私の剣はお母さんの剣、シャンファ流長巻術。
一対一、或いは一対多を前提として組まれた技術体系が、私の根底にある。
《Ⅶ組》同士は例外として、私は他者との連携に関して言えば、以前から不得手だった。
だから私は、ラウラとフィー。2人の動きを真似ることにした。
技の威力ならラウラに匹敵する、ランベルト先輩の大剣術。
《Ⅶ組》ではフィーに次ぐ身軽さと脚、連撃こそが私の武器。
2つがARCUSという魔法の潤滑油で重なり合い、元祖顔負けの連携術を生み出した。
息は重なっていた。お互いの技も冴えていた。それでも私達は、甘かったと言うしかない。
人外の存在と評しておきながら、私は完全にヴァルターを人として見ていた。
力と狂気の権化。人の形を成した何か。認識を、強引に改めざるを得なかった。
「はあぁぁ!!」
「せぃあぁっ!!」
ランベルト先輩の上段を苦も無く躱したヴァルターに、間髪入れず薙ぎ払いの一撃を放つ。
するとヴァルターは薄ら笑いを浮かべながら、両の手で上下から長巻の刀身を挟み押さえた。
微動だにしなかった。魔獣へそうするように躊躇なく剣に力を込めても、動かない。
「クク、7年前を思い出すじゃねえか。おら、蹴るぜ」
「―――っ!!」
両手で剣を挟んだまま、ヴァルターがゆっくりと前蹴りの構えを取り始める。
私は迷わず剣を放棄し、放たれた右の前蹴りへ全神経を集中させ、到来するであろう衝撃に備えた。
「アヤ君!?」
防御は成功していた。ヴァルターは力任せに右足を突き出しただけだった。
だというのに、私の身体は上空数アージュの高さにまで飛ばされ、地面に転がった。
受け身を取ることさえ叶わず、一気に体内の臓器達が悲鳴を上げ、呼吸が乱れ始める。
まるで導力車に撥ねられたかのような気分だった。防御に使った右半身と左腕が、言うことを聞かない。
「「フロストエッジ!」」
何とか意識を繋ぎ止め顔を上げると、ユーシスとポーラの水属性アーツがヴァルターへ放たれた。
阿吽の呼吸で重なった冷気は円を描き、退路を阻むように中央へ立つヴァルターへ襲い掛かる。
完璧に捉えたかのように思われた、次の瞬間。耳を劈くような狼の雄叫びが、周囲へ響き渡った。
「がぁああぁぁっ!!!」
声と共に発せられた裂帛の気合いが、色を帯びながら周囲に飛散する。
それらが冷気と衝突し、蒸気が音を立てて辺り一面に広がった。
唐突に高温の霧に包まれたかと思いきや、それが晴れるのもすぐだった。
ヴァルターの身体から溢れ出る闘気は全てを吹き飛ばし、彼を中心にして旋風を巻き起こしていた。
「アヤ君、無事か!?」
「っ・・・・・・は、はい。何とか」
ランベルト先輩に続いて、呆然と立ち尽くしていたポーラとユーシスが私の下へと駆け寄る。
理解し難い一連の様を目の当たりにし、誰もが表情を曇らせていた。私もその1人だった。
「な、何なのよあいつ。化け物か何か?」
「フン、漸く分かったか。蛇とはそういう連中だ」
気穴をこじ開けられた際、私はヴァルターの力と狂気に触れた。
だが私は理解していなかった。私が知る痩せ狼は彼の一端に過ぎず、あくまで過去。
異常なまでの闘争欲求に身を任せた7年間で、ヴァルターは更なる変貌を遂げていた。
「さて、遊びはここまでだ。少し本気を出させて貰うぜ」
ヴァルターは右腕を曲げて腰元に、左手は前方。腰を落とし、オープンスタンスを取った。
一目で拳法の構えだと分かった。背筋に悪寒が走り、全身から嫌な汗が噴き出してくる。
「・・・・・・泰斗流、とは違うのかな。構えが似てるけど」
「馬鹿言え、そんな古臭え流派は知らねえよ」
「知ってるじゃん」
「クク、どうだろうな」
違和感はあった。ヴァルターが繰り出す技の一つ一つが、技ではなかった。
暴力と言ってもいい。私達の力を量るように、ヴァルターは意図的に武を捨て、力を揮っていた。
その巨大な力が今再び理合いを選び、私達へ牙を向こうとしていた。
敵う筈がない。冷静に状況を分析するまでもなく、どう転んでも敗北は必至だ。
ユーシス達3人もそれを理解しているようで、言葉を失っていた。
対するヴァルターは、右手に握っていた私の長巻を投げ返しながら言った。
「分かってんだろ、アヤ。手前がその気になりゃ、もっと楽しめそうだ」
