勇者アデルとその仲間たち   作:うばたま

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第4章 ノアニール
セトの冒険譚1


 俺は、生まれつき頭の出来が良くない。

 物事を考えるのは苦手だし、考えるより先に手が出るタイプだ。そういうのはよくないってわかっているんだがな。

 そして、お粗末な脳味噌が、それでも必死こいて導き出した結論は、いつだってどこかずれている。けど、その何が間違っていたのか、俺はいつだってわからないままなのだ。

 

 イシスの都、王宮には当時の(ファラオ)がいて、王子や王女がいるその王宮の、乳母の子として俺は産まれた。乳母ってのは、割とシビアなもんだ。乳母というより、その子供が。

 乳母は、仕えている王子や王女に乳をやらなくてはいけない。乳をやるには、自分が子供、それも王子たちと同年代の子供がいないといけない。そりゃそうだ、そうしないと乳が出ないんだから。

 中には、でなくなったらまた妊娠して、乳母業を続けるなんて猛者もいるようだが、大抵は、時期やらを見計らって一回か二回くらいしかしない。

 乳母なんだから、主に飲ませる相手は、当然主君の子。尊き血を引く王子様や王女様だ。では、乳を作る体が飲ませるべきだと判断した、その本来の相手、つまり実の我が子は?

 大抵は一緒に飲ませるから、その子は乳兄弟となる。ただ、優先順位がはっきりしているため、実子がもらうのは、おこぼれというわけだ。だから、乳母の子供ってのは、栄養不良でやせ細っているか、そのまま死んじまうかのどっちかだ。

 俺はどちらでもなかった。母親がすこぶる健康で、乳が相当に出たってのもあるし、担当した王女が、えらく小食だったのもある。何より、俺の食い意地が並はずれていたからだと、母親はよく言っていた。そこは、生命力とか、そういう言葉を当ててほしいね。

 ともかく、おかげさまで俺はすくすく成長し、七つも過ぎる頃には、兵士として将来有望と言われたもんだ。

 その辺りまで、俺は王宮で暮らしていた。母親が乳母として、王女にかなり気に入られていたためだ。王もおおらかな人で、俺の存在もまとめて、王女の教育を母親に任せていたから、俺は王女と一緒に、母親から本を読んでもらったり、子守唄を歌ってもらったりした。

 幼い頃に、王女サマの乳のおこぼれをもらった時みたいに、教育も受けさせてもらった。といっても、文字の読み書きや、簡単な計算程度だが。これらは、その後もかなり役に立った。

 さすがに七つ過ぎると、俺は王女と一緒にいるわけにはいかなかった。そりゃそうだ。普通、王女と産まれたからには、女だらけの環境の下、淑やかに、慎ましく育てられる。こんな、奴隷と変わりない乳母の、小汚い息子となんか、本来顔を合わせることもなかっただろう。

 王女ジェロジーアは、父親のおおらかさを受け継いでいるのか、俺とも対等にやっていた。俺とお菓子の取り合いをし、チャンバラごっこに興じ、夜には母の子守唄を聞きつつ、一つの布団で眠る。

 そんな生活も、さすがに七つになる頃には見直された。ジェロジーアは相当にぐずったようだが、彼女には、そろそろ帝王学なるものが待っている。甘えて、わがままを言える彼女の子供時代は、七つで唐突に打ち切られた。

 俺は俺で、その頃になれば兵士として学校に通い、いずれは城に仕える戦士として、日々訓練に勤しんでいた。

 これは俺には非常に向いていた。もともと荒っぽくておおざっぱ。何かを考えるのが苦手な阿呆な俺には。ただ己を鍛え、相手を打ち負かせばいいのだ。何も複雑なことはない。

 十五になる頃には、俺はそれなりに一目置かれる存在として、城に仕えた。イシスはここ数十年、戦もなく、割と平和にやってはいたが、砂漠の魔物は強い。強い人間は、いつだって必要とされる。

