(非)日常編1
俺はなぜか、ボロい鉄パイプの椅子に座ってた。綿が固くてケツが痛えし、錆びたねじがきしきし音を立てて耳障りだ。心許ねえ背もたれに体重を預けるのが不安で、ろくにくつろげもしねえ。人を呼び出しておいてこんな扱いあるか。
ここはたぶん希望ヶ峰学園の廊下だ。たぶんってのは、俺自身なんでここにいるのか分からねえからだ。ただ誰かに呼び出されて仕方なく来たことだけははっきりと分かる。目の前には小窓に黒いカーテンがかけられたドアの教室がある。教室の名前は薄暗くてよく見えねえな。中から人の声が聞こえる気もするけど聞き取れねえ。
「いつまで待たせやがんだ・・・」
「静かに待ってろ」
誰に言うともなくつぶやいた言葉に返事が返ってきた。驚いて横を見ると、黒いスーツを着た男が俺を監視するようにぴったり横に立ってた。なんで今まで気付かなかったんだ。それにしてもこいつ、どっかで見たような気がする。もう少し顔をよく見れば思い出せそうな気がするんだが・・・。
「・・・」
俺がそいつの顔を確認するより前に、部屋のドアが開いて変な奴が出て来た。短髪でいかつい顔をした奴だった。なんで制服じゃなくて地味な和服なんだよと思ったが、それよりもそいつの人を馬鹿にしたような目つきが気に入らねえ。ムカついたからガン飛ばしてたら、そいつは俺を一瞥しただけで何も言わずに歩き去っていった。感じ悪い奴だな。
「お前の番だ。入っていいぞ」
和服の奴に気を取られてたら、またその男に声をかけられた。促されるまま教室の中に入っていく時に顔を見ようとしたが、すぐにドアを閉められて見損ねた。まあ、別にいいか。
いきなり人を呼び出しておいて薄ら寒い廊下に散々待たせたクソ野郎は、一体どんな面してやがるんだ。俺はそんな不満とその他諸々のむかつきを全部ぶつけてやろうと、思いっきりガンつけて振り返った。そいつは、小さな机を挟んで、俺をしっかりと見据えてた。
なんなんだ、また妙な夢だ。まるで面接でもしてるみてえだったが、希望ヶ峰学園にいたころにあんなことあったか?学園に入学するときに面接入試なんてした覚えねえし、出て来た奴らの顔も思い出せねえ。わけわかんねえ。まあ、夢に意味を求めても無駄か。それよりももっと重大な問題が、今の俺たちにはある。
「ちっ」
今日も無事に目覚めちまったことに、俺は舌打ちしてベッドから身体を起こした。いっそ狂っちまえばこんなにストレスだらけの毎日を過ごさなくてもよくなるんだろうか。眠ってるうちに殺されちまえば、余計な苦しみもなく解放されるんだろうか。
極限のストレスの中で思考は正常さを失い、ごちゃごちゃになったまま曖昧な答えを出し続ける。夢の中に居続ければマシだったものを、目覚めちまったせいで腹の虫は鳴る。食堂に行かざるを得ない。
「やあ、清水クン。おはよう」
「・・・おう」
廊下で曽根崎と望月に会った。こいつらも顔色はよくない。望月は元から不健康そうな面してたし、どうせあの話も響いちゃいねえんだろう。いつもより遅めの朝飯を食いに、そいつらも食堂に行くところだった。気が重い。
食堂の前でドアを開けようとしたら、中から騒がしい声が聞こえる。それからテーブルを蹴る音や椅子の倒れる音がしてくる。誰かが暴れてやがるのか?俺は不安半分、面倒くせえ半分でドアを開けた。
「・・・何やってんだよ」
「ッ!お、お前たち・・・!」
食堂にいたのは二人、穂谷と六浜だった。無様に力なく床にへたり込む穂谷と、それを心配そうな顔で見る六浜。だが、六浜の手に握られた包丁は鋭く光る。どっちも肩で息をしてるところを見るに、一悶着あったんだろう。
「そんな危ないもの持って何やってんの?」
「あっ・・・!ち、違う!これは穂谷を止めて・・・決して私はそんな・・・!」
「なんなんだよ・・・なんなんだよこの状況はッ!」
慌てて釈明しようとする六浜に、いつの間にか俺たちの後ろにいた笹戸が声を荒げて返した。一緒に来たらしい晴柳院は怯えた目で食堂を伺って、六浜の顔色はどんどん悪くなる。
「・・・穂谷を止めたのだ、これで自分を刺そうとしていた。そんなバカなこと、見過ごせないだろう!」
「ほ、穂谷さん・・・!」
「・・・」
「どこへ行くのだ笹戸」
「ごめん。僕、今日は朝ご飯いらない・・・」
六浜は危険がないことを示そうと、包丁を穂谷の手の届かないテーブルの上に置いた。それでも笹戸は訝しげな顔をして踵を返した。六浜が背中に声をかけても、ろくに振り返らずに言うだけだった。
