『12月4日 勝手に貰うな』
12月4日、午前11時。
クロスベル自治州西端ベルガード門、地下ホームの一画。
「い、いい、一体何をっ・・・・・・?」
「見ていられないってことさ。同じ仲間として、これいじょおぉっ!?」
私の左拳がロイドの脇腹へ突き刺さり、その身体がくの字に折れ曲がる。
こちらの接近に気付いていなかったのか、力を込めずとも相当な深手を負ったようだ。
見ていられないは私達の台詞だ。相変わらず紛らわしい言い回しをする。
応える方も応える方。上擦った彼女の声が、この男の悪い部分を助長させてしまう。
「まあ、人の事は言えないか」
「・・・っ・・・・・・あ、アヤ。俺は何を謝ればいいんだ?」
「さあね。みんなに聞いたら?」
ランディさんがロイドの襟を掴み、ずるずると後ろへ引っ張っていく。
背後ではロイドの発言を咎める声が相次いでいた。当たり前だ。
ともあれ、おそらく今は彼の出番ではない。
明確な理由があるわけではないが、この役目だけは多分、私。
「・・・・・・何のつもりですか」
拳を鳴らしながら目の前に立ち尽くす女性に歩み寄り、歩を止める。
すると両手に握られていた導力銃の銃口が、私の胸へと当てられた。
一瞬冷やりとしたが、引き金を絞る気配は今のところ感じられない。
「言わなくたって分かるでしょ。ロイドの代わり、選手交代だよ」
ノエル・シーカー。17歳。
行動力と戦闘能力に秀で、若くして警備隊の曹長を務める。今現在は国防軍の少尉。
性格は軍人らしく生真面目。ランディさん曰く、少々頭が固い。
妹が1人。導力車弄りや運転が好き。時折ワジ君にからかわれることがある。
私がノエルについて知っていることはこれぐらいか。共に過ごした時間は短い。
それでも、苦しみは理解できる。迷いや葛藤が、身体中から滲み出ていた。
自分を鏡越しに見ているような感覚を抱いた。
若干の疲労が窺えるのは、眠れない夜が続いているからに違いない。
「でも条件は変えるよ。お互いに得物は無し。ていうかこんな場所で銃を使ったら、他の兵隊さん達にバレちゃうでしょ」
「理解しかねます。あなたと殴り合いをする理由も見つかりません」
「そっか。じゃあ理由を作ってあげる」
パンッ。
私の右手がノエルの左頬を叩き、乾いた音が周囲へ鳴った。
反動で引き金が絞られないか冷や汗物だったが、ノエルはすぐに銃を手放してくれた。
「っ・・・・・・何をするんですか!?」
パシンッ。
一際強い力が込められた平手打ちが、炸裂音に似た音を上げる。
途端に耳鳴りが走り、焼けるような痛みが顔の左半分を襲った。
―――本気でぶつかり合って、初めて分かることがある。
本当だろうか。今のところは痛みしか無い。
でも今は、親友の言葉を信じよう。まだお互い本気には程遠い。
「あはは、そうこなくっちゃ」
今度は前蹴りでノエルの腹を叩く。
その感触で、鍛え抜かれた身体の完成度が窺えた。
ノエルは苦悶に満ちた表情を浮かべながらも、私に倣い腹の同じ部位を蹴った。
「ゲホッ、ケホ・・・・・・さ、流石に強いね」
私が打てば、それ以上の力でノエルが打つ。
私が蹴れば、負けじと洗練された身のこなしでノエルが蹴る。
力は頭打ちとなり、全力の一打がお互いの身体を襲う。
次第に痛覚が許容を越え、殴られる前に殴るへと変わっていく。
既に拳は固く握られ、背後に控える皆の視線が背中へ突き刺さっていた。
有難い限りだ。手を出されたら、全てが台無しだ。
「ねえノエル。私も、考えるんだ」
肩で息をしながら、握っていた右手の甲を摩る。
人を殴る時はいつだってそうだ。手の痛み以上に、胸の奥底が疼いてくる。
「どうしてなんだろうね。どうしてクロスベルは・・・・・・変わっちゃったんだろ」
「アヤさんがそれを言うんですか」
荒々しいノエルの呼吸が一瞬止まり、再び口呼吸が始まる。
疲労ではなく、怒り。明確な怒りの感情が、彼女の呼吸を乱していく。
「クロスベルを追い込んだのは、帝国と共和国ですよ。アヤさんも分かっていますよね」
