ピラミッドの中は、思ったよりひんやりしていた。外気にも、陽の光にも縁がないせいか、そこは涼しく、割と快適だ。以前入った地底湖の洞窟も、こんな感じだった。景色は全く違うが。
「それにしても、これはもはや迷路だな」
襲ってきたミイラ男を、鉄の爪で切り裂いたセトが、深く息を吐いた。
「内部構造は知っていたが、こんなに厄介だとはな」
「ピラミッドの警護をしていたんだろう。中には入らなかったのか?」
「入らねえよ。入るには王族の許可がいるからな。仕掛けが多くて危ないし、宝を守る魔物がいるし。しかし、こうまで落とし穴が多いとはな」
そう、落とし穴だ。おかげさまでピラミッドに入った早々、俺たちははぐれてしまったのだ。
歩いていたら、アギレがすぐに警告してくれたが、少し遅かった。床が抜ける仕掛けになっていたのだ。リゼットが落ち、それを助けるためにセトが、床の真上にいた俺とアデルも落ちてしまった。
幸運だったのは、落ちた距離は一フロア分で、さしてダメージはなかったことだ。
「落ちた先は奈落の底だったとか、剣山が置かれていた、とかじゃなくてよかったな」
「全くだ」
俺たちが落ちた瞬間に、天井が、あいつらからすれば床が塞がったので、意思の疎通はできなかったが、生きていれば合流することもできるだろう。
「リレミトを覚えておくべきだったな」
「何だそれは」
「洞窟なんかで迷った時に、一瞬出入り口に戻る魔法だよ。さっき、ジルダが入り口で魔方陣を作っていただろう。ジルダがいれば、迷ったらあそこまで戻れるんだ」
「魔法ってのはやっぱり便利なんだな」
そう、本来魔法とは有り難い存在なのだ。だが、この場合。
「どうしましょう、さっきから魔法が使えません」
「僕もだ」
やはり、落ちた先は奈落の底だったのかもしれない。
リゼットをかばったためにすこし擦り傷ができたセトに、リゼットはホイミをかけようとしたが、全く反応がなかったのだ。俺も、アデルも試してみたが駄目だった。まるでマホトーンをかけられたかのようだが、そんな魔法を使われた形跡はない。
この一帯が、魔法の類が一切使えないのだとわかったのは、大王ガマというでかい蛙の魔物に襲われた時だった。奴らは以前戦ったフロッガーによく似ているが、それよりも一回りでかい。
奴らは俺たちを見て、すぐに襲い掛かってきた。奴の前に現れた紫色の魔方陣は、見たことがある。相手を眠らせる魔法、ラリホーだ。
しかし、魔法は完成されていたにも関わらず、発動しなかった。俺たちと同じだ。
動揺する大王ガマを一瞬で倒し、セトが首をひねった。
「もしかして、ここ、魔法が使えないんじゃね?」
「そうかもしれない」
その予想に、リゼットが身を震わせた。魔法が使えなければ、リゼットは、言ってしまえばただの小娘だ。
「す、すみません。私がもっと注意していれば」
「気にするな。あんなの、盗賊でもなければ気づかないさ。俺もアギレが言ってくれなかったら、落ちていただろう」
セトはそう言うが、こいつは、あの時アギレの声にすぐさま反応し、しっかり穴を避けていたのだ。リゼットが落ちなければ、今頃はまだ上の階にいただろう。
「早くここから出ないと。魔法が使えないのはこの辺りだけなのか。それとも、ピラミッド内全体なのか」
「ピラミッド全体ってのは聞いたことがないな」
アデルの疑問に、セトが答えた。もしそうなら、多少なりとも救いがあるな。
「俺が聞いた話だと、このピラミッドにはたくさんの呪いがあるそうだ。ロマリアとポルトガの関所の鍵を作った魔法使いってのは、ジルダみたいな魔法はてんで駄目だったらしいが、呪いや、道具作りの方では天才と呼ばれていたらしい。ピラミッドの仕掛けのいくつかも、そいつが作ったと聞く」
そういえば、以前も聞いたことがあるが、魔法使いの中には、戦闘用の魔法は使えないが、道具作りならできる者もいるらしい。この前商人から買った魔導士の杖なんかは、その初歩的なものだ。それでも、千五百ゴールドの価値はあるのだから、もっと強力な魔法使いが作った杖なら、それこそ気安く手が出せない値段になるだろう。
杖だけじゃなく、他の武器もそうだ。俺が持つ鋼の剣は名剣ではあるが、魔法の類は一切かかっていない。魔力を帯びた剣は、魔物の血を完全に弾くというが、どうなんだろう。
まあ、今は持ってもいない武器についてあれこれ考えている時じゃない。
しかしここは気味が悪いな。ピラミッドが墓なのは知ってはいたが、まさかこんなにたくさんの髑髏が転がっているとは。
「墓なら、普通棺とかあるよな」
「まあそうだな」
「じゃあここにたくさん落ちている髑髏は?」
「フツーに考えたら、俺たちと同じく、侵入者ってことか」
順当に考えると、盗賊の類か。別に俺たちは盗み目的で入ったわけではないが、下手すればこの髑髏は、未来の俺たちの姿になるかもしれないのだ。早々に立ち去りたい。
それなのに、俺たちめがけて、魔物の群れが次々に現れる。久々の食糧に、ずいぶん興奮している。俺たちのすぐそばに転がっているお仲間の死体には気づいていないようだ。