意味深なその言い回しに、ランベルト先輩とポーラは訝しむような視線を私に向けた。
ユーシスはおそらく、判断に迷っているのだろう。彼は私を知っている。
まだ使っていない2つの力。極・月光翼のことか、それともランの力か。
いずれにせよ、私達に残っている物は少ない。迷ってる暇も無い。このままでは駄目だ。
―――ドンッ。
「え?」
覚悟を決めるしかない。そう考えていると、私の背に何かがぶつかった。
振り返ると、紅色のコートを着た男―――マクバーンの姿があった。
直後に、私の足元に横たわる人影。その存在に気付いた時、再び目が眩む程の絶望感が私を襲った。
「さ、サラ教官!?シャロンさん!」
私の声に、サラ教官は少しも反応を見せなかった。シャロンさんは辛うじて意識があった。
教官の身体は弛緩し切っており、起き上がる気配も無く、見るも無残な姿に変わり果てていた。
初めて見る傷だった。どうすればそうなるのかが分からない。
『鋭利』で『鈍重』な何かに斬り叩かれ、肉を削がれ―――焼かれた。
そうとしか言い表せなかった。痛々しいその裂火傷が、身体中に刻まれていた。
「私を庇って下さったみたいですね。ですが、私も・・・・・・もう、動けません」
シャロンさんが力無く声を漏らす一方で、マクバーンは上機嫌に笑っていた。
マクバーンの右手は手刀の型を取り、文字通り真っ赤に『燃えていた』。
あれにやられたというのか。たった1人でこの2人を。こんな短時間で。
(嘘、でしょ)
辺りに立ち込める人肉が焦げる臭いに、吐き気が込み上げてくる。
何をどう否定したところで、私達は受け入れるしかない。これは現実だ。
あった筈の希望が、知らぬ間に絶望へと転じていた。
「ガイウス、みんな!」
「ああ、分かっている!」
もう1人の蛇、デュバリィと相手取っていたメンバーへ声を掛けると、すぐに返答があった。
皆も状況を把握していた。苦悶に満ちた表情を浮かべつつも、即座に陣形を変えて応えてくれた。
サラ教官とシャロンさんを囲う半円状の陣を組み、背後は街道を見下ろせる崖。
私達の現状をそのまま表すように、崖っぷちへと追い込まれていた。
「久し振りに熱い自分に会えたぜ。だがまあ、物足りねえな」
たとえ私達が駄目でも、この2人ならきっと何とかしてくれる。
そんな甘えた思いを、誰もが抱いていたに違いない。
そしてそれを上回る力が、眼前にある。『死』を意識するには、十分過ぎる材料が揃っていた。
「おい、手を出すんじゃねえ。お前の獲物はもうくたばってるだろうが」
「も、目的を忘れないで下さいます?我々はこの者達を拘束さえすれば―――」
「そう言うなよ。俺は不完全燃焼ってのが一番嫌いなんだ」
マクバーンが両腕を広げ頭上を仰ぐと、その全身から『黒い焔』が上がった。
焔は渦を描きながら頭上高く巻き上がり、聞いたことも無い重々しい音を立てて燃え盛り始める。
「『混じってる』奴もいるようだし、少しは楽しめそうだ。そうなんだろ、リィン・シュバルツァー!!」
リィン。混じってる。
マクバーンの言葉へ疑問を抱くより前に、私達は熱風に襲われ、肌を焼かれた。
「「っ!?」」
焚き火に近付きすぎた際に、鋭い痛みが走る。あの感覚の最大級が、全身を包み込んでくる。
実際に焼かれているのか、底知れない殺気にそう錯覚しているだけなのか、判断が付かない。
「み、みんなっ・・・・・・!」
熱さの余り、目も開けていられない。何処にも逃げ場が無かった。
自分が、皆が今どうなっているのかさえ分からない。唯々、熱い。
もう―――やるしかない。敵う敵わないは、この際どうだっていい。
「貴様ら、何をしている!!」
「え?」
ランの名を呼ぼうと口を開いたところで、背後から怒気を孕んだ声が聞こえた。
同時に焔が消え、纏わりついていた熱が消え去っていく。
恐る恐る瞼を開くと、皆が同じ表情を浮かべていた。
「みんな、無事か!?」
「は、はい。ですが、今の声は・・・・・・」
リィンの声を合図にお互いの無事を確認し合いつつ、先程の怒鳴り声を発した人間を探した。
崖下の街道に、声の主は立っていた。隣には、執事と思われる男性もいた。
道端に停められた高級そうな導力車でここまで来たのだろう。