「勿論。でも、それだけじゃないと思うけど」
「だからっ・・・・・・どうしてあなたがそんな台詞を吐けるんですか!?」
いきり立ったノエルの右足が頭部を襲った。
防御越しに頭を揺らされ、視界がぐにゃりと歪んだ。
戦闘の専門家、軍人の一撃だ。効かない訳がない。
「キーアちゃんのことも、結社の存在も、このままでいいだなんて思っていません!でも誰かが護らないと、絶対的な力が無いと、クロスベルは本当に滅ぼされてしまうっ・・・・・・!」
折れそうになる膝を押さえ、力を振り絞って前を見据える。
ノエルの目元には、薄らと涙が浮かんでいた。
怒りの他に、悲しみ。迷い。複数の感情と、切り傷から流れる血が混じった、赤色の涙。
「帝国は撃ったんですよ、あの列車砲を!あなたの国が撃ったんです!!だったら、だったら仕方ないじゃないですか!?」
顔面を打たれ、口内へ刻まれた傷が、不快な血の味を感じさせる。
踏みとどまれず、ふら付きながら数歩後退すると、誰かが私の背中を受け止めた。
耳元で囁かれた声で、それが誰かはすぐに理解できた。
「アヤさん。どうして、気功術を使わないんですか」
「あ、あはは・・・・・・何となく、ね」
リーシャに背中を預け、呼吸を整えながら再び歩を進める。
流石は戦いの専門家、本物の軍人だ。相当に鍛え込んでいるのだろう。
同じ土俵でまともにやり合っては、勝てる道理が見当たらない。
月光翼を使えばもっと楽になるのだろうが、そもそもこの立ち合いに勝ち負けは存在しない。
目的すらもが曖昧だ。なら、余計な物は無い方がいい。
「・・・・・・仕方ないって何」
「え?」
「今言ったでしょ。『仕方ない』って。ふざけてるの?」
それに、こちらも苛々してきた。久し振りの感覚だ。
入学当初の、ユーシスとマキアスの小競り合いを見ているような。
無言で衝突し合うラウラとフィーに、悩まされていたあの時間。
「それ、何かを諦めたり、見限った人間が使う言葉でしょ。そんな中途半端な想いでっ・・・・・・仲間に、銃を向けるなぁ!!」
私の言葉に戸惑いを覚えたのか、ノエルの受けが僅かに遅れた。
まともに上段蹴りを食らったノエルの身体が、向かって左の壁へと叩きつけられる。
「ノエルは私のクラスメイトに似てるよ。真っ直ぐで、真っ直ぐ過ぎて。そのせいで、不器用で」
「いい加減にして・・・・・・いい加減にして!あなたにあたしの何が分かるの!?」
「分からないよ、分かるわけないでしょ!?私だって自分のことで精一杯なんだから!」
痛みと疲労で、段々と頭が働かなくなっていた。
言葉は捲し立てるように並ぶし、何を言っているのかは理解している。
が、話の筋道が無く散漫で、自分自身脈絡が感じられない。
「私だって知りたいよ。どうして正規軍は、列車砲を・・・・・・帝国は、みんなだって。私は・・・・・・」
「・・・・・・アヤさん?」
「私にだって・・・・・・分からないんだから」
まただ。突然やって来る、郷愁に似た正体不明の感情。
どうしてこんな状況下で、私はクロスベルにいるのか。それが分からなくなる。
そして瞼の裏に映る―――皆の顔。大切な仲間達と想い人、家族。
「・・・・・・ごめん。何でもない」
本当なら額を打って頭をすっきりさせたいが、今それをやると洒落にならない。
ノエルの膝も盛大な笑い声を上げていた。先程の一撃で、彼女も限界が近い。
やがてお互いの下へ歩を進め、拳が届く距離で睨み合う。
気のせいだろうか。先程よりも少しだけ、ノエルの瞳が澄んでいるように見えた。
「「はあぁっ!!」」
示し合わせたように笑い合い、直後に放たれる右拳。
弾かれたようにお互いの身体が離れ、今日一番の痛みが到来する。
遠のき掛けた意識をどうにか繋ぎ止めていると、再度何者かが私の背中を受け止めた。
「それぐらいにしとけよ。美人が台無しだぜ」
「・・・・・・そう、ですね」
以前から感じていたが、ランディさんは何処となく、ガイウスに似ている。
