ピラミッドから戻った俺たちを、女王は快く出迎えてくれた。
そういえば、イシスの女王は、最初から俺たちに対して感じがよかったな。アリアハンやロマリアよりも、勇者に期待しているのかもしれない。何しろ、連合国の中じゃ、イシスが一番ネクロゴンドに近い。
ピラミッドに入って、中のお宝を持ってきたなんて、まるで盗賊だが、その件に関しては、それほど重要じゃない。というのも、あの中にいる魔物をあらかた倒したため、そっちへの感謝の方が強いらしい。
ロマリアとポルトガから何度か鍵を貸してくれと要請があっても、それに応えられないほど、あの中の魔物は力をつけていたのだそうだ。確かに、あれは酷かった。
「ほとんどは地下に行ってしまったようだな。悪かったな」
アギレがすまなそうに言った。そうなのだ。ピラミッドの魔物の多くは地下と一階に集まっていたため、アギレたちは、予想以上にスムーズに鍵を手に入れていたのだ。
あの、相当に強かった箱は、〈人食い箱〉と呼ばれる、一種のトラップらしい。宝箱だと思って開けた人間を、無条件で襲うようになっている。
「いや、開けてもないのに襲い掛かってきたが」
「アクティブな奴だったんだろ」
そんな問題じゃない気がする。ともかく、あの後、俺は、精神力を使い果たして気を失ってしまった。その辺りで、鍵を手に入れて戻ってきたアギレたちが、気絶した俺と、足を怪我して動けないアデルを見つけた。
アギレがアデルを背負い、俺はイオリに担がれて、とりあえず戻ろうとなった時に、地下から、ぼろぼろになったセトとリゼットがちょうど上がってきた。二人とも、結局あの後また地下に落ちていたのだ。
地下にはまたもや魔物がいたそうだ。一体、どこからそんなに湧いてくるのだろうと思っていたが、アギレが言うには、そのさらに地下に、相当なお宝があるようなのだ。つまり、ピラミッドの魔物はそのお宝を守るために用意されたトラップなのだ。それが、バラモスの気配とやらのせいで、より強くなったようではあるが。
「地下に眠るお宝は、これ以上だろうな」
そう言ってアギレが、どこからかくすねたらしい腕輪をちらつかせた。純金製の、見事な細工のものだ。中央には大きなルビーがある。
「それ、勝手に持ってきていいのか」
「一応鍵を取ってくる報酬として、宝物庫の宝をとる許可はもらっている」
そう言いながら、アギレはセトに向かって、そのルビーの腕輪をひょいと投げた。
「なんだよ」
「宝物庫にある腕輪といえば、伝説のお宝〈星降る腕輪〉と思ったんだがな。違うみたいだからいいわ。お前から、本来持つべき相手に渡してくれ」
本来持つべき相手といえば、そりゃ、王家の宝なんだから王家の人間である女王様か。
「いいのかよ。それ、相当な値打ちものに見えるぞ」
俺は思わずエディに顔を向けるが、なぜか彼は、素知らぬ顔で本を読んでいる。こんな金目になりそうなもの、こいつなら真っ先に確保しようとするだろうに。
まあ、俺としても、やはり墓泥棒をしているような気になるので、返すことにはやぶさかではないが、どうも何かが引っ掛かる。なぜか俺以上に複雑な顔をしたセトは、それでも腕輪を自分の道具袋に入れた。女王様に返すのだろう。
女王様といえば、彼女は、アデルを一発で女だと見抜いていた。
さすが一国の主。人を見る目は確かなのか。それとも……あまり考えないようにしていたが、俺が人を見る目がなさすぎなのか。いくらなんでも、二年間も、男だと思っていたなんて。
女王は、アデルをやけに気に入ったらしく、女王のサロンに招待してくれた。アデルだけでなく、リゼットとジルダまで。
どうせ、女同士で菓子を摘み、お茶を飲んでくっちゃべるだけの集まりなのだろうから、呼ばれないことは幸運ではあるが、でも少しだけ気になる。
