シアンの旅日誌1
何事にも、きっかけというものがある。
思わぬところから、自分でも予想だにしなかった選択をすることが。
俺の姉は、男勝りで、興味があるとすれば剣の腕を磨くことだった。当然男っ気もなく、十八になっても浮いた話一つなく、親はやきもきするばかりだった。
そんな姉が、たまたまその日、結婚する友人のために、たまたまその山で花を摘んでいると、たまたま旅をしていた戦士に出逢った。その戦士が、今の夫。
何が言いたかったかというと、人生なんて、何が起こるかわからないということだ。
たった十七のガキが人生なんて言葉を使うなんて笑われるかもしれないが、このご時世だ。
たった一晩で滅ぼされた町もあれば、眠りにつき、二十年も世界から隔絶された町もある。何が起こるかなんて、誰にもわかりはしない。明日にでも、自分の命は失われるかもしれないのだ。
話を戻す。人生の節目には、必ずといっていいほど何らかのきっかけがある。
俺の姉のように、「たまたま」も、三回続くと、それは運命と言い換えることもできる。
父のサイモンは、サマンオサでは有名な戦士で、「勇者」に最も近い男だと言われていた。その称号と資格は、アリアハンのオルテガにとってかわられたが。
それでも、父が偉大な戦士であることは変わらないし、「英雄」の呼び名にふさわしい、数々の活躍があった。
ただ、父としても、「勇者」に一歩及ばなかった事実は、割としこりとなっているらしい。後年、オルテガと共に戦うことになってからは、特に。
けして口に出すことはなかったが、父が、オルテガを意識していたことは、何となくわかる。尤も、それがわかったのは、つい最近だ。
目の前にいる「勇者」の、その比類なき才能を前にして、俺は、かつて父が散々味わったであろう焦燥感を、ひしひしと感じていた。
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ノアニールを出た俺たちが、カザーブに戻ったら、既にアデルたちは戻っていた。
帰りが早かったのは、ジルダのルーラがあったからだ。あれは便利な魔法だ。俺もいいかげん覚えたい。
アデルもそう思っていたのか、俺たちが戻る間に、ジルダに教えを乞い、猛特訓に励んでいた。
俺もそれに加わればよかったのだが、何となく、アデルに一歩遅れた状態でスタートしたくなかった。出遅れてしまったという事実に、密かに俺は苛立っていた。
アデルがルーラを覚えたら、また差をつけられる。けれど、アデルの前で、アデルが既に知っているであろうことを、ジルダに教えられるのは、屈辱だった。こういう、余計なプライドをなかなか捨てきれない辺り、俺もまだまだガキなのだろう。
俺たちが合流したことで、今度は王都に再び戻らなくてはいけない。ルーラで戻りたいところだが、さすがに馬車ごとは無理があるので、今回は馬車で戻ることになった。
カンダタ一家が、王家から盗んだという(実際は、この件に関してはカンダタ本人は関与していなかったのだが)冠を返却し、事件の詳細を報告すれば終了。
報告に関しては、エディがさっそく、嬉々として報告書を作成しているから、それはもう任せる。
しかし、何が嬉しくて、長い報告書をまとめているのだろう。しかも、ノアニール事件の方と、二つも。変態の喜ぶポイントがわからない。
報告は早めにということで、その日のうちに出発することになった。だから、エディはもっぱら馬車の中で報告書をまとめている。魔物が襲って来てもおかまいなく、だ。
「これだけの人数がいるなら十分でしょう。しかも、この辺りの魔物への対処も、既に頭に入っているでしょうし」
これは、まあ、エディの言う通りだった。王都とカザーブの間にいる魔物は、大体がキラービーやアニマルゾンビ、軍隊ガニ辺り。こいつらも、何度も戦っていれば、大体のコツを掴むことができる。
