勇者アデルとその仲間たち   作:うばたま

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序:勇者の旅立ち

 窓から漏れ出てくる陽の光。突き刺すようなその明るさに、「勇者」は目を覚ました。

 飾り気のない部屋には、この日のために用意された旅装束と、一本の剣。その他、旅をするに必要となるであろうこまごましたものが詰みこまれたリュック。それが「勇者」の全てだった。

 

 殺風景なこの部屋と、当分、ひょっとしたら永遠にお別れなのだということを「勇者」は知っていた。これから長い長い旅が始まる。血の匂いを漂わせるその未来に、寂寥も悲壮もない代わりに、期待も高揚もなかった。

 

 「勇者」は立ち上がり、素早く身支度を整えると、部屋を出た。別れを惜しむことはなかった。

 「勇者」の名はアデルイード・アルマ。この日、十六歳の誕生日を迎えた。

 

 

 「おはよう、アデル」

 早々にテーブルについていたアデルの祖父セバスは、すでに旅支度の孫ににこやかに微笑みかけた。その近くでは、母リーリオが朝食の準備を整えている。

 「おはようございます、祖父様」

 「今日はいい天気。雲一つない青空で気持ちがいいわ」

 リーリオがにこやかに微笑むと、セバスもしみじみと頷いた。二人とも、極力年若い勇者の旅立ちには触れないように努めているのだろう。少なくとも、セバスの方はそうだった。

 「さあ、朝ごはんですよ」

 晴れ晴れとした笑みを浮かべるリーリオに、セバスは思った。

 たった一人の、腹を痛めて産んだわが子が、これから死地に赴く事実を前にしても、なんと気丈なことか。舅である自分にも、本当によくしてくれている。何より、オルテガが残した、この小さな希望をこんな立派な勇者に育ててくれた。

 世間からは、やれ英雄だとか、勇者だとかもてはやされていた一人息子のオルテガだが、彼の一番の偉業は、この肝の座った女を妻に迎えたことかもしれない。

 「お義父様、スープですわ」

 にこやかにスープを運んでくれるリーリオに、セバスは感謝の目を向けた。

 その時、彼女の頬がわずかにひきつったことに彼は気づいた。瞳がわずかに揺れている。

 いつもと変わりなく、いや、若干はしゃぎ気味なこの様子は、やはりわが子の身を案じるあまりに無理をしているのだろう。

 彼はそう思い、目を逸らした。

 

 

 「では、お義父様。行って参ります」

 リーリオは微笑みを絶やすことなく義父に頭を下げた。

 「ああ、行っておいで。アデル、これから気を付けるんだよ」

 こんな時、気の利いた言葉が出てこない己にを嘆きつつ、セバスは孫の手を握った。節くれだった手は、長く剣を握ってきた者の持つものだった。セバス自身、かつては騎士として宮廷に仕えていた身であるからこそわかる。孫が、若い身でありながらも、どれほど鍛錬に勤しんできたか。

 「はい、祖父様。行って参ります」

 アデルはそれだけ言うと、先に歩き出した母の背を追うように歩き出した。

 祖父に握られた手は、まだぬくもりが残っている。

 自分は、もう祖父に会うことはないかもしれないなと、その時アデルは思った。

 

 

 アデルはけして母の横を歩かない。

 一度そうしたことがあったが、その時母の顔に浮かんだ表情がいつまでも記憶から離れないからだ。

 先ほどまでにこやかにおしゃべりしていた母の姿は、もうない。

 彼女はただ黙々と歩く。アデルがついてきているか、一度も確認しない。実際、アデルが後ろにいなくとも、彼女からすれば、心情的には構わないのだろう。

 目的地にはすぐ着いた。もともと城下町に居を構えている彼らの家から、城はそう離れていない。

 「じゃあ、私はここで」

 投げやりな声でそれだけ言うと、リーリオはアデルを一瞥することもなく歩き出した。労りや励ましの言葉は、とうとうなかった。

 「はい、お母さんもお元気で」

 遠ざかる母の背に声をかけ、アデルは城へ歩き出した。

 

 久々に心の底から晴れ晴れした。リーリオは、うっすらと微笑んできる自分に気が付いた。

 確かに腹を痛めて産んだ子供ではあったが、愛情を抱いた頃もあったはずだったが、愛しさよりも憎しみの方が遥かに強かった。

 夫であるオルテガの訃報を聞いてからは、その思いが一層強くなった。

 それももう終わりだ。あとは、自分にとって、心の底から愛する夫であるオルテガを、この世に作り出してくれた義父に心から尽くし、生涯変わらぬ夫への愛だけで生きていけばいい。

 もう、あの「怪物」にわずらわされることもないのだ。

 

 

 城へ入ると、見知った顔が数人見えた。中には、何度か手合いをした者もいる。二年前の一時期、アデルは定期的にこの城に出入りしていた。ある一件を境に、それはなくなったが。

