突然の炸裂。胸の奥まで轟く爆音。全てを飲み込む黒灰と覗く赤い影。なにもできない。目の前に広がる惨劇に自分の無力さを痛いほど感じる。ごめんなさい、ごめんなさい。謝ることしかできない。ごめんなさい、助けて・・・・・・誰か・・・・・・・・・・・・・・・。
『死体が発見されました!一定の自由時間の後、学級裁判を開きます!』
寝ぼけて微睡んだ世界の中に響いてきたモノクマのアナウンスは、目を覚ますのにはいつもの放送よりよっぽど効果的だった。一瞬で眠気は飛び、思わず何もないスピーカーに目を向ける。けれどもそこにはただの機械が居座ってるだけで、それ以上何も教えちゃくれない。
「!」
寝起きの身体とは思えないほど全身まで神経が行き渡る。すぐに扉を開けて廊下に出た。見渡してみてもおかしなところはない。寄宿舎の反対側からは金属同士が激しくぶつかる音とともに、狂気に満ち満ちた笑い超えが聞こえてくる。
「はははっ!!!あっはははははははははははははは!!!絶望!!!絶望ですよ!!!また一人死んだ!!!絶望の足音が!!!呼吸が!!!聞こえますか!!!もうすぐです!!!すべてが絶望に飲み込まれるまで!!!」
どうやらアナウンスを聞いた穂谷が、また発狂したらしい。一応様子をみてみると、どっから持ってきたのかフライパン同士をぶつけて騒音を奏でてる。なんのつもりだか分からねえが、それ以外におかしなところはねえ。寄宿舎から出ようとしたところで、同じく部屋から出て来た望月と鉢合わせた。
「状況が分かるか、清水翔」
「さっぱりだ。取りあえず穂谷は生きてた」
「他の者は」
「反応がねえ。けどアナウンスが鳴ったってことは、死体が見つかってんだろ。いねえ奴らの誰かが見つけたってことだ」
「死亡したのも、我々以外の何者かだな」
冷静に状況整理する望月に突っかかる気も起きず、俺はすぐに寄宿舎を出た。どこだ。多目的ホールか?いや、昨日の晩まで俺と望月がいた場所で、入れ替わるように殺人が起きたとも考えにくい。だったら展望台・・・それも、一回殺しがあった場所は警戒するからナシだ。じゃあ資料館か、大浴場か、植物園か・・・ダメだ、候補が多すぎる。食堂でもねえみてえだし、どこだ。
「清水翔。軽率な行動は控えるべきだ。死体が発見されたのなら捜査をしなければならない。一度冷静になることだ」
「お前はもう少し・・・焦ってもいいだろ」
「さあさあお退きなさい!!!私が通りますよ!!!」
「うおっ!?」
相変わらずの望月と俺を割って、穂谷がフライパンを叩きながら飛び出した。迷うこともなく渡り廊下を左に曲がって、資料館の方に向かって行く。まるで目的地が分かってるかのように。
「お、おい穂谷!どこ行く気だ!」
「・・・は?死体が見つかったのですよ?絶望の学級裁判が開かれるのですよ?手遅れになる前に、死体を前にした方々の絶望を見に行くに決まっているではないですか」
「だから・・・!!それがどこか分かってんのかよ!」
「ええ。絶望は絶望を呼ぶのです。では、ごきげんよう」
細っこくて危なっかしい背中に問いかけると、穂谷はきょとんとして当然のことのように答えた。狂った奴のことを間に受けてもしょうがねえが、このまま放っておいて勝手に死なれても困る。めんどくせえことにならねえように見張ってなきゃならねえじゃねえか。
「行くぞ望月」
「なぜ穂谷円加を気にかける?」
「いいから来い!」
この期に及んでまだ部屋で待機なんかするつもりか。気乗りしねえ望月にそれだけ言って、穂谷を追いかけた。ガンガン音がするから少しくらい離れても場所が分かったのは幸いだ。穂谷は中央通りを突き抜けて資料館を通り過ぎ、大浴場を通り過ぎ、倉庫の方まで向かって行く。うっかりフライパンを落としたら、モノクマが難癖付けて処刑されそうだ。穂谷はそのまま倉庫の手前で急に方向転換して、山道に入った。この道は、植物園に続く道だ。
「マジでこいつ、事件の起きた場所が分かるっつうのか・・・?」
「清水翔、植物園の上空を見てみろ」
「・・・?」