「キミのこと、もっと考えなくちゃいけないから・・・」
笹戸はそのまま自分の部屋に帰っていった。それを追うこともできず、六浜は食堂で悔しげに唇を噛む。ひとまず飯を食おうと思っただけなのに、こんな気分になるんじゃたまったもんじゃねえな。その後、穂谷は音もなくふらふらとどっかに出て行っちまって、晴柳院がそれを追っかけた。結局食堂には、俺たちと六浜だけが残った。
「お前たちは・・・私を避けんのか?」
「避けたってしょうがねえだろ。どうせ逃げ場なんかねえし」
「『裏切り者』が即ち危険であるとは言えない。六浜童琉が私に危害を加えたことはないし、その可能性も無いに等しい。接触を避ける理由がない」
「六浜サンの頭脳は色々参考になるからね。今後のためにも、ハイリスクハイリターンってやつ?」
「望月以外はフォローになっていないな・・・いや、それでもありがたい。こんな時ではな」
飯を食う間も六浜はずっとしょぼくれてて、こっちまで気分が滅入る。こんな表情のままいられるくらいだったらお前も部屋帰って寝てろよ。どうせ今は何したって裏目に出るんだからよ。
ーーーーーー
鳥木が処刑された後、モノクマは嬉しそうに笑いながら『裏切り者』の正体を明かした。俺たちを疑心暗鬼に陥れた存在で、明尾が穂谷を殺そうとまで思った理由の正体で、たぶんこのコロシアイ生活の何か重要な事実を知っている、『裏切り者』。その正体が明らかになることは、俺たちにとって良かったのか悪かったのか。今となっては悪かったんじゃねえかとすら思える。
「『裏切り者』は・・・オマエだよ!うぷぷぷぷ!」
モノクマの爪は真っ直ぐに示す。俺たちの中に潜んだ『裏切り者』に向かって。その先に立たされた人物は、事態が飲み込めないと、らしくないほどの間抜け面を晒してた。指先から伸びた線を追った俺たちも、その正体に思考がまたリセットされた。なんで・・・なんでお前が『裏切り者』なんだ。
「なっ・・・なにを馬鹿なことを・・・!!」
そいつは一歩後ずさった。かかとが証言台にぶつかって音を立てる。追い詰められたように目を剥いてモノクマを見るが、自分に向く指はぴくりとも動かない。紛れもなく自分を指したものだと理解しているからこそ、六浜は動揺を隠せずにいた。俺たちだってわけわかんねえのに、本人もどういうことか分かってねえようだ。
「六浜さんが『裏切り者』、ってこと?」
「うぷぷぷぷ!そう!そうだよ!オマエラ“超高校級の問題児”たちを監視していた希望ヶ峰学園の差し金!『裏切り者』の正体は、六浜童琉さんその人だよ!!うぷぷぷぷ!!」
「ば、馬鹿なことを言うなッ!!!」
悪意たっぷりに笑うモノクマに、六浜は必死に叫んだ。モノクマが適当にウソを吐いてるんだと、でたらめなんだと言うように頭を振って睨み付ける。けど否定するならなんでそんなに動揺してるのか分からねえ。普段の六浜だったらこういう時、冷静に反論するはずじゃねえのか。
「わ、私が・・・『裏切り者』だと・・・!?ふざけるな!!私は・・・監視など、学園の差し金だなんて・・・!!」
「なにその顔?よかったじゃん。逆に言えば、この中で六浜さんだけは問題児じゃなかったってことだよ。それどころか学園から信頼されて、こんな大事な仕事を任されたんだから、優等生と言ってもいいよね!豚もおだてりゃチョモランマってとこかな?」
「わ、私は・・・私は・・・・・・!!」
「んじゃまあ言うことは言ったし、ボクは次の章の準備があるからお先に失礼!いつものようにエレベーターは一度しか動かさないから、ちゃんとみんな乗ってね!」
青ざめた顔で足取りも覚束ない六浜と、その様子を何も言えず眺める俺たち、投票からずっとうずくまったままの穂谷を残して、モノクマは裁判場から消えた。いつもいつも自分勝手な奴だ。エレベーターに乗れとは言ったが、今の俺たちにあんな狭い密室にずっといろってのか。こんな、何が何だか分からないけど、誰を信じていいのか分からなくなった俺たちに。
ーーーーーー
あれからほぼ一日経って、今日はこの有様だ。俺たちが六浜を疑うのは勝手にしても、なんで六浜が『裏切り者』だってことにも『裏切り者』じゃねえってことにも自信が持ててねえのか分からねえ。この三年間だけじゃなく『裏切り者』の記憶までモノクマに奪われたってことか?だとして、モノクマはなんのためにそんなことするんだ?