どういう動きをし、どこを叩けばいいのか。それがわかれば、こいつらはそう怖い相手ではない。
途中、あの茸の魔物が出た。あの地底湖で、俺たちを眠らせた忌々しい奴らだ。あの時俺は早々に眠ってしまったから後で聞いたのだが、前回は、奴らの吐いた甘い息を、リゼットがバギで吹き飛ばしたから、セトは眠らずに済んだのだそうだ。そして、今回もリゼットは奴らの甘い息を吹き飛ばそうとバギを唱えたのだが、目論見が外れた。
リゼットのバギは、奴らの甘い息を吹き飛ばすどころか、奴らの体を斬り刻んだ。
驚いたが、本人が一番驚いているのだから、何とも間抜けだ。
「へえ。ようやくバギが形になったな」
難を逃れた奴を、投げナイフで仕留めたアギレが笑った。
考えてみたら、もともとバギは攻撃魔法だ。魔物の息攻撃を吹き飛ばす魔法じゃないし、メラを強化する魔法というわけでもない。すっかり忘れていたが。
「ど、どうして……」
どうしても何も。
「それだけ、魔力が上がったってことだろ。最近のリゼットの活躍はめざましいものがあるからな」
纏わりつくキラービーを爪で薙ぎ払っていたセトが笑いかけた。
「威力が上がっただけでは駄目だ。自由自在に使いこなせて、初めて取得したと言える。僕もまだ調節がうまくできない」
キャタピラーを叩き斬ったアデルが、ぼそりと言った。魔法の調節か。俺も多分あまりうまくできない。戦闘なのだから、常に全力でやればいいと思っていたが、現実は違った。森の中や洞窟の中なんかだと、メラ一つ使うにしても、実は気をつけなくてはいけない。
「その辺はゆっくりやっていくといいよ。とりあえず、魔法使う時は周りに気を付けること」
瀕死になっているポイズントードに、ナイフのようなものでとどめを刺したジルダが言った。ジルダが持っているのは、カザーブの武器屋、リゼットの親父さんの弟子だとかいう男がくれたものだ。
「毒針」といって、昔はカザーブでよく作られていたのだそうだ。
キラービーの毒、エディが酔狂にも持ち込んでいたそれを、錐のようなものに塗ったその武器は、華奢だが、予想外にえげつない。
これは俺たちも知らなかったのだが、キラービーの毒は、神経を麻痺させるものなのだが、それは効能の一部にすぎない。というのも、キラービーの毒は、実はかなり強い。毒腺には、かなり濃度の濃い毒が含まれているのだが、奴らの針はそれほど長くないので、その強力な部分が注入されるより先に、奴らの針は折れてしまうのだ。
もともとキラービーは、無暗に人間に襲い掛かる種じゃなかったからなのだろう。
ともあれ、その強烈な部分を、針に塗ったものが、この毒針だ。これが上手く決まれば、一撃で仕留めることができる。扱いはかなり難しいから、この武器を主体にするには少々心許ないようだ。あくまで護身用。
「ロマリアに着いたら、まずは謁見な。エディに報告書を任せるとして、あとはアデルとシアンで頼むわ」
再び動き出した馬車の中で、アギレが昼寝の態勢に入りながら言った。最近馭者をアデルやイオリもやるようになったために、こいつはよく馬車の中で寝ている。それでも、魔物が来ると、誰が起こしたわけでもないのにすぐさま戦闘態勢に入れるのだから、文句は言えない。本当に眠っているんだろうかと疑いたくなってくる。
「できれば、何かご褒美が欲しいところです」
報告書を描いていたエディが、眼鏡を押し上げた。
「今現在、シャンパーニの塔で略奪してきた四百三十ゴールドと、雀の涙ほどの小銭しかありませんからね」
「略奪言うな」
「あ、イオリ。鹿や兎がいたら、狩っておいてください。売るなり、食料にするなりしますから」
「それならさ、いっそのこと闘技場で一攫千金狙うか」
セトが冗談なのか本気なのかわからない口調で言った。
「闘技場?」
「知らないか?ロマリアにはでかい闘技場があるんだよ。そこでは魔物同士を戦わせて、どいつが勝つか賭けるわけだ。大穴だと、掛け金が百倍なんてこともあるそうだ」
