12月20日、午後21時。
黒銀の鋼都ルーレ、その外れに佇む大衆居酒屋『ドヴァンス』。
週に一度の定休日を除けば、仕事終わりの男共が発する笑い声で溢れるのが常だった。
食事処としても利用される分、客足は途切れないのだが、笑い声は減った。
1ヶ月半程前から本来の賑わいは鳴りを潜め、とりわけ夜の様相は変わっていた。
「チッ。誘いに乗って来てみりゃ、湿気た店だな。いつものダイニングバーの方が何倍もマシじゃねえか。期待して損したぜ」
「そう言うなよ。料理の評判は結構いいんだ」
ノルティア州領邦軍に所属する、7人の兵士達。
他の主要都市と同じくして、ルーレにおける領邦軍の態度は褒められた物ではなかった。
必要以上に高圧的に振る舞い、店頭では代金さえ踏み倒す。横行覇道だ。
当然、中には良心的な人間もいるのだが、野蛮な印象を払拭するには至らなかった。
「それにほら、見てみろよ。ここで働いてるあの嬢ちゃん、裏では有名なんだぜ」
「あのウェイトレスのことかよ?唯のガキにしか見えねえけどな」
「クク、そう思うだろ。ベッドの上じゃ、お前なんてすぐに搾り取られちまうんじゃないか」
「っ・・・・・・おいおい、マジかよ」
ユーナと呼ばれた少女がビールジョッキを抱え、急ぎ足でテーブル席へと駆け付ける。
兵士の1人が追加のオーダーを告げた後、耳元でぼそぼそと何かを呟く。
するとユーナは意味深な笑みを浮かべ、初見の兵士らに向けて小声で言った。
「どうしよっかなぁ。沢山注文してくれたら、考えてあげる」
7人の内、4人はその艶やかな声に反応した。
4人は次々に注文の品を口にし、オーダー表は一気に空白を埋めていく。
酒を追加する為にジョッキを開けると、ユーナはその全てを器用に両腕で抱えた。
本来なら、厨房は大忙しになる筈だった。
だが店主のドヴァンスは、やれやれといった表情で酒を注ぐだけ。
およそ10分後。意気揚々としていた4人は―――全員が机に突っ伏したまま、寝息を立てていた。
4つのビールジョッキの底には、密かに混ぜられた粉薬が、薄らと溶け残っていた。
「悪いな、ユーナちゃん。変なことに付き合わせちまって」
「気になさらないで下さい。私も悪ノリが過ぎちゃいました」
方法はいくらでもあった。
3人の兵士が敢えてこのような手段を取ったのは、同じ職場で働く人間としての良心。
手荒な真似を選びたくはなかったし、忠義を尽くす姫の意向にも反する。
せめて、良い夢を。その願い通り、4人の兵士らは既に夢見の真っ只中だった。
「予定通り、裏の倉庫を借りるよ。半日は起きない筈だけど、十分に気を付けてくれ」
「はい。裸に引ん剝いてから縛り上げておきますね」
「・・・・・・いや、手荒な真似はしなくていいから」
「いえいえ、折角の機会ですので。剥いておきます」
この日の夜。都内に配備されていた装甲車や機甲兵の一部が、忽然と姿を消した。
上層部が事態を把握したのは、朝陽が昇り切った後の話であった。
_________________________________
私が与り知らないところで、事は順調に進んでいた。
アンゼリカ先輩と連絡を取れたのが、昨日の夕刻。私とフィデリオ先輩らがオーバルカメラの修復へ取り掛かり始めた、直後の出来事。
ルーレとアンゼリカ先輩の実状を受け、どう動くべきか。それを話し合ったのが昨晩。私達が一心不乱に手を動かし続けていた最中、大会議室内でのやり取り。
そしてガイウス達がルーレへ潜入し、イリーナさんを救出したのが今日。私が寝室で爆睡していた頃に、皆はアンゼリカ先輩と合流し、地上で動き始めていた。
軟禁されていたイリーナさんは解放され、ラインフォルト社の主導権も奪い返すことができた。
残すところ、あと1つ。私達にできることは、見守り見届ける事。
『そろそろ1時間が経つ頃だな』
「うん・・・・・・いつ動いても、おかしくないね」
現時刻は午後の16時半。東部における貴族連合の拠点の1つ、黒龍門。
その頭上に浮かぶカレイジャスの甲板に、私とリィンはそれぞれの相棒と共に控えていた。
リィンは既にヴァリマールの操縦席。私は神狼の背に。
《Ⅶ組》の皆やトワ会長らは私達の足元に立ち、眼下の様を見下ろしていた。
「ログナー侯爵、本当に出てくるのかな」
『アンゼリカ先輩を信じよう。俺達にはそれしかできないさ』
アンゼリカ先輩の願いは1つ。
実父であるログナー侯爵閣下と、正面からぶつかりたい。それだけだった。
