勇者アデルとその仲間たち   作:うばたま

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セトの冒険譚3

 パヌルゴスという名の男は、エルフではなくホビットらしい。

 シアンが言うには、どちらも森に馴染みのある妖精だが、外見や得意分野が大きく異なるそうだ。

 そういえば、エルフは男も女も美しいと聞いたことがあったっけ。目の前の男は、まあ、人の好さそうな外見ではあるが、美しいとは、お世辞にも言えない。

 「それにしても大きくなったなあ、シアン坊や。前に会った時は、背が儂とそう変わらなかったのになあ」

 「坊やはやめろ、坊やは」

 自分よりはるかに背の高いシアンを見上げながら、パヌルゴスは豪快な笑い声を上げた。

 「風の便りでオルテガ殿のお子と旅立たれたようだが……」

 そう言って、彼は俺たちの顔を見比べた。アデルの姿を探しているのだろう。

 「今は別行動中だ。俺たちは、ノアニールの町の調査をしに来た。住民が、揃いも揃って眠っているその原因を解明しに」

 シアンが言うと、パヌルゴスは、鮮やかな緑色の瞳をくるくるさせ、「ほーうほうほう!」と唸った。

 「ノアニール!そうそう、そうだった」

 彼は大げさに手を叩き、歩き出した。

 「この先の森に用があるんだが」

 彼は言いながら、わずかに眉をしかめた。

 「その前に。もしかしたら、町はずれは呪いがかかっていないやもしれんよってな」

 

 

 ノアニールの町はずれ、建物が密集していた町から、まるで仲間はずれにされているかのように離れた場所に、ぽつんと建っている小さな家。そこは、例の呪いはかかっていないようだ。驚くことに、人が住んでいた。

 腰の曲がった爺さまが、庭に置いてある小さな椅子に座っている。どうやら庭仕事をしていたようだが、あまりスムーズにはいっていないようだ。無理もない。

 髭も、かろうじて残っている寂しげな頭髪も、雪みたいに真っ白だった。濁った青い目は、どうもあまりよく見えていないらしい。

 「オペリオル、久しぶりじゃの」

 パヌルゴスが気さくに話しかけると、爺さまはちょっとだけきょとんと顔を上げ、微かに笑った。笑ったせいで、目が、深い皺に埋没してしまっている。

 「お前さんひょっとして……パヌルゴス、パヌルゴスか!」

 よろよろと立ち上がったじいさまが、危なっかしくよろめいたので、俺は慌てて爺さまの腕を掴んだ。

 「爺さん大丈夫か」

 「ああ、すみませんのぅ」

 彼はそう言って、ゆっくりとドアに向かう。

 「ほんに久しぶりじゃ。まあまあ、何もないが、上がっていけや。お連れさんも一緒にの」

 室内は、小奇麗にしてはいたが、やはり、あまり掃除が行き届いていなかった。棚の上あたりに掛けられている薔薇の絵なんか、埃を思いっきりかぶっている。

 「お茶でも淹れようかの」

 「あ、私が」

 リゼットが駆け寄り、爺さまに微笑みかけた。

 「私がやりますから、お爺さまは、どうぞお掛けください」

 何気ない言葉だったのに、爺様がうっすら涙ぐんだので、リゼットだけじゃなく、俺たちまでぎょっとしたもんだ。

 「すみませんのぅ。ここ数年、誰かと話したことなどなかったもんで。ましてや、こんな優しい言葉をかけてもらったのはいつ以来だろうか」

 何とも言えない気分で、俺たちは軋む音がする椅子に座って、おとなしくしていた。この爺さん、オペリオルとか言ってたが、この人も、やはりノアニールの町民なんだろうか。もしかしたら、町から離れている家だったから、あの騒ぎに巻き込まれずに済んだのかもしれない。けど、そのまま二十年も一人でいたのなら、それはちっとも幸運じゃない。

 リゼットが、陶器のカップに茶を淹れて持ってきてくれた。陶器は少し珍しい。しかも、描かれているのはコマドリだ。この辺では見ない鳥だな。

 茶は黒かった。前も飲んだことがある。ダンデリオン(タンポポ)コーヒーだ。香りは茶なのだが、味が、この大陸でよく飲まれているコーヒーによく似た飲み物だ。苦みが強いが、癖になる味で、多くの人々に愛されている。

