砂漠は思った以上に過酷で厳しかった。
じりじりと突き刺すような日差しに、シトラスとケラソスはすっかりくたびれ、歩くのが精いっぱいのようだ。
見かねた
俺たちが護衛した
彼らは、最初は砂漠の知識もあまりない俺たちに、いい顔をしなかったが、魔物たちと戦った後、態度ががらりと変わった。
砂漠の魔物は強い。大体が蝙蝠のような翼が生えた猫の魔物、キャットバットばかりだが、こいつはそれほど脅威じゃない。こいつだけならな。火を吐く火炎ムカデも、外見がおぞましいだけで、さして問題じゃない。
何が問題かというと、緑色の巨大な蟹の化け物だ。砂漠では「地獄のハサミ」なんて呼び名がついている。姿はカザーブに生息していた軍隊ガニと似ているが、あれより遥かに強い。ただでさえ硬く、剣が通りにくいのに、スクルトの魔法まで使うのだ。そうなると、もう魔法で倒すしかない。挙句集団で来るから、気が付けば仲間がやられていたなんてことも、よくあるらしい。
奴らにくっついてキャットバットもいたら最悪だ。前述の通り、あの猫の魔物はさして脅威じゃないが、あいつらはマホトーンで、こちらの魔法を封じるのだ。
地獄のハサミが現れたら、毎回ベギラマで一網打尽にしていたジルダが、一度マホトーンを食らった時は肝が冷えたが、俺とアデルがギラを連発し、何とか撃退することができた。今度から、あの猫にも注意が必要だな。
それにしても、こんな環境でよく定期的に砂漠を渡れたものだ。
「今まではどうしていたんだ?」
「そういう時は、魔法を使える奴が一斉に〈魔導士の杖〉を振りかざすんだ。こいつは、持ち主の魔力に応じてメラの魔法を発動させることのできる杖で、マホトーンも通用しない。便利だが、持ち手を選ぶクセがある」
武器商人の一人が、赤い宝玉のついた杖を見せてくれた。
「あんたたちには魔法使いがいたよな。それなら使えるよ。どうだい?安くしとくぜ」
「いいですね。買いましょう」
エディがそう言って財布を取り出した。いつもは、値切りの交渉をするのに、珍しいこともあるもんだ。
相手の商人は、俺たちをいたく評価したのか、それとも、エディの財布が予想以上にずっしりしていたからか、さらに金庫から武器を取り出した。
「気前がいいな。それならこのモーニングスターもつけて、二つで三千ゴールドでいいぞ。このモーニングスターは、イシスの娯楽施設の景品だが、あんたらになら、売ってもいい」
モーニングスターというのは、杖の先に鎖がつけられ、その先には、頑丈な棘のついた鉄球がついているという武器だ。当たると痛そうだが、扱いは少々難しい。
「初心者は、この鎖を外して、鉄球が付いた状態にして殴った方がいいな。扱いに慣れていくと、こんな風に鎖をつけて、振り回して使ったらいい。リーチが伸びて、遠距離の敵にも届く」
名前の割にはごつい武器だ。この棘のついている鉄球が「スター」なんだろうけど。
エディは受け取ったモーニングスターを、リゼットに手渡し、金を支払った。面食らったのはリゼットだ。
「え、私ですか?」
「何を驚いているんです。メイスは古来より僧侶の武器でしょう。それに、ナイフ一つではこの先きついと思いますよ」
確かに、エディの言うことも尤もだ。ナイフは短い分扱いやすいが、さして強力ではない。今後、強敵が現れるなら、接近せずとも大ダメージを与えられる武器があった方がいいに決まっている。
ジルダの杖を横目で見ながら、リゼットはおっかなびっくりモーニングスターを手に取った。こいつの小さな手には、少々大きすぎるようにも見えたが、扱えないほどではないようだ。
「あ、ありがとう……ございます」
「よかったじゃないかリゼット。砂漠の敵は手ごわいぞ。特にピラミッドはな」
「何だ、あんたらピラミッドに行くのか」
三千ゴールドを数え終えた商人が、呆れたように俺たちを見た。
