたいことを言え!」

 「え、えぇっとぉ・・・そのぉ・・・」

 「お、落ち着け明尾。お前と晴柳院の温度差がひどいぞ。とにかく椅子に足を乗せるな」

 「む、なんじゃ六浜、それに鳥木。おお!曽根崎に清水に望月にモノクマ!お前さんらいつの間に!」

 「遅ェ」

 「どんだけ夢中だったの・・・」

 「ひどいよねえ。こんなにオーラ全開のボクを見逃すなんてさ、さては戦闘力5か!ゴミめ!」

 「えっ?」

 「はにゃ?」

 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!?」

 「うぎゃああああああああああああああああっ!!?」

 

 熱くなると周りが見えなくなるのもここまでひどいとはな。とにかく冷静にならんことにはまともな話し合いなどできん。と思ったら、いつの間にやらモノクマが現れていた。思わず叫び声をあげて清水は椅子から転げ落ち、なぜかモノクマまで悲鳴をあげた。

 

 「なっ!?き、貴様いつの間に!!」

 「なんだよテメェ!おどかすんじゃねェぞボケ!!」

 「あー、びっくりしたあ。おどかさないでよ清水くん。ボクの綿のハートはデリケートなんだから」

 「テメェがいきなり出てくっからだろ!」

 「何の御用でしょうか・・・?動機ならもう受け取りましたが?」

 「やだなあもう、ボクが出てくるとみんなやれ動機だやれ不幸の知らせだ・・・ボクは死神かなんかかっつうんだよ!」

 「似たようなものだよ!」

 

 胸を押さえて呼吸を荒げるマネからの泣いたフリからの怒ったポーズ、なんて感情の移り変わりの激しい奴なんだ。

 

 「人が殺せるノートも持ってなきゃ斬魄刀も持ってないボクを死神扱いですか、そうですか。せっかく良いニュースを持ってきたってのに」

 「十中八九良いニュースではなかろうが、なんだそれは」

 「あ、気になる?気になるよね〜?じゃあせっかく全員揃ってることだし、教えてあげましょう!」

 「全員?望月がいねえぞ」

 「私ならここにいるが」

 「これまたいつの間に・・・」

 

 モノクマの騒ぎに乗じてか、望月まで突然に現れていた。いるならいると言えばいいものを、黙っていては分からんだろうに。

 

 「オマエラの強い要望にお応えして、大浴場のゲーム機を大型アップデートいたしました!新たに7種類のゲームを追加!難易度の調整に加え、モノクマメダルなしでもプレイできるようになりました!」

 「なにぃ!?メダルいらずじゃと!?で、ではわしが今までつぎ込んだ分はどうなる!!」

 「知らねーよ勝手にやったんだろ!こんなことなら、普通にモノモノマシーンにでも入れとけばよかったのにねぇ・・・うぷぷ♫」

 「な、な、な、納得できるかああああああっ!!詫びメダルよこせ詫びメダルを!!」

 「うるさいなあもう!メダルはまた隠すから自力で見つけろってんだよ!」

 「それだけのことを言いに来たのか?我々にとってはどうでもいいことだな」

 「ん〜?本当にそれでいいのむつ浜さん?まだもう一つ、追加要素があるんだけどなあ?」

 

 モノクマの口から飛び出したのは何かと思えば、大浴場の隅に置いてあったレトロゲーム機のテコ入れについてだった。一度だけやってみたが、レトロゲームはもちろん見た目に反して現代的なゲームも搭載されていて度肝を抜かれたな。だがプログラムとアルゴリズムパターンが分かってからは実につまらないものだった。クリアこそできなかったものの、特にあれに対して明尾のように執着があるわけではない。それは私以外も同じのようで、一様に肩透かしだと言わんばかりの顔をしていた。

 だがモノクマはその様子を察してか、或いは見越してか、意味深に含み笑いをして私に言った。

 

 「追加要素とはなんだ?と聞かれたそうな顔だな。それと私は六浜だ。むつ浜ではない」

 「え〜?知りたいの?しょーがないなあむつ太くんは」

 「とうとう『六浜』が影も形もなくなっちゃった」

 「あのゲーム機をクリアした人に、ボクから特別なスペシャルプライズを差し上げちゃいまあす!限定先着一名のみ!二人目からはいかなる例外も認めないから、早い者勝ちだよ!」

 「ゲームをクリアじゃと!?あんな難しいゲームをか!?」

 「だから難易度調整したっつってんだろうが!うぷぷぷぷ♫なにが貰えるかはお楽しみだよ♫きっとオマエラの役に立つことは間違いないけどね!」

 「用が済んだなら早く立ち去りなさい」

 「ぐへぇっ!?辛辣ゥ!!穂谷さんの鋭い言葉の破片がボクの胸へと突き刺さるゥ!!Staaaaaaaaaaaaaaay with meeeeeeeeeeeee!!」

 

 “一緒にいろ”といいながらモノクマは消えてしまった。そんなことより、ゲーム機をクリアしたら景品を渡すか。良からぬ香りしかしないな。モノクマが言う役に立つは、間違いなく殺しの役に立つという意味だろう。特殊な凶器か、それとも他の何かか。いずれにせよ良い物ではないことは間違いなかろう。

 

 「いつも通り意味が分からない捨て台詞だったね」

 「そんなことより、こんな唐突に変更して補填もないとは・・・けしからん奴じゃ!わしはもうやる気をなくしたぞ!もう二度とやるかあんなゲーム!」

 「それやるやつな気がするんだけど」

 「下らねェ。あいつの思い通りになりたくなかったらやんなきゃいい話だろ」

 「で、ですよねぇ・・・」

 

