絢の軌跡Ⅱ   作:ゆーゆ

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12月5日 蒼の深淵

町長さんの屋敷は、騒動の際に集まっていた人だかりの向かい側にあった。

屋敷と言っても佇まいはひっそりとしており、町長らしからぬ質素な生活が窺えた。

 

「ふむ、そんなことがあったとはのう・・・・・・どうやら知らぬ間に、この街は君に救われたようじゃな。改めてお礼を言っておこう」

「いえ、そんな。私がいなくても、どうにかなっていたかもしれませんから」

 

12月5日、午後18時過ぎ。

私は町長さんの屋敷を訪ね、一連の経緯を打ち明けていた。

何からどう話せばいいのか大いに悩んだが、私はできる限り話せる範囲の事実を並べた。

士官学院生としての立場。領邦軍から追われる身であるということ。

幻獣の存在。機甲兵の敗北。そして―――私とランの力について。

 

どう受け取られるのか、信じて貰えるのか、当然不安ではあった。

町長さんはそんな心境を察してくれたのか、終始笑顔で頷きながら、全てを受け入れてくれた。

 

「フフ、そう謙遜せんでもよい。皆にはワシから適当に説明しておくとしよう。その方が君も余計な詮索をされずに済むじゃろうしの」

「はい、そうして頂けると助かります」

 

下手に幻獣の存在やらを話して回り、皆へ不安を与える必要は無い。

当初の話通り、大型魔獣は機甲兵部隊が討伐した、とするのが一番だろう。

町長さんが言うように、私もその方が動きやすくなる。

 

「それで、町長さん。さっきの話ですけど・・・・・・」

「おお、そうじゃったな」

 

町長さんはコホンと咳払いをすると、やや表情を曇らせながら、再び口を開いた。

 

「皆にも話は聞いたんじゃが、少なくともここ最近、君が言う学生がこの街を訪れたことはないようじゃ」

「・・・・・・そうですか」

 

士官学院生の所在に関する情報を知っている人間が、この街にいるかもしれない。

そう考えて、私は町長さんに相談を持ちかけていた。

一連の事情を打ち明けた理由は、そこにもあった。

 

元から期待していなかった分、落胆は少なかった。

アルスターを訪れたのも、偶然この地に転移してしまっただけの話だ。

話に聞く限り、アルスター出身の士官学院生もいないらしい。

 

「すまないね。力になりたかったんじゃが、この辺境に外の話は中々入って来んのじゃよ」

「いえいえ。話を聞いて頂けただけで、十分ですよ」

 

モリゼーさんの時もそうだった。

こうして私の立場を理解してくれる人間がいるというだけで、気が楽になる。

先行きが不透明な私にとっては、それが大きな心の支えになる。

これも町長さんに話を聞いて貰った理由の1つ。そして―――もう1つ。

 

「それで、君は今後どうするつもりなんじゃ?何も無い街じゃが、内戦の影響は比較的少ない。君さえよければ―――」

「明日の早朝にでも、ここを発ちます」

 

これ以上気遣って貰うのは本意ではない。だから私は、遮るように言い切った。

町長さんも私の意図を察してくれたようだ。そんな顔をしないで欲しい。

 

私は指名手配犯である上に、検問のクロイツェン領邦軍に手を出してしまった。

ランのおかげで逃げ延びたとはいえ、今も躍起になって私の行方を捜しているかもしれない。

そして私は、機甲兵部隊の前に姿を見せてしまったのだ。

 

追い詰めた筈の指名手配犯が、突如として姿を消したこと。

機甲兵すら敵わなかった幻獣を退けた、聖獣としてのランの力。

その2つを繋ぐ存在が、私。連中に私の所在がバレるのは時間の問題だ。

 

なら私は、ここにいるべきではない。留まっていてはいずれ捕まってしまう。

それに私が去った後に、領邦軍が私を追ってやって来る可能性は大いにある。

巻き込むわけにはいかない。この地の平穏を守るためにも、私が取るべき選択は1つだ。

 