「『裏切り者』が私なのか・・・私には分からない。だが私は、『裏切り者』ではないということも自信を持って言えないのだ」
「どういうことなんだよ。要は学園から俺たちの監視を任されてるって話だろ?」
「・・・記憶が曖昧なのだ。はっきりと任された記憶はないが、言われてみればそのような気はする・・・不思議な気分だ」
「記憶に絶対の自信を持つはずの“超高校級の予言者”が、随分と気弱なのだな」
「我々の記憶に関して、モノクマはかなり手を加えているようだ。ここで過ごした三年の時間だけでなく、私の場合は希望ヶ峰学園にいた頃の記憶すら、曖昧に暈かされているようだ」
俺たちが希望ヶ峰学園からここに連れて来られて目覚めるまでの記憶の間に三年の時間が過ぎていると、モノクマは言った。到底信じられねえ話だが、実際にそれが原因で殺人は起きたし、あの大量の雑誌が本物らしいってことは六浜と曽根崎が認めてる。本当にモノクマが俺たちの記憶をいじる方法を持ってるなら、『裏切り者』って記憶も消すことくらいできるだろう。
「半ば夢物語のような話だが、全くの荒唐無稽話というわけでもない。むしろモノクマなら何をしても可笑しくはないのだから、あらゆる可能性を考慮すべきだ」
「記憶消すなんて常識外れの相手にどうしろっっつうんだよ」
「消されたことに気付くだけでも大きな一歩だ。そう簡単に返してくれるわけもないだろうが・・・奴は必ず消された我々の記憶を利用してくるだろう。気を付けておくべきだ」
「そうだね」
気付けば六浜はいつもの調子に戻ってた。俺らが落ち着いて話してたからか、落ち込んでる場合じゃねえと思ったのか。どっちにしろ俺たちはどうにかしてモノクマに対抗する手段を探すだけだ。もうこれ以上あんな下らねえ裁判なんかしたくねえからな。
「ところでお前たちは植物園には行ったか?」
「ん?植物園?」
「学級裁判を一つ経るごとに建物が一つ開放されることにはもう気付いているだろう。展望台奥の建物が唯一未開放だったから、早朝に行ってきたのだ」
「あの建物、植物園だったのか。なんでそんなのが合宿場にあるんだろ」
「念のため見てくるといい。できれば笹戸や穂谷も連れて行ってくれないか。私では連れ出せそうにないのでな・・・」
「承知した」
言われなくてもいずれモノクマに言われるだろうし、ムリヤリにでも全員に見せつけてくるだろうが、見るだけ見ておく。笹戸や穂谷は今すげえ面倒くせえから無視してやりゃいいのに、望月が勝手に承知しやがった。胃痛だ。
「おい、笹戸。開けろよ」
「・・・清水くん?なにか用?」
「新しく建物が開放されたから探索する。お前も来い」
笹戸の部屋のドアをノックして呼んだら、少しだけ開いた隙間から笹戸が覗いた。どんだけ警戒してんだよ。本当だったらこんな奴無視してもいいんだが、六浜に言われたし望月にも任されたし、後で口うるさく言われるよりはマシだ。
「六浜さんは一緒じゃないの?キミ一人?」
「六浜以外でだ。穂谷とチビは曽根崎たちが呼びに行ってる。さっさと出て来い、手間かけさせんな」
「うぇっ?わっ!わっ!」
ドアの隙間に足を突っ込んでこじ開けて、よろめいた笹戸の腕を掴んで引きずり出した。もたもたしてるとまたモノクマが余計なことしてくるはずだ。大したことはできねえが先手を打つに越したことはねえ。
「自分で歩けんだろ。テメエを引きずりながら山登りなんてごめんだからな」
「強引だなあ・・・なんかさ、清水くんって変わったよね」
「ん?」
肩を痛そうに回しながら、笹戸はそう言った。なんのことか分からなくてつい聞き返したが、別に興味もねえ。俺はなんにも変わってねえし変わるつもりもねえんだ。そもそも今更どう変わればいいってんだ。
「最初は他の人と仲良くするとか、部屋まで行って探索に誘うなんてことしなかったじゃん。自分で言うのもあれだけど、むしろ僕の方がしてたというか。いつの間にか立場が逆になっちゃったなって思って・・・」
「なんだそりゃ。事情があるんだ、しょうがねえだろ」
「その事情も曽根崎くんたちとの約束でしょ?ちゃんと守るなんて偉いよね」
「俺はガキか」
何をくだらねえことを言ってやがるんだ。約束を守るくらい小学生じゃあるまいしできるっつうの。俺は黙って親指で寄宿舎の出入り口を指して笹戸を促した。部屋から引きずり出されて観念した、というよりもう少し積極的な感じで、笹戸はそれに従った。
「最初に会った時は、なんとなく怖い人だなって思ってたんだ。気難しくて・・・あんまり人と話すのが好きじゃないのかなって。それにその・・・キミのあだ名も気になってたから」
「“無能”か。別に気ぃ遣う必要ねえぞ。事実なんだから言わせとけばいいだろ」
「キミは“無能”なんかじゃないよ!なんだかんだ皆に協力してくれるし、頭だっていいじゃないか。裁判中もがんばって推理してて・・・僕なんか、怖くてずっと真っ白になっちゃって、何にも考えられないのに」
「的外れな推理ばっかりな」
「キミは“超高校級の努力家”なんでしょ?努力の天才なんてすごいじゃないか。それって、どんなことにも努力してがんばれるってことだよ。羨ましいよ」
「そりゃ嫌みか?“才能”のねえ奴がいくら努力したって、テメエら“才能”にはぜってえ勝てねえ。凡人と天才は生まれた時から出来が違うんだよ」
「それは違うよ!好きなことを努力してこそ“才能”になるんだよ!“超高校級”なんて呼ばれる人たちは、みんな努力して“才能”を手に入れてきたんだよ。みんなが努力家なんだ。その中でもキミは“超高校級”ってことなんじゃないの?」
寄宿舎を出て展望台への山道を登ってく途中、笹戸はずっと俺にそんなことを話してた。なんなんだ急に、曽根崎みてえになりやがって気色悪い。何を言われようと俺はいまさら“超高校級”になんか戻らない。俺はもう努力なんかできない。
「あっ・・・なんかごめんね。一人で熱くなっちゃって。清水くん、そういう話イヤだったよね」
「そうだな。反吐が出る」
