勇者アデルとその仲間たち   作:うばたま

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エディアールの手帳2

 ポルトガ王との謁見だが、結論から言えば、オーブの情報は得られなかった。

 ただし、事態は思いもよらない方向へ向かった。

 といっても、とんぼ返りするだけだ。

 つまり、ポルトガにはるばる来たはずが、またもやロマリアを経過して、アッサラームまで戻る羽目になった。それもこれも、アッサラームの東、バハラタにある黒胡椒を手に入れてきて欲しいという王の願いを叶えるためだ。

 またもや「おつかい」である。

 ポルトガ王は、ジルダが言った通り、気さくな王だった。まだ若い。三十半ばといったところか。整った顔立ちをしており、にこやかな笑みも相まって、一国の王というより、貴族の子息といった風だ。

 「そなたら、船は欲しくないか?東方へ赴き、黒胡椒を手にして戻ってくれば、そなたらに船を与えよう」

 美しく若い王は、そう言って面白そうにわたしたちを見回した。

 妙な話だ。

 この辺りでは、胡椒一粒が黄金にも匹敵するほど貴重と聞く。さすがにそれは誇張しているだろうが、それでも胡椒が貴重な食材であることには変わらない。それを持って来いというのはわかる。だが、具体的な量や、品質を何一つ提示してこないのだ。

 ジルダは呆れたようにため息をついていたし、王の傍にいた大臣、ピペルという名の男もまた、一瞬だったが、顔を顰めていたので、これはどうも王の戯れらしい。そういえば、ロマリア王が王位をアデルに継がせるなどとおっしゃったこともあった。これもまた、そういった類のものらしい。

 とはいえ、オーブの情報がない以上、別の大陸に渡る必要性が出てきた今現在、船はぜひとも手に入れておきたい。何しろ、こちらは大所帯な上に、始終魔物に狙われる身の上だ。

 結局、わたしたちに選択の余地はなく、言われるがまま、もと来た道を返すこととなった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 ロマリアへ戻る間、リゼットは言葉少なく、大体が馬車の隅で膝を抱え、物憂げな表情でため息をついている。

 それもそのはず、彼女はポルトガで、彼女の「お姉さま」と再会を果たしたばかりなのだ。

 

 ちょうど、出発前の朝食の席でのことだった。何気なく窓の外を見ていたリゼットが、突然立ち上がった。その視線は、外の通りにいる人物に注がれている。そして何も言わずに彼女は駆け出した。

 

 サブリナ王女殿下、いや、その王女はもう既にこの世にはいないわけだ、名目上は。彼女自身は、自分が王女ではなく、ただのサブリナという名前の、一人の女性でしかなくなったという事実に、未だ気づいていないようだったが。

 「リゼット」

 リゼットが宿を飛び出すと、外にいたサブリナは彼女の姿にすぐに気づき、嬉しそうに彼女に駆け寄った。あれほどのことを彼女にしておきながら、嬉しそうに駆け寄ったのだった。

 わたしたちは、リゼットが彼女に張り手の一つでもお見舞いするのではないかと、なぜかはらはらした心持で覗いていた。もしそうしたとしても、誰も、ロマリア王家でさえ、彼女を咎めることはできないのだが。

 けれど、リゼットはそうはしなかった。

 彼女は終始冷静だった。

 サブリナが、リゼットを裏切った後、恋人とどう逃げたのかを饒舌に語る間も冷静だった。

 その後の突然の「理不尽な不幸」に、自分がどれほど苦労したかと涙混じりに語っている間も冷静だった。

 周囲がいかに冷たいかと、被害者さながらに語っている間も、やはり冷静だった。

 結局、サブリナは、リゼットが今何をしているのか、なぜポルトガに来ているのかを、自分から尋ねることは最後までしなかった。

 彼女の話を総括してみるが。

 リゼットを自分の身代わりに仕立てた後、彼女はそのままロマリアを抜け出し、隠れて待っていた恋人と手に手を取って、彼の故郷であるポルトガへ向かった。

 彼女の恋人カルロスは、ポルトガの裕福な商人の跡取り息子だった。だが、以前も言ったように彼は既婚者だ。彼の妻は産後の肥立ちが悪く、ロマリアの有名な僧侶(それがサブリナ)に治癒魔法をかけてもらって回復した(少なくとも、体の方は。心の方は、酷いダメージを負っただろうことは、察して余りある)。乳飲み子を抱えた状態で夫に裏切られ、体も本調子ではないまま、それでも彼女は何とかポルトガまで戻った。

