これは後から聞いた話なんだが、何でも「勇者」ってのは呼び名でも、称号でもなく、れっきとした職業名なのだそうだ。ただし、歴代のつわものたちの中でも、その職に就いたのは数えるほどしかいない。
なぜそんなに少ないかというと、条件が多くあるからだ。
まず挙げられるのは、多くの種類の魔法を使えること。これは、本来ならあり得ないことなんだ。
世の中には魔法使いが使う、あの燃やしたり凍らせたりするド派手な魔法と、僧侶がよく使う治癒魔法がある。その中にもいろいろ種類はあるようだが、とりあえず今の俺が知るのはそれくらいだ。その数は、俺は正確には知らないのだが、俺が知る限りでも十五、六ほどある。俺が知る限りでもそれだけあるのだから、本当はもっとあるんだろう。基本的に魔法使いの魔法と、僧侶の魔法は、同時に使える者は、まずいない。伝説にある「賢者」ってのは両方使えたらしいが、その存在は眉唾物だ。まれにその素質を持つ者はいるようだが。
ちなみに、他の職業にも、いくつか魔法があったりする。勿論、これらも併用できない。俺たち盗賊にも、実はある。こちらは魔法というよりも、秘技とか、あるいは奥義といったほうが近いかもしれない。もっともこれは、かなり修行を積んだ盗賊しかできないものが多い。そして、そのすべてを覚えた奴がいるとしても、その数はせいぜい五、六個らしい。
魔法(と定義されるらしい)が極端に少ないじゃないか、とここまでの講釈で言う奴がよくいる。確かに数は少ない。ただ、それには理由があるんだ。
詳しい話を知ってるわけじゃないが、魔法ってのはかなり制約がある。確か、魔力ってのは、程度の差こそあれ、本来誰もが持っている力なのだ。要は、それをどこに向けるかだ。
戦士や武闘家は力へ向け、盗賊はスピードへと向ける。どこに向けるかは、そいつ自身の特性や相性や、才能なんかで変わるのだろう。
要するに、魔法の使える戦士も、魔法を豊富に使う盗賊も、力の強い魔法使いもいないわけなのだが、例外がある。一つは魔物。こいつらは人間より強いからなのか、それとも何か特殊な方法でもあるのか、たまに恐ろしく強い魔物が、呪文まで唱えてくることがある。
そしてもう一つが勇者。
勇者は、力も強く、魔法も使えて、さらに使える魔法が規格外という、とんでもない存在なのだ。実際オルテガも屈強な男が束になってかかってきても、こん棒一つで叩きのめせるほど強いくせに、魔法まで使えたらしい。しかも、治癒魔法や攻撃魔法を。最初にそのことを聞いた時は、そりゃひょっとして魔物だったんじゃねえのと思ったもんだ。
そんな男だったから、たくさんの人間が彼に期待した。オルテガは世界中を回りつつ、様々な人々を助けたとか言うから、その期待は相当なものだったろう。実際、アリアハンに彼の訃報が流れた時、世を儚んだ人間が数多くいたそうだ。
そんなわけだから、若干十四歳の子供が、この年齢で王宮の並の戦士よりも腕が立つこのガキが、魔法まで使った瞬間、王が期待したのも無理はない。
実際このアデルとかいうガキは強かった。剣の才能は天性の物だろうが、その魔法も、俺が見た限りじゃ最強だろう。何しろ、奴が最初に魔法をぶっ放した時、まだ魔法の勉強などほぼしていなかったというのだから。
「祖父がもともと剣士だったので、剣の修業はしていたのですが」
城を出た後、ルイーダの酒場で、アデルはそう言った。自慢するわけでもない、そもそも自分の能力を誇っているようにも見えない。それでいて、寄りかかってくるプレッシャーに押しつぶされそうになっているわけでもない。十四の割に、感情を見せないガキだった。
俺の与えられた新たな使命は、この鼻持ちならないガキに旅の知恵を与え、そしてこいつが十六、この国では成人だな、それを迎えた暁には付き従って共に戦う。ま、どっちかというとお守りの役割もあったのだろう。このガキは腕っぷしは強くても、精神的にもまだ未熟なガキだ。旅に出るとわかるだろうが、世の中には、時として魔物以上に手ごわいものが数多くいる。
このアデルというガキに、そういうのを上手く切り抜けられる才覚があるとは思えなかった。お上品で整った顔立ちは、さぞ人目を引くだろう。それに、きちんと教育を受けたことがわかる物腰は、勇者というよりどこかの王族といっても通用しそうだ。