性格や口調はまるで正反対だというのに、不思議な人だ。
前方に目を向けると、私同様にノエルがワジ君へ身体を預けていた。
元々勝ち負けは無かったが、意図せずして引き分けといったところだろうか。
「もご・・・・・・ふっ」
口の中にあった違和感。
息と共に口外へ吐き出すと、コロンと音を立てて、床に白色の粒が転がった。
それを見たノエルが、私に続いた。またもや期せずして、1粒だけ。
「・・・・・・ふふ」
「・・・・・・あはは」
笑うしかなかった。堪えていても、痛みと一緒に笑いが込み上げてくる。
たった今殴り合いをしていた2人が、声を上げて笑う。何とも滑稽な光景だ。
「私には、理解できない世界ですね・・・・・・」
ティオちゃんは額に汗を浮かべ、顔を引き攣らせていた。
私自身よく分かっていないが、ラウラとフィーの気持ちが、少しだけ理解できた気がする。
今はそれでいいと思える。ノエルもきっと、同じ想いを抱いてくれている筈だ。
12月4日に訪れた、再会と別れ。
この日の夜、私はロイド達に背中を押される形で、帝国へ帰る決意を固めた。
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『12月11日 変化球』
12月11日、午後15時。
今後の方針を皆で決めようと集ったものの、列車砲の一件で内戦への認識の甘さを痛感。
明日に再び一堂に会し、《Ⅶ組》としての立ち位置と動き方について議論を再開する。
それまでは各自、自由行動。誰もが思い思いの時間を過ごしながら、明日に向けて考えを纏めていた。
一方で、今現在ユミルには《Ⅶ組》が11人。
クロウ・アームブラストという例外を除いて、遂に《Ⅶ組》は全員が再集結した。
漸く取り戻すことができた、掛け替えのない絆。
在りし日を想いながら感傷に浸ってしまうのも、無理はなかった。
「・・・・・・漸く、帰って来たんだな」
足湯で暖を取る、マキアス・レーグニッツもその1人。
その視線の先には、コロコロと雪玉を転がして、雪ダルマの作製に挑戦するアヤ。
マキアスの隣に座るエリオットが、視線の先を辿ってから聞いた。
「何か、意味深な発言だね」
「勘違いしないでくれ。僕が言っているのはあっちだ」
「あっち?」
よくよく目を凝らすと、アヤの向こう側。
教会の前で雪掻きに勤しんでいたガイウスが、額の汗を拭きながら小休憩を取っていた。
「あはは、すごい見てるね。ていうか見すぎだよガイウス」
「無理もないさ。1ヶ月以上離れ離れだったからな」
それは《Ⅶ組》にとって、日常風景の1枚と化した姿。
時折ガイウスは、不意に何かを見詰めながら立ち尽くすことがある。
決まって視線の先にはアヤがいる。見惚れているというよりかは、見守っているに近い。
誰よりも大人びており、落ち着いた雰囲気を纏っていたガイウス。
アヤとの関係が発覚した際には誰もが驚き、そして喜びを分かち合った。
2人の微笑ましいやり取りは当初新鮮に映ったものの、今となっては御馴染みの光景。
マキアスらは2人の姿を眺めながら、帰ってきた日常の1つを満喫していた。
「2人共、何を話してるんだ?」
マキアスとエリオットに続いたのは、リィンとユーシス。
2人は靴を脱ぎ、裾を捲ってから両足を湯に浸け、四方山話に加わった。
「ほら、あれだよ」
エリオットが指でガイウスを指し示し、リィンらがその先へ目を向ける。
2人の視線はアヤを越えて、教会の扉前に立つガイウス―――の隣。
同じく雪掻きへ精を出すラウラとポーラの姿に、目が止まった。
「おい貴様、何が言いたい」
「お、俺は別に・・・・・・その」
「君達は一体何を見ているんだ」
閑話休題。
4人の男子生徒が級友の男子を見詰めながら、小さな笑みを浮かべる。
見方によっては不気味な光景であるが、《Ⅶ組》にとってはやはり日常の一幕にすぎない。
「何ていうか、安心感があるよな。こんな状況だけど、平穏を感じるよ」
「どちらも入学当初の顔が思い出せんな。あの惚気顔に慣れてしまった」