 「ノアニールの噂を聞いて、やってきたんじゃよ」

 コーヒーを啜っていたパヌルゴスが、おもむろに切り出した。

 「これはひょっとして、エルフの……」

 「そうかもしれんし、そうじゃないかもしれん。儂にはわからん」

 オペリオルは、寂しげに言った後、薄く笑った。多くの諦めと、悲しみを知った者にしか浮かべられない、シニカルな笑みだった。

 「エルフの呪い?確かにエルフは友好的な種族ではないようですが、さりとて攻撃してくるわけでもないでしょう。実際、ここ百年ほど、エルフと人間が争ったというような話は、とんと聞いたことがありませんが」

 ずっと黙っていたエディが口を開いた。まあ、確かに。エルフという種族は、人間の前に滅多に姿を現さない。もしかしたら、もう絶滅しちまったんじゃないかとすら思われてたほどだ。

 エルフの仕業だって噂も、あまりにも謎が多すぎて、突拍子もない結論を、誰かが面白おかしく言ったに過ぎない。

 「いや、さっき覗いてきたが。あれからはエルフ特有の魔力を感じた。エルフが、あの村に呪いをかけている。しかし、なぜ」

 オペリオルが、なぜか顔を伏せた。何かを堪えるような、そんな表情だ。

 「もしかしたら……」

 彼は重々しく言った。

 「もしかしたら、息子、デジールのせいかもしれん。うちのバカ息子が、一度、ある娘さんと会っているのを見たことがある。綺麗な娘さんで、折れそうなほど華奢で……そして、あの耳。長くて優雅な耳。あれは、エルフのお嬢さんだったんじゃないだろうか」

 俺たちは、顔を見合わせた。

 もしかして、この人の息子と、エルフが恋に落ちた。それが、そもそもの発端か?

 「あの日、町がああなる前日、息子はこう言った『もうすぐ、親父に楽をさせてやるよ。もう、町の連中にバカにされないくらい』。儂は、何となく嫌な予感がして……」

 「……デジールは?」

 「わからん。眠っている人間の中に、デジールはいなかった。儂は、眠気が来たらすぐ逃げつつ、散々探した。しかし、デジールの姿は、とうとう見つからなかった」

 カップの中のコーヒーは、すでになくなっている。この、居た堪れない空気をしばし忘れるために、俺はすっかりそれを飲み干してしまっていたのだ。リゼットも、シアンも、エディもそうだったようだ。

 何とも、居心地の悪い。

 「儂は待った。二十年も待った。しかし、デジールは帰ってこなんだ。いったい、どうしたのだろうなあ……」

 

 

 

 

 オペリル老の家から暇を告げた後、パヌルゴスがため息をついた。と思ったら、何を考えたかこの爺さん、いきなり担いでたクロスボウを持ち直し、引き金を引いた。

 鋭い獣の悲鳴と、何かが落ちてくる音。

 緑色の、巨大な鴉が、喉元を射抜かれて死んでいた。これは、確かでデスフラッターとかいう、鴉の魔物じゃないか。アリアハンにいる、大ガラスよりもでかい。それに、鉤爪が相当にでかい。顔も凶悪そうだ。これ見ちまうと、アデルが拾ったとかいう、あの二羽が、かわいい生き物に見えてくる。

 しかしまあ、この爺さん、どんだけ目がいいんだ。しかも、あんな離れた場所にいる魔物。俺も、まだ気配を感じ取っていなかったというのに。さすがは、勇者オルテガの仲間か。悔しいが、俺は、まだまだこの域に達していない。

