星の扉目指して   作:膝にモバコイン

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第五話 生まれたての勇気 中編

―――春の息吹は幻想で冬の気配は去るどころか居座り続けているが、張り巡らされた断熱材がもたらす快適さはさながら胎内のよう。外は庇の下まで行くまでもなく、露点で滴る境が冷たさを如実に示している。作り物なのは己も同じかと反芻して仮面をかぶり直した……捻じ曲げたものであろうと多くに望まれるならそれはきっと尊いに違いない。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

シンデレラガールズ『星の扉目指して』 第五話 生まれたての勇気 中編

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「神崎さん、お待たせしました」

 

「うむ、よく来たな……待ちわびたぞ。牢獄に打たれた楔から解き放たれし今!ラーが没するまで我が魔城にて寛ぐがよい」

 

蝶番が軋む、徐々に開かれる隙間から見える空間が……まるで魔獣が獲物を貪ろうと顎を開けている口腔みたいだった。怯えが過ぎるが斥候は臆病なくらいが適任である。蛮勇が善しとされるのはロードで総当り戦を展開できるヤツだけ。現実はオワタ式。尻尾があれば振り回してそうな期待のこもった眼差しを曇らせる訳にもいかず、怯えはおくびも出さず招かれるまま背に続く。お邪魔しますと告げて掌に指先で人を準えて喉に運んだ。

 

「―――あっ……」

 

ありがちなお呪いで、加護を得たとの子供騙しを以って挑もうとした矢先、阻まれた……あろうことか主催によって。隠そうにも逸っていた歩みが、急に前触れなく急停車したのを怪訝に思わずにはいられない。車間距離を開けてなきゃ追突は避けられなかったろう。すわ何事かとゴスコロネさんが彫像もかくやと微動だにしなくなった起こりを探る。

 

すると首の角度の先にあるのは自室と同じ備え付けの机、差異は四方を覆わず両端に垂れ下り、中心は真紅、縁が白亜で編まれた装飾の趣を持つテーブルランナーとその上に置かれたスケッチブックに付随した筆記用具。原因は恐らく惜しげなく開かれてしまっているスケッチだ。空想を紙にぶつけた代物を他人に意図せず露出してるとも言えた。繊細な娘なら硬直も致し方ない、ある意味裸を見られるよりも屈辱なことだから。

 

元々彼女より頭ひとつ分とはいかぬまでも、身長で劣る自分は肩幅に遮られて絵は薄っすらで、全体像の把握には届きはしない。つま先立ちでもすれば別だが、そんな下衆な真似はお断りである。飾り付け等を不躾にならぬ程度に見聞するのはありでも、日記やそれに連なるプライベートの品はこれみよがしであろうと見て見ぬ振りをすべきなのだ。

 

「き、禁忌が妄りに開帳されてい、いるためここより先の立ち入りを禁ず!ゆ、悠久の暇を!!」

 

血の気の引いた青白さになったのも束の間、はっ!?……はぅ……はじゅかしいぃと呟き一度目の赤面が霞む、のぼせ茹であがった肌へと早変わり。静から動への一転、さっと身を翻して中腰気味に両手を突き出し、必死に堰き止めようとするも数秒後には根本的解決には程遠いと気付いたのか居間へ駆け出した。気遣いに正面を扉の方に向けるも投げかけられた言葉の解釈が一筋縄ではいかず頭を悩ませる。他は翻訳するまでもなく察せられたが悠久の暇だけは絞れても答えに自信が持てないからだ。

 

いとまと詠んで暇、使用人に暇を与えると例えられるが想定されるのは二つ。休暇を与えるとのパターンに解雇通告の二通りである。しかし悠久と前置きが置かれてしまっているので……その……手前の面は生きてる限り拝みたくねぇから失せろという風な意味合いの否定にしか訳せない。リストラを超えた絶縁状なもののどうにも素直に受け取れなくて立ち往生していた。一過性の感情飽和による暴言と捉えるのは容易いが彼女の足跡を辿るに安易に頷けない。見えはしないが秘密を仕舞う音で片付けをしているのは筒抜けで、絶縁の腹積もりなら隠す前に一目散に追い出しにかかる筈。

 

錯乱した娘が合理性を重視するかと問われれば答えに窮せざるを得ないが、神崎さん操るは蘭語で法則性は以前不明瞭だった。どちらにしろ推測に推測を重ねた穴あきチーズにも似た推論の上では明確な解答なぞでるはずもない。結局最後は勘という名の経験に基づいたイチバチに託されてしまうだろう。

 

―――あぁ、本当にゾッとする。危険牌のみのハイリスク・ローリターンは生きた心地がしない。一度冷却期間が必要かも……と息継ぎを求めてノブに目が行く。Uの字型の鉄器が蝶々結びのリボンで引っ掛けられているのを記憶に留め、退出の方向に天秤が傾きかけたその段になって「片付いた!」と、仰々しさが剥がれた素の調子が鼓膜に拾われ反射的にくるりと上半身を発信源へと回してしまうのだった。視線が絡むも光明を見出した瞳の光は直ぐに薄れ、おろおろと定まらず虚空に手を彷徨わせていた。最早一刻の猶予もなさそうだ。受け身に回る時じゃない……守ったら負ける!