それ以上に、俺は、割と切羽詰った状況に直面しているのだった。女だらけの、かしましい集まりに興味を持っている場合じゃない。
というのも、折れた剣についてだ。
俺が目を覚ました時、アデルがものすごくすまなそうにしていたから何だと思っていたが、俺の折れた剣のことを気にかけていたらしい。
確かに、この剣は家宝だった。親父が、かつてサマンオサの国王から賜った名品だ。
惜しいと思う気持ちはある。喪失感に胸は詰まる。
けれど。
なぜだろうか。それ以上に、晴れ晴れとした気持ちになっていた。
言うならば、「せいせいした」。
あの剣を見るたびに、親父を思い出していた。サマンオサの英雄。弱きを助け、強きを挫く。多くの人々の敬愛と尊敬を集める戦士。
けれど、俺にはやっぱり無理だ。仲間一人まともに助けられない、今の俺では。
そうして、一つを諦めたら、多くのものが見えてきた。
アデルたちは、夜になっても戻ってはこなかった。
と言っても、相手は女王なので、こちらから様子を見に行くなんてことはできない。それに、あてがわれた部屋には食事まで用意されていたので、文句を言うこともない。アギレは酒をかっ食らって、寝心地のいいソファで早々に寝てるし、セトは気づけばどこかへ行っていた。
「シアン、明日、新しい剣を買いましょう」
ふと顔を上げると、エディとイオリが、心配そうな顔で俺を見ていた。
「お父上の剣は残念だった」
「ですが、そのおかげで、アデルは助かったのです。あなたと、サイモン様の剣のおかげですよ」
「あ~……そりゃ、どうも」
何かが変だ。何だってこうも、二人そろって遠慮がちなんだって、そうか。二人は、俺が父の形見を失って落ち込んでいると思っているのだ。
そうじゃない。俺が今悩んでいるのは、先ほど一人でだした結論を、いつ切り出すかだ。
「……ちょっと風に当たってくる」
いかにも悩める青少年が言いそうな台詞を吐きながら、俺は外に出た。二人は当然止めない。
イシスの王宮は広い。俺たちがいるのは、女王の離宮だとかで、夜、ごく限られた人間しか入ることはできない。そこに、俺たちのような旅人が出入りすることは、セト曰く、二年前では考えられないことらしい。
女王は、地位こそあれど、自分では何一つ自由に選ぶことを許されない、窮屈な立場だったそうだ。なんでもかんでも、きまりとしきたりに縛られていたらしい。
それが、この二年間で事情が変わった。隣国のネクロゴンドが壊滅状態、他の国も鎖国や国交断絶が続き、混乱する中、何とか民をまとめ、国内の治安をできるだけ維持し、魔物の侵攻を食い止めた女王に、さして理由も説明できないようなしきたりを押し付けられる者などいない。
ここの女王様は人気者だしな。
いい国だ。しかし、バラモスがもし、次に狙うとすれば、一番近いこの国である可能性を否定できない。
そうさせないためにも、俺はもっと強くならなくてはいけない。
そんなことを考えていたら、当の女王様に会った。
慌てて跪こうとする俺を制し、女王は微笑んだ。誰もが惹きこまれずにはおられない美貌。彼女がこの若さで民をまとめるのには、この美貌が、一役も、二役も買っているのだろう。勿論、彼女自身も相当に優秀なのだろうが。
「シアン、でしたね」
女王は、俺の名も覚えていたようだ。何気なく見ると、彼女の腕には、ルビーの腕輪がはめられている。セトは、きちんとこれを彼女に返したらしい。
俺の視線に気づき、彼女は腕輪にそっと触れた。
「ピラミッドにあるものは、報酬として全て差し上げると申しましたのに」
ん?全て?そういえば、エディが持っていた金袋が、行きよりもやけに膨らんでいたような気がする。もしかして、現金の類は、しっかり懐に入れておいたのか。
「勇者アデルは、想像していた印象とは違いますね」
楽しそうに笑いながら、女王が言った。
「な、何か失礼でもありましたか」
