いつか天魔の黒ウサギ Another World 作:白い鴉
ちゅんちゅん、という小鳥の鳴き声とカーテン越しに差し込む朝日に照らされ、月光は目を覚ました。ゆっくりと目を開いてテーブルの上のデジタル時計を見ると、午前八時を示していた。ベッドの上を見ると、リーネがまだすやすやと眠っている。そんな少女を睨むように見ると、月光は立ち上がり朝食の準備をするために台所へと向かう。
今日の朝食はご飯とみそ汁、目玉焼きにする事にした。別に月光は朝食は和食、洋食などというこだわりはないのだが、朝食や夕飯はご飯を食べる事が多かった。
自分の分の朝食を作ると、リーネの分も用意する。周りの人間からは俺様と評される事の多い月光だが、実は結構面倒見が良く、優しいのだ。みそ汁を作っていると、その匂いで目が覚めたのか、リーネがゆっくりと起き上がっていた。彼女の美しい銀髪が、朝日の光を受けて光っている。
「飯だ」
月光が自分の分の朝食とリーネの分の朝食をテーブルに置くと、リーネは不思議そうな目を月光に向ける。
「……私の分も?」
「ついでだ。食う気がないなら食わなくていい。その場合、捨てるがな」
「……食べる」
リーネはテーブルの前に正座し、茶碗の前に置かれた箸を取っていただきます、と言い朝食を食べ始める。無口だった昨日に比べると、少しは喋るようになった。月光はみそ汁を飲みながら、リーネに尋ねる。
「お前、家出か?」
「……似たようなものだけど……」
「なら家に帰ったらどうだ?」
「……帰れない」
「はぁ? 何故だ?」
「言えない」
目玉焼きの白身を食べながらリーネが言う。月光は白米を口に運びながら、
「これから先、どうする気だ?」
「え?」
「え? じゃない。家に帰らないなら、どこに行くつもりだ?」
「泊めてもらう」
「どこにだ」
「ここに」
月光の箸の先が、目玉焼きの黄身に突き刺さった。月光は鋭い視線を黄身からリーネに移し、
「ふざけるな。俺にはお前を養う余裕などない」
「出ていけ、っていうの?」
「ああ。出ていけ」
するとリーネはひどく悲しそうな顔になった。まるで、信じていた飼い主に捨てられようとしている子猫のように。リーネは箸を置き、立ち上がった。
「どこに行く気だ?」
「出て行けって言うから、出ていく」
「何?」
「さよなら」
リーネはとぼとぼと玄関に歩いて行く。その後ろ姿からは、悲しみが滲んでいた。月光は無視して食事を食べ続けようとしたが、リーネの悲しそうな後ろ姿が何故か気になる。そしてリーネが月光の視界から消えようとした時、月光はイライラした口調でリーネに言った。
「分かった。別に泊まっても良い。その代わり、俺の迷惑になるような真似だけはするな」
すると、リーネの顔がひょこっと現れた。
「……良いの?」
「ああ。だが、もし俺の迷惑になる事をしたら即追い出す。それだけは覚えておけ」
「……分かった」
リーネはテーブルに戻り、朝食をもぐもぐと再び食べ始める。
月光は朝から疲れ切ったような顔をすると、朝食を食べ続ける。再びみそ汁を飲んでいると、リーネがみそ汁を飲んでいる隙をつくかのように目玉焼きの黄身に箸を伸ばす。月光は味噌汁を置き、箸でリーネの箸を掴む。
「ちょうだい」
「ふざけるな」
「ケチ」
「黙れ」
やがてリーネは諦めたのか、不満そうに黄身から箸を離すとみそ汁を飲み始める。月光がもう取られないように黄身を食べていると、リーネが尋ねてきた。
「今日はどうするの?」
「予定はなかったが、予定を変更して服を買いに行く」
「あなたの?」
「お前の服に決まっているだろう、馬鹿が。泊まるなら着替えの服が必要だ。それに歯ブラシにパジャマ……。ああくそ、買う物がたくさんあるな」
