ダンガンロンパQQ   作:じゃん@論破

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(非)日常編5

 なんと異様な光景でしょうか。これを異様と言い表さないのであれば、その感性こそが異様と言わざるを得ません。それほどに異様ではありませんか。

 私の指先は冷たい水に潤い、末端から伝わる振動と感触は心地良い。音色につられて湧き上がる歌声は澄みきって、奏でられ紡がれた音は粗末な壁に反響し、私の耳に戻ってきます。まるでオルゴールの中にいるようです。美しい音色に彩られたその世界の中で、彼らは全員、無彩色の表情で私に眼を奪われていました。この私の演奏と歌声に、なんの感動も称賛も心酔もないと?

 

 「穂谷よ、なにをしているのだ?」

 「“あれは陰謀だ!毒蛇の頭上に輝く王冠は、偽りと欲望に穢れている!”」

 「意味不明極まれり、だな」

 「“国を望むこの椅子も、王妃共々奪い去られ、身も心も穢れたまま、奈落の底へと叩き込まれたのだ!なんという裏切りであろうか!なんという、なんという愚かな!”」

 「なにをしているのだ!」

 

 声を荒げてどうされたのやら。私はただ、ランチの後にすぐ演奏できるようにここに楽器を移し、具合を確かめていただけですのに。

 

 「あら、分かりませんか?皆さんの教養のなさは重々承知のつもりでしたが、シェイクスピアもご存知ないとは」

 「(シェイク・・・甘ったるそうだな)」

 「悲劇も良いものですね、人間というものの醜い部分が絶望的な色味を帯びて表現されています。今の私は、さながら父の復讐に燃えるハムレットといったところでしょうか」

 「ハムレットねえ・・・で、なんで食堂で一人ハムレットしてるわけ?」

 「どちらで何をしていようと私の勝手では?貴方がたにとやかく言われる筋合いはありませんわ」

 「食堂でそんなに場所をとってやられると、はっきり言って迷惑だ。そういうのは資料館でやってくれないか」

 「うふふ、それは無理な相談です」

 「なぜだ」

 「まだお昼を頂いてませんので」

 

 くすりと笑うと、皆さん間の抜けたお顔のまま固まってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鳥木クンが処刑されてから、穂谷サンは変わっちゃった。仕方ないとは思うけどね。穂谷サンにとっては似通った境遇で育った唯一心を許せる相手で、両想いだったみたいだし、そんな人が自分のために殺し殺されて・・・さすがにキツいよ。

 

 「さあ皆さん!絶望に乾杯しましょう!しかしそれは希望です!絶望という名の希望、希望の皮を被った絶望、どちらがどちらでも同じですか?いいえ、それらは等しいものです!」

 「単純にうるせえよ」

 「味噌汁で乾杯ってどうなの」

 「穂谷さん・・・お労しいです」

 「同情は逆効果だろうな。今は、触らぬ神に祟りなし、だ」

 「すっかり絶望に染まっちゃって・・・『女王様』のあだ名は見る影もないね」

 

 みんな言いたい放題だなあ。ま、かくいうボクも言いたいことはあるけどね。穂谷サンのトチ狂いっぷりはボクたちにとって、大きな障害ではあるけど、越えなきゃいけないハードルじゃない。むしろ穂谷サン自身が克服すべき問題なんだよね。

 

 「しかし笹戸君、これは一体どういうつもりです。この私に下賤の料理を口にさせるつもりですか?」

 「下賤って・・・もしかしてコイ食べたことないの?美味しいよ」

 「鱗もとっていない泥魚を味噌汁に投入しただけ!こんなものを私が食べるとお思いですか!」

 「さっき乾杯してただろ」

 「支離滅裂だな」

 

 あんなんで克服できるのかなあ。

 

 「ところで、晴柳院命と穂谷円加は記憶を取り戻したのか?」

 「い、いえ・・・うちはなんにも」

 「記憶ですか?そうですねえ・・・はい、興味がありませんね」

 「戻ってないのは曽根崎くんもじゃないの?」

 「んぇっ?」

 「ん?あぁ、そうだ。そうだったな」

 「あー、ボクもさっぱりだよ。もしかしたらパスワードってのはあのファイル以外にあるのかもね」

 

 笹戸クンに言われるまで忘れてた。ボクもまだ記憶を取り戻してない、ってことになってるんだった。望月サンに追及されてつい答えちゃったけど、まだ他の人には言ってないみたいだね。まったくもう、ややこしいことさせるよなあ。

 

 「じゃ、ごちそうさま」

 「え・・・笹戸さん?どこ行かはるんですか?」

 「部屋だよ。僕は僕のしたいことをする、決めたんだ」

 「そんな・・・」

 「うおぁっ!?何してんだお前!?」

 

 急に席を立った笹戸クンを晴柳院サンが引き止める。どっちも悲しげな目で見つめ合うけど、素直におしゃべりどころか一言も交わせないみたいだ。そして清水クンがいきなり驚きの声をあげたかと思うと、穂谷サンがテーブルにトマトジュースをぶちまけてた。手をそのジュースで濡らしては舐めて濡らしては舐めて・・・ホントに何してんの?

