立派な魔法使い 偉大な悪魔   作:ALkakou

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第六章 『邂逅』

「――――!」

 

 一体のブラッドゴートが、獣の様な声をあげた。それを皮切りに他の悪魔達が、怒声とも、歓声とも、奇声とも聞こえる雄叫びを次々に上げていく。伝播していくその声は空気を震わせ、悪魔達をさらに興奮させていく。まごうことなき悪魔達の鬨の声であり、魔界の侵攻の始まりを伝える、ムンドゥスからの福音である。

 

「――闇を従え吹雪け常夜の氷雪』」

 

 詠唱を終えたエヴァンジェリンの掌に、魔力が黒く渦巻いている。麻帆良学園でも行使した魔法『闇の吹雪』だ。それを無数の悪魔達が押し寄せる、魔界へと続いている大穴に向かって放つ。

 単発の闇の吹雪では殲滅は到底不可能な数だ。だが、悪魔達が出てこられるのは、エヴァンジェリンが狙いを定めた大穴に限られている。そのため魔法世界へ殺到する悪魔達は、直線的な破壊力に優れる闇の吹雪に蹂躪され、かなりの数が原形すら留めずにバラバラになった。

 しかし数の利はそうそう崩れることはない。悪魔の勢いは止まることはなく、闇の吹雪が収まるやいなや空間を埋め尽くすように溢れ出してくる。そしてついに魔法世界へ、悪魔達が足を踏み入れた。

 瞬く間もなく前線にいた悪魔達の体に赤い筋が走った。そして数瞬の後、鮮血が噴き出す。気がついた悪魔はいなかった。なぜならあまりにも速く、あまりにも鋭かったからだ。

 そう、彼らは斬られたのだ。幾度と無く魔を切り伏せてきた、往年の退魔の剣士によって。

 悪魔の穢れた血が舞う中、詠春はさらに刃を振った。退魔の剣は容赦なく悪魔を斬り捨てていく。

 その詠春の背後に白いモノが現れた。それは美しい純白の翼に、光り輝く剣を持ち、神々しくもある光に包まれていた。誰もがそれを見た時、天使だと言うだろう。

 詠春が気がついた時には、それは既に詠春へと囁きかけていた。その様相からして神からの言葉だろうか? いや、この悪魔――フォールンが紡ぐ言葉は甘言だ。人を堕落させる囁きである。悪魔の囁き、甘言は非常に強力だ。耳を傾けたら最後、魔道へ落ちてゆく。

 

「フッ――!」

 

 詠春は直ぐに背後のフォールンへ野太刀を振るった。研ぎ澄まされた刃がフォールンの純白の翼へ迫る。白刃は羽を切り裂き、胴体を覆っていた翼が散った。そこには、醜悪な悪魔の顔があった。

 人の前に現れる悪魔の中には、絶世の美男美女に扮するものがいる。そうすることで人の警戒心を解き、堕落させやすくするのである。フォールンの天使のような美しい翼もまた、人の警戒心を解くためのものであり、同時に悪魔の本性を隠す一種の鎧のようなものだ。

 悪魔の本性を暴かれたフォールンは、手に持つ剣を激しく振るい、詠春へ向かっていく。もはや先程まで見えていた天使のような神々しい姿はない。

 フォールンが大きく振りかぶって詠春を間合いに捉えた途端――フォールンの身体を白刃が貫いた。

 詠春はフォールンへは何もしていない。側面から突撃してきたブラッドゴイルを切り裂き、フォールンへ向き直っただけだ。フォールンを貫いた刃はそのまま横薙ぎ、フォールンの胴体は半ばから二分され、力なく落ちていった。

 

「このような相手に後ろをとられるとは。流石に鈍りましたか?」

 

 そこにはゲーデルがいた。刀を振るって血を飛ばし、指で眼鏡をかけ直しながら詠春へ言葉を投げかける。

 

「はは、随分腕は落ちたよ」

 

 ゲーデルの言葉に、詠春は面目ないといった感じに答えた。

 詠春はかつてゲーデルに剣術を教えていたことがある。その時からゲーデルは非凡な才能を見せていた。そして先程の剣を見る限り、それは今でも健在であることは詠春も認めていた。

 ところが師匠である詠春は、関西魔術協会の長という立場もあり、久しく戦いの前線を退いていた。そのため剣の腕が鈍くなったことは、明白なようだ。

 もっとも、全盛期から腕が落ちただけであり、未だに詠春の剣は鋭いことに変わりはない。

 短い会話を交わしている二人へ向かって、先程詠春が斬り伏せたはずのブラッドゴイルが再び突進してきた。正確には、二体に分裂したブラッドゴイルだ。

 ブラッドゴイルは魔力が込められた石像に、穢れた血を注ぐことで生まれる悪魔だ。その体は固い石から赤い液状になり、攻撃を加えられても分裂する。そのため、詠春によって斬られたブラッドゴイルは絶命することなく増殖したのだ。