その為に先輩が取った策は、有志達と共に、文字通り正面から黒龍の門を叩くこと。
既に地上では、門前に仁王立ちするアンゼリカ先輩らの一隊。
そして黒龍門に配備されていた機甲兵部隊らが睨み合い、一触即発の膠着状態が続いていた。
私とリィンの役目は、アンゼリカ先輩の目論みを実現させること。
連合側がその気になれば、先輩が率いる一隊など、ものの3分で制圧できるだろう。
先輩が先頭に立っている以上下手に手出しはできないだろうが、少しの油断も許されない。
一か八かの賭けでもあるのだ。私達には、先輩を信じて待つことしかできなかった。
「ふう。でもやっぱり複雑だなぁ」
『複雑って、何がだ?』
「みーんな何も言ってくれなかったじゃん。アンゼリカ先輩も、イリーナさんの件だって。一言ぐらい言ってくれてもよかったのに」
膨れっ面をヴァリマールへ向けワザとらしく言うと、リィンの声が答えた。
『そのことか。アヤも色々と抱えていたみたいだったし、そっちに集中して貰おうと思ったからさ。黙っていたのは謝るけど・・・・・・その、悪かったよ』
「ん。別に怒ってるわけじゃないけど、仲間外れだけは御免だからね」
その一言に尽きる。
先日のブルブランの台詞が気に障る訳ではないが、私だけというのは勘弁願いたい。
こうして輪の中にいるというだけで心が穏やかになるし、頼もしさがある。
『ちょっとアンタ達。お喋りしてないで、しっかり準備をしておきなさい』
リィンに代わって、ヴァリマールからセリーヌの声が聞こえた。
そういえば彼女も乗っていたか。すっかり忘れてしまっていた。
「さてと。ラン、リンクを繋いでおくよ」
『よかろう』
リンクが繋がると、私の足場も固まる。
端から見れば背に跨っているだけのように見えて、私達は物理的にも繋がっている。
縦横無尽に駆け回るランの上でも自由に動けるのは、それが理由だ。振り落とされる心配も無い。
そういえば、と前置いてから、私はランへ疑問を投げ掛けた。
「この間カレイジャスで繋がった時、不思議な感覚があったんだけど・・・・・・あれって何だったのかな。ランも何か感じなかった?」
『単に深く繋がり合っただけの話であろう。左程珍しくもない』
「ふーん。あれも大昔に存在していたっていう術の1つ?」
オーバーライズ。ランはあの不思議な現象を、そう呼んだ。
以前ユミルで話してくれた通りなら、リンクは千年以上も前に滅んだ術技。
意志疎通を図る最も簡易なツールとして、当たり前に存在していた物。
オーバーライズはその先。確かな絆で結ばれた間柄においてのみ可能な、信頼の証。
高射砲を迎撃しようとした際、無意識のうちにオーバーライズが発動していたのだそうだ。
「信頼の証、かぁ。ガイウスがまた嫉妬しちゃいそうな気がするよ」
『条件さえ整えば、おぬしらも使いこなせる筈だ。試してみるがよい』
「そっか。じゃあ、もう1つ聞いてもいい?」
『何用だ』
「この間、トマス教官と何を話していたの?」
ピクリと、眼前にあった巨大な耳が動いた。
両者の間に『何か』があることは知っていた。トマス教官の意味深な発言だってそう。
教官は何かを知っている。それはおそらく、私が知らないこと。
そしてランが明かしてくれない事実と同列に並ぶ。直感がそう告げていた。
『今は眼前に集中することだ。直に知る刻が来る』
「またそれ?まあ、無理強いはしないけどさ」
はぐらかされてしまうだろうと思ってはいたが、やはりそう来たか。
共に帝国へ帰って来た頃を境にして、ランは事ある毎に思わせ振りな言葉を並べるようになった。
今は考えても仕方ない、か。いずれにせよ、遅かれ早かれ知る時が来るのだろう。
「おい。何を話しているか知らんが、動きがあるようだぞ。用意しておけ」
「あ、うん」
ユーシスの声に従い、地上へ視線を向ける。
未だ睨み合いが続いているようだが、黒龍門側に動きがあった。
目立った変化は見られないものの、隊列を僅かに変えたようだ。何かしらの理由があると考えていい。
「あっ。ユーシスー。ちょっといいー?」
「何だ」
「何だっけー。忘れたー」
「フン。余計な事は考えるな、今は―――」
「あ、そうそうー。ユーシスー」
「だから何だ」
「何でもなーい」
「・・・・・・チッ」
「『どうしようもなく、惹かれていく』」
「貴様ぁ!?」
突然取り乱し始めるユーシス。呆然とする皆。
当人達しか知り得ないのだから仕方ない。
ああ、楽しい。楽しくて堪らない。悪いとは思いつつも止められない。