「物好きな奴らもいたもんだ。最近ではあそこも魔物が強くなって、盗賊すら素通りするというのになあ。まあ、あんたたち強いからなんとかなるかもしれんぞ。もし諦めた時は、イシスのサハク商店に声をかけてくれ。あんたたちなら傭兵として、いつでも歓迎するぜ」
「食いっぱぐれたら、世話になるわ」
アギレが割と本気の口調で言った。やめろよ、縁起が悪い。
巨大なオアシスを囲むようにして、王都がある。元々イシスは、オアシスに人が集まりできた国らしい。
俺は初めて知ったのだが、ピラミッドとは、巨大な墓だったのだ。ちょうど、砂漠を横断する時も遠くに見えたが、あんなでかい墓、何のためにあるんだ。
「ピラミッドは、この国を作った
「何か、最後でえらくいい人っぽくなったな」
「失業者が増えると、国の景気も治安も悪くなるからな。中は複雑な造りになっていてな。入ることを禁止されてはいないが、女王の許しが必要になる」
そう言って、セトは顔を曇らせた。何と言うか、ここ最近のセトは少し変だ。機嫌が悪いわけではないんだが、どこか暗い。故郷であるイシスについたというのに、あまり嬉しそうじゃない。宮殿に着くと、ますますけだるげな顔をしている。何か嫌な思い出でもあるんだろうか。
とはいえ、こいつがいた方が、何かといいに決まっている。なにしろ、セトは女王の命令で、この一行に加わっているのだから。
イシスの宮殿は、思ったより地味な造りだった。その代り、至る所に花が活けられており、甘い香りが漂っている。中庭の池には、白い睡蓮がたくさん浮かだりして、どことなく艶めかしい。この辺りはさすがに城主が女だからなのか。
それにしても、ここまで来るのに、「女王の美しさ」に語る人間の、何と多かったことか。
中には、バラモスですらひれ伏するだろうと言いだす奴まで出てくるが、魔物が人間を見て美しいと思ったりするだろうか。
そんな風に思っていたが、謁見で見た女王ジェロジーアは、確かに美人だった。肩のところで揃えた髪型は、アリアハンやロマリアでは見たことがない。サマンオサでもそうだ。それが余計にエキゾチックな魅力になるのか。
謁見が終わった後、アギレが「いやあ、噂が独り歩きしてなくてよかったな」なんて軽口を叩いていた。
「眼福でしたね。やはり旅はしてみるもんです」
「あの美しさなら、命令されるのも楽しいだろうな」
エディとイオリが、冗談なのかよくわからないことを言っている。そんな男性陣を、ジルダとリゼットが、少々冷ややかな目で見ていた。
セトは一人、少し離れた場所で壁にもたれ、居心地悪そうに外を見ている。あんな美女に会った後だというのに、どこか憂鬱そうだ。よく考えたら、セトにバラモス討伐を命じたのは女王なわけだし、恨んでいるのかもしれない。
アデルは、さして何とも思っていないのか、話には加わらない。こんな性格だし、女に興味もないのかもしれない。それとも、あれか。リゼットの前で他の女に鼻の下を伸ばすわけにはいかないか。
「思ったよりあっさりピラミッドに入ることを許されたな」
ひとしきり女王の美貌について話した後、俺たちは今後の計画を立てることになった。
一応ロマリアから、例のポルトガとの関所の鍵、そのマスターキーをお借りしたいと申し出たわけだが、その鍵はピラミッドの一室に保管されているのだ。
「入るのは構いません。許可証をお出ししましょう。ですが、二年ほど前に魔物の動きが活発になっておりますわ。お気を付けください」
許可をくれた時、女王はそんなこと言っていた。その口ぶりからして、ピラミッドに魔物がいることは、ここ最近のことじゃないらしい。
とりあえず、今日は宿を取り、明日からピラミッドへ向かう。
今回は馬は宿で預かってもらうことにした。砂漠を横断するときに知り合った商人が紹介してくれた宿は、感じよく馬を預かってくれた。馬が盗まれる心配はしなくもなかったが、例によって、あの大ガラス二羽が用心棒を買って出ている。最近では、馬の方も信頼しているのか、背中についた虫などを、奴らに食べてもらっている。共生関係が出来上がっている感じだ。
