ダンガンロンパQQ   作:じゃん@論破

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おしおき編

 

 「ううっ・・・!!ああうぅっ!うああぁぁ・・・!!」

 

 弾けるファンファーレ、溢れる大喝采、止めどない絶望色の歓喜。これは紛れもなく、俺たちの敗北だった。だが、誰が勝ったっつうんだ。

 

 「これまたこれまた大大だいせいかああああああああああああああっい!!!実に五連続正解!!!素晴らしい記録だね!!トップタイだよ!!!ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」

 

 笑うのはモノクマ。造り物の牙の隙間から悪意の高笑いを吐き散らす。奴にとって裁判の決着なんかどうでもいいはずだ。どんな答えが出たって、奴がすることは同じなんだ。それに俺たちは今、間違いなく、絶望してる。

 

 「“超高校級の釣り人”笹戸優真くんを殺した・・・殺してしまったクロの正体は何を隠そう!“超高校級の陰陽師”晴柳院命さんだったのでしたあ〜〜〜!!大人しい顔して腹の底じゃ何考えてるか分かんないね!!」

 「・・・ち、ちが・・・・・・!うちは・・・!うちは・・・!!」

 「くっ・・・!」

 

 まともな反論もできず、逆上して喚くこともできず、クロに指名された晴柳院は、閉じない口からただただ息を漏らしてた。悔しそうに唇を噛む奴もいる、申し訳なさで顔を見られない奴もいる、事実に打ち拉がれて泣き続ける奴もいる。何をしても俺たちの中の敗北感は拭えない。晴柳院がクロに決まったってことは、俺たちは晴柳院に投票したってことだからだ。

 

 「まさかまさかの満場一致!いや〜、こんなことってあるんだね!クロ以外の全員どころか、クロ自身も自分に投票するとはね!」

 

 心臓を切り裂かれるような、冷たい感覚が走った。モノクマの言葉が孕む、俺たちの絶望の感触。何への絶望かなんて、一つしかない。無実のクロを差し出すしかない、俺たち自身への絶望だ。

 

 「うううぅぅ・・・・・・!!あああああああああああああああああああっ!!!」

 「まさかこの仕掛けを見破るとは思わなかったよオマエラ!!生徒の力を見くびってはいけませんね。先生は嬉しいです」

 

 耳を塞ぎたくなる晴柳院の絶叫と、ふざけたモノクマの戯れ言。それでも、俺たちはその全てを耳に受け入れるしかないような気がした。この絶望的な現実から逃げることは簡単だ。その簡単なことも俺たちはすることができない。

 

 「なんでだよ・・・!!」

 

 自然と口から言葉が漏れた。今更何を言ったところで何も変わらない。過去は覆らないし、今は好転しないし、未来もきっとそのままだ。俺には、ただじっと耐えるのが正しいのか、感情をぶちまけるのが正しいのか、それすらも分からねえ。

 

 「なんでこんなことになったッ!!!どこで間違えたッ!!誰のせいだッ!!」

 「ううぅぅ・・・ご、ごめんなさいぃ・・・!!ごめんなさい・・・」

 「あやまんなッ!!」

 「ひぅっ!?」

 

 俺の叫びに返ってきたのは、晴柳院の弱々しい謝罪の声だった。違う。晴柳院が謝ったところで何も解決しない。そもそもお前が謝ることなんて何もねえんだ。ただ、反射的に謝ってるだけだ。

 

 「そうですよ、謝って笹戸君が生き返りますか?貴女のしたことは絶対に取り返しのつかない、外道の行いなのですよ。貴女の謝罪には何の意味もないのです。お分かりですかあ!?温室育ちのお嬢様がよォ!!」

 「あああぁぁ・・・うううっ・・・・・・うっ、ひぐっ・・・!ああううぅぅ・・・」

 「穂谷、止めろ」

 「その涙はいったい何の涙ですか?泣けば許されるとでも?今までのように、誰かが助けてくれるとでも!?だから貴女は甘いのですよ!ここには貴女を守る人など誰もいません!うふふふふ!!皆さん死んでしまいましたからね!!貴女が殺したんですよ!!」

 「ああぅ・・・そ、そんな・・・!」

 「コロシアイを止めるだとか、誰も悲しませないだとか・・・そんなことを言うばかりで何もできず!誰も救えず!頼れる人は全て死に!なんと惨めで哀れで愚かなのでしょうか!!そもそも最初に飯出君が殺されたのも、貴女にも責任があったのではありませんか!?口火を切った有栖川さんを止められなかったのは貴女ではありませんか!!挙げ句の果てには笹戸君を殺して・・・貴女の存在そのものが絶望ではありませんか!!」

 「穂谷ッ!!!」

 

 もはや証言台に縋らないと立ってられないほどの晴柳院に、穂谷は言葉で追い討ちをかける。ただひたすらに、悪意だけで。そんな残酷なことがあるか。なんでそこまでイカレたことができるんだ。六浜の絞り出すような制止は、乱射される穂谷の悪意の前で何の力もなく掻き消される。

 

 「晴柳院サンを責めてもしょうがないよ。彼女は、はめられたんだ」

 「そうでしょうか!?むしろ、全ては晴柳院さんの策略とも考えられませんか!?」

 「・・・どういうことだ?」

 「簡単なことです。この計画を笹戸君に持ちかけ、協力させたのです。そうでなければ、笹戸君が不確実な計画のために命を投げ出すなどあり得ません」

 「その言い方だと、まるで晴柳院命のためならば笹戸優真は自害も辞さないようだが?」

 「事実そうでしょう!?こうなってしまったのです!怪しげな術式を扱うことにかけては、彼女の右に出る者はいません!“超高校級の陰陽師”なのでしょう!?」

 「・・・どうでもいいんじゃないかな、そんなこと」

 

