暴虐の龍光   作:カイバル峠

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龍蝕

龍蝕

 

 

 

自然の循環においては無駄なものは殆どない。

植物は光合成を行って他の生物の呼吸に必要な酸素を生成し、その葉は他の生物の食糧になる。また、地下深くまで張られた根は土壌を固定し、あらゆる生き物に住処を与え、最後に枯れれば土に還り、新たな生を育む土壌の素にもなる。

動物もまた然りだ。

植物を糧とする草食動物に、それらを狩る肉食動物。それらの排泄物や死骸もまたやがては分解されて土へと還る。

一見何の役にも立っていなさそうに見えるものでも、意外な形で環境に貢献していることは多々あるものだ。

 

 

森の中の広場にはギャオギャオという甲高い鳴き声が響き渡っていた。

青い鱗に赤みを帯びたトサカ、鋭い爪を両手足に備えたスレンダーな体躯のモンスター。

鳥竜種ランポスの一群だった。

このランポスをはじめとする鳥竜種と呼ばれる分類群はモンスターの中でも高い知能を誇る生物で、群れを統率するリーダーの下、高い社会性を発揮して統率された動きで獲物を追い詰めて狩りの成功率を高めたり、形勢が不利とみるや戦場を一時離脱して体勢を立て直すといった戦略的な行動さえとって見せる。また、一部の種は鳴き真似で他のモンスターを呼び寄せて利用するといった非常にトリッキーな行動を見せることも知られている。全体的に小型種が多く、イャンガルルガなど一部の属を除けば一個体の力で飛竜種などには及ばないものの、それを補って余りあるほどの知力を有しているのが特徴であった。

そんなランポスの群れはとある生物の死骸を取り囲んでいた。

如何に洗練された捕食者であっても、いつも狩りが成功するとは限らない。時には腐りかけの肉ですらも食すことを躊躇わない。食べられる時に食べておく、豊かでありながらも厳しい自然界で生き延びるためにはそうしたタフネスも要求される。

ランポスもその例に漏れず、リーダーがよしとすればすぐにでも齧り付くのだが……

 

 

ドスランポスは困り果てていた。

目の前にはアプトノスと思しきモンスターの死骸が二体分。

しかしその状態があまりにも異常なのだ。

これらは彼らが倒したものではない。

豊かな生態系というものは草食動物、肉食動物双方に競争を起こさせる。この樹海に限っても、自分たちが手も足も出ないような、下手をすれば自分達が餌食になるようなモンスターが数多く徘徊していることはランポスたちも嫌というほど理解していた。血の臭いを嗅ぎ付けた時から、餌と同時に競合者となる他の肉食モンスターが付近にいることも必然的に予見していた。リーダーの彼からすれば群れの存続こそが最優先事項。よって無駄な犠牲は極力避けたいというのが本心であった。加えてこの樹海には時折火竜や轟竜といった凶悪極まりない大型の飛竜種も飛来する。もし臭いにつられて行った先でそれらのモンスターと鉢合わせしようものなら、目も当てられないことになるのは想像に難くない。

しかし構成員の不満を無理に抑え込めば集団の瓦解を招く。悩んだ末にドスランポスは空きっ腹を訴える子分達の声を聞き入れ、臭いの発生源へと足を運ぶこととしたのだった。

 

走る事十数分。次第に強くなる血の臭いにランポスたちは涎を垂らしていた。そして辿り着いたのは水場の近くのやや開けた場所。周囲には高さ数十メートルにもなる巨木に混じって古代文明の遺構も点在しているが、当然ランポスたちには知る由もない。

臭いの発生源はすぐに特定できた。

だが少々様子がおかしい。

我先にと逸る子分達を宥めながら、ドスランポスは周囲の茂みに隠れているかもしれない邪魔者に注意を払いながらも慎重に歩を進める。

 

はっきりとその詳細まで確認できる位置まで来た時、流石のランポスたちも息を呑んだ。

辛うじて残る頭の形からしてこの死骸はアプトノスのものだろうと推定できた。

 

だが、辺りに散らばる肉片も、辛うじて残る皮膚も、露出した骨も、その全てが異様な赤黒さに染まっている。

 

腐敗臭は殆どせず、辺りに血の跡もくっきりと残っていることから、死んでからさほど時間は経っていないはずだ。

それに死臭を嗅ぎ付ければどこからともなくやって来て群がるはずの蠅もいない。

その異常は二体共に見られた。

 

