絢の軌跡Ⅱ   作:ゆーゆ

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12月24日 絆が紡ぐ道②

地上から5000アージュ上空の世界。

眼下には西へ緩やかな速度で流れて行く雲が広がり、地上の半分程度を覆っていた。

人間が長期間生活できる限界高度と呼ばれる、境目の領域。それが上空5000アージュ。

そんな環境下にいながらも、私達は息一つ乱すことなく、上空からの絶景を満喫していた。

 

「前にも言ったけど、飛行船と同じで一種のフィールドが展開しているの。落っこちたりしない限りは安全だから、リラックスしてくれて大丈夫よ」

「ハハ、まあ落下してもすぐにパテルマテルが拾ってくれるさ」

「えっ。ヨシュア、落ちた事あるの?」

「これも前に言ったけど、誰かさんの寝相がすごく悪いんだ」

「うっさいわね」

 

現時刻は午後の14時。

エステルらと合流した私達はパテルマテルの背に乗り、遥か上空を東の方角へ向かっていた。

 

私とガイウスは解放作戦への参戦を決意したものの、何も知らされてはいなかった。

いつ何処で、何をすればいいのか。合流を果たした直後に、私達はその詳細を聞かされた。

取り急ぎの目的地は、あのガレリア要塞の跡地。帝国における東端の砦だった。

 

「ケビンさんから?」

「クロスベル市の結界が解かれたら、ケビンさんの飛行船から通信が入る手筈になっているんだ。その際に解放作戦の段取りも決めるって流れだね」

「作戦の決行は、結界が解かれてから48時間以内って話になっているのよ。それ以上時間が掛かるとどんな手を打たれるか分からないし、急いても事は上手く運ばないしね」

「ふーん。じゃあ、ガレリア要塞に向かう理由は?」

 

ガレリア要塞を目的地とする理由は複数あった。

 

1つ目は通信範囲。ケビンさんが乗るメルカバは、クロスベル上空を巡航している。

通信を繋げるにはある程度接近しなければならず、ガレリア要塞がその境界に位置していた。

パテルマテルがある以上人目を避ける必要もあり、無人と化した要塞の跡地は好都合だった。

 

2つ目は神機アイオーン。

アイオーンは兄弟機、同じゴルディアス級の接近を敏感に察知することができるそうだ。

中でも空域制圧に特化した1体は音速を超えた空戦機動が可能で、気付かれれば余りにも厄介。

パテルマテルと行動を共にするには、おいそれとクロスベル州内に立ち入る訳にはいかない。

 

そしてクロスベル市の結界の有無を認識でき、迅速に作戦行動へ移れる距離。

その他の条件も含め総合的に勘案した結果、要塞の跡地を拠点とするのが最善策だった。

 

「成程な。だがあの要塞は、完全に跡地と化したと聞いているが・・・・・・拠点として使えるのか?」

「そうは言っても、以前はこの国の軍事要塞だった場所よね?何かしらの物資は残っていると思うし、何とかなると思うわよ。ほら、食糧だって積んでるし」

「・・・・・・お前達は、アヤを知らないんだな」

「「?」」

 

そこじゃないだろうと思いつつ、深刻な問題のようにも思えてくる。

今は後回しにすべき案件だし、解放作戦の流れは大方理解できた。

 

ガレリア要塞に留まりながら、クロスベル市を覆う結界の動向に注視する。

結界が解かれたらケビンさんと通信を試み、作戦行動の内容を詰める。

敵が新たな動きを取る前、48時間以内に、解放作戦を決行する。

いずれにせよ全ては結界が消滅してからだ。それまでの間は、ロイド達を信じて待つしかない。

 

ちなみに要塞の演習場に詰める正規軍には、サラ教官から一報が入っている。

内容は至って単純で、『導力波レーダーが未確認の機影を捉えても気にするな』。

ケルディックで暴れ回った件についても、教官がその場凌ぎ言い訳を並べてくれていた。

 

「それにしても・・・・・・アヤさん。今更だけど、見違えたね」

「え?」

「こうして向き合っているだけで分かるよ。腕を上げた、って言えばいいのかな」

「あはは。まあ、あれから色々あったから」

 

絢爛の刃と、物にしつつある真・月光翼。そして4日前に垣間見た、私だけの流派と剣技。

単純な戦闘能力で言えば、今の私は以前とは比較にならない。

短時間の純粋な立ち合いに限るなら、同窓の誰にも負ける気がしなかった。

 