先にぐんぐん行く穂谷に対して、俺は望月を引っ張りながら山道を登るから全然追いつけねえ。自信満々に歩いて行く穂谷の背中にそう言うと、望月が妙な場所に目を向けさせた。言われた通りに正面の植物園の上に目を向けてみる。夜時間も過ぎて朝だってのにまだ暗い。天気が悪いんだ。そう思ったら、灰色の曇天の中で植物園の存在を知らしめるように、どす黒い雲・・・いや、煙だなこりゃ。
「黒煙、特に火災現場にみられるものだ」
「火災・・・マジかよ」
この黒煙が火事で出たものかは分からねえが、死体が見つかったってことはたぶんそういうことなんだろう。そうなると厄介だ。火事なんてことになるといつもの捜査通りにはいかねえ。経験はねえけど、そんな気がする。
「っはははははははははははははははははは!!!!死体!!!!まさしく死体です!!!!なんと悲惨で!!醜悪で!!絶望的なのでしょう!!」
道の先から穂谷の声が聞こえる。空ばっか見てる望月の手を引いて一気に植物園まで駆け上がる。登り切った先、植物園の入口で待ち構えてた白い着物には見覚えがある。俺たちの足音に気付いたのか、そいつはおそるおそる山道の方に顔を向けた。遠くからでも分かるぐらいに真っ赤に目を腫らして、くしゃくしゃになった顔を濡れた袖で拭って、それでも溢れてくる涙が地面に染みをつくってた。
「ううっ・・・・・・し・・・みず、さん・・・・・・。もぢづぎさあん・・・・・・!」
「おうチビ。無事・・・でもねえみてえだな」
「晴柳院命、死亡したのは誰だ?」
「お前な・・・」
「あああううぅ・・・あああああああああッ!!ぅあああああああぁぁああああぁぁぁぁぁぁ・・・・・・!」
「号泣されてはまともに話も聞けない」
「聞き方ってもんがあんだろ」
状況から考えてこいつは死体発見者の一人だ。望月の質問でそれを思い出したのか、また大声で泣き出しやがった。これじゃチビからは何も聞き出せそうにねえ。見たところ植物園の西側出入り口周辺は特に異常はねえみてえだし、じゃあ現場は反対側か。
チビに構ってる暇はねえ。一応放っとくのも気が引けるから、望月をそこに置いて俺はモノクマフラワーの裏側に回り込んだ。
「・・・?」
歩き進むほどに空気が変わる。妙に鼻につく臭いがして気分が悪くなる。なんとなく肌にまとわりつく空気がべたつく気がする。それにモノクマが管理してた花壇の花が、東側だけ真っ黒く焦げて崩壊してる。地面に広がった煤と炭化したガラクタが散乱して、ところどころがまだ赤い火種を抱えてる。誰がどう見たって、ここで火事があったことが分かる。
「なんだこりゃ・・・?」
「・・・清水、無事だったか」
「どういうことだよこれは」
「・・・」
かろうじて原形を保った小屋の前で、六浜が立ち尽くしてた。すっかり生気がなくなったように愕然として、悔しそうに歯を食いしばったり、青くなった頭を抱えたり、何をしていいか分からねえのか、ただそこにいた。そのすぐ近くで、服や顔に煤を付けた穂谷が相変わらずフライパンを振り回して笑ってる。この中に入ったのか。
「つい先ほど、モノクマが鎮火した。私は無力だ・・・この程度の火すらまともに消すことができない・・・!!」
「ここが現場なんだな?」
「・・・・・・止めはしない。ただ気を付けろ、刺激が強い」
六浜から注意を受けるまでもなく、もう予想はついてる。ここが事件現場なら、死体がどんな状態になってるか。死体を何度も見たとは言え、こんなのは経験がねえ。それでも退くわけにもいかねえ。俺たちはこれから、こんな事件を起こした奴のために命を懸けなきゃいけねえんだ。
黒ずんだ小屋に近付くとまだ少し熱気がある。灰で濁った水がズボンの裾を重くして、これ以上進むのを止めさせようとしてるみてえだ。瓦礫と滴る水に注意しながら、中に入ってみた。確かここは前、栽培室だったな。中は火事のせいで全てが炭になって、おまけに崩壊してる。何がなんだかわからねえ。ただ、その中に佇む人影だけは、いやに目立った。その背中に何も言葉をかけず、そいつの隣に並んだ。ちょうどそいつが見下ろしてた死体を、真っ正面から見据える。
