勇者アデルとその仲間たち   作:うばたま

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エディアールの手帳3

 サハクは、もともとバハラタの豪商なのだそうだ。イシスでも店舗を持っているあたり、かなりのやり手なのだろう。その割には、痩せぎすで、恰幅はよくない。すでに四十の齢を超え、そろそろ孫ができてもおかしくはないのに、未だ独り身なのだそうだ。貫録のなさはそのせいかもしれない。

 「経営者自ら行商にでるのか」

 馬車の中で、アギレが言うと、彼ははにかみながら頭を掻いた。

 「なあに。こちらの方が性に合ってるんでね。それに、その土地を間近で見ていないと、その国の人たちが今現在何を欲しがっているのかが、どうもわからない。家に帰っても、待つ者はいないしな」

 結局、わたしたちはサハクの馬車を護衛しながら陸路をとることにした。イシスに向かう時は、あれほどたくさんの隊商(キャラバン)がいたというのに、今回はサハクただ一人だ。

 「今回は里帰りも兼ねているからなあ。実を言うと、俺の故郷はバハラタなんだ」

 そのせいか、彼はずいぶん身軽で、馬車一つ持ってはいない。馬一頭と驢馬一頭に、商売道具であろう荷物をわずかに乗せているだけだ。 

 途中、巨大な蜂の大軍に襲われることがあった。毒々しい色合いの、昆虫タイプの魔物だ。ハンターフライと呼ばれている。その名の通り、かなり好戦的な種族のようだ。

 リゼットとジルダが顔を顰めるのが見えた。気持ちはわかる。掌サイズの昆虫は、見るからにおぞましく、グロテスクだ。おまけに、この虫は強くはないが、集団でギラの魔法を使うのだ。さして魔力は高くないとはいえ、集団でかけられると、相当な火力になる。奴らは昆虫としては大きいが、他の魔物に比べたらやはり小さい。的が小さいのは、戦い辛い。

 「厄介だな」

 ナイフを取り出したアギレの横をすり抜け、ジルダが素早く馬車から降りた。魔導士の杖を構え、意識を集中させている。一見無防備なその姿に、ハンターフライの群れが一斉に目標を定めたらしい。

 「ジルダ!」

 アデルが身を乗り出すが、それを止めたのはイオリだった。

 ジルダが杖を振り上げ、一瞬だが、彼女の前に銀色の魔方陣が浮かび上がった。そして、透明に輝く銀色の円も。それはさながらよく磨かれた鏡だ。

 ハンターフライたちが放ったギラの炎は、まっすぐジルダに襲い掛かった。一つ一つはジルダやアデルのギラよりも弱めだが、数が違う。

 思わずリゼットが悲鳴を上げたが、ジルダが炎に焼かれることはなかった。渦巻きつつ、まるで一つの巨大な生き物のようになったその炎が、ジルダのすぐ前で、突如方向転換したのだ。そしてそのまま、勢いよくハンターフライの群れに突っ込んでいった。

 驚いたのはハンターフライたちだろう。よく躾けた忠実な犬が、脈絡もなく裏切ったようなものだ。彼らにもし表情があるなら(それをわたしたちが認識できれば)、呆気にとられた間抜けな顔が拝めたことだろう。

 膨れ上がった炎は、哀れな羽虫たちを一瞬で包み込み、燃やし尽くした。金属がぶつかり合うような悲鳴を上げ、彼らはわずかな煤となり、風に乗って消えた。あっという間のことだった。

 ジルダは、若干疲れたのか、肩で息をしながら額の汗をぬぐった。

 「今のは……」

 「マホカンタ、だな。相手の魔法を、そのまま、いや、魔力が高い奴なら倍増させて跳ね返す魔法だ」

 解説してくれたのは、驚くことにサハクだった。

 「詳しいのか」

 「俺も実際目にするのは初めてだ。厳密に言うと、詠唱によって作り出すのを見たのは初めてと言うべきか。以前〈さざ波の杖〉という、魔力を秘めた杖を見たことがある。その杖自体はさして強くはないが、魔力を持つ者が使うと、相手の魔法を跳ね返す壁を作り出すことができるという。あの姉さんほど強くはなかったがね」