 「おお、待っておったぞ勇者アデルよ」

 アリアハンの王であるグリード七世が、やや芝居がかった声と共に立ち上がった。彼の後ろには、王家の家紋に、国花であるグリシナと狐が絡む絵が描かれている国旗が立てかけられている。

 面を上げよと言われてから、アデルはその国旗を、何となく、ただぼんやりと眺めていた。国王の口上は、もはや聞いてはいない。

 「国を出て、父の跡を継ぎたいというそなたの意志、しかと受け取った」

 ここがポイントだと、アデルは昨夜、仲間の盗賊が言った言葉を思い出していた。

 「あの狐親父は、けして「魔王を倒す」なんて言葉は言わないぞ、絶対にな」

 確かにその通りだったと、アデルは妙なところで感心した。

 その後も続く激励の言葉にも、出された路銀にも、アデルはそつなく応えた。出された袋は、見た目だけはやたら派手な刺繍を施されていたが、持った瞬間、拍子抜けするほどの軽さが伝わってきた。

 「そなたの働きに期待しているぞ」

 最後の言葉に深々と頭を下げたが、内心では嘘だろうなと、アデルは思った。

 

 

 

 城を出た後、アデルは迷わずに、路地裏にある酒場に入った。「ルイーダの酒場」と看板がかけられているその酒場は、アデルにとっては慣れ親しんだものだった。

 

 「あら、やっと終わったのね」

 ルイーダの酒場はこじんまりとした酒場だ。年季の入った小さなカウンターに、椅子は数えるほどしかない。テーブルもいくつかあるが、それらはほとんどが椅子のない、立ち飲み用の簡素な造りとなっている。

 その中央で一人たたずんでいる女が、笑いかけた。店主のルイーダだった。酒場は、立ち飲み専用であるために、客の出入りが激しい。また、酒以外の飲み物もいくつか用意しているため、朝から開けてはいるが、今日は誰一人として客の姿がない。

 「今日はお客は?」

 「ああ、今日はあんたたちの貸切。オルテガの子供の晴れ舞台だもの。せめてそれくらいはしないとね」

 ルイーダがオルテガの名前を出すとき、そこに「勇者」や「英雄」はつけない。彼女にとって、オルテガはあくまで「オルテガ」にすぎない。なぜなら、オルテガは彼女の弟だからだ。

 「みんなは?」

 「上にいるわよ」

 ルイーダの酒場は、二階建てではあるが、二回は店主ルイーダの居住スペースなので、普段は客が入ることはない。

 「遅かったな」

 二人が階段を上がると、そこにいたのは六人の男女だった。

 「で?いくらもらった?」

 中央で紫煙をくゆらせている男が、ニヤリと笑った。大方の予想はついているのだろう。

 「最初に訊くことがそれかよ」

 横にいた青い髪の少年が、呆れたようにため息をついた。

 「五十ゴールド。ほら、やっぱり私がしっかり収入源の確保をするように主張してたかいがあったでしょう」

 細身の男は丁寧に金額を確かめたのち、もともと用意していた金袋にそれらを足す。もともと持っていた袋は、渡されたものよりも遥かに膨れていた。

 「マジか。いくら頓挫した計画だからってそれはケチりすぎじゃね」

 「問題ない。最初から期待していない」

 「でも、やはりせっかくいただいたのだから感謝はしないと」

 僧服に身を包んだ少女が控えめに言うが、彼女自身も、本当はその額の低さに驚いたのだろうことが窺えた。

 「形だけは協力しましたよってことか」

 少女の隣に座っていた女が小さくため息をつく。

 「あんたたち、もうすぐ出るんでしょ?ご飯くらい食べていきなさいよ」

 ルイーダが大量の料理を持って上がってきた。その声に、少し離れた場所にいた男二人が立ち上がった。

 「おお、ありがたいな。これからはこんなうまい飯はめったに食えないだろうしな」

 「それにしてもこの大所帯で旅は大変ねえ」

 「それは問題ない。まずは二手に分かれる予定だ」

 伯母の淹れてくれた紅茶を啜りながら、アデルは地図を広げた。アリアハンの土地一帯が描かれている地図だ。

 「あまり大所帯で行くと目立つしな」

 煙草の火を消し、男はアデルの横に腰かけた。彼の名はアギレ。アリアハン王に長く仕えていた盗賊である。盗賊というだけあって、表向きはただの近習だが、実のところは諜報活動、時には暗殺など、裏の仕事を多く回されていた。

 この八人の中で、リーダーはと問われればアデルだが、実際のところは彼が主導権を握ることが多い。

 

 二年前、彼らは様々な思惑が絡む中で出会い、手を組んだ。

 彼らを突き動かしたのは愛でも、信念でも、ましてや正義でもなかった。

 だがそれでも、魔王とうち滅ぼさんとする勇者一行は、旅立ったのである。

 

 

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