「・・・ッ!!」
思わず声が漏れそうになった。慣れたと思ってた焦げ臭さに吐きそうになる。熱気のせいで目がくらむ。蒸し暑い中にいるはずなのに寒気が止まらねえ。目の前に横たわるそれに・・・業火に骨の髄まで蝕まれたであろう人間の変わり果てた姿に、思わず絶望を感じた。
「かわいそうに」
不意に聞こえた言葉に、俺は我に返った。一目見ただけで、まるで自分が焼き殺されるような錯覚さえ覚えた。六浜の忠告を耳に入れとけばよかった。こいつは、今まで見てきた死体の中で、いちばん惨い。
「苦しかっただろうね、笹戸クン・・・」
栽培室の壁に寄りかかって腰を下ろした姿勢のまま、手足を投げ出してそいつは絶命してた。色の抜けた灰色の髪も、澄んだ水のような色の瞳も、男のくせにちっこくて丸っこかった手足も、何もかもが焼き剥がされて、真っ黒に焦げた人型だけが残っていた。もう、見ただけじゃそいつが誰か分からないくらいに。きっと生きたまま何もかもを炎の中に奪われて、その苦しみの中少しずつ息絶えてったんだろう。
「ボクたちが見つけた時は、瓦礫の下敷きになってたんだ。きっと助けも呼べなかったんだろうね」
「くっ・・・!」
「無理しない方がいいよ」
炭化した笹戸の髪が、はらはらと崩れた。思わず目を背ける。見てられねえ。
「いやいやいやいや、まったく。派手なことしてくれるよね!今回のクロはさ!」
重すぎる沈黙を破ったのは、またあいつだ。消防士の格好をしたモノクマが、額に滲む汗を拭ってわざとらしく大きなため息を吐く。一仕事終えたみてえな面しやがって、何のマネだ。
「ひどいことするよね、よりによって植物園で火事を起こすなんてさ!ボクが大事に大事に真心込めて育ててきたモノクマフラワー改二を消し炭にされちゃたまったもんじゃないよ!鎮火が間に合ったからよかったようなものの!」
「・・・」
「無視!?ボクのがんばり無視!?オマエラがこうやって捜査できるのもボクのお陰なんだからな!当たり前と思うなよこんちくしょーめ!!」
無駄に絡むと思わず手が出ちまいそうになる。こんな奴は無視して喋らせとくに限る。どうせこいつが出て来た理由ってのも、俺らを小馬鹿にするのと、例のものを渡すためなんだろう。
「というわけで、オマエラお待ちかね!恒例のモノクマファイル〜〜!第6弾!いや〜、ずいぶん番号が大きくなっちゃったね!まあオマエラのせいだけど!」
モノクマの発表と同時に、電子生徒手帳が鳴った。すぐさまそれを取り出して、ファイルを確認する。忌々しいが、これがねえと俺たちが人殺しの正体を見抜けなくなるのも事実だ。だから余計に質が悪い。結局俺らはモノクマの手の上で踊らされてるってわけだ。
「時間がない。ボクはこの栽培室の中を捜査する。清水クンは、みんなの話を聞いてきてくれないかな?」
「・・・」
「心配いらないよ。ボクは、大丈夫」
「・・・じゃあ、頼んだ」
目を見ただけで俺の言いたいことを察したらしい、さすがだな。けどその返し言葉にはなんの根拠もない。だが曽根崎の言う通り時間が無い。こんなところでまごまごしてて時間を潰すわけにはいかねえ。だから俺は、そこを曽根崎に任せて、外に出た。ちょうど、六浜がファイルを確認して中に入ろうとしてるところだった。
「大丈夫か、清水」
「どうでもいいだろ、俺のことなんて。お前こそ顔色悪いぞ」
「・・・言葉もない。私はなにもできない。悩み、惑うばかりで、踏み出すことさえできない。自分で自分が情けない、不甲斐ない・・・悔しくてたまらないのだ・・・!清水・・・私はどうすれば・・・」
「うるせえよ」
今にも泣き出しそうな六浜は、歯を食いしばって震えてる。とうとう俺に助けを求めるまでこいつも落ちたか。だが不思議なもんだ。六浜がこんなに取り乱してるってのに、俺みたいな奴がこんなにも冷静でいられてるってのは、なんでなんだろうな。
「今はお前の気持ち聞いてる時間はねえんだよ。今まで何も出来なかったんなら、今からなんかしろ。中に曽根崎一人なんだよ。お前見張っとけ」
