勇者アデルとその仲間たち   作:うばたま

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セトの冒険譚6

 「いやあすごいな、こんな魔法があったのか。敵を一瞬で倒す魔法、ザキか?」

 「いいえ」

 再び嘔吐いたのか、口元を抑えたまま、リゼットは首を振った。教えてくれたのはシアンだ。

 「違う。今のはニフラム。ゾンビ系の魔物を、光の彼方に消し去る魔法だ」

 「消し去る……成仏したのか」

 「たぶんな。僧侶の魔法だし、恐らくは、本来あるべき場所へ戻ったんだろう」

 「これは」

 エディが、さっきまで対峙していたバリイドドッグのいた場所を指さした。

 そこにあったのは、小さな石ころだった。真っ二つに割れているが、何の変哲もない石だ。よく見ると、小さな印が描かれている。何だこれ、中央に巨大な……目?のようなものが描かれ、その上部両サイドに角、それに絡みつく蛇。妙に不気味なシンボルだった。

 「おそらく、これが核ですよ。これを使って、狼をゾンビ化させていたんです」

 エディが興奮気味に語るが、俺にはどう見ても、ただの石にしか見えない。フツー、こういう魔法を使う時はそれなりのもの使わないか?

 「おそらくは」

 そこで、エディは、こいつにしては珍しいことに言い淀んだ。しかし、意を決したように口を開く。

 「ここにいるバリイドドッグは、練習台(、、、)だったのだと思います。彼らの動きは、操られているものとは思えませんでした。放置されたゾンビは、残った唯一の本能、食欲によってのみ活動します」

 つまり今の奴らは、自分が死んだことも知らず、自分がなぜここにいるかもわからず(考えることもできないだろうが)、本能のまま襲ってきた。死して体を操られ、見捨てられた後は、本能に操られる。何とも気の毒な話じゃないか。

 「酷い……」

 ようやく呼吸を整えたリゼットが、茫然と言った。

 「この印と」

 石を掴んだままのエディが、眼鏡を押し上げる。

 「同じ印が、こいつを操るネクロマンサーの体のどこかに刻まれているはずです。そいつが、生きていればね」

 「いずれにせよ、ろくな奴じゃないよ、こんなえげつない真似して」

 魔物にいちいち同情してたら、こっちが危険なのは百も承知だが、それでもこれは酷い。

 「それはそうと、さっきの光で一瞬遠くが見えたんだが、あれ、パヌルゴスが言ってた地底湖じゃないか?」

 シアンがランタンを遠くへ向けた。まだ何も見えないが、確かに、もうそろそろ到達してもいい頃合いではある。

 「よし、行くか」

 まだよろめくリゼットに手を貸しつつ、俺たちは歩き出した。

 

 

 シアンが見えたという地底湖の付近には、魔物の姿がなかった。

 ただ、途中に一体の骸骨があった。服がボロボロなのは、もしかしたら、さっきのバリイドドッグに食い散らかされたからかもしれない。

 エディがざっと検分していたが、何分相手は髑髏だ。死因どころか、男か女かもわからない。ただ、首と思しき部位に、ペンダントがかかってあった。銀製の美しいロザリオだった。中央は十字架と薔薇が刻まれたメダイで、古いが、彫刻は細やかだった。

 簡単な弔いの祈りをし、俺たちは進んだ。少し歩くと、確かに地底湖が見えてきた。

 リゼットが言うには、さっきの泉と同じ魔力を感じるらしい。ということは、魔物はこの辺りには近寄っては来ないのか。

 「それにしても、幻想的で綺麗な風景ですね……」

 魔物がいないのをいいことに、俺たちはランタンだけでなく、たいまつにも火をつけた。この地底湖の全貌が見えたが、これはすごい。

 水は光を受けて青く輝き、天井の鍾乳石の数々を、そっくりそのまま鏡みたいに映し出している。こうやっていたら、どちらが天井かわからなくなりそうだ。

 「青いですね、水が」

 「おそらくは不純物が混じっていないからでしょう。浅く見えますが、実は深かったなんてこともあるそうです」

 パヌルゴスの話じゃ、地底湖はそれほど深くはないそうだ。一番深いところでも、せいぜい七、八メートル前後。ということは、奴の落としたナイフとやらも、探せなくはないか。

 「ようやく、これの出番ですね」

 エディが取り出したのは、奴特性の眼鏡だ。といっても、奴がつけてるような度が入っているものとは違う。木の枠にガラスをはめ込み、それを紐で繋げた、奇妙な眼鏡だが、これは水中でつけると、水中がはっきりと見えるのだ。こいつにしては気が利いている。

