12月24日、午前10時。カレイジャス4階の大会議室内。
「―――昨日の襲撃に関する報告は以上になります」
私が被害報告を終えると同時に訪れる、重苦しい静寂。
どう捉えれば、どう受け止めればいいのか。そもそも真実は何処にあるのか。
皆が困惑し顔を見合わせる一方で、口を切ったのは《Ⅴ組》のベッキーだった。
「何や・・・・・・何やねん、それ。今の話を信じろって言うてんの?」
全ては12月23日、午後16時過ぎ。
パテルマテルの背に乗って南へ向かった私達は、目を疑う光景に愕然とした。
戦場だ、と思った。事実、火の手に包まれた街中には、領邦軍と思われる兵士達の姿があった。
更には装甲車に機甲兵といった最前線の導力兵器、そして見慣れない出で立ちの兵士もいた。
「猟兵だ」というヨシュアの言葉は、眼前が戦場に他ならない事を物語っていた。
ケルディックの頭上を飛行するパテルマテルの姿に、一時は誰もが呆然と立ち尽くしていた。
私達は構わずに、もう一方の戦力を探した。何せ二大軍勢同士の衝突だ。
しかも街には住民の姿が散見されたし、横槍を入れるには状況を正確に見極める必要があった。
だが一向に見つける事ができなかった。それもその筈、軍勢は1つ。
私達の目に映ったのは、領邦軍が率いる歩兵部隊と機甲兵部隊。彼らに与する猟兵団。
そして逃げ惑うケルディックの住民達。たったのそれだけだった。
戦場ではなかったのだ。破壊の限りを尽くす領邦軍に抗える人間などいなかった。
私達の目の前で―――ケルディックは、単なる蹂躙の場と化していた。
「気持ちは分かるけど、被害状況はみんなにも確認して貰ったし、私とガイウスはその場に居合わせた。全部、事実だよ」
「っ・・・・・・!!」
ベッキーは憤りと悲壮に満ちた形相で私を睨み付けた後、勢いよく立ち上がる。
無言で大会議室を出て行く彼女に、行先を問う必要は無かった。止める事もできなかった。
ベッキーの背中が扉の向こう側へ消えると同時に、彼女と親しい間柄であるヒューゴが言った。
「そっとしておいてやってくれないか。後でフォローはしておくよ。今のあいつには、時間が必要なんだと思う」
「うん・・・・・・そうだね」
「それでさっきの話だけど、今現在はどうなんだ?被害は相当な物だったんだろ?」
ヒューゴの問い掛けに、代わってリィンが答える。
「とりわけ家屋の被害は甚大だったみたいだ。こんな状況下だし、復興まで時間は掛かると思うけど・・・・・・犠牲者が出なかっただけでも、幸いだったと考えるべきなのかもしれないな」
昨日の一件による負傷者数は計7人。私が見る限り、いずれも軽傷だった。
犠牲者が出なかったのは、偏にエステルらとパテルマテルのおかげだろう。
エステルとヨシュアは冷静に住民の保護へ当たり、私達も指示に従い退路の確保に努めた。
何よりパテルマテルによる機甲兵部隊の制圧は、領邦軍を『蹂躙される側』へと追い込んだ。
想像はしていたのだが、あの騎神をも凌駕する圧倒的な力は、単身でその場を支配してしまった。
その後は第4機甲師団、鉄道憲兵隊が駆け付けた事もあり、領邦軍は撤退の一手に走った。
現在は戦力の大部分をバリアハート方面まで退かせ、強固な防衛線を張っている。
一方の私達は無用な混乱を招く前に、パテルマテルが敵ではない旨を周囲に伝えた。
クレイグ中将やクレア大尉は訝しみながらも、北へ姿をくらましたパテルマテルについて、言及しようとはしなかった。
リィンが言ったように、寧ろ今回大きな損害を被ったのは、木造建ての建築物。
機甲兵部隊によって半壊、或いは猟兵に燃やし尽くされた被害住宅は16件。
大市の屋台等を含めれば、件数は倍に跳ね上がる。負傷者も火災による火傷が目立っていた。
「焼き討ちは猟兵共の仕業でしょうね。火薬の匂いが残っていたわ。連中の十八番よ」
「で、でも何の為にあんな酷い真似をっ・・・・・・!?」
アリサの悲痛な問い掛けに、サラ教官の、皆の視線が1人の男子生徒へと向いた。
視線を一手に注がれたユーシスは、腕を組み瞼を閉じながら、静かに押し黙っていた。