 我に返ったエディが、眼鏡を上げつつ尋ねた。

 「そういえば、どこへ向かおうと言うんです?」

 「エルフの里じゃよ。ノアニールの事件を引き起こした張本人。エルフの女王に会いに行くのよ」

 そうして、彼は俺たちを手招きした。連れて行ってくれるつもりのようだ。

 道中、彼はいろいろ教えてくれた。

 エルフの里は、本来、人間が足を踏み入れることはできないという。

 そういった場所は、実は世界中にあるらしく、人間の知らない、来れない場所で、彼らはひっそりと生きているのだ。

 「あんたも、そんなとこに住んでいるのか?」

 俺が尋ねると、パヌルゴスはふふんを鼻を鳴らした。

 「儂の場合はちと違う。人間などは、目にすることも適わん、尊いお方のお傍に置かせていただいておる。その場所は、人間は、到底足を踏み入れることはできない場所よ」

 人間が到底足を踏み入れることのない場所、か。 俺からすれば、エルフの里も十分そうなんだがな。

 「エルフの里は、儂がおればいっしょに行けるだろう。あれは、まやかしみたいなものだから。しかし、儂が住まわせていただいておる場所は、そうさな、人間がもしそこへ行こうとすれば、神の使いにでも案内してもらう他なかろうて」

 彼の言葉の端々には、俺たち人間に対する何か侮蔑……は言い過ぎか。とにかく小馬鹿にするような響きがあった。そういう性格なのか、それとも、人間という種族自体があまり好きではないのかはわからないが。

 だが、俺は後に思い知る。パヌルゴスは、人間に対して、規格外なほど好意的だった。

 それがわかったのは、エルフの里に足を踏み入れてすぐだ。

 痛い。とにかく視線が痛い。

 明らかな憎悪の視線を向ける者、侮蔑の一瞥をくれる者、中には、俺たちの姿を見た瞬間に「ひいっ攫われてしまうわ!」と叫んで逃げ出した女なんてのもいた。大体は遠巻きに、俺たちの一挙手一投足を観察している。不愉快そうに眉を顰めながら。

 揃いも揃って、やたら綺麗な顔立ちをしているから、余計に落ち込む。自分たちが、本当に人攫いにでもなった気分だった。

 エディは、初めて見るエルフの姿に目を輝かせているからどうでもいいとして、シアンは仏頂面で、リゼットは困ったように辺りを見ながら、一人堂々と歩くパヌルゴスについてきている。

 「よう、兄弟!」

 敵意ばかり向けるエルフの中から、小柄な人影が現れた。パヌルゴスのような栗色の髪、人の好さそうな、柔らかい緑の瞳。ホビットだ。

 「よう兄弟、ここは相変わらず気持ちのいいところだなあ」

 「だが兄弟よ。お前さんが連れているのは人間じゃないかい?」

 愛想よく笑いながらも、彼は俺たちをじろりと睨み付けた。何か妙な真似をすれば、承知しないぞというように。

 「人間だが、まあ悪いようにはせんよ。勇者オルテガの遺志を継ぎ、魔王バラモスを倒すための旅に出ているそうだ」

 勇者オルテガの名前を聞いた瞬間、ほんの少し、尖った空気が和らいだ。ように見えた。

 「ほう、それはご苦労なこった」

 まだ半信半疑なのか、それとも、俺たちのようなもんがそんな大役を務めあげられるわけないと思っているのか、彼はもう一度俺たちを無遠慮に眺め、引いた。

 「まあ、死なんようにな」

 期待されないことには慣れている。

 俺は、再び歩き出したパヌルゴスに話しかけた。

 「あんたの知り合い、相当に疑ってたな」

 「知り合い?ああ、さっきのか。知り合いじゃないぞ。今日初めて会ったわ。名前も知らん」

 「え?だって兄弟って呼んで……」

 リゼットが驚いて聞き返した。なるほど、ホビットってのは、同族の結束が固いらしい。

 「そういえば、ホビットの中でも勇者オルテガの名前は知られているんだな」

 何気なく言った言葉に、パヌルゴスが嬉しそうに笑った。誇らしげに。そういえば、こいつは、オルテガの仲間だったんだっけ。

 「儂らとオルテガは、昔ここやノアニールに立ち寄ったことがある。ちょうど、この辺りに人もエルフも見境なく襲う魔物がおって、その退治に。オペリオルとも、その時知り合ったんじゃよ」

 人間嫌いの種族からも認められていた勇者、か。俺はふと、今頃盗賊と戦っているかもしれない、若き勇者の姿を思い浮かべていた。

 

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