絢の軌跡Ⅱ   作:ゆーゆ

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12月19日 再会という名の鍵

 

大会議室では、2つのグループに分かれていた。

運航業務の割り振りを行うトワ会長達と、依頼内容を確認する私達《Ⅶ組》。

私達は皆、スクリーン前に立つユーシスの声に、耳を傾けていた。

 

今日は12月18日。内戦が勃発したのが10月30日。

約50日の時が経過したことになるが、事態はまるで収まりがついていない。

二大勢力の衝突という意味合いは勿論のこと、帝国庶民の生活苦は深刻な問題だった。

戦時税の上乗せ、物流の停滞、物価の高騰、治安の悪化。

直接戦火が及ばずとも、内戦以前と比べれば、生活水準は目も当てられない。

そしてそれは―――帝国民に限った話ではなかった。

 

「大使館へ在留届けを提出している長期滞在者は別として、問題は商業や観光目的の短期滞在者の存在だ。未だ多くの諸外国民が、この国で身動きが取れないでいる」

 

ユーシスが実家で貴族としての公務を担った際、彼の頭を悩ませた問題の1つ。

それが外国人滞在者という存在であり、今回のオリヴァルト殿下からの依頼でもあった。

2人は同じ課題を共有し、私達《Ⅶ組》へ協力を仰いだという事情があった。

 

内戦という非常事態を受け、各国の大使館は即座に対応を開始。

ユーシスが言ったように、優先すべきは一時的に帝国へ滞在している自国民。

陸海空の輸送手段を以って、主に短期滞在者の救出に当たった。

既に各国は大部分の自国民を誘導、或いは救出を果たしていた。

 

だがそう易々と事は運ばない。西部はとりわけ激しい戦闘が続いているのだ。

しかも帝国の政治基盤は不安定極まりなく、協力を仰ごうにも思うように進まない。

法律や条約、外交の問題がある以上、強引な手に打って出ることもできない。

大使館の外交官らは、今も頭を抱えているそうだ。

 

「私も考えてはいましたわ。もし犠牲者が出るような事態になれば、重大な外交問題になります。お兄様自らが西部へ出向かれたのは、その為でもあるのかと」

 

アルフィン殿下の声は、僅かに震えていた。

私達の理解が及ばない、想像もできないレベルの世界だ。

内戦だからと国内にばかり目が向いていたが、ユーシスや殿下はもっと大局を見ているのだろう。

 

「なあユーシス、今言った外国人滞在者だけど、今帝国にはどれぐらいの数がいるんだ?」

 

リィンの問いに、ユーシスは肩を竦めてから答える。

 

「さあな。クロイツェン州の情報なら把握しているが・・・・・・他州については、今となっては調べようが無い。だがリベール王国に限って言えば、正確な数をオリヴァルト殿下から聞いている」

「リベール王国?」

「どうやったかは知らんが、オリヴァルト殿下はリベール側と情報のやり取りをしたそうだ。それによれば、長期滞在者を除いて78人の商人、及び31人の観光客が帝国に滞在している筈だ」

 

合わせて109人、か。オリヴァルト殿下の名が上がった以上、正確な人数と考えていい。

多いか少ないかの判断は微妙なところだが、私としてはかなり多いように思える。

その人数を知り得た手段も気にはなるが、どうせ『裏技』の二文字で片付けられるに違いない。

 

ともあれ、リベール王国からの非公式な依頼とは、要するにそういった事情からだった。

自国民の安全を確保したいというリベールの要請に、オリヴァルト殿下は応えたいという訳だ。

 

「んー。ボクから言わせれば、自業自得な部分もあると思うけどなー」

 

意外な言葉を並べたのは、両手を頭にやりながら椅子を傾けるミリアムだった。

 

「情報統制はあったけどさ、クロスベルの問題もあったわけだし、どの国も不用意な出国は控えるよう呼びかけていた筈だよ?それを無視した人間達が、その109人ってことだよね」

 

これには流石にムッとした。

私は努めて平静な声で、依頼の重要性について述べた。

 

「でも見過ごせないよ。この依頼は優先的に当たった方がいいと思う」

「べ、別にボクだって依頼に反対してる訳じゃ・・・・・・怒らないでよ、アヤ」

「え?・・・・・・いやいや、私も怒ってはいないってば」

 

