絢の軌跡Ⅱ   作:ゆーゆ

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12月23日 再会

左肩にランを乗せて、ガイウスと一緒に森林の道無き道を進んで行く。

この顔ぶれにこの森だ。道中に何度も、4ヶ月前に訪れた真夏の出会いを思い出した。

そしてその1ヶ月後。療養の最中に舞い降りた、夢の始まり。あの時も同じ顔が揃っていた。

 

「アヤ、あとどれぐらいだ?」

「もうかなり近くまで来てる筈だよ。あと5分も掛からないと思う」

 

子猫《キティ》と名乗る何者かによりカレイジャスへ届けられた、謎の招待状。

その宛名として名指しされた私達は今、ヴェスティア大森林を真南に向かって下り続けていた。

 

全てはトワ会長とサラ教官による判断だった。

突如としてレーダー上に現れた、騎神と酷似する機影データ。差出人不明の通信文。

トワ会長は「モチのロン・・・・・・?」と首を傾げつつ、怪しさ満点の状況に警戒を露わにしていた。

 

謎が謎を呼ぶ前に、私とガイウスは思い当たる姉弟の名を、サラ教官へ告げた。

すると教官は両目を大きく見開いて、笑いながら地上へ降り立つ許可を私達に与えた。

トワ会長も初めは戸惑いを見せつつ、結局は教官の言葉を信じ、賛同してくれた。

 

一方で確信が無い以上、不用意に未確認の機影が示す座標へは接近し難い。

そもそも広大な森林地帯のど真ん中では、カレイジャスが着陸できる箇所は大いに限定される。

それらを見越したかのように、カレイジャスへもう1通の通信文が届けられた。

数少ない開けた平野から程近い、距離にして約50セルジュ南を示す、座標が記されていた。

 

現時刻は午後の14時。歩を進め始めてから、約1時間が経過しようとしている。

座標は降り立った地点から真っ直ぐに南。もう目と鼻の先に立っている筈だ。

 

「それにしても・・・・・・いや、今は何を話しても仕方ないな」

「あはは。まあ、訳が分からないよね」

 

誰が何時、何の為にどうやって。何度もガイウスと推測を重ねたが、当然分かる筈もなく。

辛うじて把握しているのは、『誰が』という一点についてのみ。それ以外は知る由が無かった。

ランにも心当たりはないらしい。結論は三者一致で「考えても仕方ない」だった。

 

やがて行く手を阻む木々が減り、頭上から陽の光が届き始めたところで、ランの声が言った。

 

『フム。着いたようだな』

「へ?」

「む?」

 

私とガイウスは足を止めて、顔を見合わせた。

目の前には遥か上流のレグルス河を源流とする、小川。川が奏でる穏流の調べ。

それだけだった。周辺に変わった様子は見受けられないし、目当ての人間は何処にもいない。

ここで待てということだろうか。なら、カレイジャスが捉えた機影は―――いや。

 

「これって・・・・・・ガイウス」

「ああ。『何か』の気配を感じる」

 

違う。何かが違う。一度勘付けば、たちまちに周囲の風景が様変わりした。

大自然の中にある不自然。風が撫でる葉々一つとっても、目や耳がすぐに異常を察知してくれた。

揺らぐ筈のない葉が揺れ、揺れる筈の葉が何かに遮られて、微動だにしない。

前方から放たれる巨大な気配と違和感、そして質量感。在る筈の物が―――無い。

 

「うふふ、漸くご到着ね。待ちくたびれちゃったわ」

「あっ・・・・・・」

 

少女の声を皮切りにして、『それ』は少しずつ全貌を現していく。

ホロウスフィアの効力が解けていくかのように、徐々に徐々に、色を帯び始める。

 

知らなかったと言えば嘘になるし、何度も聞かされてきた事実だ。

ロイドは言っていた。初めて神機を目の当たりにした時、真っ先に『ある存在』を連想したと。

本当の意味で教団事件を解決へ導いたのは、彼女に他ならないとも。

そして私が飛び込んだ、ランの記憶の海。ランの目に、彼女はどう映っていたのか。

 

「さあ、パテルマテル。2人にご挨拶をしなきゃ」

「何、だ・・・・・・これは」

「うわっ・・・・・・うわぁ」

 

複数の欠片達が重なり合い、少女がその名を呼んだ。

 

全長は優に騎神の倍かそれ以上。筋骨隆々という表現を用いたくなる圧倒感。

ひどく無機的な一方で、全身から放たれる知性。生物だけが纏う独特の雰囲気。

大きなその右手の掌上には、少女らしからぬ笑みを浮かべる、レンちゃんの姿があった。

 