 そう、ゲームをやらなければいい。たったそれだけのことなのに、その言葉にはどうも説得力がなかった。モノクマの言う『調整』のせいで、誰でも簡単にゲームをクリアして景品を手に入れやすくなったのだ。この中で誰かが景品を手に入れないとも限らない。抜け駆けをする、今の張り詰めた状況では、たったそれだけのことで疑いは強く、濃くなる。

 

 「私には関係のない話でしたね。ごちそうさまでした。私は部屋に戻ります。皆さん、おやすみなさい」

 「むっ!ま、待て穂谷!みことが用があると言っておろうが!」

 「なんですか。十秒で済ませなさい」

 「ふえええっ!?」

 

 モノクマの乱入で忘れていたが、晴柳院が穂谷に用があると言っていたな。本人は相当尻込みしているようだが、穂谷は容赦なく短すぎる制限時間を設けた。焦って余計にどもりがひどくなった晴柳院を前に、何の躊躇いもなくカウントダウンを始める。

 

 「10・・・9・・・8・・・」

 「え、えっとぉ・・・!あ、あの、えっと・・・!」

 「みことさん早くしないと!がんばって!」

 「7・・・6・・・5・・・」

 「しっかりせいみこと!お前ならできる!お前のやり方でなら通じるはずじゃ!!」

 「4・・・3・・・2・・・」

 「あっ、い、い・・・いいいッ!」

 「1・・・ゼ」

 

 「いっしょにおふろにはいってくださァい!!!」

 

 「・・・?」

 「はあ?」

 

 追い込まれすぎたのだろう。十秒を数え終わるギリギリで、晴柳院は悲鳴のような声をあげて、穂谷を誘った。穂谷はプレートを持ったまま、いつもの無表情を崩してきょとんとした顔をしていた。限界を突破したのか、晴柳院は魂が抜けたようにその場にへたり込んだ。

 

 「大浴場で!一緒にお風呂に入って!お話ししたりして、心を開いて・・・えと、その、皆さんのこと疑うのやめて・・・・・・と、友達になってください」

 「・・・」

 

 勢いでいつにない大声を出していたが、どんどん尻すぼみになって、最後はいつもより小さい蚊の鳴く声ほどになってしまった。穂谷はきょとんとした顔をみるみる元の無表情に戻して、上目遣いになり震える晴柳院に口を開いた。

 

 「言いたいことは終わりましたか?」

 「・・・うぅ」

 「では、もう二度と貴女と言葉を交わすことはありません」

 「えっ・・・!?ほ、穂谷・・・さん?」

 

 強く、断定的な口調だった。眉一つ動かさず穂谷はキッチンに入って洗い物をしてから、さっさと食堂から出て行ってしまった。晴柳院は穂谷を目で追うもその場から動けず、穂谷がいなくなってしばらく経ってから、膝から崩れ落ちた。

 

 「あうっ・・・うっ・・・・・・うううううううぅぅぅぅ・・・!」

 「み、みことさん・・・」

 「なになに?晴柳院サン急にどうしたの?」

 「俺が知るか」

 「みこと!よくやったぞ!お前はよく頑張った!お前は悪うない!悪うないぞ!」

 

 よほどショックだったのか、それとも大声を出した反動か。晴柳院は泣き崩れ、笹戸と明尾がすぐに駆け寄った。一体全体何がなんだか分からないが、おそらく晴柳院と穂谷の問題に明尾と笹戸が助言をして、改めて親交を図ろうとして失敗したのだろう。今の晴柳院に事情も知らない私が口を出しても逆効果でしかないだろう。明尾と笹戸に任せるしかない。

 

 「えっと・・・み、みんなごめん。僕らは一旦部屋に戻るよ。ご飯、先食べてていいから」

 「晴柳院命はなぜ大声で穂谷を入浴に勧誘したのだ?」

 「黙っとけ」

 「うっ」

 

 晴柳院を抱えた笹戸が言うと、望月は遠慮無く直球の質問をした。すかさず清水が小突いて黙らせた。奴が人に気を遣うなど、珍しいこともあるものだ。明尾と笹戸は申し訳なさそうな顔をしながら食堂から出て行き、残された私たちは何とも言えない空気のまま放置された。一体何が起きたのだ。

 

 「・・・で、では!お夕飯の支度をいたしますね!何かご希望はございますでしょうか!」

 「う〜ん、晴柳院サンもなかなか大胆だよね。みんなの前で穂谷サンをお風呂に誘うなんてさ。もしかして晴柳院サンってソッチ?有栖川サンから穂谷サンに乗り換え?いやあ、そうなると笹戸クンは」

 「曽根崎ッ!!」

 「ひえっ」

 「そうだな。寒くなってきたから、味噌汁を作ろう」

 

 ふざけた口をきく曽根崎を黙らせ、強引に鳥木が作りだした話を続けた。奴らの問題について我々があれこれ考えても仕方ないし、口を出す権利もない。今はとにかく、冷静になることだ。冷静になってきちんと話をすれば、余計な諍いもなくなる。そう、大丈夫だ。

 誰に言うともなく、私は胸の内で同じ言葉を繰り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り9人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命     明尾奈美

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】 鳥木平助  【滝山大王】【アンジェリーナ】




つい文字数が多くなってしまいました。どうなることやらですね。
まったくうちのキャラは全員思った通りに動いてくれないから困る
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