ドスランポスは一旦ランポス達を下がらせると、死骸に歩み寄って改めて二体ともの頭から尻尾の先までを見渡す。

だが以外にも、この赤黒いものの正体は直ぐ分かった。というのも、この樹海にはこれを攻撃に用いるモンスターが種類こそ少ないが、極普通に徘徊しているからだ。

 

それは、超高濃度の龍属性エネルギー。

 

詳しい原理は不明だが火・水・氷・雷といった自然界に存するあらゆる属性エネルギーを遮断する効果があり、一部を除いた飛竜種や、天災そのものとまで称される古龍種にとっては有害極まりないとされるものだ。反面、牙獣種や甲殻種といったモンスターには効果が薄く、また、植物の中にもこれと同様の性質を持つ龍殺しの実というものが存在している。

かくいうランポスら鳥竜種も比較的耐性はある方である。

しかしこの濃度は異常だ。

とてもではないが、体に入れて無事で済むとは思えない。

自然界では贅沢など言っていられないのが基本だが、明らかに有害だと分かる場合は別だ。

やがて、始めはその不気味さから閉口していたが、空腹に勝てなくなったのか、次第に背後からは子分達の急かす声がちらほらと聞こえ始める始末。

 

ドスランポスはその知能の高さゆえに悩んだ。

人間であれば頭を抱えていることだろう。

 

その時だ。

 

紅い光がふわふわと、彼の眼前を横切り、今現在自分が触れるのを躊躇っているアプトノスの死骸の上に降り立つ。

よく見るとそれは蝕龍虫という、前述の龍殺しの実を好んで食べることで知られる黒っぽい色をした甲虫だった。

辺りを見回すと、いつの間にか赤い光がそこかしこに飛び交っている。

腹を空かせたランポスたちの中にはジャンプして食べようとしている者までいた。

 

しかしドスランポスはその様子に違和感を覚える。

高濃度の龍エネルギーを帯びたモンスターの死骸、急に現れた龍蝕虫。

 

ドスランポスは弾かれたように一気に危機感を募らせて警戒音を発しようとした。

 

その瞬間

 

 

群れの後方から聞こえたドスンという重々しい音。

 

振り向けば、そこには全長15メートルを悠に超える、かなりがっしりとした体躯のモンスター。

黒みがかった甲殻に覆われた太い四肢の先には異常なほどに発達した赤黒い鉤爪、背中から尻尾の先まで生えそろった白い毛、小さめの頭部から生えた二本の猛々しい角。

 

獄狼竜と呼ばれる、牙竜種・ジンオウガの亜種。

 

ドスランポスは忌々しそうな視線を向け、呻き声を上げる。

 

最悪の事態だ。

 

ジンオウガの亜種は高い機動性と攻撃力を誇る、樹海でも屈指の実力者だ。いかに数では勝っていようとも、相手が悪すぎる。このジンオウガ亜種一頭に群れが全滅させられてもなんらおかしくはないのだ。

 

本来ならばボスが指示を出さずともランポスたちは逃げる体勢をとっただろう。

しかしながら空腹で焦らされた挙句獲物を横取りされることへの苛立ちが勝ったのか、ドスランポスが退避命令を出すよりも早く、群れの一頭があろうことかジンオウガ亜種を威嚇し、飛び掛かって行ったではないか。

 

しかしもちろん黙ってやられるジンオウガ亜種ではない。

 

ランポスの爪と牙が届くよりも早く、ジンオウガはランポスの落下線上で身を低く構えて落下してきたランポスをその双角で弾き飛ばす。

跳ね飛ばされたランポスは直撃の際に角で脇腹を裂かれ、鮮血を撒き散らしながら地面に落下。

あっけなく絶命した。

 

ドスランポスは焦燥感に駆られる。

ここでジンオウガを下手に刺激しようものならその先に待っているのは死のみだ。しかし空腹による苛立ちと獲物を横取りされること、そして仲間を殺されたことに対する怒りで冷静な判断が出来なくなっている今のランポスたちは今にもジンオウガに飛び掛かりそうな様子を見せている。

ジンオウガ亜種も敵対の意思を認めたのか、背中に赤い光を集めながらじりじりとにじり寄って来る。

ドスランポスは懸命に子分達に退けという旨の命令を発する。

しかしランポスたちに彼の声は届いていない。

 

そしてギャオという鳴き声と共に最も前にいた数匹のランポスがジンオウガ亜種に飛び掛かる。しかれども必然というべきか、ジンオウガ亜種から紅い光が稲妻状に放出され、弾き飛ばされる。