 

 「あはははっ!これは宣告です!私はいずれこの手を汚します!このように!その時は皆さん、どうか私に全てを捧げることをお忘れなく。このようにね・・・。うふ、うふふふ」

 「飛び散るだろうが!やめろ!」

 「発狂というより、ストレス性の障害を負ったか」

 「冷静でいられるなら、どうか分析するだけでなく解決策を教えてくれ・・・」

 「私は医者ではない」

 

 うーん、カオス。意思統一が実現できてないとか、個性が強いとか、そういうレベルの問題ですらない。まさに混沌だ。ここまでまとまりがないものかね。ボクが人のこと言えたもんでもないけどさ。

 

 「・・・離してよ、晴柳院さん」

 「うう・・・ご、ごめんなさい・・・」

 

 冷たく言う笹戸クンに、晴柳院サンは従わざるをえなかったみたいだ。しょぼくれた晴柳院サンを見てるとこっちまで滅入る。子供をいじめてるみたいで後味が悪いよ。

 

 「もう、あかんのでしょうか。みなさんがバラバラになって・・・もう元には戻らないんでしょうか・・・」

 「そんなことは」

 「根拠がない予言はしないでよね」

 「・・・っ!」

 

 そんなことはない、って言うのは簡単だ。でもそんな気休め言ったところで状況は変わらない。気休めならまだいい。ヘンに慰めて、安心して、油断して、状況が悪化しつつある今に見て見ぬフリをしてしまうことの方がよっぽどいけない。六浜サンは決まり悪そうに黙って、もう喋らない。

 

 「も、もう・・・うちらに希望はないんでしょうか・・・?」

 

 重たいなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この合宿場から脱出する手段は、大きく分けて二つ。一つはモノクマの言うルールに従って、誰かをぶっ殺して学級裁判を乗り切る。けどそんなことできるわけねえ。もう一つはモノクマを、その裏で糸を引いてる、要は黒幕をぶっ殺してここを出る。まあゲームのボスじゃあるまいし死んだら仕掛け扉が開くみてえなことはねえだろうし、そもそも俺らで黒幕に勝てるかどうかも分からねえ。そいつがその気になりゃ俺ら全員今すぐにでも殺されるんだ。

 

 「・・・」

 

 ここでもう一つ、秘密の抜け道を見つけてそこから脱出って案が浮かぶ。前に滝山が森の中を見てきた時には、高圧電流の流れるフェンスがあってどこからも出られなかったらしい。曽根崎によれば電流以外にもネズミ返しに有刺鉄線に落とし穴に・・・ベルリンの壁か。だからとにかく森はなし。湖は対岸が見えねえくらい広いし、船なんかない。万が一あったとしても途中で何かしら手を打たれて終わりだ。湖もなし。

 

 「ダメだな」

 

 同じ考えをぐるぐるぐるぐる続けて、もう何日経った?何人死んだ?いま俺たちは何をするべきで、何ができる?まだ生き残ってる七人が全員で脱出するのに、どうやってモノクマの目を欺く?そうやって逃げることが正解なのか?そもそもこのコロシアイの目的はなんなんだ?モノクマは“超高校級の絶望”と関係があんのか?

 

 「どうすりゃいいってんだよ・・・」

 

 考えることが多すぎる。答えが出ないものが多すぎる。もうこの合宿場にあるものはほとんど解放されたってのに、俺らに与えられた選択肢はずっと同じだ。殺すか、殺されるか。馬鹿馬鹿しいと思ってたルールが、絶望的なまでの現実味を帯びて、今にも思わず手を伸ばしてしまいそうなほどすぐそばまで近付いてる。

 ベッドの上でごろ寝すると、テーブルの上に転がったカプセルに気が付いた。昨日笹戸に押しつけられたもんだ。そう言えばまだ開けてなかったな。

 

 「モノクマが用意したもんだろうから、どうせろくなもんじゃねえだろうな」

 「失礼しちゃうなあもう!ボクだってオマエラの射幸心をジャブジャブ煽っちゃうような景品を考えて作るの大変なんだからね!」

 「うおっ!?また急に出て来やがったなこの野郎・・・」

 

 静かに正面から出てくるってことをしねえのかこいつは。分かりやすく怒りのポーズをしてるが、何を考えてんのか分からねえ。わざわざ出て来たってことは、俺に何か用があるのか?

 

 「何の用だ」

 「用なんかないよ。ただ清水くんのことが気になったから、来ちゃった♡」

 「一日中どこ行ったって監視カメラで見てるくせに何言ってやがる。用がねえなら帰れ」

 「つまんねーなあ清水くんは相変わらず」

 

 テメエが面白いかどうかなんかどうだっていいんだよ。いるだけでムカつかせる害悪野郎が。何もする気がねえなら俺が何かしてご機嫌とる必要なんかねえし、無視して一つ開けてみた。なんだこりゃ。ロボットのおもちゃか?いつも思うが、なんでカプセルの中にこんなもんが入るんだ。

 

 「またゴミか」

 「っはあ〜〜!まったく清水クンは見る目がないよ!それがただのおもちゃに見えるなんてさ!まあおもちゃなんだけど」

 「おもちゃじゃねえか」

 

 ついでにリモコンと電池が入ってるってことは、ラジコンか何かだな。一緒に入ってる紙切れには『リトル28号』と書かれてる。突っ込みどころがキリねえな。

 

 「こんな小さいけど、これこそボクのトンデモ科学の粋を集めた超傑作!強力電波により数キロ先でも操作可能!僅かな電気でも稼働する小型モーターは十万馬力、そして電池がすっからかんになるまで使えるから環境にも優しい!モノクマオリジナル配合によるどんな熱にも衝撃にもビクともしないハイパーモノ合金製ボディ!今なら当選者限定で半ズボンも付けるよ」

 「デタラメが過ぎる」

 