 

「大掃除すると懐かしくなって脇道に逸れて、漫画やアルバムをついつい覗いてしまうことってありますよね。それで途中なのに友だちや家族のお誘いがあるとほっぽり出して遊びに夢中になったりも……稀によくあることですから気に病まないでください」

 

引っ越しは初めてなので身の上話を重ねるには不十分かもですけど、と付け加えて茶化すのも忘れない。

 

「で、でも我が……ううん。わ、私がお部屋に無理言ってまで湯島さんをお茶会に呼んだのに……おもてなしするどころか……わ、私のミスで嫌な気分にさせちゃったから、あ……謝らないと……ご、ごめ―――」

 

彼女は慰めでは晴れず、未熟さに打ちのめされて俯き……それでも拒絶されるのが怖いだろうに揺れる瞳で目線を再度合わせようと試み、謝罪を絞り出そうとしていた。

 

「神崎さんは早とちりしてます。私怒るどころかむしろ機嫌いいくらいです!―――だって人目から遠ざけておきたいものが意識の外になっちゃうほど、心を砕いてくれたってことですよ。嬉しいじゃないですか!喜びこそすれそっぽ向くなんてとんでもないです!」

 

普段なら忌み嫌う発言の最中に言の葉を被せ、断ち切る暴挙に及んでも紡がせはしない。一度発せられたら水に流そうと、痼りは残り元通りとはいかなくなる。そんなことさせはしない!

 

「……本当?」

 

「えぇ、今の状態を表すと……そう大変に気分がいいってヤツですから」

 

不安げながらも偽りじゃないと信じたい少女に力強く断言する。止めとばかり己が今できる最高の笑みを添えて。突拍子なくなら胡散臭いけど、理由があっての好意は後押しになると相場が決まっているものだ。

 

「嘘じゃないって……嬉しい」

 

狙いは過たず的中、胸を撫で下ろすもののこの小一時間で向こう数カ月分はシーソーゲームを味わったろう。心胆を鍛えるにうってつけの鍛錬場である。戦々恐々しつつも暗雲が去った晴れ間を慈しみ、笑顔の力は侮れないと改めて思った直後……それを更に深める不意の一撃をくらうのだった。

 

「ありがとう」

 

「………………………………」

 

打算も何もない透き通った笑顔が胸を打つ。装飾窓からは灰色の切れ間から注ぐ薄明が少女を照らし、後光の如く……陳腐ないい方になるがそこに天使をみた。これと比べた己の笑顔じゃない絵顔だ。白旗振る以前に勝負する気にもならない。ただただ魅入られていた。

どう致しましての台詞が喉から零れ落ちたのも奇跡に近い。

 

「ふふっ、如何に優しき同胞が寛大さをたたえ咎なきと裁可しようと、新結界の綻びを愚かにも見過ごし秘すべき禁忌。グリモワールを衆目に晒し無礼を働いた事実を認めねば更なる進化は見込めぬ。すでに二度も失態を重ねた身で大言烏滸がましいが敢えて吐こう!魔王の顔も三度まで!背水を敷き、時が新たなる鼓動を刻むまで星詠みを違えることはないと!……故に瞳を持つものよ。刮目してみるがいい!」

 

契約はなったとしおらしさを行方不明に再度高笑い。調子を少しは取り戻したみたいでなによりである……飾らない素直さの露出が惜しくないと言えば閻魔様に舌を抜かれそうだが。

 

「気負わなくていいんですけどね。仲間は支え合うものですから……私がやらかした時フォローしてくれればお相子です」

 

「任せよ!トールより速く駆けつけようぞ」

 

「頼もしいです……ところで蘭語もいいですけど」

 

「ら、らんご?阿蘭陀??」

 

立場が逆転してこちらの意を酌もうと模索する姿が、さっきまでの自分みたいでちょっとおかしい。

 

「標準語の語りもとても魅力的でしたから、機会があれば是非また聴かせてもらえると嬉しいです。どうでしょう?」

 

