ロマリア城へは、結局全員で行くことになった。迎えの兵士たちが周りにいる中、俺たちは宿でのんびり、なんてとても口には出せない。
すぐに謁見かと思ったが、それは無理らしい。というのも、ここ最近ロマリア王は非常に多忙なのだ。
何しろアリアハンとの関所が開通されたのだ。しかも、一番懸念されていた盗賊たちも拿捕している。
そういうわけで、ロマリア王は朝から晩まで、通行の許可を求める人々との謁見に追われている。
自由になるのは、謁見を終えた夕方から夕食までのほんのわずかな時間だけだと言うから大変だ。夕食は、他の貴族たちとの会食で、それが終わると夜の会議。起きて寝るまで、ほぼスケジュールが埋まっている。
そのわずかな時間のために、俺たちが通されたのは、何とも立派な部屋だった。
驚いたのが、お茶と一緒にやってきたのが、王妃様だったことだ。道理で、部屋に案内された途端に、にこやかながらも、強硬に入浴や着替えを薦められたわけだ。
小ざっぱりしたあと、しずしずと王妃がやってきた。落ち着いた色合いのドレスを着て、髪を高々と結い上げている。落ち着いているが、よく見ればまだ割と若い。
「みなさま、ようこそいらっしゃいました」
そう言ってにっこり笑った王妃の笑顔は、お手本にするかのように完璧なものだった。
「あの手の人たちは、微笑むのが仕事だから」
後でジルダがそう教えてくれたが、思わず納得してしまう。
こうして王妃主催のお茶会が始まった。
王妃は女官が持ってきたティーカップに、自ら茶葉を入れ始めた。リゼットが慌てて立ち上がりかけたところで、アギレがそっと制した。
これは後で知ったのだが、お茶を淹れるのは、女主人の仕事であり、よほどふるまう人数が多くない限りは、女官ですら手出ししない(してはいけない)のだそうだ。逆に、王妃はそれ以外は、見事に誰かにしてもらっていた。扉の開閉すら、係りの者がいるくらいに。
ちんまりとした焼き菓子と、花の香りのする紅茶は、うまいが腹には溜まらない。あちこちに置かれている硝子や装飾のされた焼き物と同じく、見事ではあるが、どこか現実味に欠ける。実用性がないと言うべきか。そう思うのは、結局のところ、今の俺に心の余裕がないせいなのかもしれない。
とにかくも、何となく居心地の悪いお茶会は終了した。
結局、王妃がなぜ俺たちに会いにきたかもわからない。アギレが言うには「路線を変更したんだろう」ということだ。
「路線?」
「期待していなかった勇者が、国の抱える問題を三つも、あっという間に解決した。そうすると、欲も出てくるだろ」
つまり、ただの気休め、魔物たちに対抗するべき軍隊をまとめるまでの時間稼ぎのために集めた俺たちが、魔王を討伐することは可能なのかもしれないと判断されたわけか。
そうなってくると、当然勇者にもそれなりの対応をすることになる。こうやってみると、アリアハンでの処遇と、えらく差があるな。
「今だって、まだ期待されてないだろうよ。だが、オルテガと同じく、いろいろ便利な存在になりうるとは思われたんだろう」
「どう思われようと構いませんが、路銀の足しになるものがもらえればいいですがね」
「お前、本当に貧乏根性が染みついたな」
さすがは我がパーティーの財政担当は言うことがシビアだ。
国王が俺たちと顔を突き合わせたのは、時間にして半刻もなかった。
「すまぬ。この後、今後のことを決める会食が行われるでな」
国王パレス八世は、人好きのする笑みを浮かべながらアデルに近づいた。その頭上には、アデルが取り戻したばかりの、金の王冠がある。それがなければ、国王というより、羽振りのいい商人みたいだ。
「勇者アデル。そなたの今回の働き、誠に見事なり。それでだな……そなた、儂の代わりにこの国を治める気はないか?」
なんちゅうことを言いだすんだ、このおっさんは。
「申し訳ありませんが、私には使命がありますゆえ」
顔色一つ変えずにアデルが返すのを、国王はにやにやしながら見ている。周囲を見ていると、ついてきていた家臣や兵士が、平然としている。どうも、これは国王の冗談、しかもお決まりの冗談のようだ。しかし、仮にも一国の王がそんなことを言っていいものか。
「ふむ。してそなたたち、次はどこへ向かうのじゃ」