「でも、僕がさっき言った気持ちは本当だよ。別に今すぐじゃなくていいから、清水くんもいつか、もう一度・・・“超高校級の努力家”になれるはずだから。考えておいてくれないかな?」
展望台に着くあたりで、笹戸はそんなことを言った。そのまま無視してもよかったんだが、なんとなく癇に障って何か言い返したくなった。
「なんなんだお前、気持ち悪いな。そんなに喋る奴だったか?俺が“才能”の話すんの嫌いだって分かっててやってんなら、ケンカ売ってるってことか?」
「えっ、いや・・・そんなつもりじゃ」
「俺はぜってえにお前ら“超高校級”とは馴れ合わねえ。こんな状況だから力は貸してやるが、仲間になんかなるつもりはねえから勘違いすんじゃねえぞ。それと、俺の“才能”のことで知った風な口きくんじゃねえ」
「・・・ご、ごめん」
それだけ言い返してやると、笹戸は落ち込んだ様子で謝った。曽根崎よりあっさり引くだけマシか。なんとなく張り合いがねえ気がする。だからって気を遣うとかなんてあり得ねえが。
展望台はいつかの血痕もきれいに消え去って、モノクマが修理した柵はしっかり縁に並び、ツタの屋根は粗末な木のテーブルと椅子に影を落としてた。曽根崎とはここで待ち合わせの予定だから、あいつらはまだ穂谷とチビに手こずってるってことか。穂谷の様子がおかしかったから、見つけて連れ出すのに手間取ってんだろう。俺は椅子に座って待つことにした。笹戸は所在なさげにうろついてから、同じように木の椅子に腰掛けた。
「・・・」
俺も笹戸も何も話さない。当然だ。待ってる間は暇だが、こいつと話すことなんてない。どうやってここから脱出するか、どうやってモノクマを操ってる奴を引きずり出すか、どうやって記憶のこととか問題児のこととか分かってねえことを明らかにするか。それを考えるために費やした方がいい。
「あ、あのさ・・・・・・清水くんは・・・」
集中して考えようとした矢先に、笹戸が緊張した風な声で切り出した。聞こえないふりしてなんのリアクションもしなかったが、言い方が妙に気になる。俺は黙って考えるのをやめて、笹戸の次の言葉を待った。
「清水くんは、怖くないの?」
「は?」
思わず返事をしちまった。意味が分からん。笹戸は急に何を言い出すんだ。疑問しか頭に浮かばないまま投げた視線は、俯いて拳を握る笹戸をとらえた。なんだこいつ、やっぱ緊張してんのか。
「もう・・・みんな死んじゃったんだよ?ついこの間まで一緒にいたみんなが・・・どんどん殺されて、処刑されて・・・・・・そんなことを繰り返して、もう七人しか残ってないんだよ?」
「さ、笹戸?」
「みんなで脱出しようって約束したのに・・・殺人なんかしないって信じてたのに・・・・・・裏切られたんだよ?何度も・・・何度も何度も何度もッ!!」
「ッ!?」
急にデケえ声出しやがるもんだから、思わず身体が強ばった。下を向いたままそんな風につらつら言う笹戸は、少し震えてるのが分かった。マジでどうしたんだ。さっきまで好き放題呑気なこと喋ってたじゃねえか。
「だけど、ここまで生き残ってるみんなだから信じられるって、そう思ってた。『裏切り者』が誰であっても、今まで僕らと一緒に生活してきて、何もしなかったから大丈夫だって、覚悟したつもりだった。なのに・・・六浜さんが『裏切り者』だって聞いた時、僕はもう・・・何を信じていいのか分からなくなったんだ・・・」
六浜が『裏切り者』だって事実に狼狽えてんのは、当の六浜を含めて全員同じだ。けどなぜか笹戸は、特にそのことに驚いて受け入れ切れてねえらしい。というより、穂谷はそれどころじゃねえし晴柳院もそっちが気がかりっぽくて、俺と曽根崎と望月は自分なりに納得してっから、むしろ一番普通の反応なのかも知れん。
「僕、六浜さんのことすごく信じてたんだ・・・飯出くんの代わりにみんなをまとめようとして、古部来くんが殺されてもそこから立ち直れたから、すごい人なんだって思った。だけど『裏切り者』だって聞いたら・・・・・・今までのことはなんだったんだって、もう何も信じられなくなって・・・どうしたらいいのか・・・」
今にも泣き出しそうなくらいに張り詰めた声色で、笹戸はそんなことを言う。こいつにとって六浜はそれくらい絶対的に信じられるもんだったのか。『裏切り者』なんてのはモノクマが勝手に言ってる呼び方に過ぎねえが、それでも信じてた奴にそんな秘密があれば揺らぐのも仕方ねえか。
「だから・・・さっき僕、清水くんと話してて、ヘンなんだけど、なんかほっとしてさ」
「ん?」
「清水くんは信じていいんだって、なんかそんな風に思えたんだよね。裏表がない感じって言うかさ・・・きっと、人を騙すことなんてしなさそうだなって」
「・・・?」
「だからさ・・・頼りにしてもいいかな?僕のこと裏切らないって、約束してくれる?」
少しだけこっちを向いた笹戸の顔は、かなり思い詰めてた。なんのきっかけか知らねえが、こんだけ自分の気持ちぶちまけるような状態なんだ。よっぽどこの状況に参ってんだろう。けどだからってなんで俺が笹戸に頼られなきゃならねえんだ。つうか裏切らない約束ってなんだよ。
「お前馬鹿だろ?裏切る奴が裏切るから約束できませんなんて言うかよ」
「・・・うん、だからそう聞いたんだ。やっぱり清水くんなら、僕はもう一度信じられる」
「あ?」
なんか知らねえが一人で納得してやがる。結局その裏切らねえ約束はしなくていいのか。俺の返答の何がそんなに気に入ったのか全く分からねえが、笹戸はまだ顔色は悪いが落ち着いたみてえだ。勝手に動揺したり安心したり情緒不安定かよ。今まであんま注意してなかったが、やっぱこの合宿場にまともな奴はハナからいなかったらしい。
なぜか勝手に笹戸から頼られることになっちまって、なんとなく居心地の悪い待ち時間は長く感じた。展望台までの階段を望月と晴柳院が二人がかりで穂谷を歩かせて、それを後ろから曽根崎が不安げに支えてた。今朝のことだけが原因ってわけじゃねえだろうが、穂谷はふらふらとして足下が覚束ない。展望台から落ちて死んだ奴がいるってのに、あぶなっかしいな。
「ごめんね、連れてくるのに時間かかっちゃった」