 何がハイパーボディだ。思いっきりネジと板金で固定されてんじゃねえか。しょうもねえもん作りやがって、今時小学生でも喜ばねえぞ。

 期待の混じった眼差しで見てくるモノクマに構わず、カプセルごとそいつをゴミ箱に突っ込んだ。まだ二つあるな。居座ってるモノクマを見るに、いちいち解説してくるんだろうか。嫌がらせのために来たんじゃねえのかこいつ。

 

 「・・・アメ?」

 「うぷぷ!ただのアメじゃないよ!その名も『不思議のアメ・ルモ』!赤い飴玉を一つ舐めるとあら不思議!10歳若返った気分になれるスグレモノ!」

 「今からそんな戻ったらクソガキになるだけだな」

 「じゃあ青い方は?10歳年をとった気分になるよ」

 「いらねえ」

 

 なんで10歳単位なんだよ。しかも気分だけって。なんかやばいもんでも入ってんじゃねえのか。こんな怪しげなもんいるわけねえだろ。こいつも問答無用でゴミ箱行きだな。勢い余ってさっきのラジコンとぶつかったガラスが甲高い音を立てる。ビンにヒビでも入ったかな。

 

 「物の扱いが雑だなあ清水くんは!そんなんじゃ気になるアノ子とも上手くいかないよ?」

 「俺がいつ誰をどう気になったっつうんだよ」

 「じゃあ気に入られてんのかな?でなきゃこんなギスギスした空気の中で自分から訪ねたりしないよね」

 「はあ?何言ってんだお前」

 

 こいつの意味不明さはいつも通りだが、それに加えて脈絡がない。っつうより会話として成り立ってない感じがする。なんの話をしてんだ?俺とこいつで話してる内容がどうも違うような気がする。そんな疑問を感じた瞬間、ドアをノックする音が聞こえた。

 

 「?」

 「うぷぷぷ・・・じゃ、あとは若い二人で」

 

 仲人のババアか、と突っ込む間もなく、モノクマはさっさと姿を眩ました。何しに来たんだと思ったが、まさか本当に嫌がらせだけが目的だとは。モノクマが消えていったシャワールームの方をぼんやり眺めてると、またドアがノックされた。誰だか知らねえが何の用だ?別に無視する理由もなかったし、一人でいると考えがこんがらがって気持ち悪くなってくる。取りあえず出てみた。

 

 「・・・お前かよ」

 

 開いたドアの向こうは全てが無機質だった。廊下も天井もカーペットも、そこに立ってる人間も、全てが。無機質な声色で、味気ねえ態度で、無色無臭の言葉を吐くだけの望月がそこにいた。この間こいつに怒鳴ってから一言も話してねえだけに、こいつの方から来られると色々とマズい。気まずい。

 

 「意外か?」

 「そうだな。で、用はなんだ」

 

 どうせこいつはなんで俺が怒鳴ったのかすら分かってねえんだ。あんなこととうの昔に忘れてんだろ。余計に拗れる前に俺の方が忘れちまえばいいだけの話だ。だからここは、なるべく手短に用件を済ませるしかねえ。今はこいつと関わるのはイヤだ。

 

 「清水翔、お前と話がしたい。可能な限り、密かに」

 「はっ?」

 

 こいつが俺と話をしようとか、天体観測を手伝えとか、あれこれ強要してくるのは毎度のことだ。別段驚くこっちゃねえ。だがなんだこの妙な感じは?こいつの眼差しは真剣じゃなくて無機質で、声色は緊張してなくて淡白だ。いつものこいつと何一つ違わねえのに、なんでこんなにいつもと違うんだ?

 

 「速やかにかつ内密に話すことがある。話すというより・・・相談、と言うのが適切だろうか。いずれにせよお前以外の人間の耳に入れることは避けようと思う。日中は危険だ、夜時間が適当だろう」

 「か、勝手に話進めんな!相談だと?むつ浜じゃなく、俺にか?」

 「六浜童琉よりもお前の方が適任だと、私が判断したのだ」

 

 こいつが相談だなんて、明日は雪でも降るんじゃねえのか。相談どころか悩みの一つも持ってなさそうな奴が、しかも俺にだと?人に聞かれたくねえってのもそれっぽいが、なんでいま俺にそんな話を持ちかける?何を考えていやがる。

 

 「今夜は天体観測には向かない。場所は多目的ホールがいい。寄宿舎から存在を気付かれにくい」

 「・・・」

 

 誰にも邪魔されない夜中、二人以外の誰にも話さず、寄宿舎から気付かれにくい多目的ホールに呼び出すだと?それって・・・それじゃまるで・・・。

 

 「来るか来ないかはお前の自由だが、私は是非とも話したい」

 

 それだけ言うと、望月は自分からドアを閉めた。この状況で、余計に疑問を増やすようなことだけを言って、俺を部屋の中に閉じ込めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーミーナイフ。それが最後のカプセルに入ってた景品だった。モノクマの顔が彫られたケースに、頑丈そうな金属がぴったりと収まってた。小さくて手に持っても隠せる。けど殺傷能力はモノクマが保証してるらしい。ついさっきまでだったらこんなもん、ラジコンやあめ玉と一緒にゴミ箱に捨ててたはずだ。なのに、今はそれができない。飛び出したナイフの切っ先のきらめきが、本来それが持っているそれよりも鋭く見える。

 

 「・・・まさか、な」

 

 俺は何をトチ狂ったことを考えてんだ。あの望月に限ってそんなことあるわけねえだろ。資料館でも言ってたじゃねえか。今まで学級裁判に勝つ算段がなかったから殺さなかった。曽根崎と六浜がいる限りは自分に勝ち目はねえって。だったら俺よりその二人のどっちか、それかもっと殺しやすそうな晴柳院あたりを狙うはずだろ。俺に話すってこと自体が、あいつが殺しを計画してねえって根拠だ。