何とか踏み止まれたのは、直近であのゴライアスと対峙した経験のおかげだろうか。

それでも、開いた口が塞がらない思いだった。ガイウスも口をパクつかせていた。

しっかりと両の足で立っていられた自分達を褒めてあげたい。

 

「やっほー2人共!」

「やあ、よく来てくれたね」

 

そして巨大な機体の右肩部。十数アージュ頭上から私達を見下ろす姉弟が2人。

実に3ヶ月振りとなる3人との再会は、前回と同様に一陣の風の如く、唐突に舞い降りた。

 

「エステル、ヨシュアっ・・・・・・!」

「驚いたな。本当にお前達だったのか」

 

エステル・ブライト。ヨシュア・ブライト。私の中では、憧れに近い存在の2人。

ガイウスにとっても、エステルは武術で先を行く人間であり、棒技の師でもある。

再会の予感は間違っていなかった。というより、間違えようがなかったのだ。

今度「モチのロン」の用例をトワ会長にも教えてあげよう。

 

「待ってて、今降りるから」

 

2人は十数アージュの距離を物ともせず、機体の肩部から地上へ向かって飛び降りる。

ストンと軽やかな音を立てて地面に降り立つと、2人は笑みを以って私達を迎えてくれた。

 

「ガイウス君、それにアヤさん。本当によく来て・・・く、れ・・・・・・?」

 

かと思いきや、太陽を思わせるエステルの笑顔が、突然陰りを見せ始める。

穏やかな表情を浮かべていたヨシュアも、エステルに続いた。

 

「あれ。な、何?」

 

再会の喜びをどんな言葉で表すか。そればかりを考えていた分、反応に困ってしまった。

一体どうしたというのか。訝しんでいると、ガイウスが僅かに眉をひそめ、視線で教えてくれた。

 

「あっ・・・・・・そっか。あはは、そうだよね」

 

エステルらがどうして、どうやって何時帝国へやって来たのか。

現時点では、未だに分からない事だらけ。それはきっと私達だけではない、この2人も一緒だ。

帝国で何が起きて、この3ヶ月の間に何が変わったのか。私達が今何をしているのか。

そして私が背負ってしまった傷痕も。光を失った私の『左目』を語るには、時間が必要だ。

 

「また会えて嬉しいよ、2人共。とりあえず、話をしよっか」

 

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ドロシー・ハイアットの表情は晴れなかった。

オーバルカメラ『ポチ君』を失ってしまった事が理由ではない。

懇切な学生達の手により生まれ変わった『新生ポチ君』に、不満などある訳がない。

スペックに多少の違いはあれど、彼女の才の前では何の意味も成さない。

大切な思い出が込められた宝物であることに、変わりはないのだ。

 

「はぁー・・・・・・」

 

風見亭2階の窓枠から外を見渡す。

12月の冷え込みを感じさせない、街の中心部から伝わってくる熱気。

たとえ内戦下にあっても、大市の賑わいは留まる事を知らなかった。

きっと可愛い写真が沢山撮れる筈。そう感じつつも―――ドロシーの足は、動かない。

 

「なーんか違うんですよねぇ」

 

ドロシーは好奇心の塊であり、幼い頃から『可愛い穴場スポット巡り』が趣味だった。

見知らぬ地に立っているというだけで、不安以上の躍動感が込み上げてくる。

その筈なのに、ここ最近は一向に心が躍らない。何かが一つ、欠けてしまっている気がする。

 

どうしてでしょうねぇ。

ドロシーが呟きながらポチ君を指で突いていると、扉をノックする音が耳に入って来る。

 

「ドロシーさん、いますか?」

「はーい。あれれ、アリスさん?」

 

ジェニス王立学園OG3人組の1人、アリス。

ドロシーとアリスらは2年程前、ウリボアを巡る一騒動をキッカケにして旧知の仲となっていた。

そして何の偶然か、お互いに帝国の内戦に巻き込まれ、帰国が叶わない立場でもあった。

 

「ええっと。お客さんが来てるみたいですよ、ドロシーさんに」

「私にお客さん、ですか?」

 

誰だろう、とドロシーは思わず首を傾げてしまう。

この街に、というよりこの国には知り合いらしい知り合いがいない。

以前に善くしてくれた学生さんだろうか。考えていると、今度は男性の声が聞こえた。

 

「やれやれ。こんな所に居やがったか」

「えっ・・・・・・」

 

アリスの背後から歩を進めてくる男性の姿に、ドロシーは声を失った。

そんな筈はない。居る訳がない。ここはエレボニア帝国で、リベールではない。

何度自分へ言い聞かせ、何度も目を瞬いて、擦っても―――見間違いではなかった。

 

「せん・・・・・・ぱい?」

 

足りなかった物が、急速に充たされていく。

ずっと寒気を感じ続けてきた背中が、温かいと言っていた。

ドロシーは声を震わせながら、その男性の名を呼んだ。

 

「せんぱいっ・・・・・・ナイアル先輩!」

 

ゴンッ!!

