彼もまた
咲く事はないそう思われた蕾は陽の目の当たらない一人生活を送っていたがそれでも満たされない何かを伴って。
戦火の渦が雨で沈められる。酷い死臭も燃え盛る家も全て洗い流される。廃村となるのも時間の問題か、使える物を瓦礫の中から探していると黒い物体の前に泣き崩れる少女を見つける。黒い物体は辛うじて人なのだろう焼けただれてはいるが皮膚はあるがやはりとても見れたものではない。ここは危険だと声をかけた。泣いた顔はこちらに振り向く小刻みに震え光がない瞳が彼にとって耐え難いものがひょっこりと現れた。
もう、大丈夫だから。少女を優しく抱き寄せる。耳元で大声をあげ泣き叫ぶ少女をただただ泣かせてあげることしか出来かった。
辺りが暗くなり始めた頃には少女は泣きつかれ眠っていた。死体を一箇所に集め火を放つ、これがせめてものと彼は眠っている少女を腕の中に抱えるとその場を離れ、焼けた森を駆け抜け自分の住処に急ぐ。時折後ろを向き燃え盛る死体の山は幻想的で淡い光を煌々と発していた。
この光景はこの子に見せてはならない。直感がそうさせるのか火の光はだんだん消えるように小さくなった。
それから数日経ったある日。
パチンッとまぶたを開けたり閉じたりして目覚めた少女、左手に違和感を感じ体を動かして違和感の正体を見つめる。
少女からして見れば大きな男が手を握り締めて眠っているのだ。最初はビックリしてあたふたと慌てていたがとても気持ち良さそうに寝息を立てている相手を起こしては嫌な気待ちになると思ったのかジッと固まっていた。
壁を所々崩れて天所からライトが二、三個吊るされていて食器も欠けていたりと少しきたない印象を持った。
左手が痺れてきた頃は日が暮れあたりには静寂と闇が広がる。ゆっくりと起き上がった彼に少女は見とれたが顔を逸らした。
『ケガをしていないか?』と聞かれ首を縦にふる、そうか、と言って細枝を組み立て中に葉っぱを敷きつめ、火をつける、少しして勢いが増した火の上に水を入れた鍋を置き即席麺の袋を開け鍋に入れる。
数分間茹でた麺をどんぶりに入れて食卓の上に置く。『こんなのしかないが、食べてくれ』そう言って食卓に座るように呼ぶ。
『箸は使えるか?』という声は少女には聞こえていない、立ち込める煙とともに嗅覚と食欲を刺激するスープの匂いにヨダレを流すばかり。
渡された箸を使い即席麺を食べる、やっぱり美味しいといった感じに何も言わず夢中に食べ出す。子供なのだからあの様な顔になれるのか、涙を流しながら笑う少女の顔を見て思いに耽る。
そのあと彼は少女を引き取っていた。身寄りのない子ましてや女の子を一人で居させるのは気が引けたから。少女にその事を話すとぱあっとライトに光がともされたかのように了承してくれた。
こうして彼の生活は百八十度変わった。
一緒に起きて、一緒に歩き、一緒に働き、一緒に遊び、一緒に食べ、一緒に寝た。どこまでも隣には少女が居た。彼の心は小さな明かりが灯され、周囲からは前の暗さはどこに行ったのかと疑問に思われるほどに大きくなり。
どこまでも続けばいい、彼も少女もそう思った。
一緒に暮らし初めて一年の時が流れたある日。
独り歩きしていた終わりは彼らの元を訪ねる。
ある朝に彼が近所の人と道を挟み会話をしていると遠くから甲高い音が耳に入り音の鳴る方向に向く瞬間、黒い球体が人を押し潰し爆発。爆風で吹き飛ばされ自分の家の壁にぶつかり相殺しきれない勢いが体を押し続け、崩れかけていた壁を押しのけ転がり込む。
仰向けから体をそらして飛び上がり体を起こす。ひどい耳鳴りと立ちくらみを患うが少女の事が頭をよぎり走る。ムワッと立ち込める黒煙の様に胸の中を気持ちの悪い物が圧っしていた。
いたる所で爆音、銃撃音、悲鳴が飛び交う中曲がり角を走り抜けた先に髪を乱暴に捕まれ引きずられる少女が視界に入る。両者の距離は長い、彼はこの長い距離をものともしない速さを纏う。
少女を引きずる大柄な男、身の丈を超える影が覆う。押し倒し背中に乗り鋭く尖らせる様に軽い挙動は背骨ごと体を貫く、情けない声が上がり弱々しくなりやがては静まり用済みの体から手を引き抜き少女を抱き寄せる。
感じられる温もりを必死に抱きつく少女の手を掴みこの場合から走る。
無惨に降り注ぐ雨は足元を緩め土を泥に変える、足を取られまいとひたすら走る。止むことのない砲弾と聞き飽きれる声はいつまでもこだまする、途端足を取られ転んでしまう少女、何を踏んだのか見てしまった。
『見るなッ!!』と彼は声を荒らげたが既に少女の目に焼き付いていた足を取られた原因、年もいかない赤子の骸。踏んづけて中身が潰れ出た頭、足に残るその感覚は肌を絡めとるように上に伝わる。
錆びた鎖が契れるように堕ちていく負の連鎖。駆け寄ろうと動く、遠くから音が聞こえ一点をつくような痛みが駆け抜け肩を撃たれ間髪なく弾丸が体を通った。
倒れいく視界には周りを囲むように銃を持った男が何人もこちらを見て笑っていた。蔑む、見下す、哀れむ、どれにも当てはまらない狂ったような笑は嫌と言うほど脳裏に焼き付く。