「・・・!すまん・・・ありがとう、清水」
当たり前のことを、当たり前のように言っただけだ。なのに六浜は目を丸くして大きく頷いて、一言の礼を残して中に入っていった。取りあえずこれで中は問題ねえだろう。あとは、外にいる三人の話を聞くことだな。
《捜査開始》
獲得コトダマ
【モノクマファイル6)
場所:なし
詳細:被害者は“超高校級の釣り人”、笹戸優真。死因は焼死。死体発見場所は植物園内の栽培室。死亡推定時刻は七時五分ごろ。全身の火傷の他に細かな切り傷や打撲痕が多数みられる。薬品を服用した痕跡はなく内部の損傷も少ないが、毒物を摂取した形跡がある。
【笹戸の死体)
全身を火傷に覆われていて、見た目では誰だか分からないほどの有様だった。壁にもたれる姿勢で、倒れた棚やガラスケースの下敷きになっていたらしい。
栽培室の外にいたはずの穂谷はいなくなってた。どこ行きやがったあいつ。一番うろつかれちゃ困る奴だってのに、ちゃんと見ておくんだった。もうフライパンの音も聞こえねえ。とことん思い通りにならねえし思いも寄らねえ奴だ。
「ちっ・・・」
どこにいるか分からねえ奴を捜し回るより、どこにいるかはっきりしてる奴らの話を聞きに行く方が効率いいな。ひとまずは晴柳院の話を聞きに行くとするか。あの様子じゃ、今でも入口のところで泣いてるだろう。モノクマのアナウンスから時間が経ってるし、あとどれくらいで裁判が始まるか分からねえ。植物園の中は意外と広くて、自然と駆け足になる。まさか俺が捜査のために走ることになるなんてな。
チビは、まだ出入り口のところで泣いてた。望月はどうしていいか分からねえのか、取りあえず頭を撫でてた。それでどうなるってんだ、ガキじゃねえんだよ。ついでにその近くに穂谷も見つけた。まとまってんなら別にいい。
「おい、いつまで泣いてんだよ」
「あうう・・・ご、ごめんなさい・・・。で、でも・・・笹戸さんが・・・」
「死亡したのは笹戸優真だそうだ。遺体は確認したか?」
「ファイルも更新されてる。焼死とはまた大掛かりなことしてくれたぜ・・・ったく」
「うちは・・・うちはなんもできんくて・・・。笹戸さんが苦しんでるのに、うちはなんも・・・」
「状況から察するに、発見者は晴柳院命、六浜童琉、曽根崎弥一郎の三名だ。なぜ早朝に、植物園の火災に気付くことができたのかは分からない」
「泣くのは後だ。詳しいことを聞かせろ」
まだまだ晴柳院は泣き止む気配はない。今まで人が死ぬたびに泣いてて、まだ涙が涸れねえのか。泣くなとは言わねえが、いい加減にしとけくらいは言ってもいいだろ。とにかく発見者の一人なら何か手掛かりを握ってるはずだ。
「う、うちは笹戸さんをちらっと見て・・・あとはずっとここに・・・」
「ろくに捜査もしてねえのか」
「一瞬見ただけでなぜ笹戸優真だと見抜いた?写真の様子では判別不可能に思えるが」
「さ、最初に見た曽根崎さんが、笹戸さんやと言わはったんで・・・。なんでかは・・・」
「後できくか」
望月が突っ込まなきゃスルーしてるとこだった。確かにあの死体に笹戸の面影は全くない。何もかもが消し炭になったんだ。生前の特徴なんかほとんど残ってない。それを見ただけでなんで特定できたんだ?まさかとは思うが、疑いが出ちまった以上は潰さなきゃならねえ。
「捜査してねえなら、アリバイだな。なんでこんな朝早くに植物園にいた?」
「あ、あの・・・そこに、慰霊壇あるの、分かります?あれにお花を供えに来てたんです」
「毎朝交換してると言っていたな。習慣というわけか」
「はい」
「じゃあ、お前ならいつでも火事を起こせたんだな」
「そ、そんな!うちが・・・うちが笹戸さんを・・・そんなの・・・・・・あんまりです・・・!」
「な、泣くなよ・・・。可能性の話してるだけだろ。実際に火事は起きてんだしよ」
「うう・・・」
まあ、このチビに人を殺す気概があるとは思えねえが、疑うだけ疑っとかねえとな。それより、もっと当時の状況を知りてえ。このままじゃまだ犯人なんか分かるわけねえ。