「ユーシスも人のことを言えないと思うけど・・・・・・でも、そうだね。アヤも初めはもっとこう、クールな印象だったかな。一番年上だしさ」
「でも一度だけ、大喧嘩をしたことがなかったか?」
「あの女がクロスベルで浮気をした時か」
「はは、それ本人の前で言ったら殺されるぞ」
現に一度、不用意にアヤをからかったユーシスが、手痛い目にあっていた。
アヤにとっては思い出したくない悪夢。何せ3日間、口を利いてすら貰えなかった。
しかし喧嘩らしい喧嘩といえば、その一件ぐらい。
仲睦まじい2人の姿に、目が慣れ切ってしまっていた。そう、慣れてしまっていた。
「うーん。でもガイウスって、少し優しすぎる気もするよ」
「優しすぎる?エリオット、どういう意味だ?」
「ほら、ガイウスってアヤの言う事は何だって聞いちゃうでしょ。それが良いところだとは思うんだけど・・・・・・もっと強気に当たってもいいじゃないかな」
「・・・・・・尻に敷かれている感は否めないよな」
「フン、だが一理ある。ギャップ萌えという恋愛観があるぐらいだ」
「君は何処でそんな言葉を覚えて来るんだ・・・・・・?」
事実、ユーシスの恋愛観は7月を境にして向上していた。
付き合い始めて1ヶ月の記念日も、元を辿ればユーシスの助言。
全てはクラブ仲間を思っての涙ぐましい努力なのだが、それを知る人間は1人もいない。
ユーシス曰く、女性が求める物を知ることは、帝国紳士として当然の嗜み。
尤もらしいユーシスの言葉に、3人は頷きながら成程といったような表情を浮かべていた。
すると4人の下へ、雪掻きを終えたガイウスが歩み寄って来る。
「お疲れだったなガイウス。もう雪掻きは終わったのか?」
「ああ。それに、お前達からとてつもなく嫌な風を感じてな。何を話していたんだ?」
「君はアヤ君に餌を与えすぎだという話だ」
「分かるように言ってくれ・・・・・・」
こうして若干話が飛躍しながら、5人による恋愛話が始まった。
女性陣は「仲良いな」程度にその様を眺めていたが、話の内容を知る由も無かった。
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午後18時半。鳳翼館1階、食堂の間。
既に女性陣は席に着き、夕食の準備も終了済み。
あとは男性陣を待つのみ。大人組は話し合いのため、少し遅れることになっていた。
「うーん・・・・・・」
そんな中で、アヤは頭を抱えて悩んでいた。
当然ながら、他の女子組は放っておける筈もなく、アヤへ心配の声を掛け始める。
「ガイウスがおかしい?」
「うん・・・・・・何て言ったらいいんだろ。時々だけど、変な言動をし出したんだよね」
「ふむ。どのように変なのだ?」
「言葉では説明し辛いかな。とにかく、午後から変なんだよ。見れば分かると思う」
アヤの言葉に、皆が疑問符を浮かべ出す。
安心感や安定感なら《Ⅶ組》では飛び抜けているガイウスが、おかしい。
一体何を言っているのか。首を傾げていると、男性陣が食堂へ入って来る。
席は特に決まっておらず、ガイウスは当たり前のようにアヤの隣へと座った。
「すまない、待たせたか?」
「待ったよー。お腹減ってるんだから早くしてよね」
「うるせえ、飯ぐらいで文句言うな」
「・・・・・・あ、うん」
シーン。食堂が静寂に包まれる。
ミリアムが口を半開きにし、フィーは耳をトントンと叩き、エマが眼鏡を掛け直す。
気のせいか。うん、気のせい。空耳だ。
女性陣の誰もが耳の錯聴だと信じ込み、気を取り直して食事に手を付け始める。
夕食は鳳翼館の専属料理人と、ルシア夫人が手掛けた品々。
新鮮な地物を活かした料理の数々は、舌が肥えた貴族組にとっても絶品であった。
「アヤ、これは何という料理だ?」
「天ぷらだよ。衣の中身は何だろ、多分お魚を―――」
ヒョイ、パクっ。
ガイウスが今し方触れた天ぷらが、彼の口の中へと運ばれる。
隣に座る、アヤの皿から。貴重な逸品が、アヤの眼前から姿を消した。