月光は不機嫌そうに言った。月光の言葉を聞いて、リーネは顔を曇らせた。
「どうした?」
「……あまり外には行きたくない」
月光は顔をしかめると、箸の先でリーネの額を小突いた。
「俺が女の服など分かるか。昨日お前が着ていた服は洗濯してやったから、それを着ていくぞ」
「……うん」
リーネはまだ不安そうにしていたが、ゆっくりと頷いた。
一時間後、月光はパジャマから黒を基調にした私服に着替え、リーネは元々着ていた白のワンピースに着替えた。それから部屋を出て、扉に鍵をかけて出発した。
「……少し離れて歩け。歩きにくい」
月光は顔をしかめて言った。何故そんな事を言うかというと、リーネが何故かぴったりと月光の真後ろをついて歩いてきているのだ。リーネは何故か不安そうな顔をしており、月光の後ろから離れようとしない。
「おい、聞いているのか?」
「………」
「おい、貧乳女」
言った瞬間、ギラッ! と殺気のこもった目が月光に向けられた。月光はその様子に笑って、
「はっ。どうやら胸と同じで頭も貧相なのかと思ったが、少しは人の話を聞いているらしいな」
「……私は貧乳じゃない」
「貧乳だろう?」
「違う。これから成長すれば……!」
「成長する可能性があるとでも? 教えてやろう、そんな可能性は、絶対に、無い」
月光から成長の可能性を全否定され、リーネは軽く涙目になった。月光を睨み付けて、
「意地悪」
「違う。俺は天才だ」
「はぁ?」
リーネは呆れたような声を出した。そして月光に言った。
「あなた、一体何なの?」
「この世界で一番の天才だ。神と崇めても良いぞ」
「崇めないわよ」
「黙れ。雑魚は黙って俺を崇めていろ」
そんな月光にリーネはため息をついた。それを無視して、月光はリーネに目を向けて尋ねる。
「何をそんなに警戒している?」
「……」
リーネは何も答えなかったが、月光はさらに続ける。
「貴様は昨日言ったな? 警察には電話するなと。それで家には帰れないと。そして、まるで何かを恐れ、警戒しているようなその態度。まるで誰かに見つかるのを恐れているようだが、雑魚の貴様が何をそんなに恐れている?」
それでもリーネは何も答えなかった。だが、リーネは月光の服の裾をぎゅっと握った。まるで、不安を押し殺しているように。まるで、何かに怯えているように。リーネのそんな弱弱しい姿に、月光は視線をリーネから外して前を向きながら歩く。
「言わないのなら無理に言わなくてもいい。どうせ俺には関係のない事だしな」
「………ごめん」
それは何も言えなくてごめんなさい、という意味なのだろうか。月光はあまり表情を変えずに、
「気にするな。お前を拾った時から多少の面倒事は覚悟している」
そう言った。リーネはしばらく何も言わなかったが、小さく呟いた。
「……ありがとう」
月光は何も言わず、ただ前を見て歩き続けていた。
二人はデパートに着くと、まっすぐに衣料品店へと向かった。エスカレーターに乗って衣料品店に着くと、リーネはすぐさま走っていく。ガキかあいつは……、と月光は毒づきながらリーネの後を追う。
リーネは服を見ながらあちこち走り回っていた。月光がその後を追いかけていると、リーネがようやく足を止める。何かをじっと見ている。
月光がリーネの見ている物を見てみると、それは赤いパジャマだった。小さいウサギの絵が描かれており、可愛らしいデザインだった。
「それが欲しいのか?」
「……うん」
こくりとリーネは肯定した。値段を見てみると、そんなに高くはない。これなら買っても大丈夫だろう。月光は買い物かごを持ってきて、そのパジャマをかごに押し込んだ。