彼も彼で、一々面白い反応を見せてくれるから悪いのだ。癖になってしまう。
まあ散々からかわれた身だし、思う存分弄ってあげよう。バレない程度に。
『アヤ、来るぞ』
「ん。分かってる」
気を引き締めてからランに相槌を打ち、開かれた門の先を見据えた。
他の機甲兵とは様相が異なる、真紅の重機甲兵『ヘクトル』。
オーロックス渓谷道でリィンが対峙した、最新型の機体だった。
操縦席には目当ての人物が座っていると見て、間違いはないだろう。
『聞こえるか、我が娘アンゼリカ・ログナーよ!』
カレイジャスに乗る私達にも聞こえる程の声量で、ヘクトルから声が放たれる。
思った通り、真紅の機体にはログナー侯爵閣下が乗っていた。
『これ以上お前を調子付かせる訳にはいかん。これまでの数々の不始末と合わせ、この父が自ら鉄槌を下してやろう!!』
『父上っ・・・・・・いいでしょう父上。今こそ決着を付ける時だ!』
アンゼリカ先輩が応えるやいなや、ランが甲板を蹴り、300アージュ上空を舞った。
数秒間に渡る浮遊感の後、ランは猫のように無音で地上へと降り立った。
一方のヴァリマールは、重々しい着地音を立ててランの隣に。
突如として現れた2つの存在に対し、黒龍門側の機甲兵が一斉に身構え始める。
ヴァリマールとランは臆することなく、超然とした物言いで告げた。
『此度ノ一騎打チ、起動者ノ命ニヨリ我々ガ立会ヲ引キ受ケル』
『双方手出しは無用。我が主の意志に準じ、横槍を入れる者は容赦なく噛み砕く。それでよいな』
我が主、か。ヴァリマールはともかく、また随分と大仰な表現を選んだものだ。
だが印象は良い。私とリィンは今、灰の騎士と獣の聖女としてこの場に立っている。
『おぬしらは・・・・・・アンゼリカ、お前の差し金か』
『一騎打ちに立会人は必要でしょう。ところで父上、言わずとも分かっているのでしょうが・・・・・・この立ち合い、敗者は無条件で勝者の意志を尊重する。それで相違ありませんね』
『・・・・・・何だと?』
『父上が仰っていたではありませんか。正しいと主張するなら、俺を力づくで納得させてみろと。だから私はこの場に立っている。断るとは言わせません』
私達の役目は、一世一代の親子喧嘩、茶番劇を本物へ仕立て上げることにある。
ここまでお膳立てをされては、ログナー侯爵閣下も退くには退けない筈だ。
私達は第3の勢力。何れかに与するつもりはないが、目に余る領邦軍の振る舞いは見過ごせない。
この地に秩序をもたらす為にも、四大名門の一角を抑えることができれば、情勢は大きく変わる。
とはいえ、私達はあくまで保険。
ログナー侯爵閣下がどう応えるのか。それは目に見えて明らかだった。
直接相対していなくとも、侯爵閣下の迷いは肌で感じることができる。
州を治める貴族である一方で、義を重んじる武人でもあるのだろう。ゼクス中将を彷彿とさせた。
『・・・・・・いいだろう。だがそのような血迷い事は、俺を負かしてから言うのだな』
『こちらの台詞です。さあ、行きますよ父上!』
ヴァリマールが頭上に掲げた右腕を振り下ろし、戦端は開かれた。
お互いの右足が地面を抉り、全力の右拳が双方の機体を打つ。
衝撃で後方へ弾かれたのは、アンゼリカ先輩が駆るシュピーゲル。
真紅のヘクトルは重厚な両足を一歩ずつ動かし、後ろへ退いたシュピーゲルを追い詰めていく。
機甲兵の特徴や性能は、何度か対峙した経験から理解できている。
優れた機動性もさることながら、他の兵器に比べ、操縦者を保護する耐久性が高いのだ。
外部からの衝撃はそのほとんどが緩和される上に、人間と違って脳が揺れることもない。
操縦者が負傷する心配も無い。無力化するには、操縦に異常をきたすレベルの損傷と破壊。
或いは操縦者の体力の限界か。人の殴り合いとは訳が違う。
『・・・・・・防戦一方だな』
「うん。厳しそうだね」
無手同士の立ち合いだ。勝敗を左右するのは、お互いの操縦技術。
そして機体の性能差。そのどちらもが、アンゼリカ先輩の劣勢に繋がっていた。
先輩は機甲兵の扱いを短期間で習得したようだが、相手は1枚も2枚も上のようだ。
それに性能差は言わずもがな。直接やり合ったリィンが一番理解しているのだろう。
『どうした娘よ。修めたという東方の武術もその程度のものだったか!?』
『ぐっ・・・・・・まだ、勝負はこれからです!!』
東方の武術、か。正確に言えば、そんな物は目の前に無い。