「じゃあお前がここに来てから、笹戸の死体見つけるまでのこと教えろ」
「は、はい・・・。うちはいつも通り、新しいお花を持ってここに来ました。それでお祓いとお手合わせをしてから、古いお花のお供養をしようとしたんです。そしたら・・・」
「火事に気付いたのか」
「い、いえ・・・あの、物凄く大きな音でスピーカーが鳴ったんです」
「スピーカー?」
晴柳院が指さした先には、天井近くに設置されたメガホンみてえなスピーカーだ。そう言えば植物園にはあんなもんがあったな。なんでだったか理由は忘れたが、モノクマが置いたもんだからろくなもんじゃねえだろ。
「開放された際にここの捜索をした時も、爆音が鳴ったな」
「そ、そうです!あんな感じです!突然やったからびっくりして・・・操作盤があることを思い出して、慌てて止めに行ったんです」
クラシックだか聖歌だったか忘れたが、なんとなく不気味な音楽だったことは思い出した。あれが大音量でガンガンかけられたら堪らねえな。
「それで、あそこの倉庫でスピーカーを止めたんです。音量のツマミが最大になってました。その後にお供養しようと戻ろうとしたら・・・栽培室の方から、ゴオオオって音がして・・・・・・み、見に行ったら・・・」
「燃えてたんだな」
「・・・」
晴柳院は首肯して、また涙ぐむ。そんな唐突に火事に出会して、そりゃパニックにもなる。しかも早朝ってことはまだ夜時間、水も使えねえんじゃどうすることもできねえよな。
「その後は・・・同じようにお参りに来た六浜さんが火事を見つけて、曽根崎さんがその後から来て・・・結局モノクマさんに鎮火してもらいました。うちらじゃどうすることも・・・」
「水生植物エリアの水を使えばよかったろう」
「そんなことも忘れてました・・・」
つまり火事の第一発見者は晴柳院だが、死体の第一発見者は曽根崎になるってわけか。
「他に何か気になったことは?」
「気になったこと・・・そう言えば、今日はいつもより鯉が元気でした。ここの鯉が跳ねたのなんて初めてです」
「・・・そうか」
突っ込むところなのか?こいつ、マジで言ってんのか?時々こういう呑気で天然なとこ見ると、こいつが何者なのか分からなくなる。それでも、向こうでフライパン持ってる女王様よりはマシだが。
「清水翔、私はどうすればいい?晴柳院命の見張りを続けるべきか?」
「聞けることは聞いた。後は自分で考えろ」
「では現場を見てくる」
そこは晴柳院に付いとくもんだ。相変わらずマイペースな奴だな。俺も晴柳院に構ってる場合じゃねえから、あんまり言えねえが。
獲得コトダマ
【スピーカー)
場所:植物園
詳細:植物園の天井に設置されている。音量は倉庫内の機械で調節することができる。
【晴柳院の証言)
場所:なし
詳細:早朝、植物園のスピーカーから突然の爆音が響いてきたという。倉庫で音量のツマミを下げた後に、火事に気付いた。
なんかしてて気になるから聞くが、穂谷の話って聞く必要あんのか?寄宿舎にいたよなこいつ。
「おい穂谷、なにしてんだ」
「ああ、ちょうどいいところにいくらか使えそうな方が来ましたね。貴方、これを取りなさい」
「あ?」
「このフライパンが、ドアにくっ付いて離れないのです。黄金の鵞鳥が如しです」
「なに言ってんだ。んなわけねえだろ」
確かに見た目はフライパンが、植物園のドアにくっ付いてるように見える。だがそんな馬鹿なことあるわけねえ。外そうとしてると結構固い。だが原因は少し調べるとすぐわかった。
「なんだこりゃ・・・磁石?」
フライパンとドアに挟まれて、なかなかデカイ磁石があった。両面テープでドアに固定されてるようで、フライパンはこれに捕まったわけだ。なんでこんなもんがこんなとこにあるんだ?妙だな。
この磁石はかなり強力だが、踏ん張れば外せないこともない。取っ手の根元が少し曲がっちまった。
「おらよ」
「よくやりました。褒めて使ます」
「そりゃどうも」
「調子に乗るなリンゴ頭!!!」
「なにがしてえんだよ!?」
褒めたりキレたり忙しい奴だなおい。トチ狂った奴にあれこれ言うつもりもねえが、もう少し統一感ぐらい残しとけなかったのかよ。