「でもそれを言うなら、ガイウス君だってそうじゃない?」

「俺が?」

「二皮ぐらい剥けたんじゃないかしら。ヨシュアじゃないけど、あたしにも分かるわよ」

 

エステルの評価に、ヨシュアが同意を示し出す。

彼女との出会いをキッカケにして、ガイウスの槍術は飛躍的に向上した。

お義父さんから一本取ったという事実だけでも、私にとっては驚愕だった。

 

だがエステルが言う程、変わったのだろうか。そう感じてしまう自分もいた。

いつも一緒に行動していた分、変化の程を理解できていないのか。或いは過大評価なのか。

首を傾げていると、考え込むような仕草を見せていたガイウスが、エステルに言った。

 

「エステル。折り入って相談がある」

「相談?あたしに?」

「ああ。今は言えないが・・・・・・後で時間をくれないか。2人で話がしたい」

「え、ええ。いいわよ、モチのロン」

 

2人で話がしたい。2人で話がしたい。2人で話がしたい。

エステルと2人っきりで、話がしたい。

エステルと、2人っきりで―――したい。

 

「ねえヨシュア、私も相談があるんだ」

「絶対に無いでしょ。落ち着きなよ」

「じゃあラン!ランでもいいから!」

「お姉さんが呼んでるわよ、ラン」

『放っておけ』

 

そんな他愛も無いやり取りをする一方で、眼下にはガレリア要塞が見え始めていた。

 

________________________________

 

ガレリア要塞に降り立った私達は、手始めに物資の捜索と拠点の構築に当たった。

アイオーンにより壊滅してしまった要塞だ。当然もぬけの殻で、人の気配は皆無だった。

 

一方でエステルが言ったように、要塞内には様々な物資が残されていた。

ブランケットやタオルは勿論、長期保存が可能な保存食の類を数多く見つける事ができた。

更には導力式の照明やヒーター、テーブルコンロに湯沸かし器の数々。

パテルマテルに繋がれたマルチケーブルは、その全ての使用を可能にした。

パテルマテルが形成するフィールドがあれば、雨風だって凌ぐ事ができる。

ベースキャンプと呼ぶには贅沢が過ぎる立派な拠点が、たったの2時間足らずで完成していた。

 

そして現時刻は午後15時半。あと1時間もすれば、冬空が幻想的な色合いを帯び始める時間帯。

私とガイウスはサラ教官から手渡された贈り物について、2人に説明していた。

 

「ARCUS?」

「ああ。俺達《Ⅶ組》が使うオリジナルとは幾何か異なるが、基本的な性能は一緒だ」

「量産型ARCUSっていってね。士官学院で試用中の、次世代式の戦術オーブメントなんだ」

 

私達のオリジナルと《Ⅶ組》以外が所有する量産型の違いは、何よりその汎用性にある。

ARCUS適正値が低い人間でも、戦術リンク機能を活用する事ができるという点がその1つ。

同時に『使用者の素質に合わせたオーダーメイド品』という概念が存在しない。

その分スロットのライン配列に個性は無くなるが、使用者を選ばないというメリットがあった。

 

サラ教官は2つの量産型に加え、複数のクオーツを用意してくれていた。

クオーツは教官の私物なのだろう。私達でも目にした事がない物も数多くあった。

エステルとヨシュアは複数のパターンでクオーツをセットし、効果の程を検証していた。

 

「うん・・・・・・使えるアーツは少ないけど、かなり実戦的というか、近代的な作りだね」

「こ、こんな代物を学校で試験導入しちゃうのね。流石は大陸一の軍事大国だわ」

「そうなのか?俺は与えられた物を使っていた程度の感覚だったが・・・・・・」

「あはは。まあ戦術オーブメント自体すごく高価だし、2人の反応の方が自然なんだと思うよ」

 

ヨシュアが言ったように、ARCUSは軍事活動上での運用を大前提に開発された次世代型。

導力兵器が飛び交う戦場においては、使用者の身体能力向上が何よりも優先される。

トヴァルさんはその次世代型を自前で改造して使い込んでいたが、あの人は例外中の例外だ。

 

それにARCUSの力はこんな物じゃない。集団戦でこそ真価を発揮する機能がある。

ともあれ、今すぐに試す必要は無い。この2人ならすぐに使いこなせる筈だ。

 