 なるほど。魔力を帯びた道具という物は、思った以上に存在するらしい。

 それにしても、さすがはイシスやバハラタに店を構える大商人。そんな品を見たことがあるのか。

 未だふらつくジルダを、アデルとイオリが支えながら馬車に乗せ、アギレが馬の背を叩いた。

 「便利な魔法だな。これがあれば、どんな魔法使いだって怖くないじゃないか」

 動き出した馬車の中で、セトは感心したように言うが、ジルダは軽く片目を瞑って見せる。

 「それがそうでもないんだよね」

 「確かに、相当に精神力を消費するようですね」

 ジルダに水筒を手渡しながらリゼットが言った。

 「まあ、それは慣れと、成長でカバーできるだろうけど。大事なのは、この魔法は全ての魔法(・・・・・)を跳ね返しちまうってことさ」

 「つまり、治癒魔法とか、補助魔法も?」

 アデルが顔を上げる。

 「そういうこと。一度かけたら、使用者にも自由に消すことはできない。ある程度の時間が経たないと、絶対に消えないようにできているってわけ。おまけに、跳ね返せるのは魔法だけ。だから、一緒に力押しの敵がいれば、使わない方がいいだろうね」

 なるほど、強力だが、使いどころを間違えると、自分で自分の首を絞めかねないことになるのか。相当に特殊な魔法のようだ。

 サハクはしきりに感心したようで、ジルダとリゼットのために、〈魔法の盾〉と呼ばれる見事な盾を安く売ってくれた。

 「〈魔法の盾〉?」

 「バハラタでは結構出回っているが、西にはあまり出てなかったな。そう複雑な造りではないのだが、材料がちと特殊な銀を使っている。魔力を帯びた銀だが、バハラタの一部でしか産出されない。それで作った盾は、敵の魔法の威力を緩和させることができるんだ」

 彼はそう言って、指を三本見せてきた。二つで三千ゴールドということか。確か〈魔法の盾〉の正規の値段は一つ二千ゴールド。かなり値引いてくれている。

 「いいのですか?」

 「なあに。こっちこそ、そちらの勇者殿のおかげで、だいぶ近道できたからな」

 サハクが言うのは、先日、アデルが抜け道を見つけたことを指しているのだろう。

 

 

 大幅に遠回りをすることになり、ひたすら山道を進んでいる時のことだった。

 「アギレ、ちょっと待ってくれ」

 馭者台にいたアギレの横で、アデルが静かに言った。

 「どうしたアデル?」

 アギレは一瞬目を鋭く細めて辺りを警戒したが、魔物が襲ってくるような気配はない。

 「こっち。こっちに道がある。こちらを使った方が、断然早い」

 そう言って、アデルは肩に止まっていたソートに軽く目配せをした。心得たとばかりに、ソートが上空に飛ぶ。アリアハンで拾ったというあの雛鳥も、今ではすっかり立派な大ガラスだ。人間界に染まり過ぎて魔王の影響を受けていないのか、それとも、魔物の本能が失われたのかはわからないが、ソートもメモリーも、アデルによく懐き、今では忠実なしもべのようにまでなっている。

 「はて。そちらの方向には岩山しかないはずだが」

 サハクがそう言った時、ソートが上空で一鳴きし、急降下してきた。馬車の幌の上に止まり、もう一度鳴く。その瞳は、アデルが指さした方へ向けられていた。

 「……なるほど」

 アギレは小さく笑うと、馬に曲がるよう合図を送った。

 「本当に大丈夫なのか?」

 サハクはまだ納得がいっていないようだったが、それ以上反対はしなかった。

 しばらく進むと、巨大な岩山があった。相当な大きさだ。ごつごつした岩肌は、上ろうとしても、手を傷つけるだけだろう。ところどころ何かの草が生えているが、それが何かの役に立つとは到底思えない。