領邦軍にはそれぞれが属する州を示す色が割り振られている。
ケルディックを襲撃した兵士らは、誰もが青色を基調とした装備品を身に付けていた。
青が意味するところは、クロイツェン。ラマールでもノルティアでもない。
今回の襲撃は、ユーシスが一時統率していた、クロイツェン州領邦軍による物だった。
本来は領民を護る立場である筈の兵士らが、領民に銃を向け、領地を焼き払っていたのだ。
そしてケルディックには今、負傷した2人の兵士が保護されている。
軽度ながらも傷を負い、パテルマテルにより破壊された機甲兵から逃げ遅れた兵士だった。
正規軍の尋問を受けた兵士は、「命令に従っただけ」という返答を繰り返すばかり。
素直に受け取るなら、上官の命令に背く事ができなかった、という弁明なのだろう。
クロイツェン領邦軍の最高指揮官。すなわちヘルムート・アルバレア公爵閣下。
誰も触れる事ができないでいた。ポーラでさえも、言葉を選びかねていた。
そして―――私も、言い出せないでいた。
こんな状況下で、身勝手な行動を取ってしまっていいものなのだろうか。
私の決断は、仲間に対する不義理に当たるのではないだろうか。10月28日とは訳が違う。
「みんな、聞いてくれ。話は変わるが、俺とアヤから頼みがある」
言い淀む私の心境を察したのか、先んじてガイウスが切り出してしまった。
「が、ガイウス」
「迷わないでくれ。これはアヤだけじゃない、俺の問題でもあるんだ」
ガイウスはその先を敢えて語ろうとはしなかった。
そうだ。これは2人の意志であり、私自身が選んだ選択肢でもある。
それに私達には、時間が無い。クロスベルにもランにも、残された時間は余りにも少ない。
こんな時に足踏みをしている場合ではないのだ。言い聞かせるように、私は言った。
「私は・・・・・・私とガイウスは、ランを連れて一度、艦を降りる。降りてから、クロスベルに行こうと思ってる」
唐突な私の申し出に、皆が異なる反応を示し出す。
ランを知らない人間達は、一様に戸惑いや困惑を。
知る人間達も一時同じ色を浮かべた後、それは悲哀へと変わっていった。
「アヤさん、その・・・・・・ラン様は、もう」
「うん。もう永くない。だから行くんだよ、エマ」
私は皆に、ランが抱える物について明かしてはいない。クロスベルの件だってそう。
ただ前者については、ある程度の察しが付いているのだろう。ここ3日間の件だってある。
それにエマとセリーヌは、全てを知る立場にある。彼女達から聞かされていたのかもしれない。
「危険なのは分かってるけど、無策って訳じゃないよ。協力してくれる仲間もいるし・・・・・・だからお願い、みんな。私は行かなきゃいけないんだ」
私が切り出したことで、一層場の雰囲気が入り乱れて行く。
唯でさえ重々しかった空気が、益々発言し辛いそれへと変わる。
どれぐらいそうしていただろうか。
誰もがお互いの胸中や表情を窺いながら、一向に口を開こうとしない。
普段は意見が飛び交う大会議室は静寂に包まれ、時間だけが流れ過ぎていった。
「・・・・・・訊きたい事がある」
やがて口火を切ったのは、これまで沈黙を決め込んでいたユーシスだった。
ユーシスは私の左隣に座りながら、真っ直ぐに私の目を見詰めていた。
迷いや葛藤は感じられるのに、後ろ向きな感情は一切無い。不思議な目だった。
「何かな、ユーシス」
「単純な話だ。お前は何の為に、クロスベルへ向かうつもりだ」
「何の為にって、それは―――」
―――どういう訳か、言葉が続かなかった。
答えが見つからない訳ではない。多過ぎたからだ。
そのどれもが当たり前の動機のように思える一方で、的を得ていないようにも感じてしまう。
「・・・・・・あはは」
返答に詰まる自分の姿が滑稽で、思わず笑みが零れてしまった。
明確な答えを持ち合わせていないというのに、私はクロスベル入りを告げたという事だろうか。
何の為に、私はクロスベルへ向かうのか。
ランの為、故郷の為に。特務支援課、キーアちゃん。エステルとヨシュア。
挙げようと思えば切りが無いが、一言で「ランの為に」と言っても、それが意味する物は何だ。