 もう決着はついたのに、既に終わりが見えてるのに、穂谷は執拗に晴柳院を責め立てる。笹戸がどういうつもりでこんなことをしたのか、本当に晴柳院はこの事件でただ利用されただけなのか。確かにそれは不明瞭なままだ。だが、それでいいじゃねえか。もうこれ以上、この事件を明らかにして誰が得をする。

 

 「何を言ったところで、全てを知ってるのは笹戸君なんだ。もういない人から聞き出すことなんてできないよ」

 

 そうだ。この事件を仕組んだ笹戸は、その事件で死んだ。限りなく自殺に近い形で。だから、もう奴の口から何かが語られることはない。これ以上はもう・・・。

 

 「あ、なに?みんな笹戸君の話が聞きたいの?聞きたい系?うんうん、そうだよねえ。いきなり死んじゃって、言い残したことも聞き残したこともあるよねえ。かしこまっ!」

 「ッ!?」

 

 沈んだ空気に能天気な声。裁判場の空気をぶち壊して、モノクマがリモコンを取り出す。その行動が何を意味するのか、何をしようとしてるのか、俺たちは直感的に理解した。この気持ち悪い今を、絶望的なこの状況を、こいつはまだ終わらせようとしない。それどころか、まだ俺たちを追い込むつもりだ。こいつが望むのは、そんなもんばっかりだ。

 晴柳院の顔が並んだモニターが暗転し、砂嵐混じりの画面がじわりと浮かび上がる。その向こう側で佇んでるのは、まだ俺たちが知る頃の・・・知ったつもりになってた頃の笹戸だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『モノクマ・・・いや、“超高校級の絶望”さん。見てるんでしょ?』

 

 映像の中の笹戸は、開口一番にそう言った。カメラを見てはいねえが、その向こうに誰かがいることを確信してる言い方だ。そして、頼み事があると続けた。

 

 『僕の姿を録っておいて欲しい。僕の言葉と想いを、伝えなくちゃいけないんだ』

 

 この映像が残ってるってことは、モノクマは笹戸の言う通り録画をしたんだろう。笹戸に言われたから従ったのか、それとも俺たちに見せるためにわざわざ録ってたのか。どちらでも同じことだ。モノクマがすることは全て、俺たちを絶望させるためにしてることだ。

 

 『まずは、みんなに謝らないといけないね。清水君、望月さん、曽根崎君、六浜さん、穂谷さん・・・それに晴柳院さん、ごめんね。勝手なことをして。晴柳院さん以外のみんなには謝っても謝りきれないよね。なんで死ななきゃいけないんだって、怒ってるよね』

 「ブフゥーーーーーーーーッ!!!なに当たり前みたいに言ってんだか!!真逆の結果になっちゃってるのにさ!!はずかし!!」

 「黙れ」

 

 映像の中の笹戸は、普段と変わりない様子で話す。ただ、口にする言葉は不穏な意味を含んでる。こいつはこの時点で既に、学級裁判の後の光景を描いてやがる。それも、晴柳院が学級裁判を生き抜いて、俺たちが殺される未来をだ。こいつはそれを分かった上で、この態度なのか。

 

 『仕方が無いんだ。これは決して僕だけのためじゃない、晴柳院さんだけのためでもない・・・未来の人類のため、世界の希望のためなんだ。どうか分かって欲しい。キミたちは犠牲なんかじゃない、キミたちの命は、キミたちの魂は、キミたちの希望は、すべてが糧になるんだ。だから、消えてしまうことを怖がらないで受け入れてね』

 

 俺たちのよく知ってるあの笹戸の喋り方そのもの・・・だった。自己主張が弱くて、やたらとしどろもどろ喋って、どことなく自信なさげな喋り方だった。だからこそ、そんな口調の中に出て来た言葉に、俺たちは耳を疑わずにいられなかった。今、こいつなんつった?未来の人類?世界の希望?魂が糧になる?なんだその、曖昧で、胡散臭くて、不気味な羅列は。

 まるで死に行く俺たちへの手向けのような、死んでいった俺たちへの弔辞のような、そんな言葉を簡単に口にした後、笹戸はすっかり雰囲気を変えて切り出した。

 

 『それじゃ、改めて自己紹介から始めようか。はじめまして、晴柳院命さん。僕は笹戸優真。そして晴柳院さん。キミは僕たちの“希望”だ』

 「・・・えっ?」

 

 急な自己紹介に、名前を呼ばれた晴柳院は小さく声を漏らした。そして笹戸は自分のことを複数形で名乗った。なんだそれは。晴柳院が希望って、どういうことだ。

 

 『もしかしたら、まだ思い出せてないかも知れないね。だけど僕は思い出したよ。僕らのことも、キミのことも。僕らはずっとキミのことを見てた。合宿場にいるときも、学園にいたときも。そう考えると、僕はすごく幸せ者だ。最後の瞬間まで、キミという希望の側にいることができたんだから。これは運命なんかじゃない、僕らはキミに導かれて希望ヶ峰学園にやって来た。全てはキミの意思だ。でも、キミは何も知らなくていいんだ、キミがキミであるだけで、僕らは救われる』

 

 違う。こいつは笹戸じゃない。少なくとも俺たちの知ってる笹戸じゃなかった。顔も声も喋り方も、全てが笹戸とそっくりなのに、こいつの雰囲気は全く違った。まるで何かが乗り移ったような・・・それとも、この姿が本来の笹戸なのかも知れない。少しずつ、俺の中の笹戸が崩れていく。

 

 『晴柳院さん、安心して。キミがいつどこで誰と何をどんな理由でどうしていようと、僕らはずっとキミのことを信じてる。いつでも僕らはキミを崇めるよ。僕は・・・僕らは、「希望の徒」』

 

