絢の軌跡Ⅱ   作:ゆーゆ

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12月8日 約束の地へ

ポーラの行方を追うには、余りにも情報が少なかった。

分かっていることは、ポーラ達が襲撃にあった事実と場所、日時だけ。

ランと共に現場へ向かったが、目ぼしい手掛かりを見つけることはできなかった。

 

モリゼーさんが駄目元で領邦軍に掛け合ってくれたものの、やはり収穫は無し。

「調査中」の3文字が返ってくるだけで、得られた物は何も無かった。

そもそも本当に事件の調査に着手しているのかさえ、疑わしかった。

 

私が捜査に乗り出したのは、既に夕暮れ時に差し掛かっていた時間帯。

夜の暗闇が訪れ、無力さに苛まれるまで、さほど時間は掛からなかった。

野盗の手に掛かってから丸1日が経過している以上、立ち止まってもいられない。

一刻も早く救い出す必要があるのに、後を追う手立てがない。気が狂いそうだった。

 

結局私が最後に縋ったのは、ランだった。

私の手元に残された最後の希望。それがポーラの髪留めに残されていた、彼女の匂い。

私はランの脚と鼻を頼りにして、ポーラの匂いを追跡する手段を取った。

ランと共に、東部を一心不乱に走り続けた。これについては、夜の暗闇は好都合だった。

と言っても、ランの鼻が万能なわけではない。夜間でも街道に検問は張られていた。

捜索は難航を極め―――気付いた頃には日付が変わっていた。

 

「・・・・・・ん。間違いない、この仔達だよ」

『やれやれ。漸く嗅ぎ付けたか』

 

12月8日、午前1時深夜。

双龍橋から南へ約150セルジュ程離れた、岩山の麓。

辺りに人里は無いというのに、木製の一軒家がぽつんと建っていた。

裕福な人間が建てた別荘のような物だろうか。古ぼけているが、作りはいいように見える。

 

辺りを調べると、追い求めていた馬達がいた。

手綱を乱雑に木々へ結び付けられており、馬の扱いに少しも気を配られていなかった。

馬がいるということは、野盗がいる。きっとポーラも、ここに捕らわれている筈だ。

 

『帰路に着く余力は残しているが、心許無い。この場はおぬしに任せる』

「分かってる。ごめんね、また無理をさせちゃって」

 

陽が暮れてから数時間、ランは全力で走りっ放しだった。

余力があるとはいえ、もう限界が近いに違いない。ここは私が行くしかない。

 

屋内からは人の気配どころか、明かりが漏れていた。

もう深夜だというのに、ゲラゲラと笑い声さえ聞こえてくる。

虫唾が走った。どうせこの建物も、無断で住処として使っているだけだ。

好き勝手にやりたい放題。ミラのためなら手段を選ばない猟兵が、可愛く思えてくる。

 

「数は多そうだけど、いざとなったらあの『力』を使うよ。短時間なら大丈夫」

『フム。やりようはあると思うが・・・・・・1つ忠告しておく』

「何?」

『怒りに身を任せるなとは言わん。だが手を汚す必要はあるまい。一線を越えぬことだ』

「・・・・・・うん。ここにいて」

 

建物の入り口に歩を進めながら、気配を探る。

複数人いる。少なくとも5人以上。相手が複数犯であることは想定していた。

どうだっていい。5人だろうが10人だろうが、やるべきことは決まっている。

私は奪われた物を取り返しに来ただけ。それ以上でも以下でもない。

 

―――お母さん。

 

忘れていた筈の感情が、胸の奥底から沸き上がってくる。

駄目だ。思い出すな。過去と重ねても何の意味もない。

考えるのも面倒だ。入り口があるなら―――そこから入って、奪い返せ。

 

バタンッ。

 

無造作に放った前蹴りで、木製の扉が前方へ音を立てて倒れる。

6人の男達がいた。中央のテーブルには、酒瓶や食料のカスが散乱していた。

予想通り、酒盛りの最中だったのだろう。祝い酒でもしていたのだろうか。

 

「なっ・・・・・・何だ、手前は!?」

「ポーラを返して。いるんでしょ」

 

呆け顔で私を見ていた男達は、私の声で我に返ったのか、弾かれたように動き出した。

剣や槍といった得物を手にする者がいれば、導力銃を握る者もいた。

何だっていい。いいから返せ。こんな連中に付き合っている暇は無い。

 