ミリアムが戸惑いの色を浮かべた。声は普通でも、表情が険しくなっていたようだ。

私は両の頬をグリグリと揉んでから、ミリアムへ笑みを向けた。

 

ミリアムが言ったことも間違ってはいない。

商用はともかくとしても、あんな時期に観光で帝国を訪れるだなんて以ての外だ。

自己責任を問い質しても仕方ないが、無用心すぎると言われれば反論はできまい。

 

「それで、僕達は何をすればいいんだ?」

 

マキアスが依頼の具体的な内容を問うと、再びユーシスが口を開いた。

 

依頼は外国人滞在者の捜索、及び身元確認と保護。

単純なように聞こえて、中々に厄介な内容だった。

まず滞在場所が分からない。人数に性別も、名前さえも知らされていない。

そんな中での外国人探しだ。見つけることが依頼の一歩目だが、既に頭が痛い。

 

それに『保護』と言っても、その方法は私達で考える必要がある。

目的の人間達は、生活基盤の無い外国に取り残されているも同然の状態だ。

彼らの為に、私達ができる事。現段階では何とも言えない。

カレイジャスへ連れ込む訳にはいかないし、外国へ送り届けることもできない。

困っている事は何ですか。そう聞いて応えるぐらいしか、やはり今は思い浮かばない。

 

「いずれにせよ、そう急く依頼でもない。大部分の滞在者は、俺達が足を運べない場所にいる筈だからな」

「え、そうなの?」

 

思わず身体がよろけてしまった。

ユーシスによれば、お目当ての人間のほとんどは、大都市にいる可能性が高いそうだ。

商業や観光が目的なのだから、当然と言えば当然だ。

オルディス、バリアハート、ルーレ、ヘイムダル。何処も現段階では近付くことすらできない。

 

「ふむ。少なくともレグラムには、そのような人間は見当たらなかったな」

「当たり前だが、ノルドにもいなかったぞ」

「ユミルでも、そのような話は聞きませんでしたね」

 

相次ぐ声に、出端を挫かれた感が否めない。

現時点でできることが一気に減ってしまった。これはどうしたものか。

 

「うーん・・・・・・でもさ、改めて情報を収集してみてもいいんじゃない?こうしている今でも、都市間を移動してる可能性だってあるわけでしょ?」

「俺も同意見だな。というわけで、お前の出番だ」

 

ユーシスが同意を示すと同時に、その視線が私へと向いた。

 

「え、何?」

「人探しは遊撃士の得意分野だろう。暫くはお前が担当するがいい」

「・・・・・・ええ!?」

 

私が驚きの声を上げると、皆の視線が一手に注がれた。

 

ユーシスの言い分では、私は隻眼となってからまだ日が浅い。

慣れてきたとはいえ、魔獣討伐等の危険な依頼は避けた方が無難。

それに依頼は複数件ある上に、私達は各地で士官候補生探しも行わなければならない。

それらは皆に任せ、私は外国人滞在者探しに専念すればいいとのことだった。

 

適材適所と事情を鑑みての割り振り。

尤もらしいユーシスの意見に、皆がうんうんと首を縦に振った。

 

「言いたいことは分かるし、まあ異論は無いけど・・・・・・急に遊撃士扱いされてもなぁ」

「アヤ、遊撃士は人探しが得意なのか?」

 

困り顔を浮かべていると、ガイウスが聞いてくる。

得意かどうかは人によると思うが、多岐に渡る依頼の中でも、件数が多いのは確かだ。

 

「去年までのデータだと、人や物の捜索は依頼の約16%を占めてて、2番目に多いんだ。遊撃士の基本と言えば基本かな」

「2番目か・・・・・・1番は何なんだ?」

「約29%で、勿論だけど魔獣の討伐依頼。ちなみに3番目が収集や回収系だよ」

 

シーン。

私がガイウスに答えると、どういうわけか静寂が訪れる。

何か変なことを言っただろうか。訝しんでいると、皆が口々に感嘆の声を漏らし始めた。

 

「あはは。今更、だけどさ」

「あなたって、やっぱり遊撃士なのね。何だか感心しちゃったわ」

「・・・・・・ああ、そう」

 

人を遊撃士扱いしておいて、本当に今更な感想だった。

この場にサラ教官がいても、褒めてもくれないであろう些末な豆知識だというのに。

 