 

そうして彼女の頭に振り落とされる、握り拳。無慈悲な鉄槌。

予想外の展開に、ナイアルの背後に立っていたアリスは素っ頓狂な声を上げていた。

 

「い、いったぁーい!わわ、本当に痛い!先輩、何をするんですかぁ!?」

「せんぱーい♪じゃねえだろうが馬鹿!2ヶ月も仕事サボってなーにやってやがったんだこのトンチキ娘が!!そんなに会社をクビになりてえのか!?」

「さ、サボってた訳じゃないですよぅ。帰れなくなっちゃっただけです」

「会社からすりゃ同じなんだよ!そもそもお前が財布を落としたことが原因だろ!!」

「ど、どうしてそれを・・・・・・」

 

知っているのか。

ドロシーが疑問を口に出すよりも前に、再びナイアルの右手が頭上へ振り上げられた。

また叩かれる。そう思い身構えていると、拳は緩く、握られていた。

 

コツンっ。

 

「痛っ」と思わずドロシーは呟いたが、当然痛みなど無かった。

12月23日のこの日に限って、世界で一番優しいゲンコツ。

感情に満ち溢れた拳は、大切な相棒の無事を確かめるように、噛み締めるように――――そっと。

 

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私達は小川のほとり、点在する小岩に腰を下ろし、お互いの声に耳を傾けた。

「まずはあたし達から」と、エステルとヨシュアが先んじて、リベール側の動向について語った。

 

全ての始まりは、10月24日。

あの日を境にクロスベルは独立国家として、独自の外交戦略を展開した。

10月末には、クロスベルを盟主とした『ゼムリア大陸諸国連合』という枠組みを提唱。

絶対的な力を背景とし、自由な経済活動を保証するという考えは、大陸全土へ一気に広まった。

当初は強引過ぎる手法に異を唱えていたリベール王国も、次第に逆らえない状況に陥っていく。

 

時期を同じくして、『身食らう蛇』が水面下で動き始める。

リベール王国を統治するアウスレーゼ家へ届けられた声明に、関係者一同は震撼した。

あの結社が『クロスベルへの協力者』としての立場を、非公式ながらも認めたのだ。

声明の対象はリベールに限らなかったようで、各国政府から同様の報告が相次いでいく。

更には共和国で経済恐慌が発生し、反移民主義者によるテロ活動が激化。

帝国では二大派閥の武力衝突が本格化、宰相が凶弾に倒れるという一報まで流れてくる始末。

 

大陸全土で、何かが起き始めている。一方で結社が絡んでいる以上、不用意な動きは取れない。

クロスベルの件を勘案しても、各国共々、巨大な流れに逆らうことができないでいた。

 

そんな中で、アウスレーゼ家は少しでも多くの自国民を保護する為、地道に動き続けていた。

帝国におけるその協力者の1人が、驚いたことにオリヴァルト殿下、その人。

アウスレーゼ家が1人、クローディア・フォン・アウスレーゼ皇太女の願いは殿下へ。

殿下の意志はアルバレア家のユーシスと共鳴し、ユーシスの依頼は私達《Ⅶ組》に。

『リベール王国民の保護』という依頼は、元を辿ればクローディア皇太女の意志だったのだ。

 

「クローゼ・・・・・・皇太女とは、個人的な付き合いがあってね。オリビエさんからの報告は、僕達にも伝わっていたんだ」

「ドロシーのことはあたし達も心配だったんだけど、彼女を保護した人間がアヤさんだって聞かされたの。思わず叫んじゃったわ」

「『あんですってー!』?」

「いや言ってないけど。使いどころが少し違うと思うわ」

 

ともあれ、2人の目的の1つは理解できた。

ドロシーさんの身を案じて、居ても立っても居られなかった男性がリベールにいた。

エステルとヨシュアがその男性をケルディックへ送り届けたのが、今日の午前中。

そしてカレイジャスへ通信を入れたのが、私が目を覚ました昼過ぎの出来事だったという訳だ。

 