「数が多いな……。魔法での援護がない以上、長引くと厄介だぞ」
セトがそう言いつつも身構える。アデルは既に剣を抜いているし、俺も剣を抜いた。リゼットまでモーニングスターを構えている。ちょっと前までは、後ろで震えていたのにな。
こちらに突進してくるのは、ミイラ男たちだ。こいつらは、
他にもさっきもいた大王ガマまで長い舌をチロチロと動かしながら近づいてきている。
このエリアは広さだけは十分ある。戦うには便利だが、同時に、背中を狙われる可能性が高まるわけでもある。
「セト、僕と前に出てくれ。シアンは僕たちが取り逃がした奴を頼む。リゼットはできるだけ身を守って、もし余裕があれば、シアンを手伝ってくれ」
アデルが素早く指示を飛ばすが、俺はあまりいい気がしなかった。が、今は文句を言っている場合じゃない。
三体のミイラ男が、一斉に襲い掛かった。セトは素早く間合いを取りながら、そのうちの一体の頭部を、鉄の爪で吹っ飛ばした。もともと朽ちていた死体だ。頭部を失ったミイラ男は、それ以上動かないまま倒れ、その体がゆっくりと塵へと変わっていく。ゾンビと同じく、頭部を破壊すれば、このおぞましいしがらみから解き放たれるようだ。それを本人が望んでいるのかはわからないが。
続いてアデルが同じようにミイラ男の頭部を切断した。残る一体が、素早く二人の間をくぐり抜け、怯えた顔で立っているリゼットめがけて突進してきた。
そのミイラ男に、俺が横から足払いをかける。体勢を崩す奴の首を切り落とした頃には、アデルとセトは二体の大王ガマを屠っていた。
「まずいな、まだ来るぞ」
セトが若干上がってきた息を整え、アデルが剣についた血を拭った。しかし、どうもあの大王ガマは脂ぎっていたらしく、剣についたぬめりがなかなか取れないようだ。
「あのミイラ男、かなり強いぞ」
セトが、遠くにいるミイラ男の一体を指さした。他のミイラ男よりもかなり体がでかい。ミイラ男の中でも、特に強い者はマミーと呼ばれているらしい。奴は、たぶんそれだ。
もともとこの辺りのミイラは、ここで埋葬されていた遺体なのだろう。セトが言うには、古代の
そのミイラは、低い唸り声を上げながら俺たちに向かってきた。体に巻かれた包帯には、茶色いどころか、どす黒い染みがついている。おそらくは、今までここに来た盗賊たちの血だろう。この髑髏の何体かは、あいつにやられたに違いない。
「僕があいつをやる。セトは残りを頼む」
そう言ってアデルは一瞬身を屈み、何かを掴んだまま立ち上がった。
「お前、それ!」
そのまま、手に持つそれをマミーに向けて投げつけた。マミーの包帯まみれのどてっ腹に突っ込んだそれは、粉々に砕けちり、マミーは一瞬体勢を崩した。痛覚などはもはやないのか、顔色一つ変わらないが。
「罰当たりだな」
何しろ、アデルが投げつけたのは髑髏だ。もしこいつを殺したのがこのマミーなら、許してくれるかもしれんが。
体勢を崩したマミーに、アデルが躍りかかる。剣は放り投げていた。なにしろ、ガマの脂が、ちっともとれなかったのだ。やってくる勇者の姿に、マミーがその太い腕を振り上げるも、遅かった。アデルはステップを踏んでかわし、その勢いのまま回り込み、奴の膝、その裏側を、隠し持っていた短剣で素早く斬った。あそこを斬ってしまえば、もはや立ち上がることはできないはずだ。奴が跪く。
「うまい!」
セトが言いながら、なおもやってくる二体のミイラ男を倒した。俺ももう一体を倒し、俺が取りこぼした奴を、リゼットがモーニングスターでもって、とどめを刺した。しかし、こういう叩き潰す系の武器は何と言うか……えげつないな。言えることは、これが大王ガマじゃなくよかったなってことか。
ミイラ男の体は、もともとかなり劣化しているのもあって、しがらみから解放されれば、徐々に塵へと化していった。これで何体めだ。そろそろ全部片づけたと思うが。
その油断がまずかったのか。
「まだいます!」
リゼットが悲鳴を上げた。どこから湧いてくるのか、ミイラ男が三体もやってきた。動きがとろいのが、唯一の救いだな。
「おい!あそこに階段がある!こうなったらきりがない。上るぞ」
セトが遠くを指さした。その先には確かに階段がある。この辺りは魔法が使えないが、もしかしたら、上は使えるかもしれない。何より、この上はアギレたちがいる階のはずだ。
セトとリゼットが先に走り、俺とアデルが、追いかけるミイラたちを牽制しつつ続いてが、敵はミイラだけじゃない。あの嫌らしい大王ガマが、まだいたのだ。
「うわ!」
その大王ガマの、長い舌に足を取られ、俺は転倒した。
「シアン!」
アデルが、俺の足に絡みつく気味の悪い舌を断ち切り、なおも襲い掛かる大王ガマの眉間に短剣を投げつけた。こいつ、アギレに習っていたのだろうか。投げた短剣は、正確に奴の眉間を貫き、さして血を噴くこともなく、奴は絶命した。
このエリアだけで何体の魔物がいたんだ。
何とか上に上がる頃には、俺たちは全員息が上がっていた。