そもそもランがいなかったら、私はこの場に立っていない。
ランがこの4ヶ月間に込めた願いに、私は応える事ができるだろうか。
最期を見届ける為だと言うのなら、それはこの国の現状よりも優先される事柄なのだろうか。
分からない。思考が堂々巡りを始め、明確な答えを見い出せない。
というより、選び取る事ができないでいた。それなら―――全部だ。
「私が、アヤだから」
「・・・・・・何だと?」
「ここで退いたら、私じゃない。私がアヤでいられる為に・・・・・・私がアヤ・ウォーゼルだから、ランと一緒にクロスベルに行く。それだけだよ」
敢えて一言で言い表すなら、それ以外に思い浮かばなかった。
ひどく曖昧で抽象的な表現が、今の私にとっての、精一杯の答えだった。
「・・・・・・フン。そうか」
私の答えに何を思ったのか、ユーシスは小さく鼻で笑った後、静かに立ち上がる。
すると会議室に居合わせた者達の顔を一通り見回してから、淀み無く言い切った。
「皆に頼みがある。父上に、アルバレア公にこれ以上の愚行を許す訳にはいかん。息子である俺の手で、アルバレア公を拘束するっ・・・・・・どうか、協力して貰えないだろうか」
そう言ってユーシスは、私達に『頭を下げた』。
初めて目の当たりにしたユーシスらしからぬその姿が、とても彼らしく、誇り高く映った。
私に続く突飛な申し出に対し、マキアスが眼鏡の位置を直しながら答える。
「・・・・・・思い付きで言っている訳ではなさそうだな」
「当然だ。お前達も見ただろう、ケルディックの惨状を。戦時法は勿論、国際条約に反する非道な蛮行だ。父上が次なる凶行へ走る前に、誰かが止めねばならん」
考えるまでもなく、今回の襲撃は数ある戦時法に背く非人道的な行為だ。
破壊活動は勿論の事、その目的が余りにも道から外れ過ぎている。
襲撃は正規軍が駐留する現状を受け入れたケルディックの住民、彼らに対する『見せしめ』。
たったそれだけの為に、アルバレア公は領邦軍を使って領地を焼いたのだ。
全ての元凶はユーシスのお父さんであり、公爵閣下の独断行動。
先刻にあのルーファスさん直々にカレイジャスへ通信が入り、その旨を告げられたばかりだった。
曰く、今回の件に貴族連合は一切関与しておらず、今後も干渉は断ち切る。
貴族連合という後ろ盾を失った今が、公爵閣下を止める最大の機会でもあった。
「だからお前も、成すべき事を成すがいい」
「え?」
ユーシスは私へ向き直り、続けた。
「俺はユーシス・アルバレアとして此度の一件を受け止め、俺自身の意志で父上に剣を向ける。そしてお前にも、譲れない物があるのだろう」
「・・・・・・うん」
「ならばお互いに、その意志を貫くしかあるまい。俺が知るアヤ・ウォーゼルは、絶対に曲げたりはしないと思っていたが・・・・・・違ったか?」
そう言って、ユーシスは私に右拳を差し出してくる。
こういった真似は男性同士がする事だろうに。そう感じつつも、私はその拳をコツンと叩いた。
以前のユーシスなら1人で抱え込んで、塞ぎ込んでいたのかもしれない。
でも彼は変わった。私とポーラが差し伸べた手を、ユーシスは迷いの果てに握ってくれた。
それに彼はランベルト先輩との別れ際に、「お互いに答えを見つけよう」と誓い合った身だ。
あの約束が、今のユーシスの根底にある。答えが見つかるまで、立ち止まったりはしない筈だ。
「もう、決心したんだな。2人とも」
するとリィンが、アリサが私達の背中を押してくれた。
「私達には、それぞれ集まった『理由』がある。母様やRF社も、みんなのおかげで取り戻すことができた・・・・・・だから次は私の番。アヤとユーシスの為に、私は何だってするわ」
アリサの言葉に呼応するように、皆が次々に同様の反応を示し出す。
「その代わりに」と皆の声に被せたのは、トワ会長とサラ教官。
2人は真剣な面持ちで私、そしてガイウスの顔を交互に見詰めた後、笑いながら言った。
「アヤさんにガイウス君。必ず無事に帰って来るって、約束して。それが条件。約束を守ってくれるなら、私達は喜んで2人を見送るよ」