 突進する二体のブラッドゴイルが更に速度を上げ、二人に突撃した時だった。ブラッドゴイルの体に衝撃が走った。

 その原因を理解する前に、ブラッドゴイルの身体は赤い液状の体から石の姿へと変わっていた。

 ブラッドゴイルの性質は、近代兵器登場以前の時代に身につけた一種の耐性のようなものである。そのため、近代以降に登場した銃器のような兵器にはまだ耐性ができておらず、攻撃を受けても分裂できないのだ。

 だが詠春もゲーデルも銃器の類は持っていない。つまり彼等がブラッドゴイルを攻撃したのではない。では誰がブラッドゴイルを元の石へ姿を戻したのだろうか。

 それはネギ達の近く。バレットM82を構えスコープを覗いている、龍宮真名だ。

 彼女は一瞬のうちに二体のブラッドゴイルにそれぞれ二発づつ、つまり計四発を撃ち、石へと変えたのだ。

 石の姿となったブラッドゴイルは重力に従い落ちていく。龍宮もそれを追うように銃身を僅かに動かす。そして二度引き金を引いた。

 強烈なブローバックと共に銃口から放たれた弾丸は障気の混じった大気を切り裂き、目標へ着弾した。対物狙撃銃の名の通り、威力は十分だ。石になったブラッドゴイルを、文字通り粉砕した。

 

「ネギ先生、私はここで突入の援護をする。私も向こうへは後から行くよ」

 

 スコープ越しに狙いを定めた悪魔を淡々と撃ち落としながら、龍宮はネギへ話す。またネギ達に対する“早く行け”という言葉も言外に含まれていた。

 それはネギにも伝わったのであろう。ネギは少し口早に続けた。

 

「分かりました、よろしくお願いします。皆さん! 今から僕達はアスナさんを助けに、あの大穴から魔界へ飛び込みます!」

 

 そう言いながらネギはぱっくりと口を開けている魔界への入口を指差した。そこでは詠春やゲーデルが悪魔を相手に立ち回り、龍宮が撃ち出す銃弾やエヴァンジェリンの魔法が的確に悪魔を撃ち落としていた。

 

師匠(マスター)や龍宮さん達が援護してくれますが、魔界から来る魔族の数はかなり多いです。飛行艇がないため、その中に生身で飛び込まなければなりません。『墓守り人の宮殿(ここ)』へ突入する時と同様、いえそれ以上に危険です。絶対に一人にはならないようにして下さい!」

 

 ネギの注意はもっともだろう。いくらエヴァンジェリン達の援護があろうと、突入すれば周りを悪魔達に囲まれているようなものだ。複数人でいても危険なことには変わりないが、一人で孤立するのはもっとも避けるべきことだ。

 

「それでは行きま――」

「ネギ君、少しいいですか?」

 

 出陣の合図をネギが出そうとしたとき、アルが遮った。どうやらネギに用があるようだ。

 

「なんでしょうか?」

 

 この状況で話しがあるというのだ。よほど大事なのだろう。ネギもそう判断し、アルへ返事を促す。

 

「私やエヴァンジェリンもどうにかして魔界へ行くつもりです」

 

 これから魔界へと歩を進めるネギ達にとって、とてもありがたい言葉だった。

 

「そのために麻帆良学園の世界樹の力を利用するつもりです。ですが、それには少し人手がたりないのです。チサメさんとユエさん、それにあと七、八名ほど手伝っていただきたいのですが」

 

 そしてそのためには、一度麻帆良学園に戻り、世界樹の力を使うらしい。しかしそれには千雨と夕映の他、数人の協力が必要なようである。エヴァンジェリンやアルが援軍として魔界へ来られるならば、とても大きな戦力だ。手を貸さない訳はない。

 しかしそれが分かっていても、一同の頭には別のことが浮かんでいた。

 

「全員が揃って麻帆良学園へ帰りたい、という顔ですね」

 

 そう、麻帆良学園には全員が揃って帰るという目的だ。アルの事を手伝うとなると、他の者よりも先に麻帆良学園へ帰還することになる。どうするべきかは、一目瞭然だ。迷うことなどない。だが、感情はそうはいかないようだ。

 

「断られたとしてもまた別の方法を考えます。あくまでも私からのお願いですから、狡いとは思いますが選択は皆さんに任せます」

 

 ネギはどうするかという決断を迫られていた。もっとも、冷静に考えれば選択の余地はない。アル達の助力を得る事は、今の状況下では最良の選択だろう。

 

「どうするんだ? 先生。悩んでる時間はないぜ?」

 

 千雨がネギに問い掛ける。彼女の言う通り時間は切迫している。長時間考える事は出来ない。

 もっとも、どうするかはもう決まっていた。今ネギが考えているのは、誰が魔界へ行き、誰がアル達の手伝いをするのかである。

 先程は選択を迫られていたとするならば、今は選別を迫られているとも言える。人選は慎重に吟味するべきだ。それが後の結果を大きく変えるからだ。だが今はそのような時間はない。

 

「では魔界へは僕、刹那さん、楓さん、古老師、このかさん、のどかさん、朝倉さんで行きたいと思います」

 

