ハッピードリップ―小さな喫茶店の小さい幸せなお話― 作:REKYU
キーンコーンーカーンーコーン…
午後の退屈な授業の終了のお知らせだ
帰りのHRが始まる前に支度しちまうか…
「ホント…つまんねえ毎日だ…」
誰に聞かせるわけでもないが口からそんな言葉が漏れる。
……そんなことを呟いても世界が変わるわけじゃないってのは俺だって知ってるさ。でも仕方ないじゃないか、今まで必死でやってきたことが一瞬で消えちまって…それしかやってこなくて…それだけが俺の全てだって思ってたんだ…。少しくらい世界に悪態ついたっていいだろ?
「起立!きおつけー、礼」
HRが終わった、さっさと帰るか……
「おーい洋介ー!」
誰かに呼ばれた気がした。面倒だし無視して帰るか
俺はカバンを持って教室を出ようとする。
「おい待てってば洋介!」
ガシッ、右肩を掴まれる
「なんだよ…それと右肩を離せ、痛ぇんだから」
「おっと…悪い」
俺に話しかけて来たのは【大友 宗也(おおとも そうや)】
俺と同じ部活で…相棒だったやつ。
「なぁ…お前部に戻ってくる気はないのか?別に選手じゃなくたっていられるんだぜ?」
「うるせえな、もう俺は球なんか投げられねんだよ、それに選手じゃなくてもいられるって俺にマネージャーやれってか?ふざけんな!これ以上惨めな思いなんかしたくねえんだよ!」
そう…俺は野球をやっていた。ここにも特待生で呼ばれて…1年からエースで…皆から期待を背負ってずっと野球をやっていたんだ。
でも…………俺はもう野球なんか一生出来ない…
――――2ヶ月前――――
俺はマウンドに立っていた。それも高校野球の地区予選の決勝のマウンドに。
「あと一人だぞー!ガンバレー!」
「焦るな焦るな!あと一人!」
味方のバッグたちも声を張り上げて俺を鼓舞してくれてる…
「ハァ……ハァ……」
自分で息が上がってるのがわかる、この決勝に来るまで7試合、全部俺一人で投げ抜いて来たからな。でも泣き言なんか言ってられない。あとワンアウトで甲子園だ…。
サインはストレート、俺の一番の得意球。
セットポジションに入る…バッターを見る…よし
俺は左足を上げて投球モーションに移る。
大地を踏みしめて指に力を与えて…思いっきり…投げる!
その瞬間……
―――ビリッッッッッ!!――
右肩に激痛が走った…うまくボールに力が伝わらない…
そんな俺が投げた威力の全くない打ち頃なボールは……
カキィィィィィィーン!
スタンドに放り込まれていた…
――俺は肩を押さえてマウンドにうずくまったまま…動けなかった――
「病院に行って診てもらえば肩の腱板断裂,しかも1つじゃない。全部の腱板だ。手術はして日常生活はこなせるようになったとはいえ、俺にはボールを投げることはおろか、バットを握って振ることも出来ない。周りからは腫れ物に触るような扱いを受ける、そんな俺に部に戻ってこいなんてまだ言うのか…?お願いだからもう俺に構わないでくれよ…じゃ、お前は野球…頑張れ」
俺はあいつの言葉を待たずに教室から出る。
だって、これ以上思い出したくもないし、あいつに悲しい顔させたくなかったから…
「ハァ…」
下校途中、俺はなんとも言えない気持ちだった。
なんとなくそのまま家に帰りたくなくなっちまった。
適当にふらふら歩いていると、一軒の喫茶店があった。そんな大きくないけど、ちょっと暗めの雰囲気で落ち着いてそうなところ。
「丁度いい…気持ちを落ち着けるためにもゆっくりしてみるか…」
俺はなんとなくその喫茶店に入ってみることにしたんだ…
――まさかそれで、自分の人生がこんなに変わることになるとは知らなかったんだ――
カランコロンカラン…
「いらっしゃいませ!お一人様ですか?」
「え、えと…はい」
入店早々びっくり、まさかこんな可愛いウェイトレスさんがいるとは…緊張して声が震えたぜ
「では、お好きな席へどうぞ!」
明るくていいウェイトレスだな…そしてやっぱ可愛い…ってか綺麗って感じか…
愛想いいけど目はキリッとしてるし、小顔で鼻も小さい、スタイルも良さそうだし…背は少し高めかな?女の子にしては少し大きそうかな。
うーん…お好きな席へって言われてもなあ…一人だしテーブル座るのは気が引けるな、カウンターにしよう。
「よっこいせ…っと」
座るときにこんな声がでちまう俺はジジイっぽいなー
「いらっしゃいませ」
うお…マスターっぽい人に挨拶された。あれ?でもこの人若いな…白髪ひとつないし肌も綺麗だぞ…
「ど、どうも…」
「お客さん、今僕のこと若いなーって思ったでしょ?」
まさにドンピシャ、エスパーかこの人…
「え、ええ…すみませんがおいくつで?」
「今年で33になりますね、ご注文はなににしますか?」
「若いですね…。えっとアイスコーヒー、お願いします」
「畏まりました」
若いのに随分貫禄あるなこの人…凄い。
マスターを見続けるのもあれなので店内を見回してみる。
テーブルが5つとカウンターが6つ、今はかき入れ時じゃないのかそんなに人はいない。テーブルに女性が3人だけ、カウンターの男俺一人浮いてる。ヤバイちょっと恥ずかしいな…俺だけ学ランだし…。
「お待たせしました」
っと、アイスコーヒー来た、いただきます…。の前に
「すみません、ミルク貰えますか…?」
カッコ悪いことに俺は無糖ブラックがそのままでは飲めないのだ
「おや、苦いのはダメですか…ですがお客さん、一口だけそのまま飲んでみて貰えますか?」
マスターが落ち着いた口調で話してくる。あう…断りずらいなぁ
「わかりました…では…」
意を決して飲んでみる…!