普段ならアヤが問答無用でガイウスをぶん殴る場面である。
だが困惑するアヤは、しょんぼりと項垂れるばかり。
「あ、あはは・・・・・・そ、そんなにお腹減ってたの?美味しい?」
「ああ」
「・・・・・・そっか」
目を疑うような光景に、男性陣は顔を青くしながら目を背ける。
ユーシスは「阿呆が」と呟き、マキアスが「それは違うだろ・・・・・・」と突っ込みを入れた。
最早手遅れだった。
当のアヤは戸惑うばかりだったが、他の面子が黙ってはいない。
女性陣らが無言でフォークを皿の上に置き、立ち上がる。
「ガイウス君。ちょっといいかしら」
「む?」
「いいから来なさいよ」
ポーラとアリサがガイウスの両腕を掴み、強制的に別部屋へと引き摺って行く。
ついでに何処からともなく現れたアガートラムが、それに続いた。
数秒後、鳳翼館にガイウスの悲鳴と叫び声が鳴り響いた。
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「ギャップ萌えねえ。言っておくけど、あれじゃ二重人格の変人だよ」
「・・・・・・面目ない」
アヤが軟気功でガイウスの傷を癒しながら、彼の側頭部を軽めに小突く。
命辛々逃げ果せたガイウスは、アヤの申し出により漸く解放された。
危うくフィーとミリアムによる生爪剥ぎの刑に処されるところであった。
元猟兵と現情報局という裏の顔を垣間見た瞬間でもある。
ちなみにその矛先は今、変な知識をガイウスへ吹き込んだ、他の男性陣へと向いていた。
「でもまあ、そういう感情は理解できるかな。ほら、ユーシスなんかがそうじゃん」
「ユーシス?」
「ああいうのに女の子は弱いんだよ。分かる?」
「分かるような、分からないような・・・・・・」
「あはは。ガイウスには少し難しいかもね」
意識的に振る舞っては意味が無い。
無意識の行動で、尚且つ多少の好意が伴う場合にのみ、その意外性が魅力へと変わる。
常日頃から人の本質と向き合おうとするガイウスには、やはり小難しい概念だった。
が、そのお手本のような女性が、《Ⅶ組》にいた。
「・・・・・・なら、ラウラもそうなのか?」
「へ?ラウラ?」
見方は人それぞれではあるが、アヤにとっても理解はできた。
剣の道を歩む凛とした姿と、時折見せる女性らしく可愛らしい一面。
ガイウスにとっては異性として、ユーシスよりも理解し易い例えであった。
「うーん。間違いではないと思うけど・・・・・・ていっ」
先程よりも多少の力を込めて、アヤがガイウスの頭を突く。
他の男子なら頭を抱えて泣き叫ぶところなのだが、殴られ慣れた耐久力には敵わない。
「痛いじゃないか」
「ラウラはそうかもしれないけど、ガイウスは分からなくていいの」
「先にユーシスを引き合いに出したのは君だろう」
「あはは。いいからいいから」
理由は勿論、僅かばかりの理不尽な嫉妬心。
アヤが誤魔化しの笑みを浮かべていると、足元から小さな笑い声が上がった。
人間の声ではない。サラ曰く『超絶に渋くてウットリしてしまうぐらい素敵な声』。
床に蹲りながら尻尾を振る、ランの笑いだった。
「ねえラン。その笑いは何?」
『おぬしが色恋沙汰について、文句を言える立場にあるのか、疑問を感じてな』
「・・・・・・どういう意味?」
『ロイド―――』
「うわあああぁぁっ!!?」
ランの耳がたたまれ、ガイウスが両手で耳を塞ぐ。
突然の叫び声に、ガイウスが訝しみながらランへと問い掛ける。
「ラン、何か知っているのか?」
『ロイ―――』
「だあああぁぁっ!!?」
自業自得なアヤと、ランの悪戯心。
この後、女性陣の拘束から解放された男性陣による、報復が始まる。
取り戻した日常の中に訪れた非日常の、幕開けであった。
―――続く。
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『悪い例』
「あれ、どうしたのラウラ。こんな所で」
「・・・・・・フィーか」
「えっ。な、何?どうして泣いてるの?」