 

 「あんなひょろっこい奴が、それも多目的ホールなんて何もねえ場所で・・・」

 

 何もない、そうだ。多目的ホールはマジで何もねえ。玄関から入れば隠れる場所なんて一つもないだだっ広い空間があって、舞台があるだけだ。

 そう言えば舞台には緞帳と、袖に隠れられそうなカーテンがあったな。だからなんだってんだ。

 舞台の両脇は用具庫になってて、釘バットやら見たこともねえ鈍器もあったな。でも、あいつにそんなもんを扱うなんて無理だ。望遠鏡すら運べねえんだぞ。

 あんまり気にしたことはねえがドデカい照明もあるな。いつも落ちねえか気になってたんだ、ぶち当たったらたまったもんじゃねえからな。だが照明なんか落としたら当たる前に気付かれるし、建物を壊されてモノクマがうるさそうだ。

 それにモノクマが俺らを呼び出すのはいつも多目的ホールだ。そして行ったらだいたいいいことはねえ。床からは見るからにヤバい槍が大量に飛び出す仕掛けもある。それを望月が操れるわけねえんだが。

 

 「・・・・・・なんなんだよ」

 

 何もねえはずだろ、あそこには。逃げる場所も隠れる場所もねえ、誰かをあそこで殺そうとしたって無理な話だろ。鉄の扉に挟んで体を粉々にするとか、バスケットゴールに仕掛けをして首を吊るとか、できるわけねえのに、なんで俺はあの場所で人を殺すことばっか考えてんだ。

 マジでなんなんだよ。なんであそこで人を殺す方法が次々に沸いてくる?どんだけ否定しても、それを更に上から否定するように湧き上がってくる。

 

 「くっ・・・!」

 

 望月は、俺を殺そうとしてんのか。

 

 「そういうことなのかよ・・・!」

 

 そのことを口にした瞬間に驚くくらい納得できた。今まで否定してたのが嘘みてえに。

 

 「あいつは・・・!!」

 

 まるでなんでもないように、あいつは俺を殺すんだろうか。自分の目的を達成するための過程として、何の感情もなく、何の迷いもなく。いや、もしかしたらあいつは多目的ホールにすら来ないかも知れない。罠を仕掛けて、ただ俺が引っかかって死ぬのを寝ながら待つだけなのかも知れない。

 

 「・・・・・・意味、分かんねえな」

 

 あいつはそういう奴だ。そんなん最初から分かってたし、この前も痛いくらいに分かった。意味が無いから殺さない、意味さえあれば殺す。そういう奴だ。人を裏切ったって何も感じない。裏切ったとも思ってない。ただそういう現実が、こういう理由を持って起きただけ。あいつの見てる世界ってのは、とことん乾ききってんだ。そんなことずっと分かってた。そのはずなのに。

 

 「クソがッ・・・!!ふざけんな・・・!!」

 

 ただ望月に裏切られるだけだってのに、なんでこんなに苦しいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ夜中は寒い。ずり落ちて首が露わになると冷たい空気が巻き付いて、ぞっと寒気がまとわりつく。襟を引き揚げて少し縮こまったまま、暗闇の中を歩く。

 

 「さびぃ」

 

 一方的な約束だ、守る理由なんてない。殺される可能性が少しでもあるならぶっちして、次の日の安全な時に問い詰めればいい。わざわざこんな怪しげな時間に、怪しげな奴に指定された怪しげな場所に、のこのこ行くなんて、よっぽどの命知らずのバカか死にたがりのどっちかだ。でも俺は自分をそのどっちとも思えなかった。ただ、行かなきゃならない気がしただけだ。

 

 「・・・」

 

 ここで望月から逃げることを、俺は許せなかった。あいつがもし本気で俺を殺そうとしてるんだったら、それはあいつが命懸けでもここを脱出する必要があるって判断したからだ。今までは、裁判の勝ち目がないからとか、強硬手段で脱出する必要がなかったからとか、そんな理由で誰も殺さなかったあいつが、そこまで追い詰められてるってことだ。無感情で、冷たくて、サイコパスで、合理的で、いつも平常心で、自分の考えを絶対的に信じるあいつが、俺でも分かるくらいバカバカしい賭けをしようとしてる。

 

 「ちっ」

 

 これじゃまるで、俺があいつを心配してるみてえじゃねえか。他人の事より自分の事を心配しとけよ。俺はもうこの夜に死んじまうかも知れねえんだぞ。なのに望月が心配なのか?ふざけんな、俺がなんで他人の心配なんかしなきゃいけねえんだ。俺はただ気になるだけだ。望月が命を懸けるものが何かが。あのバカを突き動かすものが何なのかが。

 一寸先まで闇の中、目立たないように懐中電灯も持たずに、多目的ホールの影だけを目指して歩いて行く。ようやく近付いてきたホールはいつもより禍々しく見える。

 

 「・・・ふん」

 

 怖じ気づいて帰ろうと思ったのなんて部屋を出てから何度もあった。けどここまで来て今更帰るなんてあり得ねえだろ。俺はあんな奴からは逃げねえ。死んでもだ。一つ息を吐いて意を決してから、俺は鉄の扉を開けた。

 

 「ッ!・・・・・・はぁ」

 