顔は知っていたが、こうして直に対面するのは初めてのことだった。
「ち、父上っ・・・・・・それに、アルノーまで」
四大名門の名家、現当主にしてユーシスの実父。
眉間に大きな皺を作りながら、アルバレア公爵が崖の上に立つ私達を見上げていた。
怒りに我を忘れていることは、誰の目から見ても明らかだった。
「ユーシス、一体どういう了見だ!あんな置手紙を残して・・・・・・気でも狂ったか!?」
皆が顔を見合わせ、その視線が自然とユーシスへ向いた。彼も彼で、何かを言い倦ねていた。
置手紙。察するに、ユーシスがここへやって来る前、公爵閣下へ書き残した物に違いない。
私やポーラはともかく、ガイウス達は上手く状況を掴めていないように見えた。
皆に構うことなく、ユーシスは静かに深呼吸をしてから、意を決したように言い放った。
「手紙に記した通りです。自分はそのためにこの場へ来ました。そして、腹も決まりました」
「何を馬鹿なっ・・・・・・よりにもよって、反逆者の一味に加担するというのか!?」
「そう考えて頂いても構いません。覚悟はできております」
自分は、この者達と共に行きます。ユーシスは言いながら、小さな笑みを私達に向けた。
応えるように、ポーラが笑った。ランベルト先輩に、ガイウス達も。
多くを語らずとも、ユーシスの想いと意志は、皆にしっかりと伝わっていた。
公爵閣下だけが大いに激昂し、先程よりも更に語気を強めて怒鳴り散らしていた。
「ユーシス、本気で言っているのか!?」
「二度は言いません。父上、どうかご勘弁を」
「戯れ言をっ・・・・・・もういい、こちらも手段は選ばん!!」
公爵閣下が右手を大きく振り上げると、遠方から聞き覚えのある駆動音が飛来した。
独特の重低音が鳴り響き、近付くに釣れて1人、また1人と、険しい表情を浮かべ始める。
嘘だろう、と思った。馬鹿げているのはどちらだ。
(き、機甲兵!?)
たった数人の身柄を押さえるために、それか。手段を選ばないにも程がある。
私達が身構え始める一方で、身食らう蛇の3人だけが構えを解き、異なる様相を呈していた。
「・・・・・・白けちまった。後は好きにやってくれ」
「俺も御免だ。おい、続きはまた今度にしようや」
「あ、あなた達はもうっ・・・・・・!」
この場に現れた時と同じ光に包まれ、3人は唐突にその姿を消した。
何の前触れも無く脅威が立ち去ったことに対し、微塵も安堵を覚えなかった。
蛇とその役目を代わっただけで、私達は依然として崖際に立たされていた。
無機質な音を響かせながら―――3機の機甲兵が、オーロックス砦の方角から進軍していた。
「ゆ、ユーシス。あれって」
「オーロックス砦の部隊だろう。先頭にいる機体は・・・・・・つい最近配備された、最新型だ」
見るからに分厚い装甲で覆われた、重装甲の新型機が1機。
後方に続く2機は、ヴィータから与えられた記憶にあった。
トリスタで皆が敗北を喫した、『シュピーゲル』と呼ばれる隊長機。
合計3機の機甲兵が今、街道から私達を見上げていた。
「リィンさん!」
「ああ。みんな、下がってくれ。委員長は教官とシャロンさんを頼む」
この事態を前にして、リィンが剣を納めながら悠然と前に出る。
およそ1ヶ月半振りに目にする、迷いも恐れも見受けられない背中と、琥珀色の瞳。
一体何をする気だ。そう言い掛けたところで―――漸く、その存在を思い出した。
「来い!灰の騎神、『ヴァリマール』!!」
すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。奥の手があるのは、リィンも同じ。
動揺を隠せないでいるのも、ポーラとランベルト先輩、モリゼーさん。
3人以外は臆することなく、右手を掲げるリィンの姿を見守っていた。
一方で、私達を見上げていた3機の機甲兵達は、既に『動き始めていた』。
「灰色の騎士人形っ・・・・・・そうはさせん!クロイツェンの騎士達よ、奴らを取り押さえろ!」
公爵閣下が声を荒げると、後方にいた2機のシュピーゲルが前方に歩み出る。
右手に握られていた5アージュを超える大振りの剣を構え、その切っ先が私達に向けられた。
騎神が駆け付けるのを待たずして、取り押さえるつもりなのだろう。