「エステル。道中に言ったことを、覚えているか」

 

2人の姿を眺めていると、ガイウスがやや強張った声で切り出した。

手元のクオーツに視線を落としていたエステルは、間を置かずにガイウスへ答える。

 

「確か、相談事があるって言ってたっけ。それの事?」

「出来るだけ陽のあるうちに済ませておきたい。その・・・・・・構わないか?」

 

若干気まずそうなガイウスの目が、私に問い掛けてくる。

私に聞いても仕方ないだろうと感じつつ、先程の自分の反応を考えれば無理も無い態度だった。

私は意識して棘を取り払った声で言った。

 

「私は別にいいってば。でも陽が落ちる前に戻って来てよね」

「ああ、分かってる。エステル、ついて来てくれ」

 

ガイウスが腰を上げると、エステルはARCUSをヨシュアへ預け、ガイウスに続いた。

向かった先は要塞跡地の北部。要塞の北に位置する演習場へと繋がる道の方角だった。

2人の背中を見詰めていると、ヨシュアが小さく笑いながら言った。

 

「さっきはあんなに取り乱していたのに、随分あっさりと見送ったね」

「あはは。まあ、何となく想像は付くから。私がとやかく言うことじゃないよ」

 

勿論確信は無いが、私の予想はおそらく間違っていない。

彼の本意が何処にあるのか。その答えもすぐに分かる。彼女もきっと応えてくれる。

私が口出しをする事ではないし、今は何も言わずに見送ってあげるしかない。

 

「さてと。私は東側の屋内を見て回ってくるよ。使える物がまだ残ってるかもしれないしね」

 

本音を言えば、もっと多くの食糧を確保しておきたいだけの話だったりする。

ヨシュアが「当面は持ちそうだね」と言った時、思わず言葉に詰まってしまっていた。

とはいえ皆に迷惑を掛ける訳にはいかない。せめて自分の分は、自分で。

 

「レン、アヤさんと一緒に行ってきなよ」

「え?」

「僅かに魔獣の気配を感じるし、1人じゃ危険だからね。通信が入るかもしれないから、僕はここで待機しているよ」

 

私が立ち上がると、ヨシュアがパテルマテルを見上げて言った。

すると巨体の肩に座っていた少女の身体が、ストンと軽やかな音を立てて地面に降り立った。

猫さながらの身軽な振る舞いに、改めて彼女の異質さを感じてしまった。

 

「レンは別に構わないわよ。ラン、あなたも来る?」

『私も残るとしよう。今は単独行動を控えるべきであろうからな』

 

レンちゃんの肩から飛び立ったランは、ヨシュアの傍らで羽を休め始める。

本当に不思議な子だ。ランがこうも心を許した人間は、今まで1人もいなかった。

この際だ、色々な話をしてみよう。彼女を知るいいキッカケになるに違いない。

 

__________________________________

 

ガレリア要塞と演習場は、舗装された広大な道路で繋がっている。

戦車や装甲車が行き来をする分、造りはしっかりしており、他の街道とは違った趣があった。

 

「『自由への風』ねえ。オリビエらしいネーミングセンスだわ」

 

エステルとガイウスは、帝国時報のとある報道記事について触れていた。

ここ数日は、ログナー侯の中立宣言という大きな状勢の変化が、連日取沙汰されている。

そんな中で、『自由への風』を名乗る集団に関する小さな記事が、一面の片隅にあった。

 

「俺達も詳細は知らされていないが、記事として取り上げられるぐらいだ。貴族連合としても、無視できない程の影響力があるんじゃないか?」

 

記事によれば、同集団は中立を謳い、民間人の救出や保護を行っているとされていた。

だが目的や所属は謎に包まれており、貴族連合側も詳細は掴めていない。

悪質な犯罪集団の可能性もあるとして、注意喚起を呼び掛ける文面で記事は締め括られていた。

 

「そっか。でもミュラーさんが一緒なら、少しは安心できるわね」

「トヴァルさんをはじめとした協力者もいるからな」

「ええ、そうね・・・・・・それで、ガイウス君。そろそろ聞かせてくれない?」

 

エステルの声で、ガイウスの足が止まった。エステルもそれに続いた。

広々とした道路のど真ん中に、長物を背負う2人だけの姿があった。

ガイウスはエステルに背を向けたままの状態で、訊いた。

 