ん…あれ…全然苦くない…ぞ…?
「飲みやすいです…ミルクいらないくらい…」
「そうでしょう?気に入ってもらえましたか?」
マスターが諭すような口調で言ってくる
「ええ…飲みやすいです…ホント…」
心地いいな…この空間で、うまいコーヒーが飲めて…ホッとする。飲んでるのはアイスコーヒーだけど
「お客さん、さっきよりいい顔してますよ。さっきまでつまらなそうな顔してましたし…」
本当この人エスパーかなにかじゃないんだろうか…
「ええ、まあ…ちょっと人生ってなんなのかな…と」
「そうですね…僕もまだまだ生きてないからとやかく言うことではないんでしょうけど…しいていうなら…なにかを見つけ出すこと…でしょうか」
「なにかを…見つけ出す…?」
「ええ、僕はそう思ってますよ。人生1回きり、自分のやりたいこと、したいことを見つけ出すのが人生なんじゃないかなって。例えなんならかの理由で出来なくなってしまったり、諦めてしまっても。また次やりたいことをゆっくり見つければいいんじゃないかなと、だって人生って物凄く長いんですから」
「次にやりたいこと…か…」
そうだな…確かに人生って長いんだ…いつまでも引きずってたらなにも出来ないな…。少しは前を向いて歩いてみないとな…。
「なんか少しわかった気がします…ありがとうございます」
「いえいえ…ごゆっくり」
マスターが仕込みを始めた、どうやら軽食…カレーかな?を作ってるようだ…。
さて…ゆっくり飲んだら帰るかな…。ゆっくりグラスを傾けて飲んでいると…
カランカランカラン!
ん、お客が来たみたいだな…
「いらっしゃいま…ぅぐっ!」
ん……なんだ?今変な声が…聞こえたような?
入口を見てみると…
「全員動くな!!!!動いたらこいつを刺すからな!!」
中年くらいの男が…さっきの綺麗なウェイトレスさんを人質に取ってナイフを出しながら叫んでいた…っ
「ははっ…おいおいなんだ…この状況は…」
なんで…こんな喫茶で強盗みたいなのが出てくるんだよ…笑えない…
――キャアアアアアアアアアアアア!!――
テーブルの女性3人も大慌て、そらそうだ…俺だってびっくりだ…
「ガタガタ騒ぐんじゃねえよ!!!テメーら客全員1ヶ所に固まれ!そこのトイレの近くにだ!!!!さっさとしろ!!」
男が大声で女性たちに怒鳴り付ける。女性たちは必死でトイレの前に固まる。
「おい!!!なにしてんだそこ2人!!!オメーらも行くんだよ!!」
ああ…俺とマスターのことか…てかマスターさん、貴方冷静ですね…顔色1つ変えやしない…まあ俺も多少は平気なんだが…。
マスターと俺も女性たちの方に向かう。普通こういうのって縛られたりするもんじゃねえの?一人だから無理なのかな…?しかし計画性無さそうだよなぁ…。
「よし…テメーら!間違っても警察に連絡なんかするじゃねえぞ!!!変なマネしたらこの女が大変なことになっちまうぜ…?」
ナイフをウェイトレスさんの首筋にちらつかせる…。っのヤロー!可愛い子になんてことすんだ…
「た……たす…けて…っ!」
ウェイトレスさんが泣きそうな声で助けを求める…くそっ!どうすれば…!