「・・・・・・君が発った後、もし領邦軍がこの街を訪れることがあれば、君のことは伏せておこう。この老いぼれにできることはそれぐらいじゃ。申し訳ない」

「謝らないで下さい。さっきも言いましたけど、話を聞いて貰えて嬉しかったです」

 

町長さんにも、長としての立場がある。アルスターを守る責務がある。

気苦労を掛けないためにも、私から切り出しておいて良かった。

そう考えていると、町長さんは何かを思いついたのか、表情を明るくしながら言った。

 

「よし、宿の女将に頼んでおこう。今夜は大盤振る舞いじゃ」

「え?」

「フフ、話は聞いたよ。あの《極盛り》を完食したのは、君とモリゼー君が初めてじゃよ」

 

_________________________________

 

「―――てなわけで、今晩の夕食は超豪勢らしいですよ」

「ラッキー!私も腹ペコだったの。色々あったしね」

 

屋敷を後にした私は、モリゼーさんと合流し、宿場へと向かっていた。

町長さんの厚意により、宿の夕食には2人分のご馳走が振る舞われることになった。

その上モリゼーさんも寝泊りできるよう、空き部屋を無料で使う手配まで取ってくれていた。

モリゼーさんは宿代を浮かすために、馬車の中で夜を過ごす予定だった。

元々夕食は一緒に取る約束をしていたが、今晩は同じ夜を過ごすことになりそうだ。

 

「いい人よねー、町長さん。それで、何か良い話は聞けた?」

「いえ。少なくとも士官学院生の話は、聞けませんでした」

「・・・・・・そっか。残念だったね」

「モリゼーさんの方はどうでしたか?」

「バッチリ。日持ちする新鮮な野菜がいっぱい手に入ったから、各地で売り捌くわよー」

 

言いながら、ギュッと右拳を握り締めるモリゼーさん。

 

私の食欲は、力が沸き出てくる体質から来ている。

この人の場合はどうなのだろうと思っていたが、どうやらその商売魂にあるようだ。

 

「さてと。アヤちゃん、夕食の後にでも、私は詳しい事情を聞けるのかな?」

「はい。話せる範囲のことは話します」

 

モリゼーさんと交わした、もう1つの約束。

それは私とランの力、そして未だ明かせていない深い事情についてだった。

 

幻獣と対峙した際、私はランと共に持てる限りの力を以って挑んだ。

その全てをモリゼーさんは目の当たりにした。忘れろの一言では済まされない。

この街と同じように、これ以上巻き込みたくないというのが本音ではある。

が、ある程度のことは話すべきなのだろう。彼女には既にお世話になりっ放しだ。

 

「ランちゃん、だっけ。今もそこにいるの?」

「はい、いますよ」

「ランちゃーん、聞こえてるー?おーい」

 

私の胸元に囁いてくるモリゼーさん。

何だか変な感じだ。他人の目にはこの様がどう映っているのだろう。

 

するとモリゼーさんの声に応えるように、小鳥状態のランが上空に飛び出してきた。

 

「わわっ。び、ビックリした」

「す、すみません。ちょっとラン、急に―――え?」

 

上空を仰ぐと、鳥が『2羽』舞っていた。

1羽がラン。その視線の先に、もう1羽。

ランの羽毛よりも蒼々しいそれを纏う鳥が、上空でくるくると円を描きながら浮かんでいた。

 

「っ・・・・・・」

 

言葉が出なかった。

唯の鳥が纏うはずのない超然とした空気、放たれる光。

空を舞う軌跡に沿いながら、小粒の光がきらきらと漏れては、消えていく。

 

「ら、ラン?」

 

思わず見惚れていると、鳥は突然西の方角に軌道を変えた。

まるで私達を何処かへいざなう様な振る舞いだった。

ランは何も言わずに、その光の軌道を追い始める。

 

「な、何?あの鳥は何なの?」

「分かりません・・・・・・モリゼーさん、ここにいて下さい」

 

そうモリゼーさんに言ってから、私も2羽の後を追った。

あれは普通じゃない。きっとランもそれを感じ取ったに違いない。

 