 もともと身分なんてものもない俺に、城のエライ人の護衛なんて仕事はない。王都の見回りや、警護。砂漠を超えた先にある、大都市アッサラームでの長期出張なんかもあった。あそこは確かに豊かだが、やかましすぎて苦手だ。

 分相応、身の丈に合ったこの生活に、俺は何の不満もなかった。母親はその後も王女の侍女として傍に仕え、たまに王女の話はしたが、それだけだった。王女も、俺のことなんか綺麗サッパリ忘れているだろうなと、漠然と思っていた。

 

 王女ジェロジーアに再び会ったのは、十八の時だ。会ったというと、いささか語弊がある。実際は、遠くから見かけただけだ。

 この年、あのおおらかで気さくなファラオが崩御。その跡を、第一王女であるジェロジーアが継いだ。もともと、イシスは女性にも統治権がある。昔は、女王の場合、その伴侶が実験を握ってたりもしたんだが、ここ数十年では、そんな風潮は時代遅れってんで、女王でも、実力があれば長く治める。

 ジェロジーアはよく治めた。元々素直な性質で、周囲の意見を尊重したし、賢いから、その中のどの意見が重要で、どの意見がゴミなのか、彼女はよく見極めていたんだろう。

 そして、あの美貌。権力者にとって、民からの人気は、相当な強みになる。見栄えがいいってのは、権力者には大きな武器なのだ。

 これは俺も知らなかったんだが、ジェロジーアは、目の覚めるような美女になっていた。これは驚きだ。何しろ、俺の中のジェロジーアというと、夜中におねしょして、俺の横で大泣きしたどうしようもないガキだったのだから。そりゃ、あれから十年も経てば、女は変わる。

 

 次に会ったのは、二十歳の時。

 こちらは見かけたのではなく、きちんと会った。かれこれ、十三年ぶりだ。

 それは、母親の葬儀だった。

 俺と一緒で、丈夫なことが、唯一の取り柄だったあの女が死ぬとは思わなかった。

 何でも、死ぬその直前まで、母親はまめまめしく、ちょこまかと働いていたらしい。午前の洗濯を終え、女王に昼食を出し、食後のお茶を淹れようと立ち上がったまさにその時、突然「ウッ!」と叫んで倒れ、そのままポックリ。何ともあの人らしい死に方だ。

 女王の厚意で、城で葬儀が取り計らわれた。一介の侍女には、もったいないお取り計らいだ。

 俺が彼女に声をかけられたのは、その時だ。

 ほんの一言。

 「お母様は、残念でした」

 跪く俺に彼女はそう言って、自ら屈み、俺の手を取った。白く、あかぎれ一つない綺麗な手。見事な装飾の指輪が嵌められている。

 これはものすごく異例なことなんだ。普通、女王陛下がこんな、一介の兵士、しかも、ただの侍女の倅に触れるとか、あるはずがない。周囲はどよめき、俺は羨望と嫉妬の視線を感じた。

 嫉妬と羨望。俺、今日たった一人の親を亡くした立場なんだぜ?

 

 

 驚いたのは、女王が手を取ったその時、俺の手の中に、小さな紙切れが、畳んだ状態で残されたことだ。

 何だろうと広げると、小さな地図と、「今夜十二時」と書かれたメモだった。

 この日は、城の中で過ごすことになっていたから、行くことはできる。だが、一体どういう意味だろう。

 いろいろ疑問はあったが、俺は地図の通りに行ってみた。

 この城は、俺も知らなかったが、ずいぶん複雑に入り組んである。どこもかしこも兵士がいるはずなんだが、進めば進むほど、兵士は減り、地図にあった場所には、誰もいなかった。

 そこは、かつての牢だった。といっても、相当に昔のもので、今は使われていない。あまり造りがよくないから脱走者が後を絶たないとかで、今ではちょっとした倉庫くらいにしかなっていないと聞く。

