勇者アデルとその仲間たち   作:うばたま

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第3章 ロマリア~シャンパーニの塔
ジルダの独り言1


 陸続きってのは、いろいろ問題がある。

 ポルトガと、ロマリアの人間なら、いつだって思っていることだ。国と国との境界が、人間が決めた目に見えない線だから、いざこざが起こりやすい。何しろ簡単に入ってこれるんだからねえ。

 あのちっぽけでいけ好かないエジンベアがなんで栄えたのかってぇと、そりゃ、島国だったからだ。海に囲まれていると、なかなか外部の人間は入っていきづらい。それは戦でも同じだ。海があるだけで、船が必要になる。攻め込むには様々な制約が生まれる。

 ポルトガとロマリアは、もうずっと前から牽制しあっている。ここ数十年はしてないけど、長い歴史の中じゃ、戦をしていない時間の方が少ないくらいだ。

 あたしが小さい頃は、まだ二つの国は一応表面上は仲良く交易も行われていた。ま、貧しいうちには、あまり関係のない話だったけれど。

 

 父親はろくでなしの飲んだくれで、母親はそんな父親に何一つ逆らえない女だった。昔は父親さえいなければと思っていたけど、今思えば、母親も、父親と同じくらいのクソだった。父があたしを娼館に売り飛ばす時、結局同意したのだから。それが、あたしが十歳の時。

 それから二年は、下働きとして働いていた。脂臭い因業ばばあの小間使いよろしく掃除、洗濯、料理をこなし、気難しい娼婦たちの世話にあけくれ、いつ自分が客を取らされるかびくびくしながら二年過ごし、ある日とうとうその日がやってきた。

 最初の客がいい人で、体は清いまま……とかだったらどれだけいいだろう。

 まだ子供だったから、大抵の客はそこまで酷いことはしなかったけど、一度やってきた三人組は、そりゃもう酷かった。あの因業ばばあ、一体いくらもらったらこんなこと許すんだってくらい酷かった。おかげで一か月は客もとらず療養したけど、それでもおつりがくる程度には、弾んだんだろう。普段は嫌味ばっかり言う姐さんたちが、こぞって同情して、手当てしてくれた。たぶん、あたしは子供は産めないだろう。

 それ以降は、そこまで酷い客は来なかった。けど、首をくくろうと思ったのは、一度や二度じゃない。

 その頃の記憶があるからか、今でも、あたしはあまり男が好きじゃない。今後も、男を好きになることはないかもしれない。そりゃ必要となれば、大抵のことは応えることができる。男を歓ばせる方法だって知ってる。でも、できることなら御免こうむりたいのが本音だ。

 客を取り始めて一年が経った。ちっとも慣れないその苦行に終止符が打たれたのは、思わぬ形でだった。

 その日の客は、身なりのいい紳士だった。口髭なんか生やしているけど、かなり若い。どうもかなりの上客が、お忍びで来たようだ。こういうタイプには当たり外れがある。質のいい娼館ではなく、こんなとこに来るくらい、趣味が特殊すぎるのか、それとも、ただ単に話の種に来たのか。

 幸いなことに、その人、リヒドは後者だった。通された部屋で、やることやって、灯りをつけた時、あいつは幼いあたしの顔をまじまじと見て、その幼さに驚いていた。

 「後姿じゃわからなかった。てっきり、二十歳くらいだと」

 リヒドはかなりの身分で、でもその時は遊学中だった。親も、まさかこんなオベンキョーまでやってるとは思いもしなかったろう。

 で、あたしの身の上に同情したそいつが、毎晩娼館に通っては、あたしを指名した。といっても、初日のようなことはせず、彼はただ勉強していた。あたしはといえば、彼がお菓子を持ってくるのが嬉しくて、そのことしか考えてなかった。

 そうして数か月の間、そいつはあたしのもとへ通い詰め、でも何かするでもなく、時には話し込むこともあったが、大抵はあたしの隣で、持参してきた教科書と睨めっこしてて。あたしはあたしで、リヒドが持ってきたお土産のお菓子をぽりぽり食べながら、何をするでもなくぼうっと外を眺めていた。