ラン達が向かった先は、街の西外れ。

すっかり日が暮れていることもあり、歩を進めるにつれて夜の暗闇が広がっていく。

気付いた時には導力灯の光は何処にも無く、鳥が漏らす光だけが目印になっていた。

 

「アヤちゃん、待ってよ」

「えっ・・・・・・も、モリゼーさん?」

 

声に振り返ると、待機しているはずのモリゼーさんの姿があった。

待っていろと言ったのに、またついて来てしまったのか。

 

「はぁ、はぁ・・・・・・ふう。鳥さん、何処にいったの?」

「そこにいます。気を付けて、魔獣の類かもしれません」

 

モリゼーさんを制止しながら、木々の枝に降り立った鳥に気を払う。

彼女には魔獣と言ったが、そうではないだろう。幻獣でもない。

あれは一体何だ。ランに問おうとした、その時。

 

『ウフフ、グリアノス越しに失礼するわよ。アヤ・ウォーゼルさん?』

「え―――」

 

透き通るような女性の美声が、静かに周囲へと響き渡る。

すると淡い青色の光と共に、眼前に1人の女性の姿が浮かび上がってきた。

 

綺麗で―――本当に、綺麗な女性だった。

腰元まで伸びる煌びやかな長髪と、左足が露わになった艶やかな蒼色のドレス。

右手には身の丈を超える杖。物語の中から飛び出して来たかのような、神々しい雰囲気。

ここにいる、わけではないのだろう。薄っすらと女性の先に、背後の木々が見えていた。

 

この人は誰だ。一体何が起きている。それに、何故私の名前を知っている。

唐突に訪れた異常な事態に取り乱しかけた時、背後にいたモリゼーさんが、驚きの声を上げた。

 

「ヴィ、ヴィ―――ヴィータ・クロチルダ!?」

「ヴィータ・・・・・・あっ」

 

その名前に、思い当たる女性がいた。

思い当たるどころか、私はこの人に一度会っている。会話を交わしている。

あの時だ。7月の実習で帝都のホテルを訪れた際に、私達A班に声を掛けてくれた。

帝都歌劇場の歌姫。この国では知らない人間の方が稀と言われる存在。

 

この女性が誰かは理解できた。一方で、余計に頭が混乱してくる。

意味が分からない。その歌姫の幻影が、何故眼前に浮かんでいるんだ。

 

『こんな辺境で、あれ程の霊力の波動を感じたかと思えば・・・・・・そう。そういうことだったのね。話には聞いていたけれど、これは流石に予想外だわ』

「な、何を・・・・・・あなたは、一体。ど、どうして」

 

女性は私を一瞥すると、口元に手をやりながら小さな笑い声を漏らした。

何も知らない私を嘲笑うようなその態度に、自然と右手が剣に伸びていた。

 

『そうだったわね。考えてみれば、あなたは何も知らないのよね。仲間外れは不憫だし・・・・・・あなたには特別に、私の記憶の一端をあげましょう』

「き、記憶?」

 

差し出された右手から光が溢れ出すと同時に、再び周囲へ女性の声が響き渡る。

呟くようなその声が、頭の中に直接入り込んでくる。目が眩み、吐き気を覚えた。

 

すると突然、視界が変わった。

暗闇に包まれていた筈の風景が消え、代わりに雲1つ無い青空が広がる。

 

(ここは―――)

 

1枚1枚ページを捲るように何かが変わり、いくつもの声が重なりながら聞こえてくる。

小説を読んでいる最中、頭に浮かんだ情景や声が、具現化していくかのような感覚。

これは皆の声だ。混ざり合ってはいるが、どれも明確に拾うことができた。

 

―――学院生『クロウ・アームブラスト』は、唯のフェイクさ。

 

―――全部偽物だって言うのかよっ・・・・・・!?

―――あの学院祭のステージも嘘だったって、本気で言うのかよ!?

 

膨大な量だった。ページ数で言えば、一冊の小説に匹敵するであろう記憶の数々。

 

―――みんなで決めたの、あなたをここから逃がそうって!