「リィンが・・・・・・」
「リィン?」
「剣の稽古に誘ったら、『ダルいからいい』と」
「・・・・・・」
「ぅ・・・うぅ・・・・・・」
男って馬鹿だな。そう思うフィーであった。
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『良い例』
「あれ、ポーラ?何してるの、そんな所で」
「・・・・・・」
「ねえポーラ。ポーラってば」
「・・・・・・」
「具合悪いの?顔が赤いよ。もしかして風邪?」
「ああもう、何なのよあいつは!無意識だから尚更ムカつくのよ!」
「・・・・・・ああ、はいはい」
ユーシスってすごい。そう思うアヤであった。
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『12月13日 レクター・アランドール大尉の一番長い夜②』
グラスへ注がれた透明な液体を、恐る恐る口へと流し込む。
途端に広がる独特な風味。人によっては、味わい深い米酒の醍醐味。
しかしレクター・アランドールの胸には、不快感しか沸いて来ない。
飲まないと殺される。そう言い聞かせて自分を追い込むしか術が無かった。
「・・・・・・ふう。マスター、水くれ、水」
「ふふ、いい飲みっぷりね」
そうしてグラスへ注がれる水。ではなくて酒。
俺、生きて帰れんのかな。つーか、この女いつまで飲むんだよ。
閉店時間を思い出そうにも、酔いが回り頭が通常稼動から外れて行く。
「はあ・・・・・・それで、アンタ随分と妹に詳しいんだな。どうやって調べたんだ?」
「聞くまでもないでしょう。この国にだって、情報筋はいくらでもあるわ」
「公私混同って知ってるか?」
「黒い仕事には、ある程度の潤いが必要でしょう。心のケアの一環よ」
そう言ってキリカが取り出したのは、1枚の写真。
アヤ・ウォーゼルの上半身写真。一目見ただけで、学生手帳用のそれと理解できる物だった。
「私が持っている、唯一のあの子。宝物よ」
「へえ。肌身離さず持ってんだろうな」
当然写真も、とある筋を頼って手に入れた物。
写真を見詰めるキリカの頬が紅潮しているのは、酔いだけが理由ではなかった。
「そしてこっちが夏祭りの時の写真ね」
「何が唯一だよ!?つーかそれ盗撮だろ!」
誰がいつ撮ったのやら、次々と沸いて出てくる写真達。
キリカによれば、そのどれもが掛け替えの無い妹。唯一とはそういう意味だった。
恐るべきはそのネットワークと姉妹愛。
カシウス・ブライト同様、この女もレベル5に引き上げた方がいい。レクターは本気でそう感じていた。
「そんなにお気に入りなら、直接会っちまえばいい話じゃねえのか」
「今はまだその時じゃないわ。でも・・・・・・遠巻きにでも、一度この目で確かめたいって思ったことはあるのよ」
「へえ。でも見れなかったんだろ?」
「そうね。全部あの男のせいだわ」
「あの男?」
「・・・・・・10月24日よ」
ピシッ。
カウンターに置かれていたグラスへ、突然ヒビが入る。
途方も無く鋭利な気当たり。同じ芸当ができる達人が、あと何人この大陸に存在するのやら。
お目に掛かれなくて当然である。
10月末といえば、クロスベルの独立宣言から生まれた大混乱の真っ只中。
しかもあの日は大統領就任演説が行われていたし、キリカはレクターと共にいた。
「ククク、成程な。妹の晴れ姿を見逃しちまったわけか」
道理で随分と機嫌が悪かったわけだ。
ディーターのオッサン、アンタも『ぶっ殺したい野郎共リスト』の仲間入りだ。
そう心の中でレクターが独白していると―――左手で、首を鷲掴みにされた。
息と血流が止まり、何かを言いたくても声が出ない。
「あら、何が可笑しいのかしら。言ってみなさい」
喋れねえよ。そう突っ込みを入れながら、レクターは再び死を覚悟した。
エイドス行き超特急には、途中下車が無い。そもそも停車すらしない。
レクター・アランドール大尉の、一番長い夜。夜はまだ、始まったばかりであった。