「一人であちこち歩いていないでついてこい。お前が欲しいものが分からないから面倒だ」
「……ん」
月光が歩き出すと、リーネはちょこちょことその後を歩き出した。その後二人は店内をしばらく物色し、何着か服や下着をかごにつっこみ、レジに向かった。値段は何とか予算内に収まったが、月光としてはこの後も色々と買う物があるので安心できない状況だった。
買った服を入れてもらった袋を片手に持ち、二人は今度は日用品売り場に向かった。そこで歯ブラシとリーネの髪をとくためのくしを買うためだ。そこで月光は家のゴミ袋が切れかけている事に気づき、ゴミ袋も一緒に買う事にした。
リーネは赤い歯ブラシを選んだ。それからゴミ袋とくしを買い、レジに運んで袋に詰めてもらう。その袋をもう片方の手で持ち、日用品店売場から出るとリーネがちょいちょいと月光の服の裾を引っ張った。
「何だ?」
「あれ、食べたい」
リーネが指差した先には、クレープ店があった。
「我慢しろ」
「食べたい」
「今日の飯の一品が消えても良いというなら、買ってやっても良い」
その言葉にリーネは黙った。どうやら飯の一品とクレープを天秤にかけているらしい。しかしその天秤は上下に激しく揺れ動いているようだ。月光の顔とクレープ店を交互に見つめて、おろおろしている。その困ったような顔に、月光は舌打ちした。
「分かった。買ってやる。その代わり、飯が少し少なくなるが我慢しろ」
月光のその一言で、リーネは顔を輝かせて笑った。彼女の笑顔を見た事がなかった月光はその笑顔に一瞬驚いたが、すぐに表情を戻しリーネを連れてクレープ店へと歩く。本当は飯を少なくする気などないのだが、こうでも言わなければ今後またリーネがクレープを食べたいと言いかねない。
二人は店の前に行き、クレープの種類を選んでいた。種類はいろいろとあり、バナナやいちごはもちろん、アップルやマロン、メロンなどもあるし、抹茶クリームあずきやティラミスなどといったものもある。
「で、どれにするんだ?」
月光がリーネに目を向けると、彼女は目をキラキラさせてどれにしようか迷っているようだった。
「あと五秒以内に決めないと帰るぞ。五、四」
それを聞いてリーネはあたふたと慌てはじめた。月光の無情のカウントダウンがリーネの耳に響く。
「三、二、一……」
「こ、これ!」
リーネが指差したのはアップルだった。注文を聞いた店員は少し同情したように苦笑しながら、クレープを作り始めた。リーネは月光を軽く睨んで、
「もうちょっと待ってよ」
「貴様のような馬鹿のための時間などない」
それにぷくーっとリーネは頬を膨らませるが、思い出したように月光に尋ねる。
「月光はいらないの?」
「お前のようなガキが食うものなど食わん」
「ガキって、私は十五歳よ!」
「俺は十六歳だ。年上だな」
「一歳しか違わないじゃない」
「一歳も違えばウジ虫と月ぐらいに違う。ちなみに俺が月だ」
偉そうな月光の口調に、リーネは何か言いかけたが、店員が出来上がったクレープを持ってきたのを見てそちらに意識を移した。クレープを両手で受け取り、店の近くにあるベンチに座ってかぶりつく。
その途端、目を真ん丸に見開きまたかぶりつく。月光はリーネの隣に座り、呆れた様にリーネを見つめて尋ねる。
「初めて食ったのか?」
「初めてってわけじゃないけど……。食べるのは久しぶり」
「ふうん」
そう言いながらリーネの顔を見ると、口元にクリームがついていた。月光はポケットからハンカチを取り出すと、リーネの口元に近づける。それに気付いたリーネは頬を赤くして、
「な、何を……」
「動くな」
リーネの口元のクリームをふき取り、ポケットに戻す。
「あ、ありがとう……」