「こんなとこで油売ってねえで、お前も少しは捜査しろ。今は馬鹿でもキチガイでも手は欲しいんだ」
「お断りします!この絶望の中でもがく貴方方こそ絶望そのものです!素直に全てを受け入れなさい。いくらか楽になることでしょう」
「・・・諦めろってのか?」
「聞けば、笹戸君は焼死だそうじゃないですか。火は証拠さえも燃やし尽くしてしまいます。街中ならともかく、こんなところでは証拠もなにもあったものではありません」
意外と筋が通ってた。確かに証拠を火の中に放り込めば、それすらも燃えちまって、証拠なんか残らねえ。だが、それでもまだ何かがあるはずだ。クロの手がかりが。
「お前と話すほど無駄な時間はねえって分かった。俺はまだ諦めきれねえ」
「うふふ・・・既に“超高校級”であることを諦めた貴方が、そんなことを言うのですね」
「・・・命まで捨てる気はねえんだ」
背中に笑いかける穂谷にそう吐き捨てて、俺は捜査に戻った。入り口付近に何かあるかも知れねえ。
「ん?」
俺も捜査の勘ってのが付いてきたのかも知れねえな。できれば関わり合いになりたくなかったもんだが、今は役に立つ。入り口すぐそばの草むらに、明らかに不自然なもんがある。あるというより、ついてる。
何か、そこまで重くはねえ何かを引きずったような跡だ。なんだか分からねえが、モノクマが整備してる以上は、こういうところまで几帳面なのがあいつだ、これを見逃すはずがねえ。
「一応、覚えとくか」
獲得コトダマ
【磁石)
場所:植物園
詳細:植物園の西側出入り口のドアに貼り付けられていた、強い磁力を持つ磁石。
【草むらの跡)
場所:植物園
詳細:西側入口付近の草むらに、何かを引きずったような跡が残っていた。
事件は植物園で起きてる、だから手掛かりのほとんどは植物園内にあるとみていい、だが前回のこともあるし、ここにしかないと考えんのは危険だ。だからっつって時間に余裕があるわけでもねえ。
「どこを探すかな・・・」
「お悩みのようだね、清水クン」
「モノクマかテメエは」
途方に暮れてるってわけではねえが、次にすることを考えあぐねてたら、いきなり曽根崎に話しかけられた。栽培室の捜査してたんじゃねえのかよ。
「どう?晴柳院サンから証言はとれた?」
「まあな。気になるとこもいくつかあった」
「そっか。じゃあそれは裁判場できくよ。あ、それから栽培室での捜査結果は六浜サンにも伝えてあるから、彼女から聞いて。それとボクは晴柳院サンに聞きたいことがあるから、しばらくここを離れるね」
「もう終わったのか」
「実を言うと、焼死じゃ証拠が取りづらいんだよ。なにもかも燃えちゃうからさ」
さっき穂谷が言ってたことそのまんまだな。あるあるみたいに言うこいつもこいつだが、『女王様』もその気になりゃまあまあ洞察力あるってことだな。
「だから直接的証拠よりも、間接的証拠から攻めてくのさ。ああ、それと清水クン、倉庫の中はもう調べた?」
「倉庫?」
「きっとあそこにも手掛かりはある。ボクはそう思うね。ってことで任せたよ。よろしく」
いつもは俺にまとわりついてくるくせに、今回はやけにあっさりと去ってく。何を考えてやがるんだ。いい予感はしねえが、時間も人手も無駄にできねえ。癪だが、あいつの言う通りに倉庫を見てみるか。
確か晴柳院がスピーカーのツマミをいじったんだったな。確かに一番下まで下がって、音量0になってる。自動じゃなく手動で調整するってことは、誰かがこのツマミをいじって最大にしてたってことだよな。そいつがクロか?
「なんのためにだ?」
一人で考えたって答えは出ねえことはもう知ってる。よしんば出たとしても、それが正しい保証もねえ。曽根崎が言ってた手掛かりってのはこれか?ずいぶん曖昧な手掛かりだ。
「・・・」
そう言えば、倉庫はもう一つあった。こっちは機械類がいっぱいあるが、もう片方は園芸用具とかばっかだ。シャッターを開けて中に入ると、埃っぽくて息苦しくなる。こんなところに手掛かりなんかあんのか?