「そうだよなぁ!助かりたいよなぁ!なら俺の言うことを聞いてもらおうか!おい店長は!オメーか?」
ナイフをマスターに突きつける男。
「ええ…僕ですね、それで貴方はこんな小さな店になにをお求めですか…?」
おいおいマスター…淡々と喋るな…この人怖いものないのかよ…
「テメーには関係ねえんだよ!!さっさとレジの金を寄越せ!!!」
金目当てか…なら銀行に行けよ…、多分この場の全員同じことを思ったと思う。
「はぁ…わかりました…そんな金入ってないのに…」
ヒュン!マスターが鍵を強盗に投げた。男はそれを受けとると
「賢いじゃねえか…終わったらすぐに全員無事に帰れるから安心しな」
そういってレジに向かう…。
糞が…なんとかなんねえのかこの窮地…確かに金渡せば帰してくれるかもしれねえけど…あいつが逃げるのは俺は許せねえぞ…っ!でも武器もねえし…鞄の中にも…ん?
強盗にバレないように漁ってると…あった。1つだけ…武器になりそうなもの…今の俺には…もう投げられそうにない…ボール。やれるのか…俺に…
「なかなかあるじゃねえか金…おい女、オメーももうそっち行っていいぞ」
ドカッ!!
「キャッ…!!」
ウェイトレスさんがこっちに蹴り出された…
―――プツーン―――
俺の中でなにかがキレた。あ、もうダメだこれ収まんないやつだ
「………じゃねえよ…」
「えーっと…1,2,3,4,……」
強盗が下向いて金を数えてる…バカが。
今やるしかない…俺はカバンからボールを取り出して…強盗に目掛けて思いっきり…投げた。もう医者に野球は出来ないと言われた右肩を使って…投げた。
そのボールは……………
ゴスッッ!!!
鈍い音を立てて強盗の顎に当たった。投げれるじゃん…俺…いや奇跡…火事場の馬鹿力みたいなもんか…?
ドサッ……ゴンゴン…ゴロゴロ…
強盗がぶっ倒れる音とボールが転がる音だけが店内に響き渡る…
――30分後…――
店にはパトカーが来て男が逮捕された。
あのあとすぐ警察に連絡して来てもらったから早かった。
駆けつけた警察が倒れてる強盗を見て「えっ……?」って顔をしてたけど。
マスターがうまく事情を説明してくれたお陰で俺はなんのお咎めもなかった。まあ危ないことするな!って怒られたんですけどね…?店には改めて一応のお話があるだけみたいだし良かった良かった。ふぅ…
………さて…女性客も帰ってるし…俺もそろそろ…
「ご馳走さまでした、あと迷惑かけてすいませんでした、お代…ここ置いときますね…」
カバンを持って出ようとすると…
「あっ…あの…待ってください!!」
綺麗なウェイトレスさんに呼び止められた。ん、なんだろ…
「さっきは…本当にありがとうございました…私…怖くて…」
思い出してしまったのか、目が潤んできてる…それも可愛いと思ってしまう俺は不謹慎なのだろうか?
「いや…そんな頭下げてもらうことしてないですよ、むしろマスターさんに迷惑かけちゃって…」
適当に誤魔化そうとしたら…
「そんなことないよ、助けてもらったのはこっちだからね。改めてお礼を言うよ、ありがとう」
なんと、マスターさんまでもが頭を下げてきた。照れるなあこれ…
「いや本当になにも…落ち込んでる僕にマスターがありがたいお言葉をかけてくれたから…そんな温かいお店だから守ろうって思えたんです…こちらこそありがとうございます…今やりたいことってのはないけど…頑張ってみますね」
こっちも頭を下げると、マスターがなにやら閃いたような顔をして
「ねえ君…やりたいことが今…ないなら、ここでアルバイト…してみないかい?」
……はい?今なんて言った?アルバイト…?確かにまだやりたいことはないんだけど…
「ああいや、君に恩があるからってわけじゃないんだよ、今人が少なくてね、働いてくれる人を募集してるのさ…それに君はいい人だ、そんな人が働いてくれると心強いんだけどな…」
「わ、私も貴方と働いてみたいです!一緒に働きませんか?」
………素直に涙が出てきた…っ!野球やめてから人に腫れ物扱いされて…まともに心を通わそうとしなかった俺が…そんな俺のことを2人も必要としてくれてることに嬉しくて涙が出てきた…っ。俺…ここで…なにか見つけられるかな…?頑張ってみても…いいかな…?
「あ…ありがとうございます!是非…働かせてください!」
こうして俺は、喫茶店のアルバイトをすることにした。
ここでゆっくり…やりたいものを見つけていってやろう!