 大人しくて、穏やかで、流れるような言い方なのに、その言葉はねっとりと耳に粘り着く。精神にまとわりついてじわじわと蝕まれるような、嫌な感覚。そして笹戸はまた、名乗った。初めて聞く名前を。ただ録画しただけの映像だったはずなのに、モノクマが余計な編集をしたんだろう。エコーがかかった笹戸の言葉とともに、その名前が文字で表示された。『希望の徒』、見るからに胡散臭え名前だ。

 だがそんな感想も吹き飛ぶことが、目の前で起きた。

 

 「・・・ッ!!?ああっ!!あぅぁあああっ!!!」

 「ッ!」

 「うぷぷぷっ!」

 

 画面に浮かび上がった『希望の徒』の文字。それを見た瞬間に、晴柳院が頭を抱えて叫んだ。大きな力ではね飛ばされたように後ろに仰け反って、数歩さがる。苦しそうな表情の中でぐるぐると脳が揺さぶられているように息が荒れる。間違いない。今、晴柳院の記憶が戻った。

 

 「はあ・・・はあ・・・あ、ああぁ・・・・・・」

 「晴柳院!しっかりしろ!」

 「・・・うっ、ううぅ・・・・・・そ、そんな・・・」

 「今のは?記憶が戻ったのですか?ということは今の言葉が、彼女の記憶のパスワードということですね!『希望の徒』なる団体の名前がなぜ貴女と関係しているのですか!?繋がりがややこしくなってきました!うふふふ!」

 

 うずくまる晴柳院を無視して映像は進む。今の状態からして、晴柳院と笹戸の間に怪しげな関係があったことは事実で間違いねえようだ。とすると、マジで笹戸はそんな頭のおかしい理由でこんな事件を起こしたってのか。

 

 『「希望の徒」は、真の希望を追い求めるんだ。旧希望ヶ峰学園の狛枝凪斗先輩がそうであったように、生ぬるい希望なんかじゃない、希望ヶ峰学園が理想に掲げる最大の希望を追い求める。だけど、人によって希望の形は違う。狛枝先輩のように“超高校級”の“才能”に希望を抱く人もいれば、とにかく誰かのために尽くすことを希望とする人もいる。何も起きないことこそが真の希望と唱える人もいる。だけど、そんな僕たちが共通の希望として掲げている一人が、キミだ。晴柳院命さん』

 「・・・ッ!」

 

 再び名前を呼ばれて、晴柳院は肩が跳ねた。これは完全に、怯えてる。なんなんだこれは。晴柳院は何をどこまで思い出したんだ?『希望の徒』って連中はなんで晴柳院を崇めてんだ?そもそも、こんな連中がなんで希望ヶ峰学園にいるんだ?

 

 『まだ僕たち「希望の徒」が、新希望ヶ峰学園の中でまとまって行動することがなかった頃。僕らに共通してたのは、狛枝凪斗という偉大なる希望の信者を敬う心だけだった。だって彼は“才能”故に壮絶な人生を歩み、最後は自ら絶望に身を落としながらも、それでも希望を信じることをやめなかった。旧77期生で唯一、希望を絶やさなかった人なんだから。だけど、信じるだけじゃ何も変わらないし、救われない。当時、僕たちは、周りの生徒からも、学園からも、異端扱いを受けていた』

 「やはり狛枝凪斗は関係していたか」

 

 映像の中の笹戸は、まるで自分のことのように話した。新希望ヶ峰学園が建てられてからもう何十年と建って、もはや歴史の教科書にだって載ってる。そんな時のことを話してるのに、まるでついこの間のことだと錯覚しちまう。なんだ、気持ち悪いにもほどがある。

 

 『そんな僕たちの前に現れたのが・・・晴柳院さん、キミのお爺さんだ』

 「よ、義虎お爺様・・・?」

 『“超高校級の陰陽師”として入学した義虎様は、同じ志を持つ僕たちに呼びかけた。自らの信じる希望を追求すればいい、そうすればいずれ希望ヶ峰学園を真なる希望の学府に至らせることができる。希望なき者には救済を、希望を追う者には誇りを、絶望には希望的破滅を。そうして義虎様は、僕たちを希望へ導いてくれたんだ』

 「・・・ち、ちがう・・・・・・!!」

 『義虎様は、希望ヶ峰学園が僕たちを迫害しようとしてると言った。真の希望を目指す僕たちは、学園にとって都合の悪い存在だ。なぜなら、新希望ヶ峰学園は一枚岩じゃないんだ。絶望に敗れたにもかかわらずハリボテの希望に縋る旧学園派と、絶望の過去を捨て去りたい未来機関の息がかかった新学園派が内部で密かに争ってる状態だ。だけど僕たちに言わせれば、そんなものはどちらも希望じゃない。絶望に敗れた希望なんて認めない、絶望から逃げる希望なんてあり得ない。真の希望は、義虎様率いる僕たち「希望の徒」だ』

 「もう・・・・・・やめてください・・・!!」

 『義虎様は希望ヶ峰学園を変えるために、僕たち「希望の徒」を導いてくれた。学園内で少しずつメンバーを増やして、生徒会にメンバーを忍び込ませることもできた。そして卒業後も密かに希望ヶ峰学園の暴走を抑え続け、息子の龍臣様が入学した頃には希望ヶ峰学園の理事会にまで入り込んでた。全ては希望のため、僕たち「希望の徒」のため、人類が二度と絶望に侵されてしまわないようにするため・・・!!』

 「ウソや・・・!!ウソや!全部ウソやッ!!」

 

 恍惚の表情で語る笹戸に対して、晴柳院の顔色は青ざめる一方だ。晴柳院のじいさんが希望ヶ峰学園の卒業生だって話はどっかで聞いたが、そんなことまでしてたのは知らなかった。それより、なんで笹戸はこんなに学園のことに詳しいんだ。学園の内部のことなんて、俺たち生徒だってよく知らねえ。

