いつか天魔の黒ウサギ Another World 作:白い鴉
「……ちっ」
紅月光はどしゃぶりの雨を降らしている曇天の空を忌々しげに見つめていた。普段ならちゃんと天気予報を見て、雨のある日は必ず傘か折り畳み傘を持ってきているのだが、今日は違った。
朝はかなりの快晴だったし、しかも天気予報も今日は一日中晴れでしょうという予報だった。そんな事を言われたら、どんな人間でも傘を持たずに出かけるだろう。
しかしその予報は大外れになった。午後から急に曇りだし、今ではこうしてどしゃぶりの雨が降っている。月光の周りでは多くの生徒達が鞄や腕で体を護りながら走って帰っていく。月光はポケットから携帯電話を取り出して電話帳を開く。
「傘を持ってこさせるか。どうせ家でゴロゴロしているだろうしな」
電話帳の中の『リーネ』という名前を押し、自分があげた同居人の0円携帯電話にかける。
だが、
『お客様がおかけになった電話番号は、現在電波が届かない所にあるか、電源が入っていない可能性があります……』
「あの馬鹿が!」
苛立ち交じりに呟きながら月光は通話を切った。リーネはいつも月光から電話が来ても良いように電源を常につけているので、電源が入っていない可能性は低い。だとすると、充電を忘れて携帯電話の電池が切れてしまったのだろう。肝心な時に役に立たんな、と月光は毒づくと空を睨み付ける。
そして真正面を見て、思いっきり雨の中へと駆けだした。その瞬間、激しい雨粒が月光の身体を打ち、体温を急激に下げていく。もう夏だというのに、月光の身体は熱くなるどころか冷めていき、髪が雨に濡れ額に張り付く。
「……クソが。帰ったらテレビ局に生きている事を後悔するほどのクレームを送りつけてやる。それと、リーネの馬鹿は死刑だな」
恐ろしい事を呟きながら、月光は雨の中を突っ走っていた。
その頃、月光の家に月光と一緒に住んでいる少女、リーネ・アルトマンはと言うと--------。
「遅いなぁ……」
月光のベッドの上に寝そべりながら、リーネはぽつりと呟いた。月光が学校で家を空けている間、リーネは基本的に家で一人で過ごしている。その間は暇なので、お気に入りのテレビを見たり、料理の練習をしたりしている。料理はこの間大失敗してしまったので、それからは月光が家にいる時に時々教えてもらったり、家に一人でいる時にこっそり練習しているのだ。今では簡単な料理ぐらいなら作れるぐらいにまで成長している。
ベッドの上をゴロゴロ転がりながら、リーネは寂しそうな顔をする。
「本当遅いなぁ……。何してるんだろ?」
テーブルの上の時計を見てみると、時間はすでに三時半を過ぎていた。いつもなら月光は三時を少し過ぎるぐらいにはもう帰ってきているので、確かにいつもと遅い。ふと窓の外を見てみると、どしゃ降りの雨が降っていた。
「あれ? いつの間に降ってきたんだろ?」
窓の外を見てリーネは首をかしげた。今日は一日中晴れだったはずだが、いつの間に雨など降っていたのだろうか。そう言えば一時ぐらいから急に日の光が弱くなっていたような気がするが、どうやらあの時から曇り始めていたらしい。雨の音はテレビの音でかき消されてしまっていたようだ。
それにリーネはある事に気付いた。
「……もしかして月光、雨で帰れなくなってるのかな?」
少し不安げな表情をしながらリーネは呟いた。今日は確か月光は自分と同じように一日中晴れだと信じて、傘も折り畳み傘を何も持たずに学校へ向かったような気がする。だとすると、月光は今頃雨で帰ろうにも帰れない状況に陥っているのではないだろうか。
「た、大変……」
リーネは慌てて、月光の学校へ行き月光に傘を届けるために玄関へ向かった。玄関の外に傘がかけられているので、それを持って行こうとしたのだ。傘は一つしかないが、帰る時に相合傘をすれば二人一緒に帰れるだろう。そう考えて、リーネが玄関の扉に手を掛けようとした時、リーネが扉に手をかける前に扉が突然開いた。
扉を開けて入ってきたのは月光だった。髪や服は雨でびしょびしょに濡れ、滴が髪から垂れた。顔はいつにもまして不機嫌そうである。月光はリーネを見ると、