 怒ったのは両家の親たちで、妻の実家は怒り狂ってそうそうに役所へ離婚の申し出を出し、それは受理された。妻は子供を連れて実家へ戻ったが、もともと体が弱く、心労もたたって、命を落としてしまった。カルロスの両親もまた、息子の仕打ちに呆れ、怒り、新しい恋人であるサブリナを伴って、のこのこと戻ったカルロスに勘当を言い渡した。

 彼らのしたことを考えれば当然の結果だ。

 カルロスの実家にしても、彼を勘当し、二度と接触しなければ、生まれたばかりの孫を抱くくらいはさせてもらえるかもしれない。

 そもそも、まさかここまでのことをしでかした息子が、元凶でもある愛人を伴って戻ってくるなど、思いもしなかったのだろう。

 当然、周囲は二人に冷たかった。それはそうだ。生死の境をさまよっていた妻と乳飲み子を置いて、新しく若い愛人と逃げ出すような男に、優しく微笑みかけてやれる人間は少ないだろう。

 しかし恋人たちは、そんなごく当然の予測はできなかった。よほど頭が悪いのか、頭に花でも咲いていたのかは知らないが。

 勘当を言い渡されたカルロスは、この辺りで味方が誰一人いない事実に気付いたらしく、ポルトガを離れようとしたが、その頃あのカンダタ一味が、ポルトガとロマリアの関所で大暴れをしてしまった。その結果関所は閉鎖され、ロマリアには行けず、船を使おうにも、最近は船を遅い魔物がやたら現れている。それに、ここから向かうとすればエジンベアが近いが。

 仮にもエジンベアの民であるわたしが言うのもいかがなものかと思うが、あの国で外国人が仕事をするには、それなりの土台が必要だ。つまり、コネである。それがなければ、できる仕事は非常に限られている。勘当されていなければ何とかなっただろうが、まず無理だろう。

 途方に暮れた二人は王都まで来た。王都は広く、二人の所業を知る者も少ない。そこで二人は慎ましく暮らしていたが、ある日悲劇は起こった。

 二人が海辺で愛を語り合っていると、海の向こうから突如巨大な魔物がやってきて、二人に呪いをかけたのだ。その呪いとは、二人を動物に変えるという物である。

 この辺りがいやらしいのだが、カルロスは昼だけ馬に、サブリナは夜だけ猫に変わる。つまり、愛し合う二人は永遠にお互いの姿に触れることはできなくなったのだ。

 その魔物こそ、魔王バラモスに違いないとはサブリナの弁だが、魔王ともあろう者が、こんな小物にいちいち厄介な呪いをかけるだろうか。それとも、たまたま通りかかったら、そこに人間がいたから気まぐれを起こしただけなのかもしれない。魔王ともあれば、あの程度の呪いは造作もなく……いや、さすがにその想像は恐ろしい。

 ともあれ、二人には素直に同情する気にはならない。二人を襲った魔物とやらは、案外神の使いか何かだったのかもしれない。

 とまあ、一通り話したところで、サブリナは何やら気づいたようだ。

 「そういえば、ポルトガとロマリアの関所がまた開けられたって聞いたわ。あなたがいるってことは、本当なのかしら?」

 「……ええ、そうですよ」

 ずっと黙っていたリゼットがようやく声を出した。今までの身勝手ぶりに言葉も出なかったのか、それとも長年、彼女に付き従っていた癖で、話を遮ることができなかったのか。

 「そう、それはよかった!」

 ぱっと顔を輝かせ、サブリナが手を打った。

 「カルロスに話してロマリアへ戻ろうと思うの。もうこんな田舎はたくさん。ここに比べれば、修道院の方がまだまし。最悪、あそこに戻っても……」

 「それは無理です……サブリナさん」

 ようやくリゼットが彼女の話を遮った。うんざりだと言わんばかりに。

 「リゼット?」

 〈サブリナさん〉と呼ばれたことに、彼女は初めて不安そうな顔をリゼットに向けた。それはそうだ。数年間もかけて、見事にリゼットを自分の思い通りに動かす〈侍女〉に仕立て上げたのだ。こんな風に呼ばれるのは、これ以上ない反抗だ。

 「マンダリア修道院は、王女サブリナの戦死をロマリア王家に伝えました。修道院へ戻っても、あなたの居場所はありませんよ」

 「せ、戦死ですって……?」

 大きな目を見開き、彼女が聞き返した。白魚のような手で震える口元を押さえている。慎ましい毎日を送っているという割には、手入れの行き届いた爪だ。よく見ると、見事な金髪も、綺麗に結い上げられている。着ているものも、豪奢ではないが、それでもなかなかに上等な素材を使ってある。いかにも上品な物腰も加わって、そこそこ裕福な家の一人娘といった印象だ。