遊撃士としての実力はともかく、実績については、今の私は皆無と言っていい。

だから知識だけでもと、常日頃から遊撃士に関する学びは怠っていなかった。

お母さんの遊撃士手帳だって、書き込まれた一字一句を暗記する程度に読み込んでしまっていた。

しかも知らぬ間に、準遊撃士2級の資格を得てしまっていた身だ。

急に遊撃士として見られて困りはしたが、その自覚を忘れたことは一度も無い。

 

「とりあえず、さっきの依頼は任せてよ。ランもいるし、私だけでも―――」

「止めておいた方がいいと思いますよぉ」

 

一瞬、背筋が凍った。誰の声かが全く分からなかった。

声の方に振り向くと、そこには今日になって乗艦したばかりの人間。

帝国史、文学担当―――トマス・ライサンダー教官の姿があった。

 

「・・・・・・えーと。トマス教官、何ですか?」

「ラン君のことですよ。話を聞く限り、要は人探しですよねぇ?ラン君の出番は無いようですし、彼を頼りにし過ぎるのもどうかと思いまして」

 

いつの間にか、トマス教官の足元にはランが蹲っていた。

 

ランという存在に関して、ある程度の事情をトマス教官にも話してはある。

その超常的な力についても、人語を話す時点で想像するに容易い筈だ。

頼り過ぎは良くないという考えだって、何となく理解はできるが―――引っ掛かる。

漠然とした不安と疑問を抱きつつ、私はランと視線を重ねた。

 

「ねえ、ラン」

『私はどちらでも構わん。必要であれば呼ぶがいい』

「・・・・・・ん。分かった」

 

ちらりとトマス教官を見やると、普段と変わらずの笑みが浮かんでいた。

先程の声は確かに教官の物だった筈だが、あの時はまるで別人の声に聞こえた。

それこそ、あのヴィータ・クロチルダのように。全てを見透かし、腹の内を覗かれるような。

・・・・・・止めよう。身内を疑うような真似はしたくない。

 

「確かに今回は、人探しが主だし・・・・・・うん、ランはいざって時の為に待機しててよ」

『フム。ならば待つとしよう』

 

ランが答えると、今度は皆の表情が変わった。

それはそうだろう。ランがいるといないのとでは話が別だ。

 

「流石にアヤさん1人にお任せする訳には・・・・・・」

「少なくとも誰かが同行した方が良くない?」

 

エマとフィーが言うと、またもや《Ⅶ組》以外の人間が手を上げた。

聞き耳を立てていたのだろう。私にとっては、ある意味で《Ⅶ組》以上に身近な存在だった。

 

「なら私が行くわよ、アヤ」

 

_________________________________

 

12月19日、午前9時。ケルディック東の街道。

大自然と広大なライ麦畑が一帯を占めるこの地では、風景が目まぐるしい変化を遂げる。

 

秋撒きの未熟なライ麦達を冷ややかな風が寝かし、遥か遠くの木々を揺らす。

風が木の葉を撫でる音も、春や夏とは違い、乾いた心地の良い音を奏でる。

後方へ流れて行く白い吐息が、風向きと冬の到来を教えてくれる。

快晴の青空に輝く太陽の体温が、僅かに冬の冷え込みを和らげていた。

 

出会いと焦り、特別実習の春。

夜空に色取り取りの花が咲いた、恋心溢れる思い出の夏。

そして改めて目の当たりにする、冬のケルディック。3つ目の顔だ。

トリスタもそうなのだろうか。私達のトリスタは、秋で止まってしまっている。

願わくば1204年のうちに、今一度―――ああもう、止めだ止めだ。

 

「感傷に浸ってる場合じゃない、か」

「アヤ、何か言った?」

「ううん、何でもない」

 

前方を行く馬に跨りながら、こちらを振り向くポーラ。

今回の依頼を私が担う上で、同行を願い出たのは彼女だった。

曰く、久しぶりに外で身体を動かしたい。それが理由の全てではないのだろう。

自分で言うのも何だが、私を案じてくれての申し出だったに違いない。

 

誰も異を唱えなかった。ポーラのことは皆もよく知っている。

行動力はあるし、武術教練の成績は学年で上位。ARCUSの扱いも手慣れたものだ。

何よりユーシスをド突き倒す度胸は、皆も好意的に受け取っていた。ド突かれる本人以外は。

 