 ここから先、非殺傷設定が施されていない悪魔と戦うとなれば、基本的に戦闘に秀でたメンバーが中心となる。また木乃香やのどかや朝倉はアーティファクトの性質上、回復や情報収集、偵察といった最低限の後方支援だろう。

 

「ゆーなさん、アキラさん、亜子さん、まき絵さん、夏美さん、アーニャ、美空さん、千雨さん、ユエさん、高音さんはクウネルさんの指示に従って下さい」

 

 逆に戦闘に慣れていない者はネギ達と共に魔界へ行くよりも、アル達といるほうがまだ安全である。

 

「小太郎君はみんなの護衛をお願いしていいかな?」

 

 小太郎を残すのは護衛の意味合いが強い。エヴァンジェリンやアル達がいるが、万が一のことがあってはいけない。小太郎もそれを理解したらしく、ネギの采配に快く従った。

 即決しなければならない状況の中では、無理な人選ではないだろう。

 

「それでは皆さん、行きましょう! アスナさんを助けに!」

 

 全員が一緒に魔界へ行く訳ではない。しかし仲間を助けるという気持ちは全員が同じだった。

 ネギ達が魔界の入口へ向かおうとしてたとき、それまで魔法によって悪魔を撃墜していたエヴァンジェリンが、ネギの元へ近付いてきた。そしてネギの耳元で呟く。

 

「ぼーや、これ以上は『術式兵装』は使うな」

 

 それはネギの師であり『闇の魔法』を生み出した者としての言葉だ。

 闇の魔法は術者に対して大きな力を与える代わりに、尋常ではない負担がかかる。更にネギは、雷系最大級の魔法である『千の雷』を二重に取り込む術式兵装を多用している。そのため、闇の魔法の侵食は加速度的に進んでいる。このまま使用を続ければ、近い内にネギは完全に侵食され尽くしてしまうだろう。

 

「と、止めたところで貴様は使うだろうな」

 

 だがエヴァンジェリンは止めなかった。いや、弟子の性格からして、止めたところで、確実に使用を続けるだろうと分かっていた。さらにここからは自分の目の届かないところに行くのだ。止めるだけ無駄だろう。

 エヴァンジェリンは一つだけ、ネギの言葉を聞きたかっただけである。

 

「だが分かっているだろうな? このままだと迎える末路だ。己を滅ぼす事になるぞ」

 

 覚悟だ。エヴァンジェリンの深く蒼い目が、ネギの目を射抜く。品定めするような、値踏みするような、試しているかのような目だ。

 そのエヴァンジェリンの目を、ネギは見つめ返す。

 

「はい。僕が、自分で決めた事です。これからの覚悟は、もう出来ているつもりです」

 

 ネギは答えた。真っ直ぐでいて綺麗すぎない、どこか遠くを見るような目で。

 

「ッまさか……! そうか……」

 

 その目に何かを感じ取ったのか、何かに気付いたのか。エヴァンジェリンはネギに背を向けて、ただ一言そう言った。どことなくトーンが落ちたその言葉は得心からきたものなのか、または不満だったのか。エヴァンジェリンの真意は分からない。

 ただ一拍置くと、よく聞こえる張った声でネギ達にむけて口を開いた。

 

「ならいい、さっさとあのバカを取り返してこい」

「ありがとうございます、師匠(マスター)

 

 ネギはただ一言礼を述べると、足早に離れて行った。

 人知れず「……バカ弟子が」と呟いたエヴァンジェリンのその言葉は、ネギを含めた誰の耳にも届いてはいなかった。

 

 墓守り人の宮殿の上空では、詠春やゲーデル、近右衛門達が前衛として悪魔を迎え撃っている。

 退魔の剣術を操る詠春とゲーデルは遺憾無くその力を発揮していた。速く鋭い剣は悪魔達を肉塊に変え、血潮を噴き散らす。

 また近右衛門は、分身を用いた体術を主体に戦っていた。老齢な見た目とは裏腹に、その動きは激しくまた無駄がない。繰り出される掌や脚は衝撃と共に悪魔を蹴散らしていく。

 後方からは、前衛の彼らを縫うように銃弾や魔法の矢が飛び交い、寸分の狂いもなく悪魔を撃ち落としていく。

 

「『契約に従い、我に従え、氷の女王」

 

 そしてエヴァンジェリンは上空に浮遊しながら、呪文の詠唱を行っていた。どうやら前衛が引き付けている間にエヴァンジェリンが呪文を詠唱し、ネギ達の活路を開くようだ。

 そしてその呪文は、かつて蘇った鬼神『リョウメンスクナノカミ』を一瞬で葬り去ったものだ。

 

「来たれ、とこしえのやみ――」

 

 前衛と後方が伐ち漏らした悪魔がエヴァンジェリンへ迫る。悪魔も分かっていたのだろうか? 彼女の放とうとしている魔法の危険さを。発動はさせまいと、悪魔も電撃を放とうとする。だが、もはや遅すぎた。

