暴虐の龍光   作:カイバル峠

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狩る者、狩られる者

狩る者、狩られる者

 

 

 

その日、樹海は朝から霧に包まれていた。

 

熱帯林ゆえに湿度が高く、曇天で日中でも気温が上がらない日は大気中の水蒸気が飽和し、森全体を覆うほどの濃霧を発生させる。樹海に暮らす生き物にとってはさほど珍しいことではない。

 

上空からバサバサと翼を羽ばたかせるような音が聞こえてくる。

視界一面に広がる白一色の世界がその者の体を覆い隠し、影のように映し出す。

地上に近付くにつれて羽ばたきで空気が対流し、霧が僅かに晴れたところでその全貌が明らかになった。

 

全身を覆う赤い甲殻とシャベルのように発達した巨大なクチバシ、首を覆う扇のような大きな耳。

鳥竜種のイャンクックだ。

全長10メートル前後でランポスらと共通の祖先を持つが、地上棲に特化したランポスらと対照的に、祖先の有していた飛行能力をより発展させる方向に進化した種だ。その特異な姿から怪鳥とも称されるがその性質は臆病で、敵に遭遇したり、優れた聴覚を持つが故に大きな物音を聞くと途端にパニックを起こすほどだ。しかしながら、新米ハンターの多くが最初に直面する壁であり、このモンスターを相手取る過程で後々相手をすることになるであろうより大型の飛竜種との戦闘でも必須となる立ち回りを会得することから、敬意を込めて“先生”などと呼ばれることもあるモンスターである。また、青緑の甲殻をもった、より強力な亜種の存在も確認されている。

イャンクックは地に降り立つと、注意深く周囲を見渡す。

専ら霧しか見えないが、安全と判断したのか、その巨大なクチバシで地面を掘り返し始めた。無論ただ掘り返しているというわけではない。地面から頭を上げると、口の中にクンチュウと呼ばれる虫が丸まった状態で収まっている。イャンクックは見かけのみならず、強度面でも優れたクチバシでクンチュウを一噛みするとそのまま飲み込んだ。地面を掘り返した時に口に入った土も一緒に飲み込んでしまうのだが、そんな事は全く気にする様子も無く、クンチュウと共に赤く染まった土を何度も飲み込む。

 

いつからだろうか、この一帯の動物相が大きく変化し出したのは。

 

最初は蝕龍虫の大量発生だった。

龍殺しの実を好むが故に樹海には殆ど生息しない生物の大量発生により、必然的にそれと共生関係を築くジンオウガ亜種のようなモンスターが集まってくるようになった。

次に、リオレウスやリオレイア、ティガレックスといった大型飛竜種が姿を消した。

以前は前述のジンオウガ亜種らと並んで樹海の生態系上位を占めていたこれらのモンスター達も、赤黒いモンスターの変死体が増え、大地が赤く染まり始めた頃から姿を見せなくなった。バサルモスやグラビモスも亜種は比較的長く留まっていたが、ある時から何故か鉱床が減少を始め、それと比例するように数を減らしていった。また、それ以外でも飛竜の頭蓋骨をヤドにしている甲殻種のダイミョウザザミも、亜種のヤドがディアブロスのものではなく、原種同様モノブロスのものを背負うようになっていた。ディアブロスの頭骨では水気とこの赤い土に含まれる成分に侵食されてすぐにボロボロになってしまうのが原因らしい。そんなこんなで、今もここにいる飛竜は草食棲で元々の個体数自体が少ないモノブロスとその亜種か、近頃住み着いたセルレギオスとかいう新参者くらいなものだろう。

そして、極稀に飛来していた古龍までもがとうとう近づかなくなったのだ。

気まぐれでやって来ては己が災害級の力を振るって辺り一帯の環境を掻き乱す厄介者である彼らも、極一部を除いて飛竜たちとほぼ同時期に姿を見せなくなった。

 

