勇者アデルとその仲間たち   作:うばたま

25 / 45
セトの冒険譚4

 エルフの女王のおわす住居は、宮殿と呼ぶような代物じゃなかった。だが、まあ。その辺の宮殿より、インパクトはある。何しろ、一本の巨大な木なのだから。

 その辺の屋敷より、遥かに背が高い。幹の太さも、家でも十分成り立つ。その巨木の中は、くり抜いたように空洞になっていた。

 「遥か昔、雷に打たれた時に、中がほとんど焼けたんだ」

 それを改良して、屋敷にしたってことか。こうやって見ると、中身だけ燃えたのもすごいことだ。中は相当に広い。一体、どんなでかい木だったんだ。

 入り口には、誰もいなかった。宮殿というからには、護衛のようなものがいるはずなのだが。

 パヌルゴスは、ドアを軽くノックしただけで、ずかずかと入り込んだ。仮にも、女王様相手にありえない不作法さだ。

 とはいえ、俺たちも仕方なく続く。なんとなくだが、パヌルゴスがいなければ、俺たちは、中に入れてもらうどころか、速攻で村から追い出されそうだ。

 中には、花が、まるで絨毯のように敷き詰められていた。そのせいか、爽やかで、少し甘い香りがする。よく見ると、その花は、本来春や夏に咲くものだ。秋に見られるものではない。温室で育てるにしても、こうも多くの種類となると、どれだけの労力と金がかかることか。四隅に置かれている灯りは、ランタンに見えるが、中に入っているのは炎じゃない。もしかしたら、光の精霊とか、そういった類のものかもしれない。

 質素だが、ここは確かに、森の女王にふさわしい宮殿だったのだ。

 

 「パヌルゴス、一体どういうつもりです」

 割と広い内部の中央に座っていた美女、恐らく女王だろう、彼女が、不愉快そうに顔をしかめた。その傍には、若い(ように見える)エルフが、俺たちを見て、驚いたように、目を丸くしている。

 女王は美人だった。真っ先にこんな感想を抱くところが何とも情けない男の性だが、相当な美女だった。

 踝まで覆うような、地味な色合いのローブをまとい、稲穂を思わせる金色の髪は高く結い上げ、小さくて白い顔は、ほとんど化粧気がない。身を飾るものといえば、頭上に輝く、小さな銀色のティアラだけだ。そんな地味な姿だが、いや、それが余計に、彼女の美しさを際立たせていた。

 そして、若い。いや、エルフの年齢なんか、見た目は当てにならないのだが。リゼットとそう変わらないんじゃないかってくらい、彼女は幼く見えた。そのくせ、堂々とした風格は、老成したものだ。

 「ここをどこだと心得ているのです。人間など連れて来て」

 「そう言うな、女王サマ。この人間たちは、ノアニールの呪いを突き止めたいがために、遠路はるばるこうして来たのだよ」

 ノアニール、のところで、女王の眉がわずかに動いた。

 「ノアニールの呪い……。ああ、そうでした。そんなこともありましたね」

 俺は、彼女の言い草にむっとした。何があったかは知らないが、町一つ丸ごと、二十年も呪われているのだ。取り残されたあの爺さんが、どんな思いであそこに留まっていたか。それを、呪いをかけた張本人が、まるで思い出話をするかのように気楽に言うと、さすがに腹が立つ。

 思わず身を乗り出すと、横のエディが俺に一瞥をくれた。余計なことを言うなということだろう。ああ、わかっている。だがなあ。

 「あれから二十年だぞ。儂らからすれば、瞬きする程度の短い時間かもしれん。だが、人間にとっては、十分罰を受けたに等しい時間じゃないかの」

 罰と言ってもなあ……。たぶんだが、ほとんどの町民は、単なるとばっちりだと思うんだが。

 パヌルゴスの言葉に、女王は微かに笑った。蔑むような、嘲笑うような、そんなよくない類の笑いだ。美人にあれをされると堪える。喜ぶ奴もいるかもしれないが。

 「私のかわいい娘アンは」

 ゆっくりと、彼女が告げる。というか、子持ちだったのか、この人。人、いや、エルフは見かけによらない。

 「ノアニールの若者と恋に落ちました。そして、里からエルフの宝である≪夢見るルビー≫を持ち出し、逃げたのです」

 エルフの宝、≪夢見るルビー≫ね。名前だけ聞いても、相当に価値がありそうだ。

 「アンは騙されたに決まっています。おおかた、ルビーを騙し取られて、里に帰るにも帰れずにいるのでしょう。かわいそうな、アン」

 「ちょっと一方的過ぎじゃない……ですかね。エルフのお姫様を騙したって言っても、その根拠なんかどこにもないだろ……じゃないですか」

 シアンが、妙な敬語で抗議し始めた。黙ってろってのに。まあ、気持ちはわかる。さっきの、あの爺さんを見ちまうと、特にな。

 「人間は、己の欲望を満たすためには、どんな残酷なことも平気でするもの。今まで、どれほどの仲間たちが酷い目に遭わされてきたことか。そのくせ、自分たちにとって都合の悪いことはすぐに忘れる。破壊と略奪。あなたたちの歴史は、その繰り返しでしょう。数ばかり増え、次々と私たちから住む場所も奪ってゆく。そうして私のかけがえのない娘まで。これ以上、何を奪おうと言うのです」