一朝一夕の技術で、泰斗の技を機甲兵で体現などできる筈がない。
あるのは純粋な力比べだ。全ての条件が、アンゼリカ先輩の不利に働いていた。
「でもさ、完全に親子喧嘩のノリだよね」
『ハハ、そうだな。リアクティブアーマーも切っているみたいだし、意地の張り合いだな』
『やれやれね。緊張感が有るのか無いのか、分からなくなってくるわ』
対戦車砲用結界発生装置。通称リアクティブアーマー。
あれを使えば大きく戦況は変わるだろうが、アンゼリカ先輩は絶対に使いはしないだろう。
ログナー侯爵閣下も無手に徹し、複数ある兵装を1つも動かそうとしない。
正に意地の張り合い、本物の殴り合い。純粋な親子喧嘩だった。
だからと言って、油断はできない。
耐久度にも限度があるし、場合によっては最悪の事態に繋がりかねない。
それを分かっていながらの本気。固唾を飲んで見守るしかなかった。
『ぬああぁあ!!!』
やがてヘクトルがシュピーゲルの右腕を掴み、力任せに背負い投げる。
宙を舞った機体は右側面から地面へと叩きつけられ、小さな地鳴りが響き渡った。
いくら衝撃に強いとはいえ、あれを貰っては先輩自体にダメージが通っただろう。
『っ・・・・・・な、中々やるではありませんか、父上』
『余裕振るのも大概にしろ。その右腕で何ができる』
後方に退いたシュピーゲルの右腕は、力無く肩からぶら下がっていた。
今の背負い投げで、関節の一部が損傷してしまったのかもしれない。
腕以外にも、装甲の幾つかの箇所には亀裂が走り、限界が近いことは明らかだった。
『諦めろアンゼリカ。もう勝負は付いた。許しを請えば、考えてやらんこともない』
『何を馬鹿なことを。私が「はい分かりました」と言うとでも?』
『お前っ・・・・・・この馬鹿娘が。いいだろう、今操縦席から引き摺り出してやる』
迷いを振り払うように、一歩ずつヘクトルが歩み寄る。
どうする。形振り構わず、私達が手を出すか。だがそれではこの立ち合いの意味が無い。
飛び出したい気持ちを抑えていると、膝が折れたシュピーゲルをヘクトルが見下ろした。
『コオオォォ』
すると独特の息遣いが、スピーカー越しに耳に入って来る。
刹那―――動かない筈の右腕が、唐突に動いた。
『なっ!?』
「あ、あれは」
始点は3つ。目には見えない勁力の流れが、ハッキリと目に映った。
無機質な装甲と関節が流動性を帯び、しなやかさを生む。
緩く握られた右拳に、全身から発せられた力の奔流が凝縮されていく。
『はああぁっ!!』
シュピーゲルが放った打拳がヘクトルを貫き、遥か後方へ吹き飛ばされる。
破壊されたのは着弾点ではなく、背後の装甲。音を立てて、ヘクトルの分厚い装甲が爆ぜた。
全てが一瞬の出来事。決まり掛けていた勝敗は、たったの一撃で覆されていた。
ヘクトルは地面に倒れ込んだまま、一向に起き上がる素振りを見せなかった。
シュピーゲルはゆっくりと近付くと、再び双方のスピーカーから声が発せられた。
『ぐぬっ・・・・・・やれやれ、半身が動かん。アラートが鳴りっ放しで耳障りだ』
『フフ、どうやら勝敗は決したようですね』
『小癪な真似をしおって。今の打拳も、泰斗流とやらなのか?』
『これしかないと思っていました。付け焼刃の技術では、敵いそうにありませんでしたから』
唯の一点。寸勁に的を絞り、機甲兵を駆る術を磨いていたということなのだろう。
右腕の偽装はその布石。あらゆる不利を考えた上で、全てが計算の内だった。
何て思い切った真似をする。私達は勿論、全員が騙されてしまったに違いない。
『フン。どうやら此度については、敗北を認めるしかないようだな』
『そうして頂くと、私も助かります』
『・・・・・・知らぬ間に、強くなったな。アンゼリカ』
ログナー侯爵閣下の言葉に、アンゼリカ先輩は右手を差し伸べて応える。
お互いが乗る機甲兵に、2人の姿が重なった。
侯爵閣下自身、理由やキッカケが欲しかったのだろう。
お互いに全力を出し合った末に、アンゼリカ先輩はその期待に応えてくれた。
親子同士の衝突の果てにあったのは、家族にしかない繋がり。ともあれ、これで一件落着だ。
『よし。アヤ、俺達も手を貸そう』
「うん、これで―――」
『悪いが、そうはいかねえな』
その声に、背筋が凍った。
身体に刻まれた苦痛の記憶と、パンタグリュエルで目にした虚無を見詰める目。
別れ際の会話。次に会ったら、殺し合い。あいつは確かにそう言った。
「え―――」
地面に巨大な影が映った。
