エディアールの手帳1
この旅は、わたしにとっては新しい発見の連続だ。
全てがは謎に包まれている。見知らぬ人々、その習慣、風習。見知らぬ土地、それに土着した、想像を超えた魔物の数々。
不満があるとすれば、いかにこれらが得難くも、素晴らしいものか、わたしが滔々と語ろうと、わたしの仲間たちが全く理解しないことだ。
「そりゃさ、毒イモムシの毒食らって感激してれば、アホだなと思うわけよ。しかも、自分から……これ、前にも言ったよな、確か」
座り込んで、治療してもらっているわたしの横で、セトが呆れたように言ってのけた。こんな、脳味噌まで筋肉でできている男に呆れられてしまいました。
「エディさん。毒が回るから、あまり動かないでくださいね」
キアリーを唱えるリゼットが、私にそう言って軽く睨みつける。まあ、確かに手間は取らせてしまったことは悪いと思っている。
そして、このやり取りも、以前あった。
「あ、そっちのマタンゴの傘を切り取っておいてください、アデル」
治療してもらいながらそう言うと、アデルはちらりとわたしを見たが、黙ってマタンゴの死体から、傘を切り取ってくれた。こちらは、干して薬を作るのだ。
ところで、なぜ毒イモムシやマタンゴがいるかというと、わたしたちが、イシスからロマリアへ戻ってきたからだ。
あの砂漠を再び越え、アッサラームを経由し何とか戻った頃には、既にロマリアには、春の兆しが見え始めていた。初めて来た頃は、秋が深まる頃だったというのに。二つの季節を跨いで、ロマリアの抱える大きな問題のいくつかの解決に、それなりに貢献したわけだが、結局オーブの情報は得られずじまいだった。
代わりに得たものは、ロマリアでの、それなりの名声と、「ある意味」見事な盾だった。
ロマリア王家に伝わる「風神の盾」というものらしい。王家に伝わる由緒正しい盾だけあって、見事なものではあるが、少々、いや、かなり華美に欠ける。
というのも、中央に施されている不気味な顔の彫刻が、全てを台無しにしているのだ。
純度の高い金で縁どられ、その周りにはプラチナに似た、不思議な鉱物で装飾が施されており、そこだけなら、実に素晴らしい盾だ。防具としてというより、儀式に向いているかもしれない。
そして何やら魔力も感じられた。以前ジルダに買った「魔導士の杖」と同じく、特殊な魔法技術が施されている。ただし、魔力の度合いはけた違いだ。あの杖は、技術力としては、初歩的なものだ。だからこそ、手ごろな価格で手に入れることができた。しかし、この盾は違う。かなりの高等技術で作られている。
これほどに素晴らしい逸品だが、金銭的な価値は低い。それもこれも、この彫刻の薄気味悪さにある。わたしも、手に取った時には呪われているのかと疑ったほどだ。
この有難味に欠ける盾は、セトが使うことにした。
本来、己の肉体を武器とし、素早さを身上とする武闘家と盾は相性が悪いのだが、この盾は見た目のインパクトに反して非常に軽く、そして実はかなり小型だ。少し大きめの篭手に見えるほどに。これならば、セトの動きの邪魔にはならないだろう。使っている金属を見る限り、あの軽さはあり得ないので、これもまた、魔法による加工が施されているのだと思われる。つくづく惜しい品だ。
とはいえ、見た目の残念さがあるからこそ、ロマリア王家も気前よく差し出したのだろうと考えれば、これはありがたいかもしれない。
「使い勝手はいいんだよなあ。邪魔にならないし、俺は気に入ったけどね」
腕に装着したセトは上機嫌だが、やはり不気味なことこの上ない。リゼットが言うには、時折あの目玉が動いているような気がするらしいが、どうだろう。呪いはかかっていないし(何度も確認した)、まさかとは思うが、夜中にあの盾を見るのは御免こうむりたい。
ロマリアとポルトガを繋ぐ大きな関所の鍵を開けたことで、次の目的は決まった。
アリアハンを発ってから既に半年近く経っている。しかし、魔王討伐の唯一の手がかりであるオーブの情報は何一つ得られていない。こんな状態にも関わらず、誰一人焦っていない辺りが、うちのパーティーらしい。
しかも、この半年のほとんどが、頼まれごと、いわば「おつかい」にしかなっていないのだ。確かに、アリアハン、ロマリア、ポルトガの復興や発展にはそれなりに貢献できたようだが。
シアンがいれば、焦燥を隠しきれなかったかもしれないが、彼は今現在パーティーを一時離脱している。
戦士としての限界を感じ、ダーマで修業をすると宣言し、アッサラームでわたしたちと別れた彼は、今頃何をしているのだろう。何にしろ、頑張ってほしい。壁にぶつかり、軌道修正するのは、実はそのまま突き進むよりも勇気のいることだ。決断した彼を、実はわたしはかなり見直しているのだ。
彼との連絡には、アリアハンにいるルイーダが一役買ってくれることになった。今現在、ジルダとアデル、そしてシアンもルーラを覚えている。お互い定期的に近況を残しておくことにした。いつでも合流できるように。
ルーラをシアンがいつ覚えたのかと思っていたら、イシスからアッサラームへ戻る道中、ジルダに教えを乞うたのだそうだ。
