勇者アデルとその仲間たち   作:うばたま

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シアンの旅日誌3

 ロマリアから北へ向かう。イシスへ向かうなら、船を使って南へ下ればいいのだが、今の時期はあまり船が出ていない。そこで、北から東、南に行って西へと、ぐるっと回るようにして行くことになった。

 「こうやってみると、陸路も面倒だな」

 もし船があったら、もっと効率的に進められるかもしれない。

 「さらに手柄を立てれば、船くらいもらえるかもしれませんよ。オルテガ殿は、以前船を賜ったことがあったとか」

 これは本当だ。その船は俺も乗せてもらったことがある。あれは結局、オルテガの死後に返却されたらしいが、どこにだったっけな。

 それにしても、ロマリアから離れた途端に強くなる魔物たちはいったい何だ。

 ロマリア領からだいぶ離れた辺りで、急に外が騒がしくなった。

 暴れザルの群れが、こちらに襲い掛かってきたのだ。外見はちょっと目つきの悪い大猿だが、やたら怪力で、群れで来るから厄介な相手だ。

 アデルとジルダがギラを同時に放つと、一度は怯んで退却したが、再び襲い掛かってきた。今度は仲間を引き連れてだ。

 「奴ら、それなりに連携を取るぞ。気を付けろよ」

 セトが短く言い、そのうちの一頭に躍りかかった。鉄の爪がきらめき、一頭の肩を引き裂いた。

 「ちっ」

 おそらくは頭を狙っていたのだろうが、さすがに向こうも素早い。手負いの獣は厄介だ。俺たちもすぐさま応戦する。

 血まみれの腕をだらりと垂らしながら、狂ったように吠える一頭に、イオリが剣を向けた。イオリの一撃は、猿の眉間を正確に貫き、奴は断末魔の声を上げることなく倒れる。

 リゼットが、最近覚えたラリホーを群れにかけ、奴らの動きが止まったところを、アデルとアギレが斬りかかった。

 エディとジルダは、突然の襲来に怯える馬をなだめつつ、馬のいななきに引き寄せられた魔物を、それぞれ仕留めた。

 俺は、リゼットのラリホーが効かなかった暴れザルと対峙していた。

 奴は威嚇の唸り声をあげ、俺に飛びかかってきた。俺の方は、メラを投げつけ牽制し、奴が怯んだ隙に剣を振う。が、俺の一撃は奴の腕に、少し傷を負わせる程度だった。怒った奴が、激しく腕を振り回した。それは強烈そうだが、動きはそこまででもない。普段の俺なら避けることができただろう。が、今の俺には鉄の鎧があった。思ったように動けず、俺はその一撃をまともに食らった。途端に目の前で火花が散る。

 「シアン!」

 誰かが叫ぶのが聞こえた。まずい。何とか立とうとするが、足が震えて、思うように態勢を整えられない。

 その時、何かがぶつかる金属音が、すぐ近くでした。

 だんだんとはっきりしてゆく視界に、顔を上げると、俺の前で、アデルが青銅の盾を掲げているのが見えた。どうやら、暴れザルのとどめの一撃を、受け止めてくれたらしい。

 「そりゃ!」

 その暴れザルに、セトが後ろから背中から切り裂いた。今度は一撃で決まったようだ。血飛沫を噴き上げながら、暴れザルが横に倒れた。

 「シアンさん、大丈夫ですか」

 リゼットが、アデルに支えられる俺に、ホイミをかけてくれた。

 「シアン、大丈夫か」

 アギレたちも、俺に駆け寄り、心配そうに見ていたが、俺はそれどころじゃなかった。傷はホイミで治るが、それ以上に気がかりなことがあったからだ。

 「あ、ああ……」

 俺は自分が、この一行の荷物になりつつあることを、ひしひしと感じていた。

 

 

 仲間は心配してくれたが、体に問題はない。リゼットのホイミもあったし、何よりも、悔しいが、俺の足を引っ張ったこの鉄の鎧のおかげで、ダメージはあまりなかったのだ。衝撃で一瞬めまいがしただけだ。