「フフ、成程な。2人はそのドロシーという女性に会わなくてもいいのか?」

「感動の再会に水を差すような真似はしたくないんだ。あの人に任せておけば大丈夫さ」

「そっか。じゃあ、もう1つ聞いてもいい?」

 

頭の中を整理しながら、『もう1つ』に目を向ける。

巨大な機体―――『パテルマテル』の右手に座る少女、レン。

レンちゃんは私と同じように肩へランを乗せて、ランと会話を交わしている最中だった。

 

次に私が知りたいのは、『どうやって』。

カレイジャスが捉えた機影と合わせて考えれば、想像するに容易かった。

ヨシュアはレンちゃんを一瞥してから、ゆっくりと口を開いた。

 

「レンは・・・・・・アヤさんは察しているかもしれないけど、あの子は以前の僕と同じさ。身食らう蛇の実動員、執行者の1人だったんだ」

 

確信は無かったが、近い物はランを知る為の旅路の中で抱いていた。

ランの何たるかを一目で見抜いた慧眼の持ち主が、唯の少女である筈がない。

そして端から見ていても、パテルマテルと呼ばれた機体との繋がりが、手に取るように分かる。

言葉を選ばずに表すなら、あの少女は『普通』ではない。誰の目から見ても『異常』だ。

 

「パテルマテルは、結社が創り出した人形兵器なのよ。分かって貰えないかもしれないけど・・・・・・レンにとっては、親代わりのような存在なの」

「ううん、何となく分かるよ。それで・・・・・・クロスベルに現れた神機と、何か関係があるの?」

 

私の疑問に、ヨシュアが首を縦に振って応える。

神機アイオーンは、パテルマテルと同じゴルディアス級戦略人形兵器であり、兄弟機。

古代文明の遺物を元に結社が生み出した、自立的な超長期稼動が可能な人形兵器なのだそうだ。

無補給で8年と言われても、桁が違い過ぎるせいか、1周回って驚くことさえできない。

騎神との関連性を思わせたが、どうやら全くの別物。そもそもの根底が異なっているらしい。

 

「ならお前達は、パテルマテルを使って帝国領内に入ったのか?」

「ああ。流石に易々とはいかなかったけどね」

 

睨んでいた通り、エステルらはパテルマテルを使って国境を越えていた。

パテルマテルには複数のステルス機能が搭載されており、先程の擬態もその1つ。

ある程度の距離さえ取れば、最新鋭の導力波レーダーでも捉え切れない。

カレイジャスのスペック、優秀なクルーを以ってしても、結社の技術力には届かないようだ。

 

「飛行中は飛翔機関と同じように、ある種のフィールドが発生するから安全なのよ。数千アージュ上空でもぐっすり眠れるぐらい居心地がいいんだから」

「誰かさんの寝相が悪過ぎて、落とされ掛けた人間もいるけどね」

「うっさいわね。今は関係無いでしょ」

 

本当に関係無いけど、もし事実なら笑い事では済まされない気がする。とりあえず今は後回しだ。

2人に聞きたいことはまだ山積みだが、聞きっ放しというのも気が引ける。

そろそろ私達の話もしておこう。そうガイウスに声を掛けると、彼も同意を示してくれた。

 

「ふむ。何から話す、アヤ」

「んー、私の場合は・・・・・・って、あはは。これ前にもあったよね」

 

思わず笑ってしまった。以前2人と初めて会った時も、同じようなやり取りがあった。

あの時の私は、初めにクロスベルの事を話そうとしていたか。

私達の3ヶ月間を知って貰う為には、クロスベルでの一件は話しておかなければならない事実だ。

 

「できればアヤさんからは、クロスベルの話も聞かせて欲しいな」

 

そう考えていると、ヨシュアが先回りをしてクロスベルについて触れた。

 

「え・・・・・・あれ?ど、どうして知ってるの?」

「ツンツン頭の神父さんが教えてくれたのよ。モチのロン知ってるわよね?」

 

―――そうか。モチのロン、私は知っている。

言われてみれば、ワジ君との再会は、『あの人』との出会いでもあった。

 

不思議な縁だな、と今更になって考えさせられる。

殿下に皇太女、ロイドとケビンさん。知らぬ間に私達は、沢山の人間を介して繋がっていた。

何より似た者同士なのだ。義理の姉弟という事実だけで、三日三晩は語り明かせる自信がある。

ガイウスもエステルを特別な目で見ている。些細な嫉妬心が心地良く感じられた。

 