 エヴァンジェリンの姿が霞んだかと思うと、電撃を放とうとしている悪魔の眼前に現れた。そしてその悪魔の角を鷲掴むと、大穴へ向けて放り投げた。

 想像以上の力で投げ飛ばされた悪魔は、世界の境界を越えたところで翼を使って制動した。

 怒りを宿した目で、己を投げ飛ばした少女を睨め付ける。悪魔の憎悪が込められた目で睨まれたならば、人間ならそれだけで恐れおののくだろう。だが、今回は違った。

 口角を上げる愉快そうな表情とは裏腹に、凍てつく様に蒼い目。悪魔達を見るその目は、見下すでも、まして憎悪するものでもない。ただただ深く、冷たい目。

 恐れたのは悪魔の方だった。

 気が付けば前衛にいた者は下がっていた。皆、エヴァンジェリンが魔法を発動させることが分かったのだろう。

 

「――えいえんのひょうが」

 

 エヴァンジェリンは魔法を発動した。魔法が発動した瞬間、空間が凍てついた。

 放たれた魔法は、150フィート(約46m)四方を絶対零度近くにし、空間内にあるものを一瞬にして絶対零度近くに凍結させてしまうものだ。それを悪魔がひしめき合うところに発動したことで、大部分の悪魔が氷の彫刻と化す。

 さらにこの魔法は、これでは終わらない。

 

「全ての命ある者に等しき死を」

 

 エヴァンジェリンが放ったのは、あくまでも術の第一段階だ。更に詠唱が続く。

 

「其は、安らぎ也」

 

 その呪文は、氷漬けにされ、死を享受する者に対する最後の宣告であり、鎮魂の言葉だ。

 そしてエヴァンジェリンは指を鳴らして、魔法の終幕を告げる。

 

「『おわるせかい』」

 

 その言葉と同時に、数多の悪魔の氷像は粉々に砕け散った。

 砕け散った氷の破片はダイヤモンドダストの様に輝き、元が悪魔とは思えないほど幻想的な光景を生み出していた。

 

「行ってこい、ぼーや」

 

 聞こえないように、エヴァンジェリンは言った。それは、これまで以上に過酷な試練に向かう弟子に向けての、師匠としての餞別の言葉だ。

 

「皆さん! 行きます!」

 

 ネギの合図とともに魔界へ突入するメンバーが飛び出したが、それを逃すまいと悪魔が群がろうとする。だが斬撃と銃撃と魔法の援護により悪魔達は撃ち落とされる。その隙にネギ達は、禍々しく口を開く空間の裂けへ飲み込まれるようにして消えていった。

 

 

 

 

 ネギ達は、魔界へと足を踏み入れるなやいなや、悪魔達の出迎えを受けていた。エヴァンジェリン達の援護のため幾分かは楽になっている筈だが、数に物を言わせるように悪魔がネギ達へ迫る。

 

「凄い数でござるな」

 

 楓が感嘆の声を漏らしつつ、小太刀や苦無で悪魔を斬る。素早い動きは流石忍者と言うべきか。

 

「掴まっていて下さい、お嬢様!」

 

 一方、純白の翼を生やした刹那は、木乃香を抱きかかえながらも野太刀を振るう。その様子はまさに姫と騎士といった様相だ。

 そしてネギは杖にまたがり、呪文を唱えていた。杖には、前からネギ、のどか、朝倉がまたがっていて、最後尾に古菲が立っていた。古菲はアーティファクトの神珍鉄自在棍と体術で悪魔達を薙ぎ倒している。楓と刹那と古菲が悪魔達を引き付けている間に、ネギの呪文が完了した。

 

「――吹きすさべ南洋の嵐!」

 

 ネギが唱えていた呪文は、フェイトとの戦いでも使った『雷の暴風』だ。

 

「ああぁぁ!」

 

 気合いと共に、ネギは右手に渦巻く魔力の塊を放った。雷を纏った嵐が悪魔を巻き込んでいく。原形を留めていればましだろう。無数の悪魔は肉片に姿を変え、悪魔の群れに風穴が開いた。

 

「今です!」

 

 ネギが放った魔法により、すでに悪魔の群集の向こう側は見えていた。ネギの合図とともに、刹那と楓も加速する。このまま突っ切るつもりのようだ。

 当然悪魔達は、通り過ぎようとするネギ達に近付いてくる。せっかく開けた活路が、みるみる塞がるように狭まっていく。

 接近してきた悪魔を切り裂き、叩き落し、後少しで悪魔の群れを脱するところまで迫る。が、ネギ達は悪魔の郡体に飲み込まれるようにして姿が見えなくなった。

 周囲全てを悪魔に取り囲まれたとなると、肉は啄まれ、骨は砕かれ、四肢はもぎ取られていてもおかしくは無い。悪魔に蹂躙されるとは、往々にして恐怖の後に惨たらしい最後を迎えるのだ。