「昨日あんた達が攫った女性だよ。何処にいるの」

「こ、こいつっ・・・・・・!」

 

男の1人が握っていた導力銃の銃口が、私へと向けられた。

酔っているからか、ひどく手元が揺れていた。斬ってくれと言っているようなものだ。

私は長巻で導力銃を狙い、横半分に斬り払った。

剣圧で腕を巻き込んでしまったが、大事には至っていない。ひどく些末なことだった。

 

もういい。面倒だ。こんな奴らを、こんな奴らに与える情など持ち合わせてはいない。

もう感情が抑えられない。身体を壊さずに限界を超えることができる時間は、僅か十数秒。

こいつらを許すな。力で奪われた物は、力で奪い返す。それだけだ。

 

「がっ・・・っ・・・うあああああぁぁぁぁっっ!!!!」

「「っ!?」」

 

こんな私の姿、私自身が見たくはなかった。

士官学院生でも遊撃士見習いでもない、感情に身を任せるだけの私。

いい気味だ。もっと苦しめ。返り血が舞う様に、快感さえ抱いてしまう。

 

たとえそれでも。自分を見失ってしまったとしても。

私を私として繋ぎ止めてくれるのが、この半年間の日々。

全てを奪われたあの日。血に塗れた過去と、向き合う勇気をくれた仲間達。

 

―――私達にだって、背負うことはできるんだから。

―――どうか私にも分けて下さい、アヤさん。

―――アヤが教えてくれたことだよ。

 

怒りに我を忘れそうになった時、いつも誰かが私の手を握ってくれた。

だから私はアヤ・ウォーゼルでいられる。皆の存在無くして、私は成り立たない。

この先何が起きようとも、私は《Ⅶ組》の一員で、遊撃士を目指す人間の1人だ。

 

「はぁ、っ・・・・・・な、何度も言わせないで。ポーラは何処にいるの」

「ひっ・・・・・・!?」

「何処なの!?これ以上私を怒らせないで!!」

 

傍にいた男の胸ぐらを掴み、腹の底から怒鳴り声を上げた。

すると男は右手を震わせながら、部屋の奥にその指を向けた。

見れば、扉があった。どうやら奥にも部屋があるようだ。

 

男が濡らした床を避け、鼻を摘まみながら部屋の奥へ歩を進めた。

扉に手を掛けると、簡単に開いた。明かりは見当たらず、スイッチの類も見つからない。

仕方なく、火属性アーツで小さな火明かりを灯した。

随分と小さな部屋だ。収納を目的とした納屋のような小部屋なのだろう。

 

「っ・・・・・・ポーラ!?」

 

すぐに気付いた。部屋の片隅に、人の姿があった。

膝を抱え、その上に顔を埋めていた。私の声掛けに、ピクリとも反応を見せない。

聞こえてはいる筈だ。恐る恐るゆっくりと近寄り、傍らに腰を下ろす。

 

「私だよ、ポーラ。アヤだよ。ポーラ、助けにっ・・・・・・?」

 

火明かりで照らされたポーラの表情を見た瞬間、血の気が引いた。

この女性は誰だ。まるで人形のように、感情が見当たらない。目に光が無い。

 

「ポーラ・・・・・・ポーラ、だよね?お願い、何か言って!」

 

見間違う筈がない。間違いなくポーラだ。

外傷はある。所々に擦傷や裂傷は見受けられるが、どれも大事無い。

だというのに、変わり果てたその様に、得体の知れない恐怖さえ覚えた。

 

「・・・ぁさん・・・父、さ・・・・・・」

 

ポーラはぽつりぽつりと、肉親らしき人間の名を呟くだけだった。

私が腕に、顔に触れても、反応が返ってこない。何も返してはくれない。

 

壊れていた。完全に壊れてしまっていた。

一体彼女の身に何があった。何をしたらこうなるんだ。

誰か嘘だと言って欲しい。やっと見つけ出せたのに、どこにも救いが無い。

 

(こ、こんなことって)

 

何だこれは。私はどうして、ポーラは何故苦しんでいる。

彼女が何をした。懸命に生き延びようとしていただけだろう。その結果がこれなのか。

ふざけるな。ふざけるな―――ふざけるな!!

