「駄目ですね。人間、考えることをやめたら、どんどんバカになりますよ」
さいですか。
俺は、ありがたいお言葉を拝聴しつつも、こっそり肩を竦めた。
確かに、エディさんは賢くていらっしゃる。俺よりも遥かに知識は豊富、頭は冴えわたり、知恵の宝庫。まさにインテリジェンスであらせられるのは認めよう。だがしかし。
「けどよ、いろいろ考えた結果、自分から毒イモムシの毒食らいに行ったら、アホだなと思うわけよ」
俺の言ってること、間違ってるか?
カザーブの村から少し北にいったところ、森を抜けたと思ったら、厄介な敵に出くわした。
毒イモムシは、その毒の強力さで有名だ。しかも、キラービーみたいに針で刺すのとは違う。奴らは、毒の息を吐くのだ。近寄っただけで、危険になる。
そのことは、きちんとカザーブでも言われていたというのに、エディの奴、その毒の息に興味が湧いたらしく、わざわざ嗅ぎに行って、見事毒を食らいやがった。
「しかし、一つわかったことがあります」
奴の銀縁の眼鏡がきらりと光った。
「毒イモムシの毒腺は顎にあります。奴らは、この強烈な毒を、ここで霧状にし、吐いているのです。これは仮説ですが、常日頃からこうやって、自身に免疫をつけているのではないでしょうか」
「……その情報、今後の役に立つのか?」
シアンが、呆れたように言った。そりゃそうだよな。
「エディさん、ちょっと動かないでください」
エディの毒の治療をしていたリゼットが、若干苛々している。そりゃ、貴重な魔力を、わざわざ毒を食らいに行く奴の治療に使いたくはないわな。
「やっぱり、この人選おかしいんじゃないのか」
シアンは未だ、昨日別れたアデルたちの提案が気に入らないようだ。
「なんだってこの面子なんだよ」
「足手まといだからだよ」
誰にも聞こえないほど小さな声で、俺は呟いた。半ば自嘲気味に。
「俺たちがな」
あいつらには、損な役回りを押し付けちまったと思っている。アギレはあれでなかなか気持ちの優しい奴だから、俺たちに気を遣って、あえて自分たちが手を汚す方を選んでくれたんだろう。
俺は、兵士時代、魔物は嫌というほど相手にしたが、人間とは、ほとんど戦っていない。せいぜい泥棒を取り押さえるくらいだ。どいつも弱っちかったから、殺さずに済んだ。運もよかったんだろう。もし、手練れの盗賊相手に、手加減できる状態じゃないと踏んだら、俺は、相手の息の根を止めなければならない。そうしないと、俺や仲間が殺される。だが、いざその状況になって、迷いなくやれるかどうかと尋ねられたら、情けないことに、即答できない。
魔物は平気で殺すくせにな。多少いびつにできていようと、魔物も盗賊も、人に牙を剥く点において、違いはないだろうに。
そんな馬鹿をやりつつも、遠征は割とすんなり進む。
エディは、こんな奴だが、なかなか腕が立つ。奴は割といいとこの出みたいだが、そういう奴は大抵、自分で身を守る手段を「たしなみ」として持っているもんだ。奴もそうらしく、細い剣を、俺の知らない流儀で、うまく使いこなしている。
リゼットはあまり敵と戦うことはないが、代わりに、さっきみたいに誰かが怪我したり、毒を食らったりしたら、その治癒魔法でもって治してくれる。
シアンは……こういうことを俺が言ってもいいものか。確かにこいつは強い。動きも機敏だし、器用だ。何より、奴には俺たちが使えない、魔法がある。だがなあ。
今はこれでもいい。だが、砂漠の環境があんなんだからか、イシスの魔物は強い。この辺りにいる奴らより、遥かに。そして、恐らくだが、もっと過酷な環境下にいる魔物は、それ以上に強いだろう。バラモスのいるネクロゴンドなんか、火山地帯だぜ。そんな危なっかしい場所にいる魔物なんか、それこそ、今の俺たちでは到底敵わないような恐ろしい奴がいても、少しもおかしくはない。
そういう敵には、中途半端な強さは何の役にも立たない。俺が見たところ、こいつの剣技は、それほど伸びないんじゃないかと思われる。
例えば、アデル。あいつも強い。そして、手合せしたり、あいつが戦っている姿を見ればわかる。あれはまだまだ伸びる。あいつはおそらく天才だ。思うに、天才とは、努力すればするだけ成長できる奴のことを指すのだと思う。
それと比べるのは酷だろう。だが、シアンにはもう一つ強みがある。逆転できるような、切り札が。