今までの彼なら、なかなかしなかったことだ。ずいぶん変わったものだ。
それにしても、この短期間、しかも途中何度も魔物と戦っていたあの中で、ルーラを会得できるとは。やはり、彼には並々ならぬ才能があると思われる。彼ならば、史上数人しかなしえなかった賢者への道も拓かれるのではないか。
変わったと言えば、アデルもまた、そうだ。
彼女は最近、少し女らしい格好もするようになった。一人称も、「僕」から「私」に変えようとしている。これはあまりうまくいっていないようだが。シアンに二年間も男だと思われていたのが、それなりにショックだったのか、それとも彼女なりに心境の変化があったのかはわからないが。
きっかけの一つに、この前親しくなったイシスの女王から、絹のローブを賜ったこともあったのだろう。純白の、上質な絹製のそのローブは、アデルに似合ってはいたが、あれを着ていると、どこからどう見ても少女にしか見えないのだ。あの外見で「僕」は違和感がある。
ローブは肌触りが良いようで、宿で寛いでいる時は、アデルはあれを着ることが多くなった。一国の女王から賜った最高級の絹のローブを普段着使いにするところがすごい。尤も、きさくな女王自身はそれを知れば喜びそうだが。
半年近くの年月を、あちこち回ることで過ごしたわたしたちだが、ある意味これはよかったのだろう。
というのも、最近、魔物たちがどんどん力を強めている。そしてわたしたちは、日々強さを増す魔物たちに苦戦している。
奴らが強くなるのは、おそらくは魔王の存在のせいだ。
別の言い方をすれば、彼らが強くなるのは魔王の影響によるものなのだから、彼らは、けして魔王には及ばないわけだ。その相手にこれほど苦戦しているということは、今はどうあがいても、力不足。徐々に力を蓄えるべきなのだろう。実際わたしたちは、旅立ちから格段に強くなったと思う。より多くの魔法を覚え、剣技は磨かれ、扱う武器はより強いものになっている。それだけでも、この半年間は意味のあるものだったと思うのだ。
ポルトガへの道のりでは、ドルイドの群れに遭遇した。 ドルイドというのは、巨大で歪なジャガイモのような外見の魔物で、そのくせ、古代の魔法使いのように古ぼけた杖を持って、バギの魔法を使ってくる。もともとこの魔物は、ポルトガに生息している魔物らしいが、ジルダが言うには、彼女が子供の頃には、まず見かけなかったのだそうだ。
「昔話や、絵本で存在は知っていたけどね。でも、人を襲ったなんてのは、聞いたことがなかったな。むしろ、人に幸運をもたらす魔法使いって感じだったのに」
たぶん、そうだったのだろう。だからこそ、
「急ごう」
アデルが珍しく、焦れたように馬車に乗り込んだ。彼女もまた、私と同じことを考えていたのかもしれない。
ポルトガは、領土はロマリアほどではないが、なかなかいい国だ。
そして、その王都は港町であるため、明るく活気がある。
ロマリアと国境なのだが、やはり多くが違う。
「昔からいろんな人種が集まってごちゃ混ぜになったからね。風習もごちゃまぜになって、それが独特の文化になったわけよ」
早めにとった宿屋で、ジルダがそう言って笑った。
宿の食事は、ロマリアではあまり見ない魚介類がふんだんに使われていた。食文化も、かなり違うようだ。初めて見る牡蠣という貝を手に、みんなで四苦八苦していると、ジルダが食べ方を教えてくれた。
ごつい殻を纏った牡蠣は、グロテスクな外見とは裏腹に、かなり美味だった。酒とチーズと一緒に焼いてレモンをかけるのがいい。
「明日からオーブの手がかりを探すわけだが」
食事が終ったところで、アギレが切り出した。
そうなのだ。ロマリア、イシスでの収穫はそれなりにあったものの、結局、オーブの手がかりになるものは、何一つ得られなかった。
「ポルトガはロマリアより狭い。それほど時間はかからないだろうとは思う」
アデルがそう言うと、ジルダが頷いた。
「とりあえず国王に話を聞いてみるか。もともと王になるような立場じゃなかったから、割と気さくだよ。何か知ってたら教えてくれると思う」
なるほど。そういえば、ポルトガの王は、王位継承順位も相当に低かったと聞く。確か、数年前に継承権のある王子が数名、病死したのだったっけ。
気さくさで言えば、ロマリアの王もイシスの女王もそれなりだったが、彼らの立場が、それをおおっぴらにすることをなかなか許してもらえない。その点、小国の王というのは、もともとの立場もあって、それほど気を張らずともいいのかもしれない。
「ってことは、明日の謁見で何か情報が得られたらそれでよし。もし得られなかったら、エジンベアにでも行くか。大型の定期船でも出ていればいいが、馬車ごととなると難しいかな」
そこまで話したところで、何となしに窓の外を見ていたリゼットが急に立ち上がった。顔は青ざめ、その唇は小刻みに震えている。まるで、恐ろしいものを見たかのように。
「どうしたリゼット?」
隣のセトが声をかけるが、彼女は震える声で呟いた。
「お姉さま……?」