そうはさせない、はこちらの台詞だ。もう少しで、私達は待ち望んだ明日を掴むことができる。
私がやるしかない。先手を打って―――この窮地を、脱して見せる。
「ラン!!」
名を呼ぶのと同じタイミングで、ランの身体が青白色に輝き、前方へと力が揮われた。
人の手で生み出された戦術オーブメントでは届き得ない、火属性最上級アーツ。
ランの膨大な霊力が込められたそれは、爆発音と共に機甲兵達を巨大な炎を以って包み込んだ。
「「っ!?」」
私達を気遣ってくれたのか、先程とは打って変わって熱さは感じない。
相も変わらず、ランのアーツは底が知れない。ゼロ秒で打たれては躱すこともできない。
その威力の凄まじさに、後方へ下がっていたセリーヌが驚きの声を上げた。
『な、何て霊力なの・・・・・・今のは、まさか』
「そのまさかだよ、セリーヌ。みんなも下がってて」
セリーヌと初めて会話を交わしていると、神狼へ姿を変えたランが崖下へと降り立った。
皆がランの本身を目にするのはこれが二度目ではあるが、誰もがその姿に釘付けとなっていた。
ランは元々、学生寮で飼っていた小鳥。その程度の認識だったのだから無理もない。
エマとセリーヌだけが、皆とは異なる反応を示していた。
「至宝を見守る使命を担う聖獣・・・・・・アヤさんがトリスタを去って以来ですね」
「ん。あれがランだなんて、今でも信じられない」
エマとフィーが、サラ教官とシャロンさんを看ながら言った。
「ハッハッハ!見たまえポーラ君、見事な馬体ではないか!!」
「先輩、あれ馬じゃないと思いますよ」
ポーラとランベルト先輩は混乱していた。2人には後で適当に説明するしかない。
ズシンッ。
苦笑を浮かべていると、上空から地響きと共に、ヴァリマールが降り立った。
動いている彼を直に見るのは、今日が初めて。ガイウスの言葉を借りれば、生命の息吹を感じた。
機甲兵と外見は似通ってはいるが、やはり根本が違っているのだろう。
リィンはセリーヌと共に光に包まれ、吸い込まれるようにヴァリマールの胸部へと消えて行った。
私もランの背に向かって飛び降り、リィンに声を届けるために、大声で叫んだ。
「リィン、聞こえる!?」
『聞こえてるよ、アヤ。すまない、驚かせてしまったか?』
「ううん、知ってる!ヴァリマールのことも、全部知ってるから!こっちこそ、ランのことはまだ話してないよね!?」
私には、ヴィータがくれた記憶がある。10月30日の出来事は、私の物でもある。
ここで事を説明していても仕方ない。詳細は全部後回しでいい。
『はは、そうだな・・・・・・アヤ、後でたくさん話をしよう。他のみんなもユミルで待ってるんだ。帰ってから、色々聞かせてくれないか』
「私も話したいことがいっぱいあるよ!じゃあ、ここが踏ん張りどころだね!」
『ああ。クロウ以外の《Ⅶ組》が揃うまで、あと一歩だっ・・・・・・ヴァリマール、力を貸してくれ!』
ヴァルター達3人と対峙した時のように、自然と相手取る対象は決まった。
新型の重装甲兵はヴァリマール。2機のシュピーゲルは、ランに剣を向けた。
このクラスの機体に搭載された導力兵器についても、私は既に把握していた。
その脅威を知らせるために、ガイウスが険しい声で言った。
「アヤ、気を付けてくれ!その機体は不思議な力を使う!」
「分かってるよガイウス。さっきのアーツも、全然効いてないみたい」
リアクティブアーマー。操縦者の意志で展開される、指向性の防御障壁。
ガイウス達もその不可思議な力を前に、ヴァリマールに頼らざるを得なかった。
今し方放ったアーツも、直前で弾いたのだろう。装甲の表面に焦げ1つ見当たらない。
「ラン、気を引き締めて行くよ。あの機体、相当厄介だと思う」
『構えも堂に入っている。少々、骨が折れる相手のようだな』
ヴァリマールを制圧するために、これだけの戦力を一気に注いだのだろう。
アルスターで幻獣に後れを取った機体とは、別物と考えた方がいい。
戦術リンクでランと繋がり、感覚を共有する。
一心同体、二心一体。この現象を言葉で言い表すなら、そんなところか。
この場を切り抜けたら―――まずは、たくさんガイウスに甘えよう。
場違い極まりないことを考えながら、私は前脚で地面を蹴った。