―――何とか立て直して、ここから離脱するがよい!

 

瞼を閉じても、耳を塞いでも。

私の意志に反して、全てが入り込んでくる。勝手にページが捲られていく。

 

―――私はそなたの剣となる。唯、それだけのことだ。

―――やめろっ・・・・・・やめてくれええぇっ!!!

 

最後の1ページを捲り、耳をつんざくような悲鳴を聞き終えた時。

私は漸く理解するに至った。10月30日の、あの日。

《Ⅶ組》の皆は、裏切りと失望の中にたった1つの希望を見出しながら。

大切な、大切なクラスメイトに、得物の切っ先を向けていた。

物語の結末としては、余りにも悲劇的な最後だった。

 

___________________________________

 

いつの間にか、再び夜の静寂が訪れていた。

耳に入ってくるのは、私自身の嗚咽だけだった。

 

「うぅ・・・っ・・・あぁっ・・・・・・」

 

いつからどれ位、そうしていたのか分からない。

止めどなく溢れ出る涙に身を任せ、地面に蹲りながら、唯ひたすらに泣き続けていた。

 

『一応言っておくけれど、嘘偽りのない真実よ。精々受け止めなさい。そうして貰えると、物語はもっと素敵で彩り豊かになるわ』

 

言われなくても理解している。

クロウが帝国解放戦線のリーダー『C』だったことも。

旧校舎地下の騎士人形を、リィンが操っていたことも。

絶望的な、あの最後の一幕も。

 

全部事実だ。分かっているから、私は今苦しんでいる。

そして―――だからこそ、私は涙を流し続けている。

 

『あら・・・・・・フフ。随分と立ち直りが早いわね。意外だわ』

 

どうしてクロウが。皆の安否は。リィンの行方は。

今は頭の片隅に追いやるしかない。俯いているわけにはいかない。

 

全部流し出してしまえ。

弱気な私も後ろ向きな私も、涙と共に追い出してしまえばいい。

そうすれば、立ち上がれる。私は今、両の足でしっかりと立てている。

 

「・・・・・・昼間に思いっ切り泣いたから。もう十分だよ」

 

皆がいるからだ。あの半年間があったからだ。

もう何度絶望的な壁を乗り越えてきたと思っている。

 

あの場に私がいたとしても、皆と同じ決断に踏み切ったはずだ。

誰も下を向いていなかった。諦めていなかった。リィンという希望のために、前を見据えていた。

私だって《Ⅶ組》の一員だ。皆に習って、現実を受け止める。信じるしかない。

 

『そう。でも足が震えているわよ』

「うるさい」

『声もそうね。余り無理をしない方がいいんじゃないかしら』

「うるさい!!」

 

思い出せ、ロイドの言葉を。あの背中を。

大切な何もかもを奪われた彼が、言い放った全てを。

真実を見極めるために、仲間を取り戻すために、彼は決して膝を折ろうとはしなかった。

絶対に諦めないと誓い合った。こんなところで、約束を反故にするわけにはいかない。

 

「ありがとう。久しぶりにみんなの顔が見れてよかったよ」

『そのみんなが無事でいるだなんて、私は一言も言っていないわよ』

「何度も言わせないで。私はそう信じてる。それに―――」

 

鞘を払い、長巻の切っ先を女性の喉元に向ける。

《Ⅶ組》としてだけではなく、遊撃士の端くれとして。

私の中に流れ込んできた記憶の一端を、見過ごすわけにはいかない。

 

「身喰らう蛇、第二柱『蒼の深淵』、だったっけ。何を仕出かすつもりか知らないけど、あんた達の好きにはさせない」

『あらあら、勇ましいわね』

 

蒼の深淵―――ヴィータは両手で静かに拍手を鳴らすと、視線を上方に向けた。

その先にいるのは、私の頭上を舞っていたラン。

今まで沈黙を続けていたランに、ヴィータは撫でるような声で言った。

 