 数日かけてアッサラームに着くまで、俺は誰とも、必要以上に口を利くことはなかった。

 こういう態度が悪いことはわかっている。仲間なんだから、フォローしあうのが正しいこともわかっている。だが、いつまでもお荷物でいていいものだろうか。

 仲間たちは、幸い何も言わなかった。俺の様子に気づいているのか、それとも、ただ単に機嫌が悪いから放っておこうと思っているのかはわからない。

 

 アッサラームは大きな都市だった。

 商業のメッカと聞いてはいたが、ありとあらゆる店が並び、露店が出て、にぎやかなことこの上ない。

 セトが言うには、たくさんの店がある分、中にはぼったくりや、チンピラと組んで客から金を巻き上げようと、手ぐすね引いている店もあるということだ。

 セトはどうやら、イシスから派遣されてこの町の警備についていたこともあるために、割と詳しいようだ。そのセトが薦める宿は、なかなかに居心地がいい。

 人心地着いたところで、明日の準備に入る。

 セトとエディの姿がずっと見えなかったが、この町の隊商(キャラバン)と話をつけてきたのだそうだ。

 「明日、イシスまでの道程の用心棒として、隊に加えてもらうことになりました。砂漠はほとんど経験していない以上、砂漠慣れした人たちと一緒の方がいいでしょう。向こうも、腕の立つ人間は一人でも多く欲しいとのことでしたから」

 なるほど、確かに砂漠というものを、俺たちはまるで知らない。

 イシスに行くには、このアッサラームから南下し、砂漠を横断しなくてはいけないのだ。砂漠は気温差もあるし、水も少ないし、砂ばかりで足場も悪い。知識がないまま進むのは、かなり無謀だろう。

 エディは急いで宿の主人と交渉し、かなりの水を確保している。イオリとリゼットが、昼のうちに買っておいた食料を馬車に乗せ、俺とジルダとアデルは、「シトラス」と「ケラソス」と、リゼットが名付けた馬の世話を念入りにした。

 俺は二頭に良質な飼葉を与え、ジルダはブラッシングを丁寧にかけてやっている。アデルは蹄に詰まった土を、丁寧に掻き出してやり、蹄鉄を念入りにチェックした。馬のコンディションは、旅の中でも非常に重要だ。世話は交代で、全員でやる。そうしないと、いざという時に馬が言うことを聞いてくれないからだ。

 セトとアギレが、馬車の金具の点検をしていると、エディがやってきた。

 「何人か来てもらえますか。水の入った樽を、今から積みます」

 俺とセトが立ち上がり、樽を積め込んだところで、明日の用意は終了だ。今回はルートは決めなくていいから、少し楽だ。

 俺たちの作業を、馬の背に乗った鴉二羽が、興味深げに覗きこんだ。ソートとメモリーと名付けられた二羽は、だいぶ大きくなっている。最近は狩りの練習もしているらしく、あまり餌をやっていないそうだ。

 いつまでこんな魔物を飼っておくつもりだと思っていたが、実は割と役立っているのだ。以前、宿に泊まった時、馬を盗もうとした奴がいたが、この二羽が散々わめき、連携しながら、不届きな盗人の頭を引っ掻きまくったせいで、馬泥棒は見事捕まえられたという出来事があった。

 そんなこともあって、今ではすっかりパーティーの一員だと言わんばかりに、この二羽はふんぞり返っている。こいつらは別に嫌いではないが、それでも魔物だ。あまり油断はできない。

 「さて、これで終了ですね。風呂に入って、ゆっくり寝ましょう。明日は早いです」

 汗を拭きつつ、エディが言った。

 風呂か。砂漠では、当然ながらそんな水はないからな。しばらくは入れないだろう。

 

 

 風呂から出た俺は、涼むために宿の屋上に足を運んだ。ここから見る夜景は素晴らしいと聞いていたのと、少しのぼせたからだ。しばらくは入れないと思い、妙に長風呂になってしまった。

 夜景は確かに美しかった。普通、夜になれば灯りの多くは消されるのだが、この町は眠らない街だ。夜だけ開ける店(ほとんどが、酒場かいかがわしい店だ)も多く、灯りは多く灯されている。これだけ明るければ、犯罪も少ないのだろうと思っていたが、そうではないらしい。いかがわしい店が増えれば、心根のよくない人間も増える。酒場がたくさんあれば、気が大きくなった酔客が放たれる。