「ほ、穂谷さん連れてきてよかったんでしょうか・・・。お部屋に帰すとか」
「手間は省くことができるが、おそらくお前たちが最も望まない結果となるはずだ」
そんなことを言いながら、ほとんど引きずったまま穂谷を展望台の奥の植物園まで連れて行った。リハビリツアーじゃねえぞコラ、テメエで歩け。だんまり決め込みやがって。
展望台奥の小道は、ガラス張りのどデカイ建物まで続いてた。山の中に突然こんなものがありゃどうやったって目立つだろうに、今まで特に気にならなかったのが不思議なくらいデケエ。建物は馬鹿デケエのに、入り口は人一人分の幅しかねえ簡素なアルミとガラスのドアだ。取っ手を捻って開けると、中の様子がよく分かる。
「なんだこりゃ・・・ジャングルかよ」
入ってすぐ目に飛び込んで来たのは、鬱蒼と茂った原生林のような森だった。シダか何か分からねえ汚ねえ植物が膝上まで繁殖して、長く伸びた木はツタが絡まってんのかツタの集合体なのか判別つかねえ。しかも幹もツタも足元もコケだらけだ。それでもコケの隙間から覗く人工の道が奥まで続いてることは分かる。アーチに絡んだ植物から変な蔓が垂れて気持ち悪い。妙な感じだ。ここが建物の中だってことも、密林の中にちゃんと道があるのも。
「飯出クンが喜びそうな場所だね」
「もしかしてずっとこんなか?虫除けスプレーなんかねえぞ」
「しーーーんぱーーーいないさーーー!!」
「うわあっ!?そんなとこから!?」
まともな植物園じゃねえだろうと思ってたが、まさかジャングルがあるとは思わなかった。つくづくなんでもありだなと考えてたら、草むらの中から野生のモノクマが飛び出してきた。いつか来ると思ってた。
「オマエラ!おはようございます!今日もすこぶる良い陽気で、絶好の探索日和だね!屋内だけど!」
「心配ないということは、ここに害虫は生息していないのか?」
「完全スルーーーッ!!落ち込んじゃうよ、落ち込んでもいいの?あーあ、落ち込んだ。このまま地の底まで沈み込んで地球と核融合する勢いだよ」
身体中に付いた葉っぱを払いながら、モノクマはぶつぶつとわけわからんことを言う。用があるから出てきたんだろうが。さっさと用だけ伝えてすぐ消えろ。目障りな奴だ。
「オマエラが虫に刺されて死んだり、病気になって勝手に死んだりしたら面白くないでしょ。だから変な病気持った虫も毒持った虫も放ってないよ。特に害のない奴はわんさかいるけどね。GとかGとかGとか!!」
「ひゃあああっ!!キモいいいいっ!!」
「あと、この植物園はジャングルばっかりじゃないからね。生徒手帳も更新しといたからちゃんと見てね」
「ゴキブリ捨てろ。気持ち悪い」
「ここでモノクマ豆知識。ねえ知ってる?ここの虫や植物はボクが育てたものだから、規則にある自然環境には当たりません。だからここの動植物に対する行動に規制はしないけど、あんまりひどいことはしないでね。ボクにだって自然を愛する気持ちがあるのです」
「人工物が何言ってんだ」
「痛いとこ突かれたぐえーーーっ!!ひっじょーーにキビシーーーッ!!!」
そう言うとモノクマは通路の奥に消えてった。言いたいことだけ言って帰ってったが、つまりこの植物園に刺されてまずいような奴とかはいねえんだな。自然破壊も認められてるらしいが、あいつが言う場合そりゃつまりここにある植物を使ってコロシアイしろって意味だろ。害のある虫はいねえが、害のある植物がないとは言ってねえからな。
「この植物園、見かけより広いみたいだね。バラバラに探索して報告しあった方が効率良さそうだ」
「穂谷さんがいてるんで、三人一組にしてください。できれば、曽根崎さんが手伝うてくれたら助かるんですけど・・・」
「僕と清水くんってそんな不甲斐ない・・・?」
「まとめんな」
「そ、そういうわけやなくて!あの、一番身体が大きいから・・・」
「的を得ている」
お前が人の身長イジんじゃねえチビ、と言おうと思ったが今の面子の平均身長を考えたら何も言えなくなった。確かにこの中じゃ曽根崎が一番背は高えし、何より俺は穂谷なんか介護しながら探索したくなかったから別にいい。
地図によると、植物園は中央の大花壇の回りを通路が一周して、出入り口は俺らが通ってきた南側と、あのクソボロい倉庫の横にある山道に出る西側があるらしい。そういうわけで、俺と笹戸と望月は西回りに、曽根崎と晴柳院と穂谷は東回りに植物園を探索することにした。
ジャングルの中を抜けると道が左右に分かれてた。左に進むと西側出入り口に、右に進むと栽培室の方に向かうわけだ。左に進むと熱帯植物だらけのジャングルは消えて、代わりに足下が藪だらけの竹林やなぜか六本だけまとまって植わってる松、それに季節外れの桜や梅なんかの和風な植物が目立ってきた。西側出入り口に着く頃には、すっかり辺りは和風の空間になってた。どっかの屋敷の庭みてえだ。
「熱帯植物と温帯植物が同じ場所に生育しているとは、相変わらず常識が通用しないのだな」
「この出入り口は倉庫の方の山道に繋がってるんだね」
竹藪の隙間からジャングルが見えるってのは、今後一生見ることのねえ光景だろう。それにしてもかなり広い植物園だってのに、ジャングルと和風庭園でほぼ半分使っちまってる。おまけに、園のど真ん中には妙な色の花がでかでかと咲いてる。触れたら負けな気がして見ないようにしてたが、園のどこにいてもちらつくその存在感はハンパねえ。どうせモノクマが育てたろくでもねえ花なんだろ。
「なんだか風情のあるところだけど、やっぱり植物しかないや」
「なんかの手掛かりどころか興味もねえな。あってもなくても一緒だろ、こんなくだらねえ植物園」
「この合宿場内で最後に開放された施設だ。モノクマに何らかの思惑があったと考えられる」
「あ?なんでだよ」
「・・・さあ」
「なんだそりゃ」
適当なこと言うなアホ。一番最後に開放したからどうこうって、そもそも俺らが学級裁判を生き残ってなきゃ開放もクソもねえんだ。そんな不確実な理由でモノクマがわざわざ開放する建物を選ぶような面倒なマネするか?