 僅かに開いたドアの隙間、そこからちらりと見えた影に思わず俺は飛び退いた。誰にも聞こえない悲鳴をあげて。情けねえ、みっともねえ、クソくだらねえ。ありゃただのホウキじゃねえか。なんだってあんなもんにビビってんだ俺は。望月が何をするつもりか、まだ疑ってんのか。そんなのもうどうでもいいって納得したはずだってのに、身体は勝手に防御反応をとっちまうし、警戒を解かずに緊張し続ける。

 

 「ああクソッ!ふざけやがって!」

 

 手がカタカタと震えて力が入らねえ。扉を開けるのに全身で体重をかけなきゃならねえとは。足の先までビビり倒して片足でバランスが取れねえ。靴を脱ぐことすらまともにできねえとは。頭でしようとしてることを身体ができねえってのはどういうことだ。ムカついてしょうがねえ。脱いだ靴を床に叩きつけて、玄関とホールを区切る鉄の扉に手をかけた。

 

 「来たか、清水翔」

 「ッ!」

 「よく来てくれた。私が言うのもなんだが、実に非合理的な選択だ。しかし期待していい可能性だった」

 

 まるで扉の向こうからこっちが透けて見えてるみてえに、望月は俺に気付いて扉を開けた。マジでこいつ多目的ホールにいやがった。また反射的に身構えちまったが、扉の向こうから現れた望月は普段と変わりない。しかも向こうから近付いてくるってことは、何か罠を仕掛けてるわけでもなさそうだ。

 

 「非合理的だと・・・?テメエから呼び出しといて呆けたこと言ってんじゃねえぞ」

 「だから私が言うのも、と前置きしただろう」

 「なんで俺が来たことが分かった。どっかになんか仕掛けてあるんじゃねえだろうな」

 「あれだけ騒がしければな。扉の音然り」

 

 ぐうの音も出ねえ。バカか俺は。余計なことでも喋らねえと落ち着かねえ。緊張してんのか。クソッ、考えようとしてもノイズが邪魔する。動揺が顔に出てねえかも気になる。

 

 「警戒はもっともだ。だが私は誓ってお前の殺害を企図していない」

 「そんな言葉に意味があると思うか」

 「ふむ、それもそうだ。やはり感情というものは実に解しがたい。円滑なコミュニケーションを促すと同時に阻害もするとは」

 「俺はさっさと寝てえんだ、さっさと済ませろ」

 

 こいつは嘘を吐けるほど器用な奴じゃねえし、マジで殺そうとしてたらこんな無防備に俺の前に出てくることなんてするわけがない。だからその言葉は本当だろうが、はいそうですかと信じる気にもなれない。こんなところにこんな時間に呼び出すからだろうが。

 ちょっとせっついてみると、望月は素直にその言葉に従った。俺がこんだけ警戒してるっつうのに、なんでこいつは俺が殺そうとしてるって考えてねえんだ。もしいま俺がその気になれば、こいつを殺すくらいわけねえ・・・だろうな、多分。

 

 「実は、相談がある。というのは日中に話したな。その相談の内容についてだが、まずはお前も私に与えられた動機を知っておく必要がある。私には理解できなかったものだが、お前になら可能かも知れない」

 「は?ってお前、これ・・・」

 

 またこいつはまどろっこしくてややこしいことを。動機っつったか。そう言えばこいつは資料館で全部のファイルを読んだんだったな。だったら記憶も取り戻してるはずだよな。そのことで相談って言われても、お前の話なんか俺の知ったこっちゃねえだろ。

 なんて思ってたら、望月がポケットから取り出したのは資料館のファイルじゃなかった。何かと思えば、俺はもちろん、ここにいた全員にとって見覚えのある『動機』だった。本体いっぱいに四角い画面が広がった簡単なプレイヤーと、そこから伸びるイヤホン。モノクマが俺たちに一番最初に与えた『動機』だ。

 

 「お前まだこんなもん持ってたのか」

 「動機として理解不能だったので、何度か再生して考察を重ねていた。なぜこれが私にとって動機になり得るのか、それがどうしても理解できない」

 「・・・気持ち悪い奴だな」

 

 自分の動機が理解できないってのも、それが気になるってだけで何度も何度も動機を繰り返し見ることも、終いにゃ俺に相談するってのも、全部気持ち悪い。こいつマジで人間か?俺は自分の分と有栖川の分しか知らねえが、どっちも二度と見たくねえくらいのもんだった。俺だって自分の映像の意味なんか分かんなかったが、こいつが言ってるそれとは違う。

 戸惑いきれねえくらい不気味な奴だ。そいつは当たり前のようにイヤホンを片方俺の耳に突っ込んで、もう片方を自分の耳に突っ込んだ。なんで一緒に見るんだよ。

 

 「では再生するぞ」

 

 他人の動機を見るってのも気が引けるが、本人が見せたいっつってるし見なきゃ見ないで始まらねえし、仕方ねえか。ため息を吐いて画面に目を向ける俺とは対照的に、望月は慣れた手つきで何の印もないボタンを操作して音量を調節してから、淡々と再生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『え〜っと、時刻は光文22年9月31日0時05分・・・20秒、場所は希望ヶ峰学園第一棟屋上の生物室の真上、方角は北14度東、風は西北西から微風、気温は摂氏19度2分、湿度44.6%』

 

 真っ暗な映像の中で、声だけが聞こえてくる。日付に場所に気象状況、なんかの記録映像だってことはすぐに分かる。ただ声の主が姿を現さない。声から女らしいってのは分かるが、どうも聞いたことあるようなないような声だ。

 

 『天気は、快晴!満天の星空!今日もキラッキラ!』

 