 

「そんな・・・・・・ポーラぁ」

 

絶望に苛まれ、私の心さえもが折れてしまいそうになった時。

ポーラの口から、一筋の光が漏れた。

 

「ユ・・・・・・シ」

「え?」

 

顔を上げると、暗闇の中に何かが光った。

慌てて再度アーツを詠唱し、ポーラの顔を照らした。

 

「・・・・ユー・・・・・シス」

 

ポーラの右目。片方の目から、僅かな涙が零れていた。

人が人である証。人間の、感情の証である水滴。

名を呼びながら―――ポーラの目に、僅かな光が灯っていた。

 

「ポーラっ・・・・・・」

 

私はポーラの身体を強引に引き寄せ、力一杯に抱き締めた。

ポーラは生きている。心は壊れていても、この腕の中に、彼女の確かな体温と息吹を感じる。

 

まだ間に合う。いつも笑顔を絶やさず、私に元気をくれた親友はここにいる。

取り戻す手立てはある。彼女がこの半年間に育んできた想いは、消えてはいない。

 

「会わせてあげる。絶対に会わせてあげる。だからお願い、目を覚まして」

 

私はポーラの髪を纏め上げ、懐にあった髪留めで彼女のトレードマークを作った。

絶対に取り戻して見せる。3人で笑い合ったあの日々は、私にとっても大切な、宝物なのだから。

 

________________________________

 

野盗の潜伏先を制圧した後、私はポーラを抱きながら、ランと共に帰路に着いた。

ランがいたとはいえ、複数頭の馬とポーラを連れながらの闇夜道だ。

ケルディックへ戻ってくる頃には、東から12月8日の朝陽が顔を覗かせていた。

 

私は拘束しておいた野盗の居場所を紙へ記し、無記名で領邦軍の詰所に送り届けた。

午前中には、連中の身柄は領邦軍に押さえられることになるだろう。

縄で縛り上げ、身動き1つ取れない身だ。早く楽にさせたいという思いぐらいは残っていた。

 

「それにしても、あんたも随分と無茶をしたもんだね」

「いえ、私は大丈夫です」

 

12月8日、午前9時過ぎの風見亭。

今店内にいるのは一部の商人達と私、マゴットさんにルイセさん。

そしてランベルト先輩が無事快復を果たし、身動きが取れるようになっていた。

 

「私が不甲斐無いばかりに・・・・・・弁明のしようがないとは、正にこのことだ」

「何度も言わせないで下さい。ランベルト先輩のせいじゃありませんよ」

 

完治まではまだ掛かるが、私が軟気功で治りを促したことで、痛みは引いてくれたようだ。

 

ランベルト先輩は、私達に詳しい経緯を教えてくれた。

貴族連合の襲撃にあってから、先輩はポーラと共に帝国東部を流れ続けていた。

各地に腰を据えて息を潜める皆と違い、2人は常に動き続けざるを得なかった。

理由は勿論、引き連れていた馬にあった。複数頭ともなれば、あらゆる面で過酷だった筈だ。

養うには労力と費用がいる。こんな状況下で頼れる人間などいない。

度重なる増税も拍車を掛けた。何軒かの民家や農家にお世話になっては、見放される毎日。

 

結局頼れるのは自分自身と馬の脚。2人は馬を使い、ミラを稼ぐ道を選んだ。

荷車を引く。鉄道に代わる足として人を運ぶ。それしか馬を養う手立てが無かった。

決して馬を手放そうとはしなかった。ボロボロになりながら、2人は馬の背に跨り続けた。

 

そんな日々が今後も続くだろうと思われた矢先に、ランベルト先輩は唐突に額を割られた。

全てが夢であって欲しい。そう願いながら目を覚ました先輩を待っていたのは―――残酷すぎる、現実だった。

 

「自分を責めないで下さい。ポーラだって、きっと同じ想いの筈です」

「すまない・・・・・・ありがとう、アヤ君」

 

言葉とは裏腹に、無理をしているのは目に見えて理解できる。

いつも威風堂々、豪放磊落を絵に描いたような先輩の背中が、とても小さく見えた。

どんな言葉を掛けたところで、この人のためにはならない。心は動かせない。

 

言葉を詰まらせていると、2階から2人の女性が階段を下りてくる姿が目に止まった。

宿部屋の一室でポーラの容体を診てくれていたロジーヌと、彼女と同じ教会のシスターである、オリーヴさんだった。

 

「あ、あの。ポーラは、どうなんですか」

「アヤさんが言ったように、外傷は軽度でした。今はモリゼーさんが看てくれています」

 