そうした環境の変化に乗じて勢力を拡大しつつあるのが牙獣種、そしてランポスやイャンクックを初めとする鳥竜種などの中堅クラスの捕食者だった。これらのモンスターは飛竜を中心とするより大型の捕食者がいなくなったことで生じた生態系的地位の空白を埋める形で力を伸ばしていた。

 

しかし、これらのモンスターにとっても完全に危険が無くなったわけではない。

 

突如として霧の中を特徴的な甲高い音が響く。

イャンクックは食事を中断し、警戒して辺りを見回す。

首を持ち上げて上、そして後ろを見回し、再び前方に振り返った時だった。

 

何かが頭部を激しく殴打し、衝撃で裂けた傷口から大量の鮮血が飛び散り、続いて皮膚のあちこちに内出血によるものと思われる紫色の斑点が浮かび上がる。

どうやら殴打の際に出血性の毒を浴びたらしい。

突然の襲撃に加えて頭部への打撃と毒で意識が昏倒しかけながらもイャンクックはなんとか持ちこたえるも、襲撃者は追撃の手を緩めることなく、至近距離で甲高い咆哮を上げる。

 

「クアッ?!!」

 

イャンクックは翼を大きく広げて半直立の姿勢で固まった。自身の優れた聴覚が仇となって放心状態でほんの数秒ではあるが硬直してしまう。

しかしその僅かな隙が命取りとなった。

 

瞬間、堅いドリルのようなものがイャンクックの首に突き刺さる、否、撃ち抜いたというべきか。

 

血肉と砕けた甲殻が飛散し、イャンクックは断末魔の叫びと共に崩れ落ちるとそのまま動かなくなった。

地に臥したイャンクックの上に影を落としながら襲撃者は降り立つ。

大まかな姿形はイャンクックに似ているが、体躯は一回り以上大きく、かつ全身を覆う紫色の甲殻には鋭利な棘が幾つも並んでおり、膨らんだ尻尾の先にも三又の棘が生え、大きく発達したクチバシも同様に刺々しい。そして本来あるはずの片耳は欠け、同じ方の目は潰れて顔半分が抉れたようになっており、全身についた大小様々な傷と相まってただでさえ攻撃的な容貌を更に凶悪なものにしていた。

黒狼鳥・イャンガルルガ。

イャンクックと同じく鳥竜種に属し、近縁種でもあるがその性質は見た目通り非常に獰猛で攻撃的、狡猾で闘争そのものを好み、捕食活動とは関係なく他のモンスターを襲うという性質を持つ、正しく戦闘狂といっても過言ではないモンスターだ。手当たり次第に戦いを挑み、殺戮を目的とするために常に生傷が絶えず、堅牢な甲殻と凶器そのものといえる強固なクチバシ、更には強力な火炎ブレスと発達した尾の毒腺から分泌される出血毒といった武器と高い機動性を駆使して暴れ回ることから戦闘力も非常に高く、人間のみならず他のモンスターから見ても相当の厄介者である。

事実、先程のイャンクックは頸椎を砕かれると同時に脊髄を切断されてショック死していたことからも、イャンガルルガの戦闘力の高さが窺い知れるだろう。そして案の定、仕留めたイャンクックには欠片も興味を示すことなくイャンクックと同様に地面を掘り返してクンチュウを探し始めた。しかしイャンガルルガは戦闘が本能の大部分を占めているため、はっきり言って生物として致命的な欠陥を抱えていた。

 

高い戦闘能力と凶暴性を有しながら、子育てから餌の取り方まで、生存に必要なスキルはからっきし駄目なのだ。

 

とりわけ狩りの腕前などは先程自身が殺したイャンクックにすら劣るほどである。

ゆえにいくら掘ってみてもなかなかクンチュウは見つからない。

生来の気の短さも手伝って彼は次第に苛立ちを募らせる。

仕舞には口元から小火を出しながら、子供が地団太を踏むような仕草で怒り出した。

ここで初めて彼はイャンクックに目を向けた。

わざわざ殺しておきながら放置してクンチュウ探しに没頭し、挙句痺れを切らせて怒るくらいならば最初からそうしておけば良かったのにと思うのが一般的な見解かもしれないが、そこは嗜好の問題か、あるいは自身の闘争欲求を満たすためだけだったのかもしれない。