「タオルを持って来い」
「う、うん」
酷く不機嫌そうな口調に少し圧されながら、リーネは風呂場へと急ぎタオルを月光の所に持ってくる。月光はタオルで体や髪を拭きながら、リーネに言った。
「お前、携帯電話は充電しているのか?」
「え?」
「お前の携帯に電話をしたら繋がらなかった。大方、充電を忘れて電池が切れているんじゃないのか?」
リーネがポケットの中の携帯電話を取り出して開いてみると、確かに充電が切れていた。それに気付いてリーネは申し訳なさそうにうなだれた。
「ご、ごめん」
「良いからさっさと替えの服を持って来い」
リーネはとてとてと月光の服を取りに走って行った。月光がタオルを使って自分の身体を拭いていた時、突然自分の身体を悪寒が襲った。心なしか、額の辺りが熱くなっているような気がする。
「……まさか、風邪か?」
舌打ちでもしそうな口調で月光は呟く。だんだんと目の前がかすんでくる。その時、リーネが替えの服を持ってきた。月光は濡れたタオルをリーネに押し付け、替えの服を持つとふらふらと風呂場に向かう。濡れた制服を脱いでシャワーを浴びようとするが、体がだるくて力が出ない。頭がぐらぐらする。仕方ないので体を十分に拭き、替えの服を着てベッドに向かう。とてもシャワーを浴びるような気力が出てこないのだ。ベッドに横たわってぐったりとしていると、リーネが心配そうな顔をして月光の顔を覗き込む。
「大丈夫?」
「……ああ」
「ごめんね、私が傘を届けれあげれれば……」
「……気にするな」
月光はそう言うと、疲れと眠気で眠ってしまった。
翌日、月光はシャワーに入らなかった事を後悔する事になる。
「……く、クソが……」
翌日、月光はベッドの上で苦しそうな顔しながら布団に包まれていた。頭には氷嚢(ひょうのう)が置かれており、口には体温計が咥えられている。
朝目覚めてみると、昨日より体調が悪くなっていた。どうやら本格的に風邪をひいてしまったらしいと思った月光は携帯電話で学校に電話し、今日は休む事を伝えた。それから氷嚢を作って自分の額に置き、体温計を咥えたのだ。ちなみにリーネはソファの上で寝ている。昨夜は何を食べたのか知りたい月光だったが、リーネは寝ているし自分は聞こうにも聞けない状態なので、後で聞く事にした。
ピピッ、という電子音が鳴り月光は口から体温計を取り数字を見る。
「……三十八度、か」
自分にしては結構高い数値だった。今日は寝ていた方が良いだろう。月光がため息をつきながら体温計をテーブルに置き視線を横に向けると、リーネが不安そうな顔をしながらベッドに近づいてきた。
「平気?」
「ああ」
「ウソ。いつもより顔が赤いし、苦しそうじゃない。こんな時までやせ我慢しなくても……」
「やかましい! ……っつ」
怒鳴ると同時に頭痛が襲い、月光は頭を押さえて顔をしかめた。月光は寝ようとするが、なかなか寝られなかった。しばらく視線を天井に向けていたが、やがて横で心配そうな顔で自分の顔を見つめているリーネに視線を移す。
「昨日の晩飯は何を食ったんだ?」
「……カップラーメン」
どうやら昨日はいつも夕食を作っている月光が風邪で寝込んで何も作れなかったので、非常食として取っておいたカップ麺を食べたらしい。そうか、と言ってから再びリーネに言った。
「風邪がうつるぞ。あまり近寄るな」
「大丈夫よ。風邪をひいた事はあまりないから。心配してくれてありがとう」
「誰もお前の心配などしていない」
「もう。こんな時でも素直じゃないんだもんなぁ、月光は」
ぷくーっと頬を膨らませながらリーネはそっぽを向いた。そして月光の顔に目を向けてから尋ねた。
「ねぇ月光、お腹すいた?」
「……まあ、朝食をまだ食っていないからな」
「よーし、待ってて。卵粥(がゆ)作ってあげるから」
「あ?」
台所へ向かおうとするリーネに月光は体を起き上がらせて言った。
「待て。貴様が料理してもできるものは不燃ゴミだろうが。食材を無駄に減らすな」
「大丈夫よ! これでも月光がいない間に料理の練習してるんだから!」