この辺りは、実は事前に打ち合わせをしておいた。というのも、次に何か頼まれるとすれば、それは、イシスのピラミッドだろうと予想していたからだ。
俺たちの目的はあくまでバラモス討伐。そのために「オーブ」「ラーミア」なるものを探さなくてはいけない。 とはいえ、今現在、これらに関する情報は一切得られていない。ロマリアに着いてからも、アギレが割と情報を引き出してはいるようだが、この二つに関しては全くないようだ。なので、そろそろロマリアを離れようと思っている。
「バハラタを経由して、ダーマに向かおうと思っています」
これは嘘だ。本当言えば、イシス辺りで、オーブの情報を探ろうと思っている。しかし、それを言うと、国王はイシスへの「お使い」を頼みやすくなるわけだ。少しでも、交渉は有利に運びたいというのが、大人組の意見だった。
案の定、国王は顔を曇らせ、言いにくそうに切り出した。
「実は、少し頼まれて欲しいのじゃが」
ほら来た。後ろにいるエディの顔は見えなかったが、奴が今どんな顔をしているかだけは、なぜかようくわかった。
結局、俺たちは次の日も、丸一日ロマリアに滞在することになった。王から頼まれた日は、城に泊めてもらったが、今日は宿だ。城のベッドは寝心地はいいが、やはり気疲れする。
なぜさっさと出発しないかというと、王から、今回の一連の活躍の褒美として、結構な額をもらったからだった。
額自体は知らないが(訊けば教えてくれるだろうが)、俺とアデルが鉄製の鎧を新調しても、余裕でお釣りがくるのは確かなようだ。
そのために、一日かけて、あれこれ仕立ててもらった。
アギレは、鎖帷子を作った。店で仕立てるので、それなりに要望が通る。アギレの場合は、動きやすさを重視するために、最低限身を守る物にしていた。ほとんど胸当てに近い。これは、以前と同じか。
アデルは、肩当の部分が邪魔になるということで外してもらっていた。俺も着てみてそう思ったが、何となくそれを言うのは癪だったので、黙っていた。おかげで重い。
イオリとエディは特にいらないというので今回は見合わせるとして、セトは武道着を新調していた。何でもカザーブの、あの伝説の武闘家が着ていたものと同じものらしいが、たぶん嘘だろう。何にしろ、丈夫で動きやすいものであることには変わりない。
リゼットとジルダは、褒美の中にあった上等な布で服を作ってもらっていた。
何でも、ノアニール原産の植物から採れる繊維で作ったものだそうだ。さすが王家の抱える仕立て屋は人数からして違う。最初に色の指定だけしたら、後は採寸し、次の日には出来上がった状態で届けられていた。
デザインがシンプルなローブなのと、数人がかりで作るからとはいえ、凄い早業だ。
このローブは、ロマリアでは〈みかわしの服〉と呼ばれて、広く愛用されているらしい。羽みたいに軽い生地なのが特徴で、しかも丈夫といいことずくめだが、少し値が張る。
ちなみに、ジルダは深緑で、リゼットは濃紺になっていた。髪の色と合わせたのかどうかは知らない。
ここまで揃えた後、エディがいくらかの金を渡してくれた。
「何だよ、これ」
「お小遣いです。パーティーに必要な分は残していますが、これは好きに使っていいお金です。ただし、装備品などは、こちらに言ってください。必要とあれば、経費から出します」
正直、金を持たされても、使うあてはあまりない。剣や鎧の手入れに使う道具は、言えば買ってもらえるし、そもそも、旅をしているので余計なものはなかなか買えない。
それでも、自由にできる金があるというのは、悪い気はしない。心の余裕とでも言うべきか。俺はそう思っていたが、リゼットはそうではなかったらしい。
もともと、孤児院にいたこいつは、金を使うという行為と、あまり縁がなかった。アリアハンでも、教会に置いてもらう代わりに無償で働いていたらしいし。
「どうしたらいいのでしょう」
「貯金すれば?」
「それもいいですが、たまには気晴らしをするのもいいかもしれませんよ」
エディが、大人組を指さして言った。
その先には、アギレとジルダが高そうなワインを飲み、イオリがチーズやらオリーブやらの少し値の張るつまみを食べている姿があった。いい大人がさっそく散財かよと思ったが、これもまた、余裕の表れなのかもしれない。……たぶん。
