またしても二手に分かれることになったのは、こっからちょい北にいったとこにある町、ノアニールの事件を聞いたからだ。
リゼットはノアニールを、名前しか知らないようだったが、それも無理はない。何しろ、リゼットが生まれる前に、その町は滅んでしまったのだから。
「正確には滅んでないそうですよ。何でも、村全体に呪いがかかっていたようです」
「呪い?」
「ええ。一度迷い込んでしまった者が言うには、村人たちは、全員眠り込んでしまっていたらしいです。何年も、姿が変わることなく」
眠ったまま?何年も?とびっきり強力なラリホーだって、そんなことはできないだろう。
「何か、妙なもんでも出てるのかね。例えば、眠り茸の胞子とか」
そういえば、確か人を眠らせるのが得意な、茸の化け物がいるって聞いたことがあるぞ。あれは、この辺の魔物じゃなかったっけ。
「そういったものなら、時間が経てば人は死んでますよ。死んでもない、年を取っているわけでもない、まるで時間が止まったかのような状態でいるそうです。その村に足を踏み入れた人が言ってました。しばらくいると、その人も眠りそうになって、慌てて戻ってきたらしいです」
確かに、まるで眠りの呪いだ。一瞬バラモスの影響かとも思った。奴が出てきたのは十数年前。計算は合わないこともないけど、奴が活発に動き出したのはここ二年ほどだ。人類への最初の攻撃が、ちっぽけな田舎町の住人を眠らせるだけというのは、ちょっと無理がある。
「森の奥のエルフの仕業なんて言う人もいますけどね」
エディは、やけに目を輝かせている。こういう、得体の知れないものが、この男は大好きなのだ。あたしは、そういった面倒な香りしかしない案件は、素通りさせていただきたいがねえ。
「なぜ、ロマリアはこの問題を放置していたのだろう」
「一応調査はしたらしいですよ。私たちも、調査団と名乗ったものだから、ノアニールのためのものと思われてましたし。事件が起こったばかりの頃、国から結構な人員を投入して調査に当たったらしいです。ところが、さっきも言ったようにしばらくいると、やたら眠気が襲ってくる。彼らと同じ運命はごめんだということで、逃げ帰ってきたらしいです」
なるほど。まあ、そうなるわな。けど、魔物絡みじゃないというのなら、あたしたちの出番はない気がする。……と、思ったんだけど。
「ちょうどいいな」
ぼそっとアギレが横で呟いた。
「ちょうどいい?」
「アデル、ちょっといいか」
アギレが、アデルを手招きして何やら話している。こいつは、このパーティーのリーダーっぽい位置にいるが、常にアデルを立てている。何か思いついても、まずはアデルに報告している。
そうして二人で何やら話し込んだ後、アデルが「二手に分かれる」と言いだしたのだ。
「僕とアギレ、イオリとジルダは金の冠奪還へ。エディ、セト、シアン、リゼットはノアニールを頼む」
「ちょっと待った。カンダタ討伐は、ロマリア王直々に頼まれた案件だろう。こっちに集中するべきじゃないのか」
シアンが反論した。まあそう思うよね。
「カンダタの方だが、奴らのアジトはここから西の塔。俺が仕入れた情報によると、今現在ここは非常に手薄だ」
アギレがロマリアからずっとこまめに仕入れている情報なので、たぶん確かだろう。何でも、もともとの本拠地であるバハラタが今、奴らにとっての
それに、今のところロマリアでの奴らの
「そうなると、あまり大人数で行くとかえって混乱する」
「それに、ノアニールの事件もそれなりのことだ。少しでも何かの力になれるのなら、ぜひとも尽力したい」
「この課役の根拠は?」
シアンは、自分がカンダタ討伐の面子に入れられていないことに、少々不満なようだ。
