勇者アデルとその仲間たち   作:うばたま

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セトの冒険譚5

 正直気乗りはしないが、他にすることもない。アデルたちとの約束の日時までには、まだ数日残っている。あいつらが、それなりの成果を上げて戻ってきた場合、「こちらはエルフの里を観光してました。いろいろわかったけど、何も解決できませんでした」てわけにはいかない。

 それになあ、あのオペリオル爺さんを思うと、一縷の希望に賭けてみようかという気にもなる。ただ単に、あの小狡そうなパヌルゴスの使いっ走りをさせられてる感はあるが。

 「魔物がいるそうだ。気合入れろよ」

 俺が言うと、シアンは当然だと言うように頷き、エディは、今までずっと何やら考え込んでいたようだが、ようやく武器を確認し始めた。リゼットの顔には恐怖と緊張が漂っている。まだ戦いに慣れていないんだろう。

 俺は、この前譲り受けたリゼットの親父さんの鉄の爪を装着した。これは本当にいいものだ。

 以前使っていた爪は、安物だったせいか、すぐ部品が取れたり、刃こぼれをしたりしていたが、今回は、造りからして違う。手入れさえ怠らなければ、相当に使えるだろう。何より、使い心地もいい。初めて使うのに、手によく馴染む。これは、俺との相性もあるんだろう。いやあ、いいものをもらった。この武器に恥じない活躍をしないとな。

 先頭をシアン、次が俺、リゼット、しんがりはエディだ。本当は、バリバリ戦闘員である俺が先頭を務めたいところだが、爪型の武器の唯一の欠点は、片手が使いにくくなることだ。片手にランタンを持って進むには、少々心許ない。

 教えられた洞窟は、割と大きめの鍾乳洞だった。お使いで行くような場所じゃない。そりゃ、武装はしているが。

 「パヌルゴスが言うには、そう深くはないようです。もともと、エルフの里のエルフたちも、ここには気軽に来ていたようですからね。広いから、戦いやすいですが、あまり魔法の類は使わない方がいいでしょう。特に、火炎系は」

 エディが、ノートを取り出した。マッピング用のものだ。

 「エディさん、私が」

 リゼットが、エディからノートを受け取った。しんがりのエディに、させるわけにはいかないからな。

 こんだけの鍾乳洞が崩れたりはしないだろうが、上にある鍾乳石の一本や二本、落ちてくることはあるかもしれない。確かに、派手に暴れるのは避けた方がいいな。

 「それにしても不思議な光景ですね。つららみたい……」

 頭上の鍾乳石を見上げながら、リゼットが感嘆の声を上げる。

 「確かにつららのようなものですよ」

 エディが、眼鏡を押し上げつつ答えた。

 「岩というのは、ほんのわずかではありますが、水に溶けるのです。それらを含んだ水がゆっくりと垂れ、それが空気に触れて、あのような形になっているのです」

 「へえ」

 岩が水に溶けるとか、初めて知った。

 「岩によっても、違いますけどね。その性質によって、溶け具合も、鍾乳石の色も変わっていきますよ。他にもまれにですが、鉱物が……」

 「エディ先生、せっかくの講義だが中断してくれ」

 先頭のシアンが剣を抜く。奴には珍しく軽い口調だが、その声は酷く重々しい。そりゃ当然か。重なる羽音は、酷くでかい。鳥のものとも違う、虫の羽音でもない。

 「あれは……ヒト!?」

 ランタンの灯りに照らされたそれ(・・)を見た瞬間、リゼットが呟いた。

 「いや、人じゃない」

 何しろ、背中に蝙蝠のような翼が生えている。だが、リゼットがそう言うのも無理はない。翼と、不自然なほど青白い肌を除けば、まるっきり人間だ。

 「バンパイアですね」

 エディが、眼鏡を押し上げつつ剣を抜き放った。

 「みんな気を付けてください、あいつは、魔法を使いますよ」

 怪鳥のような声を上げて、バンパイアが飛び上がった。あの翼は、多少の浮力を得られるようだが、鳥みたいに飛び回ることはできないようだ。黒ずんだ赤い目、白目はないため、誰を狙っているのかがわかりづらい。

 そのバンパイアの前に、青い魔方陣が浮かび上がった。

 奴が魔法を発動させるのと同時に、シアンがメラを放った。こういう洞窟では、あまり炎の魔法は使わないと言った矢先に……と思ったが、理由がわかった。奴が唱えた魔法は、氷の魔法だったのだ。奴のヒャドが、瞬時に蒸発する。相殺するためのメラだったのか。