「望月さんは、何か脱出の手掛かりとか、情報見つけた?」
「直接繋がるような情報は見られなかった。だがこの植物園内の環境は実に不可解だ。生態系の概念を挑発しているようだ。更に中央にあるあの摩訶不思議な花・・・モノクマが開発したものだとすれば、いくつかの情報は得ることができたと言える。植物に精通している、という程度のことだがな」
「マジでどうでもいいな」
「ただの植物好きの人がこんなことするとは思えないけど・・・それはそうかもね」
モノクマの中の奴は植物に詳しいってのが植物園を探索して得た情報かよ。そんなクソどうでもいいことのために俺はこんな面倒なことをしてんのか。馬鹿げてやがる。もっと有益そうなこと見つけろよ。
「もう少し奥も探索してみようよ。そしたら何か分かるかも!」
ともあれまだ植物園の全部を見たわけじゃねえ。望み薄だが、隅々まで探索してみねえことには諦めるに諦めきれねえか。西側出入り口から伸びる道を、北側に向かって歩いてみる。
山の中からジャングルにワープしたと思ったら、今度はそのジャングルの中にヘンな部屋が現れた。部屋というより小屋かな?建物の中だから一応部屋って言い方が正しいんだと思うけど、植物園の天井が高いから屋根まで付いてて小屋っていう見た目してるから・・・ま、どっちでもいっか。それよりも、ドアにでっかく貼られたシールに書かれてる『毒』の字の方が強烈に気になる。
「な、なんでしょうこの小屋・・・?」
「いかにもって見た目だね。窓もないしヘンな感じだなあ」
大きさは十畳くらい、それなりに広いけど小屋にしては小さいね。ちょっと自立歩行ができない穂谷サンを晴柳院サンに預けて、ボクがその小屋の扉を開けてみた。窓がないから中は蛍光灯の明かりで満たされてて、中には背の高いラックがびっしり並んでた。ラックには透明なケースに入った植物が並べられてて、大きい物は下段に、小さい物は上段に、って風に並べられてた。毒々しいキノコにヘンな苔にケバい花になんの変哲もない雑草みたいな植物と、色んなものがケースの中で栽培されてた。
「ん〜?ほうほう、これはドクツルタケ。こっちはトリカブト。うわっ、芽だらけのジャガイモだ。気持ち悪いなあ」
「こ、これって・・・もしかして全部・・・?」
「有毒植物だね。それも生半可なものじゃない、致死性の高い強力な毒ばっかりだ」
「はわわわ・・・こ、こんな所いたないですぅ!はよ行きましょうよぉ!」
赤とか黄色とかの見るからに危険な植物とか、見た目には特に可笑しなところのない植物とか、どれもこれも猛毒があるって一点だけの共通点でここで栽培されてるんだ。モノクマらしいや。この植物園にあるものは自然には当たらないってわざわざ言うくらいだし、ここの毒も使っていいってことだよね。医務室にあった毒が化学物質中心だったから、こっちは自然界の毒物ってわけだ。
「この小屋自体には鍵がないし、ちょっと厄介だね」
「や、厄介って・・・?」
「誰でも使えて、かつ悪用されても気付きにくいってことだよ。部屋の中の写真でも撮っといた方がいいかな」
「はあうぅ・・・・・・そ、曽根崎さん・・・なんでそんなこと言うんですか・・・」
「何が起きてもおかしくない状況なんだから、危険なことはできるだけ想定しておいた方がいい。晴柳院サンみたいに、無条件にみんなを信じられた方がむしろ幸せなのかも知れないけどね」
「ううぅ・・・」
ボクは自分で自分の考えは冷静だと思うけど、晴柳院サンはあんまりいい顔をしてない。毒が悪用される危険なんて考えるのもイヤだけど、そんなこと言ってる場合じゃないからね。今になってもまだ素直に皆を信じられる晴柳院サンの方が異質なんじゃないかな。
「うふ・・・ふふふ・・・うふふふふふ」
「?」
そんな話をしてたら、すごくか弱くてちょっと怖い笑い声が聞こえてきた。誰のものかはすぐ分かったけど、なんで笑ってるのかは分からない。
「ほ・・・穂谷さん・・・?」
「貴女は本当にお馬鹿さんですね、晴柳院さん。もう遅いんです。貴女のお友達がきっかけを作ったばかりに、憎しみと恐怖は連鎖して増幅し、もう誰にも止められない・・・すべてが絶望の底に沈むのです。大いなる絶望はもうすぐそこに迫っているんですよッ!あはッ、あははははははははッ!!」
「え?え?穂谷さん・・・?どうしはったんですか?」
「次は何方が殺されるのでしょうか!何方が何方を!いつどうやって!同じことです!私たちはもう絶望という迷宮を彷徨い続けるしかないのです!願わくば今すぐにこの地獄から救い出してほしいものです!見ているのでしょう!モノクマ!」
「完全にぶっ壊れちゃったみたいだね・・・なんて置き土産だよ、ホントに」