そういえば、サマンオサにもあったな。あれ作る時、危険だからやめろと周辺住民がこぞって反対したからよく覚えている。
「それって、商売になっているのですか?」
賭け事なんてものを、全く知らないだろう(当然だが)リゼットが首を傾げる。
「当然。まずは胴元にある程度の金額を払って入場する。その後、今日の試合内容を聞いて賭けるわけだ。だから胴元は、いつでも儲けがきちんとあるようにできているわけさ。イシスではあまり娯楽がなかった上に、あの辺りは魔物が多いから、割と流行っていたな。最近は、すごろくとかいう新しい娯楽施設ができたから、ちょっと廃れたようだが」
「賭け事は好きではありませんが、その施設を利用しない手はないですね。イオリ、次に魔物に襲われたら、根性がありそうなやつを生け捕りにしてください。闘技場に売りますから」
あまりのみみっちさに、涙が出てきそうだ。さっきも、お化けキノコから、眠り薬の材料になるからと傘の部分を切り取っていたな。あれも売るんだろう。アニマルゾンビでは儲けにならないと愚痴っていたし。
しかし、金がないのだから仕方がない。
バラモス討伐に向けて国から派遣されたパーティーの抱える悩みとは到底思えんが、この悩みは、意外にも、早々に解決されることになったのだ。
ロマリア王都へ入るとき、検問に呼び止められた。
王家の通行許可証があるから問題はない。はずなのだが、別の形で呼び止められた。
「これは、王家の。では、カンダタ一味を討伐し、ノアニールの事件をも解決に導かれたのは、あなた方か」
検問の兵士の問いに、アデルが素直に頷いた。まあ、隠す必要はない。それにしても、俺たちよりも情報の方が早かったようだ。
ただ問題は、カンダタ一味は結局、討伐できなかったのだ。というのも、騒ぎを起こしていたのは、カンダタではなかった(無関係でもなかったが)挙句、盗賊たちは、みな一様に元親分の
その辺りの説明は、どうも面倒そうだ。結局、アデルたちは、あの盗賊を捕えて役人に突き出すことはなかったのだから。
人数が多すぎて、全員捉えてカザーブまで連れてくるというのができなかったのもある。
それに、アギレ曰く、あの塔にいたのは下っ端ばかりだそうだ。大したことをしでかした奴はいない。この辺で悪事を働いていた連中の大部分は、ロマリアとアリアハンの関所付近で、体の一部を欠損した状態で捕えられた。こいつらが首謀者である以上、この結末は妥当ではあるか。
「つまり、一番得したのは、あの塔にいた幹部か。カンダタから制裁を受けたとはいえ、捕まることはなかったわけだから」
「いや……」
アギレが言いよどんだ。この辺りで、ようやく俺は、事情を把握した。全く考えていなかったが、相手は武器を持って、こちらに襲い掛かる敵なのだ。つまりこちらも、いつも魔物にするように迎え撃たなくてはいけない。その結果、いつもと同じことが起きた。それだけだ。
もしかしたら、あの人選に俺が外されていたのも、そのせいかもしれない。今更ながら気づくなんて、バカみたいだが。
余計なお世話だと思いつつも、心のどこかでほっとした自分がいるのも事実だった。
そんな俺の葛藤の横で、やけに腰の低い兵士が俺たちを通してくれた。どころか、途中から迎えの兵士まで来たくらいだ。しかも、集団だ。一個小隊とまではいかないが、たかが迎えにこんなにぞろぞろ引き連れていいのだろうか。旅の扉がいよいよ解禁される時に、こんなに兵力を使って。
行きの時は、こんなことはなかった。王家の許可証に、少しばかり慇懃な態度になった程度だったのに。この扱いの差は何だ。
「勇者様ご一行ですね。国王がお待ちでございます」
隊長と思しき、壮年の男が敬礼をした。
「一体どういうことだ」
馬車を牽引してもらいながら、俺がアギレにそっと尋ねると、奴は皮肉な笑みを浮かべながら肩を竦めた
「宗旨替えしたんだろ」