「エステル、ヨシュア。今からこの3ヶ月間の出来事を話すよ」

「俺達も全てを把握している訳じゃない。役に立つか分からないが、知り得ていることは話そう」

「ええ、分かったわ」

「そうしてくれると、僕達も助かる」

 

私とガイウスは代わる代わる、帝国の内情について語り始めた。

貴族連合の企みに、裏で暗躍する身食らう蛇の人間達。各地の戦況と今後の見通し。

トワ会長の下に集った士官候補生の意志と、殿下より授かった第三の翼。

 

そして私はクロスベルでの旅路と、ランという協力者の存在を明かした。

頭上では、変わらずにレンちゃんとランが戯れに興じていた。

きっと彼女にも、ランの口から全てが語られている頃合に違いない。

 

「アルセイユ2番艦、高速巡洋艦カレイジャス・・・・・・そんな物を学生に託すだなんて、オリビエさんも思い切った選択をしたね。あの人らしいよ」

「お前達の国から贈られた技術があってこその翼だ。平和的に利用して欲しいという女王陛下の願いは、殿下を介して皆が受け止めている。絶対に無駄にはしない」

「・・・・・・君からそんな言葉を聞けるとは、思ってもいなかったかな」

「フフ、柄にもないという自覚はあるさ」

 

ヨシュアとガイウスは小さく笑った後、お互いの拳をコツンと叩いた。

大変に貴重な光景なのだろう。国を象徴する人間の意志が、末端へ行き届いている証だ。

 

(・・・・・・エステル?)

 

2人の様を見守っていると、エステルの視線が私へ向いている事に気付く。

話さない訳にはいかない。だから私は鉢がねを外した後、眼部を覆う眼帯に手を掛けた。

 

「あ、アヤ?」

「気を悪くしたらごめんね。見た方が早いと思ったから」

 

眼球自体を損傷し、目尻を裂かれた左の眼部。もう二度と戻らない光。

どうして有りのままを見せたのか。自分でもよく分からなかった。

エステルは両手で口元を押さえ、ヨシュアは下唇を噛みながら、身体を震わせていた。

やがてエステルが意を決したように、あの男の名を呼んだ。

 

「ヴァルター・・・・・・本当に、あいつがやったの?」

「うん。よく分からないんだけど・・・・・・私のお父さんと、過去に繋がりがあるみたいでさ。だから、なのかな。それを知ってから、目を付けられちゃって」

 

自分自身が招いた結果だ。私は受け止めて、前を向くことしかできない。

あの一時を境にして、手にした力がある。隻眼になって初めて見えて来た物がある。

何より、過去を知るキッカケを与えてくれた。

 

そして未だ知り得ない因縁の果てに、再び相見える時が来たら。

私は―――絶対に逃げはしない。

 

「恨みが無い訳じゃないけど、自暴自棄になってる訳でもないんだ。もう一度やり合ったら、今度こそ次は無いかもしれない。でも・・・・・・私は、逃げたくない」

 

どうしてそう感じるのか。答えはきっと、全てを知った先にある。

この決意がどれ程危険で、取り返しの付かない可能性を孕んでいるとしても。

それでも、私は。この身体に授けられた力と剣を以って、抗って見せる。

 

誰にも話したことがない、ガイウスにさえ明かしていなかった意志。

こんな状況下で今更話すだなんて、我ながら狡いと感じてしまう。

 

「ごめんね、ガイウス。先の事は分からないけど・・・・・・でも、その」

「いや、いいんだ。薄々分かってはいた事だ。だが忘れないでくれ。君は1人じゃない」

「・・・・・・うん」

 

エステルらの目も憚らず、私達は手を取り合った。

彼はいつも私の意志を尊重してくれる。私が背負い切れない物までもを背負ってしまう。

その姿に、どういう訳かお父さんの面影が重なってしまった。外見は全く似ていないというのに。

 

「えー、コホン」

 

エステルの咳払いで、私達は一旦手を離してから向き直る。

今優先すべきは別のところにあるし、いつまでも自分達の世界に浸ってはいられない。

 

「それでアヤさん。その、具合の方はどうなの?見た感じ、傷は塞がっているように見えるけど」

「平気だよ。痛みは無いし、ガイウスがここに10回ぐらいキスしてくれたからもう大丈夫」

「・・・・・・ああ、そう」

 

私が答えると、エステルは引き攣った顔でぎこちない笑みを浮かべた。

ガイウスは顔を赤らめて明後日の方向を見ていた。今更照れなくてもいいだろうに。

するとヨシュアがぽんとガイウスの肩を叩き、頷いてから言った。

 

「恥ずかしがる必要は無いよ、ガイウス」

「ヨシュア・・・・・・」

「その気持ちは、僕にもよく理解できる」

 

ゴスッ!!