 湖をたたえた青い瞳に睨みつけられ、俺たちは怯んだ。何も言い返せなかった。本当言うと、俺はエルフと人間の確執を、ほとんど知らない。俺にとってエルフとは、絵本の挿絵みたいな遥か遠い、現実味のない存在だ。

 実際にいるかどうかすらわからなかった。カザーブではもはや、伝説上の生き物みたいに扱われている。

 それはつまり、人間は、女王がいうような、過去にエルフたちにしてきた蛮行を、何一つ伝えてきていないからだ。そうだろう。不都合な真実は、できるだけ隠しておきたい。

 「さあ、もう出てゆきなさい。パヌルゴス、あなたもです」

 「ああ、そうそう」

 刺々しく告げる女王に、一人空気を読まずにパヌルゴスが手を叩いた。

 「すまんが、女王よ。南の洞窟へ入る許可をくれんかの」

 唐突に変わった話に、女王が一瞬きょとんとした。そんな顔をしていると、やっぱりまだほんの小娘のようだ。

 「なぜです」

 「実は、前に来た時にナイフを忘れてしまっての」

 「……ナイフですか。あの神聖なる泉にそんなものを。まあいいでしょう。いまあそこは魔物が棲みついてしまいました。その中を入ると言うなら、どうぞご自由に。命の保証はしませんよ」

 「ああ、構わんよ」

 笑いながら、パヌルゴスが女王に背を向けた。どうやら、俺たちもお暇した方がいいようだな。

 

 

 「さっきの、本当なのか?」

 冷たい視線を受けながらエルフの里を出た後、シアンがパヌルゴスに尋ねた。彼は何やら用事があるようで、迷いのない足取りで進んでいく。そういえば、さっき忘れ物を取りに行くとか言ってたっけ。

 「さっきの、人間がエルフから奪ってきたって」

 「ああ、本当よ」

 何でもないと言うように、パヌルゴスは頷いた。

 「エルフってのは、美しい種族だろう?美しい上に、長寿な生き物だ。しかも、ほとんどが強い魔力を持っている。まさに、神に愛されたような種族だ。それに対するやっかみもあったし、何より、エルフにはなあ」

 言い淀んだパヌルゴスが、咳払いをした後続ける。

 「エルフの中には、涙を流すとその涙がルビーになる者がいてな。そのルビーがもう、鳩の血みたいに鮮やかな赤の、見事なルビーなんだ。そうなると、わかるだろう」

 「ああ、わかったよ。いや、十分わかった」

 エディも、シアンも、リゼットも、その説明だけで十分わかったようだ。流す涙が極上のルビーになる。たとえば、巷を騒がす盗賊団みたいな連中がそれを知ったら、何をするか。俺みたいなバカでもわかるってもんだ。

 「ルビーの涙を流すエルフとなると、儂が知っているのは、さっきの女王くらいか。後はもうおらん」

 人間を嫌うわけだ。さっきの女王の態度の意味がよく分かった。彼女は、人間たちに、何度も仲間を奪われていたのだ。そりゃ、娘も奪われたように思うんだろうな。

 とはいえ、どうする。

 原因はわかった。けど、このことを、例えばロマリア王家に報告したとしてもだ。エルフの里は、人間だけでは足を踏み入れることもできない。今回俺たちが入れたのも、パヌルゴスがいてこそだ。

 そして、あの女王さんが何とかしてくれない限り、あの村は、ずっとあのままだ。

 「……本当のところ、アン王女はどうなったのでしょう」

 ずっと黙っていたエディが呟くように言った。おおよかった。真面目に考えていたんだな。俺はてっきり、さっき見たエルフについてやら、彼らの取り巻く環境やらに気を取られているのかと思っていた。

 「エルフと人間の間で子供は作れるのでしょうか。もしそうなら、寿命はどうなるのか、それに……」

 「うん、予想してた」

 今言ったのは、俺じゃなくリゼットだ。ま、俺もそうだろうとは思っていたよ、うん。

 「ああ、それは作れるぞ」

 エディの疑問にあっさりと答えた後、パヌルゴスは「さて」と俺たちを見上げた。

 「どうした?」

 「お前さんたち、ちょっと頼まれてはくれんかのう?」

 「頼みってなんだよ。それに、どこへ行こうとしてるんだよ」

 「南に、結構でかい洞窟がある」

 楽しそうな口調で、奴は続けた。

 「お前さんたちには、その最深部の地底湖に行って、忘れ物のナイフを持ってきて欲しい」

 「はあ?そんなの自分でやれよ」

 シアンが不満げに返した。俺も同意見だ。まあ、このおっさんのおかげで、ノアニール事件の原因はわかったが。

 「いいから頼むよ、儂は泳ぎはあまり得意ではないからの」

 彼は、ニヤリと笑った。

 「もしかしたら、お前さんたちの希望が、叶うかもしれんぞ?」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。