頭上を見上げると同時に、すれ違うようにして、巨大な何かが砦から降り立つ。
地響きが鳴り、ランの身体越しに振動が伝わって来る。
間近でその衝撃を受けたシュピーゲルは、ヘクトル同様に背後から地面へ倒れ込んでしまった。
『なっ・・・・・・何よ、あれ』
セリーヌとリィン、私も言葉を失っていた。突如として立ちはだかった、巨大な要塞。
全長は優に機甲兵の倍。ヘクトルとは比較にならない重厚感と、無数の兵装。
相対しているだけで息が詰まる程の圧力。それと―――熱だ。
一気に周囲の温度が上昇し、それが眼前の機体から発せられている物だとすぐに理解できた。
機甲兵ではない、要塞だ。鋼鉄の要塞としか、形容ができなかった。
『よう、侯爵閣下。悪いが水を差させて貰いますぜ』
『ど、どういうつもりだ!?加勢は無用だと言った筈だ!それに勝敗は―――』
『うるせえな。あの紅き翼が出張ってきた以上、こっちも高みの見物って訳にはいかねえんだよ。おう、野次馬もさっさと消えちまいな』
1つ確かなことは、帝国解放戦線の幹部『V』、ヴァルカン。
あの男が、要塞の中にいる。そしてこの状況は、ログナー侯爵閣下の意図に反している。
『き、貴様、よくも姫様を!!』
『不敬だぞ、侯爵閣下から離れるがいい!!』
『野次馬』呼ばわりされた双方の機甲兵らが、敵意を剥き出しにして詰め寄って行く。
すると要塞の肩に備わっていた、兵装と思わしき物が次々に動き出した。
何の躊躇いも無く、引き金は絞られた。その標的は、要塞以外の全て。
頭上へ打ち出された高射砲、そして2門の機銃がけたたましい音を立てて、銃弾をばら撒いた。
「ら、ラン!」
『伏せていろ。当たりはせん』
ランが地面を駆り、その全てを躱し始める。
ヴァリマールも同じ動きを見せ、冷静に距離を取って機銃の掃射を避けていた。
(―――アンゼリカ先輩!?)
高射砲の着弾による爆発で、周囲の様子が窺えない。
私達はいい。だがアンゼリカ先輩と侯爵閣下は身動きが取れない筈だ。
もし銃口が2人の機体へ向いていたら。悪寒に苛まれながら、要塞の攻撃は十数秒続いた。
やがて機銃の銃撃音が鳴り止み、視覚と聴覚が明瞭になっていく。
舞い上がっていた土煙が消え―――荒れ果てた周囲の風景が、露わになった。
無残に四肢を破壊され、地べたを這い蹲る機甲兵達。
身を案じていた2人の機甲兵は無事のようだが、たったの十数秒で破壊の限りが尽くされていた。
「な、何てことをっ・・・・・・!」
『おいおい、言っとくが死傷者は出しちゃいねえよ。まあ、色々と壊れちまったがな。邪魔な三下はこれで一丁上がりだ。おら、お前らの出番だぜ』
よくも抜け抜けと。そうだ、思い出せ。
あの男は非道の限りを働いてきた、大量殺戮犯。無数の罪に問われている犯罪者だ。
パンタグリュエルで少女と会わせてくれた恩など、その前では何の意味も成さない。
情を捨てて対峙しろ。一秒たりとも自由を許すな。
『アヤ、カレイジャスは上空へ避難したみたいだ。あちらにも被害は無い』
「了解。リィン、分かってるよね」
『ああ。勿論だ』
ヴァリマールは腰に携えていた大剣を握り、リィンと同じ脇構えの型を取った。
ランが唸り声を上げ、私は剣を右手に。あの巨体に通用するか怪しいところだが、牽制にはなる。
既にアンゼリカ先輩と侯爵閣下らは、機甲兵を出て避難を始めていた。
それでいい。すぐにここは戦場になる。巻き込んでいい命など1つも無い。
『ククク・・・・・・待ちかねたぜ、この日をよぉ。シュバルツァー、それにアヤ。精々俺を止めて見せるんだなぁ!?ハッハァ!!』
大型機甲兵―――ゴライアス。
その巨体から伝わってくる熱は、ヴァルカンが発する底無しの狂気のように思えた。
__________________________________
戦闘を開始してから、約10分後。
『はああぁっ!!』
「連舞、『飛燕投月』!!」
ヴァリマールの一閃が高射砲のポッドを斬り、私が放った投擲術が機銃の銃身を落とす。
これで兵装のほとんどは無力化できた筈だ。距離さえ取れば、向こうの攻撃は届かない。
『チッ、ウロチョロと逃げ回りやがって。面白くもねえ』
優勢に立つ私とリィンは、戸惑いを覚えていた。
ゴライアスはその外見や印象に反することなく、圧倒的な力と兵装を以って牙を向いた。
純粋な馬力だけで言うなら、ヴァリマールを両腕で破壊してのけるぐらいはできただろう。