『かつて女神が遣わせた、幻の至宝を見守る聖獣。お会いできて光栄だわ・・・・・・でも変ね。あなたは何故彼女と行動を共にしているのかしら?』

「・・・・・・何を言ってるの」

『全ては因果で繋がっている。零の巫女の発現は、元を辿れば幻の至宝に端を発している。アヤさん、ここであなたに質問よ』

 

ランへ向けた視線をそのままにして、ヴィータは目を細めながら続けた。

ランの何かを探るような、内面を覗き込むような目に、ぞくりと悪寒を感じた。

 

『繋がりがある以上、本当に使命から解かれたと言えるのかしら。至宝に関わる争いに触れてはならないという禁忌は、今もその身を縛り続けているのではなくて?』

「ま、待ってよ。何を言って」

『そもそもこの世界軸自体、零の巫女の意志が介在しているのよ。クロスベルに留まっていられたのが不思議なぐらいにね。居心地は最悪だったでしょうに。あなたと共にクロスベルを離れたのは、その辺りにも理由が―――』

 

突然、頭上から熱気が放たれた。

ラン本来、聖獣としての神狼の姿は、もう何度も目の当たりにしてきた。

変貌の際に巻き起こる風も、幾度となく肌で感じてきた。

だというのに、この温度は何だろう。こんな熱風は初めてだ。

 

『少々耳障りだ。その口を噤むがいい』

 

私とヴィータの間に割って降り立ったランの声が、頭の中に響いてくる。

 

『ウフフ、随分と感情的だこと。聖獣は皆そうなのかしら?』

『かの至宝は高位な人格を与えられた。ならば私がそうであってもおかしくはなかろう』

『情がある、ということかしらね。あなた達、とっても素敵だわ』

 

ランが唸り声を上げて威嚇すると、ヴィータは再び私へと視線を向けてくる。

するとグリアノスと呼ばれていた鳥が鳴くと同時に、彼女の幻影がゆっくりと薄らいでいく。

 

『今後の身の振る舞い方を、よく考えておくことね。あなたが従えるその力・・・・・・フフ、物語は予想以上に面白くなりそう。期待しているわよ、アヤ・ウォーゼルさん?』

 

ヴィータとグリアノスの声が混じり合い、光が消える。

続くようにして、神狼が小鳥へと身を縮め、私の右肩で羽を休め始めた。

 

途端に膝が折れ、握っていた長巻が音を立てて地面に転がった。

いつもそうだ。ブルブランやヴァルターと対峙した時もそう。

蛇の連中と向き合った直後は、虚勢を張っていた反動で立っていられなくなる。

 

『フム。やはり無理をしていたようだな』

「あはは・・・・・・まあね」

 

全身が冷や汗に塗れていた。立っていられた自分を褒めてあげたい。

あれが同じ人間とは到底思えない。人の形を模した何かに思えてくる。

やはり裏で蛇が暗躍していたか。クロスベル同様、唯事ではない何かが起きている筈だ。

 

それに、一度に多くを知りすぎた。受け止めるのは、これからだ。

10月30日の出来事も、クロウのことについても。そして、ランに関わる謎めいたやり取りも。

 

「・・・・・・ねえ、ラン。今の話って、何のこと?」

 

私の声を意に介すことなく、ランが定位置に潜り込んでいく。

答えてはくれない、か。分かり切っていたことだが、流石に今回は引っ掛かることが多すぎた。

 

使命に禁忌。何度か耳にしたその何かが、今もランを縛っている。

どう受け止めればいいのだろう。ランが私に力を貸してくれる理由と、関係があるのだろうか。

 

「あ、アヤちゃん!」

「・・・・・・モリゼーさん」

 

背後から聞こえたモリゼーさんの声で、漸く生きた心地がしてきた。

申し訳ないが、途中から彼女の存在はすっかり頭から抜けてしまっていた。

地面に力無く座り込んだ私を心配してか、モリゼーさんは慌てた様子で私の身体を触ってくる。

 

「だ、大丈夫?何ともない?」

「私は大丈夫です・・・・・・すみません、怖い思いをさせてしまって」

 