「まあまあ。俺はリーダーの決定に賛成するぜ」
セトが、不満げなシアンの肩に、なれなれしく手をかけた。
「私も構いません。それに、ノアニール事件は、ぜひとも私もこの目で見たい」
「私も、地元のことですから」
エディとリゼットも快く引き受けたと言えば、形勢は不利だ。シアンは渋々といった様子で引っ込んだ。まあ、セトとエディはわかっているのだろう。この割り当ての本当の意味を。
馬車は、宿の主人に任せることにした。今回は少数での移動だし、カンダタのアジトは、人の足でも、二日ほどしかかからない。
「いいですかジルダさん。こちらは傷に対する薬草。こっちの袋には、毒消し草が入ってます。この辺には毒を吐く芋虫が出るそうですが、そいつの毒に当てられたら、これが有効です」
今回リゼットがいないために、回復の面で少々心配がある。アデルは簡単なホイミしか使えないし、あたしはそういった類の魔法は一切使えない。そのために、薬草となるものは多く持って行くことにした。
エディはやたら薬草の知識があり、こういう時助かる。毒ってのは、当然っちゃ当然だが、それぞれで違う。この辺の「毒イモムシ」と呼ばれる巨大な芋虫の魔物がいるそうだが、そいつの毒に効く薬草を、かなり用意しておいてくれた。
リゼットは、この前に作ってた燻製肉と、宿屋から、水気のない固いパンをもらって来てくれた。数日分の食糧とすれば、これくらいで十分だろう。
そういえば、ソートとメモリーは馬車と一緒に、宿屋に面倒見てもらうことになった。カザーブの村人は、ただの鴉と思っている。魔物とは思っていないようだ。リゼットが言うには、この辺りには、鴉の魔物がいるのだが、そいつの全身が緑色なため、黒い二羽は、ごく普通の鴉と思われているようだ。せいぜい、アリアハンの鴉はでかいんだとしか思われてない。
しかし、さすが魔物と言うべきか、こいつら、この前飛ぶ練習を始めたばかりというのに、もうそれなりに飛び回ることができる。
「普通の鴉よりだいぶ早いな」
アギレが感心したように言うが、こいつら、いつか魔物の本能に目覚めたりしないんだろうか。今はアデルの肩に止まって甘えているけどさ。
とりあえず、十日後にカザーブの宿に集合。解決していなくても、それは厳守でということで、あたしたちは分かれた。
馬車を持ってこなかったのは正解かもしれない。カザーブの森はやたら入り組んでて、あんな大型の馬車じゃ、しょっちゅう迂回しなくちゃいけないところだった。さして距離がない時は、それこそ邪魔になる。
途中出てくる魔物は、この前も出てきたキラービーや軍隊ガニ。そういえば、この前全身鎧で覆われた、変わった魔物が出てきた。《さまよう鎧》なんて呼ばれているらしいけど、これがまた強いのなんの。
「あんな魔物ですら見事な鎧着てるのにね。アデル、あんたあれ、もらっちゃえば?」
イオリが倒したその鎧を見ながらあたしが言った瞬間、その鎧がガラガラと、音もなく崩れ落ちた。あの鎧もまた、魔物の魂の一部なのだそうだ。もったいない。
鎧と言えば、イオリもあまりごっついのは着けていない。ロマリアで手に入れた鎖帷子を着込む程度だ。これが軽くて、それなりに頑丈で、彼はずいぶん気に入っている。
一方で、アギレの新調したナイフが、かなり使い勝手がいいらしく、彼が珍しく褒めていた。
「あの鍛冶屋、田舎の鍛冶屋にしちゃいい仕事している。まとまった金が手に入ったら、あそこでいろいろ用立てたいもんだ」
アギレが冗談っぽく言うと、「そのためには、まずは奴らを倒さんことにはな」とイオリが剣を軽くあげて見せた。おやおや、もう略奪は決定してるのか。この面子なら、誰も止めそうもないしな。