 待ってましたとばかりにそう言うと、カメラを覆ってたらしい黒い布が外された。向いてるのは相変わらずの真っ暗闇。なんとなく画面の下の方に山の輪郭が見えるから、たぶん星空を映そうとしてんだな。だがテレビとかに使われる奴ならまだしも、ちゃちいデジカメで星空なんか撮れるわけがねえ。月すら映ってねえじゃねえか。

 

 『秋が近付いてきてなんとなく涼しくなってきた気がしないでもない今夜は、カシオペア座の観察をしたいと思いまーす。見えるかな?見つけやすい初心者向きの星座で、Wの形をしてるから分かりやすいよ』

 

 だからなんも映ってねえっつってんだろマヌケが。それにしてもこの画面の反対側にいる俺らに喋りかけるような口調、どういうつもりだ?一人でラジオ気取りか。イタいなこいつ。

 

 「あっ、あった。このWの右から二番目がα星の、つまり一番明るい星ってことなんだけど、シェダルっていう星。それにしても、いや〜今日も魔性の美に溢れてるね〜、カシオペア」

 

 結局何も映さないまま映像は進む。ラジオ気取りのくせに実況は全くしねえのか。というかまだ何も映ってないことに気付いてねえのかよ。どんだけポンコツだこいつは。しかも星座に話しかけるように独り言呟いてるぞ。開始早々もう色んな意味で見てらんねえ。

 

 『みんな知ってると思うけど、カシオペアは神話の王妃の名前ね。それもすっごく美人で、自慢屋さんだったんだって。それでポセイドンの奥さんより美人だって言っちゃったから、怒ったポセイドンに娘のアンドロメダを生贄に差し出せって言われちゃって、言われた通り差し出したってヒドいと思わない?自分のせいで怒らせて娘に責任とらせるってさ!まあ娘はペルセウスって勇者に助け出されたわけだけど』

 

 よく喋るなこいつ。しかも神話をひどいかひどくないかって言われても、そういうもんだろ昔のアホが考えた話なんか。

 

 『で、カシオペアは北半球から観察すると水平線より下を巡ることはないんだけど、これは海の神のポセイドンがカンカンだから海に入って休みをとれない罰なんだって。カシオペアもカシオペアだけど、奥さんより美人だって言っただけで何億年も休ませないポセイドンの器も小さいと思わない?ブラック企業も真っ青な働かせ方よ。黒が青くなるくらいの衝撃よ』

 

 なに言ってんだか。マジでこいつ、っつうかこの映像なんなんだ。そりゃ望月も意味分からねえだろうよ。俺だって意味分からん。こんなもんがどう転んで人を殺してでも外に出たくなる動機になるっつうんだ。そんな疑問に何も答えを出さないまま、動画は続く。つまんねえものほど時間が遅く感じるが、それにしても長え。うんざりしてきた頃に、ようやく動きがあった。

 

 『ふぁ〜あ〜、ちょっと寒い・・・夏だからって薄着すぎたのかな?明日も早いし・・・今日はこの辺で帰ろうかな。私はカシオペアと違って身の程を弁えてるから、しっかり休めるもんね』

 「なんだそりゃ」

 

 思わずつっこんじまった。結局真っ暗で何も映さねえまま終わるのかよ。ほとんどこいつが喋りっぱなしだったし、マジで意味が分からねえなこの動画。固定カメラを取り外したのか、画面が揺れてる感じがする。カメラは右も左も上も下も分からねえ暗闇を右往左往する。

 

 『はい、というわけでお付き合いいただいたみんな、ありがとうございました』

 

 〆の言葉も、マジでラジオのパーソナリティみてえだ。なんて思ってたら、足下を映したカメラに妙な機械が映り込んだ。よく見えねえがマイクか何かか?もしかしてマジでこの独り言を電波で発信してたのか?こんな真夜中に誰がテメエの独り言なんか聞くんだよ。イタいにも程があるぞ。

 

 『深夜の星空観察、今日はこの辺でさよならしましょう。明日はきりん座の観察するね、晴れたらだけど』

 

 どうやら本当にこれで終わりみてえだ。ようやく終わる、そう思ってイヤホンを外しかける。その時、闇を映し続けていたカメラの中に、急に鮮やかな色が映り込んだ。

 

 『お相手は、1年3組の“超高校級の天文部”こと望月藍でした♫バイバイ♫』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇に浮かび上がる強い紫色の髪。染まり始めた夜のような群青色の瞳。そして何よりカメラに向けられる、屈託のない笑顔の色。その顔に俺は釘付けになった。あり得ない、と反射的に思った。思いっきり頬を引っぱたかれたように茫然とする。それくらい信じられなかった。けどその目も、髪も、口も、声も、同じだった。

 映像は徐々に暗くなっていって、最後には暗闇を映して終わった。そして暗闇に浮かび上がる『Let's 卒業!』の文字。そこは俺の時と同じだった。けどそんなことどうだっていい。最後に映ったあれは誰だ?分かってるはずなのに分からねえ。なんでだ?あまりにも違いすぎる。画面の中の望月と、すぐ隣にいる望月が。そしてこれが、モノクマが望月に与えた『動機』か?どういうことだ?