頭を下げると、モリゼーさんのお腹が鳴った。応えるように、私のお腹も。

今日二度目となる緊張感の欠けた流れに、お互いの表情に再び笑顔が浮かんだ。

 

「あはは。そろそろ宿に戻りましょう」

「そうね。まずはたくさん食べて、それから話をしよっか」

 

_______________________________

 

午後20時過ぎの宿場。

アルスターの郷土料理を堪能した私達は、入浴を済ませた後、2階の部屋に向かっていた。

モリゼーさんの部屋は、私の隣。積もる話は私の部屋ですることになっていた。

 

「ふーん。じゃあ昨日まで本当にクロスベルにいたのね」

「はい。だからこの1ヶ月の出来事を聞くと、驚くばかりなんです」

 

説明の大半は、周囲の目に気を配りながら、夕食や入浴の最中に済ませてしまっていた。

と言っても、大部分の話に『とある事情により』という曖昧な大前提があった。

クロスベルについてもそう。ランのことについてもそう。

私が置かれた状況を理解してもらうには話すしかないものの、やはり隠しごとで溢れてしまっていた。

 

「はー。久しぶりに遠出したから、疲れちゃったわ」

「あはは、私もですよ。よいしょっと」

 

お互いに溜め息を付きながら部屋に入り、ベッドの上に勢いよく腰を下ろす。

 

早朝に国境を越えて、検問までは歩きっ放し。

アルスターまでモリゼーさんに同行してから、幻獣との一件。

そして身喰らう蛇の幹部との対峙。濃厚な1日だったと思う。

 

モリゼーさんも同様のようだ。

私と会うまでは、慣れない馬車を引きながらの、2日間に渡る旅路だったらしい。

昨晩は馬車の中で過ごしたこともあり、旅疲れは相当な物だろう。

 

「・・・・・・あれ?」

「ん、どうかしました?」

 

ベッドに座るモリゼーさんの視線の先には、部屋の片隅に佇むラン。

小鳥状態だったランは今、大型犬(?)の姿を取っていた。

 

ランは基本的に大型犬の姿で私と行動を共にしていた。

霊力を回復させたり、身を隠す必要がある時にだけ、小鳥状態となる。

考えてみれば、今の姿をモリゼーさんが目にするのは初めてのことか。

 

「言ってなかったですけど、あれはランですよ」

「ランちゃん?あの小鳥が、これ?」

 

確かめながら、ゆっくりとランに近づいていくモリゼーさん。

恐る恐る差し伸べた手が触れると、ランはピクリと反応した後、再び蹲る。

次第にランを触る手が激しくなり、モリゼーさんは感嘆の声を上げ始めた。

 

「もっふもふ!すっごいもっふもふだよ、アヤちゃん!」

『・・・・・・アヤ』

「あはは。そのままそのまま」

 

ランを弄り回していたモリゼーさんは、数分後に漸く落ち着きを取り戻してくれた。

当のランは若干不機嫌なオーラを醸し出していたが、とりあえず放っておこう。

 

「さてと。大体の事情は分かったわ。私より若いのに、何だかすごいことになってるわね」

「ある意味でもう慣れっこです」

「慣れちゃ駄目でしょ・・・・・・それで、これからどうするつもりなの?」

 

いつの間にか、モリゼーさんの表情が変わっていた。

それだ。私が今考えるべきことは、明日以降の動き方にある。

 

幸か不幸か、私は10月30日の全てを知るに至った。

灰色の騎士人形に乗ったリィンが、どこに向かったのか。

クロウが操る蒼色の騎士人形と対峙したガイウス達は、今どこで何をしているのか。

そもそも―――皆、無事でいるのだろうか。

 

(違う、そうじゃない)

 

最悪の可能性を考えては駄目だ。信じると言い切ったばかりだろう。

絶対に生き延びている筈だ。その先に、私が取るべき行動がある。

 

「そのことなんだけどね。多分、みんな無事なんじゃないかな」

「え・・・・・・どうしてそう思うんですか?」

 