 それはネギ達が辿る運命だった――筈だが、そうはならなかった。

 悪魔の群れが勢い良く血を吐いたかと思うと、ネギ達が飛び出してきた。どうやら悪魔達を切り刻んで、文字通り血路を切り開いたようだ。全身に血を被った彼らの姿は、子供や女子中学生にはとても似合うものではない。しかし、それを気にするより前に、追走して来る悪魔へ向けて反撃を行っていた。

 

「魔法の射手、連弾・光の1001矢!」

 

 ネギが遅延させていた『魔法の射手』を、後方の悪魔の群れへ放つ。千もの光の矢が悪魔の群れに降り注ぎ、悪魔達を襲う。しかし追っ手は勢いを殺さず、更にネギ達に迫る。

 

「このままでは……。ネギ先生! 私が殿を務めます。お嬢様をお願いします!」

「せっちゃん!?」

 

 このままでは逃げ切れないと判断したのか、刹那がそう提案した。木乃香は驚いて、刹那の名を呼んでいた。

 

「ッ! 駄目です、危険過ぎます!」

 

 ネギも刹那を諌める。刹那が操る『神鳴流』は退魔の剣であり、悪魔との相性は良いだろう。だが、数が多すぎる。いくら刹那といえど、それはもはや勇敢ではなく蛮勇と言える行為だ。

 

「し、しかしあの数の追っ手では、いずれ追いつかれます! 私が引き付けますから――」

「いや、待つでごさる」

 

 刹那の言葉を遮って、楓が口を挟んだ。

 

「奴らが追って来なくなっているようでごさる」

 

 楓の言葉を聞いて、一同は振り返った。確かに楓の言う通り、悪魔達は追って来なくなっていた。

 

「諦めたのでしょーか?」

 

 ネギの後ろにいたのどかが言うように、諦めたのだろうか?

 

(いや……それにしては引きが良すぎるような)

 

 追って来ていた悪魔達が、かなりの勢いでネギ達から離れていく姿を見て、楓は違和感を覚えていた。まるで悪魔達が――

 

何かから逃げるように(・・・・・・)引いて――)

 

 そこで気が付いた楓は思考を中断し、叫んでいた。

 

「避けろ刹那、ネギ坊主!」

 

 既に楓は、虚空瞬動によって動いていた。ネギと刹那は、初めは何事か分からず、一瞬動けなかった。だが二人とも、下からせり上がって来るものの存在にすぐに気が付いた。

 悪魔達が逃げるように離れて行った理由。それは巨大な口だった。人が塵芥に思える程に大きな口は、ネギ達へ向かって来る。

 

「お嬢様! しっかり掴まっていて下さい!」

「皆さん杖を離さないでください!」

 

 そう言うと二人は一気に加速する。

 楓が早くに気付いたので巨大な口から辛くも逃れたが、ネギ達のすぐ側を巨大な口の持ち主が通り過ぎていく。

 

「でけぇ!」

「デカイっていうかこれなんなの!?」

 

 朝倉や、ネギの服にしがみついていたオコジョのカモが顔を出し、通り過ぎていく巨体に驚愕の声を漏らす。それはあまりに大きく、目測ではその大きさを測ることは困難な程だ。

 その巨魔はそのままネギ達の側を通り過ぎ、悪魔達の群れへ突っ込んでいった。凄まじい数の悪魔がその口腔へ誘われ、捕食される。

 

「な、なんか共食いしてるみてぇだな! チャンスだぜ兄貴!」

 

 悪魔の群れが激減し、混乱している今なら追っ手はほとんど来ないだろう。そう判断したカモがネギへ進言する。ネギもそう判断し、刹那と楓に指示を出した。

 

「刹那さん、楓さん! 今のうちに行きましょう!」

 

 刹那と楓はそれを聞くと、短く了解を伝え、更に加速していく。

 そしてついに、眼下に魔界の姿が広がる。

 太陽のない陰惨とした空の下、地平線の彼方まで続く血のように赤い地表に点在する墓標や石像。人間界や魔法世界にもない魔の世界の光景だ。

 

「これが、魔界」

 

 はじめて見る魔界の姿に、ネギは息を飲んだ。いや、ネギだけではない。全員がそうしていた。眼下に広がる光景を目にして、魔界へ来たことをまた実感したのだろう。

 

「凄い眺めですね」

 

 刹那もそう呟いていた。そして同時に気が付いた。地面だと思っていた赤い地表は、全て赤い液体であることに。

 

「ネギ先生。ひとまずあそこへ降りましょう」

 

 これは降りれないな、と判断した刹那は、白い岩を指差してネギへ提案する。ネギも波紋を浮かべる水面を見て、地面ではないことを覚ったようだ。

 

「そうですね。そうしましょう」

 

 一同は赤い水に浮かぶ岩へ降り立った。その岩は、妙に綺麗な様な面を向けていた。

 

(これは何かの切断面か? どこかで見たような……?)