ロジーヌが微笑みながら言った。昨日のように、その背後に後光が見えることはなかった。

あるのは現実だ。隣に立っていたオリーヴさんは淡々と、感情を隠すように述べ始める。

 

「身体の傷は別として・・・・・・心の方が、芳しくありません。余程怖い目にあわれたのでしょう。心的外傷の影響で、一時的に記憶や感情に靄がかかっているようです」

「・・・・・・それ、治るんですか?」

「分かりません。今は静かな場所で休ませてあげるしか、方法が無いんです」

 

改めて言われなくとも、あの姿を見れば誰だってその結論に行き着く。

精神的にも疲労困憊だったことが後を押したのだろう。たったの1日で、ポーラの笑顔は消えた。

どうして彼女が。行き場の無い怒りが、胸の奥に積み重なっていく。

あと1日早くこの街に来ていれば、何かが変わっていたのかもしれないのに。

 

様々な感情が沸々と交互に沸き出し―――突然、眩暈を覚えた。

 

(あ―――)

 

急に上下左右の感覚が乱れ、壁が上から圧し掛かってくるような錯覚に陥る。

それが床だと気付いた頃には、皆の声が混じり合いながら聞こえてきた。

 

「あ、アヤ君!?」

「アヤさん!」

 

分かってはいた。誤魔化そうとしても、体が言うことを聞いてくれない。

一晩中寝ずに走り続けた代償。極・月光翼を使った反動。先輩に軟気功を施した対価。

立ち止まっている場合ではないというのに。全てが私に眠れと囁いてくる。

耳を塞いでも、その声が止むことはなかった。

 

________________________________

 

視覚より先に、聴覚が起きてくれた。

子守唄だった。嗄れ声で優しく、撫でるように誰かが口ずさんでいた。

心地の良い唄だった。目を覚ました直後だというのに、また微睡みに落ちそうになる。

絶対に会わせてあげる。親友との約束を思い出し、私は再び重い瞼を持ち上げた。

 

(モリゼー、さん・・・・・・元締め?)

 

不思議な光景だった。

私が眠るベッドの隣には、すやすやと寝息を漏らすポーラの姿があった。

寝顔だけを見るなら、普段のポーラだ。心が壊れているだなんて、考えたくもない。

 

その横の座椅子に座っていたのが、モリゼーさん。

モリゼーさんはこっくりこっくりと、頭を揺らしながら居眠りをしていた。

どういうわけか―――その目元から頬を伝って、涙が流れ出ていた。

何の涙かは分からない。何かを思い出すように、悲しみを堪えるかのように。

 

そんなモリゼーさんを見詰めながら、オットー元締めが唄っていた。

始めはポーラへ向けた唄かと思ったが、明らかにモリゼーさんに捧げられた物だった。

想像が付かないが、この2人は何か特別な間柄なのだろうか。

交互に見詰めていると、私の視線に気付いたのか、元締めは唄声を止めた。

 

「ん・・・・・・おお、起きていたのか。すまないね、起こしてしまったかな」

「いえ、今さっき起きたところです」

 

私が半身を起こすと、元締めは静かに私の下へ歩み寄ってきた。

この人と会話を交わすのは、4月の実習以来か。この様子だと、私を覚えてくれているようだ。

 

「お久しぶりです、オットー元締め。ご挨拶に行けずにすみません」

「何、構わんよ。話はこの子から聞いておる。大変じゃったな」

 

諸々の事情については、モリゼーさんが話してくれていたのだろう。

壁に掛けられた時計を見ると、短針は地面と垂直に、真下を指していた。

9時間以上眠っていたのか。一晩分の睡眠時間を丸々使ってしまっていた。

 

「腹も空いておるじゃろう。どれ、女将に頼んで何か作って貰おう」

「あ、いえいえ自分で行きます。もう起きますから」

 

腰を上げようとした元締めを両手で止め、慌ててベッドから床に降り立つ。

この人も多忙の身だ。最近は税率や徴発に対する陳情で手一杯だと聞いていた。

そもそも元締めが何故ここにいるのか、それ自体に疑問を抱いてしまう。

 

「あの・・・・・・元締め。モリゼーさん、なんですけど」

「ん、この子がどうかしたかね?」

 

私は声を潜めながら、モリゼーさんの表情を覗き込んだ。

既に頬を伝っていた涙は消え、その跡だけが残されていた。

悲しい夢でも見ていたのか、それとも現実の何かに、心が反応したのか。

いずれにせよ、モリゼーさんが涙を流した理由が、私には見当たらなかった。

 