 晴柳院の態度からもなんとなく分かる。こいつら、希望ヶ峰学園について何か知ってやがる。俺たちが知らない、たぶん学園が世間には知らせたくねえ部分のことを。

 

 「よ、義虎お爺様は・・・そんなこと考えてません・・・!」

 「・・・」

 「お爺様は・・・・・・晴柳院の名前が力を持つことしか・・・人を利用することしか考えてません・・・!お婆様もお父様もお母様も・・・うちかて、みんなあの人に使われてた・・・!晴柳院なんて名前のために・・・!!」

 『そろそろ思い出したかい?今度はキミの番なんだ。義虎様が僕たちを結びつけてくださったように、龍臣様が僕たちを導いてくださったように・・・キミも晴柳院家の跡取りとして、「希望の徒」を導く者として、行動するべきなんだ。こんなところにいちゃいけない、キミは学園に戻るべきなんだ』

 

 静かに、しかし強く、笹戸は言う。晴柳院の悲痛な言葉なんか想像もしてねえんだろう。まるでそれが当然なことのように、自分が死ぬことで晴柳院をクロにすることに何の疑問も抱いてない。『希望の徒』は、笹戸の心にガチガチに根を張ってる。

 

 『まあ・・・だからと言って、僕のしたことを理解してくれるとは思わないよ。殺意はなくても誰かを殺してしまうことも、モノクマのルールに従うことも、それで自分以外の全員が死んでしまうことも、希望的とは言えない。だけど、必ずしも絶望的かと言うとそうでもない』

 「ううう・・・?」

 『僕は思うんだ。この世のありとあらゆる生命は、それだけで尊いものなんだって。消えていい命なんかありはしないし、命には優劣も貴賎もない。それが絶望を呼ぶものだとしても、命それ自体を否定することはできない。僕は生命こそが真の希望の姿だと思うんだ』

 

 急に話の脈絡がぶっ壊れた。何言ってんだこいつ。自分で自分を殺しておいて、晴柳院をそれに巻き込んでおいて、それを否定するんだか肯定するんだか分からねえような言い方をする。希望だ絶望だと、そんな言葉がどんだけの意味を持ってるってんだ。

 

 『あらゆる命は平等であり、そして希望だ。命が失われることは例外なく悲しいことだ。だけど、その命が失われることによって他の命が救われたとしたら?誰かの命を繋ぐために失われた命は消えて無くなると思うかい?それは違うよ。犠牲という名の命は、生き残った命の中に根差していくんだ。誰かの犠牲の上に生きる命は、それ以外の命よりも強く、大きく、輝いてるんだ。それがいくつも重なってごらんよ。たとえば15もの命が、たった一つの命の犠牲になったとしたら・・・その命は、偉大な希望の塊だ』

 「は・・・?」

 『それがキミだよ。晴柳院命さん。キミは僕と、僕以外のみんなの命を糧に、希望ヶ峰学園に帰るんだ。そして「希望の徒」を、希望ヶ峰学園を、人類を導いていくんだ。僕たちの命を消してしまわないように、僕たちの死を無駄にしないために、キミは今すぐここから出て行くべきなんだ』

 

 憂いを帯びた表情から恍惚へ、そして今の笹戸は澄んだ真っ直ぐな眼をしてた。不気味なくらい、屈託なく何かを信じてる眼だ。だからこんなに力強く、いい加減で、不明瞭で、勝手なことが言えるんだ。今更になって分かった。これは遺言じゃねえ。もっと別の、絶望的な事実の羅列でしかない。

 

 「な、なんで・・・なんでうちがそんなこと・・・・・・!うちはそんなこと・・・望んでないのに・・・!」

 『ここまで聞いて、キミならこう思うだろうね。「なぜ自分じゃなきゃいけないのか」って。でも晴柳院さん、それはキミがキミだからだ。キミが晴柳院命だからだ。それ以上の理由なんてないし、それだけで十分なんだ。それに、もう僕たちの中に、希望を背負える人なんていなかったんだ』

 

 まるで晴柳院の言葉が聞こえてるようなタイミングだ。だがその答えはいまいち的を射てない。笹戸が崇拝してる晴柳院と、俺たちの目の前で泣き崩れてる晴柳院が同一人物だなんて、いまだに信じられねえ。あの笹戸にはどうやら、自分勝手な幻想しか見えてねえらしい。

 

 『穂谷さんは鳥木君を喪って、呆気なく絶望に染まってしまった。分かってないよ、なんで鳥木君があんなことをしたのかをさ。明尾さんを殺して、自分が犠牲になって、全部穂谷さんのためなんだよ。二人分の命も背負っただけで絶望するんじゃ、とても僕たち全員分の命を背負えやしない』

 「・・・は?鳥木君が犠牲?うふ、うふふふ!いよいよ聞く価値はありませんね。こんな狂った言葉」

 

 お前が言うな、と思ったが口にはしないことにした。この部分だけは笹戸の言うことも分かる。死にたがったり殺したがったり、殺されたがったり、死にたくねえと言ったり、鳥木がなんのためにあんなことをしたのかを分かってねえ。こんな奴のために死にてえと思う奴はもういねえだろう。

 

 『六浜さんは生徒会の人間、つまり希望ヶ峰学園側の人だ。学園は「希望の徒」を疎ましがって、本当の希望を分かっちゃいない。学園側の人間はみんな、希望の器じゃないんだ。だから、少しでも希望ヶ峰学園と繋がってる人は真の希望にはなれないんだよ。曽根崎さんも、望月さんも、おんなじだ』

 「・・・ッ!」

 『隠してたのか、それとも思い出してなかったのか、どっちでも同じことだよ。彼らは僕ら側じゃない、学園側の人間だ』

 「・・・?」

 