まあ、想像とは大きく違うだろうな。愛想のあの字もなく、態度こそ丁寧だが、あれは、へたすれば慇懃無礼ともとられかねない。
「いいえ。いろいろお話をして、とても苦労されているのだとわかりました。ご本人はあまりお話しされませんが。勇者が、あのように孤独な存在だとは、思いもしませんでしたわ」
孤独な存在、か。そうだな。あの口ぶりでは、母親ともうまくいってなかったようだし。
考えてみたら、旅の間に出会った多くの人間は、アデルをアデル個人ではなく〈勇者〉としてしか見ない。
俺のように。
俺の内心に気づかず、女王は続けた。
「お寂しいですね、とつい言ってしまったのですが、彼女は『いえ、今は仲間がいますから』と返されました。こうしてみると、何やら不思議ですね。皆様、ほとんどがご自分の意志で旅立ったわけでもないのに。育ってきた環境も、習慣も違うはずなのに、それでも皆様は、一つのパーティーとして、とてもうまくいっている。まるで運命のように見えました」
「運命ですか」
俺は、あまりこの言葉は好きじゃない。どこか、責任転嫁しているように感じられるからだ。例えば、滅ぼされた町テドンの住民に、これがお前たちの運命だったのだ、なんて、言える奴がいるか?
だが、この時、俺は確かに運命というものの存在を実感していた。
時として、人は一人一人の思惑や、あらゆる偶然が複雑に絡み合って、一つの大きな渦を生み出すことがある。その渦は巨大で、あまりに強いために、誰も逆らうことなどできはしない。いや、自分でも気づかないうちに、それらに加担していたことに気付くのだ。そんなつもりは、全くなかったとしても。
あの時、俺が剣を失ったことは、たぶん必然だったのだ。
「お、シアンじゃないか。散歩か」
女王と別れてから、俺はずいぶんぼーっとしていたらしい。いつの間にか起きていたアギレが、廊下の向こうから歩いてきた。
「後ろに何背負ってるんだ」
アギレの背には、眠りこけたアデルがいた。珍しいこともあるもんだ。いつもなら、眠っていても、魔物の気配ですぐに目を覚ますのに。
そう思っていたら、何やら酒臭い。
「女王様に、飲まされたらしい。お茶会と思っていたら、酒が入ったんだとよ」
「マジか。ジルダとリゼットは大丈夫なのか」
「ジルダは自力で何とか戻ってた。リゼットは、初めて飲んだらしいが、あれはザルだな。末恐ろしい娘さんだぜ」
意外だ。あの女王様がアデルたちに酒を飲ませたのも意外だが、リゼットが実は酒豪だというのも意外だった。あいつ、割とスペック高いな、どうでもいいとこで。
「この様子だと、明日は出発できないかもしれないな」
眠りこけるアデルに、アギレが苦笑した。あの砂漠をもう一度渡ることを考えれば、急いで戻りたいとは思わないが、そういうわけにもいかない。
「何だ、何か悩みか」
俺の表情に気付いたのか、アギレが笑いかけた。
「お前、実はあの剣のことが気になってるわけじゃないんだろう」
「まあな」
こいつは、実は気づいていたようだ。たぶん、俺の考えていることにも、薄々勘付いているんじゃないだろうか。
「……シアン」
アギレの背に負われていたアデルが、うっすらと目を開けた。まだ寝ぼけているのか、はっきり意識があるわけじゃないらしい。
「アデル、あのさ」
本当は、みんなの前で言うはずだった。何て切り出そうか、ずっと考えていた。けれど、なぜかこの時。アデルを前にした俺は、自分でも驚くくらい、するりと言葉が出てきたのだ。
「俺さ、しばらくこのパーティー抜けるわ」
何事にも、きっかけというものがある。
思わぬところから、自分でも予想だにしなかった選択をすることが。
そして人生の節目には、必ずといっていいほど何らかのきっかけがある。
そうして、いつだって俺のきっかけには、父の影があるのだ。