怒ったように言うと、リーネは台所へ向かい調理を始めた。月光はしばらく顔を険しくしていたが、また頭が少し痛くなってきたので、再びベッドに横たわった。
三十分後。
「おまちどおさま~」
リーネが嬉しそうな顔をしながら、卵粥が盛られたお椀の載ったお盆を持って月光が横たわっているベッドに近づいてきた。月光は寝転がったままリーネの顔に目を向ける。
「さっさとよこせ」
少し小さな声でリーネに言うと、リーネはお椀を片手に持ち、もう片方の手にスプーンを持つ。
「病人に食べさせるわけにはいかないでしょ。私が食べさせてあげるよ」
そう言うと、スプーンで卵がゆをすくい、スプーンの上の卵粥に息を吹きかけて冷ますと月光の顔の前に突き出す。
「はい、あーん♪」
その言葉に、月光は思いっきり顔をしかめた。それから忌々しそうにリーネを睨み付けていたが、諦めたのか口を開けた。リーネは月光の口にスプーンを入れて卵粥を食べさせた。月光は不機嫌そうな顔でもぐもぐと卵粥を良く噛んで飲みこんだ。
「美味しい?」
「早くよこせ」
「感想ぐらい言ってよ」
リーネが言うと、月光は渋々卵粥の感想を言った。
「……不味くはない」
「本当? 良かった」
ぱぁ、と太陽のような笑顔を浮かべてリーネは言った。彼女にとって不味くはない、でも嬉しかった。前に食べてもらった料理は不味いとしか言われなかったのだ。だから不味くはないと言われただけでもリーネにとっては大変な進歩だった。
「良いから次を早くよこせ」
「はいはい。はい、あーん♪」
「……おい、食わせるたびにその馬鹿げた行為をするつもりか?」
「うん。はい、あーん♪」
「……」
月光はもううんざりしたような表情になると、口を開けて卵粥を食べさせてもらった。
その後、月光は最後までリーネに卵粥を食べさせてもらったのだった。
「……礼を言う」
「はいはい、お粗末さまでした」
機嫌よく良いながらリーネはお椀を洗面台へと持って行った。そしてお椀を洗う音が聞こえてきた。その音を聞きながら月光はリーネの卵粥について考えていた。
味は前に食べた料理とは比べ物にならないほど上手かった。よほど練習したのだろう。
「……あの馬鹿、台所を爆発させなかっただろうな」
小さくそう呟く。台所が壊れた形跡はなかったので、恐らく壊れはしなかっただろう。まあ壊したら壊したで一発頭を殴らせてもらうが。
洗い物を終えたリーネが月光のベッドに帰ってきた。ベッドの端に座り、月光の顔をじっと覗き込む。
「何だ」
「んー。月光の顔をこんなに見るのって初めてだからさ」
「俺の顔を見る暇があったら薬を持って来い」
「はいはい」
リーネは月光の毒舌を適当に流しながら薬を取りに行く。どうやら月光の毒舌を毎回聞いているせいで耐性ができてきているらしい。今度からもっと的確に心を鋭くえぐれる言葉を考えるかと月光が思っていると、リーネが薬と水の入ったコップを持って来た。
「はい」
「ん」
月光は薬と水を受け取ると、薬を飲み水で流し込む。そして布団に包まると、眠気が襲ってきた。
「……眠い」
「じゃあ寝ちゃったら? 風邪は寝た方が良いよ」
「……そう、する」
その言葉が月光の口から放たれると、月光の瞼がゆっくりと下がっていき、やがて完全に閉じられる。月光の寝顔をリーネがじっと見ていると、すーすーと規則正しい寝息が月光から漏れた。リーネはくすくすと笑いながら月光の髪を撫でる。
「寝顔可愛いね、月光」
いつもはあんなに険しい顔をしているのに、寝ている時だけは歳相応な顔をしているのが何故か少しおかしかった。安らかに眠っている月光を見て、リーネの心にちょっとした悪戯心が芽生えてきた。いつも意地悪な事ばかり言われているので、ちょっとばっかり仕返ししてやろうと思ったのだ。
しかし、あまりひどい悪戯をすると月光が気づいた時自分がひどい目に遭うだろう。だから軽い悪戯をする事にした。
「えいえい」
言いながら月光の髪の毛をくしゃくしゃにしてみる。月光は少し顔をしかめたが、起きる事はなかった。次に頬を指でつんつんしてみるが、これでも起きる事はなかった。