「・・・・・・おそらくじゃが。モリゼーは過去の自分と、この女の子を重ねたのじゃろう」

「過去の?」

 

それ以上の言葉を、元締めはくれなかった。私自身、聞くべきではないと感じた。

いつかきっと、モリゼーさん自身の口から直に語られる時が来る。だから今は、ここまでだ。

そう思い、傍らに眠る親友へと視線を移す。

 

「・・・・・・ポーラ」

 

起こさないよう、小声で名を呼んだ。

幼子の様に眠り続ける彼女は今、どんな夢を見ているのだろう。

悪夢か、それとも吉夢か。願わくば後者であってほしい。彼も、そこにいるのだろうか。

私はもう一度だけポーラの愛おしい寝顔を確認してから、部屋を後にした。

 

________________________________

 

ルイセさんに食事の用意をお願いした後、私は裏口から外に出た。

既に陽が沈みかけていた。冷え込みも厳しく、口からは白の吐息が漏れていた。

 

西の方角を見ると、夕焼けと青空が混じり合い、幻想的な紫色の空が広がっていた。

不思議な感覚だった。現実の中にある、まるで夢のように神秘的な夕空。

秋の終わりと冬の訪れ。出会いと別れ。理想と現実。希望と―――絶望。

私の中でたくさんの2つが重なり合い、この季節独特の澄んだ空気が拍車を掛ける。

 

「アヤ君、もう平気なのかね」

「あ・・・・・・はい。ゆっくり休めました」

 

ランベルト先輩の声と同時に、マッハ号の鳴き声が聞こえた。

夕焼けに照らされているおかげで、先輩の表情がハッキリと見える。

笑ってはいるが、やはりどこか悩ましい影が差していた。

 

「ポーラ君は?」

「よく眠ってます。大分落ち着いているみたいです」

「・・・・・・そうか」

 

先輩とマッハ号はお互いに寄り添うように、肌を重ね合っていた。

どちらかと言えば、マッハ号が先輩を支えていた。私には、そう見えた。

 

「私もこの空には思うところがある。この季節の夕空は幻想的で美しいが、時折現実を見失いそうになるよ。まるで夢見の真っ只中にいるかのような錯覚に陥る。上手く言えないがね」

「あはは。よく分かりますよ」

 

丁度私も、今の心境と空の風景を重ね、夢と現実の狭間で揺れ動いていた。

ロジーヌやランベルト先輩達との再会。リィン達の手掛かり。夢のような現実だった。

親友の変わり果てた姿。壊れてしまった心。夢であって欲しい、現実だ。

 

どちらも逃れようのない現実。

分かっていても、心が拠り所を、逃げ所を探し回ってしまう。目を背けてしまいそうになる。

 

「・・・・・・ランベルト先輩の夢って、何ですか?」

「む。随分と急な質問だね」

 

同じ『夢』でも、意味合いは全く異なっている。

話題を変えたかっただけだが、考えてみればランベルト先輩について知っていることは少ない。

先輩は面倒見がいい反面、自身のことを余り語ろうとはしない傾向があった。

 

「実は既に、推薦枠を貰っていてね。卒業後、私は正式に領邦軍へ属することになる」

「そ、そうだったんですか?初めて聞きました」

 

ランベルト先輩は困り顔に笑みを重ね、自身の夢について語り始めた。

 

帝都近衛兵部隊。

君主を護るために、君主のためだけに存在する、ラマール領邦軍きっての選抜部隊。

その中でも、卓越した機動力と騎馬戦術を武器とする、帝都近衛騎馬隊。

エリート中のエリートと呼べる、領邦軍の最高峰。多くの人間にとって、憧れの的。

それがランベルト先輩が幼少の頃から思い描いてきた夢であり、明確な目標だった。

 

「入隊後は半年間、訓練期間が設けられる。その結果次第というところさ」

「近衛騎馬隊・・・・・・先輩にピッタリですね。その夢、きっと叶いますよ」

 

領邦軍入りが確定しているだけでも、大きく夢に近付けていると言える。

それにランベルト先輩はあらゆる面で優秀な学生、自慢の先輩だ。周囲からの信頼も厚い。

不安要素は見当たらない。強いて言うなら、馬への愛着心が強すぎることぐらいか。

 

「だが一方で、私は迷っているのだよ」

「え?」

 

