CCさくら×テイルズ ~カードを求めて異世界へ~   作:あんだるしあ(活動終了)

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 急に里心がついて書いてみると思いのほか筆が乗りました。


Radiant My Family

 コッ、コッ、コッ……

 

 歩いてくる――緋水晶の星で片目を隠した、クリスタルの少女。

 

「時空が騒いだと思ったら、こんな物があったなんてね」

「ラザリス――」

 

 ジュディスが起き上がって槍を、キールが杖を構えた。

 

「僕が何者か分かったようだね。そうさ。僕は生まれるはずだった世界“ジルディア”にして、その一部。だけど、僕の種子は芽吹かなかった。僕はね、あのまま朽ちるはずだった。でも君たちの世界樹は僕を取り込み、星晶(ホスチア)で封じたんだよ。……何のために封じたんだい、ディセンダー! 産まれることもできず、価値のない僕を、なぜわざわざ封印したんだ!」

 

 ラザリスの怒号に、ホーニャンは竦んだ。

 

(答えられない。あたしは世界樹が産んだディセンダーじゃない。世界樹の意思なんて分からない!)

 

「――だんまりかい。知ったことではないっていうんだね」

「ちが……っ!」

「ともかく、どういうわけか僕はこの世界に解き放たれた。呆れたよ。出来上がったこの世界を見れば、自滅の道を歩んでいるじゃないか」

 

 否定――できない。

 国同士の星晶(ホスチア)を巡る潰し合い。エネルギー資源の枯渇。富める者と貧しき者の差。アドリビトムに属して知った、ルミナシアの不条理の数々。

 

 ホーニャンは髪留めを封印解除(レリーズ)して星のロッドを手にし、持てる全てのさくらカードを取り出した。

 ホーニャンが持つさくらカードで戦闘に向いているものは少ないが、それでも、ディセンダーであるホーニャンが何とかしないで、誰がこの窮地を救ってくれるというのか。

 

「だから、この世界は僕が貰うよ!!」

 

 足場が――天が、鳴動した。

 

 ホーニャンが揺れにバランスを崩した一瞬、手を滑らせてしまい、さくらカードが石畳に散らばった。

 慌てて拾う――前に、さくらカードが浮かび上がり、吸い寄せられるようにラザリスのほうへ飛んで行った。

 

「そん、な――何で」

「ホーニャン=ディセンダー。まずは君を僕のものにする。ディセンダーは世界の守護者にして救世主。そんな存在は、こんな死にゆく世界じゃなく、今まさに誕生しようとしている僕の世界にこそ必要だろう?」

 

 さくらカードがラザリスを囲んで列を成した。強制的に奪われたのか、はたまた――考えたくはないが、さくらカードたち自身の意思でラザリスに降ったのか。

 

 少しずつ、星のロッドを持つ腕が震え始める。

 

「しっかりせえ、ホーニャン!」

 

 星のロッドを両手で正眼に持ち直したが、そこまでだった。それ以上、何をどうしていいのか、ホーニャンにはさっぱり分からなかった。

 

「ホーニャンっ!」

「――ふふ」

 

 ラザリスの姿が空気に溶けるように消えた。さくらカードたちと共に。

 

 ホーニャンはその場に膝から崩れ落ちた。

 

「お母さんのカード……とられちゃった」

 

 ホーニャンは姉・つばさや長兄・柊一のように傑出した魔法使いではない。それでも今日までどうにかやってこられたのは、さくらカードがあったからだ。さくらカードがないホーニャンには何もできない。

 

 肩が跳ねるたびに、目尻から雫が落ちて石畳に染みていく。

 ホーニャン、と後ろから気遣わしげにジュディスとキールが呼びかけたが、ホーニャンは応えられなかった。

 

 

 “なんとかなるよ”

 

 

 懐かしい声がした。大好きな母・さくらの声に似ていた。

 

「え――?」

 

 ホーニャンは反射的に俯けていた顔を上げた。

 

 光が。まるで教会のステンドグラスから陽光が射し込むように降り注いでいる。その光の中から、桜色の光滴を零しているあれは――

 

『希望』(ホープ)……?」

 

 異世界に散逸しなかったさくらカードの内、両親の手元に残していったさくらカード。父・小狼と母・さくらを結ぶ絆のカード。

 

 

“絶対、大丈夫だよ”

 

 

 『希望』(ホープ)のさくらカードは桜色の光の帯を描いてヴェラトローパ遺構の奥へと飛んでいった。

 

「待って!」

 

 ホーニャンは立ち上がってそれを追いかけた。

 

 

 

 

 

 『希望』(ホープ)のさくらカードは、創世の壁画のうち、カリユガのそれの前で止まった。

 

 何が起きるのか。不安と期待がないまぜのホーニャンが息を呑んで見守っていると、桜色の光滴の下に人ひとり分の像が滲むように現れた。――その人物を、ホーニャンはよく知っていた。

