勇者アデルとその仲間たち   作:うばたま

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エディアールの手帳4

 バハラタは巨大な都市だ。

 ダーマとアッサラームのちょうど中間地点。中央には大きな川があり、アリアハンやランシールへと続く海も近い。まさに交通の要衝である。

 サハクは「大きな仕事がある」と、ついた早々に分かれた。もともと護衛という目的で同行しただけなので、問題はない。

 「そういえば、黒胡椒を探しているんだっけ?この辺りで黒胡椒を扱う店はピンからキリまである。だが、一番の高級店はやはり〈ナラダール〉だろうな。黒胡椒のみならず、白胡椒、赤胡椒、青胡椒と数多くあるし、他の香辛料も取り扱っているぞ。ついでに、その近くの宿屋は食堂含めてかなりお勧めだ。丁寧で温かみがあり、馬の世話もよくしてくれる。これを持って行きな」

 彼はそう言って、荷物の中からターバンを出してくれた。小さなガラス石が中央についている以外は、何の変哲もないターバンだ。

 「この中央の石は、俺の店独自の細工がされている。あの宿屋は懇意にしているから、俺の名前と一緒にこれを見せれば、よくしてくれるだろう」

 ありがたくターバンは頂き、わたしが頭に巻いた。セトたちには似合わないと笑われたが、結構気に入っている。

 わたしたちは彼に礼を言い、言われた宿屋に向かうことにした。

 宿は掃除が行き届いているのか、埃一つない。よく磨かれた、ぴかぴかの窓から見えるこじんまりとした庭には、鮮やかなハーブがいくつか植えられており、目にも優しい。家具の一つ一つも、優しい色合いをベースにした、居心地のいいものが多い。派手さはないが、リラックスできる、気持ちの良い空間だ。なるほど、大商人が薦めるだけあって、いい宿だ。

 宿のカウンターにいた男は、わたしの頭に巻かれたターバンを見るや否や、飛び上がるほど驚いていた。

 もう日は暮れているし、店は明日に行っても遅くはない。

 ちょうど夕食時だったので、宿をとるついでに食事も頼んだが、そこでも、店員の対応が驚くほど丁寧だったので、サハクの影響は相当なものだったのだろう。

 「これ、すごくおいしいです」

 香辛料がたっぷり入った煮込み料理を食べながら、リゼットが満面の笑みを浮かべた。クセは強いが、確かに美味だ。あまり肉料理は取り扱ってないらしく野菜がほとんどだが、どれもなかなかにボリュームがある。

 こういう時、少し羨ましくなる。わたしの国は、世界に誇る文化を多く持っていると言えるが、こと食に関しては、他の国から揶揄されるほど乏しい。

 アリアハンに来た時もそう思ったが、いざ旅に出てそう思うことが多くなった。

 まあ食文化の話は置いておく。

 あてがわれた部屋は広々としていた。

 物珍しくも美味な料理に満足したわたしたちだが、一方で、馬小屋に繋いだシトラスとケラソスまで、ずいぶん満足していたようだ。

 わたしたちが蹄の点検や、ブラッシングに来た時には、既に宿の従業員たちの手によって、念入りなブラッシングと、蹄の掃除、新鮮な飼葉やニンジンをたっぷり与えられたそうで、えらく機嫌がよかった。

 ルーラでアッサラームについた時は、あの乾いた大地と、至る所に敷き詰められている砂に、不満そうに鼻を鳴らしていたのが嘘のようだ。

 ソートとメモリーは宿のごちそうに使った鶏のおすそ分けをもらったらしく、これまた機嫌よく馬の番を買って出ている。いつもは自分たちの食い扶持はきっちり狩っている彼らだが、今日の鶏は大層気に入ったらしい。

 つまりその夜、わたしたちは久しぶりに、実に満ち足りた時間を過ごした。すぐ近くで、とんでもないことが起こっているなど、夢にも思わずに。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 「おい、とんでもないことが起きたらしいぞ」