「エステル。遊撃士の先輩である君の目から見て、アヤをどう思う」

「どうって、それどういう意味?」

「そのままの意味だ。聞かせてくれないか」

 

エステルは頭上を仰ぎ、暫し考えるような素振りを見せる。

付き合いは短くとも、返答に時間は掛からなかった。

 

「きっと優秀な遊撃士になると思うわよ。あのアリオスさんが認めたぐらいだしね。経験さえ積めば、あっという間に追い付かれそう」

「・・・・・・そうか」

 

執行者の毒牙にかかり、片側の世界を失おうとも、歩みを止めようとしない。

推し量れない物を背負いながらも前を向くアヤを、エステルは同世代の女性として尊敬していた。

『追い抜く』ではなく『追い付く』を使ったのは、エステルなりのプライドから。

それさえ除けば、彼女はアヤを遊撃士として、自らと肩を並べる人間として捉えていた。

 

「俺も同感だ。近い将来、アヤは立派な遊撃士になる。だから俺達は・・・・・・お互いに、異なる道を進む事になる。一時離れなければならないんだ」

「異なる、道?」

「俺はノルドで生きる人間だ。父さんに代わり一族を導き、皆を守る使命がある。先の事は分からないが、行く行くはな。アヤと何度か話していた事だ」

 

その決意は、エステルらがアヤを訪ねた前日に確かめ合っていた。

 

こんな時代だからこそ、ノルドの民は1つになる必要がある。それがガイウスの意志。

外の世界に惑わされず、確固たる立ち位置を築く為に、各地で暮らす一族達と手を取り合う。

その為に、強くなる。父親を超える戦士になる為に強くなる。

故郷に身を隠している間、ガイウスは毎日のようにラカンへ挑み続けていた。

 

一方のアヤは、遊撃士という夢を叶える為に。

当初はレグラムでトヴァルに師事すると考えていたが、今となっては状況が違う。

それでも、夢は捨てていない。寧ろその意志はより固く、揺るぎない物になりつつあった。

 

ガイウスは父の、アヤは母の背中を追い求める為に、お互いに離れなければならない。

そうファトマに打ち明けたのが、エステルらと出会う前日、9月11日の出来事だった。

 

「そう、だったんだ」

 

エステルは当然のように、ヨシュアと同じ道を歩み続けている。

傍らにはいつだってヨシュアがいた。当たり前に在った、過去から続く満ち足りた日々。

 

想像しただけで、エステルは胸の奥に痛みを覚えた。

今生の別れという訳ではないのだろう。1年か5年か、どれぐらい時間が掛かるかは分からない。

しかし想い人と離れ離れになるという事実に、違いは無いのだ。

 

「だが俺が思っている以上に、『その時』は近いのかもしれないな」

「・・・・・・まあ、こんな状況だもんね」

「ああ。だからエステル、頼みがある。俺と立ち合って欲しい」

 

ガイウスはそう言って振り向くと同時に―――槍の石突を、エステルに向けた。

何の前触れも無く、ガイウスの右手には得物である十字槍が握られていた。

 

エステルは半ば呆気に取られていた。が、それも一瞬の事。

得物を向けられるという事態に、武人としての本能を以って、エステルは戦棒を構えていた。

 

「ねえガイウス君。『だから』の意味がサッパリ分からないわよ」

「すまないな。俺にも理解はできていない。でも俺は、君と仕合いたいと感じている」

「・・・・・・そう」

 

エステルは自身に向けられている、十字槍の石突を見詰めた。

寸分違わずに、視線と重ねられた槍の柄。身の丈以上ある筈の槍が、点にしか見えない。

 

「お見事。あたしが教えた型、物にしてくれたんだ。構えも堂に入っているわ」

 

『笠の下』。間合いを惑わす為に編み出された、棒術の型の1つ。

かつてエステルがガイウスへ指南した技の数々は、しっかりと彼の力になっていた。

 

「そう言って貰えると、鍛錬を積んだ甲斐がある・・・・・・この型だけじゃない。君が見せてくれた術技を、俺はずっと磨き続けてきた。今更だが、礼を言わせてくれ」

「ガイウス君・・・・・・」

 

エステルは考える。何がガイウスを突き動かしているのか。

 

父を超える為に。そもそも何故父親を超えようとするのか。

故郷を守る為に。ノルドはアヤの故郷でもある。

彼女を守る為に。男性としては当たり前の本能だ。

1人でも歩いて行ける事を示す為に。その意思表明。

それとも男性としてのプライドがあるのか。おそらくアヤの腕前は、彼の上をいっている。

 