それは魔法だ。本来魔法使いが使える魔法と、僧侶が使う魔法は、全く異なり、相容れないものなのだそうだ。それを、同時に使える人間は、ごくわずかだ。
アデルも使えるが、それよりシアンの方が種類が豊富だ。俺としては、そっちの才能を生かした方がいいと思うんだ。
だが本人は、どうも≪勇者≫ってものにこだわりがあるらしく、その夢を捨てきれていないようだ。アデルにやたら張り合っているのも、そのせいなんだろう。男の嫉妬はタチ悪いからな。
まあ、こいつはまだ若い。若いうちに挫折しておくのもいいさ。十中八九、今後の人生に深みが増す。
えっちらおっちら歩いていくと、ようやく噂のノアニールが見えてきた。
割とでかい町だ。カザーブみたいな寒村とは比べ物にならないほど。海が近いから港がある。それなりに活気があったんだろう。そりゃ、そんな町一つが眠りについちまえば、国も大騒ぎするわな。
「確か、入ってしばらくしたら眠くなっちまうんだっけ」
目をキラキラさせて、入りたがるエディの襟を掴んだまま、俺はシアンに話しかけた。
「ああ、そうらしいな。確かに、何だか妙な気配がする。リゼットはどうだ?」
「ええ、確かに。旅の扉を前にした時に感じたような、強い魔力を感じます。あれとは、全く別種のものではありますが」
魔法が使える人間ってのは、なにがしかの魔力を感じることができるらしい。俺とエディは、何も感じない。ただ、そこにある異様な雰囲気に怖気づくだけだ。
「これ以上は危険です。中に入るのはやめた方がよろしいかと」
「けど、これだけじゃ何もわかりませんよ」
「お前は入ってみたいだけだろ」
やれやれ。だが、確かにこのまま「やっぱり怖くて中に入らなかったのでわかりませんでした」と帰るわけにはいかない。ひょっとしたら、今頃手を汚しているかもしれないあいつらのことを考えれば。
「よし、こうしよう」
俺はぽんと手を打ち、言った。
「二人ずつ組もう。まずは俺とリゼット。次にエディとシアン。半刻経つか、何かおかしい、眠いと思ったら、すぐに退却すること」
そう言って、俺は道具袋の中からろうそくを取り出した。目盛りのついてるろうそくで、こいつの減りで、時間の経過がわかる仕組みになっている。あまり明るくないから、探索に向いてはいないのだが、昼だし、これで十分だろう。
こういう組み合わせにしたのは、一応理由がある。まず、魔力を持つ者は一人はいた方がいい。俺のパートナーをリゼットにしたのは、戦闘力の配分と、暴走するかもしれないエディを止める役目に、リゼットをつけるのは酷だからだ。
「まだ眠気は来ないな」
百合の絵が描かれている門を開け、ゆっくりと進みながら、俺は隣のリゼットに声をかけた。辺りに魔物の気配はしない。ならば、できるだけ眠気からは遠ざかっておきたい。こうやって会話をしながら進めば、会話が途切れた時に、相手の異変に気付くことができる。
町は、これといって変りもない普通の町だった。町のあちこちには、国花である百合の絵が描かれている。門もそうだったな。港町で、他国との交易がある分、自国の象徴を大事にしているのかもしれない。
ちなみに、俺の故郷イシスの国花は睡蓮だ。アリアハンは確かグリシテで、エディの故郷エジンベアは薔薇だったか。
「ええ。それにしても、本当に眠ってらっしゃいます」
リゼットの視線の先には、すやすやと眠る子供の姿がある。死んでいるのかと一瞬ドキリとしたが、わずかに寝息が聞こえてきた。
驚いたのは、たまたま通りかかった宿屋だ。カザーブの宿宿同じく、食堂も兼任しているらしいその宿屋の、入り口に何やら鍋が置かれていた。海沿いの寒い地域だし、町人の服装を見る限り、季節は寒い時期だったんだろう、ちょうど今くらいの。もしかしたら、スープか何か作って、それを売っていたのか、呼び込み用に使っていたのか、それとも、客人に振舞っていたのか。その鍋にかぶさっている蓋が、わずかにずれていた。その隙間を何気なく覗きこんで俺はあっと声を上げた。
中には、スープが入ってあった。冷えてはいたが、そこには、
「スープも眠っているのか」
「まさか、そんな。これではまるで、時が止まってしまったようではないですか」
俺は思わず宿屋を覗きこんだ。最初は何とも思わなかったが、考えたら、綺麗に掃除が行き届いている。二十年近く経っているのならば、普通、埃や蜘蛛の巣まみれになってるところじゃないか?