 朝食の席で、セトが私に囁いた。

 「大変なこと?」

 「さっき、俺とイオリが朝の稽古をしていた時に聞いたんだが」

 彼はそこまで言って、一層声を潜めた。

 「この近くの大富豪が、昨夜に殺されたらしい」

 大富豪と聞いて、浮かぶのは昨日まで一緒にいた男だ。けれど、セトが聞いた名前は、サハクではなかったらしい。

 「もっと長ったらしい名前だったな。綿織物(キャラコ)商人だったとか。あまりいい評判はなかったそうだ」

 「そうなると、やっぱり怨恨なのか」

 この地方独特の、ミルクで煮出した紅茶を啜りながらアギレが呟く。知り合いじゃないとわかった途端、薄情なものだが、やはり興味がないとは言えないのだ。

 「怨恨だと思うな。噂では、体中、バラバラに切り刻まれていたそうだ」

 それはさすがに尾ひれがついているのではないだろうか。何にしろ、相手が魔物ではなく人間なら、気の毒ではあるが、わたしたちには関係がない。

 「その辺にしておけ。俺たちとは関係ない話だ。下手人を追うのは、役人の仕事だ」

 尤もだ。わたしたちにはわたしたちの仕事がある。

 「それがなあ。噂では、やったのはカンダタの一味らしいぞ」

 その一言で、一同の手が止まった。何しろ、カンダタとは、一度遭遇したことがある。わたしはいなかったが、アデル、アギレ、ジルダ、イオリは一戦交えているのだ。

 「マジか?あのおっさんはそうそうコロシなんかしないだろ」

 「そうでしょ。自分でも義賊気取ってたじゃない」

 アギレとジルダが言ったところで、給仕係の女性が「おや」と声をかけた。年は四十半ばくらいか。昨日も、この女性が給仕をしてくれたのだ。愛想のいい、話好きな女性だ。

 「お客さんがた、カンダタを知ってなさるかね」

 「ああ、まあ。あの盗賊は、ロマリアに出てたからね」

 「お客さん方はロマリアから来なさったか。西から来られたんだろうとは思ってましたが」

 彼女がジルダの金髪を見ながら何度か頷いた。彼女はポルトガ出身なのだが。この地域は濃い色合いの髪の持ち主が多い。ジルダのような髪は珍しいのだろう。

 「そういえば、あの野郎はロマリアに渡っておりましたね。西側でも悪さばかりして、ご迷惑をおかけしておるとと噂は聞きました」

 どうも、先ほどから彼女の口調を聞く限り、カンダタにいい印象を抱いてはいないようだ。

 今までも、カンダタの噂は聞いてはいたが、過去は確かに大悪党ではあったが、今は改心して、あくどい商売をしている者からしか奪わない、奪った宝を貧しいものに配ることすらある等、そこまで露骨に嫌悪感を示すものは少なかった。

 「あの野郎はここ最近義賊を気取ってはおりますが、昔は札付きの悪党でございましてねえ。進んでコロシこそしないものの、窃盗だけでなく人攫いなんてこともしてたんですよ。攫った人間を、売り飛ばすんですわ。それを今更義賊だなんてねえ、笑っちまうじゃありませんか」

 憤慨したようなその口調には、明らかにカンダタへの憎しみと侮蔑が見え隠れしていた。

 何にしろ、アギレの言う通り、犯人がたとえカンダタであろうとも、わたしたちができることは何もない。

 ……はずだった。

 

 

 

 

 〈ナラダール〉は、胡椒屋というより、高級な旅籠のような外観だった。香辛料一つでここまでと一瞬思ったが、美味なだけでなく、抗菌、防腐作用のある胡椒は、ポルトガのみならず、ロマリアでも、わたしの故郷エジンベアでも貴重である。できれば栽培したいところだが、どうも風土や気候が合わないらしく、あちらではあまり実らないのだ。

 宿の女性から教えてもらったのだが、胡椒には多くの種類がある。てっきり別の木になる実だと思っていたが、収穫したものの処理で変わるのだそうだ。この辺りは、紅茶と少し似ている。

 白胡椒は熟した実を発酵させ、皮を取り除いたもので、青胡椒は未成熟の実。

 ポルトガ王ご所望の黒胡椒は、未熟な実を乾燥させたものなのだ。

 そこまで予備知識を入れてやってきたというのに、肝心の店が閉まっている。

 定休日なのかと思ったら、臨時休業だとか。まったくついていない。

 「何のご用でしょうか」

 私たちが店の前で呆然としていると、御用聞きの少年が、胡散臭そうに話しかけた。今いるのはわたしとアデルとアギレだ。わたしもアデルも、街中なので鎧こそ着ていないが、腰に剣を帯びている。あまりいい印象は与えられないだろう。

 「申し訳ない。実は黒胡椒を大量に用立てて頂きたく、こちらにやってきたのですが、どうやら休みのようですね」

 やっていないものは仕方がない。サハクのお墨付きなのでここを選んだわけだが、別に店は一つというわけではない。

 それだけ言って立ち去ろうとしたが、なぜか少年はわたしたちを値踏みするように眺めている。

 そういえば、昨夜は殺人事件もあったところだ。武装したよそ者に、どんな感情を抱くかは、深く考えなくてもわかる。

 厄介ごとに巻き込まれないうちに離れようと思ったところで、屋敷の中から、何やら争う声がした。

 「マサラ!グプタを止めてくれ!」

 少ししわがれた声がしたと思ったら、いきなり馬に乗った若者が店から飛び出してきた。一瞬しか見えなかったが、なかなかにいい馬だ。ここの一人息子だろうか?さすが高級店だけあって、持っている馬も上等なのか。

 青年はわたしたちに気付いたようだが、すぐに睨むように前を向き、馬の腹を蹴った。

 あっという間に遠くなっていく馬の背を見ていると、今にも泣きだしそうな老人が走ってきた。

 「マサラ!どうして止めなかった。おお、グプタが……」

 「旦那様、無茶言わないで下さいよ。走る馬を止められるわけないじゃないですか」

 ご尤もだ。ふと横を見ると、アギレが目配せしている。宿のある方向へ微かに顎を向け、戻ろうと促しているようだ。私も同意見だ。何となくだが、嫌な予感がする。厄介ごとに巻き込まれるような。

 「旅の方!」

 背後から先ほどの老人の声がした。

 「あんたがたは強そうじゃな」

 ……少し、遅かったらしい。

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