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機甲兵の移動方法は2つ。
人のように歩行の動作を取るか、足裏に取り付けられたローラーを使ったシフト移動か。
後者については、当然人が真似ることはできない。人の足裏にローラーなど無い。
人の形を模しておきながら、まるで異なる動きを見せる。私達は、大いに翻弄された。
「ぐっ・・・・・・!」
2機のシュピーゲルがタイミングをずらしながら、剣を上段に構え斬り掛かってくる。
一撃目は後方に飛び退いて躱し、二撃目はサイドステップで横へ。
すると二撃目を放ったシュピーゲルの下半身が回転し、瞬時にして機体の向きを入れ替えた。
その勢いに乗った三撃目は、ランの後ろ脚の付け根を浅く斬り払った。
まただ。足裏のローラーを使った、独特の歩法と足取り。
片足のローラーだけを、或いは両足のローラーを逆回転させ、強引に方向転換へ繋げる。
巧みに強弱を付けてくるせいで、分かっていても読み辛い。こんなことは初めてだ。
『アヤ、大事無いか』
「痛ぅ・・・・・・き、斬られてるのはランでしょ。自分の心配をしなよ」
正面から飛び掛かっても、リアクティブアーマーで弾き飛ばされる。
アーツもそうだ。余程の隙を付かない限り、属性に限らず機体には届かない。
連続して使用することはできないようだが、それはこちらも同じだ。
単発なら、最新鋭の戦車による砲撃さえも無力化してしまうだろう。
そもそも機甲兵が歩行をする姿なんて、今まで見たことが無かった。
だからこそローラー移動に惑わされてしまう。操縦者は相当な腕前に違いない。
この2機の手に掛かれば、幻獣の1体や2体、苦も無く討伐できる筈だ。
『フム、思っていた以上に手強いな。長引けばこちらが不利だ』
「分かってる。ラン、少し考えさせて。絶対に捕まらないでよ」
『期待してよいのだな』
「あはは。どうだろ」
笑っていられるということは、まだ手が残されていると考えろ。
足場は少なく、ランの脚をフルには活かせない。防御障壁の前では力負けしてしまう。
正面からは無理だ。今までと同じことを繰り返していては、ランの牙は届かない。
私達は今、狩られる側だ。形振り構わず、使える物は全部使え。
「よしっ・・・・・・ラン、行くよ!!」
『よかろう。振り落とされるな!!』
言葉は不要だ。私は考えるだけでいい。
そうすれば、リンクを介して全てが伝わる。
ランは一旦後方に退き、全力を以って大地を蹴り、周囲に風を巻き起こしながら突進する。
すぐさま2機のシュピーゲルが障壁を展開し、ランの体当たりは見えない何かに阻まれた。
『グオオォォォッッ!!!』
ランは雄叫びを上げながら地を這うように伏せ、障壁の波動と正面からぶつかり合った。
ここで持ち堪えれば、活路を見い出せる筈だ。想えば想うだけ、ランは応えてくれる。
もう何度もそうしてきたように、ランと一緒なら、きっと。お互いへの信頼が、力を産む。
やがて力の衝突は収束に向かい、展開していた障壁は消失していった。
この状況下で生まれた、一瞬の静寂。シュピーゲルとランの動きが止まり、硬直する。
だがこちらには私がいる。この機を逃すわけにはいかない。
「クラウ・ソラリオン!!」
ランが最も得意とする幻属性のアーツを、ランの代わりに上前方へ撃ち出した。
レーザー状に凝縮された霊力は、的確に2機のシュピーゲルを捉えたかのように思えた。
咄嗟の判断だったのだろう。シュピーゲルはまたもやローラーを使い、身を翻した。
硬直から解かれた機体はお互いに逆方向へ身体を逸らし、直撃を免れていた。
ニヤリと、シュピーゲルの顔部に笑みが浮かんだ気がした。
勝利を確信した、狩る側の余裕と態度。無機質である筈の機体から、明らかな感情が窺えた。
「あはは、外しちゃったよ」
だから私も、首を傾げながら笑った。
長巻の鞘を払ってから刀身に絢爛の光を宿し、私が打てる最大級の技を構える。
結局は人間だ。いくら機体の性能や操縦者の技能が高くとも、最後は人。
付け入る隙があるとするなら、人の感情に他ならない。
直後、シュピーゲルの頭上目掛けて―――大小の岩々が、次々と降り注いだ。
「「っ!?」」