思い付く限りの動機を挙げ、その先に在るのは―――強くなりたいという、唯一点の願い。

答えは1つではないのだろう。彼は純粋に力を欲している。

自分と大切な女性の未来を想い、故郷を想い、ひたすらに積み重ねてきた物がある。

 

その試しとして自分を選んでくれたというのなら、応えるしかない。

素直にそう思える一方で―――エステルにも、決して譲れない物があった。

 

「・・・・・・はあぁっ!!」

 

麒麟功。瞬時にして練り上げられた気流が、エステルの身体に満ちて行く。

父親には遠く及ばなくとも、一流の使い手と同格と言っていい域に立つ武人の気当たり。

ガイウスの表情を変えるには、十分過ぎる程の威圧感を放っていた。

 

「・・・・・・凄まじいな。想像以上だ」

「お望み通り、受けて立つわよ。でもやるからには、あたしも負ける訳にはいかないの」

 

カシウス・ブライトには、棒術の指南を受けた男性がいた。

しかし源流には八葉一刀流があり、東方の流派を組む技術体系があった。

無にして螺旋という理と気功術、独自の術技。言わば『ブライト流棒術』。

 

そして御多分に漏れず、流派には込められた信念がある。

人を斬る剣術ではなく、護る為に選び取った棒術へ乗せた、父の想い。

前向きな感情だけではなかった。伴侶を失い、剣を捨てたという負い目もそう。

 

エステルにとっては、力以上に大きな意味合いがある。

父から授かった棒術を揮う以上、後れを取る訳にはいかない。

遊撃士として以上に、武の道を歩む人間として、1つの流派を背負う人間として―――絶対に。

 

「ありがとう、エステル。それでいい」

 

裂帛の気合いを発するエステルを目の当たりにしたガイウスは、臆する事無く、笑っていた。

 

「ガイウス君こそ、少しでも手を抜いたらぶん殴るわよ」

「ああ。こちらも遠慮はしない」

 

刹那。ガイウスの槍が、明確な色を纏い始める。

リィンの剣に、焔が集うように。

ラウラの剣が、光輝くように。

アヤはシャンファ流の果てに、絢爛の刃を顕現するに至った。

 

「・・・・・・綺麗ね。とっても綺麗」

 

故郷の大地を在りのままに表す、淡い翡翠色。悠久の風。

それがガイウスの十字槍が、彼の槍だけに宿った、剣気の色だった。

 

ガイウスがその領域へ辿り着いたのは、数日前。

アヤの左目が光を失った時、ガイウスは大いに嘆き苦しみ、何より自分自身を憎んだ。

己の弱さと不甲斐無さに失望し、憤りを覚えずにはいられなかった。

一方のアヤは、何も変わらなかった。彼女の右目は、光に溢れていた。

その姿を見て―――人知れず、ガイウスは一線を越えた。

 

その夜に、ガイウスは誓いを立てていた。

アヤの全てを受け止めようと。何があっても彼女を抱き留めようと。

かつて蒼穹の大地がアヤを癒し、彼女を縛る呪いを解き放ったように。

アヤの行く末を見届け、彼女の故郷を守りながら、待ち続ける。

 

「俺は・・・・・・俺の信念と父さんの槍を賭して、守ると誓った。エステル、応えてくれ!」

「モチのロンよ、ギタギタのパーにしてあげるわ!」

 

それぞれの父から譲り受けた流派を以って、2人はお互いの技をぶつけ合った。

勝敗の行方は、当人しか知る由が無かった。

 

_________________________________

 

善も悪も、生も死も超えたところを、淡々と歩いてきた。

 

幸も不幸も無い。喜びも悲しみも無い。

 

どこから始まって、どこで終わるのか。

 

私はどこにも属さない。私は歩んではいないのだ。

 

ただ―――世界が回っていた。

 

 

 

「ねえアヤ。それ、全部持って行くの?」

「どれぐらい留まる事になるか分からないしね。持てるだけ持って行くよ」

「・・・・・・レンは持たないわよ」

「大丈夫、私が運ぶから。よいしょっと」

 

食糧を詰めた布袋を背負い、立ち上がる。

味気の無さそうな野戦食でも、無いよりは何倍もマシだ。

 