 

「虎太郎お兄ちゃん……?」

 

 木之本虎太郎。またの名を、李(シャオ)(フゥ)。李家の次男で、ホーニャンの下の兄だ。

 

(ホー)(ニャン)? あれ、まだルミナシアにいるはずじゃあ――》

「っ、お兄ちゃぁん!」

 

 ホーニャンは虎太郎に抱きつこうとして――すり抜け、石畳をずしゃーっ! と、滑った。

 

「一種の幻影みたいね」

「大丈夫か、ホーニャン!」

 

 キールが慌てた様子で駆け寄って、ホーニャンを支え起こした。

 

「いひゃい……」

「顔面から派手に突っ込んでもうたさかいなあ。痛いの痛いのとんでけ~」

 

 ケルベロスがホーニャンのおでこを小さな前足でなでなで。

 

 

 ――気を取り直して、テイク2。

 

 ケルベロスが虎太郎(の幻影)に、ホーニャンがルミナシアで封印してきたさくらカードが全てラザリスに奪われたことを説明した。

 

 事情を聞き終えた虎太郎は、痛ましげにホーニャンの頭を撫でた。すり抜ける幻の手だとしても、ホーニャンは撫でてもらった、と確かに感じた。

 

《おれも、グリンウッドでさくらカードを敵に洗脳されたことがあったから、少しは分かるつもり。……つらかったね、红娘》

 

 ホーニャンは赤いミニスカワンピの裾をぎゅうっと握って、泣くのを我慢した。

 

 不意に虎太郎が白いロングコートの内ポケットから、一枚のさくらカードを取り出して、ホーニャンに差し出した。

 

《今おれにできる手助けなんていったら、これくらいしかないや》

 

 ホーニャンは大口を開けた。虎太郎が差し出したのは、『樹』(ウッド)のさくらカードだったのだ。

 

《カードが1枚も手元にないと、困ることがあるかもしれない。世界樹ってやつがその世界の中心なんだよね。樹木を司るこのカードなら、何かの足しにはなるんじゃないかな》

「いい、の……?」

《全部貸すべきかとも思ったんだけど、そしたら『鏡』(ミラー)を独りにしちゃうから。事情があって『鏡』に(ミラー)はおれの友達の影武者をやってもらってるんだ。だから、これだけになるけど》

「ううん、ううんっ。いい。これでいい。これがいい。ありがとう、こた兄」

 

 満足げに笑って、虎太郎の幻影は消えた。

 

 すると、『希望』(ホープ)は再び桜色の光滴を振り撒きながら飛んで行った。今度はホーニャンも追いかけることに不安はなかった。

 

 

 

 

 『希望』(ホープ)はドゥヴァーバラユガの壁画まで行って、空中で静止した。

 果たして、次に現れたのは――

 

「つばさお姉ちゃん!」

 

 香港の実家でよく着る唐服に身を包んだ、つばさ。もう一つの名を(イー)(ファ)。兄弟姉妹の長子。ホーニャンたちみんなのお姉ちゃんだ。

 

《红娘、ケロちゃん。これってどういうこと? ルミナシアでの『審判』が終わったの?》

「……ごめんなさい。そうじゃないの」

 

 今度はホーニャン自身の口から、ラザリスにさくらカードを奪われたことを打ち明けた。それから、ついさっき虎太郎にも同じように再会して、『樹』(ウッド)のさくらカードを借りたことも言い足した。

 

《虎太郎らしい》

「あたしも思った」

《だったらお姉ちゃんも真似っこしようかな。わたしはもう、エレンピオスでのさくらカードの封印が終わって実家に帰ったから、全部貸そうと思えばできるけど――》

「だめだよ! お姉ちゃんのカードたちは、主になったお姉ちゃんが大好きなんだもん。それに、せっかくお母さんのとこに帰れたのに、すぐお出かけなんて、カードたちがかわいそう」

《――そう。じゃあ、わたしも1枚だけ》

 

 つばさは大きな袖の中からさくらカードを一枚抜いた。――『翔』(フライ)

 

《いつだって想ってる。お姉ちゃんもお兄ちゃんたちも、いつだってあなたの味方だからね》

 

 つばさが差し出すさくらカード、『翔』(フライ)を受け取った。

 

「ありがとう。あたし、このカードで、世界の果てまでだって飛んでいく」

《その意気だよ、红娘》

「うん。大好き、お姉ちゃん!」

 

 最後まで笑顔のまま。つばさの幻影は消えていった。

 

 ()(たび)『希望』(ホープ)はふわりふわり。ホーニャンにとってもはやそのさくらカードを追うことはイコールで兄姉たちとの再会だった。足取りは自然と軽快に。弾む呼吸すら心地よい。

 