リーネは顔を赤くして礼を言うと、ゆっくりとクレープを食べ始めた。それから月光の顔を見る。
「ねぇ」
「何だ?」
「月光の親ってさ、今はどうしてるの?」
それに月光は眉をひそめて、
「何故そんな事を聞く?」
「だって、アパートに月光以外誰もいなかったから」
どうやら月光以外に誰もいなかったのが気になっていたらしい。月光は肘をつきながら答えた。
「貴様に話す必要はない」
するとリーネはかすかに悲しそうな顔をした。それから、
「……そう、だね」
小さく呟き、クレープをかじった。そんなリーネに月光はため息をついて言う。
「少なくとも死んではいない。死んだら俺の所に連絡が来るはずだからな」
月光の言葉を聞いて、リーネは再び月光の顔を見る。
「そうなんだ、じゃあ、兄弟とかは?」
「弟が一人。親と一緒に暮らしているはずだ」
「へぇ……」
クレープをまた一口かじりながらリーネは言った。全部食べ終えると、月光が立ち上がる。
「そろそろ帰るぞ。必要なものはすべて買ったからな」
しかし、リーネの視線はクレープ店に向かっていた。月光はそんなリーネに冷たく言い放った。
「クレープはもう買わんぞ」
「……はぁい」
少し不満そうに言いながらも、月光とリーネは帰路へついた。
夜。夕食を済ませ、風呂に入った月光はソファに座ってコーラを飲みながらテレビを見ていた。番組の司会が冗談を言い、ゲストや客達を笑わせている。それを冷たい目で見つめながら、
「前から思っていたが、何がそんなにおもしろいんだこのクズ共は? まったく面白くないと思うが……。やはり、雑魚共には雑魚にしか分からない冗談というものがあるのか……」
大真面目な顔でそんな事を呟いていると、風呂から上がったリーネが今日買ったばかりの紅いパジャマを着て、バスタオルで髪を拭きながらソファに近づいてきた。彼女の銀色の長い髪はいつものツインテールに束ねられておらず、まるで銀色の川のようにほどけられている。彼女は月光に座ると、テーブルの上のくしを取って髪をとかそうとする。
だが、少し困ったような表情をしたと思ったら、横の月光を見つめてくしを差し出す。
「何だ?」
「悪いけど、髪をといてくれない?」
それに月光は顔をしかめて、
「あ゛あ゛? なんで俺がそんな事をしなければならない。貴様一人でやれ」
「でも、一人でやるのは結構難しいし、あまりやった事ないから……」
月光は舌打ちし、くしを受け取りリーネの長い髪をくしでとかす。髪はサラサラで、人間の髪とはとても思えない。髪をとかされているリーネはとろんと眠たげな猫のように目を細めている。
「気持ち良い……。月光、あなたって料理もくしをとかすのも、本当に上手いのね」
「当然だ。俺は天才だからな。俺にできない事などない」
自慢げに言いながら、月光はリーネの髪をとかしていく。髪をとかしながら、月光はリーネに尋ねた。
「お前はどこからどう見ても日本人じゃないが、一体何人だ?」
「ドイツ人。私が赤ちゃんの時に、親がこっちに渡ったの。だから私は、ドイツ生まれの日本育ちよ」
「ふぅん。だから日本語が上手いのか」
「うん」
「親は何をしているんだ?」
その質問に一瞬リーネは黙った。そして、言った。
「八年前に、事故で死んじゃった」
告げられた事実に、月光のくしを動かす手が止まる。リーネはさらに言葉を続ける。
「他に身寄りがいなかったから……。一人だけになった私は孤児院に預けられたの」
話を聞きながら、月光は再び手を動かす。
孤児院に預けられたと言っているのに、何故リーネはあんな暗い路地裏に倒れていたのだろうか。しかもあんなボロボロの状態で。その事は気になったが、本人が言いたがらない事を無理矢理言わせるのは避けたい。必要があれば、リーネから言ってくれるだろう。今は聞く必要はない。