現時刻は16時半。食糧庫から出ると、冬の夕空独特の光が通路を照らしていた。

アイオーンによって完全に沈黙した要塞の屋内は、至る所が風穴だらけ。

破壊されたというよりかは、抉り取られたと言った方が正しいのかもしれない。

 

「アヤ、気を付けて。そっちは足場が悪いわ」

「あ、うん」

 

レンちゃんが指摘した箇所を避け、壁沿いを歩いて通路を進んで行く。

一緒に行動しているだけで、この子が元は結社に身を置いていた事がよく理解できた。

何気なく歩いているように思えて、立ち振る舞いには一切の隙が見当たらない。

レンちゃんの目に映る世界は、私達が見ているそれとは大違いなのだろう。

 

「ねえレンちゃん。1つ聞いてもいい?」

「レンでいいわよ。レンもアヤって呼ぶわ」

「じゃあ、レン?レンはどうして、今回の解放作戦に協力しようって思ったのかな」

 

私が問い掛けると同時に、レンの足取りが止まった。

左手の壁には円状にくり抜かれた爪痕があり、その先を見やることができた。

青白く光る、クロスベル市を覆う半円状の結界。レンの視線は、クロスベルに向いていた。

 

―――あの人達が暮らす地で、勝手な真似はさせたくないの。

 

ランの記憶の中に埋もれていた、彼女の言葉。

察するに『あの人達』とレンは、今結界によって遮られている。

彼女には理由がある。決してエステルらに付き合って行動している訳ではない筈なのだ。

 

「アヤ。あなた、ご両親は?」

「実の両親なら、もういない。小さい頃に亡くなったよ」

「そう。なら、兄弟はいるの?」

「ガイウス達を除けば、私は一人っ子だったから・・・・・・あれ?」

 

唐突に、思い当たる物があった。

そうだ。どうしてその可能性に、今まで気付かなかったのだろう。

 

「アヤ?」

「ええっと・・・・・・」

 

可能性を示唆したのはマクバーン。確信めいた物言いを見せたのがヴァルター。

7年前にヴァルターが抉じ開けた、私だけの力の存在。

私にその力を授けてくれた男性であり、未だ知り得ない『もう1人』の父親。

 

もし仮に、子供がいたら。

仮定の上に仮定を重ねた話ではあるが、男性には男性の家庭があったのだとしたら。

私には同じ父親を持つ、血の繋がった兄弟がいることになる。

 

私はこの数日間で見聞きした全部を、レンに語った。

ガイウスにしか話した事がなかった事実を、包み隠さず打ち明けた。

今ならランの気持ちがよく分かる。この子を前にすると、不思議と剥き身になってしまう。

たとえ隠し事をしても、見透かされてしまいそうな感覚があった。

 

「だから、もしかしたら私にも・・・・・・あれ、どうしたの?」

 

私が全てを語り終えると、レンは口を半開きにして、私の目を見詰めていた。

首を傾げていると、レンは含みのある悪戯な笑みを浮かべた。

小悪魔染みた年不相応なその表情が、良くも悪くも似合っているように感じられた。

 

「うふふ・・・・・・そう、そうだったの。漸くあなたの事が理解できた気がするわ」

「ね、ねえ。それってどういう意味かな?」

「アヤ。レンからも1つ、質問があるの」

 

レンは大穴が開いた壁に向かって歩を進め、その縁にゆっくりと腰を下ろした。

両足は外へ投げ出していた。ここが3階だというのに、微塵の躊躇いも見受けられなかった。

視線は変わらずに、クロスベルの方角を向いていた。

 

「アヤが言うように、もし血の繋がった兄弟がいたら・・・・・・そうね、仮にお姉ちゃんがいるとしましょう。あなたは彼女の事を、お姉ちゃんと呼ぶ事ができるかしら?」

 

突然差し出された、選択肢。

姉と呼ぶ事ができるか。言い換えれば、血の繋がった人間として、愛せるか否か。

レンが問いたかった真意は、きっとそんなところだろう。

 

それなら、答えは決まっている。考えるまでもない事だ。

私はレンの隣に座り、彼女に倣って足を放り出しながら答える。

 

「そうだなぁ・・・・・・多分ロイドの影響だと思うんだけど、お兄ちゃんかお姉ちゃんが欲しかったなって、感じた事はあるんだ。だからまあ、願ったり叶ったりかな?」

「え・・・・・・」

 