「行って来なさい。正規軍への言い訳は、あたしが考えておいてあげるわ」
「トワ会長、サラ教官・・・・・・ありがとうございます」
12月24日、午前10時半。
様々な思惑が錯綜する中、皆に後押しされる形で、私達のクロスベル入りが決定した。
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会議室を後にした私とガイウスは、カレイジャスの機器を使ってエステルらと通信を試みた。
3人は念の為にと、パテルマテルと共にヴェスティア大森林南部に身を隠していた。
話し合った結果、私達は正午にエステルらと合流する手筈となった。
まだ時間が残されていた事もあり、私達は地上に降りてから、オットー元締め宅を訪ねていた。
元締めは昨日の騒動による負傷者の1人で、軽度ながら額を切ってしまっていた。
「痛たた・・・・・・モリゼーや、もう少し優しく巻いてくれんかの」
「これぐらいがちょうどいいの。おじいちゃんはすぐに無理をするんだから」
2階には元締めの額に包帯を巻くモリゼーさんと、付き添いに来ていたロジーヌの姿があった。
この2人も襲撃に巻き込まれていたのだが、幸いにも無傷。
昨日から火災の鎮火や負傷者の手当てに尽力していたこともあり、表情からは疲労の程が窺えた。
「元締め、街の方はどんな様子ですか?」
ガイウスが元締めに問うと、元締めは額を押さえながら答える。
「見ての通りじゃよ。大事に至った者はいないし、焼けてしまった建物は再建すればよいのじゃが・・・・・・心の傷はすぐには癒えん。時間が掛かるじゃろうな」
「・・・・・・そうですか」
「何、おぬしらが気に病む必要は無い。詮索するような真似はせんが、あの巨大な機甲兵に乗っておった者達にも、宜しく伝えておいて貰えんかの」
「分かりました。伝えておきますね」
最後の火の手が鎮まったのが、昨晩の午後21時頃の事。
私達は翌日の24日、早朝にカレイジャスと合流していた。
元締めが言ったように、街中には鬱々とした空気が流れていた。
無理も無いのだろう。何の罪も無い人間達が暮らす街が、一夜にして焼き尽くされたのだ。
受け入れるには、途方も無い時間を要する。目に見えない傷の方が深いに違いない。
一方で、街中には今も精力的に動く人間もいた。
カリンカにリリ、アリスさんら3人。ドロシーさんとナイアルさん。
とりわけ男勝りのレイアは、焼け焦げた瓦礫を台車に乗せ、そこやかしこを今も走り回っている。
それぞれに尽くしてくれた街の為に、恩返しがしたい。皆口々にそう語っていた。
出身をはじめとした何もかもが異なる人間達が、同じ想いを胸に秘め、額に汗を浮かべていた。
「私もこちらが落ち着いたら、カレイジャスへ乗艦しようと思っています」
「ロジーヌ・・・・・・でも、いいの?」
「勿論ですよ。私には、士官候補生としての立場もありますから。二度とこのような悲劇を生み出さない為にも、私にしかできない形で、何か力になりたいんです」
昨日の一件で、彼女にも何か思うところがあったのだろう。
ともあれ、仲間が増えるというなら喜ばしい事この上無い。心強い限りだ。
ロジーヌと手を取り合っていると、階段を上る足音が背後から聞こえて来る。
足音は1つではなく2つ。声も2人分聞こえていた。
「こんな所にいたのね。間に合ってよかったわ」
「サラ教官。それに・・・・・・トマス、教官?」
振り返ると、小さな包みを片手に抱えたサラ教官と、その後ろにはトマス教官が立っていた。
サラ教官は私とガイウスを探していたようで、包みをガイウスに手渡してから言った。
「教官、これは?」
「見れば分かるわよ。私からの差し入れ。あの2人に渡してあげなさい」
「これは・・・・・・分かりました。渡しておきます」
ガイウスはそう答えながら包みを受け取った。
『あの2人』がエステルとヨシュアを指していることは、すぐに察せられた。
中身の方も気にはなるが、それは後で見せて貰うとしよう。
「その、トマス教官はどうしてこちらに?」