だから月光は、こう言った。
「はっ。ありがちな話だな」
月光は本気でそう思った。世の中には不幸な話などいくらでもある。生まれてきてすぐに死ぬ者もいるし、重い病にかかるものもいる。
親に捨てられるものだっているし、さらにはその親から虐待を受ける者だっているのだ。だが、だからといってその話を他人に話す気にはならない。不幸だからなんだ。他人には関係のない話なのだ。
そう思ったから、月光はありがちな話だと言ったのだ。
リーネは驚いたように月光の顔を見る。だがすぐに笑った。
「うん、ありがちな話だね」
あはは、と笑いながら顔を赤くする。月光はどうして顔を赤くするのか気になったが、そんな月光の疑問など知らないかのようにリーネは言葉を続ける。
「でも、話したら楽になった。……こんな話、他人にするのは初めてだけど……」
「他人に親はどうしているのか、聞かれなかったのか?」
「聞かれても、話さなかったもん」
「なるほどな」
昨日は月光がいくらどこから来たのか、何故倒れていたのか聞いても何も話さなかった。恐らく誰かに聞かれた時も、昨日と同じように話さなかったのだろう。
そこで月光はある事に気づきリーネに聞いた。
「だが、何故俺には話した? 今まで他人に話さなかった事を、どうして俺には話したんだ? しかもお前は昨日は、俺とロクに話をしなかっただろう」
すると、リーネは恥ずかしそうに俯いて顔をそらす。銀色の髪から覗く耳が真っ赤になっている。リーネの口から、ぽつりと小さな声が聞こえた。
「……だって」
「ん?」
「月光、優しいから……」
「ああ?」
それに月光はわけが分からない、と言うような声を出した。そしてまるで相手を馬鹿にするような笑みを浮かべて言った。
「はっ。俺が優しいだと?」
「うん。ご飯も食べさせてくれたし、お風呂にも入れてくれたし、泊まらせてくれた」
「お前は誘拐されやすいタイプだな」
その言葉にリーネは笑った。しかし、その笑いはまるで自嘲しているかのような笑いだった。
「私ね、こう見えても人を見る目はあるよ? 今までいろんな人に会ってきたから。その中には表面は良いけど、本当は悪い事を考えている人もいたし。だから、誘拐しようとしてる人なんて見かければ分かるよ。自慢じゃないけどね」
「………」
笑っているが、どこか悲しそうな言葉に、月光は再びくしを動かす手を止めそうになった。
「でも、月光は逆」
「逆?」
「うん。意地悪ばっかり言うけど、本当は優しい。でもそれを誰かに悟られるのが恥ずかしいから、それを隠している」
「ふざけた事を言っていると、この髪を全て引き抜くぞ?」
「あはは、それも嘘だよね?」
「…………」
顔を不機嫌そうに歪めながら、月光はくしを動かし続ける。
「今までそんな人に会った事はないから……、だから話せた。不思議だよね。私ね、月光といると何だか安心できるんだもん」
「……そうか」
今までそんな事を言われた事のない月光は、顔には出さないが内心では少し戸惑っていた。
やがて髪をときおえると、くしをテーブルの上に置く。
「終わったぞ」
「ありがとう。あ、コーラ飲んでいい?」
「……別にいいが、歯はちゃんと磨け」
「はーい」
リーネはおかしそうに言うと、冷蔵庫まで行き中からコーラを取り出して月光の所に戻ってくる。プルタブを開けて、美味しそうにコーラを飲む。
「ねぇ、今度は月光の事も聞かせてよ」
「何故だ?」
「知りたいの。月光の事をもっと」
ため息をつきながら、月光は話し始めた。普段なら自分の話は他人にはしないのだが、自分からリーネの話を聞かせてもらった以上、自分も話さなければならないだろうと思っていたのだ。