 「おい、こんな岩山馬車で上るのは無理だぞ」

 「いや……」

 アデルがすっと指を指した。

 「ここ。ここから入れる。たぶん、馬車ごと」

 岩山には、一部不自然なずれ(・・)のようなものがあった。とはいえ、アデルに教えられなければ、誰も気づかなかっただろう。

 近づいたアデルが、そこに手をかけ、横に引いた。すると、驚くことに岩が動いたのだ。岩の一部と言うべきか。

 つまりこれは、岩でできた扉だったのだ。

 扉は重く、慌ててセトとイオリが手伝った。何とか思い岩戸が開くと、中は大きな通路だった。

 「確かに、馬車ごと入れるな」

 アギレが中を覗き込みながら言った。確かに、そこは暗いがきちんとした道だった。しかし、こんなもの、一体誰が作ったというのだろう。いや、作ることは可能なのだろうか。

 しかし、いつまでもああだこうだ言っていても始まらない。私たちは恐る恐るその中に入り、進んだ。入ってみると、中はごく普通の洞穴のようだ。

 アギレとアデルが先頭で馬車を引き、馬車を降りたセトとイオリが後ろに回った。内部が洞窟である以上、どこから魔物に襲われるかわからない。

 しばらく進むと、遠くでほのかな灯りが見えた。

 「誰か……いる?」

 馬車から降りて先頭を歩いていたアギレが懐からナイフを取り出した。

 慎重に進むと、道よりも広めの空間があった。灯りがいくつか置かれ、簡素なテーブルに質素なベッド。中央には椅子に座った人影。

 「誰だ?」

 「無断で人の家に入り込んで、誰だ、とは図々しい」

 野太い男の声がした。いかにも偏屈そうな、愛想のない声だった。

 灯りに浮かび上がった人物は、ずいぶんと小柄な中年男だった。体はがっしりとしており、顔中髭で覆われている。人間のものとは明らかに違う、先の尖った耳。そして、森を思い出させる深い緑の瞳。この色の瞳をわたしたちは見たことがある。あれは、ホビットのパヌルゴスのものだ。

 「ホビット……?」

 わたしが呟くと、その人物は、不愉快そうに顔を顰めた。

 「勝手に入ってきたこと、申し訳ない。人がいるとは知らなかった」

 アデルが一歩前に出て頭を下げる。

 「失礼ついでに、このまま出口まで通らせていただけないだろうか。我々は急いでいる。私は……」

 「勇者アデル、だろう。知っておるよ」

 そう言って、彼は手元に目をやった。何かの作業をしていたのだろうか。目を凝らしてみると、彼は小さな銀製の、おそらくは指輪だ。それに、小さな金具を使って模様を彫っている。離れているので詳細は分からないが、どうも魔力のこもった道具のようだ。そういえば、彼らは器用な種族だと聞いたことがある。人間界にも多く出回っている魔力を帯びた道具のいくつかは、彼らが作った物かもしれない。

 「アデルを知っている?」

 「パヌルゴスの大馬鹿野郎がつい最近ここに来て、もしかしたら、近いうちにお前さんたちが来るかもしれんと言っておった。……あいつのことは気に食わんし、人間はもっと好かん。だが、頼まれたからには仕方がない。ほれ、そっちを歩いていけば、バハラタ地方はすぐだ」

 「頼まれた?パヌルゴスにか?」

 アギレの質問に、彼は鼻で笑うだけだった。

 「さっさと行ってくれ。人間は嫌いだ。無知で不作法で自分勝手な、どうしようもない連中だからな」

 これに関しては、あまり抗議できない。それは、以前ノアニールのエルフの森に行った時に実感した。彼らが嫌う理由も、それなりに正当性がある。そもそも、わたしたちは彼にとっては許可なく押し入ったこそ泥とそれほど違わない。通り抜けさせてくれただけでもありがたい。

 「……まあ」

 ひとしきり人間の悪口を言った後、彼はふと顔を上げた。

 「アデル、だったか。あんたとオルテガは、ちいっとはましな部類ではあるな。親子で因果なことだ」

 彼の緑の瞳は、一瞬アデルにまっすぐに向けられ、すぐさままた、手元に移った。

 「俺の名前はバーン。せいぜい頑張るんだな。……勇者の子」

 「ありがとう。感謝する、バーン」

 アデルはもう一度頭を下げ、手綱を引いた。

 「いいのか?俺たちを通して。この抜け穴は人間からすれば、便利な代物だ。俺たちがバハラタで誰かに喋れば、あっという間に人がなだれ込むぞ」

 アギレの言葉に、バーンは小馬鹿にしたような笑みを浮かべて見せた。しかし、笑いごとではない気がする。この抜け道は、アッサラームとバハラタの距離を縮める絶好の道だ。商人や、雇われた用心棒たちが押し寄せ、彼を追い出し、関所を作り、通行料を取り、近くには宿屋や酒場を作り……。そういった未来は目に見えてくる。

 「そんなことをしようとも、誰も来れんよ。ここは、本来ならヒト如きでは目にすることも適わん、見つけられるはずもない場所よ」

 どこかで聞いたことがあるような言い方だ、とわたしは思った。

 

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