「か、からかわな―――おほん!戯れはよせ。魔力が乱れてしまうであろう」

 

素直さは在庫切れの模様。

 

「それは残念です。仕方ないので当面は録音したので我慢するとしましょう」

 

「なっ!?録音、軌跡の模写って……あわわ」

 

「実は録音しちゃってたり……神崎さん一緒に聴きます?」

 

「こ、断る!同志湯島その複製を滅せよ!」

 

「すみません。それだけは不可能です」

 

な、何故と彼女は愕然とした表情を浮かべる。やはり気負うあまり視野が狭くなっている。冷静になればどうしてか解るのに……

 

「ないものを消すのは神様だって出来ませんから」

 

「…………ほぇ?」

 

少女は埒外の受け答えに目を丸くする。種明かししなければ消化不良だろう。

 

「考えてもみてください。私がボイスレコーダーを起動できるタイミングを。犯行の機会は二度、自室から出る直前に片付けの時だけ。ここを起点にしようにも動機がありません。他は神崎さんが見ていましたから、種も仕掛けもない本物の手品師じゃないと至難の業です。唯一動機足り得る素直タイムはこれ以上ないくらい注視されてましたし、やれるはずないんですよ」

 

疑うのなら調べても構わないと携帯を取り出そうとするものの、それには及ばぬと鷹揚に押しとどめられるのだった。動揺も過剰な警戒心もほぐれたに違いなかった。

 

「運命の交差から刹那で素性も未だ触り。互いは異邦人に等しく、絆の醸成には縁遠い……だが刹那でも手中に収められるものはある、故に我は血の囁きを信じよう。此度の謀りは深遠なる計画の内であると!さぁ語るがいい湯島悠陽」

 

「肩肘張りすぎかなって思ったんです。程よいプレッシャーは力になっても重圧だと……出来ることも出来なくなりますし」

 

私もと下地を拵え、続ける。

 

「人生の先輩に諭されて気付かされたのですけど、小さな失敗を避けるのに夢中になると数歩越しにある……底なし沼に思いがけず嵌ってしまうって」

 

躓くのすら嫌がって平坦な道を選ぶ判断は大きな、より取り返しのつかない失敗を誘う。一度ならず複数は経験済みだったのか、彼女は納得して神妙に頷いた。

 

「だからリラックスですよ!リラックス!私なんて練習台に見たててくれていいんです。大抵のことじゃ動じませんもん」

 

「くくっ、ヘイムダルの如きとはこのことね……ロキの一面も兼ね備えているのが玉に瑕だけれど」

 

「なんたらには棘があるっていいますから。このぐらいがいい塩梅じゃありません?」

 

ちょっとした皮肉もアルカイックスマイルで返されたのが、ツボにハマったのだろう。口元に手を当てて忍び笑いをし始めた。こうじゃなきゃ踏み込んだ……いや踏み込まされた甲斐がない。毛を逆立てたハリネズミを維持されたら、上辺だけの会話に終止してお通夜もあり得る。収穫はあったものの探れるなら探っておくべきであった。

 

「ふぅ、さて存外手間取ったけれど頃合いかしら。ミサの開演の狼煙を上げましょう、我が魂の赴くままに」

 

吹っ切れたとはいわぬが、挨拶の時よりは間違いなく柔らいだ雰囲気を醸し出す。多少は打ちとけてきたみたいである。促されるままリビングへと向かうのだった。

 

 

差し出された座布団に臀部を預け周囲をそれとなく窺う。神崎さんことゴスコロネさんは至高の輝きを魅せようぞと息巻いており、その工程に余念がない。当り障りのない範疇で手掛かりを収集する絶好そのもの、逃せばこれ以上は訪れないと断言できる。瞬きで誤魔化すべく目線だけ動かす。感想はまるで違うってのに尽きた。同じ間取りに同じ家具ばかりなのに異界で対照。私室は人となりが顕著になるとは良く云ったものだ。

 

 

己の私室が不釣合いにも桃色に包まれる温かみをコンセプトとしたと評せば、こちらは黒白に紫主体で冷たさ、西洋発の神秘さを訴える作り。テレビの前掛けに下敷き、クッションそのどれもに華美なフリルやレース、リボンがあしらわれている。カーペットやカーテンには上下に紫の薔薇が描かれ、美しくもどこか荒涼感を滲ませ幻想を彷彿させる。総じて彼女の服装との親和性は高く、ゴシックロリィタは浅学である身でもセンスが伝わるのだから相当だ。正に両面で神崎蘭子が為の居城といえよう。

 