 

 刹那はそれが少し気になった。だがその答えが出るはずもなく、木乃香を降ろし辺りを見回す事にした。

 

「本当に凄い世界ですね」

 

 上空から見ても、異様な世界だとは分かっていた。しかしこうして降り立ってみると、またそれを実感する。

 

「あ、さっきの大きいのがいなくなってます」

 

 暗い空を見上げてそう言ったのはのどかだ。確かに空には先程の巨大な悪魔はいなくなっているようだ。

 

「いやー、もう少し遅かったら食べられてたでござるな」

「食べられても中で一寸法師みたいに暴れたらいいアル!」

 

 楓の言葉にくーふぇいが自信満々に返した。楓も「おお、なるほど」と納得する。

 

「はいはい、んな馬鹿な事言ってる場合じゃないでしょ」

 

 それを呆れたように朝倉が収めて、今度はネギヘ問い掛けた。

 

「でネギ君、これからどうするの?」

 

 朝倉の問い掛けは当然だ。“明日菜を助ける”という最大の目的はあるものの、そのためのにどう行動するのかまだ決まっていないのだ。

 もっとも、魔界の構造や全容が分からない上に、造物主達がどこにいるのかも分からないので無理はない。

 

「そうですね、まずはこの周辺を探索しましょう。朝倉さん、アーティファクトで辺りを偵察してもらっていいですか?」

 

 朝倉のアーティファクト『渡鴉の人見』は、スパイゴーレムを遠隔操作し、偵察する事が出来るものだ。今の状況にはまさにうってつけのアイテムだ。

 朝倉がアーティファクトを発動しようとパクティオーカードを取り出した。

 その時、何かが物凄い速さで飛び出してきた。とっさに刹那が木乃香の前に立って抜刀し、楓は苦無を構え、古菲が神珍鉄自在棍を構える。そしてネギは断罪の剣を発動していた。

 飛び出してきたそれは赤い液体に浮かぶ墓標へ激突する。墓標は粉々に砕け散り、水面にいくつも波紋を作る。かなりの勢いでぶつかったそれは、器用に受け身をとって着地した。

 それは白い身体に赤い血管のようなものが何本も走り、頭や背に角を生やした悪魔『アビス』だ。既にアビスの手には陽炎が上がる鎌が構えられている。相手は既に戦闘体制に入っているようだ。

 迎え撃とうとネギが瞬動で接近しようとする。だが、アビスの目にはネギ達は入っていない。

 受け身を取った姿勢からそのまま、自身が飛び出してきた方向へアビスが駆け出す。そして何かを刈り取るように、手に持つ鎌を薙いだ。

 丁度そのタイミングで、アビスを追うように赤い影が飛び出してきた。狙いすましたかの様なタイミングで、アビスの鎌はそれを捉えようとする。

 しかしアビスの鎌は空を斬った。赤い影は紙一重でそれを屈んで避けたのだ。そしてカウンターに拳を突き上げる。拳がアビスの頭部を捉え、アビスの体を宙へ誘った。

 ここでようやく、ネギ以外の者がその正体に気が付いた。

 銀色の髪に赤いコートを着た男。間違いない。ダンテだ。

 ダンテはネギ達に構うことなく、引き抜いたエボニーとアイボリーの狙いを宙へ打ち上げたアビスへ定める。そして連続して引き金を引いた。マシンガンの様な連射速度で撃ち出される弾丸が、次々にアビスを撃ち抜いていく。

 そして蜂の巣にされたアビスが、重力に従って落ちてくる。

 

「Ha―Ha!」

 

 そこへダンテが回し蹴りを見舞う。綺麗に入った蹴りによって、アビスは直線に近い軌道を描いて飛ばされる。その先にはリベリオンが墓標に突き刺さっていた。あまりの勢いに、アビスの身体はリベリオンの柄から突き刺さる。

 高位の悪魔といえど流石に命尽きたようで、力無く四肢が垂れる。その光景は、まるでそのアビスの為に用意された墓のようである。

 

「Come on!」

 

 ダンテのその言葉に反応してリベリオンがアビスの死体から離れ、ダンテの元へ戻っていった。アビスの死体はどろりと溶けだし、液体となって消えてしまった。

 戻ってきたリベリオンを振るって血を飛ばし、背中へ戻したダンテがネギ達へ向き直る。

 

 英雄の血を引くダンテとネギ・スプリングフィールド。出会うはずのなかった二人が、ここに会した瞬間であった。

 

 

 

 

「行ったようですね」

 

 魔法の矢を無詠唱で放っているエヴァンジェリンへ、アルが話しかけた。

 

「そうだな」

 

 ぶっきらぼうにエヴァンジェリンは返すが、目は「さっさと言え」と言っている。アルが話したいのは別の事だろうと察していたのであろう。アルもエヴァンジェリンの目には気が付いており、本題をぶつける。

 

「このままいけば、ネギ君は間違いなく彼の姿をした――いえ、彼そのものである造物主と戦わなければならないでしょう」

 

 アルが明言を避けて言う『彼』とは、ネギが追い続け、エヴァンジェリンも捜し続けていた『ナギ・スプリングフィールド』の事だろう。

 

「聡いネギ君の事です。彼がどんな状態かは勘付いているでしょう。そして彼を救うには、彼を殺すしかないことも。ネギ君はまだ子供です。そうそうそのような決断は出来ないでしょう。特にネギ君にとって彼は“特別”な存在ですから」