 せっかくの呪文をふいにされ、怒ったバンパイアがシアンに躍りかかった。喰う気でいるのか、鋭い牙が生えた口を大きく開けている。

 「させるか!」

 シアンに真正面に向かってくるバンパイアに、横から鉄の爪で、肩から胸元にかけて袈裟がけに切り裂いてやった。勢いよく血を噴き出しつつ、奴が絶叫する。

 「この辺りじゃ見なかった魔物だな」

 血まみれの爪を拭きながら俺が言うと、エディはこくりと頷いた。

 「ええ。ここは光の射さない洞窟ですから、地上を好まない魔物が潜んでいるのでしょう。気を付けましょう、まだいますよ、きっと」

 そう、魔物を一匹倒したくらいでは、何も終わっていなかった。むしろ、これは始まりだった。

 

 

 

 洞窟は思っていたより深い。そして、深ければ深いほど、魔物の数も多くなっている。

 例えばこいつ。人間の子供くらいまで成長した茸の化け物、マタンゴだ。不気味だが、さして脅威ではない。だが、何が厄介かというと、こいつらは、強くないせいか、必ず群れている。おまけに。

 残った3匹を薙ぎ払い、俺は後ろのリゼットに声をかけた。

 「リゼット。そいつら連れて、さっきの泉まで戻るぞ」

 俺は、後ろで眠りこけているエディを担ぎ上げた。リゼットは、同じように眠りこけているシアンの背中に回り、両脇に腕を差し込み、引きずった。距離はそうないから、それで十分だ。

 二人とも、さっきのマタンゴにやられた。といっても、ただ眠らされただけだ。奴らは力がない代わりに、敵を眠らせる息を吐くのだ。妙に甘い匂いがするが、これをもろに食らうと、強烈な睡魔がやってくる。

 俺が食らわずに済んだのは、後ろでリゼットがバギで、奴らの吐いた息を吹き飛ばしてくれたからだ。

 さっきの泉というのは、途中で見つけた、小さい地底湖だ。地下の水が湧き、水は澄んでいて綺麗だ。あまり飲みたいとは思わんが。

 ただ、シアンやリゼットが言うには、若干魔力が感じられるそうだ。しかも、悪いものではないと。

 「聖水に近いですね。だから、魔物たちはこの辺りによって来れないようですよ」

 僧侶のリゼットが言うんだから、確かなのだろう。彼女は、さきほど自分の聖なるナイフを泉の水に浸していた。最近それなりに使っていたせいか、聖水の効力が切れかかっていたらしいが、この泉のおかげで元通りらしい。

 俺は泉に布を浸し、眠っている二人の顔に乗せた。本当は自然に起きるのを待った方がいいのだが、そう悠長なことも言っていられない。

 「……やられた。マジかよ」

 目を覚ましたシアンは、自分が魔物に眠らされたことがよほどショックだったのか、ずいぶん落ち込んでいる。

 「少し頭がずきずきします。しかし、これは興味深いですね。ぜひとも、一匹連れて帰りたいものです」

 エディは目を輝かせている。どうでもいいけど、持ち帰りは阻止しなければ。

 「マタンゴはさっき全部倒したんじゃないですか?」

 リゼットが不安そうに言った。確かに、さっきは十匹近く倒したが、どうだろうな。

 「群れを全滅させたのですか。それならもういない可能性もありますが。ただ、茸の繁殖は環境次第です。また発生する場合も……」

 「いや、魔物だし」

 「そもそも、エルフの女王様が仰るには、以前は魔物はいなかったわけですよね」

 「そうやって考えると、どっかの魔物が、こりゃいい寝床だってここに住み着いたわけか」

 「いやいや、茸ですからね。どこかで胞子を飛ばしたのかも……」

 「議論はその辺で、進むぞ」

 不機嫌そうにシアンが言った。まあ、そりゃそうか。ここでああだこうだ言ってたとして、俺たちの「お使い」は何一つ進んではいないのだから。

 

 

 

 複雑に入り組んだ洞窟を、俺たちは再び進んだ。

 誰かが手を入れたわけじゃない、天然の洞窟は、それでも行き止まりがいくつかあった。パヌルゴスの話だと、最奥に大きな地底湖があるそうだ。ということは、結構進んだと思ったがまだまだってことか。