「別になんもねえよな・・・?」
見渡してみてもおかしなところはねえ。曽根崎の勘なんか無視するべきだったか?いや、あいつの目聡さは一級品だ。“超高校級”ってのはそういうことだ。ってことはやっぱここには何かあるはずだ。
「おっ」
壁に、この用具倉庫の備品リストがあった。ちょうどいい。手にとって、備品の数をひとつひとつ調べてみる。あいつが言ってたんだ、徹底的に調べとかねえと後で困る。
バケツ、肥料、ジョーロ、ツルハシ、クワ、シャベル、鉢、プランター、腐葉土、鎌、枝切り鋏、殺虫剤・・・ん?
「殺虫剤・・・」
棚に並んだ数とリストにある数は同じだった。ただ、殺虫剤だけを除いて。倉庫の中をどれだけ探しても、リストにあるはずの殺虫剤が一本もない。それ以外が全部揃ってるだけに、これはおかしい。
「これのことか・・・普通にそう言えっつうの」
よくできました、と曽根崎の拍手が聞こえてきそうだ。わざわざ遠回しに言いやがって。それにしても殺虫剤なんか何に使ったんだ?それもリストにある本数を全部となると結構な数だ。覚えとこう。
獲得コトダマ
【倉庫の備品リスト)
場所:園芸倉庫
詳細:備品リストと実際の倉庫とでは、殺虫剤の個数が合わなかった。
倉庫を出た後は、入り口付近に戻っても意味はねえから、必然的に栽培室の方を捜査することになる。あの笹戸の死体があるところだ。気は向かねえが、仕方ねえ。
栽培室はやっぱり真っ黒になってて、まだ焦げ臭い。こんな狭い小屋の中で、笹戸は火に囲まれて死んでいったんだ。俺ならそんな死に方は御免だ。あいつの苦しみの一片だって分かりゃしない。
「来たか、清水。曽根崎から話は聞いたか?」
「ああ。お前に全部預けてったらしいな」
中には望月と六浜がいた。足の踏み場もない場所に三人も人が入ると余計に狭く感じる。一番奥には笹戸の焼死体が転がってて、居心地は悪いなんてもんじゃねえ。最悪だ。
「手短に話そう。まず笹戸の死体だが、ファイルにある通りだ。他に手掛かりを見つけ出す技量は私にはなかった。ただ、一つ不可解なものがある」
「不可解なもの?」
「笹戸の死体の側に、こんなものが転がっていた」
六浜が取り出したのは、これまた真っ黒になって、ただ辛うじて元の姿が分かる、キノコだ。焦げてるせいか、毒々しい見た目になってる。しかも完全な姿じゃねえ。傘の一部がなくなってる。
「千切られたキノコだ。一体どこから持ってきたのか、片割れがどこに行ったのか、分からない。詳細は曽根崎が調査してくれるそうだ」
「そりゃいい、キノコは嫌いだ」
「私にピーマンは出すのにか」
望月が口を挟んできた。いつの話引きずってんだよ。キノコなんて、キッチンかどっかから持ってきたんじゃねえのか。何のためかは知らねえが、笹戸の側に転がってるってのはどういうことだ?
「それと、燃えた物の中から気になるものをいくつか見つけた。まず、これだ」
「なんだこりゃ?缶?」
「ああそうだ。あちこちに散乱していた。特別なものではないようだが、やはり正体は分からない」
「よく見つけたな」
「これで全てかも分からない。さすがにこの栽培室を調べる時間はなさそうだからな」
「そうか。で、あとはねえのか」
「もう一つある」
並べられた缶は、5本か6本くらいある。縦長のデカめの缶だが、なんでこんなもんが栽培室で丸焦げになってんだ。考えそうになるのを止めて、次に六浜が見せてきたものを調べようと思った。だがどこから手を付けていいものやら分からなくなった。
「なんだよこれ・・・?」
「なんだか分からない、だから気掛かりなのだ」
大真面目に言われると納得しちまいそうだが、六浜が分からねえんじゃ俺にはさっぱりだ。
黒くなってんのはやっぱり焦げたからなんだろう。それはいい。黒い塊の両端からコードみてえなもんが二本伸びて、行き場を失ったようにそのまま放ったらかしにされてる。さらに分からねえのは、その黒い塊に、黄ばんだプラスチックがどろどろになって覆いかぶさってるってことだ。一体全体なんなんだこりゃ。
「犯人が炎で隠滅しようとしたのだろうが、消えてなくならなかったのは幸いといえよう。だが正体が分からなくする程度の効果はあったようだ」