 

 どうやらアルが言うには、造物主に肉体を支配されている場合、殺すしか方法はないようだ。

 確かに、それはネギにとっては決断しがたいだろう。肉親に手をかけることなど、たとえ世界の命運を背負おうとも、おいそれとは出来ない。父を追い続けていたネギにとってはなおさらだ。

 

「エヴァンジェリン、貴女にこのようなことを聞くことも酷だとは思っています。ですが師匠として、ネギ君が造物主を、肉親を殺すことが出来ると思いますか?」

 

 ナギはネギのとって“特別”な存在である。しかしエヴァンジェリンにとってもナギは“特別”なのだ。

 それを承知の上でアルが聞きたかったのは、師匠として、ネギはその決断が出来るのかどうかということだった。

 エヴァンジェリンは『氷槍弾雨』の詠唱を終えて、数本の氷の槍を飛ばす。

 

「無理だろうな。こっちに来る前よりは、多少は面構えもましにはなってたが、親を殺すのはぼーやには無理だ。それに造物主はヤツでも封印するしかなかったんだろ? それをぼーやがなんとか出来るかは疑問だな」

 

 エヴァンジェリンははっきりと言った。確かにエヴァンジェリンの言ったことは妥当なところだろう。

 だが少し考える様に間を置くと、エヴァンジェリンは儚げで憂いた目を浮かべて言葉を続けた。

 

「まぁ、ぼーやの事だ。また小利口に色々考えてるだろ。もしかしたらその中に、ヤツを――ナギを救ってくれる方法があるかもな」

 

 珍しくエヴァンジェリンは希望的な、奇跡的な見方を示した。というよりも、そうなって欲しいという願望だったのかもしれない。

 無理もない。エヴァンジェリンにとっても、長年待ち続け、捜し続け、想い続けた者がようやく見つかったのだ。たとえ現実的ではない、ただの願望であったとしても、願わずにはいられなかった。

 

「――そうですね。私もナギが無事に帰ってきてほしいと願っています」

 

 かつての仲間を造物主から取り戻したいという気持ちは、アルにもあるのだ。それは難しく、魔界へ行けない歯痒さもあるのだろう。エヴァンジェリンに同意を示しつつも、目は伏せられていた。

 

「そうはいっても、弟子に任せっきりというのもな。とりあえず、あれを片付けるか」

 

 そう言ったエヴァンジェリンの目は、魔法世界を侵略しようとする悪魔の群れに向けられている。先程とはうって変わって、いつものように力強いものだった。

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック『来れ氷精、爆ぜよ風精、弾けよ凍れる息吹』!」

 

 エヴァンジェリンが唱えた魔法によって悪魔の群れの中を凍気が駆け抜ける。それによって大量の氷が発生し、一部の悪魔は凍ってしまう。そこへ爆風というべき風が吹き荒れる。凍っていたものは砕け散り、大量の氷は巻き上げられて悪魔の肉に突き刺さる。

 まさに氷の爆弾。『氷爆』という名に相応しい魔法だ。

 

「できるだけ一カ所に固まって、自分らの身を守ることを優先や!」

 

 前線から討ち漏らした悪魔を小太郎の鋭い爪が切り裂く。そして黒い狼のような狗神を周りに配置し、自身は半獣化した小太郎が魔法世界に残ったクラスメイト達に注意する。同じ場所に固まっている方が、彼女達の護衛をするのに都合が良いからだ。

 

「いやはや、まるで終わりが見えないなぁ」

 

 タカミチが少しうんざりしたように呟いた。まだ下級に分類される悪魔しかでていないものの、数にものを言わせて出てくるのだ。さらに転移魔法陣によっても悪魔が現れるようになっていた。

 まさにきりがないとしか言えない。

 

「一応後方の艦隊に応援を要請している。もっとも『造物主の掟』持ちの召喚獣がまだいるから早々の到着は期待はできないがな」

 

 鋭い剣筋で『マリオネット』と『ヘル=プライド』を一閃に伏したゲーデルも、タカミチと同じ様子だ。

 造物主達が魔界に引き上げた事により、正確な数が分からないほどいた召喚獣の多くは姿を消していた。しかししぶとく魔法世界に留まっている召喚獣もいた。しかも中には『造物主の掟』を携えたままの者もいる。

 

「なら、僕達で凌ぐしかないね」

 

 居合拳を撃ちながらタカミチが応える。その反応から、もとから期待はしていなかったようだ。

 

「ですが出てきているのはどうも下級悪魔ばかりですし、大きく押されることもなさそうですね」

「いや、どうもそうではないみたいだ。来るぞ」

 

 アルの言葉に、スコープの向こう側にある光景を見た龍宮は対物狙撃銃を撃ちながら一同に告げた。

 

「随分とデカいな」

 