ほら、とモリゼーさんが差し出してきたのは、帝国時報。

アルスターへ向かう道中にも目を通した、11月末付けの新聞だった。

 

「指名手配されてるってことは、今も貴族連合に追われてるってことでしょ?それはつまり、ここに載っている人間は、今も無事でいるってことだと思うのよ」

「・・・・・・そ、そっか。そうですよね」

 

どうしてその可能性に気付かなかったのだろう。モリゼーさんの言う通りだ。

新聞の日付は11月28日。この日付までは、誰もが領邦軍から逃げ延びていたと考えていい。

少なくとも、10月30日の境地を脱することができていたと言える。

あの状況下からどうやって。知る由も無いが、今それは重要ではない。

 

「あ、あはは・・・・・・よかった。本当に・・・・・・」

 

断言はできないし、安心するにはまだ早い。だというのに、また目頭が熱くなる。

堪えろ。この涙は先程とは違い、流していい涙ではない。

皆と再会できるその時まで取っておくべきだ。そう考えていると―――

 

「―――モリゼー、さん?」

 

どういうわけか、モリゼーさんの頬を、一筋の涙が伝っていた。

声が出なかった。どうして彼女が涙を流すことに繋がるんだ。

慌てふためく私とは裏腹に、モリゼーさんは目元を拭い、笑いながら口を開いた。

 

「フフ・・・・・・実はね、私も見たの。あの子達が、アヤちゃんの大切な人達なのね」

 

モリゼーさんは語った。

私がヴィータの記憶に触れたのと同じくして、彼女も全てを目の当たりにしていた。

触れたのは1日だけ。10月30日の、数ページの記憶。

 

当然ながら、モリゼーさんが私達に関して知っていることはほとんど無い。

それでも彼女は、感じ取ってくれていた。私達《Ⅶ組》が深め合ってきた絆。辿ってきた軌跡。

仲間だと信じていた彼の裏切りと、引き裂かれた苦しみ。

その痛みを感じてくれたからこその涙。疑う余地は無かった。

 

「少し羨ましいな。そこまで想い合える仲間がいるって、すごいことだと思うわ」

「・・・・・・ありがとうございます」

「お礼なんていいってば。でも・・・・・・うん、決めた」

 

モリゼーさんはベッドの上でぴょんと飛び上がり、正座の姿勢を取る。

すると再び表情が変わり、私の目を見ながら切り出してきた。

 

「アヤちゃんはきっと、これからその大切な仲間を探しに行くのよね」

「はい。色々と考えることは多いですけど、まずはそれからだと思ってます」

「その旅路、私も同行させて貰えないかな」

「・・・・・・へ?」

 

頭上に疑問符を浮かべていると、モリゼーさんはその決断に至った経緯を並べ始めた。

 

1つ目は、行商人として抱えていた不安にあった。

交通網が麻痺している状況下では、移動手段は限られてしまう。

今日のように街道で魔獣の危機に晒されたことは、初めてではなかったらしい。

正規軍も領邦軍も魔獣討伐に人手を割く余裕はなく、それも相まっての事情だった。

魔獣を退ける力を持つ同行者のような存在を、以前から欲していたのだそうだ。

 

2つ目が、馬の扱いに私が長けていること。

1つ目の理由に被るが、飛行船や鉄道の次に有効な移動手段は導力車だ。

あらゆる物資が高騰していることもあり、導力車はとんでもない高値で取引されていた。

購入する資金が無ければ、運転免許も無い。運送会社も完全にパンク状態。

様々な可能性を検討した結果、結局は自らの足に頼るしか手立てが無かった。

そう考えて馬車を購入したのはいいものの、思うように馬の脚を活かせない。

たったの1日や2日で乗馬術を覚えられる筈もなく、困り果てていた。

 

そして3つ目が、私。

私が置かれた立場と、何よりモリゼーさんの個人的な感情に起因していた。

 