 

間髪入れずに振り落とされた戦棒。崩れ落ちるヨシュア。

してはいけない音が聞こえた気がする。どう考えても人の頭を叩いた音ではなかった。

 

「・・・っ・・・・・・い、今のは何?どうして僕は殴られたのさ!?」

「どうしたもこうしたも無いでしょうが!アンタ今『アヤの左眼にキスしたい』って言ったのよ!!分かってんの!?」

「言ってないじゃないかそんな事!?いや絶対に言ってないから!!」

 

閑話休題。

知らない仲でもないし、「さん」付けは止めようという提案を以って、私は話題を変えた。

 

取り留めのない話で花を咲かせてもよかった。

エステルらと話をしていると、私達は知らない世界を沢山垣間見ることができる。

だが時間は有限だ。こうしている今も、リィン達は各方面で動き続けている。

私達にだけ自由が許される道理は何処にも無い。私は単刀直入に、2人へ切り出した。

 

「エステル、ヨシュア。私達を呼び出した、本当の目的は何?」

 

場の雰囲気が一気に様変わりし、2人の表情もそれに続いた。

ガイウスも察していたようで、特に驚いた様子もなく、静かに返答を待っていた。

 

目的の1つがドロシーさんにあった事は間違いないのだろう。

一方で、それだけが理由にはならない。たった1人の個人の為とは到底思えない。

エステルらは正規の手続きを介さずに、帝国へ不法入国したと言っていい立場にある。

パテルマテルと言えど万能ではない筈だ。あらゆる危険性を考慮した上で、2人は国境を越えた。

 

そしてあんな遠回しな手段を使い、私達を呼び寄せた理由も当然ある。

私達も世間話をする為に艦を降りた訳ではない。それなりの覚悟はできているつもりだ。

 

「アヤは今月の上旬まで、クロスベルにいたのよね。今現在の状勢は、把握できてる?」

 

やがて真剣な面持ちのエステルが、現時点におけるクロスベルの状況について言及した。

 

「ううん。12月5日以降の事については、聞いてない。まさか、何か動きがあったの?」

「ええ、そのまさかよ。あたし達もケビンさんから教えられて、最近知ったの」

 

クロスベル政府代表の1人であり、エリィさんの母方の祖父。

ヘンリー・マクダエル議長による、クロスベル独立国の『無効宣言』。

現政府の是非を問い質す演説が、全クロスベル市民へ向けて論じられたのが、今から3日目。

 

「議長による無効宣言・・・・・・それって、どれぐらいの影響があったのかな」

「市内の動きまでは、ケビンさんも掴めていないって言っていたよ。でも国内外に演説の余波が広がりつつあるそうで、国防軍の指揮系統にも乱れが生じ始めているみたいなんだ」

 

国内外に広がりつつある、か。視線を隣へ向けると、ガイウスは首を横に振った。

私が眠っている間に報じられていたのかと思ったが、そうではないらしい。

いずれにせよこんな状況下では、国内における正確な報道は期待できそうにない。

 

「それともう1つ。ロイド君達を中心として、クロスベル市を解放しようっていう作戦が練られているの」

「か、解放って・・・・・・それどういう意味?」

「文字通りの解放よ。無効宣言で大義名分は通されたし、下地はできた。ロイド君達は警察官としての立場から、今回の事件の首謀者、ディーター大統領を逮捕するつもりなのよ」

 

続々と並べられた事実に、まるで置いて行かれたかのような錯覚に陥る。

遅かれ早かれ、クロスベルでも動きがあるだろうとは考えていた。

新体制に疑問を抱く人間はクロスベル中に多数いたし、何より私もその1人だった。

だが知らぬ間に、予想を遥かに上回る速度で、クロスベルは変革の時を迎えようとしていたのだ。

 

「待ってくれ。話は分かったが・・・・・・そんな事が可能なのか?」

 

エステルが語った解放作戦について、今度はガイウスが疑念を露わにし始める。

 