 トレーターユガの壁画の間には、やはり、ホーニャンのきょうだいが待っていた。長兄の柊一だ。

 虎太郎と同様に、柊一も旅立ち前に大道寺知世に仕立ててもらったコスチュームのままだが、まるで何十年も生きたかのように落ち着いた佇まいをしていた。

 

《そんなに慌ててどうしたんだよ。红娘》

「しゅー兄……あのね」

 

 ホーニャンがさくらカードを失ったことを話すと、やはりというべきか、柊一も虎太郎やつばさがしたように、彼の手持ちのさくらカードを一枚貸してくれた。

 柊一が差し出したのは――『火』(ファイアリー)

 

『火』(ファイアリー)はケルベロスの第二配下だから、“月”寄りのおれが使うより高い威力が見込めるだろう。あとはまあ、験担ぎだ。占いにおいて『火』(ファイアリー)は“難関の突破”を象徴するカードだ。御守りの意味でも持っておけ》

 

 ホーニャンは柊一が差し出すさくらカードを受け取った。

 

多謝(ありがとう)哥哥(おにいちゃん)

不谢(どういたしまして)妹妹(かわいい妹)

 

 役目は果たしたとばかりに、柊一は晴れやかな表情で消えていった。

 

(しゅー兄だって、そんな優しい顔できるようになるくらいには変わったってことじゃない。人を変えるのは人との出会いだけ。エフィネアで素敵な出会いがあったんだね)

 

 ホーニャンは兄姉たちから託されたさくらカードを広げて見つめた。

 『樹』(ウッド)『翔』(フライ)『火』(ファイアリー)の3枚。きょうだいの再会を導いてくれた『希望』(ホープ)と、合わせて4枚。たった4枚、と人は言うかもしれないが、ホーニャンは、4枚もある、と胸にさくらカードを抱き締めた。

 

「「ホーニャン!」」

 

 ふり返る。キールとジュディスだ。途中から『希望』(ホープ)のさくらカードを追うことで頭がいっぱいになって、彼らを置き去りにしていたのだと、ホーニャンはようやく思い至った。

 ホーニャンは慌てて彼らに平身低頭、謝り倒したのだった。

 

 

 

 

 

 

 バンエルティア号に帰艦したホーニャンたちに、アンジュが地上での出来事を教えてくれた。

 ホーニャンがさくらカードで手一杯だった間に、地上にも災禍が起きていた。白亜の巨大な突起物こと“ジルディアのキバ”が地面から突如として生えたのだという。

 

「キバでええんか? アレの名前」

「どう見ても“牙”だもん。分かりやすいからいいじゃない。すぐ覚えられるし。ね、合理的でしょ?」

「さすがアンジュさん……」

 

 ふふ、とアンジュはいつもの営業スマイルで通した。

 

「さて、と。あとの報告はキール君から詳しく聞くから、あなたには、医務室に行ってもらおうかな。カノンノが待ってるよ」

「カノ、起きたの!?」

 

 ホーニャンはすぐさま医務室めざしてスタートダッシュ。ケルベロスが追いかけてきた。

 

「こらホーニャン、急いだらコケるで!」

「コケないもーんっ」

 

 ホーニャンが医務室に飛び込んだ時、カノンノはベッドに腰かけていた。横にならなくてもいい程度には回復したらしい。

 

「おかえりなさい。ホー。ケロちゃん」

「カノ、体、もう平気なの?」

「うん! もう仕事もできるくらいに元気。心配かけてごめんね」

「ううん。元気になったならいいの」

 

 ホーニャンは気分がよくなって、カノンノの隣に腰かけた。

 

「そうだ。ホー、ヴェラトローパはどうだった? 何か分かった?」

「あ……うん、知らなかったことがいっぱい分かったよ」

 

 壁画からジュディスが読み取った創世とヒトの祖の記録を、ホーニャンはカノンノに語って聞かせた。

 

「それと、ね、実は――」

 

 ホーニャンは打ち明けた。ラザリスに自身のさくらカードを奪われ、代わりに兄姉からさくらカードを借り受けたこと。

 

「ホーのお姉さんとお兄さんたちは、ルミナシアとは別次元にいるんだったよね……ホーも、ケロちゃんも、いつかはそこへ帰っちゃうんだよね」

「うん、帰るつもり。カードたちを、本当の主であるお母さんのとこへ連れて帰るために、あたしたちは旅立ったんだもん」

 

 するとカノンノがホーニャンの肩に軽く頭を乗せた。

 

「わたし、ふたりがいなくなったら、寂しいよ……」

「あたしだって、寂しいけど……」

 

 ディセンダーをがんばる、と決めた。だから、ルミナシアのさくらカードを全て封印したあともアドリビトムに留まった。

 だが、さくらカードの件ばかりは、李(ホー)(ニャン)が投げ出せない“責任”なのだ。

 

 

 少女たちは、無言で寄り添っていた――


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