 「ただ、道さえ間違わなければ、ここはそう危険な場所ではありませんよ」とエディ。

 「そうか?」

 「ええ、以前は魔物がいなかったのでしょう?それほど進みにくいわけではないし、危険な生物がいるでもない。まあ、生物の方は、魔物が食べてしまった可能性もありますが」

 確かになあ。こんなとこにある食料源といえば、ところどころ生えている苔くらいだ。それも、入り口から離れるにつれ、めっきり減ってゆく。

 「ここにいた魔物は今のところ、バンパイアとマタンゴ。バンパイアがもし、蝙蝠に似た生態だとすれば、夜になったら、洞窟を出て、餌の確保をするのかもしれません。マタンゴは、もし茸と同じ生態なら、湿度や空気で成長すると思いますが」

 そんな話をしていたら、どこか遠くで、獣の唸り声が聞こえた。それ以上に、何とも言いようのない、恐ろしい匂いが。

 「な、何だこれ」

 シアンが思わず鼻をつまむ。リゼットも、嘔吐いたのか、布を口元に押し当てている。

 「腐敗臭ですね。以前遭遇したアニマルゾンビでしょうか」

 確かにあれも強烈だったが、今回はそれ以上だ。そして、現れたそれは、もっととんでもなかった。

 犬、いや、狼か。茶色い、大型の狼が、唸りを上げて近づいてきた。ゆっくりと。なぜなら、奴の片肢は、半分削がれている。誰かに切り落とされたのか、それとも腐って崩れ落ちたのかは知らないが。

 「バリイドドッグです」

 名前がわかったとこで、ちっともいいことはない。

 腐敗した肉から、これまた不気味に変色した骨が覗いた。リゼットがたまらず顔を後ろに向けた。

 真正面から見ると、さらに酷い。目玉は片方がだらしなく抜け落ち、どす黒い血管で、かろうじてぶら下がっている。鼻は既になく、頬肉もなくなり、だいぶ抜け落ちている歯の隙間から、黒い涎が垂れている。抜け落ちているのはそれだけじゃない。腹に大きな穴が開いており、そこから、おそらくはかなりの臓器が落ちていったのだろう。やたら空洞な内部がちらりと見えた。

 言うまでもなく、こいつは死んでいた。ただ、動いているだけだ。

 ゾンビ系の魔物の倒し方は二通りある。

 一つは、頭部を破壊してしまうこと。脳がないと、歩くことができなくなるかららしい。そして、もう一つは体の内部にある、核を破壊してしまうこと。

 この核というのは、俺もエディに教えられて初めて知ったが、生ける屍たちに刻まれた、奴隷の証だ。

 もともとゾンビというのは、死霊魔術師(ネクロマンサー)によって操られている亡骸だ。その時に、核となる石を、体のどこかに埋め込まれる。その石を通じて、命令するわけだ。

 ただ、体の内部ってのはどうも難しい上に、場所も個体によって違うため、大抵は、目に見えている弱点、頭部を狙う。

 その時、唸り声が増えた。群れていなかったようだが、どうやらこの騒ぎに、気づいてやってきたらしい。

 「後ろからも!」

 エディが剣を抜き、飛びかかってきたバリイドドッグの頭部に剣を突き立てた。

 俺も、正面のバリイドドッグの頭部を、爪で切り裂く。うえっ、今一瞬触れちまったが、肉が嫌にぶよぶよしている。死んで相当時間が経っているのだろう。

 対峙してわかったが、こいつらそう力は強くない。まあ、腐っているから当たり前か。だが、この匂い。そんなことを言ってる場合じゃないのはわかるんだが、強烈な悪臭ってのは、鼻だけじゃなく目まで刺激してくれる。

 端っこで吐いていたリゼットが、ふらふらと立ち上がった。無理はしなくていいと言いかけたところで、彼女の前に、白い魔方陣が浮かび上がった。

 「ニフラム!」

 リゼットの澄んだ声が洞窟に響き渡った。刹那、洞窟内が光で満ちた。ランタンで照らされた、薄暗い景色しか知らなかったが、ここはこんな構造になっていたのか。そんなどうでもいいことが頭に浮かぶ。

 「そんな奥の手があるならもっと早く使ってくださいよ」

 光が収まった頃、バリイドドッグから剣を引き抜こうともがいてたエディが、恨みがましく睨んだ。

 「ずいぶんすごいな」

 周囲を囲んでいたバリイドドッグの姿がない。あの光を浴びて、奴らの体が一瞬で塵になるのを、俺は確かに見た。

 こいつは驚いた。

 静かになった洞窟内で、俺は大きく息を吐いた。

 ゾンビ犬の集団を、リゼットはやっつけてしまったのだ。 

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