 なんだって女王陛下がそんなところに。と思っていたら、後ろから声がかかった。

 「久しぶりね、セト」

 ジェロジーアだった。勿論、今はそんな不躾な呼び方は許されないから、俺はすぐさま跪いた。

 「いいわ、そんなことしなくて」

 彼女はそう言った後、俺を立たせた。あまり、背は高くなっていなかったようだ。前見た時は、高い場所で毅然と立っていたから気づかなかったが、思いのほか、彼女は小柄だった。

 「あなたのことは、あれからもずっと乳母から聞いてたのよ。今では兵士として活躍しているのですって」

 「ぎょ、御意……?」

 こういう時、何て言うんだっけ?これでいいのか?と思いつつ答えると、彼女がコロコロ鈴の鳴るような声で笑った。どうやら、間違えたようだ。やっぱりさ、教養ってのは大事だなと強く思うわけよ、うん。

 「だから無理しなくていいのよ。昔は、わたしのこと、ジェロジーアって呼び捨てして、髪の毛を引っ張ったこともあったのに」

 「その節は大変失礼しました。あの後、母親から相当な折檻を受けました。次やったら殺すと、ドスの利いた声で言われて、しょんべ……失礼、非常に恐ろしい思いをした次第で」

 俺が言うと、彼女は再び笑った。そういえば、昔はよくこうして笑ってたっけ。気さくでおおらかなところは、あまり変わっていなかったらしい。

 彼女は、もしかしたら、母親のことを一緒に語れる相手が欲しかったのかもしれない。母親は、あまり城での仕事の話をしなかった。俺が兵士になってからは、ろくに顔を突き合わせることもなかったから、余計に。

 けど、会話の端々には、女王への敬意と、深い愛情が見え隠れしていた。こういうことを言うのは非常に恐れ多いのだが、彼女は、女王を娘のように思っていたんじゃないだろうか。

 今となってはわからない。だが、そんな彼女の死を、女王は、一人の人間として悼み、彼女の息子である俺を気遣い、思い出話に耽ってくれている。

 その思いは、何だか少し俺を幸せにしてくれた。あまり関わりがなかった母だが、それでも、俺を産み育ててくれた人だ。それなりに、愛情をかけられていたことも知っている。

 だから俺は、女王と昔話に興じた。それは、母親へのはなむけなのだろうと思っていたから。少なくとも、俺は。

 

 次に女王と会ったのは、二年後だ。

 女王は、結婚していなかった。何も彼女が子供を産まずとも、後継者はたっぷりいる。というより、たっぷりいすぎて、これ以上火種を作りたくなかったのか、それとも、政治に専念したいのか、本当は彼女が子供を産まない何らかの理由があるのか、それとも、時折聞こえてくる口さがない噂のように、彼女が、男を愛せないからなのかは知らない。

 俺はその頃、ちょっとばかり出世していた。といえば聞こえはいいが、仕事の内容はピラミッドの警護。この中には王家縁の宝や、かのロマリアとポルトガを繋ぐ関所、そのマスターキーなんてものがある。

 警護なんか必要ないんじゃないかってくらい、このピラミッドは恐ろしい造りになっている。

 古代から、罰当たりな盗人どもを数多く排除してきた王家の墓なので、その中はい入り組んだ迷路で、複雑な仕掛けが至る所にある。迷い込んだら、まず出てはこれない。

 運よく宝に行きついたとしても、宝物庫にはある仕掛けがある。宝箱を開けた瞬間、封印されていた魔物が、襲ってくる仕組みになっているのだ。何ともえげつない仕掛けじゃないか。

 この話は有名で、おかげで、ピラミッドを狙ってくる盗人はほとんどいない。やってくるのはもっぱら、ピラミッドから漂う魔力に惹かれたのか、どこからともなくやってくる魔物だ。