私がそう答えると、レンは見る見るうちに表情を変えた。

初めて目にする顔だった。今この瞬間だけは、12歳の少女の顔があった。

レンは訝しんだ目で私を見ながら言った。

 

「どうして、そんな・・・・・・本気で言っているの?」

「勿論本気だよ?」

「勿論って、だってあなたは何も知らないじゃない」

「考え無しに言ってる訳じゃないんだ。あれから私なりに、色々考えたよ」

 

俺が殺した。ヴァルターの告白を聞いてから、私は様々な可能性に考えを巡らせた。

把握できている事実は、私という存在と両親。

お母さんがいて、過去にお父さんがいて。2人が―――離れてしまったという現実。

 

身体を重ね合った男女が離れ離れになる理由なんて、数え切れない程存在する。

いずれかが愛想を尽くしたのか。何か特殊な事情があったのか。あり得そうなのは前者だ。

私はお母さんを知っている。あの人が不義を働いただなんて、私には到底思えない。

捨てられたのかもしれない。非道な裏切りにあったのかもしれない。

 

もしお母さんに、そんな目も当てられない過去があったのだとしたら。

私は憎むのだろうか。

実の父親を、忌嫌うのだろうか。

毎晩毎晩、可能性に過ぎない可能性へ問い続けた。

その先に在った答えは―――結局は、可能性を否定する物だった。

 

「今でも思い出すよ。私が最後に見た、お母さん」

「最後の、お母さん?」

「『生きなさい』って言ってくれたんだ。あの時のお母さんの顔を、よく覚えてる。お母さんは・・・・・・幸せだった。不思議とそう思えるんだよ」

 

あの瞬間にお母さんが何を想っていたのか。私には分からない。

でも私は記憶違いをしていた。以前の私には、鮮血に塗れたお母さんの顔しか残っていなかった。

そう、違ったんだ。今わの際に、最後の力を振り絞って、お母さんは確かに―――笑っていた。

 

全てを理解できなくとも、今なら信じる事ができる。

お母さんは幸せだった。しっかりと愛していた。お母さんと私は、愛されていた。

だからだ。だから私はシャンファ流と泰斗流、双方の術技を融合させた時、泣いていた。

あの瞬間に流した涙の正体は、嬉し涙に他ならなかった。

 

「都合の良い解釈かもしれないけど、それが私の答え。本当に姉がいたとしたら、お父さんの娘って事だもん。私は迷わずにお姉ちゃんって呼ぶ事ができるよ」

「・・・・・・そう」

 

レンの笑いが、知らぬ間に混じりっ気の無いそれに変わっていた。

何の含みも無い純粋な声で笑った後、レンは立ち上がり、尻の汚れを落としてから言った。

 

「アヤ。あなたにはきっと、悲しくて辛くて、優しい真実が待ってる。レンが保証するわ」

「そっか。よく分からないけど・・・・・・あはは、とりあえずありがとうを言っておくね」

「・・・・・・アヤは少しだけ、エステルに似ているわね」

「それ褒め言葉?」

「半々よ。面倒臭くて嫌いだけど、たまには悪くない」

 

そう語るレンの目は、やはりクロスベルを見詰めていた。

私はレンに続いて腰を上げ、同じ視界を共有した。

 

「レンのお父さんとお母さんは、クロスベルにいるの?」

「ええ、その筈よ」

「兄弟は?」

「弟が1人いるわ」

 

何の変哲も無い返答と表情が、私にはとても重々しく感じられた。

この子はどんな道を歩んできたのだろう。一体何を見てきたのだろう。

私が乗り越えてきた全てが、取るに足らない些末な過去のように思えてしまう。

 

「アヤと一緒よ。本物とか偽物だとか、今はどっちだっていいの。エステルとヨシュアがいて、パテルマテルがいて、あの人達がいて・・・・・・レンは今、ここにいる。広大な世界の、片隅にいるの」

 

いずれにせよ、大切なのは今。

私と肩を並べてクロスベルを見るこの子の目には、一片の迷いも無い。

お互いの想いを胸に、手を取り合って戦う。それだけだ。

 

「聞きそびれてたけど、それがレンの『理由』なんだね」

「うふふ、そういう事。さあ、そろそろ戻りましょう。お兄さん達、やってくれたみたいよ」

「え?」

 

視線を戻すと、間も無くして結界に異変が生じ始める。

一際強い輝きを放ったと思いきや、結界は跡形も無く、消えていた。

 

 

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