「神機アイオーン、だったか。アヤの話では、クロスベルにはガレリア要塞を消滅せしめた絶対不可侵の力があった筈だ。それにクロスベル市は、不可思議な結界で覆われているのだろう?」

 

そう、それだ。クロスベルを想う人間として、解放作戦に異を唱えるつもりは毛頭無い。

しかし乗り越えなければならない障壁は、余りにも巨大な力だ。

第5機甲師団を壊滅させ、共和国の空挺飛行師団を退け、ガレリア要塞を葬った巨いなる力。

何よりクロスベル市を外界から遮断する結界は、私自身が直に目の当たりにしている。

この点については、代わってヨシュアが答えてくれた。

 

「詳細は分からないけど、結界を解除する方法があるらしいんだ。神機の力も、ある程度は抑えられる。その為に今、特務支援課が動いているんだ」

「ロイド達が・・・・・・」

 

話を要約すればこうだ。

クロスベル内外を問わず、多くの人間達が解放作戦に向けて段取りを組み始めている。

エステル達もそう。ケビンさんを介し、自らの意志で解放作戦への参戦を決意した。

 

立ちはだかるであろう最たる脅威は、考えるまでもなく3つの巨大な力。神機アイオーン。

対抗し得る存在は限られている。何せ正規軍の機甲師団でさえ敵わない相手なのだ。

 

「そっか。その1つが、パテルマテルって訳なんだね」

「それと・・・・・・ねえアヤ。あたし達も、話でしか聞いていないんだけど」

「分かってるよ、エステル。ヨシュアも・・・・・・漸く分かった」

 

私に続いてガイウスも合点がいったようで、表情が変わった。

するとヨシュアが立ち上がり、改まった声で言った。

 

「君達が大変な状況下にいる事は重々理解してる。でも一度だけ、頼らせて欲しい」

「ヨシュア・・・・・・」

「レンが教えてくれたんだ。敵は強大過ぎる力の化身、もっと多くの協力者が必要だってね。心当たりがあるとは言っていたけど、流石に予想外だったよ」

 

レンちゃんの心当たり。すなわち―――ラン。

女神が遣わし、クロスベルを見守り続けてきた聖獣。

私達を呼び出し、解放作戦の存在を教えてくれた理由は、ランという力の存在に他ならなかった。

 

パテルマテルとラン。私が考えるに、力以上の大きな意味合いがある。

本来はクロスベルの『外』に存在する筈の力は、相手にとっても想定外の物。

私達が動けば、きっと解放作戦を成功へと導く鍵となり得る。

 

「ラン」

 

私が名を呼ぶと、少女の肩に止まっていた小鳥が飛び立ち、私の下へと舞い降りて来る。

エステルとヨシュアにとっては不思議な光景だろう。

この小鳥があのツァイトと同一の存在と言われても、俄かには信じ難いに違いない。

 

「ねえラン。話は聞いた?」

『大方は理解した。どうやら彼の地は、再び我が力を欲しているようであるな』

「・・・・・・ラン」

『アヤ。全てをおぬしに委ねる。私はその選択に従おう』

 

年は越せないと、ランは言っていた。揮える力も限られていると。

その対象が神機ともなれば、ランはクロスベルの為に全力を以って立ち向かう。

たとえその身を縛り付ける禁忌が、一層の苦痛を生み出すとしても構わない。

残された命を燃やし、力に変え、至宝との約束を守る為に最期まで抗い続ける。

 

その先に待っているのは―――別れだ。遅かれ早かれやって来る別れ。

なら、私じゃない。この決断は、私の物じゃない。

そう切り出そうと口を開き掛けたところで、頭上からレンちゃんの声が届けられた。

 

「ラン、選ぶのはアヤじゃないわ。あなたよ」

『・・・・・・フム』

「最後はあなた自身の意志で決めるの。きっとアヤもそう願ってる。そうでしょう、アヤ?」

 

私は無言で首を縦に振った。

本当に不思議な少女だ。見透かしたような言動でも、不快感は一切沸いて来ない。

 

ランは一度私の腕から飛び立ち、頭上をクルリと一周してから、再び私の下で羽を休め始める。

小鳥らしく可愛らしい仕草とは裏腹に、普段と変わらない超然とした声でランは言った。

 

『よかろう。彼の地の現状が、幻の至宝が想い願った姿だとは到底思えぬ。私は私の意志で、零の至宝を巡る争いに介入する』

 

ドクンと、胸の鼓動が一際大きな音を立てた。

まだだ。今じゃない。悲哀を浮かべている場合ではないし、私には応える必要がある。

 