 「さて、誰が行く?」

 俺が振り返ると、みんな一斉に目を逸らした。まあそうなるわな。

 「いいよ、俺が行く」

 実は、この辺りはそう寒くないんだ。洞窟ってのは、地上と違って季節によって温度が変化したりしない。多少ひんやりしてはいるが、外より遥かにあたたかい。外はもう、雪が降るか降らないかって季節だからな。

 俺は命綱をつけ、軽装になり、深く早い深呼吸を何度かした。長い時間潜るコツだ。あまりやりすぎるといけないが。

 命綱をエディとシアンが握り、リゼットが上からたいまつを掲げてくれた。この明かりを頼りにしなくてはいけない。

 飛び込むと、さすがに水は冷たかったが、我慢できないって程じゃなかった。透明度が高いせいか、自分がどこにいるかわからないってのは、存外恐ろしい。

 それにしても、何もないところだ。あるのは複雑な形をした岩ばかり。魚一匹泳いではいない。青一色で、美しいが、世界から取り残されたような気分だ。

 息が苦しくなったところで、俺は一度上がった。上がる時は、上を見ながら、苦しくてもゆっくり上がれと、エディからしつこく言われている。鼻をつまみながらゆっくり上がろうとしたら、ふと視界の端に、銀色に輝く何かが見えた。しかし、今は上がるのが先だ。

 「ぷはっ」

 息を吸い込むと、仲間たちの心配そうな顔が見えた。

 「セト、大丈夫ですか」

 「大丈夫だ。今、何か見えた。もう一度潜るわ」

 水上でしばし息を整え、俺はもう一度潜った。次に何も見つけられなかったら、一度上がって休憩するよう言われている。まあ、さすがに寒くなるしな。

 二度目の潜水は、少々楽だった。まっすぐに潜れば、やはり銀色の何かが見える。こういう時透明度が高いことは役立つ。

 何とかたどり着き、拾い上げた。これは……やはりナイフだった。あのおっさんが持つには、少々華奢なタイプだ。軽くて扱いやすいが、それほど攻撃力はない。せいぜい、力を持たない人間が護身用に持つ程度だ。浮上しながら俺は首を傾げた。

 

 

 「たぶんこれだろ」

 俺が拾い上げたナイフを、エディがまじまじと見た。残る二人が休憩している場所まで向かうと、シアンが自分のマントを脱いで渡してくれ、リゼットはリュックから、数本の枝をだし、焚火を用意してくれた。極力火は使わないようにしていたが、これだけ人数が揃っていたら大丈夫だろう。魔物も来ないしな。

 火に当たりながらマントにくるまっていると、リゼットが茶を沸かしてくれた。ノアニールの爺さんに、タンポポをわけてもらったらしい。

 背中を丸めてそれを啜っていると、エディがこっちにやってきた。

 「銀製のナイフですね。軽くて使いやすいし、見事な細工が施されています。ただ、殺傷力はそう高くはないです。何度も刺せば話は違いますが」

 やはり護身用か。あのおっさんが、こんな小洒落た、でも実用性には欠けるブツを、そう大事にするとは思えんが。

 「お、おい」

 この辺りの様子を見て回っていたシアンが、走ってきた。

 「見ろこれ」

 手に持っていたのは、一枚の手紙と、これまた見事なルビーのオブジェだった。エディがさっそく検分してみる。

 「これは見事なルビーですね。内部に彫刻がある。おそらく、裏側を彫刻し、同じようなルビーと張り合わせたものだと思います。相当な技術と、上質なルビーを用意したわけですね」

 確かに、ルビーの中には彫刻が刻まれている。耳の尖がった横顔の女性……エルフか、これは。

 「見てもいいか?」

 俺が言うと、エディは手渡してくれた。

 「私に値段は付けられませんね。人間の手には余るものです。それに……」

 中央にいるエルフの彫刻は、やけに悲しげな顔でこちらを見ている。今にも泣きだしそうな潤んだ瞳は、寂しげで。

 「セト?セト、どうしました?」

 エディの声が遠くで聞こえた。いつもの澄ました声じゃなく、もう少し焦るような。魔物が来てるわけじゃあるまいし、落ち着けよ。

 「セトさん?セトさん!」

 「おい、どうしたんだよ!?」

 エルフの女がこちらを見つめる。目が合った。あれ?エルフの彫刻って、横顔じゃなかったっけ?だが、彼女はまっすぐに俺を見ている。その顔が、ふいにジェロジーアに変わった。