 エヴァンジェリンも目に集中して、空間の裂け目から覗く魔界を見る。驚異的なエヴァンジェリンの視力が、龍宮が見たものを捉えた。

 次第にそれが何なのか、全員が見ることになった。それは徐々にこちらへ近付いているのだ。そしてついに魔法世界との境界に差し掛かった。もともと開いていた世界の出入り口は、そこまで大きくない。とてもじゃないが、巨大な身体のそれは通り抜けられないだろう。

 だがそれは巨体を捩込み、強引に空間の裂け目を押し広げた。

 

「これは……大きいな」

「魔法世界の生物も大概ですが、やはり魔族は規格外ですね」

 

 タカミチがその大きさに驚嘆し、アルは魔族の特異性を再確認した。

 

「あれは『リヴァイアサン』。普段は魔界の空を回遊している大型の悪魔です。もっともあの個体はかなり大きい部類のようですが」

 

 その巨大な悪魔――リヴァイアサンについてザジが軽く説明した。そして続けてザジの口から出た言葉に、一同は驚いた。

 

「それよりも、どうやら麻帆良学園にも強力な大悪魔が襲来して、一部は悪魔達の制圧下にあるようです」

 

 既に麻帆良学園に悪魔が襲い、あまつさえ悪魔の手に落ちている所もあるというのだ。

 悪魔の支配下に置かれるとは、人間は、肉を引き裂かれ血は啜られ、骨まで弄ばれるということだ。まさに目を覆いたくなる惨状そのものだ。

 

「なんじゃと!? して、生徒達は無事なのか?」

 

 いの一番に近右衛門が口を開いた。

 魔法世界へ転移する前に、魔法先生にはなにかあれば連絡を入れるように指示ていた。だが、魔力が不規則に乱れ飛ぶせいか、通信はまともにできていなかったようだ。そのため、気掛かりではあったのだろう。

 また、理事長という立場もあり、生徒の安否には人一倍敏感に反応した。

 

「魔法先生や魔法生徒が迅速に対応して、悪魔の少ない方へ誘導したようです。負傷者はいますが、死者は今のところ確認できていないようです」

 

 夏休み中ということも幸いしてか、生徒達の誘導は迅速に行えたようだ。もっとも、全てを把握仕切れているはずもなく、死者はあくまでも確認できていないだけだ。実際のところは、まだ分からない。

 

「闇の福音殿は麻帆良学園へ行ってください。ネギ先生も魔界(むこう)で待っていると思います」

 

 ザジはエヴァンジェリンに、麻帆良学園へ引き返すよう進言する。

 

「しかしだ、ザジ・レイニーデイ。アレはどうするつもりだ? それに魔界への出入り口が広がったとなればさらに雑魚共が沸いて来るんだぞ?」

 

 だが、エヴァンジェリンは単純な疑問を投げかけた。

 エヴァンジェリンの言う通り、リヴァイアサンだけでなはない。リヴァイアサンが強引に通ってきた空間の裂け目は、比べものにならないほど大きくなった。

 それはつまり、魔界から出てこられる悪魔の数が増えたことを意味している。そうなれば、エヴァンジェリンの様な特級クラスの実力者は、是非いてほしいところだろう。

 

「それならご心配ありません。私も同族(・・)として彼らを迎え撃ちますので」

 

 ザジはそれまで特に悪魔を相手に戦ってはいなかった。というよりも、エヴァンジェリン達への加勢はしないつもりだった。

 だが麻帆良学園が悪魔の手に落ちた事で、どうやら彼女のプランに変更が生じたようだ。

 

「それに私も、それなりに強いですから」

 

 ニッコリと笑みを浮かべたザジの指先からは鋭利な爪が現れ、腰からは黒い一対の翼が姿を見せた。

 

「それでは闇の福音殿、麻帆良学園とネギ先生をお願いします」

 

 そう言ったザジは軽く地面を蹴った。すると一瞬にして姿を消し、リヴァイアサンの前に踊り出た。

 

「ここは彼女に従いましょう」

 

 アルがエヴァンジェリンへ、麻帆良学園へ戻るように促した。

 

「麻帆良学園が悪魔の支配下にあるとなれば、当然世界樹を利用する我々の手は使えなくなります」

「そう、だな」

 

 エヴァンジェリンは歯切れ悪く返す。それは何か言いづらい、というよりも、思案を巡らせているためだ。

 

「おい、アルビレオ・イマ。耳を貸せ」

「? なんでしょうか?」

 

 アルは少し屈んでエヴァンジェリンへ耳を傾けた。エヴァンジェリンの様子から、なんとなくは察しはついているようだが。

 

「――――。いいな?」

 

 エヴァンジェリンの耳打ちを聞いて、アルも少し考える。そしてすぐに了解の返事をした。

 

「分かりました、その通りにしましょう。それでは後ほど」

 

 どうやらアルはエヴァンジェリンの言葉に納得したようだ。

 

「おい貴様ら! 麻帆良学園へ戻るぞ!」

 

 エヴァンジェリンは小太郎達へ向けてそう言った。彼らにしては約二ヶ月ぶりとなる、麻帆良学園への帰還だ。

 だが彼らが帰った先の麻帆良学園。そこには、在りし日の姿はなかった。


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