「・・・・・・分かった。ラン、私もランの為に戦うよ。文句は言わせないからね」

 

絶対に譲れない。譲ってはいけない。

たとえ再びこの国を、皆から離れることになるとしても、退く訳にはいかない。

 

思い出せ、2日間に渡る夢の旅路を。その意味を。

千年以上の時を費やして築いた意志を、ランは最後の4ヶ月間に込めた。全てを私に託したのだ。

理解できなくてもいい。私には、その最期を見届ける義務がある。

 

何より私自身が、そうしたいと願っている。もう寸刻たりとも離れたくない。

ありとあらゆる感情を超えた想いが、自然とランと共に行く決断を選んでくれた。

 

『フフ、構わぬ。ガイウスよ、おぬしも好きにするがよい』

「え?」

 

隣を見ると、ガイウスも立ち上がって私を見詰めていた。

きっと今の私も、彼と同じ目をしている。そう思わせる眼差しだった。

 

「今回ばかりは一緒に行かせて欲しい。この国の事も放ってはおけないが・・・・・・アヤがそうであるように、俺にも譲れない物がある。君とランの行く末を、見届けさせてくれないか」

「ガイウス・・・・・・うん、モチのロンだよ」

 

エステルの口癖を以って、ガイウスに応える。

するとエステルの、そしてヨシュアの右手が、私達の眼前に差し出された。

 

「よーし。何か事情があるみたいだけど、これで決まりよね」

「心強い限りさ。一緒に戦おう、クロスベルの為に」

 

私達はお互いに手を取り合って、志を共有した。

考えれば考える程、私達は似た者同士に思えてくる。

たったの5人と、巨大な力が2つ。頭数は少なくても、きっとこの決断は無駄にはならない。

 

「あら?」

『むっ』

 

声を発したのは、レンちゃんとラン。その視線は上空を向いていた。

ランは一度レンちゃんの腕に止まった後、頭上高くへと飛び上がり、一気に高度を上げて行く。

見る見るうちにランの体躯は小さくなっていき、やがて私達の視界から外れてしまった。

 

「・・・・・・ラン?」

 

4人揃って疑問符を浮かべていると、ガイウスが「戻って来たな」といち早く気付く。

ランは下降の勢いをそのままにして、爪を立てて私の首筋へと降り立った。

 

「痛たた、痛いってば。ラン、急にどうしたの?」

『火の手が上がっている』

「火の手?ど、何処に?」

『ケルディック、であったか。どうやら穏やかではない事態に陥っているようであるな』

「け、ケルディックが・・・・・・!?」

 

頭を殴られたかのような衝撃が走り、思わず南を向いた。

見える訳がない。今し方ランが上空を舞ったのは、それを確かめる為だったということか。

 

「な、何故ケルディックが・・・・・・いや、考えても仕方ないな。アヤ」

「分かってる」

 

ランが見間違う筈がないし、可能性は限られている。

トリスタ、或いはバリアハート方面の領邦軍勢力と、東部の正規軍。両者の衝突。

その戦火があの街にも及んだ。こんな状況下だ、楽観視するよりかは、最悪を考えた方がいい。

 

詳細な状況は把握できないが、こうしてはいられない。

だが距離があり過ぎる。ここから南へ森を抜けるには、徒歩で半日以上の時間が掛かってしまう。

 

「乗りなさい、2人共」

「「え?」」

 

足踏みをしていると、パテルマテルの大きな左手が、私達に向けて差し出される。

エステルとヨシュアは一切の躊躇も見せず、その左手の上に立った。

 

「の、乗るって・・・・・・まさか、パテルマテルに!?」

「時間が無いんだろう。あの街には僕達の友人もいるんだ。見過ごせないよ」

「それはそうかもしれないけど・・・・・・で、でも」

「いいから早く乗る!アヤ、協会規約第一項!忘れたなんて言ったらぶっ飛ばすわよ!?」

 

―――『国の枠組み』を越えて、地域の平和と民間人の安全を守り、支える。

異国の地に立っていながら、2人は遊撃士としての使命を果たそうとしていた。

 

先輩に怒鳴られてしまったら、もう後輩は従うしかない。

色々と無鉄砲過ぎる気もするが、他に手立てが無いのだ。

 

「アヤ、迷っている暇は無さそうだ」

「だね。行こう、ガイウス」

 

私達は手を取り合い、エステルらに続いた。

4日間に渡る、故郷を守る為の戦い。出会いと別れ。再会が、全ての始まりを告げた。

 

 

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