 その日、お菓子を食べていたあたしは、彼が投げだした魔法書(彼は魔法学がどうも苦手だったらしい)を、興味半分で覗きこみ、小さな、本当に小さなメラの炎を作り上げてしまったのだ。

 驚いたのは彼の方で、ろくに字も書けない淫売娘が、小さいとはいえメラの魔法を使ったのだ。なぜか彼はその事実に、いっそうあたしを気に入り、その日以降、あたしは彼の専属となり、のちに見受けされた。

 体を売るより、もっと効率よく稼ぐ方法があると知り、あたしもほいほい乗ったわけだけど、男でもうまい話でも、乗るのはそう得意じゃなかったらしい。

 

 リヒドの計画では、あたしにそれなりの教育、立派なレディになれるくらいの躾を与えるだけのつもりだったらしい。が、教育係に任命した男がまずかった。彼の近習だった、当時はまだ二十歳そこそこの貧乏貴族、ピペルという名の男は、あたしに確かにある程度の教育を施したが、それだけじゃなかった。

 こいつがえげつない、嫌な男で、常に人を蔑んだ目で見てやがる。どうせ、あたしの出自やらなんやら、調べ尽してたんだろう。売春宿上がりの、あばずれ娘。きっとこいつはそう思ってるんだろう。事実だから反論のしようもない。

 こいつはあたしの才能に気付いて、リヒドには黙ったまま戦う方法を叩きこみ、良家の子女どころか、五年もすれば立派な裏稼業につけるような暗殺者にしちまった。

 リヒドがこのことに気付いたのは、あたしにどっかの脂ぎった貴族の豚親父を誑し込んでこいって指令が来た時だ。あたしはてっきりリヒドの差し金と思って、リヒドに直接抗議に来たのだが、その時彼は初めて、しとやかで知的な淑女になっているはずのあたしが、手の施しようもないクソ女になっていると知ったのだ。

 ただ、仕事は(意志とは関係なく)、あたしには割と向いてはいたようだ。その頃には、ピペルに命じられていろいろなことをやってのけたもんだ。主に汚れ仕事を。リヒドにばれてからは、体を使うことはなくなったけど、その頃には、あたしにはもっと有効な使い道があったのだ。リヒドも驚かせた、あたしの魔法の才だ。

 リヒドにはどうやらよほどツキがあったのか、王位なんてものとは無縁だったのに、数年前に、ポルトガにある病が流行った。この辺りでいろいろ雲行きが怪しくなったのだが、前王の息子二人が、流行り病であえなく逝去。直系がいなくなったことで、分家から次の王を選ぶ手はずだったが、ここで第一候補の男は高齢で辞退。リヒドの兄を含む、四名の若い男が流行り病で逝去。どうもこの辺り、キナ臭い感じがする。

 あたしがピペルの命令で殺った人間の何人かは、もしかしたら、この件に関わってる人間かもしれない。

 ともかく、ロマリアみたいな大国と違って、小さな国であるポルトガでは、ごくまれに、王族のみそっかすにもお鉢が回ってくることがある。

 男で、健康で、それなりに能力がある。そうなると、末端だろうが可能性が出てくる。

 あたしが知るリヒドには、血縁を手にかける度胸もなければ、そこまでして玉座に座りたいという野心も感じられなかったけどね。

 もともとそう野心もなければ、自分が国王になるなんて考えたこともなかったリヒドだから、それからしばらくも、あたしに対する態度は変わらなかった。ある一点を除いては。

 出会ったばかりの頃、ガキだったあたしを、そうとは知らずに抱いた罪悪感で手を出してなかったものの、この頃になるとその罪悪感も薄れたらしく、彼はよくあたしを呼んだ。

 そういった関係が五年も続いただろうか。

 いつもみたいに呼び出されたその晩、奴はあたしに指一本触れなかった。それは、別に珍しいことじゃない。上等なワインと、軽い食事を一緒にちびちびやりながら、とりとめのない話をすることは、よくあった。きっと、王様になったら気苦労も絶えないから、そういう何も考えなくていい時間が必要だったのだろう。