ランの首を捻り落とすことだって容易な筈だ。兵装も軍用の艦体に匹敵する充実度。
―――それだけだった。本当にそれだけなのだ。
私が考えるに、ゴライアスは『対機甲師団』として開発された重機甲兵。
リアクティブアーマーを備えた要塞を前にしては、戦車部隊が束になっても敵いはしない。
機甲師団の連携が生み出す対機甲兵戦術、それを打破する為に造られた。そう捉えていい。
だから、なのだろう。ゴライアスはひどく鈍重で、動きは鈍いの一言に尽きた。
機甲兵本来の特長である機動性は皆無。人の型を模している意味がまるで無かった。
装甲は厚いが、攻撃は届く。多数ある兵装も、こちらの動きを追い切れていない。
対戦車を前提に設計されているのだ。ランと騎神のような相手は想定外だったに違いない。
『アヤ、ランはまだ動けそうか?』
「霊力は十分残ってるよ。でも・・・・・・決め手に欠けるね」
優勢ではあるのだが、ゴライアスの芯にはこちらの攻撃が届いていなかった。
リアクティブアーマーと対アーツ用装甲を前にしては、ランのアーツでさえもが弾かれてしまう。
頼みの綱はヴァリマールの剣による一撃なのだが、それを許す程ゴライアスも鈍くはない。
どうする。どうやってあの要塞を崩せばいい。
考えていると、お互いの相棒が代わって言った。
『フム。灰の騎士人形よ、私の脚を使え』
『何ヲ言ッテイル』
『おぬしの脚では遅いと言っている。乗れ』
『・・・・・・了解シタ』
戸惑う私を余所に、ランが地に伏せると、ヴァリマールは右足を大きく上げた。
ランは再び身体を起こし、地に付いていたヴァリマールの両足が宙に浮かび上がる。
「ちょ、え、嘘?」
唐突に実現した、騎神と聖獣が織り成す騎馬。
百人力の組み合わせのように思えて、相当な重量の筈だ。
いくらランでも、本当にヴァリマールの巨体を支え切れるのだろうか。
『ま、待ちなさいよ。その、ラン様?大丈夫なのですか?』
『私に構うな。おぬしらはあの要塞を斬り伏せることに集中するがよい』
『・・・・・・分かった。アヤ、俺達とリンクを繋いでくれないか』
「わ、私と?」
リィンの意図は察せられる。以前ラウラも言っていた。
リィンを介して、ヴァリマールとリンクが繋がった時、刀身へ力が流れ込んだ。
ラウラの剣が纏う色が、そのままヴァリマールが握る剣に宿り、1つの可能性が生まれたと。
「うん、分かったよ。行こう、リィン」
『ああ。こちらも余力が少ない、この一撃で決めて見せる』
ヴァリマールが大剣を上段に構えると、私達を支えるランの脚が動き出す。
ゴライアスは両腕を脇に構え、正面からの攻撃に備えていた。
『ハッハッハ!面白え真似をしてくれるじゃねえか。さあ、そろそろ仕舞いにしようや!!』
私、リィン、ラン、ヴァリマール。
全ての意志がリンク同士で繋がり合い、騎馬は1つとなって標的に狙いを定める。
人の気配は中央の操縦席。斬るならその上部、熱が発せられている力の源。
真正面から斬り掛かる必要は無い。ランは超重量を物ともせず、縦横無尽に動くことができた。
前後左右、急停止と急発進。おびただしい牽制動作を前にして、ゴライアスの目が回り出す。
機は数手先。4つの意志のうちの3つは、既に一筋の光を見い出していた。
「リィン、今!」
『はああぁっ!!』
私にしかない、私だけの光の剣技。
それが今、ゴライアスの胴部を横薙ぎに払い―――辺り一面を、光が照らした。
「「神技―――絢爛剣っ!!!」」
________________________________
要塞の最期だった。
胴部の半分以上を斬られたゴライアスは、周囲へ蒸気をまき散らし始めた。
高温の霧は見る見るうちに漏れ出て行き、私達は一旦後方へ退かざるを得なかった。
「・・・・・・終わり、だよね」
『そう願いたいんだが・・・・・・見えて来たな』
霧は時間と共に晴れて行き、同時に急上昇していた周辺の温度もそれに続いて行く。
やがて現れたのは、黒龍門の前で力無く佇む、要塞の亡骸。
ゴライアスは完全に沈黙していた。耳に入って来るのは、操縦席に座る男の声だけだった。
『ククク・・・・・・やるじゃねえか。ゴライアスを捻じ伏せるとはな。末恐ろしいガキ共だぜ』
もう機能のほとんどを失っているのだろう。
操縦席から這い出ることすら不可能なのかもしれない。
いずれにせよ勝敗は決した。が、相手はあのヴァルカン。最後まで油断は禁物だ。
「リィン、あいつを拘束しよう。まだ操縦席にいるみたい」