 

 「どうだ?簡単でも構わない。考察を頼む」

 「・・・」

 「ん?清水翔?聞いているか・・・おい」

 「あっ・・・な、なんだ?」

 「この動画について、どう考察をする?どう解説を与える?」

 

 どうって言われても、さっきの今で何も答えなんか出てねえよ。出るわけねえだろ、こんなの。意味不明を通り越してバカバカしい。率直に考えるにはあまりに荒唐無稽で、言ったら頭おかしい奴だと思われる。絶対にあり得ねえからだ。だがさっきのと同じ群青色の瞳で真っ直ぐ見つめられたら、思った事をそのまんま言うしかないような気になる。

 

 「い、いや・・・今の、お前なのか?ずっと喋ったの・・・それに、笑ってたの」

 「断定はできない。モノクマによる捏造の可能性を棄却する根拠がない」

 

 捏造の可能性があるって・・・だったらそれでいいじゃねえか。わざわざ俺に見せて考えを聞くなんてことせずに、嘘だから気にしねえでいいじゃねえか。なのにこいつはこれを最初に見てから今まで、ずっと気にし続けてきたんだろ。だったらその言葉は、嘘ってことになるんじゃねえのか。捏造だって割り切れられねえから、俺に相談してきたんじゃねえのか。

 

 「ま、待て。考えがまとまらん。先にお前がどう考えてんのか言ってみろ。これはお前の問題だろ」

 「ふむ。それは至極全うだな。では前提として、この映像が捏造ではないとするぞ。捏造であるならばあまりに意味不明で『動機』としての効果が期待できない」

 「・・・」

 

 どっちなんだよ。捏造かも知れねえっつったり捏造じゃねえっつったり。それにこの無味乾燥な感じ、淡々と目の前のことにだけ取り組む感じ、何の情感も持たねえ無表情、やっぱり望月はどう見ても望月だ。ますます映像の中の望月が誰なのか分からなくなる。悩み悶える俺に、望月はお構いなしに自分の考えをただ言う。

 

 「まず、あの映像が本物であるなら、映っていたのは過去の私ということになる。“超高校級の天文部”望月藍は、私を置いて他にいない。しかし理解できないのが、映像の中の私があまりに非合理的・・・と言うべきか、もしくは理解不能であるということだ」

 

 出たな。合理的かどうかなんて知らねえよ。とことん理に適った行動をし続けると人と馴染めないってのはお前を見りゃ誰だって分かる。

 

 「まず圧倒的に知識に乏しい。カシオペア座について解説をするなら、α星シェダルよりβ星カフ、もしくはγ星ツィーの方がより特徴的だ。神話の説明もケフェウス座やケートス座についての言及がなく、天球を全体ではなく星座個別にしか捉えられていないとみえる。天体を簡素なカメラの動画で記録する、防寒対策を怠るなど初歩的なミスに加え、1時間足らずで観察を終えるのは十分とは言えない。要約すると、“超高校級の天文部”を名乗るには多くの面で不全と言わざるを得ない」

 「・・・それだけか?」

 「現在の私との相違点を挙げればキリがないが、いずれにせよこの動画が私に対し『動機』として与えられたことが、私には理解できない。清水翔、お前は何か分かったか?」

 

 ああ、なるほど。こいつにとってあの映像はそれだけのもんなのか。観察の仕方とか説明不足とか撮影技術の拙さとか、そういうところしか気になってねえのか。だから理解できてねえんだな。モノクマが望月に与えた『動機』の意味に。こいつはそれに気付いていても、ただの違いとしか認識できねえんだ。こいつにとってそれは、本当にどうでもいいもんだったんだ。

 

 「・・・ああ、分かった。分かってた。今のお前はそういう奴なんだったな」

 「では言ってみろ」

 「とんでもなく現実味のねえことだぞ」

 「構わない」

 

 そう前置きしておかないと、こんなことマジでは言えねえ。けど映像と目の前の現実を見比べると、どうしたってそういう結論にしか行き着かねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お前、感情失くしたんだな」

 

 感情を失くすなんてこと、漫画とか小説の中だったらよくある話だ。信じられねえくらいのショックを受けたり、悪い奴の何かしらを食らったりだとか。けどそんなんは夢物語、空想の中だけの話だ。実際に感情がなくなるほどの出来事に遭ったら、今ここにこんな風に平然といられるわけがねえ。はずだ。

 

 「それとお前、動画の中のお前は全然知識がねえっつったよな。けどあいつには確かに感情があった」

 

 直接顔が映ったのは最後の最後だけだ。その時はカメラに向かってにこやかに笑いかけてただけだったが、今の望月よりも人並みの感情があったことは明らかだ。神話に腹を立ててみせたり、悲しんでみせたり、楽しそうに話したり。

 今の望月がそんなことをするところなんて、想像もできない。ただ淡々とわけの分からねえ専門用語を並べ立てて、神話だってただの話としてしか話さない。目の色一つ、声色一つ、眉一つ動かさずにだ。

 

 「真逆だ。動画のお前と、今のお前と」

 

 そこに関係があるのかなんて分からねえ。関係あるとしたって意味が分からねえ。けど、そう思わずにはいられなかった。

 

 「お前、“才能”のために感情を捨てたのか」

 

 あまりにも飛躍してる。けど人並みの感情があって“才能”の劣る普通の女と、感情の欠片もないような“才能”が優れた女。この二人が同一人物だってことを説明をするには、これくらいしか思い浮かばねえ。我ながら自分の考えが正しいのか頓珍漢なのかも分からねえ。

 突拍子もない俺の考えに、望月はきっぱりと否定の言葉を言うもんだと思ってた。あり得ない、と一言で切り捨てられるんだろうと思ってた。けど、望月はそうしなかった。

 

 「・・・分からない」

 

 しばらく考えこんでから、ようやく望月は言った。

 

 「感情を捨てた、ということの記憶は私の中にない。感情を捨てる、ということがどういうことなのかも私には分からない。そもそも私には、感情がどういうものかすら分からない」