 ジェロジーアが、俺を見ている。責めるように、恨むように。憐れむように。

 「やめろ、そんな風に見ないでくれ」

 俺は目を逸らせようとして、だができずにうめいた。目を逸らせない。体も動かない。

 ジェロジーアの顔が、今度は母親に変わる。最近ではもう、顔もろくに思い出せなかったってのに、やけにくっきりとはっきりと。ああ、そういえばおふくろは、こんな顔だったっけ。年齢の割には深い皺。苦労した人生だったのだろうか。そりゃそうか、俺みたいな息子がいて。

 母さん、ごめん。

 俺、あんたの大事なジェロジーアを傷つけちまった。あんなこと、すべきじゃなかった。

 気付かないふりをし、目を逸らし続けた。

 立場が身分がって体のいいことを言ったが、全部おためごかしだった。彼女を気遣うふりをした。俺はただ、ただ、生まれ落ちたその瞬間から募らせていた、苛立ちやガキっぽい嫉妬をぶつけただけだ。男の嫉妬はタチが悪い。そんなの、誰にも、ジェロジーアにも、どうしようもなかったのに。

 セト!セト!

 俺をそんなに怒鳴りつけないでくれ。頼むから責めないでくれ。

 俺は逃げた。最悪の任務?確かに途方もない任務だが、戦うことは嫌いじゃない。なにしろ、何も考えなくていいもんな。気楽なもんだ。鉄の爪で敵を切り裂く。血が迸る。真っ赤な血が。ルビーのような。そう、ルビーだ。血のように赤い、美しくも禍々しいあの赤。その赤で辺り一面染まって……。

 セト!セト!

 バシッ!

 「セト!大丈夫ですか!?」

 目が開いた。俺、いつの間にか眠っていたのだろうか。つか、起きてすぐ目に入るのが、エディの陰気な顔ってどういうことだ。正直嬉しくない。つか、頬がひりひりする。かなり。

 「お前さ、もうちょっとましな起こし方ねえの?」

 俺の言葉に、エディがほうっと息を吐きながら脱力した。よく見ると、その隣でシアンとリゼットも、同じように座り込んでいる。

 「何をのんきな……。まあ、そんな軽口叩けるくらいなら、大丈夫なんでしょう」

 「これ、包んでおきますね」

 リゼットが布に包まれた、何かを持っている。ああ、あれはルビーか。そうだ、俺はあのルビーを見て、そして……。

 「さすがはエルフの宝でしょうか。人間が見るとああなってしまうのか、それとも、もともとああいう作用が働くのか。どっちにしろ、人間の手には余るものです」

 なるほどね、確かに。俺はゆっくりと立ち上がり、軽く屈伸をした。体に異常はない。動く分には、問題なさそうだ。

 「これってさ、この前の話にあった」

 「ええ、恐らくは≪夢見るルビー≫ですね。名前の由来は、セトを見ていたら何となくわかります」

 そうだ、妙な夢を見た。昔の夢……あまり思い出したくはないな。

 「これって」

 添えられていたという手紙を、シアンが目を通し、エディに渡した。

 「駄目だ、俺には読めない。どこかで見たことがある文字なんだがな」

 「どれ。古代語ですね。私より、本当はアギレの方が詳しいのですが、これは簡単で短いから何とかわかります。訳すと……≪お母様、先立つ不孝をお許しください。私たちはエルフと人間。この世で許されぬ愛なら、せめて天国で一緒になります。 アン≫ですかね」

 「ですかね、じゃねえよ。それ、遺書じゃないか」

 俺たちは慌てて地底湖に戻った。あまり考えたくはないが、ここに遺書があるということは、例の二人は、道ならぬ恋に絶望し、ここで……ということになる。ここで死ぬとすれば、入水自殺せざるを得ない。つまり、俺が泳いだのは……。

 考えるのはやめよう。何しろ二十年近くも前の話だ。

 「セト、それらしいものは見なかったのですか。例えば白骨死体とか」

 「恐ろしいことをさらっと言うな」

 「生物もいない水中なら、なかなか骨になれないから腐乱死体の可能性もありますが、どうでしょう。ですが、水死体は、相当きついんですよね」

 何がきついのか、敢えて聞かないことにする。

 「とにかく、この遺書とルビーが本物なら、エルフの女王に返した方がよくないか?」

 シアンの言葉に、俺たちは気まずそうに顔を伏せた。また、あの針の筵の中、人間嫌いの女王様に、あなたの娘さんは人間と心中しましたと伝えるのか。気が重いなんてものじゃねーな。

 

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