アリアハン後発隊選抜の基準はたった一つだった。
実践を体験したことのない奴らを、アギレが引率する。
あれほど腕っ節の強いアデルでも、例外じゃない。死に直面したことのある奴と、ない奴の違いはでかい。実力のあるなしよりも、遥かに。
戦いは、お天道さまのもと、闘技場の中で、正々堂々とやるもんじゃない。光の射さない闇の中、足場の悪い場所で、密やかに行われるのだ。命のやりとりにおいては、できるだけ有利に戦わなくてはいけないから、敵は待ち伏せもするし、罠も仕掛ける。卑怯な手だって使う。手だって汚れる。それらを理解し、うまく乗り切った者が勝つのだと、肌で感じた者しか、生き延びることはできない。
結果、三人は見事生き残った。一つの関門は突破した。あれは賭けだった。世界で一番魔物が弱い地域であろうアリアハンだからできた、乱暴な賭けだった。
今回は違う。賭けに出られるほど、敵は甘くない。フォローに回れるほど、あたしたちも割り切っていない。自分の分で精いっぱいだ。だから、あの割り当てだった。
「行くぞ」
短く号令をかけたアデルが、先頭を歩き出した。
ともあれ、二階と三階は何事もなく進めた。そういえば、途中で奴らの隠し持ってた現金四百三十ゴールドと、青銅製の盾を見つけた。
「青銅だから、それほど丈夫ではないが、まあ重くないだけ使いやすいかな。どっちか使うか?」
「なんだい、持って行くのかい」
これじゃ、本当に略奪だ。まあ、アギレの本職は盗賊だから、正しい行動なのかもしれないけど。
「俺は使わん。アデルが使うといい」
「へえ、軽いな」
渡された盾を何度か持ち上げ、アデルは左手に持った。どうやら使うことにしたらしい。窃盗だ何だと言わないあたり、この子もだいぶ柔軟だ。
「まさに盗人に追い銭だな」
軽口を叩きながらも、アギレの顔付が変わっている。この上は、四人の盗賊が待機しているはずだ。
階段を上がってる間から、でっかい鼾が聞こえてきた。人手不足なせいか、奴ら下っ端は見張りか寝るかで、一日の大半が過ぎるようだ。敵ながら同情する。
アデルが、少し迷ったように振り返った。四人の男たちは、だらしなく眠りこけている。相当にこき使われているのか、盗賊には付き物の、酒と女の匂いもしない。酒なんか、飲んでる余裕はないのだろうし、女を呼ぶなんてもっと無理だろう。
食い散らかしたパンか何かのかけらが落ちているだけの床。薄汚いシーツ。それに包まってる、これまた薄汚い男たち。そいつらが、あたしたちの存在に気付くことなく寝入っている。これと戦う必要はなさそうだ。
寝入っている男たちを、アギレが猿轡をし、縛り上げてくれた。途中、目を覚ました奴がいれば、イオリが躊躇なく当身をしてもう一度おねんねさせる予定だったが、途中で目を覚ました奴は、一人しかいない。こんなんで大丈夫かよ。
「ずいぶんツイてる」
最後の一人を縛り上げ、アギレが呟いた。
「この間抜けどものこと?」
「この状況じゃ説得力はないが、カンダタの盗賊団は実は割と大手なんだぜ。時期とタイミングが重なって、一番手薄な状況の時にぶつかったのは、相当に運がいい。アデルは案外オルテガより大物かもな」
「何それ。運がいいのも勇者の条件?」
あたしは笑った。てっきり、こいつは冗談を言ってるんだと思っていたが、どうも本気らしい。
「才能と根性があれば、強くなることはできる。人望があれば、仲間もできる。だがな、運ってもんだけは、自分じゃどうしようもないもんだ。それを味方につけてる。これは結構でかいぜ」
あたしは正直、そんな信憑性もない話は、話半分で聞いてたが、もし本当ならありがたい。あまり期待されてない魔王討伐だけど、アデルがオルテガ以上の勇者なら、少しは開けるってもんだ。
その勇者様は、剣を抜き放ち、階上を睨みつけている。
「殺気が。たぶん、上の連中は気づいている」
残り五人。こちらは四人。この下っ端見る限り、そのうちの二人は怖くない。たぶんね。でも、残りの三人は。
あたしはいつでも魔法をぶっ放せるよう準備しながら、階段を上るアギレの後ろに続いた。
五階は、ずいぶん景気のいい状態だったようだ。