 六浜が学園と繋がってるってのは、もう分かってたことだ。だから別段驚かねえ。だが、その後に笹戸が連ねた名前に、思わず反応しちまった。反射的にそいつらの方を見た。

 どちらも落ち着いてた。だが、曽根崎は落ち着いてる素振りをしてるように見えた。内心は穏やかじゃねえが、なんとか今は落ち着いていようとしてるような、何かを覚悟した表情だ。望月は相変わらず何を考えてるか分からねえ。また何も感じてねえのか。

 

 『最後に、清水君。僕は・・・もし誰かが晴柳院さんの代わりに希望を背負うのなら彼だと思ってたよ』

 「・・・?」

 

 急に俺の話になった。しかも、他の奴らとは違う導入から。勝手に器じゃねえと言われるのも気分が悪いが、そうじゃねえからって気分が良いわけじゃねえ。

 

 『彼は希望ヶ峰学園に反抗してた。それがどんな理由であれ、偽りの希望に立ち向かう姿は、偽りの希望に囚われてる人よりも希望に近い。清水君はなんにも特別じゃない、自分に失望しきってる。そう言ったんだ。彼はそんな状況でも、モノクマに一泡吹かせてやりたいと思ってた。もはや希望と言うより、おそろしいほどの執念だ。絶対に諦めない、いつまでも根に持つ。少し歪んでたけど、彼には希望の素質があった』

 「・・・勝手言いやがって」

 『だけど彼は絶望を拒むだけじゃなく、希望を背負うつもりもなかった。彼にとっては希望も絶望も同じものだったんだ。残念だよ、もしもっと時間があれば・・・彼も素晴らしい希望の導き手になることができたかもしれないのにね。惜しい人を亡くしたと思うよ』

 

 最初にも感じたことだが、こいつはもう既に晴柳院以外の全員が死んだものとして話してやがる。それだけ晴柳院が学級裁判に勝つことを確信してたのか。それとも、何の確証もなく、晴柳院のことを盲信してただけなのか。そんな奴には勘違いでも信じられたくねえ。

 

 『まあ、過ぎたことをくよくよしてても希望的じゃないよね。昔の人の言葉を借りれば、希望は前に進むんだ。いずれにせよ、キミが希望の導き手になることは変わらないよ、晴柳院さん。キミなら、キミこそが、キミじゃないとダメなんだ。喜んでくれるよね?だってキミは晴柳院さんなんだから。希望のために生まれ、希望に尽くし、希望の栄えることこそが幸福なんだから』

 「ああうぅぅ・・・!!」

 『不安なこともあるかも知れないね。だけど考えてごらんよ、その不安を乗り越えた先には、偉大なる希望が輝いているんだよ!僕だってそうだ。これから僕はキミのために絶望の極みを味わうことになる。だけど・・・はははっ、すっごく清々しい気分なんだ!たとえ僕が絶望に飲み込まれてしまっても、その絶望が行き着く先にはキミという名の希望がいるんだもの!キミの希望のために、僕は絶望すら受け入れるよ!あっはははははははははっ!!狛枝先輩は希望の踏み台になろうとしていた。だけど僕は違う!違うよ!僕は踏まれて置いて行かれるだけの踏み台にはならない!究極の希望の中で共に生き続ける、希望の糧になるんだ!』

 

 油の入ったボトル、分解された妙な装置、愛用の釣り竿。すべてこの後、笹戸自身が死ぬために利用されるものばかりだ。自分自身への殺意と、狂信色の眼を光らせて、笹戸は高らかに笑う。

 

 『晴柳院さん、キミは言ったよね?もう私たちに希望はないのかって。だけど・・・それは違うよ。希望は与えられるものでも、まして降ってくるものでもない。自ら生み出すものだ。だから、晴柳院さん』

 

 まるで目の前に晴柳院がいるかのように、笹戸は語りかける。その一言だけは、笹戸以外の誰かの声も重なって聞こえた。

 

 『キミが希望になるんだよ』

 

 言うべき事は全て言った、とばかりに、笹戸はその一言を最後に歩みを進めた。奴が希望と信じて疑わない絶望への道だ。一切の迷いも躊躇いもなく、徐々に色をなくしてバラバラになっていく世界に、笹戸は消えていった。それが奴の最後の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「プププーーーッ!!こんなん笑うしかないよね!!笹戸くんってばとんだ皮算用しちゃって、大真面目な顔で的外れなことしゃべっちゃって、はずかし!!死んだら絶望も希望もないのにね!!しかも結局はその目論みも壊されちゃってさ!!」

 「ううぅ・・・!こ、こんなの・・・・・・あ、あんまりです・・・!」

 「笹戸の大馬鹿者がッ・・・!!」

 

 誰もモノクマの言葉に言い返せない。笹戸を庇うことなんかできねえし、モノクマに反論することも、うなづくこともできない。笹戸は身勝手な幻想を晴柳院に押しつけて死んだ。俺たちがその真実を見抜いたことで、その晴柳院は知らぬ間に被せられた罪のために同じ運命を辿ろうとしてる。

 

 「晴柳院家と希望ヶ峰学園の繋がりの噂は聞いてたけど、まさかそこまで根が深いなんて・・・」

 「これだから・・・やはり名家など信用ならないのです。学園内で他人を誑かして怪しげな徒党を組んで、洗脳までしてしまうだなんて。陰陽師と名乗りながら邪な働きをするのですね」

 「・・・・・・よ、義虎お爺様は・・・そういう人なんです・・・。いつも自分のことと、晴柳院家のことばっかりで・・・学園のことだって、晴柳院家の力を誇示するためのものとしか思ってないんです・・・」

 「キミはそうじゃないの?」

 「う、うちは・・・晴柳院の名前なんて・・・・・・そんなのどうでもいいんです。うちはただ・・・!ただ・・・!」

 