「私と一緒にいれば、行商人にしか見えないでしょ?いい隠れ蓑になると思うのよ」

「そ、それはそうですけど。私は明日の行先すら決めていないんですよ。モリゼーさんの目的は行商ですよね?私に同行して・・・・・・その、商売になるんですか?」

「それはアヤちゃんに合わせるわよ。それに・・・・・・それにね」

 

行商は二の次なの。

モリゼーさんは言いながら私の手を取り、暖かな笑みを浮かべた。

 

「言ったよね、助けてくれたお礼をしたいって。今日出会ったばかりだけど、色々知っちゃったし・・・・・・放っておけないっていうのが、本音かな」

「モリゼーさん・・・・・・」

「足手まといになるかもしれないけど、本心なの。駄目?」

 

暖かい。素直にそう思えた。

モリゼーさんは私達の絆をすごいと言った。それをそっくりそのまま返したい。

今日の今日出会ったばかりの人間に、こうも暖かな言葉を贈れる人間がどれだけいるだろう。

 

この人は信じるに値する女性だ。

それに助けてもらったのはこちらの方。モリゼーさんのおかげで、明日が見えた。

私がすべきことは1つ。そして答えも1つしかない。

 

「分かりました。こちらこそ、一緒に来てもらえると助かります」

「なら決まりね。よーし、お姉さん頑張っちゃうんだから!」

「あはは、頼りにしてますよ」

 

辺境の里、アルスター。

その存在を知る人間の方が少ない地で、私がもう1つの絆を手に入れた瞬間だった。

 

________________________________

 

午後23時半。

明日は早朝に発つこともあり、22時にはベッドの中に入っていた。

久方振りに過ごす、寝付きが悪い夜。考え事が原因なのは明白だった。

 

―――あの学院祭のステージも嘘だったって、本気で言うのかよ!?

 

リィンの悲痛な叫び声が、今でもハッキリと耳に残っていた。

彼の苦しみは、皆の悲しみは痛い程理解できる。

あの場に居合わせなかった私ですらこれだ。思い出す度に、胸の奥に痛みを覚えた。

 

―――今じゃいい思い出だが、大変だったんだぜ。色々あったしな。

―――馬鹿野郎!!てめえらの覚悟はそんなもんかよ!?

―――ったく、こういう時ぐらい笑えよ。辛気臭えのは御免だ。

 

「・・・・・・嘘なわけないじゃん。クロウ」

 

面と向かって問い質したい。

私達が共有してきた、あの掛け替えのない日々。アンゼリカ先輩達との絆。

嘘だと言えるなら言ってみろ。捨てられるなら、捨ててみればいい。

 

テロリストとして彼が犯した罪は、償い切れる範疇を超えている。

どう足掻いても。私達が何をしたところで、絶対に取り戻せはしない物がある。

それでも―――まずは一発、ぶん殴る。それぐらいはしてもいいだろう。

 

「そうだよね、ガイウス」

 

見慣れない天井に向かって、想い人の名を呼ぶ。

彼は今何処で何をしているのか。私と同じように、求めてくれているだろうか。

もう少しだ。今日という日が始まりであり、再会はそう遠くないように思える。

再会が叶ったその時には、力の限り抱きしめてあげよう。

もう1ヶ月以上、彼の匂いを知らない。そろそろ限界が近い。

 

「んー・・・・・・むにゃ」

「痛っ」

 

寝返りを打ったモリゼーさんの左手が、私の頬を叩いてくる。

これから旅路を共にする仲だし、今日は一緒に寝よう。

モリゼーさんの提案を断る理由は無かった。ベッドのサイズだけが困り物だったが。

 

何だか本当に姉ができた気分だ。食いしん坊の姉妹、か。

考えてみれば、食費がとんでもないことになりそうだ。

帝国を流れた4年間と、ノルドでの3年間で身に着けた術を以って、食糧の確保に努めよう。

 

「・・・・・・お姉ちゃん」

 

物は試しにと、いる筈のない存在に語りかける。

血の繋がった兄弟も姉妹もいない。なのに、どういうわけかしっくりくる。

どうしてだろう。その理由に行き着くのは―――もっともっと、先の出来事だった。

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