安酒と、何の肉だかわからない、干からびた肉。ナッツの殻。安白粉の匂いはしないから、女を呼ぶことはしていなかったらしい。ちょっとよかった。いくらしっかりしているとはいえ、アデルはまだ十六の、多感なお年頃だ。できればあまり、男女のドロドロしたアレコレは見せたくない。あれはトラウマになるからねぇ。
人の姿はないが、前を行くアデルとアギレの顔付見る限り、近くに潜んでいるのだろう。慎重に進まないと。
その時だ。
「飛べ!」
アギレの鋭い声と同時に、床が音を立てて抜けた。しまった、仕掛けがあったのか。反射的に跳躍したけど、少し遅れてしまった。落ちるあたしの腰を、イオリが抱き留めてくれた。
アギレはうまいこと避け、態勢を整えたようだけど、アデルは一瞬出遅れたせいで、床のへりに掴まっている。イオリは片手で、アデルと同じく床のへりに掴まり、もう片方の手はあたしを抱えている。あたしはイオリに支えられながら宙ぶらりんだし、これはまずい。そんなあたしたちに向け、盗賊たちが矢をつがえている姿を、視界の端で捉えた。
「イオリ!しばらくこのまま!」
叫ぶと上から「委細承知した」と、こんな時だってのに普段と全く変わらない、冷静な声が返ってきた。
あたしは素早く印を結び、矢を今にも放とうとする盗賊どもに向け、ギラの炎を投げつけた。メラと違い、範囲の広いギラは、固まってたあいつら全員に、見事にぶつかった。
悲鳴を上げながら武器を放り投げちまった盗賊たちに、アギレが素早く斬りかかる。何とか這い上がってきたアデルもそれに加わった。
その間にイオリが上がり、あたしを引き上げてくれた。あたしが立ち上がる頃には、大火傷をした盗賊二人組が、悲鳴を上げながら、さっきあたしたちが落ちかけた穴へ落ちて行った。すぐにべしゃっと音がしたから、高度はあまりなかったようだ。あくまで時間稼ぎ用ってわけか。
「残り三人が逃げた!追うぞ」
下っ端三人に戦わせて、自分達はとんずらとか、いい根性だ。
「見ろ、ここから逃げてるんだ」
一見何の変哲もない床に、アギレが手を当て、少し弄ると、床が抜け、隠し階段が出てきた。
「罠じゃないのかい」
「かもな」
ニヤリと笑いながら、アギレが入っていった。アデルも続く。奴らの慌てぶりから、ここに罠を張れるほどじゃないと踏んでいるのだろう。でも、一応気を付けていくけどね。
隠し階段は、四階の、ずいぶん広いところに通じていた。ざっと見た感じ、お宝らしきものがちらほらある。なるほど、ここは隠し宝物庫ってことか。そりゃ、逃げるにしても、先立つもんがないと無理だ。
「ロマリアの金の冠を、返してもらう」
怯んだ盗賊たちに、アデルが躍りかかった。
「しつこい奴らめ!」
奴らがそれぞれ剣を抜き、向かってきた。アデル、アギレ、イオリがそれぞれ対峙している。こうも入り乱れていたら、攻撃魔法は難しい。だからといって、出番がないわけじゃない。
軽装のイオリにスカラをかけ、ちょこまかとトリッキーな動きをする、アデルの相手にボミオスをかけ、アギレから逃げようとする盗賊の背中に、メラの炎をぶつけてやった。
けど、やっぱりさすがはロマリアを騒がせる盗賊団だ。下っ端はさておき、強い。
盗賊の突きを、紙一重で交わしたアギレが、短く舌打ちした。
奴らは強い。こうなってくると、覚悟を決めなくてはいけない。
今回の選考基準は、「人を殺せるか」これだけだった。
リゼットは無理だ。あの子にはまだ無理が過ぎる。セトと、エディも、あの割り当てにほっとした顔をしていたから、リタイアはしなくとも、やはりきついものがあっただろう。シアンも無理だ。あの、人より潔癖なところがあるあの子は、もしかしたら、リゼットよりも心に傷を負うかもしれない。
鋭い雄叫びと共に、アデルと対峙していた盗賊が、捨て身の一撃を仕掛けてきた。アデルはそれを、青銅の盾でかろうじて受け止めたものの、押されている。受ける時すごい音がしたし、盾が変形している。たぶん、あの左手は痺れている。
「もらった!」
ニタリ、と口元を醜く歪め、男がアデルに、隠し持ってたナイフを向けた。いや、向けようとした。けれどできなかった。それより先に、吹っ飛ばされたから。
アデルが、ギラを放ったのだ。いつの間に覚えたんだろう。まさか、さっきのあたしのを見て?