ぶつぶつ呟き、けらけら笑い、心の底から呪いのような絶望の言葉を撒き散らす。今まで一切崩れることのなかった鉄の微笑みは跡形もなく、人間らしい絶望の表情をしてる。狂ったというよりは、これが穂谷サンの素の部分なんだろう。必死に押し殺してた悲しみや恐怖が一気に放出された状態、いわば感情のオーバーヒートだ。しばらく放っとけばマシにはなるかな。
「常に誰かを見張りに付けとく必要がありそうだね。後でみんなにも報告しておかなくちゃ」
「ううぅ・・・こ、こんなの、あんまりですぅ・・・」
「うふふふ・・・!」
やっと人間らしくなったと思ったら、絶望だなんだって物騒なことばっかり。これならお伽話の悪い女王様の方がまだ扱いやすいよ。晴柳院サンには荷が重いだろうから、ボクが運ぶのを代わってあげて小屋から続く道を進んだ。
ジャングルの植物が覆い被さってる小屋の反対側は、なぜかヤシの木が生えてすぐ隣にある水生植物コーナーとの仕切りになってた。二段構造で、奥にある上段は蓮、手前の下段はマングローブとワカメ的な海藻が生えてる。ついでに蓮の近くには柳も生えてる。うん、もう分かんないや。ここは特に触れることもなさそうだし、どんどん先に進んじゃっていいよね。
なんだか道の先に悪趣味な生垣が見えるけど、そろそろ植物園を半周するくらいじゃないかな。
西側出入り口から北側の道は、園の中央にある妙な花が咲く花壇沿いに延びてた。ずっと気になってたが、この花壇やけにデカくて花の種類も多い。百花繚乱とばかりに咲き誇る花々は、花壇沿いの道の先を死角にして、まるで行く手を阻んでるようだ。
少し歩くと、左手に妙な生垣が見えた。洋風の庭園にあるキレイに刈ってある生垣なんだが、その上に乗ってる丸い枝葉の塊はどう見ても、あのクソ野郎だ。
「モノクマの生垣だな。いや、生垣のモノクマか?」
「どっちでもいいけどすごい精巧だね」
「趣味悪いな。で、こりゃなんだ」
自分を草で作るなんざ、随分と手が込んでんな。そう言えばここの植物には何してもいいんだよな。ストレス発散用のサンドバックにはなるかもな。
そんなことはどうでもよくて、その生垣で土と仕切られた建物の方が気になる。高さはなかなかあって、えらく幅がある。扉代わりのデカいシャッターが二枚必要なほどだ。
「あっ、清水クンたちだ。おーい」
「曽根崎弥一郎たちが合流したぞ。穂谷円加は未だ復活していないようだ」
「どうでもいい。んなことより、このシャッターどうやって開けんだ?」
「こっちにスイッチがあるよ。開けるね」
道の向こうから穂谷を抱えて曽根崎と晴柳院が歩いてくる。向こうもほぼ同じ時間で半周してきたってことは、ろくな手がかりは得られなかったってことだな。
笹戸が生垣の近くにあるスイッチを押すと、がらがらと耳障りな音を立ててシャッターがゆっくり上がっていった。手前半分だけ開いたところを見るに、建物の反対側に同じようなもんがあるんだろ。
「いやー、猛毒植物の栽培室以外は大したものはなかったね。ここに来てモノクマが脱出の手がかり見せてきたらそれはそれで怪しいけど、やっぱちょっと期待しちゃうよね」
「こちらも特別な発見はなかった。西側出入り口は確かに倉庫付近の山道に繋がっていた、ということ程度だ」
「さらっとえげつないものが聞こえたんだけど!?」
猛毒植物の栽培室か。モノクマのことだからそれくらいあっておかしかねえと思ったがやっぱりな。それは後で話を聞くとして、今はこの建物だ。開いたシャッターから中に入ってみたが、暗くてよく見えねえ。園の明かりで微かに壁際にスイッチみたいなもんが見えるから、適当に押してみた。
次の瞬間、俺たちは思わず耳を塞いだ。
「うっ・・・!?」
「わああっ!?な、なにこれ!?」
「ひいいいいっ!?」
「うるさいクマーーーッ!」
突然、身体の芯から震えるような振動を感じた。耳から入ってくる騒音で頭の中で特大スーパーボールが跳ね回るような感覚を覚えて、どこからともなく現れたモノクマがスイッチを切るまで身動きが取れなかった。モノクマがスイッチを切ると嘘みたいに騒音はぴたりと止んだが、耳に付いた甲高い残響が痛え。
「音でか過ぎなんだよ!びっくりしただろ!騒音被害で訴えるぞくぬやろー!」
「あぁ・・・?なんだよ」
「なんだってなんだ!いきなり大音量で音楽かける奴があるかって言いに来たんだよ!」
「知らねえよ、勝手にかかったんだろ」
「違うよ!これは音響操作盤!明かりはこっち!リピートアフターミー!」
「なんで繰り返さなきゃなんねえんだよ」
どうやらモノクマはだいぶ怒ってるらしい。うるせえはこっちのセリフだっつうの。照明盤と音響操作盤並べたら間違えるに決まってんだろ。分かりやすくしとけ。