そう、この新しい勇者殿は、随分と綺麗な顔立ちをしていた。髪はこの地方では珍しい漆黒。黒髪なんてのは、さして珍しくはないのだが、こうまで見事に黒いのは珍しい。大抵の黒髪は、こげ茶色だ。そして瞳。黒に見えるが、よく見ると、深い青だった。日の射すとこで見れば、さぞ綺麗な紺碧なのだろう。こいつを売りとばしたらいくらくらいになるだろうと、つい計算してしまうところが盗賊の悲しさだが、もしこいつを売るとすれば、少なくとも数年はのんびり暮らせるだろうよ。
俺の値踏みするような視線に怯むことなく――いや、気づいてないだけかもな――アデルは女店主ルイーダが持ってきてくれた紅茶に口を付けた。
このルイーダってのは、この界隈じゃちったぁ名の知れた女だ。小さい酒場を経営しているだけでなく、人材の斡旋を請け負っている。ここに戦士や魔法使いとして登録しておけば、仕事が入った時に紹介してくれるというわけだ。その際、ルイーダの眼鏡にかなわない人材は登録させてもらえない。俺もその基準がわからないんだが、あの女が直に話して、そうして登録かどうか決めるらしい。たとえ腕っぷしがよくても、ルイーダに気に入られなきゃお帰りいただく。何も仕事を紹介してくれる店はここだけじゃない。だが、この店の何がすごいかというと、仕事を依頼した時、実に的確に人材を紹介してくれるのだ。
こういう仕事をする人間ってのは、気が荒い奴が多い。だからトラブルが生まれる。一緒に仕事をするなら特に。だが、ルイーダの紹介で組んだ者同士は、大抵気が合い、それ以降一緒に仕事をしたがるようなことが多い。
この前、とある商人が、品物を街へ運ぶ時にルイーダに用心棒を頼んだ。ルイーダが紹介したのは戦士二人だったが、その二人がやたら気が合った上、雇い主である商人とも意気投合し、それ以降、その商人は必ずその二人を指名することになった。最近では、その二人はフリーの戦士を辞め、かなりでかくなったその商人の店の専属用心棒となっている。それもこれも、ルイーダの人を見る目の鋭さゆえだ。
そんな店で、なぜアデルがのんびりしているのか。実は、ルイーダはアデルの伯母なのだ。海千山千の年増女でも、身内には甘いらしく、アデルが来た時は、アデルが好きらしい紅茶だとか、甘い菓子だとかを笑顔で提供してくれた。この女の目には、俺がどう映るのか少し気になる。
実を言うと、俺はアリアハン王に雇われる前は、ここに盗賊として登録していたことがあるのだ。最初にあの女の言うところの面接とやらを受けた時、あの女が紙に何やら書き込んでいるのが見えた。何とかシートとか言っていたが、どうやら登録した奴の情報を書いているらしい。
今更だが、俺がその話をしたら、ルイーダは「ああ」と笑って、奥の部屋からその紙を持ってきた。
「見てもいいのか?」
「いいわよ。別に誰にでも見せるわけじゃないけど、本人だしね」
何だこりゃ。その紙には俺の名前と、年齢、職業、性別が書かれていた。そこまではいい。
「おい、この性格って何だ」
「ああ、大した意味はないわよ。その人を一言で言い表したらこうかしらって感じた、いわば第一印象ね」
だからって≪ひねくれもの≫はねえだろうに。その後には備考がズラっと細かく書かれてあった。いつ、どんな仕事をこなしたかとか、その時の雇い主の評価なんかまで克明に。なるほど、この店が成功したのは、この女の直感と、情報処理能力によるものだったのだ。
「アギレさんはひねくれ者なのですね」
今まで黙っていたアデルがおもむろに言いだした。無表情のままだ。ケンカ売ってるのかこいつ。ガキはこれだから嫌いなんだ。
「そういうこいつは何なんだ」
思わずルイーダに尋ねると、答えたのはルイーダではなくアデルだった。
「僕は、≪いのちしらず≫だそうです」
なるほど、言いえて妙かもしれない。
「なんだ、あんたたち意外と気が合いそうじゃない」
ルイーダがコロコロ笑うが、そうは思えなかった。
「ま、その方がいいわよ。これから仲間も増えるんだし、せいぜい仲良くやっておかないとね」
そうなのだ。問題はここからだが、このアリアハン王が立ち上げた一大プロジェクトには、様々な企画がある。そのうちの一つが、これから集まるであろう「仲間たち」とやらである。
仲間と言われれば聞こえはいいが、実際はもっと虚栄と欺瞞に満ちたろくでもない、上の都合なのだ。