ここの宿は風呂もついているので、リゼットはかなり嬉しそうだった。しかし。
「お風呂に入れるのは嬉しいですね。アデルさん、一緒に入りましょう」
これはいくら何でもないだろう。
実は、以前から俺は常々言いたかったことがある。アデルとリゼットの関係だ。
この前も、砂漠で野営をしている時に、俺が呆れたことがある。砂漠の夜は冷える。それは無理もないが、リゼットの奴、起き上がって、隣のアデルに声をかけたのだ。
ちょうど見張りをしていた俺は、目の前で交わされた会話と、その後の光景がにわかには信じられなかった。
「アデルさん、まだ起きてたんですか。あの、寒くて眠れないので、アデルさんと一緒に寝てもいいですか」
アデルはしばらく考えたようだが、やがて「いいよ」と、自分の寝袋を開けてやった。リゼットは喜んでアデルの寝袋に入り、密着した形で横たわった。
「ちょっと待て!お前ら何考えてるんだ!」
「うるせーぞシアン、黙って見張っておけ」
俺が思わず叫ぶと、アギレから蹴りを食らった。あの時は、他にも
しかし、これは大問題だろう。
そりゃ年齢も近い男女が、死と隣り合わせの旅をしているのだ。こういった感情が芽生えることがあるかもしれない。そこまで非難する気はない。だが。
「節操はないのかお前らには!」
一緒に入浴とか、風紀が乱れるにもほどがあるだろう。しかも、俺たちに隠そうともせず。
「何言ってるんだお前は」
鉄の爪の整備をしていたセトが、呆れたように俺を見た。
「うるさいですよシアン。ちょっと静かにしててください」
マッピング用の紙を鞄に入れていたエディが、迷惑そうに俺を見る。
「何なんだお前らも。いくらなんでも、まずいだろう。お前らも大人なら注意しろよ。こんなこと許して、その、に……妊娠とか、したらどうなるんだ!」
そう、問題はそれだ。そりゃ、他にもいろいろ問題はあると思う。特にリゼットは僧侶だ。癒しの魔法を使う時、優先順位を勝手に決めてしまったりしないとも限らない。瀕死の味方を放って、小さな傷を作ったアデルを先に癒したらどうなる。
そしてリゼットが妊娠でもしてしまったら、目も当てられない。
そう思って言ったのに、なぜか一同はぽかんと口を開けて、俺を見ている。
「な、何だよ」
俺だって、どうやったら女が孕むのか、それくらいはさすがにわかっている。なのに、何でみんな揃ってそんな顔をしているんだ。
「まさかお前……」
「あれ?アデル、お前言わなかったか?」
アギレに話を振られたアデルは、しばらく考え込んだ後、「……どうだったっけ」と、珍しく言葉を濁した。
「え、でも、一度みんなの前で言ってたよね」
「覚えてますよ。あの時、私がロマリアから来たばかりの時でした。私が確か最後で……」
「……いや。最後に来たのは、シアンだった。リゼットはその前だ」
「……そうだったっけ?」
「何の話だよ。お前ら何言ってるんだ」
何だって、揃いも揃って気まずそうな顔して俺から目を逸らしているんだこいつらは。
「あ、あのな、シアン」
アギレが頬を掻きながら切り出した。
「悪い。てっきり言ってるものと思ってたんだ」
「何がだよ」
「アデルなんだがな、その……こんな格好してるけど、こいつ、女なんだ」
初めの約数秒、俺はこいつが言った内容を、全く理解していなかった。
「女?」
誰が、と言いかけたところで、全ての合点がいった。
アデルは男じゃない。男じゃないとすると、つまり、女だ。だからこそリゼットは気安く一緒に寝るし、一緒に風呂も入る。それは全くいかがわしくない、健全なもので、そうか、何だよかったなあ……じゃない。
「女!?アデルが!?女!?」
「お、落ち着けシアン」
セトが俺の体を支えた。どうやら俺は、立っていられないくらいの衝撃を受けているようだ。
「う、嘘だ」
正直、この旅に出て一番の衝撃だった。
勇者は、女だったのだ。