自分には両親と弟がいる事。自分は今は両親と弟と離れて、このアパートで一人暮らしをしている事。近くの宮阪高校に通っている事。仕送りが毎月届く事などをリーネに話した。
話し終えると、リーネが不思議そうな顔で尋ねた。
「寂しくないの?」
「うん?」
「だって、一人で暮らしてるんでしょ? 寂しくないの?」
月光は笑みを浮かべて答えた。
「ああ。そもそも俺は一人暮らしがしたくてここに来たようなものだからな」
それも本当だった。月光は高校に入る前に少し一人暮らしに憧れており、高校生活を送っている間は一人暮らしをしたいと思っていたのだ。そして両親にそれを話し、承諾を得てこのアパートを借りて住んでいるという事なのだ。リーネはコーラを一口飲みながら、
「……私は寂しかったなぁ、両親が死んだ時は。毎日、少し泣きそうになってたし……」
「孤児院に仲間がいるんじゃないのか?」
「……いた。だけど……」
そこでリーネの顔が曇る。妙な事を聞いてしまったと月光は気づき、
「話したくないなら話さなくていい。俺には関係のない事だ」
昼間言った事をもう一度言うと、リーネは頷いた。そして、月光の肩に頭をこつんと乗せる。
「重い」
月光が不満そうに言うが、それを無視してリーネは言う。
「でもね、今は寂しくないよ。だって……」
「ん?」
「月光が、そばにいてくれるから………」
「………」
その言葉にどう反応していいか分からず、月光はコーラをまた一口飲んだ。そしてリーネの目が眠たそうに閉じられそうな事に気づき、肩を揺らしながら言った。
「寝るなら歯磨きしてから寝ろ」
「……ふぁい」
眠たそうな口調で言うと、リーネは洗面台へと向かった。歯を磨く音が聞こえてくる。
数十分すると、歯を磨いたリーネが眠そうに戻ってきた。ベッドで寝ようとするが、ある事に気づき月光に尋ねる。
「月光は何処で寝るの?」
「ソファだが?」
「え、どうして?」
「貴様がベッドを独占しているからだろうが」
イライラしているような口調で月光が言う。それを聞いてリーネは頬を赤くしながら聞く。
「じゃ、じゃあね」
「ああ?」
「えと、私がベッドの端に行くから……。月光もちゃんとベッドで寝たら? ソファに寝ると、体壊しちゃうよ?」
「……む」
確かにリーネの言う事は正論だった。いつまでもソファで寝ていると、体がおかしくなるかもしれない。実はというと、今日朝起きたら少し体が痛かったのだ。
「ふむ。確かにその通りだな。そうするか」
「……え?」
月光が頷くと、言い出しっぺのリーネが何故かぽかんとした顔をした。その顔に月光は首をかしげて、
「どうした?」
「え、あのだって、月光、月光は良いの?」
「何がだ?」
「いやだって、私は女だし、月光は男だし、その……」
「……貴様は何を言っている?」
「いや、その。……うー」
リーネは顔を赤くして、両手の人差し指をつんつんと突き合わせはじめた。意味が分からんとでも言いたそうに月光はため息をついた。
「じゃ、じゃあ寝るね。おやすみ」
「ああ」
リーネはベッドの端に行き、掛布団を体にかけて寝た。月光はテレビを見ながら、明日が日曜日だという事を思い出す。
「……明日は何をするか……」
そう呟くと、月光は洗面台に行き歯を磨きはじめる。そして歯を磨き終えると、部屋の電気を消してベッドに寝転がる。それから間もなく、月光の寝息が聞こえ始める。その月光の顔を、実は起きていたリーネが強気そうな青い瞳で見る。月光のパジャマの裾を左手でそっと握り、嬉しそうに言った。
「……おやすみ。月光」
リーネも目をつぶり、寝息を立て始める。
二人の眠るアパートを、月が照らしていた。