 

ジンオウガ亜種の全身の甲殻と毛が赤い光を纏って励起し、手足の爪と尾の腹側が赤く発光し、さながら地獄から現れた魔獣のごとき禍々しさを呈する、ジンオウガ亜種の戦闘形態だった。

 

そこからは一方的な蹂躙だった。

 

赤い光が縦横無尽に大気中に稲妻を描き出す。

 

その度に繰り出される、龍属性エネルギーを纏う背面ボディプレス、叩き付け、横宙返り。

 

重厚な見た目に反するジンオウガ亜種の高速の体裁きは華奢なランポスの体を文字通りに粉砕し、無残な肉塊へと変えるには十分過ぎた。

あるものは五体をバラバラにされ、またあるものは押し潰されて原型すら留めていない。

血と肉が雨のように降り注ぎ、大地を再び赤く染めた。

 

結果として、ランポスの群れは全滅を免れた。

咄嗟に広場の隅に入口の覗いていた横穴にドスランポス以下生き残ったランポスたちは逃げ込んだのだった。しかしながら生き残った者達も大なり小なり負傷しており、ドスランポスもジンオウガ亜種が身を捩る度に飛来する蝕龍虫に鱗を削られて全身を裂傷で青い体を赤く染め、逃げる時には足を引き摺っていたほどだった。

また、ジンオウガ亜種もそれ以上の深追いはしなかった。

ランポスの群れを蹂躙と言ってよい程の形で虐殺したが、それは飽くまで向こうが敵対の意思を明確にしたので迎え撃ったまでのこと。

目的は他にあった。

 

ランポスの姿が完全に見えなくなると、アプトノスの死骸に向き直る。

骨や皮まで赤黒く染まり、龍蝕虫がその上に屯している。

彼もまた、自身が背で飼っている龍蝕虫の動向によって異変に気付いていた。

自身の背から一匹、二匹と飛んでいく龍蝕虫を追って来た結果ここに辿り着いたのだった。

さすがのジンオウガ亜種もこれ程の事態は想定していなかったのか、訝しげな様子を見せる。ジンオウガは原種、亜種共に身体能力こそ優れているが、意外にも司る属性エネルギーの大部分は他の生物に依存している。原種であれば超電雷光虫、亜種であればこの蝕龍虫に、といった具合にだ。自身も使用するものであるため尚更良く分かるが、生物の体に沈着する程の密度と量となると明らかに異常だ。おそらく背面全てを覆うほどの蝕龍虫と共生してもこれほどの量の龍属性エネルギーは集められまい。

 

だからこそ、ジンオウガは取るべき行動を決めた。

 

おぞましい外見の死骸に顔を近づける。

 

そして――――――その肉をかじり取った。

 

かじり取った肉を咀嚼し、飲み込む。

 

刹那――――――

 

一瞬、心臓がドクンと跳ね上がる。

同時に背中から尾の先まで並んだ龍殻が一斉に開き、赤い光が止めどなく放出され、爪や尾も赤く発光する。

その姿は獄狼竜の名の由来ともいえる、「龍光纏い状態」そのものだった。

ジンオウガは自身の体内を凄まじい量のエネルギーが駆け巡るのを感じた。

本来ならば蝕龍虫から龍属性エネルギーを受け取ってチャージする必要があるのだが、僅か少量の肉を食しただけでそれと同等か、或いはそれ以上のエネルギーを得ることができた。

 

しかしジンオウガが覚えたのは戦慄だった。

生きているアプトノスがあのような龍属性エネルギーを蓄えることはない。

そもそも、龍属性エネルギー自体が他の属性エネルギーと異なり、そのままの形では自然界には決して存在しないものであり、体内に生成器官を持った生物により初めて生み出されるモノなのだ。

 

ともすれば答えは一つ。

 

あれほどの龍属性エネルギーを生み出せるほどのモンスターがこの樹海を徘徊しているとに他ならない。

 

だがこの時はまだ誰も知らなかった。

 

ドスランポスも、ジンオウガ亜種でさえも。

 

樹海の生態系を大きく狂わせていく、異変の始まりであったことに……

 

 

 

 

 




取り敢えず用事がひと段落したので投稿できました。

二話目にしてまさかの主人公不在回でしたが^^;

まだまだ忙しい日が続きますので投稿は遅れるかもしれませんが、今後とも宜しくお願いしますm(__)m。
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