アデルは魔法の才が際立ってはいるが、いかんせん制御がなかなかできない。これは、全力でぶつけるよりも難しいのだ。あの森の中でこの子がメラを使わなかったのはそのためだ。
だが、このままでは殺される今の状況ならば、ためらわずに使う。土壇場のことだから、力を抑える余裕はない。
そうして、ギラを全身に浴びた男は、火だるまになったまま、窓にぶつかった。ガラスの割れる音と、遠ざかる悲鳴。ずいぶん経ってから聞こえた、何かが潰れる音。
「この人殺し!」
アギレと相対していた盗賊が叫んだ。そうかもしれないけど、人様の金を盗む盗賊が、何言ってやがんだか。それとも、相手が年若いアデルだったから、そう言って動揺を誘ったのだろうか。
答えはわからなかった。
次の瞬間、アギレのナイフが、男の喉に突き刺さったから。
アデルとは違い、返り血をたっぷり浴びたアギレは、無造作に、未だ痙攣している男からナイフを抜き取った。
「まだ続けるか?」
鍔迫り合いの接戦を演じていた相手に向かい、イオリが囁くように言った。
「言っておくが、俺も、躊躇はしないぞ」
「いや……」
剣を構え直しているアデルと、ナイフの血を拭い、再び構えているアギレ。その二人にちらりと視線を移しながら、男は小さく言った。
「降参だ」
最後の男を縛り上げ、あたしたちはようやく息をついた。
辺りは、煙と血の匂いが漂っている。アデルは何も言わない。
あの子は、今回の任務をきちんと理解し、こうなることも、きちんと予測していた。ここまでくるのが、スムーズに行き過ぎただけだ。あんまり簡単に行ったものだから、つい誰も殺さずに済むんじゃないかと思っていたが、うまくいかないのが世の常。
「金の冠はどれだ?」
「……そこの箱の中だ」
男が顎でしゃくった先には、確かになんだか立派な箱が置かれている。
アギレは縛ったままの男を、箱の前に引きずった。
「な、何するんだ」
「ただ冠が入っているだけなら、問題なかろうが」
そう言って、箱を開けようとすると、男が慌てて叫んだ。
「ま、待て!それはダミーだ。中を開けると、ナイフが飛んでくる」
「だと思ったぜ。つまらん真似をするな。で、どれだ」
なるほど。二重三重に罠を仕掛けているわけか。
金の冠は、宝物庫のはしっこの、目立たない場所にあった。みすぼらしい革袋に無造作に入っているが、金に輝く王冠は、あたしの目から見ても、かなりのものだ。
全体が金でできていて、ところどころ大きなサファイアが埋め込まれている。その周りにはロマリア王家の紋章が刻まれ、てっぺんには十字架がついている。確か、ロマリア王家は教会とも関わりが深いんだっけ。
「……なるほど。これで間違いないようだな」
ずっしりと重いそれを何度もチェックしていたアギレが、アデルに放った。
「あとはこいつらをどうするかだ」
その時だった。
「なにか、来る!」
イオリの鋭い叫びと共に、煙が舞った。