『分かってるさ。でもどうやって―――』
―――前方から飛来した爆発音と衝撃が、リィンの声を遮った。
思わず顔を背け、恐る恐る視線を戻すと、ゴライアスの胴部から火の手が上がっていた。
燃えていたのだ。私達が斬った部位が、赤く燃え盛り、黒色の煙を吐き出し始めていた。
「えっ・・・・・・な、何?どうしたっていうの!?」
『やっぱりかっ・・・・・・不味いな。2人共、すぐにその場を離れるんだ!』
続いて聞こえて来たのは、焦りを孕んだジョルジュ先輩の声。
見上げると、カレイジャスが再び高度を下げ、私達の頭上に浮かんでいた。
今の声は船外スピーカー。声量を最大にして、眼下に立つ私達に聞かせているのだろう。
『その機体はきっと未完成だったんだ。導力機関を敢えて熱暴走させるなんてっ・・・・・・行き場を失った導力への引火が連鎖したら、大爆発を起こしてしまう!2人共、早く!!』
熱暴走。以前制御不能に陥った、カレイジャスのエンジンと一緒。
あんな物を常時抱えていたというのか。あの機体が発していた熱源が、それ。
そもそもそんな未完成の機甲兵を使うだなんて、狂気の沙汰としか思えなかった。
『ヴァルカン!お前も聞こえているんだろう、早く脱出するんだ!』
『クックック・・・・・・』
リィンの忠告に応えたのは、ヴァルカンの笑い声。
何もかもを諦めた人間の、自嘲混じりの声だった。
『構いやしねえよ。お前らもさっさと行っちまいな、巻き込まれちまうぜ』
「な、何を言ってるのっ・・・・・・早くしてよ、馬鹿な事を言わないで!」
『いいから行けってんだ、一緒にくたばりてえのか!?』
2つ目。2回目の爆発が熱と光を生み、近付き掛けた私の肌を焼いた。
火の手は胴部に留まらず、機体のそこやかしこから炎と煙が上がっていた。
最早手遅れだった。今更救い出そうにも、近付くことすらままならない。
それに声も。ヴァルカンの震え声は、苦痛を押し殺しながら捻り出した声。
もう、焼かれていた。あの男は心身ともに、自らの意志で燃え尽きようとしていた。
「・・・・・・ラン。オーバーライズの条件って何」
『双方が想い願えば重なり合い、一時に限り発動する』
「じゃあ早く重ねて。もう時間が無い」
―――だから何なのだ。いい加減にしろ。
勝手に燃えて果てるだなんて真似を、許すとでも思っているのか。
『あ、アヤ!?』
私がランの背に飛び乗ると同時に、ランが水属性のアーツを詠唱した。
ランの膨大な霊力が込められたそれは、前方の空間に滝のような水流を生み出す。
水流が巨体を丸ごと飲み込むと、ランは瞬時にゴライアスとの距離を縮めた。
「ラン、行ける!?」
『装甲を剥がす。暫し待つがよい』
ランの牙がゴライアスの装甲へ突き刺さり、不快な音を立てながら徐々に剥がされて行く。
すると周囲から、再び熱が生まれ始める。1つ、また1つと。
鎮火した筈の火の手が次々に上がり、私達を囲うと同時に、耐え難い苦痛に苛まれた。
「け、消した筈なのに、何で?」
『漏れ出る導力に引火しているのだ。それらが連鎖し繋がった瞬間、爆発が起こる。時間が無い』
「じゃあ早くしてよ!!」
居ても立っても居られず、ランの背からゴライアスへと飛び移る。
装甲を剥がすだけなら、力さえあればいい。ランだけでは間に合わない。
『おいこら、止めろってんだ。マジで巻き込まれちまうだろうが』
「黙って!私はっ・・・・・・うああぁ!!?」
装甲を掴んだ途端、肉が焼ける音がした。
炎に包まれていた金属製の装甲は熱を帯び、人の手が触れる温度ではなかった。
堪らずに手を離し、両手を腹に抱えて蹲ってしまった。
『言わんこっちゃねえ。ここは俺の死に場所だ。しゃしゃり出て来んじゃねえよ』
「か、勝手なことを言わないで。見過ごせる訳、ないでしょ」
『いいんだよそれで。俺はとっくの昔に死んでたんだ・・・・・・家族を皆殺しにされた、あの日にな』
ランが1枚の装甲を剥がし、後方へ投げ飛ばす。
眼前には再び分厚い装甲が立ちはだかり、声はすぐ傍から聞こえていた。
間違いない。この装甲の向こう側に、ヴァルカンはいる筈だ。
『ま、できればスカーレットとクロウには、いい落とし所を見つけてやってくれや』
「うるさいっ・・・・・・うるさい!!何度も同じことを言わせないで!!」
ランの牙と一緒に、装甲を力任せに引っ張り、折り曲げる。
火傷の痛みなど耐えればいい。私はあの日、心に決めた。
余生の全てを費やしてでも、この男には罪を償って貰う。それしか道は残されていない。