 しかし、警備のしっかりした宿にいれば、そんな心配はない。

 俺は、さっき買った果汁を飲みながら、外の景色を堪能した。その時、ふと話し声がした。

 アデルだった。アデルと、誰か、小さな人影が、闇の向こうで見えた。

 「そうなのか。それは大変だったな」

 アデルが、視線を下に向けながら言っている。相手はどうも子供のようだ。こんな宿に子供が一人?妙な話だ。迷子ならば、宿の人間に引き渡せばいいだけじゃないか。

 「一緒に探してやりたいが、生憎明日は早くから出発なんだ。お前、ついてくるか?」

 一体何の話だ。

 俺は訝りながらも、そっと近づいた。そして、目をひん剥いた。

 アデルが親しげに話しているのは、子供だった。年齢は二歳か三歳か。しかし、問題はそんなことじゃない。子供は、子供ではあったが、人間ではなかった。その瞳は赤く輝き、顔は不自然なほど青白く、その小さな唇からは、人間にはあるまじき、鋭い牙が覗いていたのだ。

 月明かりを受け、その牙がきらめいたのと同時に、俺は、懐に差していた短剣を抜いて飛びかかった。

 「シアン!」

 突然のことにアデルが驚きつつ、子供をかばう。子供の方は、俺に気付き、その禍々しい、蝙蝠のような翼を広げて、宙に舞った。以前いたバンパイアによく似た翼だった。その時、シャランという、鈴に似た音がどこからかした。しかし、それは一瞬だった。

 「シャーッ!」

 猫のような声を上げながら俺を睨みつけ、子供がその牙を剥きだした。浮かび上がったことで気が付いたが、その下腹部には、細長く、先が尖った尻尾が生えている。明らかに、奴は魔物だった。

 「シアン!何をするんだ!」

 アデルが俺の一撃を、同じく持っていた短剣で受け止めた。その隙に、魔物の子供は夜空に向け飛び上がり、そのまま闇の彼方に消えていった。

 「何を考えてるんだお前!あれは魔物だぞ!」

 俺はアデルを睨みつけ叫んだ。

 「魔物……?」

 「見ただろうが、あの目を!牙を!翼を!」

 おそらくだが、あれはベビーサタンと呼ばれる魔族だろう。子供だからそれほど脅威ではないが、成長すれば、おぞましい怪物になる。

 この町は、他の町と同じく四方に魔物除けの聖水を撒いている。普通の魔物ならば入っては来られないが、奴の場合、子供ゆえ魔の気配がないため入ってこれたのだろう。今は害意はないだろうが、それも、あと数年すれば、立派に人間を襲う魔物になる。知能がある分、相当厄介な魔物に。

 「確かに敵意はないだろうが、いずれは人を襲う魔物だぞ!なぜ倒さない!」

 短剣をしまいつつ、俺はアデルを睨みつけた。どうせ、いつもの偽善的な考えでいたんだろうと思っていたのだ。だが、今回は違った。アデルは呆然と「魔物?」ともう一度呟き、「すまない」と呟くように言った。

 「悪かった。その……」

 奴は少し困ったように俯き、言った。

 「魔物と気づかなかった。敵意はないし、親とはぐれて探していると言っていたから」

 「言った?奴は人間の言葉を使ったのか?」

 もしそうなら、それは相当に知能の高い魔物というわけだ。

 「いや、言葉は使わなかった。ただ、何となくわかった。あいつ、だいぶ前から父親とはぐれたんだそうだ。父親さえ見つかれば、悪さはしないと思う」

 「父親と会えば、人間を襲う方法を教えられると思うがな。大体、あれほど禍々しい姿に、魔物と気づかないとか、あるわけないだろう」

 俺は、アデルが保身のために嘘をついているのだと思った。あまりにも見え透いた、低レベルの嘘だ。だが違った。これは、俺もずいぶん経ってからわかったことだが。

 アデルは、本当にあいつを普通の子供と思っていたのだ。

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