「あー、びっくりした。なに今の?」
「モーツァルトの29番ですか?あまりにひどくてとても同じものとは思えません」
「あれ!?穂谷さんもう平気なの!?」
「うぷぷ!これはボクがモーツァルトの影響を受けて作曲したんだよ!植物はクラシックを聴かせるとよく育つっていうでしょ?」
「盗作にしてもお粗末です。音楽の冒涜もここまで来ると・・・うふふふ、笑えてきます」
「うぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ・・・」
「うふふふふふふふふふふふふふふ・・・」
「穂谷円加は元の調子を取り戻したようだな」
「どこが!?」
毒舌たっぷりの穂谷節は戻ってきたようだが、なんか様子がおかしい。音楽のことになると毅然とする奴だったが、今は冒涜とか言いながらモノクマと笑いあってやがる。気持ち悪いな。
「ちなみに今みたいに手動でかけることもできるけど、安定した生長のため五時間ごとに自動でかかるようになってるから、音量には気を付けてね!」
「んなことどうでもいいんだよ。で、ここはなんなんだ?」
「ここは園芸倉庫だよ。あそこに並んでるのは芝刈り機と散水車、乗ってもいいけど安全は保障できませーん!」
「園芸倉庫ねえ」
園芸倉庫内をぐるりと見渡してみると、モノクマの言うように壁に沿ってデカいホースの付いた車と小さい芝刈り機が何台か並んでた。金属製の棚にはじょうろやバケツだけじゃなく、くわやのこぎりや枝切り鋏なんかもある。それに音響操作盤と照明スイッチがシャッターの横にあって、暗いとどっちがどっちか分からねえ。
「向こう側も似たような空間だ」
「こっちは道具用、隣は肥料や薬品用だよ!整理がめんどくさいから使う時は戻す場所を間違えないでね!」
望月が隣のシャッターを開けて中の様子を伝えてきた。なるほど、向かって左側にしまってあったのとは違って、肥料や土の入った袋、殺虫剤や除草剤なんかの農薬的なもん、それに砂利やレンガや鉢もある。こっちはそういう細々したもんがしまってあんのか。別にこんな時にガーデニングしようなんて呑気な奴はいねえだろうから、まったく無意味だろうが。
「これで植物園はだいたい探索し終わったね」
「やはり脱出の手がかりは無しか。想定通りと言えば想定通りだ」
「で、テメエはいつまでいるんだ」
「クマ〜・・・一応オマエラに言っておかなきゃと思ってさ。気になってるでしょ?あれ」
ため息ばかりの報告を終えて、締めにまた一つ深いため息を吐いてから、ずっと帰らねえモノクマを睨んだ。するとモノクマは、にやにやしながら園の中央にある奇妙な花を指差した。やっぱ触れるのな。
「気にはなってたけど、どうせいいものじゃないんでしょ?」
「何をおっしゃるウサギさん!あれこそこのボクが日々研究を重ね、たゆまぬ努力と苦心の末に完成させた、世界にひとつだけの花なんだよ!その名も、モノクマフラワー改二!!」
「元を知りませんからなんとも・・・」
「もともと特別なオンリーワンだったモノクマフラワーを近代化するような改修をしたのです。改修の甲斐あって、こんなに大きくなりました!」
「何言ってるか分かんないよ」
「ああ、安心してね。食人植物なんて危ないものじゃないから。こいつは世にも珍しい草食系植物なのです!光合成もしないのです!」
「もはや植物かなそれ!?」
高い植物園の天井にまで届きそうなほどデカいモノクマフラワーは、どうやら目障りなだけで特に害はないらしい。しかしモノクマみてえな白と黒のツートンカラーじゃ、確かに光合成なんかできやしねえよな。
「人を食べたりはしないけど、モノクマフラワーの食事の時には気をつけてね」
「それはどういう意味だ?」
「うぷぷぷ!それはその時までのお楽しみ〜〜!!」
なにやら意味深なことをわざと俺らが気付くように言ってから、モノクマはすたこら去って行った。何が世界に一つだけの花だ。妙な薬でも使って作ったんだろどうせ、でなきゃこんなデタラメな植物ができるわけがねえ。食事の時は気を付けろなんて言ってたが、いつどうやって食事をするのか分からねえんじゃどうしようもねえ。
ひとまず、さっき曽根崎が言ってた猛毒の栽培室でも見に行くか。
『コロシアイ合宿生活』
生き残り人数:残り7人
清水翔 六浜童琉 晴柳院命 【明尾奈美】
望月藍 【石川彼方】 曽根崎弥一郎 笹戸優真
【有栖川薔薇】 穂谷円加 【飯出条治】 【古部来竜馬】
【屋良井照矢】【鳥木平助】 【滝山大王】【アンジェリーナ】
明けましておめでとうございました。さすがにもうございますとは言えませんね。