ランベルト先輩はマッハ号に問い掛けるように、突然迷いを切り出した。

まただ。逞しく大きいその背中が、一回り小さく目に映ってしまう。

 

「身分を捨て、ポーラ君と各地を放浪する中で、様々な理不尽を目の当たりにしてきた。その度に私は、自問自答を繰り返した。未だに、答えは得られないがね」

「・・・・・・どういう意味ですか?」

「分からないのだ。士官学院生として、帝国貴族として。君達の先輩として。何よりランベルト・マッハとして、私が選んだ道が真に正しいのか。分からなくなってしまった」

 

ランベルト先輩は自嘲気味に笑いながら、上空を仰いだ。

 

先輩も私と同じだ。この人は今、迷いに迷っている。

卒業後は晴れて領邦軍入り。幼少からの夢に近付けたという、夢のような現実。

この1ヶ月間で目の当たりにしてきた、現実。夢であってほしい、現実。

 

ランベルト先輩はこの夕空を眺めながら、ずっと揺れ動いてきたのだろう。

思い描いてきた夢を、夢のままであって欲しいと願う。まるで想像が付かない感情だ。

 

「ポーラ君についてもそうだ。私のせいで・・・・・・私はこの現実を、どう受け止めればいい。それさえも分からないのだ。情けない話だろう?」

 

情けない。他者の目には、ランベルト先輩の姿がそう映るのだろうか。

私には―――そうは思えない。間違ってもいない。少なくとも、下を向いてはいない。

 

「私は・・・・・・そうは思いません。それでいいんじゃないですか」

「慰めは止したまえ」

「そうじゃありませんよ。先輩、私達は迷ってもいいんです」

 

言いながら、それが他人の受け売りであることを自覚した。

今のはノエルの言葉だ。クロスベルを発つ前夜に、私に教えてくれたことだった。

 

人にはたくさんの居場所がある。立場がある。目的は1つでも、答えがそうとは限らない。

だからこそ迷う必要がある。考えて、唯一ではない答えを探さなければならない。

ノエルは焦る余り迷いを捨て、クロスベルを護るために国防軍という答えを選んだ。

でもノエルは再び捨てた。答えを捨て、皆と一緒に答えを探し続ける道を歩み始めた。

 

「クロスベルにいる友人が教えてくれました。大切なのは、迷うことを恐れないことだって。先輩は間違っていません。そんな顔をしないで下さい」

「迷うことを・・・・・・」

「たくさん迷って下さい。迷って悩んで、足掻き抜いた先に、きっと答えがあるって信じて、私達は探し続けるしかないんです。違いますか?」

 

皆同じだ。こんな状況下に、答えはあってないような物。

そもそも私達は学ぶ立場、学生だ。半人前が簡単に辿り着けるわけがない。

この内戦も対立も、将来のことも。急いて誤った答えを出すよりは、今のままでいい。

 

「・・・・・・参ったね。まさかアヤ君に諭されることになるとは思いもしなかった」

「馬鹿にしないで下さい。これでも先輩よりは1つ年上です」

「ハッハッハ!そうだったね。私もまだまだ未熟者のようだ」

 

ランベルト先輩が快活に笑うと、マッハ号の高らかな鳴き声が周囲に響き渡る。

先輩の笑い声を聞くのも久しぶりだ。この人には堂々とした立ち振る舞いがよく似合っている。

 

「このランベルト・マッハ、腹は決まった。私は私が信じる道を行くとしよう。だがその前に、私にはやるべきことが残っている」

「やるべきこと?」

「当然だろう。アヤ君は、これからどうするつもりなのかね?」

 

決まり切っている。私は多くを抱えきれる程、器用じゃない。

希望が僅かでも残されているのなら、私はその可能性に望みを託す。

 

「私はポーラとの約束を果たしに行きます。それで事態が好転するとは到底思えません。でも・・・・・・今はそれしか、考えられません」

「ならば私も共に行く。大切な後輩を護れずして、君主を護衛する近衛兵など夢のまた夢だ」

 

彼が今何処にいるのかさえ、情報は1つとして無い。

なら行先は決まっている。可能性が高い場所から虱潰しに探し回るしかない。

きっと見つかる。ポーラの心も動いてくれる。

悔しいが私では無理だった。ポーラを救うことができるのは、彼だけだ。

 

「行きましょう。翡翠の都―――バリアハートへ」

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