 そういえば、彼女は治癒魔法の使い手なのだ。そんな能力があれば、どこでも生きることに苦労はしないだろう。

 「仕方がないでしょう?あなたはご自分の責務を放棄したのだ。役目を果たさない王女には、何の価値もない」

 そろそろ頃合いかと、わたしたちと一緒に二人のやり取りを見ていたアギレが、ゆっくりとリゼットに近づいた。いつもの粗野な口調ではない。

 いつも思うのだが、アギレは盗賊だと言う割には、どこか洗練されている。顔立ちも整っているし、こうしていれば、どこかの貴族だと言っても通用しそうだ。尤も、そんな印象も持たせる辺りが盗賊所以なのかもしれないが。

 アギレはさりげなくリゼットの前に立ち、彼女を促した。

 「さあ、そろそろ行こうリゼット」

 さりげなくリゼットの手を引き、歩き出したアギレに、サブリナはようやく声を上げた。

 「ま、待って!」

 突然自分が、世界全てから見放されていたのだと知った彼女は、すがるようにリゼットを見た。そして、突き放すような冷たい瞳に、ようやく自分が彼女にしたことを思い出したらしい。

 「リゼット。あなたにしたことは謝るわ。でもね、私は、何も望んで王女に生まれたわけじゃないわ。生まれてすぐに政治の道具として利用され、命を狙われて、窮屈な修道院に送られ、今度は勝てもしない魔王討伐の一行に加われなんて、それも王女としての責務?じゃあ、私は一体何なの!?」

 「大変だったんですね」

 冷ややかな声のまま、リゼットは言った。仲間たちの元へ向かう歩調を、緩めることすらせず。

 「でもね、それらは、他人を踏みつけにしていい理由にはなりませんよ。サブリナさん、カルロスさんの奥さんと子供が、その主張を聞いたらどう思うでしょうね?」

 打たれたようにサブリナが身をすくませた。

 もしかしたら、彼女は自分がしたことが、それほど悪いことだとは思っていなかったのかもしれない。妻子ある男との恋も、せいぜいがよくある恋愛のいざこざくらいにしか思っていなかったのかもしれない。年月とともに、彼女は自分の罪に慄くのではないだろうか。いや、そうであって欲しい。

 「それにう」

 歩を止め、リゼットが振り向いた。

 「勝てもしないなんて、誰にもわからないじゃないですか?」

 

 

 

 あれほど颯爽と言い切ったというのに、リゼットはずっと馬車の端で膝を抱えてじっとしている。時折憂鬱そうにため息をついてみたり、物憂げな表情をしてみたりして、どうもすっきりしない。

 複雑な思いがあるのだろう。しばらくはそっとしてやった方がいいかもしれない。

 リゼットの気持ちが晴れた(というよりむしろ逸れたといったところか)のは、アッサラームで見知った顔を見かけてからだった。

 ちなみに、今回はアッサラームまでルーラを使った。以前は馬車ごとルーラを使うのは不安だったようだが、ジルダの魔力は上がっているし、彼女の魔力を上げる〈魔導士の杖〉も持っている。何よりアデルという、ルーラの使い手がもう一人いる。

 おかげでひと月はかかるであろう遠征を省くことができた。確かに道程で出会うであろう魔物との戦いは実になるかもしれないが、時間のロスが酷過ぎる。

 しかし、時間ロスの心配と言えば、アッサラームまですぐについたはいいが、そこからバハラタへどう向かうかだ。

 というのも、海の魔物を恐れて定期便はあまりない。一番手っ取り早いのは漁船にのせてもらうことだ。シアンがだいぶ前にバハラタへ向かった時にはそれでできた。しかし、春になると、この辺りはしばらく禁漁期間になる。

 陸路をとるにしても、岩山に囲まれているため、大きく迂回する必要がある。どちらにしても、時間のロスは避けて通れない。

 そうして、アッサラームの案内所で悩んでいた私たちに、一人の男が声をかけてきた。

 「おや?あんたたちは。あんたら、ポルトガに向かったんじゃなかったのかい」

 アッサラームで雇ったイシスの商人だ。確か、名前はサハクとか言ったか。

 

 「とはいえちょうどいい。あんたら、また用心棒としてやとわれる気はないか?これからバハラタに向かうところなのだが」

 

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