「なにを冷静に分析してやがる。このプラスチック剥がしゃマシになんだろ」
「証拠の破損など論外だ。それに、もともと一体だったのかも知れん。下手なことはしないことだ」
「ん・・・そうか。他には?」
「済まんが、もうない。後は砕けたガラスや焼けた金属製の棚・・・栽培室の火災で生じたガラクタばかりだ」
「は・・・ウソだろ?」
六浜は申し訳なさそうに言ったが、俺はすぐには理解できなかった。冗談じゃねえぞ、たったこれだけか?今まで死体の周りには嫌になるほど手掛かりが残ってたじゃねえか。それなのに、正体の分からねえ物体にゴミにキノコだと?それだけで何が分かるってんだよ。
「分からないことが多過ぎる。私が火事に気付いた時には栽培室の外まで火の手があがっていた上に、その場には晴柳院しかいなかった」
「なんで消火しようとしなかった」
「晴柳院を避難させるので手一杯だった。モノクマの気紛れで消火されてなければ、今も捜査どころではなかっただろう」
クロはこれを狙ってやったのか?夜時間に、こんな合宿場の隅で、モノクマの手を借りねえと消せねえほどの火事を起こすなんて、たかが一人の笹戸を殺すためにしてはあまりに手がこみすぎてる。クロは本当に笹戸だけを殺すつもりだったのか?それ以外に何か目的が?分からねえ・・・。
獲得コトダマ
【キノコ)
場所:栽培室
詳細:笹戸の死体のそばに転がっていた、千切られたキノコ。焼け焦げているが、食欲はそそられない。
【正体不明の物体)
場所:栽培室
詳細:二本のコードが伸びた謎の物体。真っ黒になった上に溶けたプラスチックを被っていて正体が分からない。
【溶けたプラスチック)
場所:栽培室
詳細:正体不明の物体に被さっているどろどろのプラスチック。原型を留めていないため、元が何なのかは分からない。
『火遊びするとおねしょするって言われたことはない?小学五年生までおねしょするような子にはならないようにね!うぷぷ!どうせするなら芸術的なおねしょをすればいいんだよ!世界地図でもヒエログリフでもさ!真っ白な布団がキャンバスに見えてくるね!だけどお前らには布団より先に棺桶に入ってもらおうか!ぎひゃひゃひゃひゃひゃ!!学級裁判ダヨ!寄宿舎の赤い扉前に全員集合!!』
「いつにも増して下卑た放送だ」
「しかし、従わざるを得ない。気が変わらない内に行くのが得策だ」
「くそっ!たったこれだけかよ・・・手掛かりは・・・!」
少ない、しかも分からない。こんなんじゃ手掛かりなんてほとんどないのと同じじゃねえか。そもそも、クロなんかマジでいんのか?この期に及んで、まだ俺らを出し抜いて一人で出て行こうとする奴なんかいるのか?いなきゃこんなことになってるはずがねえのに、いるとも思えねえ。何を考えりゃいいんだ。何が答えで何が分からねえんだ。
手掛かりは少ねえのに考えは複雑に入り組んで、今ある場所すら見失う。こんなんでクロなんか見つかるのか。そんな不安を抱えたまま、足が自然と寄宿舎に向かう。
「やあ清水クン。ちょうどいいや。手伝ってくんない?」
資料館の辺りを通りかかった時に、曽根崎が話しかけてきた。手には、あの黒いファイルが抱えられてる。
「そんなもんどうすんだ」
「証拠になるかと思ってね。ないよりいいでしょ?」
分からねえが、モノクマが認めるんなら手掛かりは多い方がいい。俺は黙ってそのファイルを持った。
「さて・・・覚悟はできてるよね?」
気付けば、いつもの赤い扉の前にいた。手には黒いファイル、その間の記憶が抜け落ちたように、俺は何も考えてなかった。なんでだろうか、今は一瞬でも惜しいのに。
まだ覚悟を決めきれてない奴もいる、捜査が足りなかったんじゃないかと不安気な奴もいる、絶望に嗤う奴も何も感じてない奴もいる。それらを一緒くたに食らおうと、扉は真っ黒い世界を広げ始めた。
『コロシアイ合宿生活』
生き残り人数:残り6人
清水翔 六浜童琉 晴柳院命 【明尾奈美】
望月藍 【石川彼方】 曽根崎弥一郎 【笹戸優真】
【有栖川薔薇】 穂谷円加 【飯出条治】 【古部来竜馬】
【屋良井照矢】【鳥木平助】 【滝山大王】【アンジェリーナ】
四章からずっと死ぬ死ぬ言われてたあいつが遂に死んだ!思えば無印といいスーダンといい、五章は火ってはっきりわかんだね