そうして腹立ちまぎれに、イャンクックの死骸に鋭利なクチバシを乱暴に突き立てようとしたまさにその時だった。

 

突如として足下の地面がボコッという音と共に隆起し、地中から何やら巨大な生物が現れる。

これにはさしものイャンガルルガも驚いたようで、すぐさま飛び上がって上空に退避した。そのまま距離を取り、遠巻きに闖入者の様子を窺う。また、クンチュウ探しに没頭している間に霧も晴れていたので、今なら少し離れてもその姿をはっきりと見ることが出来た。

甲殻らしきものが見当たらない、暗緑色の鱗に覆われたやたらと筋肉質な肢体に太く強靱な尾、無数の鋭利な牙に先が覆われた凶悪な顎、そして闇その者のようにさえ見える、黒い澱のような瞳。

獣竜種のイビルジョーだった。

 

イャンガルルガは興奮して飛び上がった。

それは怒りではなく、歓喜。

彼は肌で感じ取っていたのだった、この者が紛れもない強者であることを。

思わぬ強敵の登場に彼は本能に刻み込まれた闘争心を滾らせ、瞳をぎらつかせていた。

 

一方のイビルジョーは、普段ならばまだ寝て過ごしているような時間帯ではあるものの、空腹感には抗えず、かといって蝕龍虫だけでは十分な栄養補給もできないので、当てもなく彷徨って適当に草食動物でも見つけて狩ろうかと思っていたところ偶然にも血の臭いを嗅ぎ付けてやってきたのであった。すると案の定、首から血を流して倒れるイャンクックの死骸を見つけたのだが、早速食べようとしたら何やら近くで騒いでいる者がいることに気付いてそちらに振り向く。

しかし

 

――――不味そうだ――――

 

イビルジョーが抱いた感想はそれだった。

如何に恐暴竜と呼ばれ、自分以外の全ての動物を捕食対象と見る彼の種族でも、多少鮮度は落ちてもすぐに獲物にあり付ける場合、わざわざ生きている動物を狙って無駄なエネルギーを消費するという選択はしない。まして目の前についさっき死んだばかりのイャンクックの肉が転がっているのに、どうしてわざわざあんな堅くて棘だらけな上に有毒で、おまけにやたらと暴れ回るような奴を相手しないといけないのか、というのが彼の本音だった。確かに、仮に彼がこの食事を終えてなおイャンガルルガがここに留まるのであれば、彼も捕食を試みただろう。しかし今の彼にとって優先すべくはこのイャンクックを食べることだ。

ゆえにイビルジョーは今のところイャンガルルガには全くと言っていいほど興味が無いのであるが、イャンガルルガの方は何やらスイッチが入ってしまっているらしく、興奮した様子でしきりに挑発するように威嚇行為を繰り返すのだった。

 

イビルジョーもさすがに面倒だと思ったのか、無視して食事をすることにした。

しかしそれがイャンガルルガの感情を逆撫でした。

獲物が横取りされかけているとか、そんなことはもうどうでも良く、ただただ自分を無視して食事を優先しようとする様子に闘争を望む自身のプライドを酷く傷付けられた気分になったのだった。

 

「クワアァァァァァッッ!!!!」

 

イャンガルルガは叫んだ。

それが合図とばかりに宙に舞い上がると、イビルジョー目掛けて先手必勝と言わんばかりに飛び出した。

 

目の前にふてぶてしく居座る、食い意地の張った無駄に図体のデカい木偶の坊を撃沈するために。

 

 

 

 

 

 

 




というわけで、今回も戦闘回でした。

クック先生には申し訳ないことをしてしまいましたが^_^;

そういえばガルルガって普段何食べてるんでしょうかね?
クエスト中疲労状態になって腐肉が転がっててもクック先生よろしく地面からクンチュウ掘り出して食べるでもなし……
公式じゃ他のモンスター(主にクック)の餌を横取りという設定もあるようなんで一応クンチュウにしてます。

それでは!
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