 言葉に詰まって、代わりに溢れ出るのは涙ばかり。晴柳院のじいさんにとっちゃ真実の希望がどうとか、絶望とか、そんなものすら方便だったんだ。笹戸も、晴柳院も、利用されてただけだ。希望とも絶望ともつかない、たった一人の人間の思惑に。

 

 「う、うちは学園でずっと『希望の徒』に・・・追いかけられてました・・・。どこに行っても、何をしてても・・・いつもうちは見張られてて・・・・・・!!うちはそんな・・・そんなこと望んでなかったのに・・・!!」

 「望んでいないのなら拒めばよろしいのに!それをしなかったのは、満更でもなかったのではありませんか!?崇め奉られ、崇拝されることに酔いしれていたのでは!?」

 「違いますッ!!」

 

 今更、穂谷の言葉に深い意味なんかない。ただ晴柳院を否定するだけの、形だけの言葉だ。だがそれでも晴柳院は強く否定した。涙を流して、血の気が引いて、カタカタと震えても、晴柳院はもう言葉を途切れさせることを許さなかった。

 

 「・・・・・・こ、怖かったんです・・・!お爺様が・・・家の人たちが・・・『希望の徒』の人たちが・・・どうなってしまうんか・・・」

 「・・・」

 「う、うちの本音を言うてしまったら・・・みなさんの想いを裏切ることになるから・・・!晴柳院家の歴史が・・・・・・『希望の徒』の人たちの全てが・・・壊れてまうような気がして・・・!せやからうちが・・・う、うちが耐えて・・・卒業するまで辛抱すればって・・・・・・!!」

 「・・・ッ!!呆け者め・・・ッ!!」

 

 震えながら晴柳院は語る。家柄なんて自分じゃどうしようもねえのに、笹戸たちからの期待なんて勝手にされてるだけなのに、それすらもこいつは裏切れねえってのか。どうしてそんな風に思えるんだ。じいさんに利用されてるって分かってるなら、文句の一つでも言えばいいじゃねえか。『希望の徒』につけ回されるのが嫌ならそう言って突き放せばいいじゃねえか。なんで自分が耐えるなんてことになるんだ。

 

 「希望だとか絶望だとか、なんだかいよいよクライマックスっぽくなってきたね!そろそろボクとオマエラも決着を付けなくちゃいけないころかな?これ以上は引っ張れそうもないしね!」

 「なんだと・・・!?どういう意味だ・・・!」

 「うぷぷ!物語も大詰めってことだよ!言ったでしょ?ボクの目的は絶望じゃない、その先にある大いなる希望だって!ここまで人数が減っちゃったらもうこの先の展開に期待はできないから、ボク直々に与えてやるってんだよ!圧倒的な絶望と、希望をさ!」

 

 うるせえ。希望だの、絶望だの。もうたくさんだ。意味が分からねえんだよ。希望ってなんなんだ、絶望ってなんなんだ。“超高校級の絶望”は絶望のために人類に災厄をもたらした。『希望の徒』は希望を掲げてこんな事件を起こした。何が違う。希望も絶望も、人を狂わせてばかりじゃねえか。

 

 「だからさ!景気づけに一発いっとこうか!終わりの始まりに相応しい、スペシャルエクストリームなおしおきを!!」

 「ッ!!」

 「・・・待て、モノクマ」

 

 忘れてたわけじゃねえ。考えねえようにしてただけだ。それが何かの意味を持ってたわけじゃねえ。惨すぎる現実から、自然と脳が逃げようとしてたんだ。そしてそんな現実に待ったをかけるのはいつだってあいつだ。

 

 「どうしたの六浜さん?またボクに怒るわけ?毎度毎度やられちゃさすがに湯たんぽよりも温厚なボクも怒っちゃうよ?」

 「違う。処刑したければすればいい。だが、晴柳院ではなく、私をだ」

 「はあ?」

 「えっ・・・」

 「晴柳院は笹戸に利用されただけだ。殺意はなかった。もうこれ以上・・・理不尽に命が奪われて良いわけがない・・・!!」

 「ならば貴女が処刑される理由もありませんね!矛盾していませんこと!?」

 「この合宿場では五度もの殺人が起きた。すべて、私の管理不行き届きに責がある。学園から監視役として派遣されておきながらだ。守れなかった命は帰って来はしない。だから、いま守れる命を守ることでしか、贖えないではないか」

 

 六浜の顔は、澄ましていた。身代わりの処刑を買って出てるってのに、それがどうしたと言わんばかりの落ち着きようだ。それだけ、こいつの覚悟は固いってことか。穂谷は首を傾げ、曽根崎は沈痛に顔を背け、望月はモノクマの様子をうかがう。俺は、誰とも目を合わせずに、自分の足下を見てた。

 なんなんだ、どいつもこいつも。なんでそう簡単に命を投げ出すんだ。他人のためだなんだと理由をつけて、自分が死ぬことをどうやって正当化できるってんだ。なんで他人のために自分が死ななきゃならねえ、なぜ他人が勝手にしたことのために死ななきゃならねえ。死ぬことに納得なんかできるわけねえだろ。それでも、モノクマは残酷にその時を連れてくる。

 

 「ふ〜ん、そういうこと言い出すわけね。うぷぷぷ、六浜さん」

 「そ、そんなのダメです!六浜さんはなんもしてないやないですか!なんで六浜さんが・・・う、うちの代わりに・・・!」

 「何も言うな、晴柳院。私はもう、こうすることでしか誰のことも守れやしない」

 「だからって・・・そんなことしたら、みなさんは誰を頼ったらいいんですか!六浜さんがいてはったからここまでみなさんは生きてられたのに・・・!そんなの・・・!」

 「晴柳院ッ!!」

 「ッ!」

 

 進み出た六浜に、晴柳院が縋り付く。覚悟を決めて死のうとしてる六浜と、それを必死に止めようとする晴柳院。晴柳院の方は、自分の行動が何を意味してるかまでは、また想像してねえんだろう。二人とも、目の前の命を死なせないようにしてるだけだ。