 だから、給料が破格だというのに、ピラミッドの護衛はみんな嫌がる。俺はその勤めを二年はたした。我ながらよくやったと思う。

 そんなある日城に呼び出された。何でも勅命だと。

 アリアハンの勇者と共に、バラモス討伐の旅に出よと。

 俺が選ばれたのは、ピラミッドで魔物といっつも格闘してたからか、それとも、身分を考えても、使い捨てにできる立場だったからか。

 そんな風に思っていたが、選ばれた理由は、もっとしょうもない。

 「わたしのせいなの、ごめんなさい」

 いつかのように女王に呼び出された時、彼女はそう言ってすまなそうに俯いた。何のことかわからなかった。ようやく聞き出したのが、二年前の葬式だというのだ。

 馬鹿なことを、と俺は思った。だって二年前、何があったっていったら、俺はたった一人の親を亡くし、女王からお悔やみの言葉を賜った、それだけだ。嫉妬と羨望のまなざしをうけたのは覚えてる。確かに、それから少しばかり二人で話はしたが、それだけだ。やましいことなど、何一つとしてない。今の今まで忘れてたくらいだ。

 本気で言ってんのかと女王の顔をまじまじと(不遜にも)見たが、どうも本気らしい。マジかよ。と、俺は呟いた。女王の御前で吐く言葉じゃなかったが。今思えば、あの危険極まりないピラミッド警護に、二年も任命されたことも、変だとは思ったんだ。俺以外はみんな半年、長くても一年交代だったじゃないか。

 俺は、あの日、女王から手を握られ、直に言葉を賜った、ただそれだけで、こんな途方もない命令を受けなきゃいけない羽目になったのか。

 信じがたい事実と、己の命の、あまりの安さに少々落ち込んだ。怒ったらいいのか、嘆けばいいのかもわからん。しかし、目の前で涙をためている女王を見て、何だか気の毒になった。

 彼女はただ、育ててくれた乳母の死を悼み、乳兄弟と、悲しみを分け合っただけだ。それだけで、こうも影響に出ることが、その窮屈さ息苦しさが、気の毒でならなかった。

 「本当に、大変ですね、女王」

 心からそう言った俺に、彼女はきょとんと俺を見た後、不意に笑いだした。しまった、また何か間違えたか。まあ、落ち込むよりましかと思っていたら、今度は笑いながら泣き始めたので、肝を冷やした。

 間違えた、なんてもんじゃないかもしれない。恐れ多くも、女王に一介の兵士が同情しちまった。上から目線もいいとこだ。下手すれば、首をはねられるかもしれない。そんな風に思っていたが、女王は涙を拭きつつ俺に笑いかけた。

 「本当に変わってないわ、あなた」

 彼女はそう言って、俺と真正面から向き合った。切れ長の黒い瞳はまだ潤んでいて、俺は柄にもなくどぎまぎしちまった。こんなことばれたら、即刻首をはねられる。

 「セト。あなたが望むのなら、私が、どうにかして、あの勅命をなかったことにする」

 「え?」

 何言ってるんだ、と言いかけて、俺はぎくりとした。あんな風に、公式で発表されちまった勅命を、覆す?それは、女王なら不可能ではないだろう。

 だが、たとえ彼女の意志ではなくとも、女王の名において発令された勅命を、私的な理由で覆すのは、イシスの法を冒涜するも等しい。他ならぬ、女王が、それをするわけにはいかない。

 彼女は、そのことをわかっている。きっちり理解している。それなのに、あえてそうすると言った。

 俺が、ああも疎まれたのは、もしかしたら、もっと根深い理由からだったのかもしれない。唐突にそう思った。

 彼女が俺を見上げる。真摯なまなざしは、どこか懇願するように見えた。俺に断わって欲しいのか、頷いて欲しいのかはわからない。俺は、頭が悪いから。

 だが、馬鹿な俺にもわかる。女王が、一度言ったことをなかったことにするのは、許されない。それも、俺なんかのために。

 「女王陛下。俺は……」

 俺はようやく口を開いた。

 

 

 結局、俺は今、こうして、遠いロマリアの地にいる。

 あの時の選択は、きっと間違ってはいなかった。それは胸を張って言える。

 だが。

 正しかったとも言い切れない気がする。俺は、いつだって少しずれている。

 どうするべきだったのか、俺は今でも思う時がある。けれど、俺は、考えることは苦手なのだ。

 

 

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