そんなこんなで、私達が初めに選んだ地はケルディックだった。

人の行き来が多く、情報が集まりやすい点を考えての選択だ。

移動手段としては、馬術部の馬をそれぞれ一頭ずつ連れ降りていた。

お互い日常的に触れ合ってきた馬なだけあって、自分の両足も同然の存在である。

 

「考えてみれば、アヤとこうして2人で出歩くのって、初めてのことよね?」

「・・・・・・トリスタの外じゃ初めてだね。あはは、何か新鮮かも」

 

2人共、自由行動日はトリスタから出ない派だったのだから、当たり前だ。

一緒に放課後を過ごすのは日常ではあったが、やはりこうしていると新鮮味がある。

 

「そういえばポーラの実家って、農業を営んでるんだよね?」

「ええ、そうよ。だからこういう風景を見てると、自然と落ち着くの」

 

実家を思い出すから、ということだろう。

サザーラント州にあるポーラの実家付近では、広大なポテト畑を見ることができるそうだ。

ポーラの執拗なポテト攻めの裏には、ご両親の愛情があった。加減は知らないらしい。

 

ポテト攻め、か。遠い過去の記憶のように思えてくる。

あの頃の私達は、こんな冬を想像もしていなかった。

今だってそう。この先に待ち受けている物が、まるで見えてこない。

 

自然と、馬の足が止まっていた。私がそうさせていた。

 

「アヤ?」

「ん・・・・・・最近、色々あったなーって思ってさ」

 

再び馬の足を動かし、ポーラと横並びになりながら、語り始める。

不安や恐怖といった負の感情ではない。気持ちが追い付いて来ない、といったところだろうか。

 

明確な目標を見つけて、恋心を自覚して。

何度も壁を乗り越えて、卒業後はレグラムに身を置く決意を固めた。

何だってできそうな気がした。背中に羽が生えたように、身体が軽かった。

沸き上がる希望。光に溢れていた将来。皆で手にした、10月24日。

その先に待っていたのは―――別れだった。

 

気付いた時には、クロスベルにいて。

帰ってきたと思いきや、誰もいなかった。

漸く再会が叶った直後に失った、片側の世界。名も知らないお父さんの存在。

余りにも激しい変化と、急速に姿を変えていく未来。

トマス教官の声が、漠然とした何かと一緒に、それらを掻き立てる。

 

「数ヶ月後の自分が、想像できないんだ。内戦は勿論だけど・・・・・・何でだろ」

 

―――将来の自分が、また別の地に立っていそうな気がしてさ。

そうポツリと漏らすと、今度はポーラの馬の足が止まった。

 

「ポーラ?」

「・・・・・・どうしてかしら。急にアヤが、遠くへ行っちゃいそうな気がして」

「こ、怖いこと言わないでよ」

「それはお互い様よ。アヤが言い出したんじゃない」

 

まあ、それもそうか。

気を取り直して、ケルディックへ向けて歩を進め始める。

少しばかりの沈黙の後、ポーラはライ麦畑を眺めながら、唐突に切り出した。

 

「私ね。卒業後は実家に戻って、家業を手伝おうと思ってるの」

「へ?・・・・・・え、あれ?そうなの?」

 

突然そんなことを言い出すのだから、驚きで落馬しそうになる。

初めて聞いた話だ。こんな場所とタイミングで、さらりと言っていい内容とは思えない。

だがポーラの表情から、思い付きで言っているのではないことは窺えた。

 

「前にも言ったけど、別に家業が嫌いだから士官学院へ入った訳じゃないのよ。私はただ、世界を広げたかっただけ。両親も反対しなかったわ」

 

ポーラが抱える事情については、以前本人の口から聞かされていた。

と言っても、ポーラの志望動機は文字通り、知らない世界を知りたかったから。

見聞を広めてから、将来の道を決めたかった。そういった意味では乗馬もその1つ。

この辺りの考え方については、私と似ているかもしれない。

 

「一周回って、元に戻った感じ?」

「まあそうね。キッカケはやっぱりポテトかしら」

「ポテト?」

「そう。仕送りのほっくりポテト」

 

たちまちにして思い出されるポテト料理達。

トラウマに近い感情は別として、味は素直に絶品と言えた。

 

実家から送られて来た大量のポテト。それがポーラにとって、大きな契機だった。

実家を離れてから始まった、初めての寮生活と自炊の日々。

距離を取ったからこそ改めて感じた、気付かされた大切なこと。

 