 「・・・」

 「感情とは一体なんだ?なぜ人は感情というものを持っている?脳という器官が高度に発達したことによって生じた副産物に過ぎないのか?或いは自然選択説に基づくならば、喜怒哀楽を表出することで複雑かつ円滑なコミュニケーションを可能にすることができるため、ヒトという種が持つ高度な社会性を機能させるために進化した脳の機能と考察することができる。しかし、感情が必ずしも社会的生物としてヒトのコミュニケーションを可能にするものとは言えない。むしろ著しく社会性を逸脱する行為にも繋がり得る」

 「また複雑なことを・・・」

 「有栖川薔薇は友情と復讐心、石川彼方は自尊心と強迫観念、屋良井照矢は自己顕示欲と承認欲求、鳥木平助は恋慕と庇護心・・・この合宿場で逸脱してしまった者は、全て己の感情を制御できずにそうなってしまった。ならば感情とはヒトという種になくてはならないものなのか?感情が欠如しているとされる私はヒトとして不完全な存在となるのか?」

 

 たぶん、こいつなりにパニックになってるんだろう。傍目からはぶつぶつと小難しいことを考えてる、学者然とした奴にしか見えない。相変わらず無表情で声の調子も平淡で、何を考えてるか分からねえ。

 

 「清水翔、どう思う?私は不完全なのだろうか。感情を捨てて“才能”を発達させることは、ヒトとして破綻しているのだろうか」

 

 けど思えば、こいつがこうやって俺に質問してくることは何度かあっても、答えを俺に任せるなんてことははじめてかも知れねえ。いつも二三質問したら勝手に納得するくせに、まるで歯が立たない難問を前にしたみてえに、俺に頼ってくる。こいつにとってはそれくらい理解できねえ問題だってことか。

 

 「別に、感情がなくてもお前は人間だろ。感情のない奴が気持ち悪いってのは変わらねえし、“才能”のためにそこまでする奴の気持ちは俺なんかにゃ到底分かりっこねえよ」

 「?」

 

 感情があってもなくても別に人間としてどうとかなんてことは言えねえ。“才能”と感情を引き替えにするなんて考えも俺には理解できねえ。俺はただ、俺の思ったことをそのまま言うことでしか、こいつの望むように答えることはできねえんだろう。

 

 「ただ、動画の中のお前と今のお前だったら、動画の中のお前の方が人間らしかった・・・って思う」

 

 なんだそりゃ、フォローのつもりか。なんでこんなことが口を突いて出て来ちまったんだ。今更そんなことを言ったってこいつは何も感じねえし、そもそもこいつは俺の言った答えで納得するのか?難しいことはマジで分からねえが、感情のないこいつに感情を分からせることが俺にできるのか?

 

 「・・・人間らしい方がいいのか?」

 「あ?」

 

 一人で悩んでたら、望月はそれだけ質問してきた。今まで考えてたことを全部捨てて、ただそれだけをきいてきた。もう分かったのか。

 

 「そりゃあ、お前も分かってんだろ。人間らしい方が他の奴らだって話してて気持ち悪くねえだろうし・・・」

 「そうではない」

 

 なにを当たり前のことを聞いてるんだ、と思いながら答えたら、きっぱり違うと言われた。何が違うんだ。望月は続けて口を開く。

 

 「お前は、人間らしい私の方がいいのか?」

 「はっ・・・?」

 

 真っ直ぐに俺を見て、堂々と言いやがる。なんだその質問は。なんて答えればいいんだ。なんでそんなこと、俺にきくんだ。分からん。こいつは何がしたい?何を考えてやがる。こいつにとって俺はなんなんだ?

 

 「い、いや・・・・・・」

 

 言葉が出ねえ。なんでだ?別に望月が人間らしかろうがどうだっていいだろ。だったらそう言えばいい。なんでそう言わねえ?なんで言えねえ?

 

 「やはり」

 

 再び望月が口を開いたのと同時に、俺ははっと我に返った。なんで俺がこいつにパニクらされなきゃならねえんだ。

 

 「お前は面白いな、清水翔」

 「あっ・・・?」

 「ここから私一人で脱出しても、この興味は満たされないだろう。出るならお前がいなくては」

 

 そんなことを、あっさり言いやがる。別に俺はこいつにそれを言われたところでなんとも思わねえ。こいつが単に学問的興味にしか考えが向いてねえってことが分かってるからだ。だからこの言葉にも深い意味なんかねえ。ただそう思ったから言っただけだ。こいつは、そういう奴なんだ。

 

 「考えを改める必要があるな」

 

 深い意味はねえが、こいつが誰かを殺して出て行こうとすることはなくなるって意味はある。資料館であんだけブチ切れといて今更俺は何も言えねえ。ただ、少しだけ、こいつの相談に乗っただけの価値はあったかと思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ケーッ!真夜中に二人っきりで多目的ホールなんか行くから、何してんのかと思って見てたのにさ!ちゅーとはんぱなラブコメしやがって!もっと激しく愛しあったり遭い死あったりするのかとワクワクドキドキして損しちゃったよ!ボクだって一度に二箇所も見られないんだからね!

 もう、つまんねー奴らだな!まあいいや、本命はこっちじゃないもんね!うっぷぷぷぷ!明日の朝覚えとけよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り7人

 

  清水翔   六浜童琉   晴柳院命    【明尾奈美】

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎    笹戸優真

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】【鳥木平助】 【滝山大王】【アンジェリーナ】




春ですね。花粉症の人は辛そうです。いつ自分が花粉症になるかビクビクしながら毎年春を乗り切ってます。やだもんあんな鼻水だらだら
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