 

 「お前は覚悟をしているのか・・・!私と同等の覚悟を・・・!」

 「ふえ・・・うっ、ううぅ・・・!ひぐっ、ううあぁ・・・!ああああああああああああああああああああああああッ!!!」

 

 冷静な中に、一抹の不安が覗く。それを感じ取った晴柳院は、六浜の言葉にすべてを理解した。自分のしてることと、六浜の覚悟を。そしてその言葉に泣き崩れた。

 

 「見ての通りだ。さあ、早くはじめろ」

 

 改めて六浜はモノクマに向き直る。完全に覚悟を決めたその視線に、モノクマは真っ向から向き合う。そして、いつだってこいつはそうだ、すべてを嘲笑う。

 

 「なぁに言っちゃってんのォ?」

 「・・・!」

 「クロを見逃せ?クロの身代わりに自分を処刑しろ?そんな要求が通ると思ってんの?合宿規則は絶対なんだよ!たとえボクでも逆らえないの!クロがバレたのにクロがおしおきされないなんて、ありえねーーーッ!!逆立ちして鼻からスパゲッティを食べるくらいありえねーーーッ!!」

 「クロは晴柳院ではない!これは他殺ではない!自殺だ!クロが誰と言うなら、笹戸自身がクロではないのか!」

 「ぶひゃひゃ・・・だとしたらオマエラ全員おしおきだよ。自殺なら自殺者自身をクロとして指名しないといけないのに、オマエラは晴柳院さんをクロだって指名したじゃんか!論破ッ!」

 「ぐっ・・・!」

 「だいたい、お前の言い分はめちゃくちゃだよ。たとえ事故だろうが過失だろうが、悪いことをしたら罰を与えるのは社会の根底秩序じゃんか。それをお前の私情で覆そうっていうの?そんなの、外の世界で通用すると思ってんの?もちろんここでも通用しねーけどなッ!!」

 「私は外の世界には出ない!!私は・・・もう誰も死なせたくない・・・!!だから・・・!!」

 「六浜さん・・・」

 

 六浜の思ってることは分かる。モノクマなんかの肩を持つつもりはねえ。だが、どうしてもモノクマの言うことの方が正しい気がしてくる。どこまでも絶望的なくせに、言葉ばかりは真っ当なモノクマに、感情と正義感と僅かばかりの理由だけでは勝てはしない。徐々に余裕が失せていく六浜の顔に、声がかかった。

 

 「大丈夫です。うちは・・・大丈夫です」

 「・・・せ、晴柳院?」

 「うちなんかのために・・・うちなんかを庇ってくれて、ありがとうございます・・・」

 「ま、待て!どうしてお前が・・・!」

 

 さっきまで泣き崩れてた晴柳院は、六浜の袖を引いて後ろに下げようとしていた。その表情は六浜と似てた。少しだけ、六浜よりも崩れやすそうな、頼りない顔だ。

 

 「うちが・・・晴柳院家の娘やから・・・!うちは生まれた時から・・・希望に呪われてたんです」

 

 それが、晴柳院の全てだった。日本一デカい名家の娘に産まれて、日本中が憧れる学園に入学して、誰よりも人から頼られて、晴柳院にとっては何一つ喜べるもんじゃなかった。そんなバカな話があるか。こんなバカなことがあり得てたまるか。

 

 「うぷぷぷぷ!まったくもう!結局こうなるんだから、最初っから諦めちゃえばいいものをさ!まあいいや、殺ること殺ったら落とし前つけないとね!」

 「ごめんなさい・・・お爺様、お婆様、お父様、お母様。うちは・・・・・・晴柳院家の娘の務めを果たせませんでした・・・」

 「今回は!“超高校級の陰陽師”、晴柳院命さんのために!スペシャルな!おしおきを!用意しましたァ!」

 「・・・六浜さん」

 

 目の前で繰り広げられる人間の葛藤にも、命のやり取りにも、モノクマにとっては何の意味もなさない。ベニヤ板の向こう側でぬいぐるみが話してるのと同じように、そこで何が起きても所詮は物語でしかない。だからそんな無慈悲に笑うことができんだろ?

 そんなモノクマに抗うように、晴柳院は小さく声を溢した。その声は、痛々しいほど震えていた。

 

 「穂谷さん、清水さん、曽根崎さん、望月さん・・・ごめんなさい。うちはみなさんと一緒に学園に帰れなくなってまいました・・・」

 「・・・!」

 「そ、それでもうちは・・・みなさんに生きてて欲しいです・・・!うちのことを引きずってほしないです。うちは過去の人になってまうけど・・・みなさんは未来に生きてほしいです。せやから・・・うちの命を背負わんでください」

 「晴柳院・・・!!」

 

 震える声で、泣き腫らした目で、晴柳院は不器用に言った。

 

 「それでは、張り切っていきましょーーーーーーーーーーーーーーーーーーぅ!!!おしおきターーーーーーーーーーーーーーーーイムッ!!!」

 「どうか、うちを忘れてください・・・」

 

 別れの言葉にしては無愛想な言葉の奥にある眼は、助けを求めていた。無理矢理に作った薄っぺらな笑顔は涙に上書きされてた。晴柳院は最後まで、自分の気持ちを隠し続けていた。他人のことばっかり考えて、自分の感情を押し殺したまま、冷たい鎖に連れ去られて壁の向こうに消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      【GAME OVER】

セイリュウインさんがクロにきまりました。

    おしおきをかいしします。

 

 闇で塗り潰したような暗い部屋。その真ん中に小さな陰陽師、晴柳院命のシルエットが浮かび上がる。やがて部屋を取り囲む紅蓮の灯りが、その内側を照らし出す。

 四角い部屋の中央に、円形の舞台がある。四方の壁には一面に星形の魔方陣が描かれ、曲玉がデザインされた舞台の周りからは炎が昇り、その中心にいる晴柳院は不安げに周囲の様子をうかがう。背後にあるのは、晴柳院自身を模した巨大な像だ。