クラウ・ソラリオンの力で削られた背後の岩山が、音を立てて崩れて行く。
リアクティブアーマーは、あくまで操縦者の意志によって起動する。
意識の外からなら、唯の岩でも届いてしまう。思っていた通りだ。
岩の重量に圧され、シュピーゲルは2機共その下敷きとなった。
全てが落下し切るのを待ってはいられない。
動きが止まるのは一瞬だけだ。また障壁を展開される前に、決着を付ける。
『グオオォォォッッ!!!』
向かって右側の機体に、ランが容赦なく襲い掛かる。
降り被さった岩の上から機体を踏み押さえ、頭部を噛み砕き、続いて右腕へ。
一度組み倒せば、無力化は時間の問題だった。
問題はもう1機だ。ランを待っている時間は無い。
私はランの背から飛び上がり、落下の勢いを味方に付け、長巻を上段に構えた。
機甲兵の強みは人体の構造を模し、人が持つ機能性を以って立ち振る舞う点にある。
弱みも一緒だ。何処か1つでも異常が生じれば、痛みは無くともバランスは崩れる筈だ。
「はああぁっ!!」
狙うはシュピーゲルが剣を握る、比較的細身の右手首。
振り下ろした絢爛の刃は、狙い通り右手首を両断した。
するとシュピーゲルは右手を使わずに半身を上げ、岩を物ともせずに再び立ち上がった。
『お、おのれっ・・・・・・図に乗るな、小娘如きが!!』
初めてスピーカーから発せられた声に、余裕は無かった。
気は完全に私へ向いていた。ランに四肢を砕かれた味方機そっちのけで、私を見下ろしてくる。
「諦めたら?多分、もう勝負は付いてるよ」
『まだだ!まだ終わってはいない!!』
この様子では、やはり気付いていないのだろう。狙いは右手だけではない。
私自身、『彼女』の素早い仕掛けに驚かされていた。
戦場における咄嗟の判断力と行動力に関して言えば、《Ⅶ組》の誰よりも頼りになる。
「―――イグニッション」
フィーの声と共にシュピーゲルの頭部、そして右の膝関節が爆ぜ、火の手が上がった。
崖上にいた他の仲間達も、隙を付いて私達の後方へ集い、機を窺っていた。
『なっ―――』
爆発の衝撃で後方によろめき、右の膝関節が折れ、再び立っていられなくなる。
右膝を地に突き、右手で体勢を立て直そうと動くものの、その手が見当たらない。
「「ダークマター!!」」
ポーラにユーシス、エマ。
畳み掛けるように放たれた3重の空属性アーツが、シュピーゲルを襲った。
金属同士が擦れ合う音が周囲へ響き渡り、身動き一つ取れそうにない。
残すは完全に無防備な、左膝の駆動部。両膝を砕かれて立てる人間はいない。
動いたのは3人。ランベルト先輩、ガイウス、そして私。
対象が動かない以上、必要なのは技の破壊力。
大剣と槍、長巻の力技を駆使して、私達は左膝の一点を叩いた。
両膝を破壊されたシュピーゲルは、完全に沈黙した。
導力回路自体が異常をきたし、様々な機能がダウンしているのだろう。
機体の至る箇所から火花が飛び散り、いつの間にか操縦者の声も聞こえなくなっていた。
『そちらも片付いたようだな』
「うん。ランもお疲れ様」
ランの足元には四肢をもがれ、元は機甲兵だった筈の残骸が無数に転がっていた。
これが人だったらと思うとゾッとする。正直に言って、やり過ぎ感が否めない。
ともあれ、こちらは決着が付いた。残すところ、もう1機。
『神技、龍王剣っ!!』
ヴァリマールが放った斬撃は、ラウラが振るう光の剣技を思わせた。
実際に、彼の背後にはラウラの姿があった。何か関係があるのだろうか。
『ば、馬鹿な。新型がっ・・・・・・』
―――全部、後で聞けばいい。あちらも既に、勝敗は決している。
新型の機甲兵は右腕を斬り飛ばされ、異常な挙動を示していた。
知らぬ間に上空は夕焼け色に染まり、ヴァリマールの堂々たる佇まいを照らしていた。
皆が笑みを浮かべながら顔を見合わせ、視線が一手に注がれる。
その先には、ユーシスの父親。信じられないと言いたげな表情の公爵閣下が立っていた。
「お、おのれっ・・・・・・ええい、すぐに援軍が駆け付ける!その場を動くな!!」
公爵閣下が叫び声を上げると、再びオーロックス砦の方角から進軍の音が聞こえてくる。
嘘は言っていないのだろうが、砦に控えている部隊全てを相手にしていては、キリが無い。
『セリーヌ!このまま行けるか!?』