さっきは冗談のつもりで「スープも眠っている」と言ったが、あながち間違えていないかもしれない。とにかく、町にあるものすべてが、至る所に生活の匂いをさせつつ、静かに眠りについているのだ。
リゼットが、無意識なのだろう、俺の服の裾を掴んだ。気持ちはわかる。俺だって気味が悪いし、薄ら怖い。
「リゼット大丈夫か」
「は、はい……。でも、すみませんセトさん。私、少し眠気がきたみたいです」
まずい。俺はリゼットの手を引っ張って、駆け足で村を抜けた。まだ半分くらいしか進んでいない。これじゃ、あまり長居はできないな。
「なるほど。それは興味深い」
エディがメモを取りながら頷いた。奴のノートを覗きこむと、大まかな地図を作っている。俺たちの話から、大体の村の構造を予測しているようだ。
「次はどうする?俺たちは、ゆっくり進んだのもあるが、この辺りで眠気を感じた。これには個人差があるらしい。俺よりリゼットが早かった。魔力を持っているせいか、それとも俺の体がでかいから、なかなか眠気が行き渡らないのかはわからんが」
「そうですね。この規模の町ならば、入り口はいくつかあるでしょう。回って、他の入り口から入る手もありますね」
エディがそう言ってシアンに顔を向け、はて、と首を傾げた。
「シアン?どうかしました?」
奴は、なぜだかある一点を見つめている。訝しげな、何かを思い出そうとするような顔をしながら。
「あいつは……」
シアンは慌てて駆け出す。俺たちは、互いに顔を見合わせ、奴を追いかけた。奴かけたその先に、小柄な人影を見つけたからだ。
シアンの様子から見て、敵ではない。だが、一人でのんびり散策できるほど、この辺りは平和じゃない。それなのに、相手は目立った武装をしていないのだ。背中に小さなボウガンを担いでいるだけだ。
深い緑色の外套とフード。そこから覗く髪は、柔らかい栗色。森の中に居れば、そのまま溶け込んでしまいそうな色合いだ。
「パヌルゴス!」
シアンの声に、その人物が顔を上げた。
それは、初老に達した男だった。最初、あまりにも童顔だったものだから、子供かと思ったくらいだが、髪には白いものが混じり、目元や口元には、わずかだが、確かに目に見える皺が刻まれている。まるで、子供の顔に、皺を無理やりくっつけたようだ。
そして、特徴的な耳。人間よりわずかに大きく、上端がぴんと立っている。犬や狐のそれのように。
エルフ?それともホビットだろうか?どちらも俺は見たことがないからよくわからないが、人間でないことだけは確かだ。
緑色の瞳を細め、彼はにっこりと笑った(そうやって笑うと、ますます子供じみていた)。
「シアン坊やじゃないか!まさかこんなところで会えるとはな!ほーうほうほう!これは、アンに感謝しなくては」
野太い声で、彼は豪快に笑った。
「知り合いなのか?シアン」
俺が尋ねると、シアンは頷いた。
「ああ、こいつはパヌルゴス。かつて、俺の父、サイモンやオルテガ殿と一緒に旅に出た仲間だ」
緑をまとった男は、その言葉にニィッと笑った。