 ここは、希望の象徴を祀るための儀式場だ。祀られるのは晴柳院命。祀り崇めるのは、様々な格好をした怪しげな人形たち。その中には、水色のジャケットに灰色のかつらを被ったものもいる。

 

 

     《レッツゴー!晴柳院》

 

 

 儀式が始まった。人形たちは奇妙に踊って祭壇の周りを巡る。晴柳院は舞台の中心で立ち尽くし、その不気味で恐ろしい踊りから目を逸らす。人形たちは晴柳院を崇めてさらに踊りを激しくし、それにつられて舞台を取り囲む炎も大きく勢いを増す。人形が踊る。炎が燃え盛る。晴柳院はただただ立っている。しかしその儀式が執り行われている一方、モノクマの不敵な笑みが映る。その手は何かのレバーを握り、そして押し込んだ。

 次の瞬間、儀式場が大きく揺れた。人形たちは踊りを止め、晴柳院はより一層怯える。人形の一人が、舞台の後ろの壁へ駆けだした。そしてその後に続くように、人形が次々に同じ方へ走り出した。晴柳院は反射的に後ろを見た。その瞬間、晴柳院は青ざめた。

 人形たちは、全員で舞台後方の壁を支えていた。その壁の向こう側から、何かが出て来ようとしている。薄い壁を押しのけて、その向こうから赤い瞳が見える。その一瞬で、晴柳院には何が出て来ようとしているのかが分かった。

 

 「・・・ッ!あっ・・・ああぁぁ・・・・・・!!」

 

 思わず晴柳院の脚が動いた。このままではモノクマの倒した壁と自分の巨像が倒れてくる。そう直感した。舞台から逃げようとした。しかしすぐにその脚は止まる。舞台を囲む炎は、既に激しい業火へと姿を変えていた。この中に飛び込んで無事に済むわけがないことは一目で分かる。晴柳院はその場でへたり込む。背後から聞こえる巨大な何かが壁を叩く音、軋んで少しずつ傾いていく壁、炎は勢いを弱めることなく部屋を覆っていく。

 やがて、音が止んだ。もう壁を叩く音も、壁が軋む音もしない。晴柳院はそれに気付くと同時に、いい知れない恐怖を覚える。ゆっくりと、振り返った。

 壁の向こうから現れたのは、巨大なモノクマロボだった。頭部に乗ったモノクマがレバーで操縦し、壁のあった方向からこちらに近付いてくる。足下にはさっきまで壁を懸命に支えていた人形たちが、真っ黒な灰に姿を変えて転がっていた。舞台を囲む炎はいつの間にか、部屋全体を飲み込んでいた。

 そしてモノクマロボは突き進む。目の前に聳えていた晴柳院の巨像を押しのけて、祭壇の中心に鎮座する。押しのけられた像は、ゆっくりと倒れていく。歪んだその光景を、茫然と眺めることしかできない小さな自分に向かって、容赦なくその全てを押しつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺たちは無力だ。生きたいと願う奴の一人も救えない。いま自分たちが生きてて、晴柳院が死んじまったのが、悔しくてたまらない。舞台と巨像の間に散った赤い飛沫の中に浮かぶ艶やかな黒髪が、その死を鮮明に知らしめる。

 

 「うぷぷぷぷ!!ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!我ながらサイコーケッサクだね!!どんなに崇められてもあんな簡単に死んじゃうんだよ!!人間なんてどいつもこいつも同じ!!タマゴみたいに簡単に潰れちゃうんだよなあ!!」

 「こんなこと・・・・・・こんなこともう終わりにしろ!!なぜ晴柳院が死ななければならなかったのだ・・・!!」

 「・・・」

 

 こんな結末に納得したことなんて一度もない。納得しないまま、全てを諦めきれないまま、俺たちはここまできた。たった五人になるまで、殺した奴も殺された奴も、誰一人としてこんな結末は望んでなかった。

 

 「それじゃあ、おしおきも終わったしいよいよクライマックスに突入しようか!物語の大詰めはすべての謎が明らかになるって決まってるんだよ!」

 「どういうことだ」

 「うぷぷぷ・・・このボクが相手してやるって言ってるんだよ」

 「相手するって、どうするつもり?」

 

 晴柳院の処刑が済んだモノクマは、あっさりと先の話を始めた。俺たちはまだその死を受け入れ切れてねえのに、モノクマはいつだって俺たちを置いていく。

 

 「ボクとオマエラの決着を付けるのさ!この合宿場の、このコロシアイ合宿生活の真相の全てを、オマエラに解き明かしてもらうんだ!うぷぷぷぷ!オマエラがこの真相を解き明かした時、オマエラの希望は華々しく輝くんだろうね!徹底的に絶望してもらうよ!!」

 

 牙の間からモノクマが笑う。意味不明で不穏な言葉は、俺たちに途方もない絶望の気配を感じさせる。学級裁判は終わったが、まだモノクマは俺たちに何かさせるつもりらしい。漠然とした絶望感が、俺たちに重くのしかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コロシアイ合宿生活』

生き残り人数:残り5人

 

  清水翔   六浜童琉  【晴柳院命】   【明尾奈美】

 

  望月藍  【石川彼方】 曽根崎弥一郎   【笹戸優真】

 

【有栖川薔薇】 穂谷円加  【飯出条治】 【古部来竜馬】

 

【屋良井照矢】【鳥木平助】 【滝山大王】【アンジェリーナ】




ここまでで半年かかりました。話の概要はほとんど決まってたのに、書く時間が思ったよりもとれなくて・・・。言い訳はいいわけ!っつってね
はい、クライマックス頑張ります
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