 今日もそうなのかなと思ってたら、あいつはおもむろに切り出した。この関係を終わりにしようと。あいつが即位して、縁談が出た頃のことだった。

 「いいよ、わかった」

 あたしは、大それたことを望んではいなかったから、文句は言わなかった。あたしに飽きたか、それとも結婚前に身辺整理しておこうと思ったのかはわからないけど、とにかく、これであたしとリヒドの関係の一つは終わった。そうなってしまえば、裏の仕事でこの人と顔を合わせる必要もない。はずだったけど、その後も、やっぱりちょこちょこ呼び出されては、無駄話にふけったものだ。

 そうして、さらに年月が経った。リヒドは結婚して、でもなかなか世継ぎが生まれなくて、ロマリアとの関係も、相変わらず微妙ではある。それでも、それなりに平和だったある日、ピペルに呼び出された。

 「今日はお前に特別な指令があります」

 もう三十も半ばだってのに、あいも変わらず愛想のない男だ。すっかり大臣が板についてるってのに、昔と同じく、枯れ木のように痩せてて、青白い、景気の悪い顔。こいつとの付き合いももうかれこれ十年以上経つが、未だこいつはあたしに対して敵意剥き出しだ。その理由は、大人になった今ならわかってはいるから、別に怒ったりはしない。こいつにも、かわいいところがあるってもんだ。

 「特別な指令?」

 あくびを噛み殺しながら聞き返すと、ピペルはほんの一瞬、口元を歪めた。笑いをかみ殺すような、そんな感じの奴。これはまずい。こいつが喜ぶことっていったら、あたしの身に不幸なことが起こるってことじゃん。

 「バラモス討伐。アリアハンの勇者が、二年後にバラモス討伐に出るそうです。その仲間の中に、お前が選ばれました。心より光栄に思いなさい」

 ほらね、ろくなことになりゃしない。

 

 こうして、あたしはポルトガを離れてロマリア、そしてアリアハンまで行くことになった。

 ロマリアで立ち寄った骨董屋で、ルーラの魔法書を見つけた時は驚いたもんだ。さすが大都会、品揃えが違う。

 あたしがロマリアを経由してアリアハンに着いた頃、ロマリアとポルトガの間では、とんでもないことが起こった。

 この頃、ロマリアを騒がす大悪党カンダタが、羽振りを効かせていたんだが、そいつがまたしてもやらかした。

 二国を隔てる大きな関所があるんだが、そこの、あたしも通ったこれまたどでかい門のあたりで大暴れしてくれたらしく、結局この門は閉められることになった。門が閉められることはいいんだが、その間にその鍵が、一連の騒ぎで破損。

 この鍵は、かなり強力な魔法の力がかかっているから、この世には二本しかない。そのうちの一本を、ロマリアとポルトガが一年ごとに交代で管理していたのだが、運悪く、この時管理してたのはポルトガだった。

 もう一本はどこにあるかっていうと、ポルトガでもロマリアでもない、はるか遠く、太陽と砂の国、イシスなのだ。

 というのも、昔にロマリアとポルトガが戦をやってた頃、条約やなんやらの締結を経て終戦を迎える時、できたのがこの関所と門、そして鍵なのだ。

 鍵を作ったのは、調停人でもあった当時のイシス王。実際に作ったのはイシス最高級の魔導士だけど、とにかく、そこでイシスの技術の結晶ともいえるその鍵が作られた。マスターキーはイシスが管理し、予備で作ったもう一本が、さっき言った鍵だ。

 こいつはまずい。門を開けるためにイシスに鍵を借りるにしても、やたら手続きはかかるわ、そもそも、管理している場所がイシスの巨大ピラミッドだわ、開けたとしても、またカンダタが来たらどうするかだわ、いろいろな問題があるうちに、二年も経ってしまった。

 ちなみに、この門を作るのも相当苦労している。何しろ、二つの国の間には、巨大な山脈があり、これを超えるのは一苦労なうえに、そういう場所には大抵手ごわい魔物がいる。これを渡るのは、今の段階では、ほぼ無理に等しい。

 今のところ、ロマリアとポルトガの交易は海路しかないわけだが、海には、陸よりも手ごわい魔物がいる。

 問題は尽きることがない。

 こんな調子で大丈夫かねぇ、リヒドの奴は。

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