「信じられる?久し振りに食べたら、私泣いていたのよ。自分でも驚いたわ」

「へえ・・・・・・そっか。そうだったんだ」

「あれから色々考えたけど、結局は同じ。もう肚は決まってるのよ」

 

ポテトを食べたら泣いた。

それだけを抜き取れば意味不明な事実なのだが、十分すぎる動機だ。

やはり私に似ている。お母さんと同じ道を歩むと決めた、あの瞬間と同じだ。

 

友人が将来の道を決めたのだ。本来なら大層嬉しがる場面である。

その筈なのだが―――どういうわけか、心の底から喜べない。

喉に魚の小骨が引っ掛かるが如く、胸の奥にモヤモヤとした感情があった。

 

「ねえアヤ。今ユーシスのこと考えてたでしょう」

「え?・・・・・・あー、うん。そうなのかも」

 

モヤモヤの正体を見破ったのは、私ではなくポーラだった。

ポーラは大きく溜め息を付くと、頭上を仰ぎながら言った。

 

「あいつにも話したのよ、この話。この間告白された時にね」

「あれ、そうだったの?なーんだ、私が一番だと・・・・・・ちょっと待って」

 

思わず強めに手綱を引いてしまい、馬がヒヒンと鳴いた。

聞き間違いだろうか。今とんでもないことを流すように言われた気がする。

 

「言ってなかったわね。告白されたのよ、一週間ぐらい前に」

「・・・・・・えええ!!?」

 

私の悲鳴に驚いた馬が、大暴れを始めた。

本当にいつ以来か分からない、落馬の瞬間だった。

 

________________________________

 

取り乱した馬が落ち着きを取り戻すまで、私達は街道で足を止めていた。

馬以上に私だ。落馬という危険極まりない失態を演じる程度に、私も驚かされていた。

 

12月11日の出来事だった。

ガイウスが意味不明な言動を見せたあの日。確かに一時、ポーラの様子もおかしかった。

どうせまたユーシスの仕業だろうと思っていたし、事実そうだったのだが。

その反動と勢いで、ポーラはユーシスを連れ出し、思いの丈をぶつけたそうだ。

 

「ねえ。それって告白されたんじゃなくて、したんじゃないの?」

「そうなるわね。アヤ達だって同じような流れじゃなかった?」

「・・・・・・まあ、否定はしないよ」

「《Ⅶ組》の男子って、きっとみんな似た者同士なのね。リィン君もそう。どうせ言わせるだけ言わせておいて、『まさか先に言われるなんてな』とか言っちゃうのよ。あのヘタレ共」

 

突然始まったポーラによる《Ⅶ組》男子批判。

不思議と言い返せないのだから、原因は本人達にあるのだろう。

 

それはさて置いて。これは何という名前の感情だろう。

体温と共に沸々と込み上げてくる衝動。悪戯心、が近いだろうか。

 

「・・・・・・ふふーん」

 

弄りたい。弄り回したい。ポーラではなく、ユーシスをからかってやりたい。

四六時中おちょくってやりたい。泣くまで玩具にしてやりたい。泣いたって止めはしない。

今ならユーシスの気持ちが理解できる。彼が散々私を茶化し続けた理由は、今私の中にある。

 

「な、何よその顔。気持ち悪いわね」

 

ポーラがドン引きしていた。とりあえず本人もいないことだし、今は抑えておこう。

それに、素直に嬉しいと思える。お互いに想いが通じ合っているのは、私が一番知っている。

こんな状況だからこそ打ち明けてしまったのかもしれないが、感情は本物の筈だ。

 

「じゃあ、晴れて漸く恋人関係になっちゃったわけだ」

「なってないわよ」

「え・・・・・・嘘?違うの?」

「言ったでしょ。私は告白して、されただけ。それだけよ」

 

分かるように言って欲しい。私がそう頼んでも、ポーラは同じ言葉を繰り返すだけ。

積もりに積もった感情を打ち明けた。それ以上でも以下でもない。

返事を保留しているという訳でもない。聞いている側からすれば、何が何やらさっぱりだった。

 

ポーラは街道沿いにそそり立つ大木の根本に腰を下ろし、空を仰いだ。私もそれに倣った。

ポーラの髪と同じセピア色の木の葉が、ゆらゆらと不規則な軌道を辿って落ちて来る。

冬の青空が落とす影の中は肌寒く、私はポーラと肩を並べて体温を共有した。

 