地面に腕を殴りあて倒れ込むのを阻止すると少女に向けられた銃口の前に飛んだ。
煙が上がる銃口、少女に当たることはなくその盾となった彼に当たる。口の中から這い上がる血、これまでに受けた傷もその引き金になる。
景色が霞み少女の顔にもモヤがかかる。混濁した意識は戻らない。周りで見ていた男達はピクリとも動かない者に対し容赦なく蹴る、勢いあまり吐き出る血を見ながら歓喜の声をあげ何度も何度も蹴り続けた。
体に力は入らずまぶたをあけていられないくらい蹴られ続け抵抗すらままならない程耐えているだけだった。
突然髪を捕まれうなだれていた顔を無理矢理上げられる。少女の白い服が紙の様に引き裂かれていくのをかすれた声で『やめろッ!!』と叫ぶ、腹の底から出せるだけの力を使って。待っていた返事は拳のみだった。
引き裂かれた衣服は意味を成さず顕になるソレに興奮していた。存在感を放つ汚らしいものをソレに沈み込める。バリンッと音を立てて何かが壊れていく、今までの思い出もヒビが入る。心を覆った黒煙が溢れかえる、急に熱が引く。最後の一つまで枯れた彼の光は黒いもやに煽られ消えていった。
地獄絵図にも等しい光景は閉じたくても閉じれない、夢であればいい、ただのタチの悪い夢であって欲しいと願う。確実に蝕む痛みで夢でない事は明らかだがそれでも願った。
一つの佳境に当たった時、幼子の体を弄ぶ大人は頭に銃を突きつけ音を鳴らした。出入りを繰り返しキツくなりそして動きを止める。鮮血が飛び火し足元を濡らす。
支えを砕かれ堕ちる。同じものであることに対する嫌悪感はえも言われない絶望の淵に誘う。ヒクヒクと痙攣していた体は動かなくなるがそれでも代わり替わりに人は変わっていった。
やがて飽きがきたのか少女だった骸を彼の元に投げ捨てた。ツンとくる生臭さを放つ骸をすがるように足をつかみ引き寄せ我が子のように抱き寄せる。欲望のはけ口にされ想像もつかない絶望は彼と同じかそれ以上を物語る。
吐き出した欲望に満足したのか笑い始める男達の賞賛は汚さをまとい口から吐き出される。
迎えた夜、彼は抱き寄せたまま動かない。
月明かりに照らされ身を寄せ合う二人は
虚ろな目で少女の顔を覗く、閉じられた目に温かみのある唇は紅く燃えるよう。もう戻らない、そして戻れない。抱擁を唇にする。驚く男達をよそに彼は重ねる。一滴一滴の水を吸い取るように喉を鳴らし何かを飲み干す。卑しい光景に火がついた欲望。だがそれを許さない、ソレが終わるまでは許されない。
ゆっくりと離れた唇は紅さが無い。長い髪が顔を隠し隙間からのぞかせる顔は妖艶な色を放つ。無くなった紅は彼の唇に宿り同じ色の瞳に変化する。眼球は溢れるように赤く染まり瞳孔は徐々に楕円形(だえんけい)になり細くなる。獣を連想させた瞳から流れた一筋の紅いすじは頬を伝い零れ落ちる。
月を背に顔を見上げる。一枚の絵画と称されても差し支えない光景を目撃した男達はモノにしようと走り出す。
走り出した男達を横目に頬を伝った涙に人差し指の先を付け唇に沈みこませ優しく撫でる。一層の深みを手にした紅い唇はわずかに動く。
『……ごめんね』
紅葉する表情は
陽の光が刺した。食肉を加工する工場のなのかと思うくらい肉や血が散乱していた。血は溜りにたまり池となる。
ピシッと空間に亀裂が走りガラスが割るかのように砕け散ると白衣の女性が一人現れた。つんざく匂いに鼻をつまみ辺りを歩くと紅い池の中央に人を見つけ駆け寄る。骸を抱く男の顔を見て女性は探し物を見つけたかのように声をかける。返事は帰ってこない。
瞳に宿した光は暗く、骸をただただ見つめているだけ。それ以外を求めない。嫌と拒絶すら拒む美を宿したままに。
女性は言葉を呑む。振り向くと見知った顔は異様な色気を放ち話しかけてきた。
『…………いったい何ができたんだ……』
溢れだした涙に女性はただただ言葉を紡ぐ。
今宵もまた彼は殺し続ける。
すべてを飲み込む美、すべてを吐き出す醜。
血の涙を流し唇を紅く染め逃れられない口づけは彩を奪い華を枯らし醜悪が咲き誇る華は奪った彩を持って完成する。
『醜美』と名づけられた華。
呪縛を背負った菊はいつ枯れるのか。
それとも枯れ果ててなお新たな蕾として蘇りいくつもの目覚めた蕾を枯らし続けるのか。
闇に囲まれた空間に白い肌色の人。柔らかそうな肢体に頭を乗せ眠っている少女。愛おしく見つめられる少女は知っている少女ではない。
宿る為に形を複製された。厄災をも超えるモノが宿る為に。
茨のように巻き付く呪縛はいつ解けるのか。彼は血の池が広がる華畑から光を見つけられるか。
今はまだ誰もわからない、先のお話。
一心不乱に書いちゃってる節があります。
頭の中で長編物のアイデアはあるんですが、字に表わせられないのでどうにかできないものかと日々奮闘しています。空回り気味ですが。
長編物の時系列で考えますとかなり後半に当たります。
主人公が新しい能力を手に入れるいきさつを書きました、心理描写やら書くのはやはり骨が折れますね。