「ラン!まだ霊力は残ってる!?」
私とリィンの声が重なり合い、ランとヴァリマールの視線もそれに続いた。
不思議と確信があった。考えていることは一緒の筈だ。
精霊の道に何者かが通った形跡が見られると、ランも以前言っていた。
私達が取るべきは逃げの一手。この場を離脱するしか、道は残されていない。
『エマ、手伝いなさい!精霊の道を拓くわ!』
「精霊の・・・・・・ええ、分かったわ!」
セリーヌの声にエマが答えると、すぐに地面から青白色の光が放たれた。
ランも既に動いてくれていた。時間も無い、行先はリィン達に任せていい。
サラ教官とシャロンさんには、ラウラとガイウスが肩を貸していた。
あとはモリゼーさんと、馬術部組だ。誰1人として置いてはいけない。
「モリゼーさん、一緒に来てくれますか?」
「え、ええ。こんな所に置いて行かれたら困るわよ」
「あはは、ですよね。ポーラとランベルト先輩も来て下さい。今から別の場所に転移します」
2人に声を掛けると、ポーラはすぐに首を縦に振ってくれた。
一方のランベルト先輩は、普段と同じ笑い声を上げた後―――首を、横に振った。
「すまない、アヤ君。私は共に行くことはできない」
「えっ・・・・・・ど、どうしてですか!?」
「言っただろう?私もまた迷う立場にあるとね」
ランベルト先輩は急ぎ足で私達から遠ざかり、背後にいたマッハ号の背に飛び乗る。
すると先輩は手綱を握り、戸惑うばかりの私達に向けて叫ぶように言った。
「ユーシス君!私も己の道を見極めるために、級友達の下へ帰るつもりだ!この場は何とか切り抜けて見せよう!帝国貴族として、お互いに答えを見つけ出そうではないか!!」
級友達の所へ帰る。なら行先は1つしかない。
トールズ士官学院。ランベルト先輩もまた、仲間と共にあることを望んでいた。
先輩は一昨日の夕方、腹は決まったと言っていた。きっとあの時に決めていたのだろう。
引き留めることはできなかった。代わりに、ヴァリマールからリィンの声が聞こえた。
『ランベルト先輩。パトリックに・・・・・・みんなに伝えて下さい。俺達《Ⅶ組》は無事だって。絶対に諦めないって、そう伝えて下さい』
「ハッハッハ!任せたまえ。その言伝、必ず届けるとしよう。諸君、さらばだ!」
ランベルト先輩が手綱を引くと、マッハ号は前脚を大きく掲げてから駆け出した。
私達にできることは、きっとまた会えると信じて、見送ることだけだ。
私は大声で「ありがとう」を言ってから上空を仰ぎ、風と女神の導きを願っていた。
すると私の右手に、何かが触れた。見れば、そこにはユーシスの左手があった。
握るわけでもなく、そっと手の甲が触れ合う程度で、お互いの存在を確かめ合うように。
反対側には、苦笑いを浮かべるポーラが立っていた。当然の反応だ。
どうせなら、握ってくれてもいいのに。変な誤解など生まれはしない。
「父上、暫しおさらばです。兄上にも宜しくお伝え下さい」
「ま、待てと言っているのだ!ユーシス、勝手は許さんぞ!!」
「聞けません。父上、もう一度言います。自分はこの者達と、共に行く道を選びます・・・・・・アルノー、シュトラールを頼まれてくれ」
私とポーラは苦笑を純粋な笑みに変え、ユーシスの手を取った。
これは照れ笑い、だろうか。相変わらず弄り甲斐がある人間だ。
「行こうユーシス、ポーラ。まずはここから逃げないと」
「その前に手を離せ、鬱陶しい」
「嫌よ。いいからほら、行くわよ」
ポーラと2人で強引に手を引きながら、光の中心へ歩を進める。
全員が術式の中に入ったところで、私は三度目となる精霊の道を通り、渓谷道を後にした。
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瞼を開けた途端、寒さの余り身体が震えた。
辺り一面が真っ白な雪景色。背後には、見覚えのある石碑。
すぐにユミルの渓谷道だと分かった。私はここへ一度、皆と一緒に来たことがある。
「ここは・・・・・・そっか。リィン達は、ここから精霊の道を使ってたんだ」
「ヴァリマールのおかげさ。それにしても、アヤも精霊の道を知っていたのか?」
「うん。その辺も、後々話した方が良さそうだね」
言いながら周囲を見渡し、仲間達の顔を再度確認する。