「いやあ、お二人が遠出をするって耳にしたものですから。お見送りをと思いまして、駆け付けた次第です」
トマス教官は普段と変わらない飄々とした雰囲気で、後ろ頭を掻きながら答える。
私の右肩にいたランに視線を移すと、ランは目を背けてしまった。
何の変哲も無い、変わった様子は少しも見受けられない会話だった。
それでも私は、何かを勘繰ってしまう。少なくとも―――この人は『知っている』。
ランが以前に言っていた『僅かな人間達』。ロジーヌとトマス教官は、知る側の人間なのだ。
「あの・・・・・・トマス教官。1つ、訊いてもいいですか」
「何ですかぁ?」
『察するにロジーヌの言動は、何者かによる指示の下で選ばれている』。
今にして思えば、この街でロジーヌと再会を果たしたあの時の推察に、間違いは無かった。
何者かは今、私の眼前にいるのだ。緩み切った笑みの裏に、何かがある。
そして私が知る人間同士を繋ぐ共通点の先に、その答えがある筈だ。
「もしかして、ですけど。トマス教官は―――」
―――パチンッ。
指が鳴ったその刹那。視界が暗転し、立ち眩みのような感覚に陥る。
すると周囲の風景が、瞬時にして様変わりしていた。
「・・・・・・何、これ」
何も無かった。私を囲むように、『無』が有るだけ。
呼吸はできるが、空気が無い。寒暖すら正確に認識できない。
そして光が無いというのに、目の前にいる人間はしっかりと視認できた。
先程まで傍らにいたガイウスの姿は無く、サラ教官に元締め、モリゼーさんもいない。
私を含めて、3人だけ。3人とランだけが、漆黒の世界に立っていた。
「と、トマス教官、これって・・・・・・ろ、ロジーヌまで?」
「先に言っておきますよ、アヤ君。君に話す事は何も無い。これが最初で最後です」
私の声を意に介すことなく、トマス教官が告げた。
ロジーヌは僅かな戸惑いの色を浮かべたが、結局何も口には出さなかった。
「それ、どういう意味ですか?」
「そのままの意味ですよ。かつて君という人間程、聖獣と接近した人間は存在しない。大変に興味深いところではありますが・・・・・・君がどう動こうが、我々の管轄外ですから」
思わせ振りな言動に、意味深な言葉選び。
その態度に、似ても似つかないブルブランを連想させた。
応えるように、意識せずともこちらの口調も語気が強まってしまう。
「話す事が無い割には、随分と口数が多いですね」
「性分でしてね。周囲からいつも咎められます」
私の胸中を察したのか、ロジーヌが困惑しながら口を挟んだ。
「副長、そんな言い方は・・・・・・アヤさん、分かって下さい。私達は敵ではありません」
「分かってるよ、ロジーヌ。漸く合点がいった」
とどのつまり、私の推察はまたしても勘違いではなかった。
ケビンさんとワジ君。トマス教官も、同じ側に立つ人間だったという事だ。
そしてロジーヌはおそらく、リースさんやアッバスさんと。
ランの正体に辿り着く事ができたのは、私が知らない世界に生きる人間だったから。
どうしてそんな2人が、士官学院に身を置いているのか。
そこまでは知る由が無い一方で、敵ではないということはよく理解できた。
「いずれにせよ、教官と学生という立場に変わりはありません。クロスベル方面の動きも耳に入っています。どうか無事に帰還する事を、空の女神に祈らせて頂きますよ」
「ありがとうございます。なら、早く元に戻して下さい。ランが苦しんでいます」
「え・・・・・・ふ、副長?」
私が知る限り、この2人は古代遺物や至宝に深く関わる人間達だ。
そんな人間が生み出した空間に居るというだけで、古の盟約はランを一際強く縛り付ける。
リンクを介さずとも、その苦しみは手に取るように窺い知る事ができた。
「おっと、これは失礼」
再びトマス教官が指を鳴らすと、突然身体が軽くなる。
急に夢から覚めたかのような錯覚を覚え、思わず身体がよろけてしまった。
「ん。アヤ、どうした?」
「・・・・・・ごめん。大丈夫だから」
私は身体を起こした後、簡単な挨拶を置いて、元締め宅を後にした。
トマス教官は満面の笑みを以って、私達を見送った。