「……月光、起きてる?」
リーネが聞くが、月光は何も言わず寝息を立てている。どうやら熟睡しているようだ。
「あのね、月光。前にも言ったけど私は運命って信じてるよ」
何も答えない月光にリーネはぽつりぽつりと語り始める。
「それでね、運命の赤い糸って知ってる? いつか結ばれる運命の男女って、小指にお互いを結ぶ赤い糸が巻かれてるんだって。……私と月光って、運命の赤い糸で結ばれてるのかもね」
少し顔を赤くしながらリーネは月光に語り続ける。月光が寝ている時なら、いつもは恥ずかしくて言えない事を言えるから。
「私は月光と会えてなければ生きていなかったかもしれない。月光と会えてなければ……」
そこで言葉をいったん切り、それから続きを言った。
「月光を好きになってなかったかもしれなかったから」
言ってから顔を真っ赤にする。それからえへへ、と笑ってから、
「月光、好きだよ。いつもならこんな事言えないけど………、今なら言える。私は、紅月光の事が大好きです」
そう言ってからリーネは月光の顔に自分の顔をゆっくりと近づける。顔を真っ赤にし、心臓の鼓動が大きくなるのを感じながら少しずつ月光の唇に自分の唇を近づけていく。そして、唇と唇の差が二センチほどになった時、リーネの動きが止まった。
「だめだよね。寝ている時にこんな事したら」
月光の顔から離れ、愛おしげな目で月光を見ながらリーネは言った。
「いつか、ちゃんと月光が起きてる時に、きちんと私の気持ちを伝えるから。そしたら月光と……、ずっと……一緒に……」
だんだんと眠くなってきて、リーネも眠りについた。月光の看病で疲れてしまったのだろう。その顔はとても嬉しそうで、手は月光の手を強く握っていた。
強く、強く。もう話さないと言っているかのように。
それから昼に一度起き、昼飯にリーネに作ってもらった卵粥を食べてまた寝てから数時間後。
「………」
月光はゆっくりと目を覚ました。テーブルの上の時計を見てみると、時刻は六時四十五分を差していた。今思い返してみると、今日は一日中寝てばかりだった。
「あ、おはよう月光」
ソファでくつろぎながらテレビを見ていたリーネが声をかけてきた。リーネはソファから跳び上がると、月光の所へとてとてと駆け寄ってくる。
「大丈夫? 気分悪くない?」
「ああ」
リーネは月光の額に手を当てる。熱はもうすっかり下がっていた。それを確認すると、冷蔵庫に向かい中から自分が切ったリンゴがのった皿を持ちテーブルの上に出す。そしてリンゴの一切れに爪楊枝を刺す。
「はい月光」
「ん」
月光は爪楊枝が刺さったリンゴを受け取り口に運ぶ。甘酸っぱい味が口の中に広がり、次々と爪楊枝でリンゴを差し食べ続ける。しばらく無心でリンゴを食べ続けていたが、ある事に気づきリンゴを食べる手を止める。
「リーネ」
「ん?」
「俺はリンゴは買ってなかったはずだが、このリンゴはどうしたんだ?」
月光の言葉を聞き、リーネの動きが止まる。顔からダラダラと汗が出まくる。月光が冷たい目でリーネをじっと見ていると、観念したようにしゃべり始めた。
「風邪には果物が良いって聞いたから……、だから冷蔵庫を探したんだけど果物がなくて、だから月光のお財布からちょっと千円を取ってリンゴを買いに行ったの。あと、スポーツドリンクも。あ、おつりは取ってないよ?」
リーネの話を聞いてからテーブルの上に目を向けると、そこには小銭とレシートが置かれていた。取ろうとしたがリーネが月光は病人だからダメと言い、代わりにリーネが小銭とレシートを取り月光に渡した。レシートに書かれている金額と小銭を確認すると、ちゃんとレシート通りの金額があった。それから今自分が食べているリンゴを見てリーネに尋ねる。
「リンゴの皮はどうやって剥いたんだ?」
「私が包丁で向いたの」
「本当か?」
「嘘なんかつくわけないじゃない」
胸を張ってリーネが言った。月光は爪楊枝で刺したリンゴを観察するように見ると、どこか感心したようにリーネに言う。
「料理が目も当てられないぐらいクソなお前がここまで器用にリンゴを剥くとはな。少し驚いた」