「今は色恋に現を抜かしてる場合じゃないしね。それに、昨日のユーシスを見たでしょう?迷いながらも、ユーシスは自分の足で自分の道を歩き始めてる。私はその邪魔をしたくないのよ」

「じ、邪魔だなんて。そんな言い方は」

「私だってそうよ。やっと卒業後の進路は見えてきたけど、そこにユーシスが関わる余地なんて無い・・・・・・だから、何も変わらないの。私達は今まで通りって、2人でそう決めたのよ」

「んー・・・・・・んん?」

 

端から見れば、私は言葉を無くして黙り込んでいるように映るのだろう。

逆だ。言いたいことが多すぎて、聞きたいことが有りすぎて、声になってくれない。

ただ―――1つ確かなことは、ポーラが諦めていないという事実。

一時のノエルのように、何かを見限った結果ではないことだけは、私にも理解できた。

 

「でも、そうね。お互いに別々の道を歩んで、一人前になって・・・・・・それでもこの感情が色褪せていなかったら、その時はその時よ」

「ポーラ・・・・・・」

 

しかしだとするなら、私には到底及びのつかない世界だ。

思いが通じ繋がっているのに、平行線を辿る。そんな関係と絆があり得るのか。

自分がひどく幼く、それでいてポーラ達が大人びているように思えてくる。

 

「それにね。学生時代の色恋が、必ずしも将来へ繋がるとは限らない訳じゃない?」

「ま、また怖いこと言うんだから・・・・・・」

「フフ、士官学院の志望動機と一緒よ。これが最初で最後の恋愛って話でもないし、私は可能性を増やしたいの」

 

遠い地で抗い続ける、幼馴染の顔が思い浮かんだ。つまりはそういうことだ。

夢が無いようでいて、言い換えれば現実的とも言える。

情熱的で前向き、一方でドライな一面を覗かせる。ポーラらしい考え方だ。

 

「でも・・・・・・本当にそれでいいの?後悔しない?」

「後悔しないために、私達は『今』を精一杯生きるのよ。アヤだってそうでしょう?」

 

ポーラが立ち上がると同時に、冬ならではの空風が、一際強く私達を撫でて過ぎて行く。

舞い上がった枯れ葉の中から、ポーラの右腕が差し出された。

 

「アヤが何処へ行こうが、この先どうなろうが、今はここにいるじゃない。だから休憩はもう十分、こんな所で立ち止まってる時間は無いわ。ほら、行くわよ」

 

私が右手を握ると、ポーラがぐいっと私の右腕を引っ張り、立ち上がると足がもつれた。

ポーラは私の身体をそっと受け止め、そのままの姿勢で、彼女の小声が耳をくすぐった。

 

ポーラとユーシスの話をしていた筈なのに、知らぬ間に私へと向いていた。

強引な多段論法は、ポーラの優しさであり厳しさ。

私がよく知る、曲がったことが大嫌いな友は今ここにいて、背中を押してくれる。

 

「ねえポーラ。さっき言った『その時』が来たら、どうするつもりなの?」

「もう決めてるわ。親友に相談するの」

「え?」

「頼りにしてるわよ。さっき色々言ったけど、少なくとも今の私は―――」

 

―――どうしようもないぐらい、大好きだから。

私だけが知る、彼女の弱々しい震え声は、今にも立ち消えてしまいそうで。

そこに込められた想いの欠片は、冬を無視して私の胸を焦がしていく。

 

「・・・・・・ふふ、あはは!うん、任せてよ」

 

何の保証も無い口約束が、暗雲が立ち込める道の先を照らし始める。

滲みの無い冬の青空の下で交した誓いを、私達はお互いの胸に隠してから、施錠した。

再会という名の鍵を失くさない限り、幾年の時を経ようが、きっと。

 

「それで遊撃士さん。人探しのコツは何なのかしら」

「絶対に挫けないこと。あるあるネタが沢山あってね。行き違いを繰り返すとか、目当ての人物が魔獣に襲われてたとか、いつの間にか事件に巻き込まれてたとか」

「どれも勘弁願いたいわね・・・・・・」

 

もどかしさと切なさで胸を一杯にしながら、私達は太陽が落とす影の中から飛び立った。

 

 




拙作の時系列を年表として活動報告に作成してみました。
暇潰しにご活用下さいませ。
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