そんなこと言いながらやってきたカンダタたちのアジトは、やたら細っこい塔だった。アリアハンにあるナジミの塔よりちょっとばかり規模が小さい。もともとはどっかの金持ちが持ってたもんだが、そいつが天涯孤独で死んじまったもんで、誰も維持しておらずに放置していたのを、盗賊たちが使い始めたらしい。
「ナントカと煙は高いところが好きだからな」
アギレはそう言って、短く呪文を唱えた。たぶん、盗賊だけが使える魔法、≪タカのめ≫を使ったんだろう。これは通常なら、道に迷った時に、近くに町がないかを探す魔法だ。「心の目」と彼らが呼ぶものを空に飛ばし、それで人の気配を確認しているのだが、これを、今は塔の偵察に使っている。この魔法では、魔物の気配は見えないらしい。だが今回は相手は人間だ。何も問題はない。
「……中にいるのは十一人。確かに手薄だな」
「もしかしたら、連中のほとんどは
たぶんだが、ロマリアとアリアハンの交易再開の下調べってところじゃないだろうか。旅の扉開通の噂は、カザーブにも流れてたくらいだから。あたしが盗賊なら、その情報を聞いた瞬間、まずは様子を見に行くだろう。行くのはもちろん下っ端。で、噂が本当か、どれだけの規模か、警備はどれくらいなのかを調べるだろう。そっから、人員を割いて、本格的な略奪が始まるのだ。
「もしそうなら、ここにいるのはロマリア支部の主力かもしれんな。今のうちに、ここを叩いておけば、奴らも出鼻くじかれそうだ」
「……まず入り口に二人。二階、三階はいない。四階に四人。五階に三人。最上階に二人」
入り口と最上階は見張りか。最上階の奴に見つかると厄介だ。とりあえず、その日は夜になるまで様子を見ていることにした。それでわかったことと言えば。
「入り口と最上階は交代で見張ってる。四階にいる奴らが動いてたから、恐らくはこいつらが交代要員だ。五階にいる連中は、ほとんど動いちゃいねえ」
ということは、五階にいるのがトップというわけだ。それにしても、下っ端ってのは大変なんだね。
ここでかなりラッキーなことに気付いた。
「入り口の交代と、屋上の交代は時間が違うな」
考えてみたら、入り口も屋上も、屋外ではあるが、緊張感が違う。屋上は見張りだけで済むが、入り口の場合、敵襲に備える必要もあるからだ。大概は屋上で先に見つかるだろうが、この辺をうろついている魔物となれば話は別だ。それを考えたら、屋上と入り口の見張り時間が違うのも分かる。
「結構きついローテーションなんだろうね」
そしてこれから、もっときついことが起きるわけだよ。
あたしたちは、陽が昇ると同時に行動に出ることにした。夜に奇襲も考えたが、何分視界が悪い。塔の内部構造を知っているとはいえ、塔に慣れている奴らとはえらく違う。それに、暗闇の中での行動なら、盗賊の奴らの方が何枚も上手だろう。
塔の中はかなり窓が多く、光が射し込む造りになっているので、明るい方が、こちらとしても戦いやすい。朝早くってのは、夜に慣れた盗賊なら、朝に弱い可能性が高いと判断したからだ。
あたしは腰に下げた棘の鞭に手をかけた。隣ではアデルが立ち上がる。
あと一分で、屋上の見張りが交代する。引継ぎの会話をしているその一瞬に、入り口の見張りを倒し、こっそり侵入する。
「行くぞ」
タカの目を使っていたアギレが、合図を送る。それと同時に、入り口近くの木の影に隠れていたアデルとイオリが、一歩進みでた。
次の瞬間だった。
何かを殴る音と、倒れる音。
鞘で相手を思いっきり打ち付け、昏倒させたのだ。アギレが再び合図を送る。どうやら、屋上にいる盗賊は気づいていないらしい。
作戦開始ってとこだ。