お揃いの服で並ぼうと……節穴を除いて主は彼女であると見抜くに違いない。短期間でこうまで染め上げる手腕に舌を巻く。売りを持たぬどっかの誰かさんとは雲泥の差であった。

 

 

大雑把な精査とも言えぬそれを切り上げた頃、同じくして準備が済んだのかティーセット一式を鈍い光沢を放つ老成の風格漂うシルバートレイに載せて机を目指そうとしていた。

手伝いましょうかと語りかけるものの仕草で制され、上げかけた腰を降ろす。廊下に寄り添うようにある台所からの距離は3メートルもない。その間上がり框みたいな段差は皆無で、喰い下がるのは過保護であった。なにせ……障害物もなしに転倒する人は普通いないのだから。

 

「照覧せよ!宝物庫から封を解きし秘蔵の品々。甘美なる色彩の氾濫に紅の葉を萎凋し、対価に滾る真紅をな!」

 

「マカロンに紅茶ですか、ちょっと早いアフタヌーンティーですね。眼と鼻の同時攻撃とは卑怯です……この場で待ての合図をされたら、数分と経たず死んだ魚のような眼になる自信あります」

 

「先んじては見て歓喜を呼び起こし、匂いを取り込み、欲求を呼び起こす。サキュバスの蠱惑を堪えて、然る手順を踏めば空腹が至高のカタルシスへと昇華されるわ」

 

暗に待機を示し、堂に入った所作でティーポットからティーカップに紅茶を注ぐ。

 

「時は満ち、加護は行き渡ったようね。さぁ、永い旅路を祈願してプロージット!」

 

乾杯とカップの取っ手を掴み、顎の手前まで軽く掲げる。決して杯を当てたりはしない。喧騒こそ正常のビールガーデンでジョッキ片手にぶつけ合うのは兎も角、見るからに高級な食器を雑に扱うのはNGである。しかも個人の所有で思い入れがありそうなので無造作にやるとか信頼を裏切る行為だ。預けるに足ると看做してくれたからには、無茶以外は応えたい。

 

「このマカロン……もしかして一昨年惜しまれながらも閉店したホテルにあった……洋菓子店の流れを受け継ぐお店のじゃありませんか?」

 

「おぅ!?真実を見通すとは中々の強者。馳走するに相応しい格の持ち主ぞ」

 

「艶やかで薄い生地、深みを誘うバタークリームに春めいた旬の桜の花びらとチェリーを加えたマカロンと来れば特徴的ですもん」

 

かな子さんへのお菓子攻勢のお返しに、スイーツ特集をあーでもないこうでもないと手当たり次第に読み漁ってたら、東京の有名店を網羅しつつあったのだ。その途上で候補に残った目ぼしいヤツの中にゴスコロネさんのはあった。

 

「美味しくて味わいたいのに手が止まりませんけど、これを出されたら迂闊に私の部屋へは招けませんね」

 

「な、なんと!?我が行いに不可視の断裂でも生じたか?」

 

「どちらかと言うと私……いえほぼ10割り私の見栄ですのでお気になさらず」

 

「見栄……とな?」

 

突如身を乗り出してきたので、目を瞬かせたが……省みて誤解を招く言い回しだったと弁明する。

 

「えぇ、越してきてお部屋訪問第一号になる方にしょっぱいおもてなしじゃ、格好付きませんから」

 

「―――のお部屋……はじめて……ンフーッ」

 

己の言葉一つでやきもきしたかと思えば満足気に浸る。なんともこそばゆいものである。しかし張り切り過ぎてハードルを自ら進んで上げてしまった感が付きまとう……常の間合いの詰め方が弱火コトコトじっくりなら、この娘のは強火で縮地だ。墜落を免れ、軟着陸できたからいいものを我が事ながら凄まじく胡散臭い。一つ一つの言動は信じるに値するものの全体像を繋ぎ合わせるとあまりに親切に過ぎる。まるで一度目は全肯定して共感を誘い、二度目で嵌めて騙しとる詐欺師の如きロールである。自分もこう考えるから相手もこうだという心算は毛筋もないが、己であれば裏を疑うレベルだった。懐に潜り込めた要因が4つもあったとはいえ本当に純粋な娘だと思う。

 

 

保険が降りるまで今しばらく、ミサはまだ始まったばかり―――

 




TPの新曲を聞いていたら思いの外速く書けました。
金曜の予定が火曜に……さて作中でプロージット等の蘭子の言葉に対する悠陽の言及を一部冗長すぎたので一部カットしてたりします。気になる方が多かったら付け足そうかと。


感想評価をいただけると励みになりますのでよければどうぞです。
―――それでは次の話でまた。
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