「セトは?」
「格闘場へ行きましたよ。勝ったらお土産買ってくるそうです。期待しないで待ちましょう」
そう言って、エディは買ったばかりの真新しい本を広げた。
俺とアデルとリゼットは、そもそも金の使い途を知らないタイプだ。食事はさっき取ったし、酒も飲めないし、賭け事にも興味がない。読書は嫌いじゃないが、あの狭い馬車に、余計な荷物は増やしたくない。
結局、俺は、こっそり宿の裏で剣の鍛錬に励んでいた。もっと力をつけなくてはいけない。何しろ、明日からはあの重い鎧をつけて剣を握らなくてはいけないのだ。
アデルとリゼットは、二人で出かけたようだ。
昨日の出来事が、ふと脳裏をよぎる。
あの後、業務へ戻った国王に代わり、大臣が俺たちの部屋に来て提案したことがあった。それは、リゼットの代わりに、別の僧侶を用意するという話だった。ただ、あくまで打診であって、命令でも、依頼でもない。
ただ単に、リゼットが十四歳の子供だったことから、さすがにこれでは足手まといにすぎないんじゃないだろうかと、今更気づいたわけだ。気づいたと言うより、勇者一行が思っていたより使えるとわかったので、これも投資の一環といった方が近いか。
「リゼットはどうしたい」
打診された後、アデルがゆっくりと尋ねた。リゼットは、もともと俺やアデルのように本人の意志で加わったわけではない。アギレたちみたいに、命じられたわけでもない。あくまで付き人だったのが、騙された形でここにいるだけだ。こいつ自身、アリアハンにいた頃は、できれば誰かに代わって欲しいとは願っていたのだろう。
「先に言っておくと、僕たちは、リゼットに残ってもらいたい」
彼女をまっすぐに見るアデルの口調は、これ以上はないというほどきっぱりとしたものだった。
「ただ、リゼットの場合は事情が違う。今後も危険と隣り合わせの旅ではあるし、リゼットが望むなら、ロマリアの申し出を受けようと思う」
「私は……」
リゼットは、困ったように俺たちを見た。しかし、誰も何も言わない。
彼女は逡巡し、顔を上げ、再び迷い、口ごもる。そうして、かなり長い時間が経過した頃、ようやく、口を開いた。
「私は、今後ともみなさんと一緒に旅を続けようと、思い、ます……」
その口調は弱々しく、声は消えるほど小さい。決意した者の発した言葉とは思えなかった。彼女の中では、まだ迷いはあるのだろう。
「本当にいいのか?」
セトが初めて声をかけた。
「いや、俺たちとしてはありがたいけどな。何しろ、この前の地底湖では、リゼットには何度も助けられたし」
「ええ。戦闘面において、リゼットの活躍は素晴らしかったです。正直、私など及びもつきませんでしたね」
これは本当だ。マタンゴたちの甘い息を吹き飛ばして、ピンチを切り抜けたのもリゼットだし、バリイドドッグの集団に囲まれた時、ニフラムで一網打尽にしたのもリゼットだった。認めたくはないが、俺なんかほとんど役に立たなかった。少し前までは、こいつはお荷物で、俺のほうが遥かに活躍していたはずだったんだがな。
「本当言うと、まだ迷ってるし、怖いし、本心は帰りたいです。ですが……ですが……旅を、続けます」
今にも泣きだしそうな顔で、彼女が顔を上げる。
「あの、こんな中途半端な覚悟で、怒られるかもしれませんが」
「いんや」
アギレは笑いながらリゼットの頭にポンと手を乗せた。
「それで十分。よく決めてくれた」
そうして、いよいよ本格的に泣き出したリゼットを、みんなが囲んだ。何と言うか、このパーティーは、思ってたよりも甘い。
俺としても、リゼットに何の不満もない。リゼットの方が最近では活躍しているので、そもそも文句を言える立場でもない。
俺が気にしているのはここだ。俺は、ここ最近ちっとも活躍していない。それは、俺の剣技が、だんだんと強くなっていく魔物に通用しなくなりつつあるからだ。
以前はそんなことなかった。鍛えれば鍛えるほど、実力は上がっていた。進歩が目に見えて現れていた。だが、今は違う。俺の剣技は停滞している。仲間たちが、未だ前進しつつあるというのに、だ。
それが、俺を焦らせていた。