死は単なる逃げに過ぎない。そんな勝手を、私自身が許す訳にはいかない。
『へっ、お前は決まっていつもボロボロだな。確か、これで4度目だぜ』
「3度目の間違いでしょ」
『いいや、間違っちゃいねえさ。おかげ様で良い死に場所を選べた。礼を言うぜ』
「だから、何度も同じことをっ・・・・・・だああぁっ!!」
手が焼け、一際強く金属が軋む音が鳴り、最後の装甲が剥がされた。
苦痛の涙を両腕で拭い、眼前を見やる。そこには―――ヴァルカンの、成れの果て。
「あっ・・・・・・」
燃えたんじゃない。爆ぜたんだ。数回に渡る、爆発のどれか。
半身が―――無い。何処にも見当たらない。
あるのは噎せ返るような血生臭さと、真っ赤な水溜り。はらわた。肉片。最期。
何故だ。どうして。
どうしてこんな状態で、喋ることができるんだ。
「よう、アヤ」
一陣の風が、私達を撫でた。
時が止まったかのような感覚と、優しく温かい笑顔。
おそらくは彼本来。彼が家族と呼んだ仲間達が慕った、父性溢れる男性の笑顔があった。
「ヴァル、カンっ・・・・・・!」
零れ落ちる大粒の涙が、血の池へ滴って行く。
罪は関係無い。誰かの為に流す涙に、理由なんて必要無かった。
「じゃあな。お前の事は、割と好きだったぜ。精々いい女に育ってくれや」
直後。光と熱に、私達は包まれた。
直前に、ランの声も聞こえた。「許せ」と言っていた。
こんな無茶に付き合わせて、ごめん。私は胸中で、そう返していた。
__________________________________
「ん・・・・・・」
瞼を開けると、そこには青空が広がっていた。
ここは何処だろう。考えるよりも前に、両の掌が疼いた。
身体を起こそうとすると、ガイウスの声が頭上から聞こえた。
「無理はするな。両手の火傷は、まだ癒えていない」
「・・・・・・そっか」
ガイウスの手を借りて、上半身を起こす。
私の両隣りには、エマとセリーヌの姿があった。
言われなくとも分かっている。次は無いと言われておきながら、この様だ。
エマ達の治癒術を以ってしても、両手の火傷が癒えるには時間が掛かってしまうだろう。
「アヤ。その・・・・・・ヴァルカン、なんだが」
前方にそびえる黒龍門の周囲へ散らばった、要塞の破片達。
相当な爆発だったに違いない。砦の一部も巻き込まれ、崩れ掛かっていた。
「分かってるよ。どの道、助からなかったんだと思う」
結局私は、何もできなかった。寧ろ私達が招いた結果と言っていい。
死を望む人間に対し、余りにも無力だった。たとえ死に値する程の罪であったとしても。
だからと言って、目を背ける訳にはいかない。一々悲観して、塞ぎ込んでもいられない。
全てを受け止めて、乗り越えるしかないんだ。この悲劇も、戦争という現実の一部。
しっかりと心に刻んで、前を向いて歩いて行こう。ここまで来て、足を止めてはいられない。
「あっ。そうだ、ランは?また助けられちゃったし、何処・・・にっ・・・・・・」
ランは、エマが差し出した両手の上にいた。
ランは力を温存する際に、決まって小鳥へと姿を変える。
本来は分身体のそれであった筈の外見は、霊力を溜め込む為の、仮の姿として働いていた。
「な、に・・・・・・これ」
それが今、変わり果てていた。羽根は抜け落ち、所々が焼け焦げていた。
呼吸は感じられるが、ひどく痛々しいその様に、声が出なかった。
まさか、ゴライアスの爆発の影響で―――
『そうじゃないわ。アンタが無茶をしたせいでもない』
エマに代わって、セリーヌが応え始める。
セリーヌはランの頭を優しく舐めてから、再び言った。
『成るべくして成った。その結末よ。『核』自体が擦り減って、霊力が漏れ出てしまっている。アタシ達の力で、何とか繋ぎ止めたけど・・・・・・もう、永くはないわ』
「ち、ちょっと待ってよ。何を言ってるの?」
「アヤさん」
続いてエマ。ランの身体がボンヤリと光り輝いているのは、おそらく彼女の力。
エマはそっとランを撫でてから、突き付けるように私へ告げた。
「私達も、全てを知っている訳ではありません。ですが・・・・・・受け止めてあげて下さい。ラン様はご自身のご意志で、アヤさんの傍らに在り続けたんです」
別れの果てにあった別れ。
そしてその先にある、新たな道のり。
今思えば、これが全ての始まりだった。
私が歩むべき未来。クロスベル。古の盟約に―――ユイとの、出会い。
始まりの鐘は、唐突に鳴らされた。