リィンにラウラ、エマとフィー。ユーシス、ポーラ。サラ教官にシャロンさん、モリゼーさん。
ヴァリマール、ラン、セリーヌ。そしてガイウス。
欠けている人間はいない。全員、無事に逃げ果せることができた。
皆の胸中を代弁するように、リィンが私達に向けて言った。
「ユーシス、アヤ。それにポーラも。無事でいてくれて、本当、に・・・・・?」
リィンの声が途切れ、その視線がユーシスの隣、ポーラへと向いた。
ポーラは俯きながら、肩を震わせていた。私はユーシスの肩を静かに叩き、全てを彼に託した。
ずっと抑え込んでいたのだろう。もう、その必要は無い。
野盗に攫われたポーラの身に何が起きたのか、私でさえ分からない。
彼女が負った傷の深さも、誰にも理解はできない。
口に出すことすら憚られる、不幸があったのかもしれない。
人の心はそう簡単に壊れはしないし、戻りもしない。
「うぅ・・・っ・・・ユー、シス・・・・・・」
壊れていた人間が感情を取り戻し、身食らう蛇に抗い、誰かの背中を押す。
できるわけがない。ポーラが特別な人間で、強かったわけでもない。私と同じ、唯の女の子だ。
あったのは、唯々純粋な想いと願い。その強さこそが、彼女を繋ぎ止めてくれた。
懸命に信じ、求め続けてくれていた。応えてあげられるのは、彼しか見当たらなかった。
「アヤ」
「・・・・・・ん」
そして私も、やはりポーラと同じだ。
差し出された手に、そっと私の右手を重ねた。
ゴツゴツとしていて浅黒く、力強くて暖かい、彼の手。
自然と、涙が頬を伝った。先程までは、そんな余裕も時間も無かった。
漸く、私は言うことができる。1ヶ月半前の約束を、果たすことができる。
「ただいま・・・・・・ガイウス。みん、な」
「ああ。おかえり、アヤ」
ランと一緒に国境を越えて、クロスベル中を走り回って。
至る所に幻獣が出没していた。ランの力を借りて、必死になって戦い続けた。
ワジ君と一緒に、空を駆け巡った。
ロイドを信じて、彼が立ち上がるのを待った。
ティオちゃんを迎えに行き、ランディさんと共に戦った。
ノエルとぶつかり合い、列車砲の発射という重々しい現実を知ってしまった。
その全てが―――どうでもいいとさえ思えた。
大切な仲間を天秤に掛けたくはなかった。
それでも私は、帰りたかった。10月30日から、本当は不安で仕方なかった。
眠れない夜を過ごし、やっと眠れたかと思えば、夢を見る。
皆と過ごした輝かしい日々。それが崩れ去っていく悪夢。
帝国に帰ってきても、誰もいない。会いたかった仲間がいない。悪夢が現実味を帯びていく。
ずっと我慢していた。ずっとずっと無理をしては、歯を食いしばってきた。
もう我慢は要らない。涙を堪える必要もない。
悪夢の先に漸く手にした、夢のような現実。
全部を噛み締めながら、私はガイウスの肩を濡らし続けた。子供のように泣きじゃくった。
「やれやれ。こっちは立っているのがやっとなんだけどね。さっさと一杯やりたいわ」
「うふふ。もう少しだけ、そっとしておきましょう。邪魔をしてはいけませんよ、サラ様」
「ランちゃんもお疲れ様。今日は一緒に寝てあげるわ」
『・・・・・・遠慮しておこう』
12月10日の午後17時、温泉郷ユミル。
年長組の厚意に甘え、再会の喜びを分かち合った後、私達はユミルを目指して歩き始めた。
雪道に残った足跡を見ただけで、心が弾んだ。
その一つ一つが、前に進めているという証のように感じられた。
過ぎ去った日々を想い、取り戻しながら。少しずつ、一歩ずつだけど―――確かに、前へ。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
これにて第1部は閉幕、休息日は幕間になります。
続編の構想は無いと言いつつ、前作はやはりそれを考えながらの執筆でした。
アヤの出生、列車砲の発射、ツァイトの想いと真実、ヴァルターとの因縁・・・・・・描き切れていないことは山程あります。
この作品の最終話も、頭の中では完成しています。
既に前作とは毛色の異なる作品になりつつありますが、私の中では一緒です。
今作でもたくさん迷い、考えて前へ進もうとするアヤです。これからもお付き合頂ければ幸いです。