「……それ、褒めてるの?」
「そうだが?」
疑うようなリーネの言葉に、月光はそう言った。リーネは呆れた様にため息をつき、
「褒めてるなら、正直に言えばいいじゃない」
「ああ? どういう意味だそれは」
「だから、俺のためにリンゴを剥いてくれてありがとうとか、そういう事を言った事はないの?」
月光はしばらく記憶を探り、やがてこう返答した。
「ないな」
「……ええ~? 十六年間、一度も?」
「ああ」
頷くと、リーネがまた呆れた様なため息をついた。そんなリーネをよそに、月光は爪楊枝が刺さったリンゴをくるくる回しながら考えていた。前まではあんなに料理が下手だったリーネがここまで器用にリンゴの皮向きができるようになっているに少し驚いていたのだ。いや、リンゴの皮剥きだけではない。今朝と昼食べた卵粥はとても美味しかった。もっと料理の練習をすれば、もしかしたら自分の腕を超すかもしれない。
「……まぁ、そう簡単に超される気などないがな」
勉強だろうと料理だろうと、そんな簡単に他人に抜かれるわけにはいかない。そのために月光は天才を自称し、天才の名に恥じぬ能力を持ちながらも日々努力しているのだ。今の勉強の成果も、料理の腕も努力の成果のだ。そんな簡単に抜かれるわけにはいかない。
「何か言った?」
「いや」
リーネが首をかしげながら月光に尋ねると、月光はそう返した。そしてリーネの顔を見つめて、
「今度金がどうしても必要な時は俺に言え」
「でも今日は月光寝てたから……」
「寝る前に言えばいいだろうが」
「まあ、それはそうだけど……」
少し困ったような様子のリーネを見て、月光はさらに続けた。
「……正直言って、今日はお前がいて助かった」
「え?」
「お前がいなかったら俺はここまで回復する事は出来なかっただろう」
もしも月光が前のように一人だったら、満足に動く事ができず、朝食と昼食はカップめんで済ませ、ろくに栄養を取れていなかったかもしれない。そう考えると、リーネがいてくれて良かったと思えるのだ。
だから月光は、リーネにこう言った。
「ここにいてくれて礼を言う、リーネ」
するとリーネは顔を真っ赤にして、
「え、え、いや、それは、えっと、……うう~」
何故か顔を押さえてしまった。それを見て月光は首を傾げるが、まぁ良いかと再び寝転がった。
「しかし、今日はほとんど寝てばかりだったな」
「仕方ないよ、月光は病人なんだから。ちゃんと寝てないと。でも」
リーネはベッドに両肘をつき、嬉しそうに言う。
「風邪が治ったらいろんなところに行こうね」
「……そうだな」
月光はそれだけ言うと、再び眠りについた。
数日後。
「……また雨か」
風邪が完治した月光は学校の玄関口で雨を降らしている曇天の空を見ながら呟く。今日の天気予報は天気は曇るが、雨が降る事はないでしょうと言っていたのでそれに安心して傘を置いてきてしまった。天気予報の馬鹿共の予報を信じた俺が馬鹿だったと月光は心の中で後悔した。ため息をつき、どうするかと悩んでいると、正面から傘をさした誰かが自分の所に向かってきた。
その人物は、月光のアパートに同棲している少女、リーネ・アルトマンだった。リーネはにこにこしながら傘をさして月光の前に立ち止まった。月光はリーネの顔を見て尋ねる。
「何故来た?」
「雨が降ってたから。月光、朝傘持っていかなかったでしょ? それで今日も濡れて帰ってきて、風邪をひいたら大変だから迎えに来たの。偉い?」
「普通だ」
月光は不愛想に言うと、リーネの傘の中に入る。リーネはぷくーっとふくれっ面をしていたが、月光が傘の中に入ると嬉しそうな顔になり鼻歌まで歌いだした。
「ねえねえ、あれ月光様よね?」
「一緒にいる子誰!?」
「もしかして、月光様の彼女……?」
そんな声が月光の背後から聞こえてきたが、月光は気にせずにリーネと一緒に歩きだした。そして曇天の空を見て、リーネの分の傘も買わないとな、と考えながらぽつりと呟いた。
「……こんな日も悪くないかもな」
「え?」
「何でもない」
二人は相合傘をしながら、彼らの家へと帰って行った。